復讐の記事一覧

2020/06/07

【第九章 復讐】第一話 側仕

「夕花。可愛いよ。気にしなくていいのに・・・」

「駄目です。私が嘲られるだけなら構いません。でも、晴海さんが馬鹿にされるのは我慢出来ません!」

「うーん。大丈夫だよ。僕を馬鹿にしたら、その家は終わりだよ。解っていて、そんな愚行は犯さないと思うよ」

「違います。その場で言われる位なら我慢出来ます。帰ってから言われるのが我慢出来ないのです!」

「わかった。時間はまだあるから好きにしていいよ」

「ありがとうございます」

 晴海と夕花は、礼登が用意した会議を行うクルーザーに移動している。大学に顔を出して、駿河から礼登の操舵するクルーザーで待ち合わせ場所まで来た。夕花が操舵するクルーザーで移動しても良かったのだが、礼登からの進言を受け入れてクルーザーは駿河に置いてある。
 調べれば解ってしまうだろうが、クルーザーを常日頃から使っているとは思わせないようにしたほうが良いだろうと言われたのだ。クルーザーになにか仕掛けられたら対処が出来ないが、クルーザーを知られなければリスクを減らせる。

 夕花は、礼登の部下に居た女性に支度の手伝いをしてもらっている。服は買ったが、化粧や髪の毛を整えているのだ。

「お館様」

「礼登か?」

「はい。忠義様が面会を求めていらっしゃいます」

「解った。連れてきてくれ」

「はっ」

 3分ほどして、一人の男性が礼登に連れられて、晴海の前で跪いた。

「旦那様」

「能見。いろいろ助かった」

「いえ、私が望んだことです」

「礼登。悪いが、席を外してくれ、忠義と話をしたい」

「はっ。奥様はどうしますか?」

「準備が出来たら連れてきてくれ」

「かしこまりました」

 礼登が部下を連れて部屋を出ていく、残されたのは、晴海と能見と冷めたコーヒーだけだ。

「お館様。いえ、晴海様。もうすぐなのですよね?」

「そうだな。俺の願いと、お前の願いが、成就する」

 晴海は、能見の目を見ながら宣言する。
 晴海の願いと能見の願い。晴海が、自分以外を失った日に、能見は晴海とある約束をした。自分の願いを叶えてくれるのなら、全力で晴海を支えると・・・。そして、願いを聞いた晴海は、能見の願いと自分の願いが同じ方向を向いていると思った。誘導された結果かも知れない。幻想なのかもしれない。
 晴海は、能見の手を握った。能見は約束通り、全力で晴海をサポートしている。

「はい」

「そのためにも頼むぞ」

「もちろんです。文月晴海様」

 晴海は、能見から報告を聞いている。

「わかった。市花と城井と合屋は、自分の権益が保証されれば大丈夫なのだな」

「おそらく」

「百家の様子はどうだ?」

「そちらは問題にはなりません」

「ん?そうなのか?」

「はい。親の権益が保証されれば、そこから再分配されます。独自で、権益を確保しようとしなければ問題にはなりません。独自の施策まで、お館様が保証する必要はありません」

「それもそうだな。能見。そのまま説得と監視を行ってくれ、俺は礼登を使って裏切り者と本当の敵をあぶり出す」

「かしこまりました」

 話が終わった所で、晴海の情報端末にコールが入った。
 礼登から、夕花の準備が終わったと連絡が入ったのだ。

 晴海は、ドアを開けて夕花を部屋に招き入れた。

「夕花。綺麗だよ」

「ありがとうございます」

「そうか、夕花は、能見とは初めてだったな」

「はい。能見様。文月夕花です。本当に、いろいろありがとうございます。母の分もお礼をいたします」

 夕花は、能見に綺麗に頭を下げる。

「奥様。私は、晴海様の手足です。呼び捨てでお願いします。これから、会う家の者も、絶対に呼び捨てにしてください」

「しかし、私は、晴海様の奴隷です」

「いえ、違います。夕花様は、晴海様の奥様で伴侶です。晴海様に選ばれた人なのです。自信を持ってください。そして、晴海様をお願いいたします」

 夕花は、奥様と言われて晴海を見る。優しく微笑む晴海を見て、この人に選ばれたのだという思いが能見に言われて、自信が湧き上がってくる。

 夕花は、能見に深々と頭を下げる。

「わかりました。これで最後にします。私は、晴海さんを支えます」

 ゆっくりと頭を上げて、能見を正面から見つめる。

「能見。よろしくお願いします」

 能見はにこやかに微笑みながら立ち上がって、夕花の前に跪く。

「はっ。夕花様」

 夕花は戸惑いの表情を浮かべながら、晴海を見る。

「能見。夕花が戸惑っている。椅子に座れ」

 能見が立ち上がって、晴海の正面のソファーに座る。
 夕花も晴海の横に座った。夕花が、座る前に飲み物の準備をしようとしたのを、能見が止めた。

「奥様。晴海様とお二人でお楽しみの時だけにしてください。誰かがいるときには、下々の仕事と考えてください」

「はい」

 夕花は、能見の助言をありがたいと感じている。言われなければ気が付かないのが解っている。
 それでは、どうしたら良いのかを考えるが答えが出てこない。

 能見は、ドアを開けてメイドを中に入れた。

「晴海様。奥様。この二人は、何も喋りません。ご安心ください」

「わかった」

 晴海が了承したので、夕花もうなずくことで許可を与えた。

 メイド服を着た二人は、晴海と夕花の後ろに立って控えるようだ。

 夕花が、メイドの一人に目配せをする。メイドは動き出して、3人の前に飲み物を用意してくれるようだ。

 3人の前に飲み物が用意されて、晴海は改めて能見に質問した。

「この者たちは?」

 晴海がメイドの出自を聞いた。二人と夕花の願いには、協力者が必要なのは解っている。しかし、願いは多くの者たちに説明しても、共感を得られるとは思っていない。それどころか、反対されるだけではなく、邪魔されるのは解っている。

「大丈夫です。私と同じ考えの者です」

「そうか、わかった」

 晴海は、振り返って二人を見た。

「死ぬぞ?」

「願いが叶うなら」「本望です」

「わかった。二人を預かる。能見。屋敷の鍵があるのだろう?寄越せ。メイドを7階に入れるつもりはない」

「はい。二人には、1階のエレベータ近くの部屋の鍵を渡してあります」

「わかった」

 晴海は、そこまでの話を聞いて、夕花を振り返った。

「夕花。ごめん。屋敷に二人をいれる」

「はい。晴海さんが決められた事なら反対はいたしません」

「ありがとう」

 二人のメイドも夕花に頭を下げる。

 ドアをノックする音がした。

「お館様。市花、新見、寒川、城井、合屋、各家の当主及び次期当主、当主代行が揃いました。お館様をお待ちです」

「わかった。夕花、能見。それから・・・」

 晴海は、メイドの二人を見た。

「私たちは、家名を捨てました。旦那様。私の事は、夏菜」「私の事は、秋菜とお呼びください」

 二人のメイドは、そこで言葉を区切ってから、揃って夕花を見る。

「「奥様。よろしくお願いいたします」」

 夕花に揃って頭を下げる。

「!!」

 夕花は、突然の事でびっくりしたが、晴海や能見や礼登からみたら当然の事なのだ。

「夏菜。秋菜。夕花を守れ」

「「はっ」」

 晴海は、夕花を守るように指示を出す。自分の護衛には、能見と礼登がいるのだ。問題にはならない。

 クルーザーの部屋から出て、会議が行われる部屋に向けて歩いていく、先頭を礼登が歩いて、能見。晴海。夕花。夏菜。秋菜の順番だ。

 夕花は、海を見る。穏やかな波がクルーザーを揺らす。近くには、5隻のクルーザーが等間隔で並んでいる。移動で使ったと思われる。小型ボートが一隻あるだけだ。反対側はわからないが、見渡せる中には、他の船は見えない。本当に、自分たちだけの空間になっているのだろう。

 夕花は、五隻のクルーザーの中で一隻だけ、光が不自然に明滅しているのが気になった。前を歩く晴海にそれとなく聞いた。

「晴海さん。右手に見える船の端の船ですが」

「馬鹿だね。ありがとう。夕花。対策を取らせる。あまり見ないようにね」

「はい」

「(確定だな。本当に、愚かだね。僕が、気が付かないと思ったのか?そんなに甘く見られていたのか?)」

 晴海は冷めた目で海を見つめる。

2020/06/01

【第八章 踊手】第九話 端緒

 晴海はコーヒーを飲みながら情報端末を操作している。
 かばんの中にはタブレットも入っているが、逃げる場合を考えて、すぐに動ける状態にしてある。

 夕花のエステの施術は予定終了時間を少しだけ過ぎたが、概ね予定通りに終わったようだ。

”晴海さん。終わりました”

 晴海の情報端末に、夕花からのメッセージが届いた。

 晴海は、夕花がビルから出てくるのを、コーヒーショップから見えていたので、支度をして夕花に近づく。夕花も晴海に気がついた。

「夕花。綺麗になったね」

「ありがとうございます」

 うつむきながら晴海に礼を言う。

「次は服を買わないとね」

「え?服なら・・・。いえ、わかりました」

 夕花は、晴海が言っていた”お披露目”を思い出した。粗末な格好をして自分だけが馬鹿にされるのなら問題はないが、晴海が馬鹿にされるのは我慢出来ない。晴海のためにいい服を着るのなら納得できるのだ。

「うん。移動しよう」

「はい」

 晴海は、横目で尾行している者を探す。
 しっかりと尾行している。礼登の部下の姿は見えないが、尾行している者を見張っているのだろう。

 商業施設には晴海が運転して移動した。
 車の中で、晴海は恥ずかしがる夕花にエステの施術を聞いていた。

 車での移動中もしっかりとバレやすい距離で付いてくる車があった。
 商業施設にもしっかりと入ってきていた。尾行だと考えていいだろう。

 今まで現れなかった尾行の出現に、晴海は嬉しくなってしまっていた。それも、夕花を狙う理由が徐々に出てきた中で、今までと違って晴海を狙っている尾行の出現だ。切れかかった糸が繋がった感覚になっていた。

 店は1階の中央部分にあった。
 館内地図を見ながら二人で移動した。夕花は、食材も買っていきたいと言い出した。先に食材を買って車までの運んでもらうお願いをした。それから、コーヒー豆を扱っている店で何種類か試飲して二つの銘柄を購入した。紅茶もジャムと合わせて購入した。屋敷で飲むための物だ。

 服屋に入ると、鏡に尾行がはっきりと写っている。それだけで訓練を受けていない者だと判断できる。

 店員を夕花にまかせて、晴海は移動してみた。どちらが狙いなのかを判断するためだ。

 晴海は、2階に移動して靴を見ている。
 尾行は晴海を追ってきている。夕花が狙いではなく、晴海が狙いなのだ。何が狙いなのかわからないが、文月の分家なら尾行が苦手なのもうなずける。晴海は、文月の家が得意としている業務を思い出そうとしていた。
 晴海が思い出したのは、武闘派としての一面だ。東京の文月の傍流として六条の百家に合流した文月は、裏の仕事を専門にしていた。そのために、武闘派のイメージが付いている。実際には、武闘派の一面もあるが、それよりも物を流すのが得意で建築資材の調達をしたり、店舗の器材の調達をしたり、独特の仕入れルートを持っている家だ。調達係として使われていた。

 諜報活動や尾行などは、苦手としている家だ。訓練を受けた者も居るだろうが、その者たちは、礼登の部下になっているのだろう。

 靴を見ながら情報端末を操作して、礼登に状況を問い合わせる。返事はなかったが、クルーザーに乗る前に接触する予定なので、晴海も気にしなかった。

 10分くらい靴を見てから、夕花の下に戻った。

 夕花はまだ着せか人形になっていた。
 店員も久しぶりに見る素材がいい女性にいろいろ着せているのだ。全部を撮影しているので、ある程度の着せかえ人形が終わってから、店舗の端末で確認するのだ。晴海も参加して、夕花の服を決めていく。結局、7着の服を購入した。撮影したコーディネイト情報も一緒にもらう。晴海も夕花も自分のセンスに自身がない。店員のコーディネイトを参考にして、服を着るためには必要な情報なのだ。

 車に運んでもらって、フードコートで食事をして屋敷に帰る。

 クルーザーまで戻ってくると、礼登が近づいてきた。

「何人だ?」

「把握できたのは、7名です」

「少ないな」

「どうしますか?」

「捕らえろ、明日の会談までに吐かせろ」

「はっ」

 晴海の指示を受けて、礼登はハンドサインを送る。
 部下たちがハンドサインを読み取り、一斉に行動を開始する。

 晴海と夕花は、係留しているクルーザーに乗り込んだ。荷物は、礼登と従業員が運んだ。

 最初のビーコンまでは夕花が操舵したが、1つ目のビーコンに到達してからは、自動運転に切り替えた。

「夕花。明日の話をしておくね」

「はい。お願いします」

 エステの成果を晴海に見られていた夕花だったが、むしろもっと見て欲しいと思ったが、恥ずかしくて言えなかった。
 代わりに、晴海の上に乗った状態だったが、動くのを止めて晴海の話を聞く体制になった。

「うん。明日は、六条家に仕える5家を集めている」

「はい」

 夕花には、六条家の話はしている。六条にまつわる一通りの知識も能見が与えているから大丈夫だ。

「俺は、5家の中に裏切っている家があると思っている」

「はい。以前にお聞きしました」

「明日は、高齢で来られない家を除いて、当主が来て、六条に忠誠を誓う」

「はい」

「夕花には、僕の隣に居て欲しい」

「それだけで良いのですか?」

「問題ない。それで、僕が”文月”を名乗った理由を説明する。実行犯を手配したのは、文月で間違いない」

「はい」

「そのときに、夕花の旧姓を教えると思うけど、許して欲しい」

「私が晴海さんの役に立つのならなんでも使ってください」

「ありがとう。そのときに、夕花の母親の旧姓を”不御月”と説明すると思うけど許して欲しい」

「”不御月”ですか?わかりました。何か、意味があるのでしょうか?」

「うん。不御月は、文月の裏で、六条の文月と繋がりがある家の名前だ」

「わかりました。私は、不御月夕花と名乗ればよろしいのですか?」

「ううん。夕花は、文月夕花で大丈夫。僕が、不御月と言うだけだからね」

「・・・。わかりました」

 最後のビーコンまで話を続けた。
 夕花は全裸のまま操舵室に戻って、桟橋まで操舵した。晴海は、荷物をまとめて下船出来る状態にした。

 桟橋にクルーザーを付けていつものように作業を行う。
 海までは誰も付けてきていないのは確認している。桟橋から見える範囲には船影はない。

 夕花と手分けして荷物を屋敷に運び入れた。
 二人で、夕花が明日の会議で着る服を選んで、クルーザーに詰め込んだ。給油と給水と給電をガードロボットに依頼して、屋敷の7階に移動した。食事はすませているので、今日は、早めに寝て、明日の朝は早く起きて風呂に入ってから学校に行く。夕方の会談までは学校で過ごすと決めた。

 もちろん、7階では会議には着ていかない服を夕花が着て見せて、晴海を満足させていた。
 晴海は、エステで綺麗になった夕花を満足するまで堪能した。

 夕花が気を失うように寝たのを見て、晴海は夕花を抱きしめながら夢の世界に旅立った。


 晴海が起きたのは、朝方の3時だ。
 まだ夕花を起こすには早い時間だ。

 晴海は、抱きついてきている夕花の手を優しく外して、ベッドから抜け出す。

 情報端末には、礼登からのメッセージが残されていた。報告書が添付されていた。能見の様に面倒な添付ではなく、通常の暗号化だけだ。
 すぐに資料を取り出して読むことが出来た。

(ふぅーん。そうか、裏切っていたのは、奴らか!)

 礼登の資料には、晴海を尾行していた者の素性が書かれていた。文月の家は、当主と次期当主が行方不明になっている為に、機能しない状況になっている。その間隙を突かれて、文月の分家を取り込んだ家があった。

(愚かだな。能見たちの御庭番の存在を忘れているのか?それとも、俺が御庭番を掌握出来ていないと思ったのか?)

 晴海がどこまで知っているのかを調べようとしていたようだ。

 礼登は完全にノーマークだと思われている。
 他の家はわからないが、裏切っている家は、晴海が文月を切ったと考えたようだ。

 細く脆い糸が、重なり合ってよじれて、紐になり、紐が幾重にも寄り合って、縄になっていく。

 晴海には確たる証拠を必要としていない。捜査をしているわけではない。納得できる証拠があればいいのだ。礼登からの報告は、晴海が納得出来るだけの質を持っていた。あとは、実際に証拠のいくつかが裏付けされれば、粛清には十分な状況になるのだ。

2020/05/31

【第八章 踊手】第八話 文月

 晴海は、夕花を助手席に乗せて市内に向かった。

「晴海さん。どこに?」

「明日の準備」

「え?準備?晴海さんの?」

 夕花が驚くのも当然だ。
 昨日の段階で、準備が終わったと晴海は宣言しているのだ。

 夕花にも、明日の会談は重要な物だと説明している。

「ううん。夕花の準備だよ。綺麗になろう!」

「え?僕?なんで?」

「ん?夕花は、僕の奥さんだよ」

「はい」

「うん。うん。一族の者が揃うからね。夕花のお披露目の意味を込めて、会ってもらおうと考えたのだよ」

「・・・。えぇぇぇぇ。僕、聞いていませんよ?」

「うん。今、話したからね。それに、決めたのは、さっきだからね」

「・・・。晴海さん・・・。僕・・・。準備なんてしていませんよ?」

「うん。だから、今から準備をするのだよ」

「・・・。はい。わかりました」

 夕花は時間的には短いが晴海との付き合いで、確信している内容晴海の性格がある。
 晴海は、夕花が恥ずかしがるような事が好きなのだ。それだけではなく、一度決めたらそれよりも良い提案をされない限りは自分の考えを通す傾向が強い。
 そして、口の端を上げて笑っている時には、なにか悪巧みを考えているときだ。

 晴海の笑顔は、口の端を上げて笑っているのだ。
 夕花はなんとなく悪い予感がするが、晴海は、夕花が本当に嫌がる事をしないのも知っている。愛されていると実感しているのだ。信頼しているので、晴海の指示に従うのだ。

「着いたよ」

「ここは?」

「夕花が大好きなエステだよ。今日は、フルコースだね。オプションはまだ選んでいないから、店で一緒に選ぼう」

「え?僕の?」

「そうだよ。夕花が受けるために予約したよ」

 夕花は悟った。
 絶対に全部のオプションが追加される・・・。そして、また恥ずかしい事を沢山されるのだと・・・。

 夕花は諦めの気持ちで呟くのが精一杯だった。

「はい。わかりました」

 晴海は、車を駐車場に停めた。
 歩いて、10分くらいの場所にある。ビルの三階にあるエステに案内された。この場所は、礼登の部下が調べてきた場所だ。晴海は、フルコースを予約している。3時間のコースだ。店に一緒に入って、オプションを聞いた。晴海は戸惑う夕花を見ながら、夕花の予想通りすべてのオプションを追加した。同じ物はより上のコースで頼んだのだ。

 夕花をエステに案内して、コースの確認とオプションを設定していく。支払いを済ませて、おおよその終了時間を聞いて夕花を残して晴海は店を出ようとした。

「夕花?」

「いえ、何でもありません」

 夕花の気分は”昼下がりに市場に続く道を行く、荷馬車に乗せられた子牛”のようだ。

「可愛い。僕の奥さん。綺麗になってきてね。明日、皆を黙らせよう」

 夕花は、今日のエステの目的を思い出した。
 晴海の”家”の者たちが集まるのだ。その場に自分がでる意味を考えたのだ。城井や礼登から、呼ばれているように、”晴海の奥方”と見るだろう。しっかりしないと駄目だ。晴海に甘えては駄目だ。晴海と一緒に居るために、文句を言わせないように振る舞おう。できるだけ・・・。夕花は、晴海の奥方としてエステを受けてしっかり綺麗になろうと考えを改めたのだ。恥ずかしいのは間違いないが、晴海と一緒に居るのを邪魔されるのはもっと嫌なのだ。

 夕花は、施術を行う部屋に連れて行かれた。最後まで、情けない目で晴海を見ていたのは覚悟が決まっても恥ずかしい物は恥ずかしいのだ。

 晴海は、出来た時間で市内を一人で歩いてみる。
 髪の毛を整えるために、理髪店に行こうと思っていた。美容室ではなく理髪店にしたのには理由はない。単純に、晴海はひげ剃りが好きなのだ。それと、話しかけてこない理髪店の方が性に合っているのだ。面倒な指示をだすのも好きではなかった。

 晴海の理髪店での注文はどこに行っても同じだ。

”耳を出して。前は眉毛にかからない程度の長さで。後ろとサイドは刈り上げない。上とか長さは任せる。ひげ剃りとシャンプーを頼む”

 一度、能見に言われて美容室に行ったのだが、髪の毛の長さとか確認を求められるのが煩わしかった。理髪店でも注文を付けて確認をしてくる者も居るが、”任せる”と伝えて、それで目を閉じてしまう。仕上がりで文句を言ったことは一度もない。正直、短く剃り上げてしまおうかと考えた時もあったが、能見と礼登や部下たちから一斉に反対された。絶対に”似合わない”と言われて諦めたのだ。

 適当な理髪店を見つけて、情報を調べて問題はなさそうだったので、店に入った。
 待ち時間もなくすぐに対応してくれた。

 晴海はスッキリした気分で店を出て、時計を確認した。

(あと、2時間か?ん?)

 晴海はビルの影から晴海を覗っている視線に気がついた。

(うーん。あからさまだな)

 晴海は、情報端末を取り出して、自分をインカメラで撮るように仕草で覗きをしている者を撮影した。

(素人?カメラを向けたら逃げるよな?まぁいい・・・)

 撮影した画像を、礼登にメッセージを付けて送付した。
 すぐに礼登から折り返しのコールが来た。

『お館様。どうしますか?』

「礼登。知っている奴か?」

『いえ、初めて見る顔です。撮影は簡単でしたか?』

「あぁそのまま撮影出来たぞ?」

『そうですか、訓練を受けた者ではなさそうですね。隠れ方も中途半端で目立ってしまいます』

「そうだな」

『排除するのなら、護衛が近くに居ます。排除するだけなら数秒で行えますがいかが致しましょうか?』

「止めておこう。情報を持っているか知りたい。単独だと判明したら排除しろ」

『わかりました。それでは?』

「うーん。あと2時間くらいは市内をぶらつく、理髪店に入る前は居なかったから、交代したのかもしれない。背後関係を調べてくれ」

『わかりました。尾行を付けます』

「頼む」

『お館様。理髪店とおっしゃいましたよね?』

「あぁそうだが?明日の為に、ひげ剃りもしたかったからな」

『わかりました。今回の報酬は、お館様のかっこよ』

 晴海は、礼登がふざけた内容を話し始めそうになったので、コールを切断した。礼登も、重要な要件が聞けたので、再コールはしてこなかった。

 晴海は、後ろを気にしながら市内を歩いた。
 夕花に似合いそうな服がないか探してみたが、奴隷市場に隣接したホテルで買った服が一番だと思い始めた。
 そこで、情報端末を出して、ショップの名前を調べる。ホテルにあった店は、高級店だが静岡にも店舗を出していた。複合ショッピングビルの中に出しているようだ。旧国道1号線沿いにある7階建ての商業施設だ。
 エステが終了したら夕花と一緒に向かおうと考えた。

 フードコートが3階にあるので、夕ご飯は久しぶりに、ジャンクな物を食べようと考えたのだ。他にも、昨今では珍しく本屋もあるらしいので、夕花と訪れるのには丁度良いだろうと思ったのだ。

 エステが入るビルの近くにあるコーヒーチェーン店に晴海は入った。呪文のような注文を強要してくる店ではなく、ブレンドと言えばいいだけの店だ。

 注文を済ませて、すぐに出てきたコーヒーを受け取って、窓際の席に座った。

 晴海の情報端末にコールが入った。礼登からだ。
 コールには識別番号がついているので、晴海は耳に入れていたイヤホンで受信した。

『お館様。尾行の身元がわかりました』

 イヤホンだけなので、晴海の返事は情報端末から入力する。

”それで?”

『はい。文月の関係者でした』

”文月?”

『我が家の分家です』

”詳細は帰ってから聞く”

『はい。連れていきますか?』

”任せる”

『かしこまりました』

”捕まえたのか?”

『いえ、泳がせています。愚か者と合流する可能性があります』

”わかった”

『どこから情報が漏れたのか調べます』

”頼む”

 コールはここで切れた。

(文月か・・・。さて、明日は面白くなりそうだな)

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2020/05/30

【第八章 踊手】第七話 準備

 大学に通い始めて3日が過ぎた。
 晴海と夕花は、屋敷と学校での生活を楽しんでいる。

 屋敷では、片時も離れない。離れるのを恐れているかのように常に一緒に居る。学校では、研究室の設営がまだ出来ていないために、夕花は図書館に通い詰めている。晴海は、その時間を利用して、城井から蔵書や他の家の情報を聞いている。

 そして、晴海が期限を区切った会談の前日。
 礼登が城井を訪ねてきていた。城井に会うためではなく、晴海に会うためだ。

「城井。明日は、どのくらい集まる?」

 晴海は、正面に座った城井に質問をする。まとめ役ではないが、城井は各家との繋がりを持っている。

「私が掴んでいる情報だと、寒川以外は当主が出席します。次期当主を連れてくる家は、城井と合屋家です。寒川家は当主が高齢ですので、代理を立てる予定のようです」

「礼登。場所は問題ないか?」

「はい。お館様。六条家が所有しております。大型クルーザーを用意しました。全員が集まって会議が出来ます」

 礼登は、あえて”六条家が所有”という言葉を使った。晴海が、六条家の物と自分の物を分けて考える傾向にあるのに気がついているのだ。

「護衛は?」

「忠義様から、御庭番がお館様と奥方様の護衛に当たります。各家からは、最少人数で来るように伝えました」

 家の名前である名字は使わないで、”忠義”と呼んでいる。家には恪があり、家がわかれば何をしているのか解ってしまうからだ。身内と呼べる者たちしか居ない場所では、”名前”呼びするのだ。

「わかった。情報のリークは出来たか?」

「はい。情報が自然な形で流れるようにいたしました」

「そうか、これで当日になればいろいろわかる」

「はい」「はい。お館様。城井家には、話をしておりません」

「そうか、城井。お前の権限で連れてこられる護衛は何人だ?」

「私の権限では、城井の者を守るだけで精一杯です」

「十分だ。準備をしてくれ」

「はい」

 会議室ではなく、大学内になるカフェにある個室で話をしている。
 個室は、防音になっている。ドアを閉めれば、会話が外に漏れることはない。盗聴器の存在も、礼登が入念に確認をしている。

「そうだ。城井。蔵書リストの中に、”人食いバラ”という本がなかったが?」

「”人食いバラ”ですか?」

「祖父が俺に見せてくれたから、蔵書リストにあると思ったのだが?」

「私が管理している蔵書は、リストにあった物だけです」

「そうか・・・。礼登。時間があるときで構わない。誰かに、旧本家と離れを探させて欲しい」

「わかりました。それで、”人食いバラ”とはどういった本なのでしょうか?」

「うーん。分類は、少女小説だけど、あれを少女小説と呼ぶには少し抵抗があるな。西条八十の傑作ミステリの原書だったはずだ」

「わかりました。探してみます」

「頼む」

「お館様。その”人食いバラ”はなにか特別な本なのでしょうか?」

 城井が横から質問した。
 蔵書リストにある本は把握しているが、晴海が興味を示している本に興味を持ったのだ。

「稀覯本であるのは間違いない。内容は・・・。面白いと聞いている。俺は、爺様・・・。先代との思い出は殆どないが、唯一と言ってもいいと思うが、先代との思い出が、”人食いバラ”だ。先代が、先代の書斎で”人食いバラ”を読んでいた時に、俺が書斎に紛れ込んだ。怒られると思ったが、先代は怒らないで、手招きしてくれた。その時には、親父も兄さんも弟も生きていたから・・・」


「晴海。晴海は、大きくなったら何になりたい」

「おじいさま。僕は、小説家になりたいです!電子書籍ではなく、紙の本を沢山出す小説家になりたいです」

「そうか、そうか、順当に行けば、晴海は”六条”の名前を背負う必要がないだろう。だが、小説家も大変だぞ?」

「はい。知っています。おじいさま。僕は、沢山本を読んで、沢山勉強をして、沢山小説を書きます」

「ハハハ。そうだな。晴海。あと、勉強ばかりでは駄目だ。沢山、沢山、経験しろ。良いことも、悪いことも、いろいろ経験しろ、そうすれば面白い作品が書けるぞ」

「本当ですか!僕、いろいろ経験します。でも、悪いことはしたくありません!母さ・・・まが、悪いことをしたら悲しみます」

「そうだな。お前の母親はそういう人間だったな」

「はい」

「そうだな。晴海には、何も残してやれない・・・。こともないか・・・。晴海。この本をお前にやろう。稀覯本と言って古い古い本だ」

「古い本ですか?おじいさまよりも?」

「ハハハ。儂なんかよりも、もっともっと古い。そうだな。儂の爺さんの爺さんの爺さんくらいが生きていた時に売られた本だ」

「え?!」

「特に、この”人食いバラ”は原本が残されているのが幻とまで言われているからな」

「そうなのですか?」

「そうだ!読んでみるか?」

「はい!」

 小さい晴海を抱きかかえて、膝の上に乗せる。机の上に広げた本も見ることが出来る。

「おじいさま。読めません。この記号みたいな文字が日本語ですか?」

「ハハハ。日本語だ。ただ、古い書き方をしている文字が多いだけだ。勉強すれば読めるようになるぞ」

「おじいさまは読めるのですか?」

「もちろんだ。晴海も沢山勉強すれば、儂の様にいろんな本が読めるぞ」

「わかりました。おじいさま。僕!たくさん勉強をして、おじいさまの本を沢山読みます」

「そうか、そうか、それなら、”人食いバラ”は晴海に残すとするか」

「はい!ありがとうございます!おじいさま。僕、沢山勉強して、”人食いバラ”を読めるようになります」

 晴海は、先代との会話を今でも覚えている。
 会話のすべては夕花以外に聞かせるつもりはない。数少ない家族との会話だ。

 晴海は、”人食いバラ”を読むために古文を勉強した。そして、歴史に興味を持ったのだ。

「そうだったのですね。先代にそのようなご趣味があったのですか」

「ん?城井は知らなかったのか?」

 晴海の問いかけに、城井はうなずく。礼登も知らなかったようだ。

「それで、納得しました。六条家からの寄贈本に珍しい本や歴史的に価値があるものが多いのが不思議だったのですが、先代がお集めになったのですか」

「爺様だけが集めていたわけではないと思うけど・・・。趣味というか楽しみだったみたいだ」

 城井も礼登も黙ってしまった。
 先代が、晴海にしてきた仕打ちを知っているからだ。

 晴海から聞かされる内容と自分たちが知っている先代があまりにもかけ離れていて、想像すら出来ないでいるのだ。

「本は、礼登。探してくれ。それよりも、明日の話を先にしておこう」

「はい」「はい」

「明日は、夕花も連れて行く」

「え?お館様。奥方様も参加されるのですか?」

「そうだ。旧姓も一緒に名乗らせる。結婚に反対の者は出ないとは思うが、報告はしておいたほうがいいだろう」

「はい」

 城井はかろうじて返事はしたが、内心では反対している。
 晴海の結婚を面白く思っていない家は存在している。寒川が代表的な存在だ。

 礼登は意図に気がついたので、黙っていた。
 晴海は、城井家をまだ完全には信用していない。

 夕花の旧姓を告げるリスクは存在する。六条家が晴海を残して全滅してしまった事件と夕花が繋がっている。晴海は確信に近い感情を持っている。

 夕花のお披露目としているが、実際には”不御月”の血を紡ぐ者として夕花を見せる。

 晴海の思惑は別にして、明日の手順が確認されていく
 識別信号は全部の船がオープンにするなどの手順も確認された。

 明日の会談が開かれるまで数時間。
 礼登は準備を行うために、部屋から出ていった。

「お館様。私も、城井家に一度戻ります。最終確認を行ってから会談場所に移動を開始します」

「わかった。明日、会えるのを楽しみにしている」

「ありがとうございます」

「俺も、夕花を迎えに行く、明日の準備をしなければならないからな」

「はい」

 晴海は席を立って、カフェを出た。図書館に向かった。

 夕花の体が”ビクン”とした。晴海が近づいたので、情報端末が晴海の接近を知らせたのだろう。読んでいた本から視線を外して、入口を見る。

 夕花は、晴海を見つけると、読んでいた本を閉じて筆記用具やタブレットを片付け始める。

「夕花。もう良いのか?時間はまだ大丈夫だよ」

「いえ、丁度キリが良かったです」

「そうか」

「はい。本を片付けてきます」

「わかった。入口で待っているよ」

「はい!」

 晴海が入口で5分程度まっていると、片付けを終えた夕花が近づいてきた。

「晴海さん。おまたせしました」

「うん。行こう」

「はい」

「今日は僕が運転する。ちょっと行きたい所があるからね」

「はい。わかりました」

 夕花は、晴海から差し出された手を握って一緒に歩き始めた。
 前は少し後ろを歩いていたが、今は晴海の横を自然とあるけるようになった。夕花は気がついていないが、晴海は何も言わないでも、横を歩いてくれる夕花の変化が嬉しかった。

2020/05/29

【第八章 踊手】第六話 疑惑

 晴海は、夕花と別れて、城井貴子の部屋に向かった。

 ドアをノックすると部屋から返事があった。

「文月さん。お待ちしていました」

「教授。お時間を頂きありがとうございます」

 晴海が丁寧な言葉遣いをしているのは、城井の秘書が今日は一緒だからだ。

「晴海様。大丈夫です。この者は、我家の者です」

「そうか、わかった」

 城井の後ろに控えていた女性が頭を下げる。
 名乗らない所を見ると、城井家に属している分家筋なのだろう。晴海も、気にはしないで話を開始した。

「城井。それで、六条からの本のリストは出来たのか?」

「はい。管理していたリストで所在確認をいたしました」

 城井が秘書に指示を出す。
 晴海は、情報端末に送信するように命じたので、城井の端末に転送してから、晴海の端末にデータを転送した。

 晴海は送信されたデータを眺めてみた。

「多いな」

「はい。それに・・・」

「稀覯本の冊数も多そうだな。版数や発表日と本の著者名からだけど、詳しい人間に見せた方が良さそうだな。俺では判断できない」

「はい。そうですね。整理は必要です。しかし、かなりの本が電子書籍になっていますので、貸し出しが少ないのが救いでした」

「確認中となっているのが、貸し出している本だと思って良いのか?」

「はい。稀覯本だと思われる本は貸し出し対象外にしています。現状でも比較的に入手が可能な書籍だけを貸し出すようにはしています」

「そうか、わかった。本は後で確認するけど、管理は今後も城井がやってくれるよな?」

「はい。もちろんです」

「助かる。リストは持っていていいよな?」

「はい。更新データの参照も行いますか?」

「頼む。それから、稀覯本の確認も頼む。専門家に意見を貰ってくれ、本業とは違うが頼めるか?」

「はい。歴史書の保管を行っていますので、専門家には伝手があります。お任せください」

 城井が秘書に指示を出す。
 データは実身データと仮身データで作られる。晴海に送られてきたのは、仮身だ。実身のデータは、専用のクラウドに分割して保存されている。仮身は、それらをつなぎ合わせるためのデータが保持されているのだ。更新されたデータを参照するためには、新たに仮身を取得する必要がある。参照を認められた情報端末では、仮身に最新のデータが複写される仕組みになっている。
 仕組みが解らなくても、最新のデータが表示されるようになったと理解できれば十分だ。晴海は、仕組みを理解している者が近くに居て助言してくれればいいと思っている。自分で全部を知っておく必要はないのだ。

「お館様。御庭番からの通達を受けました。城井家は、現当主と次期当主が参加いたします」

「わかった。まとめられたようだな」

「はい。現当主も覚悟を決めました」

「そうか、後の話は当日だな」

「はい」

 晴海が立ち上がったので、話はこれで終わりだ。
 秘書が扉を開ける。

 晴海は部屋を出て時間を確認した。
 さすがにまだ時間が早い。図書館に行ってもいいが、夕花が気にするだろうから、もう少しゆっくり行ったほうが良いだろう。

 晴海は、大学内にあるカフェに足を向けた。
 蔵書リストを見ながらコーヒーでも飲もうと考えたのだ。

「礼登?」

「晴海様。偶然ですね。でも、ちょうどよかった」

 礼登はちょうどよかったと言っているが、ここが大学のカフェでなければ、晴海も信じただろう。
 しかし、礼登と出会った場所はカフェの入口だ。

「それで?なんで、礼登がここに居る?」

「晴海様に会うために決まっています」

「それなら学部に来いよ」

「それでは、おも・・・。いえ、夕花奥様に気を使われてしまいます」

「お前、今、”面白くない”と言おうとしたな?」

「いえ、そのような事実はございません」

「・・・。まぁいい。それで?」

「資料の追加です」

 礼登は持ってきていた封筒を晴海に渡す。

「それだけか?」

「忠義様から、直接晴海様にお伝えするように言付かっております」

「なんだ?」

「晴海様。私と忠義様は、会談が終了いたしましたら3日間の予定で四国に行ってきます」

「四国・・・?そうか、巌の生まれたのが讃岐だったな」

「はい。何もないと思いますが、奥様の話は、巌に繋がっているように思えます」

「巌の過去か・・・。夕花の事が無くても気になるな」

 不御月巌。
 婿養子で、不御月家に入ったと言われている。能見たちが集めてきた情報が正しければ、夕花の曽祖父にあたる。

 晴海が、思考の渦に入ったのを確認して、礼登は立ち上がった。

「おっ済まない。礼登。それで他にはなにかあるのか?」

「いえ、ございません。晴海様は、これからどうされるのですか?」

「流石に、ここで資料は読めないから、図書館に居る夕花と合流して屋敷に帰る」

「わかりました」

「そうだ。礼登。忠義にも伝えろ」

「はい。なんでしょうか?」

「俺にも夕花にも護衛は最小限にしろ。もう少し解りにくい護衛が居るだろう?」

「わかりました。伝えます」

「頼む」

 礼登が頭を下げてから、カフェを出ていった。
 何人か同時に出ていったので、護衛として付いていた者たちだろう。図書館に行った夕花にも数名は張り付いている。

(それにしても、不御月巌か・・・。妖怪だな)

 重病説が出ているが、家の行事には参加している情報が流れている。倒れては居ないのだろう。

(そう言えば、巌の後継者はどうなっている?)

 晴海は、情報端末を操作して巌の情報にアクセスする。
 表の記事だけで十分だと判断して、識別情報を提示しなくても閲覧できる公開されているデータベースにアクセスした。

 文月巌の情報はすぐに見つかる。東京都の重鎮だけある。表向きは、いろいろな会の会長をやっている。主な業務は・・・。

(へぇ浮世絵や東海道五十三次の版画の販売。版木の保護もしているのか、確か版木は消耗品だったよな、維持だけでも大変だろうな)

 晴海は、巌の意外な一面を見た気がする。
 後継者となる家族の項目を読み進める。

(え?後継者が居ない?)

 巌は、20歳の時に文月の次女と結婚している。長女はすでに有力議員に嫁いでいる。巌が婿養子に入ったのにも理由があった。跡継ぎに指名されていた長男は、長女が嫁に行った翌年に死去。順番で次男が跡継ぎ候補になるが、次女と巌の婚約が決まった翌月に事故死。急遽、巌が文月の家に婿養子になると決まった。この時には、予備だった後継者には三男がいた。文月の当時の当主が病で倒れた翌月に、三男が同じ病気になり当主より先に病死。それを追うように当主が病死。そうして、巌が当主となった。順番が少しでも違っていたら当主にはなっていない。三男には息子も娘も居た。三男が当主になっていれば、巌ではなく三男の息子が後を継いでいた。巌の名前が出てくるのは、次女との婚約が決まった時からで、それ以前は何をやっていたのか解らないのだ。

 そして、巌は結婚と同時に、妻が妊娠した。翌年には長男が生まれた。5年後と6年後に、次男と長女が生まれた。長女の誕生から22年後に次女が生まれた。次女の母親は、正妻ではなかった。愛人の子だと言われている。長男と次男はすでに死去している。事故死という扱いになっている。長女は次女が生まれた翌年に事故死している。次女は、結婚しないまま、男児と女児を産んでいる。男児は、巌の後継者として育てられたようだが、40で結婚して跡継ぎを残さないまま事故死している。残された女児が誘拐された女児となるのだが、生死が不明となっている。文月の公式行事に出席していないのだ。

(夕花の母親が誘拐された当時は、跡継ぎが居たのか?やはり、それでも不自然だ)

 もう一度、巌の半生を読んでみるが、文月に入ってからは不自然ではない。不自然なのは、結婚するまでは巌に都合が良すぎる。結婚してからは不幸すぎる。

(違うな。結婚してからは、当主の座を脅かす存在が次々と居なくなっている)

 晴海は、文月巌がなにかしているのではないかと考え始めている。

2020/05/28

【第八章 踊手】第五話 秘鍵

 晴海は、夕花の隣に戻った。
 能見と話をして情報が増えてモヤモヤした気持ちを、頭を冷やすためだ。

 情報端末で、表向きの情報を読んで見て、情報を整理してみる。

 文月コンツェルン
 東京都に本家を置く企業の集合体。爪楊枝から大陸弾道ミサイルまでがコンセプトのような企業だ。第三次世界大戦の後に大きくなった企業体で、戦争特需をうまく利用した。本体は、上場しているわけではなく、子会社や孫会社を次々と上場させ本体は株式の取引で大きくなった。
 現在の会長は112歳になる文月巌だ。日本の平均寿命が、110歳だと言われている昨今だが、老齢であるのは間違いない。ここ数年、文月の公式行事以外では顔を出さなくなったので、重病説も囁かれている。
 文月巌は50年前に心臓の病気で移植以外では助からないとまで言われた。当時は、ドナーがすぐには見つからなかった。3年後にドナーが見つかって移植手術を受けた。手術までの3年の間、文月巌は人工補助心臓で命を繋いでいた。

 やはり、情報を読めば読むほどに、晴海は夕花の母親と思われる少女の誘拐事件が不思議に思えてくる。
 簡単に誘拐されるだろうか?3日後に解放で乱暴されていた。不思議に思えてくる。警察だけではなく、軍にも話が出来る巨大な企業体のトップの孫娘だ。誘拐が可能なのか?当時、対抗出来る組織は海外を探さないとないだろう。

 目的は違ったのか?

 晴海は、とりとめもなく思考の渦の中に居た。
 答えはわからない。その場に居たものでも、思惑が絡んでしまえば、真実は複数の顔を持つ。

 いつしか、夕花の体温と誘うような匂いの中、晴海は意識を手放した。

”晴海。この本は鍵だ。お前が必要になったら本が示す場所に行きなさい。月に注意しなさい。月の裏側は見えないのだから・・・”

「おじいさま・・・。僕は・・・」

「晴海さん!晴海さん!」

 ゆっくりと晴海は目を開ける。
 なにか懐かしい夢をみていた気分だ。

「あぁ夕花。おはよう」

「よかった・・・。晴海さん。大丈夫ですか?」

「ん?どうした?」

 晴海は、心配そうに見つめる夕花を安心させようと布団から上半身を起こそうとしたが、腕に力が入らない。

「あれ?」

「晴海さん。すごく、うなされていました」

「そう・・・・。それだけじゃないよね?」

「はい。立ち上がって、ベッドから落ちて・・・。ごめんなさい。僕、支えようと・・・。なんとかベッドには戻って貰ったのですが・・・」

「いいよ。腕が痺れているだけみたいだし、時間が経てば治るだろう。でも、帰りの運転は任せていいよね?」

「はい。お任せください」

「夕花、冷蔵庫に冷たい飲み物があると思うから適当に持ってきて、喉が渇いたよ」

「はい」

 夕花は、スポーツドリンクを選んで晴海に渡す。水分補給なら水やお茶よりも良いだろうと思ったのだ。

「ん。ありがとう」

 晴海は、渡されたスポーツドリンクを一気に飲み干した。よほど喉が渇いていたのだろう。

「ふぅ・・・。夕花。この辺りは詳しい?」

「ごめんなさい。この辺りはあまり来たことが無くてわかりません。北街道きたかいどうまで戻ればわかります」

「そうか、朝からやっている店に行ってなにか食べよう」

「わかりました。街道沿いの店に入ればいいですよね」

「そうだな。チェーン店なら味も大丈夫だろう」

「わかりました」

 二人は部屋から出て、駐車スペースに向かった。
 夕花が運転席に座って、運転する。5分も走れば街道に出る。そのまま、北街道を西進する。朝粥を出してくれる店があったので、入って食事を摂る。

「今日は、午前中は市内をプラプラしてから、学校に行こう。教授に話を聞かなければならない」

「わかりました。私は、昨日の続きで図書館に行きたいと思います」

 晴海は店の時計を見た。

「市内もそろそろ開き始めるだろう。文房具とか必要な物を買っていこう」

「はい」

 時計は、10時を指している。
 生活用品は購入していたが、学校で使う物をあまり用意していなかった。夕花も、大学で買い揃えればいいと思っていたのだ。

 市内の駐車場に車を停めて、街中を散策しながら買い物を楽しんだ。

 夕花は文房具とリュックを買った。晴海もリュックを買ったが文房具ではなく、タブレットを2つ買った。ペンタブにもなる物だ。対応している器材を含めて購入した。タブレットの一つは夕花に渡した。夕花が購入した文房具がペンタブに対応していたので、メモがそのままペンタブに入力できる仕組みになっている。

 昼は学食に行ってみようと話をして、買い物を12時までに終わらせて、大学に移動した。

 門のガードロボットに情報端末をかざすと空いている駐車スペースに案内された。昨日は、客用のスペースだったが今日は学生用の離れたスペースに案内された。

「夕花。教授に会いに行こう。夕花の研究所を認めてもらったけど、場所までは聞いていないよな?」

「はい。でも、昨日のお話では設営に時間が必要だと伺ったので、本日は図書館で疑問点や専修内容をまとめようと思っていました」

「あぁそうだな。別件で話をしてくるから、図書館で落ち合おう」

「わかりました。あっ晴海さん。僕、集中すると周りが見えなくなるので、晴海さんが来たら・・・」

「そうだね。情報端末に接近したらアラームで知らせるように設定しよう」

「わかりました!お願いします」

 晴海は自分の情報端末を子にして、夕花の情報端末を親にした。接近を認識出来るように設定を行った。

「これで、できた。まずは、学食に行こう。朝粥だけじゃ流石にお腹が減ったよ」

「そうですね」

 情報端末に学食の位置を表示させて、二人は移動した。
 晴海の整った容姿も目立つのだが、夕花も美少女から美女に変わりつつあり、二人で並んでいると街中ではそれほどでもなかったが、学校という、限られた場所ではかなり目を引く存在になっている。

 女性は、晴海を見て目を奪われて、横に居る夕花を見て諦める。男性も夕花を見てから晴海を見て、怒りにも似た感情を晴海にぶつけるが、六条の家に生まれた晴海は嫉妬程度の視線では何も感じない。
 夕花は、自分が見られているのは、晴海の隣に居るからだと思っている。
 しかし、同世代が通う場所では、頭一つか二つくらい抜けた経験をしている夕花は少女の面影を残しながら女として色気を出している。だが、夕花が関心を寄せるのは隣を歩く自分の主人である晴海だけだ。有象無象に関心を寄せられてもなんとも思わないし、嬉しくもない。

 目ざとい者は、晴海と夕花が同じ指輪を付けているのを見ている。
 学生結婚は珍しくはないが、多いわけではない。二人で同じ指輪をしている時点で入り込む隙間がない状況を認識した。そして、夕花がしているネックレスを見て晴海の財力が学生の範疇ではないだろうと勝手に解釈した。

 二人は、同世代から嫉妬が過大に混じった視線を感じながら、食券を購入した。
 食堂は一昔前のスタイルで、お盆を持って順番に料理を受け取っていくのだ。雇用促進の意味もあり大学では、近隣の主婦を配膳のアルバイトとして受け入れていた。晴海と夕花は、朝粥を食べたが普通に定食を選んだ。味がよく解らなかったので無難に定食にしたのだ。

 二人で並んで料理を受け取っていく。

 晴海の選んだ定食では椀物はなかったが、夕花の定食には椀物が付いていた。
 椀物の配膳を担当している主婦が夕花に話しかける。

「モデルさんみたいな二人だね。恋人・・・。いや、夫婦なのかい?格好いい旦那さんだね」

 夕花はいきなり話しかけられてびっくりした。

「え?あっはい」

 晴海は、先に行って飲み物を取ろうとしていた。

「夕花。お茶でいいか?」

「はい。温かいのが嬉しいです」

「わかった。席を取っておく」

「わかりました」

 主婦が笑いながら夕花に椀物を渡してくれる

「いい旦那さんだね」

「はい。自慢の旦那さまです」

「はいよ。熱いから、注意してね」

「はい。ありがとうございます」

 夕花は、主婦から椀物を受け取って、晴海が座って待っている席に急いだ。

 席に付いた夕花と晴海は食事を始める。
 食事が終わってから、晴海はお茶を飲み始める。

「夕花。周りに知った顔や見たことがある顔はあるか?」

 晴海は、立ち上がりながら夕花に質問する。

「いえ・・・。ないと思います」

「ありがとう」

「どうしました?」

「ん?少しだけ気になった。見られていたり、視線を感じたりは、いつもと同じだけど、気持ち悪い感じがしたから、知っている顔が居ないか見たが居なかったから、夕花を見ているのかも知れないと考えたのだけど・・・。違うのか・・・」

 夕花は、自然に周りを見回すが結果は同じだった。

「そうか、ありがとう・・・。図書館なら、ガードロボットが居るから大丈夫だと思うけど、注意してくれ」

「わかりました」

 晴海は、夕花を図書館まで送っていってから、城井にコールを入れて、今から訪ねると連絡を入れた。

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2020/05/27

【第八章 踊手】第四話 遺伝

 部屋に入った二人は疲れているのもあって、風呂に入ることにした。

「晴海さん。お風呂の準備をします」

「頼む」

 晴海は、礼登から渡されるはずだった資料を従業員から受け取った。

 夕花が風呂の準備を始めたのを見て、封筒を開けて資料を見た。

 資料は、予想通り夕花の母親の情報だった。

(大物だな)

 夕花の母親は、東京都の裏社会をまとめている家の出だ。昔風に言えば、反社会的勢力の家の生まれだ。東京の裏を支えると言っても過言ではない。裏の顔も表の顔も持っている。表の顔の時に使う家の名前が”文月”だ。本当の家名は、”不御月”だ。そして、六条の百家に連なる”文月”は、”不御月”の傍流になる。
 不御月の始まりは、駿河の任侠団体だと言っている。だが、同じ任侠団体が起源だと言っている裏組織は20や30ではない。その中でも、不御月は東京の一部だが裏社会をまとめるだけの大きさを持っている。

 晴海は、不御月の存在や名前はもちろんしっていた。表の名前が文月だと言うのも認識していた。
 夕花が母親の旧姓を聞いた時に、不御月の名前が頭をよぎった。しかし、そのときには”孫娘”を奴隷市場で売る行為を認めるわけがないと考えたのだ。

「晴海さん。お風呂の準備ができました」

「わかった。一緒に入ろう」

「はい!」

(報告書でも、まだ確度は高くないと言っているな。もう少し調査が必要だな)

 晴海は、報告書はあとにしてまずは夕花と風呂に入る方を選んだ。

 お互いの身体を洗いあった。
 夕花は、図書館で晴海を待たせてしまったのを、まだ気にしていたので、晴海は夕花に罰を与えた。

 罰を言われた夕花は、最初は驚いたが、晴海の意図が解ってしまった。嬉しい気持ちと、”もうしわけない”という気持ちで一杯になってしまった。
 しかし、罰は罰だと思って、晴海に言われたとおりに奉仕を行った。

「は・・るみさん」

「夕花。罰を受けた者が嬉しそうにしない」

「え・・・。だって・・・。僕で、晴海さんが満足してくれていると思うと・・・。罰でも、嬉しく・・・て・・・」

「しょうがないな。僕の奥さんは!」

 晴海は、夕花を立たせたて、抱きしめる。

「あっん。駄目です。晴海さん」

「駄目じゃないよ。夕花、お風呂に入ろう」

「はい」

 夕花を抱きしめてキスをして、抱えて湯船に浸かる。屋敷のお風呂と比べると小さいが、二人で入るには十分の広さがある。
 ベッドに戻ってからも二人はお互いを求めあった。

 朝方の3時に晴海は目を覚ました。
 抱きついて眠る夕花のおでこにキスをしてから布団を抜け出す。

 汗と体液を流すために、熱めのシャワーを浴びる。冷蔵庫から、ノンアルコールの飲み物を取り出して、一気に煽る。ベッドで眠る夕花を見てから、資料の続きを読み始める。

(殆ど解っていないのだな)

 確度が低い情報として報告されているが、夕花の母親の情報は秘匿情報が多く調べられない。当時を知る人間も殆ど居ない現状では、調査続行が不可能にも思えるとしめられている。

(・・・。なに?)

 資料には、夕花の出生にも疑義があるとなっている。

 夕花の出生の記憶は残されている。母親も父親も間違いなく登録されている。出生後の遺伝子情報の確認でも問題は見つけられなかった。

 ただし、見つけられなかった情報が不自然なくらいに簡単に入手できている。能見と礼登が不審に思う位に簡単に情報が入手できた。他は、完全に秘匿されているのに、夕花の出生時の情報や本来なら秘匿されるべき遺伝子調査の結果まで入手出来ている。

 現在調査中となっているが、一つの可能性が提示されている。
 古いネットの記事だ。すでに、大本は削除されていて、アーカイブから引っ張り出してきたらしい。改竄されている可能性がある情報として取り扱う必要がある。掲載していたネットニュースはゴシップや都市伝説のような確度が引くい情報を扱ってアクセス数を稼いでいたサイトだ。しかし、記事として時おりスクープや大発見が掲載されるので無視が出来なかったらしい。

 その記事は、東京の裏社会をまとめていた家の少女が誘拐されたという記事だ。

 少女は、誘拐されたが3日後に解放されている。身代金を払ったのか、何が行われたのかはわからないが、解放された。
 ただし、少女は無事ではなかった。乱暴されていたのだ。少女は、性的暴行を受けていた。そして堕胎の手術を受けた。手術の影響から子供が出来ない身体になってしまった。記事には、誘拐に関しての詳細な内容は書かれていない。
 不御月の名前が書かれたカルテが書類には添付されている。内容は、堕胎の手術の内容だけだが、夕花の母親が堕胎手術を受けたのは間違い無いと考えられる。問題は、そこではない。子供が出来ないと言われた人間に子供が出来ている。その上、遺伝子調査を受けて”白”が証明されている。

 晴海は、報告書を読み終えると、インスタントコーヒーを淹れた。
 砂糖もミルクも淹れない。コクが無いただ苦いだけの飲み物を飲みたかったのだ。心に溜まった澱を流すために・・・。

 晴海は情報端末を手に持った。5秒ほど躊躇したが、能見にコールした。3コール以内に出なかったら、報告書の内容は次の報告書が上がってくるまで聞かないと決めた。

1コール
2コール

『晴海様。おはようございます』

「能見。悪いな・・。こんな時間に・・・」

『大丈夫です。報告書がお手元に届いたので、ご連絡があると思い、お待ちしていました』

「そうか・・・。能見。お前は、どう思う?」

『晴海様。私たちは、影です。晴海様のお考えが、私たちの全てです。旦那様となられた晴海様がすべてです』

「・・・。遺伝子調査の結果・・・。そうか、母親の遺骨・・・」

『晴海様。それでもおかしなことです。母親と父親と兄との遺伝的な繋がりが認められるとなっています』

「そうだな」

『現在、調べられるのは、夕花様の遺伝情報だけです』

「ん?そうか、灰にした遺骨からは正確な情報にはならないのか?」

『はい。生家も焼失しております』

「遺伝情報は調べようがないな。もうひとつ気になったのは・・・」

『誘拐事件ですよね?』

「そうだ。不御月が娘を誘拐されるとは思えない」

『はい。私も礼登も同じ意見です。しかし・・・』

「そうだな」

 晴海も解っている。30年以上前の話だ。混乱の時代でもある。

『晴海様』

「カルテと当時の裏社会を知る者をあたってくれ、なにか嫌な感じがする」

『かしこまりました』

 晴海は、能見や礼登を、まだ疑っている。正確には、最後の最後で裏切るのではないかと思っている。
 それでも、能見や礼登を使うと決めた決別が確かな状態になるまで使うと決めたのだ。

「能見。あと、大学を調べてくれ」

『晴海様と夕花奥様の通われる学校ですか?』

「あぁ今日、城井と話をした。文月が、六条家の蔵書を持ち出そうとしたらしい。城井が察して確保してくれたらしいが、稀覯本があるから、金が目的だったのかも知れないが、あまりにも杜撰だし、不自然だ」

「わかりました。蔵書を含めて調査します」

『頼む。きな臭い。周りに動きが無いのが気になる』

 晴海は派手に動いているわけではないが、六条の関係者には、晴海の動向が解るようにしている。
 伊豆の屋敷に引きこもった事も、駿河の大学に通うのも秘密にはしていない。それなのに、接触がないのだ。接触する必要性を感じていないだけならいいが、監視させている様子もない。

「はい」

『新見と寒川と合屋に3日後・・・。いや、もう二日後だな。二日後までに態度を決めろと通達してくれ』

「よろしいのですか?」

『構わない。城井は3日で当主の意見をまとめると言ってきた。出来なければ、城井の息子が新しい家を起こす』

「わかりました。3家には通達します。城井家と同じ条件でよろしいですか?」

『大丈夫だ。会談は、駿河湾の中心地点でやるかな?』

「かしこまりました。来られないものは?」

『リモートでも構わない。その代わり、利権が確保出来るとは考えない方がいいだろう』

「通達の内容に加えます」

『頼む』

 晴海は、指示を飛ばす。
 最後の当主としての責務を捨てるつもりはなかった。六条家と連なる家々が混乱するだけなら問題はない。だが、家に連なる何も知らずに生活している者まで罰を受ける必要を晴海は感じていない。罰は、六条の名前を利用しただけでいいと思っている。

 晴海は、能見とのコールを切って、冷めてしまった苦いだけのコーヒーを飲み込む。
 そして、疲れてベッドで寝ている愛おしい人物を見つめる。

「夕花。僕と夕花の縁はどこから始まって、どこで終わるのだろうね」

 もちろん、寝ている夕花が応えるわけもない。
 晴海は、安っぽいソファーに身体を預けて天井を見つめる。

2020/05/26

【第八章 踊手】第三話 薯蕷

 晴海は図書館に用事があるわけではなかった。
 祖父が寄与した蔵書があるはずなのだ。その中から、歴史に関係する本ではないが、”人食いバラ”とかの稀覯本もあると思っている。晴海の数少ない家族との思い出の中に祖父の書庫で見た”人食いバラ”が忘れられないのだ。

 図書館の中は、静かだった。書生が居るわけではなく、ガードロボットが管理をしているだけだ。

 晴海と夕花は、情報端末で身分を説明した。

「夕花、好きにしていいよ。僕も、気になる本を探したいからね」

「わかりました」

 夕花は、晴海から離れて、歴史書が置いてある場所に足を運んだ。
 場所は、ガードロボットに聞けば教えてくれるのだ。

 晴海も夕花も、電子書籍は好きではなかった。
 電子版しかない書籍は電子書籍で読むが、紙での出版があるのなら、紙で読みたいと思っている。最近では、少数派になってしまっているが、二人は気にしていない。図書館を二人で専有出来ると喜んでいるようにも思える。

 夕花が本棚に消えていったのを見送った晴海は、ガードロボットに情報端末を翳して、質問を行う。

「六条家からの寄贈本はどこだ?」

『情報検索。六条家当主。文月晴海。六条家の寄贈本。一冊該当』

「一冊だけ?」

 晴海は怒りに似た感情が芽生えたのを認識した。
 夕花に一言だけ断りを入れて、図書館から外に出る。周りに人が居ないのを確認して、情報端末をつかって城井貴子にコールする。

『文月さん。何かありましたか?』

「確認したい内容がある」

『なんでしょう?』

「先代が寄贈した本があると思うが、図書館で調べたら1冊だけと言われたが、どういう事だ?稀覯本とかもあったよな?」

『・・・。あ!もうしわけありません。百家の一部が大学に来て、持っていこうとしたので、阻止するために、私の研究所に退避させています』

「それなら、問題はない。一冊だけ残したのは?」

『たんなるミスです。後ほど処理します』

「頼む。その百家は、文月か?」

『はい。文月家です』

「わかった。今度、蔵書を借りに行く、”人食いバラ”があったと思うから見てみたい。あと、前世紀に流行った”ラノベ”もあるだろう?」

『私が管理している六条家からの蔵書をリストでお送りします』

「頼む」

 コールを切ってから、晴海は安心したと同時に怒りを覚えた。
 文月は何がしたいのかわからない。

 文月の目的がわからない気持ち悪さはあるが、蔵書が無事だったので晴海は良かったと思っている。

 その頃、夕花は歴史書に埋もれていた。
 欲しかった本や電子書籍で読んだ本などがあって、読み始めたら止まらなくなってしまった。興味がある場所を読んでいると、疑問が出てくる。疑問を解消するために別の解釈が書かれた本を読む。試しに読み始めただけだが、知識欲の暴走が止められない。

「え?はる・・・みさん?・・・。・・・。え?あっ!僕、ごめんなさい」

 夕花は、窓から入る明かりが赤くなっているのを見て慌てた。何時間という単位で晴海を待たせた。夕花が慌てるには十分な理由だ。それだけではない。薄暗くなってしまうと、海を横断するので、屋敷に向かうのが難しくなってしまう。ビーコンがあるので、操舵には問題は出にくいが、昼間に比べるとリスクが高いのは間違いない。

「いいよ。きにしなくて」

「でも、僕・・・」

 夕花は、晴海を待たせてしまった。
 晴海の時間を無駄にしてしまった。

 その思いが強く心にのしかかって、涙が出てしまった。

「ほら、泣かなくていいよ。夕花。夕花は、静岡は詳しいのだろう?どこかうまい店に連れて行ってくれよ。あと、今日は屋敷に戻らないで、どこかに泊まろう」

「よろしいのですか?」

「うん。明日も午後に顔を出せばいいから、午前中は市内でデートしよう」

「はい!晴海さん。宿泊先はおまかせします。食事の場所まで僕が運転していいですか?」

「わかった。食事処まで案内を頼む。その間に宿泊先を決めておくよ」

「お願いします」

 車に戻った。夕花が運転席に座った。緊張している面持ちを見て、晴海は笑ってしまった。

「晴海さん。酷いです」

「ごめん。ごめん。夕花。気にしなくていいよ。人身事故にだけ気をつけてくれれば、車をぶつける位なら問題ないから安心して」

「・・・。わかりました。案内したいと思っている店は、僕が小さかった時に、母に連れて行ってもらった店です。安倍川を超えた場所にある”とろろ汁”の店で、江戸時代から営業していると言われています」

「へぇとろろ汁か、楽しみだな」

「はい。メニューもいくつか、ありますが、麦ごはんがおかわり出来たので、子供の時には、無理して食べて・・・」

「うん。楽しみだよ。夕花。店の名前は解る?」

「調べれば出てくると思います」

「わかった」

 車が動き出した。
 晴海は、情報端末を操作して、夕花が言っていた店を探した。

「よかった。まだ営業しているよ。予約を入れるね」

「はい!」

 危なげない運転で、夕花は店に向かった。
 ナビは、晴海がしている。旧国道1号線を西進する。安倍川を超えたら、バイパスに向かった道を選ぶ。
 安倍川を渡ってから5分程度進んでから脇道に入る。表からも入られるようだが、裏からの進入のほうが、駐車出来るスペースが多いのだ。晴海が店の情報にアクセスして空いている駐車スペースを探していた。

 到着して、二人は車から降りた。
 目の前には、オブジェあろうか?人力車や井戸の水を汲み上げる滑車などが展示されている。江戸時代に実際に使っていたものだと説明が書かれている。

「へぇここ?」

「はい!」

 藁葺き屋根の店舗の古い引き戸の扉を開けて中に入る。
 情報端末で認証を行うと、予約の確認が取れて、半個室になっている場所に案内された。途中で靴を脱いで部屋用の下履きに履き替えた。

 食事の用意は出来ていた。
 店員が、とろろ汁の食べ方を説明して、料理を運んできてくれる。夕花は、晴海が予約したときに注文したのだと思っていた。実際に、注文を済ませていた晴海だったが、思った以上にボリュームがあるのに驚いてしまった。

 ご飯は、”おひつ”で持ってきていた。

 夕花を見ながら晴海もとろろ汁を麦ごはんにかけて口に運ぶ。

「うまいな」

「はい!」

 満面の笑みで夕花は応える。
 自分の母親との思い出の店の味を、晴海が気に入ってくれたのが嬉しかったのだ。

「”揚げとろ”がうまいな。追加で注文してもいいな」

「はい。”おかべ揚げ”や”むかごの唐揚げ”もおいしいですよ」

「そうだな。今日は、”揚げとろ”を追加で食べよう。次に来た時に、他の物を注文しよう」

 そういった晴海だったが、”揚げとろ”を一人前だけ追加して、気になっていた”切りとろ”を追加で注文した。
 すべての料理を食べ終えて、緑茶を飲んで休んでいる。

 二人ともお腹が一杯になるまで食べたので、動きたくなかったのだ。

 晴海はチェックをすませた。お茶のおかわりを頼んで、二人でゆっくり過ごすと決めた。
 藁葺き屋根の店舗の中は時間から取り残された雰囲気を持っている。周りに人も同じ様に感じているのだろう。会話の声も小さく周りを気にしている。

 おかわりのお茶を飲み干した。

「さて、行くか?」

「はい」

 会計はすでにすませている。
 チップは必要ないと書かれているので、店舗を出て駐車場に向かった。
 今度は、晴海が運転席に座る。

「晴海さん。宿泊は?」

「あっ。一度、礼登にあってから、クルーザーの整備と係留を頼んでから移動するよ」

「わかりました。そうですよね。係留する場所を変えないと駄目ですね」

「うん。それは、礼登たちの仕事だからね」

「はい」

 晴海は、クルーザーを停めた場所まで移動した。礼登はすでに居なかったので、従業員に明日までの係留を頼んだ。

「晴海さん?」

「うん。どうせ、一泊だけだし、たまには若いカップルのようにしてもいいよね?」

「はい!」

 晴海が連れて行ったのは、ファッションホテルだ。古い言い方をすれば”ラブホテル”だ。

 予約が出来たホテルに二人は到着した。晴海は、チェックインをすませて、夕花を伴って部屋にはいった。

2020/05/25

【第八章 踊手】第二話 城井

 晴海が運転する車は、旧国道150号を西に進む。
 ここは、前世紀から石垣いちごを生産している場所だ。晴海は、窓を開けて外の空気で車の中を満たす。伊豆に居たときは違う潮の匂いが二人の鼻孔を擽る。

「夕花。寒くないか?」

「大丈夫です」

 ここ百年の気候変動で日本もかなり平均気温が下がっている。氷河期が訪れようとしているのは間違いない。しかし、駿河の気候は安定している。地質学的に考えても不思議な場所なのだ。平均気温が下がって琉球州国でも年に数日は雪が降り何年かに一度は積もるような状況なのに、駿河は雪が降っても積もらない。

「あと、15分くらいで到着出来ると思う。道を覚えておいて欲しい」

「わかりました」

 夕花も地図でキャンパスは確認しているが、今日が初めての訪問だ。近くは過去に通ったのでなんとなく解るが、運転して訪ねたことはない。

 晴海の宣言した通りに、15分後に大学のキャンパスに到着した。
 門をガードしているロボットに、晴海と夕花の情報端末をかざすと、門が開いた。晴海の情報端末に案内が表示されたので、指示に従って車を移動させる。

 国が持っている権力が弱まった事で、学校に関する考え方も変わった。
 義務教育が、小学校だけになり年数が6年から8年に延長された。中学校が義務教育でなくなった、以前の高校で教えていたような内容を教えるようになった。高校はより専門的なことを学べる機関へと変わった。中学と高校という名前は残っているが、前世紀のような区分ではなくなっている。その上飛び級制度も導入されている。優秀な者は上で学べるようになっている。
 大学は、研究機関や専門過程の学習をする場所に変わった。

「晴海さん。今更ですが、私たちはどこを目指しているのですか?」

「ん?そうだったね。僕たちが向かっているのは、歴史を専門に扱っている学部だよ」

「歴史ですか?」

 夕花が、晴海の言葉に目を輝かせた。
 晴海は、近代史に興味を持っているが、夕花はそれより前の第一次世界大戦ころの世界史を学びたかった。さしたる理由はないのだが、高校の授業で学んだ歴史に関心を持っていた。大学でより深く研究をしてみたいと思ったのだ。

「そう、学部だけは決めているから、専修は後で決めればいいと言われたよ」

「え?」

「コネと権力は有効に使わないとね」

「・・・」

 指示された駐車スペースに車を停めて、晴海と夕花は建物に入っていく。
 大学は、決まった授業があるわけではない。学部と言っても、興味を持つものが集まって研究をしているだけなのだ。資料などが豊富に集められているので、研究を行う目的を持っているのなら、大学に入学するのがもっとも近道とされている。
 専修している中から選ばれた者がまとめ役となり、専修の方向性を決めていく。合わなければ、専修を変えればいいのだ。

「どうしたの?」

「いえ、晴海さんは、何を専修するのかと思いまして・・・」

「僕は、まずは夕花と同じにしようかと思っているよ。まずは教授に挨拶しておこう」

「はい」

 夕花は少し緊張したが、晴海はそんな夕花の手を握って教授の部屋に向かった。

「大丈夫だ。ここの教授は・・・」

 教授室の部屋をノックしようとした晴海だ。

”バァン”

 大きな音がして扉が開いた。

「晴海坊っちゃん!」

 小柄の女性が教授室から出てきた。
 情報端末を握りしめている状況から、晴海が歩いてくるのを認識して扉の前で待っていたのだ。

「城井さん。いい加減に坊っちゃんは止めてください」

「そうでした。今は、文月晴海さんでしたね。私の学部にようこそ。それから、始めまして、夕花さん。教授の城井貴子です」

 女性が晴海と夕花に頭を下げる。
 晴海は、こうなるのが解っていたので、少しだけびっくりして、驚いただけだったが、夕花は何がどうなっているのか解らなくて混乱していた。

「教授。ひとまず、部屋に入りませんか?」

 晴海に言われて3人は教授室にはいって、向かい合ったソファーに座った。

「改めて、ご挨拶いたします。城井貴子です。文月晴海さん。夕花さん。私の学部にようこそ。歓迎いたします」

 晴海と夕花も挨拶をする。

「晴海さん。夕花さんに説明をしていないのですか?」

「あぁ城井家が敵かもしれないからな」

 そんな状況では無いだろうと能見から報告は来ている。それでも、疑う必要があった。

「そうね。あの人がしっかりと宣言していないのよね」

「そうだ。市花は明確に宣言して、能見を手伝っている」

「私が宣言しても意味がありませんよね?」

「あぁ当主ではないからな。それに、ここで宣言しても、認められないだろう?」

「はい。もうしわけありません」

「俺と夕花をここに招き入れただけでも感謝している」

 晴海が頭を下げたので、慌てて夕花も頭を下げる。

「求められれば動くのは当然です。城井家ではなく、私は、先代様に多大なるご支援を受けています。研究が続けられるのも、ご支援があったからです」

 この辺りで、夕花にも人間関係がぼんやりとだが解ってきた。
 言葉は悪いが、晴海は研究資金の援助という餌をぶら下げて安全地帯の確保を行ったのだ。

「あっ!晴海さん。夕花さん。ご結婚の儀、おめでとうございます。旦那は知りませんが私は心からお祝いを申し上げます。できれば、夕花さんには、後継ぎを早急」「城井!」

 晴海が話を止める。
 跡継ぎの話が悪いわけではない。ただ、夕花を六条の柵に巻き込みたくないと思っているのだ。

「失礼しました」

 城井貴子は頭を下げる。

 晴海の方を向いていた視線を夕花に移した。

「それで、夕花さん。何を専修するのですか?」

 晴海は、黙って夕花を見てうなずいた。
 夕花の好きにして良いという合図だ。夕花も晴海の意図が解ったので、城井貴子に自分の正直な気持ちを伝える。

 30分ほど二人は第一次世界大戦当時の情勢を話していた。
 晴海もなんとかついていけるレベルで話しが進んだので、会話に時おり参加した。

「ふぅ・・・。晴海さん。素晴らしい奥様ですね。しかし、残念な事に、夕花さんが望まれている内容を研究している場所はありません」

 明らかに落胆する夕花だったが、次の城井貴子の言葉で顔を上げるのだった。

「晴海さんと二人の専修を認めます。研究所の設営に時間は必要になりますが、それでよろしいですか?」

 夕花は、どう返事したらいいのか迷った。晴海は、夕花の手を握った。夕花が晴海を見たので、晴海はうなずいて返した。

「はい。お願いします」

 夕花は、城井貴子にはっきりとした口調でお願いした。城井貴子は、晴海を見るが、晴海もうなずいたので受理された。スポンサーが大丈夫だと言っているので、大学側が断るのもおかしな話しになってしまう。

 毎日ではないが、大学に通うことになった。

 城井貴子は、晴海の前で背筋を伸ばした。そして、今までとは違う緊張した声で晴海に話しかけた

「お館様。少しだけ、私にお時間を頂けないでしょうか?」

「なんだ?」

 能見や礼登と話す時の晴海を知っているので不思議には思わなかった。しかし、今までと違った冷たい響きの声で、夕花は驚いていた。

「お館様。城井家の当主の考えを確認いたします。3日後にチャンスを下さい」

「わかった。3日後だな。チャンスはすでに与えた。次は無いぞ?」

「わかっております。城井家の代表を連れてお館様の前に跪かせ、六条家に変わらぬ忠誠を誓わせます」

「期待している。城井貴子。もし、城井家が六条の名前に背いていたら、城井家を潰す」

「はい。心得ております」

「そのときには、お前は城井家の名前を捨てろ」

「よろしいので?」

「確か、息子が居たな?12だったか?」

「はい。和也は、今年で12歳です」

「新しい名前で家を立てろ。そこに、城井家に行っていた支援を行う」

「はっ」

 城井貴子が頭を下げたので、晴海は話しが終わったと判断して、夕花を伴って部屋を出た。

「夕花。図書館に寄っていくか?時間はまだあるからな」

「はい!」

 晴海は、情報端末を起動して図書館の位置を確認した。夕花は、晴海の腕につかまる形になるが二人で図書館に向かった。

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2020/05/24

【第八章 踊手】第一話 上陸

「晴海さん。本当に、このままで・・・。行くのですか?」

「うん。だって、夕花が負けたのだから諦めようね。大丈夫。駿河が近づいてきたら着替えるのだし僕以外に夕花のそんな姿を見せたくないからね」

「解っていますが・・・。うぅぅぅ。恥ずかしいです。全裸の方が恥ずかしくないですよ・・・」

 夕花も今の格好になって混乱している。晴海の前で裸になるのに慣れているので、裸の方が”まし”だと思ったのだが、客観的に考えて裸でクルーザーを動かすのはシュールだし危ない感じがする。

「大丈夫だよ。見ているのは僕だけだからね」

「それが、恥ずかしいのです!」

 夕花は晴海とゲームをした。負けず嫌いな夕花は、晴海に勝てなくて、何度も挑戦した。
 最後の挑戦で、負けたら恥ずかしい罰を受けてもらうと言われて承諾して・・・。負けたのだ。

 晴海が出した罰は、シンプルな物だった。夕花の名誉の為に罰の内容は伏せるが、大胆に晴海を求める夕花が恥ずかしがるような罰だ。

 屋敷がある島から離れたので、自動運転に切り替えた。ビーコンを6箇所設定した。夕花が操舵するクルーザーはビーコンが10箇所設定出来る。駿河までの経路を5分割してビーコンを設定した。
 ビーコンまで移動して距離と時間を確認して、次のビーコンまで移動する。
 これを繰り返せばいいのだ。ビーコンと同時に、駿河湾を管理する州国に航路予定を提出する。大型船などとすれ違う場合には注意が勧告されるので、やっておくほうがいい。識別番号も付与される。識別番号を持っていれば、近づく船に警告を発せられる。晴海と夕花は、警告を自動で行う様に設定してある。

 自動運転に設定してから、二人は船室にはいった。

「夕花。こっちにおいで」

「はい」

 夕花は、見えてしまいそうな。見えていると行ったほうが良いだろうスカートを抑えながら晴海の膝の上に座る。晴海が指示したからだ。身体を捻って、夕花は晴海の身体を自分の足で挟むように座る。晴海も、船室で着替えるつもりだったので、屋敷に居るときと同じ格好だ。ダウンだけを羽織っている。
 夕花が晴海に抱きついた。キスをおねだりしたのだ。夕花も屋敷に居るとき同じで下着を付けていなかった。晴海を刺激して、晴海が反応してくるのを待っていた。

「奥さん?」

「はい。旦那様。旦那様が悪いのです。僕にいろいろ教えて、今日もこんなに恥ずかしい格好をさせて・・・。旦那様が悪いのです」

 晴海は、もうなにも言わない。夕花を抱きしめた。
 夕花も手で誘導している。ベッドで最後のビーコンに到着するまで抱き合い、求めあった。

 船室にあるシャワーでお互いの汗や体液を流して、礼服に着替える。
 オーダーメイドだけあって身体にフィットしている。夕花の礼服は、スカートタイプとズボンタイプを用意した。墓参りには、スカートタイプで行ったが、今日はズボンタイプで行くようだ。夕花も晴海以外に肌を見せるのに抵抗を感じるようになっていたのだ。

 着替えた二人は、船室を出て操舵室に移動した。
 これからは夕花が操舵するためだ。晴海は、礼登に連絡して、係留場所まで誘導を行う。多数のクルーザーが並んでいる場所に”文月”と書かれた場所を発見した。夕花は、しっかりとした操舵で接岸した。クルーザーの固定は、場所を提供している者が担当する。油や水の補充。清掃などもサービスとして含まれている。

「そうだ。夕花。左手を貸して」

「え?はい?」

 夕花は求められて、左手を晴海に差し出す。
 晴海は、夕花の左手を握って、薬指にプラチナとゴールドでできた指輪を付けた。

「え?」

「結婚指輪だよ。していないとおかしいだろう?」

 そういって、晴海は左手を夕花に見せる。
 同じデザインの指輪が晴海の指にもはまっていた。

「晴海さん」

「うん。似合うよ」

「いつの間に・・・」

「それは、内緒だよ。でも、今日に間に合ってよかったよ」

 種明かしをすれば簡単だ。
 夕花が、従業員に補給物資の依頼をしている最中に、晴海は近づいてきた礼登から指輪がはいった小箱を受け取ったのだ。
 プラチナとゴールドが絡み合うようなデザインになっている。裏側には、相手の目の色と同じ宝石が填められている。

「よろしいのですか?」

「当然だよ。夕花は、僕の奥さんだからね」

「ありがとうございます」

 指輪を見て抱えるように頭を下げる。

「夕花が僕のものだと示す為に、もうひとつも受け取ってね。後ろを向いて」

「はい?」

 夕花の首にネックレスを付ける。
 指輪と同じ様に、プラチナとゴールドで作られている。ボリューム感があるネックレスだ。ロープ状にしたゴールドとプラチナを編み上げた物だ。等間隔に、晴海と夕花の目の色と同じ宝石も埋め込まれている。宝石がアクセントになって輝いている。

「え?」

「うん。似合う。似合う。礼服だから胸元が寂しいだろう?男性はネクタイをするけど、何か無いと寂しいからね。真珠はちょっと違うかなと思って、ネックレスにしたけど、思った以上に似合うな」

「晴海さん」

「ん?行こう。時間には余裕があるけど、何があるかわからないからね」

「・・・。わかりました」

 離れていた、礼登が晴海と夕花に近づいてきた。

「文月晴海様。夕花様。ご利用ありがとうございます」

「クルーザーを頼む」

「はい。お戻りまでに補充を済ませておきます。今日が初回のご利用なので、契約書を船室にお届けしておきます。次回ご利用までに目を通して置いてください。また、何か疑問点がありましたら、ご連絡を頂けましたら対応いたします」

「わかった。ありがとう。送っておいた車は駐車スペースか?」

「はい。ご案内いたします」

 従業員に案内するように礼登が指示を出す。
 晴海と夕花は、素直に付いていった。

 車は新しく礼登が用意した物だ。だから、晴海も夕花も知らない。

 従業員に案内された先に有ったのは、1965年のモンテカルロラリーでの優勝を飾った車をベースにしたレプリカだ。市販車になっているので、ラリーオプションは取り外されている。

「これでお間違いないですか?」

「あぁ大丈夫だ。ありがとう」

 晴海は、従業員にチップを渡す。礼登がニヤニヤしながら晴海を見ていたのが気になるが、指定されたのだから、目の前にある車に乗り込むしか無い。情報端末をかざせば鍵が空いた。間違いない。

「晴海さん?」

「夕花は、助手席に、今日は僕が運転する」

「わかりました」

 車に乗り込んだ。
 レプリカだけ有って内装は当時の物ではない。雰囲気を壊さない程度に近代化されている。ナビは備え付けられていないが、情報端末とのリンクは可能だ。晴海は、自分の情報端末と夕花の情報端末を車とリンクさせる。

 晴海は、情報端末に流れてくる情報を見て目を疑った。

(こういう事か・・・。能見の指示だな?)

 晴海は、礼登を見ると、礼登も視線に気がついたのだろう。ニヤニヤしながら近づいてくる。

「文月様。何か不都合でもありましたか?」

「いや、何でもない。ガソリンを満タンにしてくれたのだな。助かる」

「サービスの一環です」

「ありがとう。帰りも、このスペースに停めていいのか?」

「はい。大丈夫です。空いているスペースなら自由に停めてください。こちらのスペースは契約者様だけの駐車スペースです」

 晴海は、身体を乗り出して、礼登に近づいて囁くように詰問する

「(おい!礼登。何をした?このエンジンは、おかしいだろう?レプリカの諸元だと、40PS程度だろ?)」

「(少し、改造させてもらいました。ご不満でしたか?)」

「(ふざけるな。どこの世界に、少しの改造でスポーツタイプ以上の500PSになる?フルタイム4WDで、4WSだと、それにモーターを4つも付けている。モンスターって言葉が生易しいぞ!)」

「(はい。晴海様が運転なさるのに相応しい車に仕上がっていると自負しております)」

「(礼登!)」

「(晴海様。愛おしい奥様が見ておられます。それに、約束の時間に遅れてしまいますよ)」

「店主。あとで連絡する」

「わかりました。ご連絡お待ちしております」

 晴海と夕花は、駿河に上陸した。
 そして、足を手に入れた。

 入学する学校まで来るまで移動する。晴海は、渡された車を始動させる。パワーに比較して静かなエンジン音だ。アクセルを踏み込むと心地よい振動と音が車内に響く。晴海は、ゆっくりとした速度を維持しながらウィンカーを出して街道に合流した。

2020/05/23

【第七章 日常】第八話 濫觴

 晴海と夕花は、晴海の運転する車で屋敷に帰ってきた。

 翌日も試験が控えていた。翌日は、運転免許の更新と限定解除を行うのだ。教習所に通えばよかったのだが、能見が夕花に晴海と一緒に居る時間を大切にしてくださいと助言したので、免許更新時に試験を受ける方法を選択した。
 夕花の誕生日ではなかったが、奴隷になったことで効力が停止されていた免許を復活させるためには手続きが必要になっていた。同時に、バイクの免許の取得を行うので、丸一日試験場に居る状態になる。
 晴海も、夕花に合わせてバイクの免許を取得する予定にしていた。
 安全性能が向上した車やバイクでは、学科が重要視され実技は基本動作に問題がなければ合格になるのだ。

 二人は揃って合格した。移動手段は多いほうがいい。バイクと車での移動を考えたときには、それほど長距離での移動は考慮しなくて良さそうだが、それでも、交代で運転できるようになっておく必要性があった。

 礼服の準備も出来た。移動手段も手に入れた。
 夕花と晴海は、駿河にある大学の入学手続きを行った。

 学校は、駿河の中心都市である静岡にある大学だ。今世紀になってから作られた比較的に歴史が浅い学校で、六条家がメインスポンサーになっている。

「夕花。学校が決まったよ」

 7階の寝室で能見からの情報送付を受け取った晴海は夕花に告げた。

「え?」

 学校の事は聞かされていたのだが、試験が行われると思っていた。
 今の状況で、学校のことを言われたので、夕花は驚いてしまった。

「試験は、書類の提出だけになった」

「そうなのですか?」

「あぁ履歴を確認できれば問題ない」

「あっ・・・。僕・・・。奴隷ですけど?」

「ん?最終は、文月晴海の奥さんだよ?奴隷の件は隠せるよ?」

「え?よろしいのですか?」

「問題ないよ。奴隷市場で渡された夕花の履歴を使って書類は作ったから見てみる?」

「はい」

 晴海は、情報端末を操作して、夕花に提出書類を見せた。

「・・・。晴海さん?」

「何かおかしな所がある?」

「いえ、綺麗すぎてびっくりしています」

「うん。でも、嘘は無いでしょ?」

「はい。でも、調べれば・・・。あっ!」

「うん。これを本当の履歴を知らないと見破れない。見破る者が居たら、それは、僕か夕花の関係者だよね。それか、僕たちを狙っている者だ」

「はい!」

 ”フンス”と鼻息が聞こえてきそうな位に夕花は気合をいれた。
 何をしなければならないのかはまだ明確にはなっていないが、学校に行けば相手が出てくる可能性が生まれた。気合を入れる必要があると思ったのだ。

 夕花が情報端末を手放したのを見て、晴海は体勢を変える。

「夕花。まずは、駿河まで行こう。船はもう大丈夫だよね?2日前に出れば、何かあっても大丈夫だろう」

「はい。練習をしましたし、大丈夫です」

 能見が用意した船は、クルーザーに分類される船だ。
 定員10名で、巡航速度は34ノット。最高速度は40ノットになる。船室も豪華になっている。操舵室と船室は別になっている。操舵室には必要な装備が全部揃っているだけではなく、なぜか必要のない高機能な魚群探知機まで備え付けられている。ビーコンとの連動して、自動で目的地まで移動できるオートパイロット機能が備え付けられている。
 船室は、簡易キッチンだけではなく海水を濾過して使うシャワールームまで備え付けられている。エアコンはもちろん完備しているし、冷蔵庫やモニターや情報端末の補助機といったそれほど必要にはなりそうになり設備まで備えている。それらの電力を賄うために、ソーラパネルも配置されている。
 ベッドはセミダブルが備え付けられている。船室は、ドアを閉めてしまえば外から見られない状態になる。船室からも簡易的な操舵が可能になっている。

 誰の指示なのかあえて二人は無視したが、船室内にある簡易的な操舵パネルがベッドのパネルに備え付けられている。ベッドで寝ながら操舵出来るようになっているのだ。食料などは、自分たちで持ち込まなければならないが、食堂と同じ物が6つずつ確保されている。伊豆と駿河の間で、燃料切れなどの問題で漂流した場合でも10日程度なら持ちこたえられる計算になる。

 晴海と夕花は、昼間に船を出し、沖で全裸になってお互いを求めあった。暗くなってしまったので、そのまま船の中で過ごしたが快適だったので、問題はないと判断した。駿河に通うときでも、船室で着替えてから学校に行けば良いと考えた。
 駿河で、クルーザーを係留する場所は、六条が所有する場所を借りる契約になっている。着替えなどを、礼登に用意させればいい。能見も、その方が良いだろうと言っている。伊豆の屋敷には、晴海と夕花以外は誰も入らない。唯一の例外が、機器のメンテナンスと食堂の補充が必要になった場合だけだ。それも、二人が学校に行っている間に行われる。地下の施設だけで、地上部分へは二人以外は入られない。地下にも元軍事施設から入るしか方法がない。長い地下通路を通る必要がある。何回もチェックが入る。能見の配下か能見本人か礼登か礼登の配下だけが通過出来る状態になっている。それも、バックヤードだけで、晴海と夕花が生活している空間には誰も立ち入らない。ほぼ、屋敷の中に居れば二人は安全なのだ。
 晴海と夕花は、買い物やデートは伊豆に住んでいながら、駿河の静岡市がメインになってくる。

 怠惰に、快楽におぼれていた生活も終わりに近づいてきた。

 晴海も夕花もお互いの立ち位置は解っている。
 解っているからこそ、お互いを求めた。

「最初だけは礼服で行くけど、それ以外は私服で大丈夫だと聞いている」

「わかりました」

「そう言えば、夕花が卒業した高校は制服だったのだよな?珍しいよな?」

「はい。昔からの取り決めだと・・・。言われました・・・」

「夕花の履歴を見直して知ったよ。高校までは女子校だったのだね」

「はい。小学校は共学でしたが、中学と高校は女子校で・・・す。あっん。晴海さん!」

「どんな制服だったの?」

「え・・・。あっ。あっ。制服は、もう・・・。ない・・・ので・・・。ダメ」

「卒業は出来たのだよね?」

「はい。晴海さん。意地悪です」

「何が?」

「あっあっあん」

「言わないとわからないよ?」

「うそです。僕を、こんな・・・。きも・・ちよく・・・して、あっあっ。あっい・・・」

 晴海の上に乗っていた夕花が、晴海の質問に答えていただけだ。晴海は、夕花が答えようとするときに、下から突き上げていたのだ。限界になっていた夕花は、そのままの状態で身体を晴海に預ける形になってしまった。

「ごめん。ごめん。夕花が可愛かったから、いじめたくなっちゃった」

「うぅぅぅ。晴海さんは、まだですよね?」

「いいよ。夕花が満足したのなら、僕も満足だよ」

「ダメです。晴海さんを満足させます。動いていいですか?」

「夕花の好きにしていいよ」

「ありがとうございます」

 7階の寝室には、夕花の激しい息遣いと超えが響いていた。何度かの無音時間を経て、晴海が夕花を抱きしめた。

 お互いに満足してキスをしてから、布団を被った。

 学校は、夕花も晴海も楽しみに・・・。いろんな意味で楽しみにしている。編入の形になるが、一日目は礼服を来ていくと決めている。夕花もそのつもりだ。新しく作られたお墓にも晴海と並んだ礼服姿をパネルにして、飾ってもらった。母親には、自分の礼服姿と、愛する人を見てほしかったのだ。

 二人は、礼服を来て、晴海の家族が眠る墓と夕花の母親が眠る墓に行った。二人だけの墓参りだ。能見も礼登も参加したいと言ってきたが却下した。二人だけで報告をしたかったのだ。
 出会いは奴隷市場だったが、晴海も夕花もお互いだけを欲している。愛し合っている。
 認めてもらう家族の声は、二人の耳には届かない。しかし、報告した心は、気持ちは届いたはずだと思っている。それが、思い上がりだったとしても、文句を言うべき人は一人も居ない。

2020/05/22

【第七章 日常】第七話 怠惰

 欲望をぶつけ合った翌日は昼過ぎまで惰眠を貪っていた。
 起き出した二人は、昨晩の状態で放置された布団を見て、笑いあった。それから、”おはよう”のキスをしてから、洗濯物をまとめた。体力を使い果たしたと言っても若い二人は起きる頃には体力”も”戻ってきていた。

 洗濯物をまとめる作業をしているが、服を着たわけではない。風呂から上がってきたのと同じ全裸なのだ。

 晴海は、夕花の形のいいおしりを見て自分が反応しているのに気がついた。

「晴海さん」

「どうした?夕花?」

 晴海もそれだけで解った。
 夕花は、晴海の反応した物を見つめていたのだ。

「おいで、夕花。それから、お風呂に入ってから、ご飯にしよう。ガウンが風呂場に有ったから、ガウンだけでいいよね」

「はい!」

 ベッドに腰掛ける晴海の前に夕花が跪いた。晴海の準備が出来たら夕花が上に乗る。昨日はやらせてもらわなかったが、今日は夕花が自分で誘導できた。

「あっ・・・」

「夕花。動いて、解るだろう?」

「あっあっ・・・。はい。わかり・・・あっ・・・ます」

 3時間に渡って、夕花は晴海を求めた。晴海も、夕花の求めに応えた。

「はぁはぁ。晴海さん」

「夕花。お風呂に行こう」

「はい」

 二人は、全裸のまま地下に移動した。
 露天風呂の清掃は終わっていた。湯船にもお湯が張られていた。波の力を利用した発電が行われている。他にも、太陽光や風力、使える物は何でも使って発電が行われている。地熱を使った発電も行われている。発電時に生まれた熱を使って、水を温めて風呂に使っているのだ。

 お互いの身体を洗ってから、露天風呂に移動する。
 昨晩と違って、太陽の光が降り注いでいる。

 水平線を見ながら二人は湯船に浸かった。昨晩は暗くて気が付かなかったが、露天風呂の床の一部が透明になっていて下が見える状態になっている。レンズになっているので、下からは見えないが上からはよく見える状態なのだ。

「後で、桟橋にも行ってみよう。夕花が操縦する船もある・・・。あぁあれだね」

「え?」

 晴海は、床から見えている船を指差す。

「能見が用意したから間違いない」

「わかりました。最新式だと、操作方法を勉強しないとわからないとは思いますが、基本操作は大丈夫です。駿河まで行けるようになればいいのですよね」

「そ。頼むね」

「はい!お任せください!」

 海を走る船を見ながら、晴海と夕花はこれからのことを話した。夕花は、奴隷市場で処方された薬をしばらくは飲み続けるつもりで居ると晴海に告げた。晴海は、夕花の体調を気遣って辞めるように進言したが、夕花は試験に合格して学校に通うようになったら辞めると説明はした。
 いきなり辞めると反動が発生する可能性があるためだ。試験に合格して学校に通うようになれば、薬を辞めても問題はないだろうと説明した。

 実際に、夕花は薬を辞めるつもりはなかった。
 最終的には妊娠して晴海の子供を産みたいという願望が芽生えているが、そのためには晴海の敵を始末する必要がある。そのときに、自分は生きていたいと思うのか未だ判断出来ない。ただ、経験したことで夕花は晴海との確かな繋がりを得たと思っている。この繋がりが幻想だったとしても、繋がりにしがみつくことで、何かが変わるかも知れないと思っているのだ。

 二人は、露天風呂から脱衣所に戻った。
 身体を拭いて髪の毛を乾かしてガウンを羽織る。

 二人で食堂に移動した。
 あの訳のわからないメニューから何を注文するのか迷ったが、能見が作ったメニューなら晴海が嫌いな物や、夕花が食べられない物は排除されているだろうと予測して、適当に注文することにした。

 二人はお互いに目を瞑って押したメニューを食べることにした。

 味も量も満足できる物だった。メニューの名前以外はまともだと判明した。
 厨房は完全にオート化されていた。業者が補充する形にはなっているが、全部のメニューが半永久的に食べられる状態で保管されていた。第三次世界大戦後の食糧難のときに開発された技術だ。宇宙食を改良した物だ。

「食器の片付けは・・・。あぁあそこだな。夕花。僕が持っていくから、夕花は飲み物をおねがい。何か、冷たい物を頼むよ」

「はい。わかりました」

 晴海が立ち上がって食器が乗ったトレーを持っていく、夕花は飲み物が出てくるスタンドに行った。

「・・・。晴海さん・・・」

「どうした?」

 晴海は、夕花の呼びかけにトレーを置いてすぐに夕花の所に移動した。
 そして目にしたのは・・・。

”晴海様と忠義の愛の飲み物”
”夕花奥様の聖水”
”忠義のいれた紅茶”
”晴海様からのご褒美”

 もちろん能見が作ったメニューだ。
 だが、残念なことに、メニューの名前を変えても、飲み物の注ぎ口までは変更出来なかったようで、色が付いている。

「夕花・・・の聖水?」

「・・・。晴海さん?あ!そうだ。晴海さん。勉強をするために、買った物の中に付箋があります。ペンもあります。このタイプのスタンドならボタンを押せば出てきますよね?少しだけ出してみて、飲めそうな物に、わかりやすい名前を書いて張りませんか?」

「そりゃぁいい。さっそく・・・。夕花。付箋とペンを頼む。僕は、飲み物を確認するよ」

「はい。あの・・・。晴海さん。なんで、最初が”夕花奥様の聖水”なのですか?」

「気になってね。悪趣味な能見だから、色とか・・・」

「・・・。いいですけど、私が戻ってくるまでに確認しておいてください」

「もちろんだよ」

(昨日、お風呂で・・・。と、いうことは、話さなくてもいいよね)

 夕花の昨晩の失態は、晴海も気がついていたがあえて話していない。手を添えていたのだ。手に温かいぬくもりを感じたのだ、それが何かすぐに解った。夕花の呟きも聞こえていたがあえて反応しなかった。晴海の優しさではなく、夕花に話をするタイミングを失っているだけなのだ。
 夕花が戻ってくるまでに、12種類の飲み物を調べて、わかりやすい名前を情報端末に書き込んだ。

 夕花が戻ってきて、付箋を張っていった。

 二人は、生活の場所を改善していった。
 洗濯も全てではないが自動で行えるので、手洗いが必要な物以外は自動洗濯を使った。

 晴海と夕花は、山の峠ではないが、誰も訪れない理想郷シャングリラで怠惰な生活を送っていた。昼間は、お互いにやるべきことがあった。夕花は試験の勉強だ。晴海は能見や礼登から送られてくる情報の整理を行いつつ次の指示を出す。

 夕花の母親に関する調査は遅々として進まない状況だ。ある程度までは調査出来るのだが、どこから攻めても壁が存在してしまう状況だ。能見と礼登からの報告書にも進展がない日々が続いている。代わりに、六条家を襲った事件の犯人と目される連中は判明した。実行した者たちはすでに捕らえて、搬送を開始している。最終的には、元軍の施設で尋問することが決定している。しかし、命令を出した者や裏で”絵”を描いた者まではたどり着けていない。

 二人は、ガウンだけの生活を続けた。
 しかし、身体を重ねるのは夜だけと決めた。そうしないと、一日中お互いを求めてしまいそうになるからだ。7階の食料がなくなりかけたときに、夕花の船舶1級の試験が行われる知らせがはいった。急な欠員が出来て、能見がねじり込んだようだ。

「・・・」

「晴海さん。何かありましたか?」

「いや、久しぶりに下着を履いた・・・。と・・・。ね。夕花。どうした?」

 夕花が何か不自然に身体をくねらせているのが気になってしまった。

「そうですね。ブラのサイズが合わなくなってしまって・・・」

「ん?胸が大きくなった?」

「・・・」

 夕花が黙ったので、晴海は、それ以上は突っ込まなかった。夕花は、奴隷市場に居るときには食事はしっかりと食べていた、飲み物も飲んでいた。死ぬために生き延びることを考えていたのだ。狭い部屋の中では運動は出来ない。監視カメラがあるので、おかしな行動も出来ない。ストレスから太ってしまっていたのだ。
 ストレスから解放され、食事の回数は同じだが栄養のバランスは大きく違う。そして、夜には晴海と気を失うまで求め合う。夕花は、屋敷に来てから元の体重に戻っただけではなく普段は使わない筋肉を使った運動で、身体が引き締まったのだ。

「試験は、15時には終わるのだろう?帰りにショッピングモールに寄ろう。僕も欲しい物があるからね」

「あっ。ありがとうございます」

 こうして臨んだ試験だったが、夕花は楽々合格した。
 晴海は、約束通りショッピングモールに寄った。夕花は、下着を購入した。晴海は、礼服を自分の物と夕花の物を注文した。

 入学まで2ヶ月とせまってきている。夕花が、合格したことで移動手段を手に入れた。
 それなら礼服を用意して置かなければならないと思ったのだ。二人分をオーダーメイドで注文した。

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2020/05/21

【第七章 日常】第六話 性愛

 夕花は、立ち上がった。晴海は夕花の姿を目で追った。

 二人が居る露天風呂は星や月の明かりだけに照らされている。入ってくるときには、足元を照らすライトが点灯するが人が居なくなれば消えてしまう。

 振り向いた夕花を照らすのは星の明かりだけだが、晴海には夕花がしっかりと見えている。夕花が微笑んでいるのも見えている。

「晴海さん」

 夕花は、他にも言葉を考えていた。抱いて欲しいと口に出そうと思っていた。
 しかし、自分を見つめる晴海を見てしまうと、名前を呼ぶのが精一杯だった。名前を呼ぶだけで心臓の音が晴海に聞こえてしまうのではないかと思えてくる。

「夕花。綺麗だよ」

 晴海も立ち上がって、夕花の側まで移動した。星の明かりに照らされた全裸の夕花を抱きしめる。
 柔らかい身体を強く抱きしめる。夕花も晴海の身体を抱きしめる。

「は」「夕花。好きだよ。夕花が欲しい」

 夕花が、晴海に確認しようとした口を指で塞ぎながら、晴海は夕花にストレートに告げる。

「はい。晴海さん。僕のすべては晴海さんのために存在します。晴海さん。僕のすべてを捧げます」

 晴海は言葉を紡ぐ代わりに、夕花を抱きしめて、夕花の求めるような唇を自分の唇で塞いだ。

 舌を絡め合いながら、二人は離れるのを恐れるように強く抱き合い。お互いを求める。

 晴海が、夕花を抱きしめていた腕の力を緩めた。夕花も、晴海に合わせて腰に回していた腕を晴海の首に絡める。晴海は、夕花の唇から離れた自分の唇を、夕花の左耳に持っていく、耳を優しく噛む。夕花の口から声が漏れる。
 外にあるのは海だ、波の音しか聞こえない。海には漆黒の帳が降りている。二人が居る露天風呂の明かりは消えている。入口の足元を照らしていた明かりも二人が遠ざかったので二人だけの世界を演出する装置の一つのようになっている。
 二人を見ているのは、夜空に輝く星々だけだ。

 夕花は、晴海の息遣いを耳で感じている。自分でも解る。身体が、心が晴海を求めている。首に回した片腕を晴海の頭に持っていく、片腕を下に降ろす。晴海も夕花がやりたいようにさせる。身体を少しだけ離して、夕花が触りやすいようにする。
 晴海は、唇を耳から離して、首筋に、そして柔らかい部分に移動させる。自分でも解る。心が、身体が夕花を求めている。夕花だけが欲しい。

 徐々に夕花の声が大きく早くなっていく。

「はる・・・み・・・さ・・・ん。だめ・・・。あっだ」

 晴海はしゃがんでいる状態だ。
 夕花は、晴海の頭を手で抑えながら、指を咥えて声が出ないように我慢している。

「夕花」

 晴海が立ち上がった。指は添えられたままだ。

「あ・・・。あ・・・。は・・・。い」

 晴海は、夕花の唇を塞ぐ。舌を絡めながら指を動かす。夕花も、手を動かす。

 夕花は、身体を震わせる。晴海も、限界だった。キスをしたまま、二人はお湯を汚した。そして、その場に座り込んでしまった。お湯の中に身体を預けて、お互いに抱き合うように支え合った。

「はる・・・みさ・・・ん」

「どうした?」

「きれい・・に、しな・・・くて・・・いいの・・・です・・・か?」

「いいよ。夕花。それに、湯船に浸かっちゃったからね」

「あ・・・。はい」

 夕花は、恥ずかしかったが嬉しかった。まだ手にぬくもりが残っている。触り続けていたい。

「夕花。欲しいの?」

「っ・・・」

「どうした?」

「晴海さん。意地悪です。触っていて、解っているはずですよね?」

「夕花。僕は、夕花が欲しい。夕花も同じ気持ちだと嬉しい」

「はい。僕も、晴海さんが欲しいです。すぐにでも、欲しいです。準備は出来ています」

 夕花は、それだけ言って晴海に身体を預ける。足を広げて晴海の上に座るようにする。手で自ら誘導する。一刻も早く欲しいのだ。あたっているのが解る。自分であてているのだ。

「夕花。まだ駄目だよ。7階に移動しよう。それからだ」

 晴海は夕花の身体を抱きとめた。夕花が座ろうとするのを途中で停めた。夕花が自分で”やろうとした”行動を阻止したのだ。晴海は、自分の意思で夕花を抱きたかったのだ。

「はい。晴海さん!」

 晴海は夕花を抱きかかえて、湯船から出る。お湯が滴るが気にしない。
 出口に近づくと足元のライトが光る。出口近くにあった、浴槽の清掃ボタンを押した。これでお湯が捨てられて、浴槽が掃除される。人の手での掃除ではないが、十分に綺麗になる。

 いつのまにか、晴海は夕花を、お姫様を抱くような状態にしていた。
 夕花は首に捕まりながら、重くないのか心配になってしまったが、晴海の腕の中が心地よくて何も言えなくなっている。舐められてしまった。自分で触ったときと違った快楽が頭を突き抜けてしまった。その瞬間に立っていられなくなった。晴海が自分の手の中で果てたのも解った。ドクンドクンと大きく脈打った。手や足にかかったが気にならない。
 廊下にも水滴が垂れるが、掃除ロボットが綺麗にするだろう。

 二人は、誰も居ない屋敷を全裸のまま7階に向かった。
 エレベータの中でも唇を合わせている。

 寝室に夕花を抱きかかえて入っていく。
 晴海は、夕花をベッドに寝かせた。上から覆いかぶさるようにして夕花の顔を正面に見た。

「晴海さん。僕は、貴方の物です。貴方を愛します。貴方だけを愛します」

「夕花。僕は、夕花のすべては僕の物だ。誰にも渡さない。僕だけを見て、僕だけを愛せ。僕は、夕花のただ一人の主だ」

「はい。晴海様。すべてを、命さえも、晴海様に捧げます」

 儀式が終わった。
 お互いを認めあったキスだ。舌を絡め。体液を交換する。

「晴海様。ご奉仕させてください」

「いいよ。どうして欲しい?」

「晴海様。仰向けで寝てください。ご奉仕いたします」

 晴海が仰向けになって、夕花が足の間に身体を入れる。手と口を使って奉仕を行う。晴海に奉仕すると決めた。見て覚えていた内容を実践したのだ

「晴海様。おねがいします」

 満足はしていないが、欲しくなってしまったのだ。口を離して、晴海を見ると、笑っていた。夕花の願いを叶えてくれるようだ。

「いいよ。おいで」

「はい!」

「このままで大丈夫?」

「大丈夫です。晴海様の全部を、私にください」

 夕花がベッドに横になり、手を広げる。晴海を、腕の中にそして・・・。夕花は、晴海をむかい入れる準備が出来ている。
 晴海は、夕花の足を持って上に乗るような体勢になる。

 7階の寝室の窓は閉められている。
 夕花の声と晴海の息遣い。そして、身体があたる音が響いている。

 夕花の声は、朝方まで断続的に部屋に響いていた。

 二人は体力の限界までお互いを求めた。
 そして、朝日が二人を照らす時間になって、お互いに力尽きた。抱き合ったままの状態で眠りについた。

 夕花は昼過ぎに目を覚ました。
 横には、愛おしい主が寝ている。夜のことを思い出して恥ずかしくもあるが嬉しくも有った。晴海が、自分を求めてくれた、それも、一度ではない、何度も何度も果ててくれた。その都度、抱きしめてキスをしてくれる。触ってくれた、舐めてくれた、綺麗だと言ってくれた、気持ちがいいと言ってくれた・・・。愛していると言ってくれた。誰にも渡さないと言ってくれた。一言一言が嬉しかった。晴海が満足してくれたのかわからない。でも、夕花は全身を、心を、晴海に委ねた。
 夕花は思っていた。自分を抱いてくれた。自分が気を失っても待っていてくれた。何度も何度も何度も・・・。自分も、晴海を求めた。何度も何度も何度も、晴海を求めた。体中で晴海を求めた。

(晴海さん)

 夕花は眠っている晴海の顔を見つめる。

「あんな激しく・・・。壊れちゃうかと思いました」

 そう言って、眠る晴海に口づけをする。

「大好きです。愛しています」

 また口づけをする。
 夕花は、起き上がって昨晩の片付けをしようかと思ったが、眠る晴海を見ると、もう少しだけ一緒に居ようと思って、晴海の胸に抱きついて目を閉じた。

2020/05/20

【第七章 日常】第五話 確認

 晴海と夕花は精神的に疲れてしまった。晴海に送られてきた、家の情報は嘘ではないが本当でもなかった。うまく編集されていたのだ。全容だと思っていたものが一部でしかなかったのだ。

「晴海さん。先に、荷物を受け取りませんか?それと、食堂と7階のキッチンを見ておきたいのですが駄目ですか?」

「いいよ。食料もある程度は買ってきていると言っても、手探り状態なのは間違い無い。いろいろ調べよう」

「はい」

 7階へ直通になっているエレベータはすぐに見つかった。
 エレベータに乗ってみて解ったのは、パネルが新しくなっているので、パネルだけ変更したのだろう。直通になるように設定を変えて、各階のドアを塞いだのだろう。セキュリティを考えれば当然の処置なので、文句は言えない。地下のエレベータも偽装が施されていて、情報端末がなければ解りにくい状態になっている。
 ”そこまでする必要があるのか”と、いう素朴な疑問は、晴海も夕花も考えたが、能見がやったのだろうと納得した。

 7階に上がった夕花は、窓を開けて空気の入れ替えを行う。掃除はされているが、空気が淀んでいるように感じたのだ。建物は余裕を持って作られている。7階と言ってもビルで言えば10階相当だ。高台に作られているので、天守よりも高い建物は近くにはない。北側と西側は海になっている。今は暗く波の音だけが聞こえる状態だが、昼間なら駿河湾がしっかりと見える。それだけではなく、州国の名前にもなっている富士山もしっかりと見える位置なのだ。富士の工場地帯の明かりが遠くに見える。海には、釣り船だろうか漆黒の中に明かりが見える。船の小さな明かりが海の漆黒を際立たせている。

「綺麗」

 夕花の口から零れ出た言葉だ。それ以外に表現できないのだ。

「そうだな。能見の掌の上だと思うと癪だが、この景色は最高だな」

「はい」

 夕花は、晴海の腕に掴まって、海を見ている。
 晴海は、この状況で夕花が何を望んでいるのか解らないほど鈍感ではない。夕花の肩に手を置いて、抱き寄せる。

「はる・・・」

 夕花が視線を海から晴海に移す。
 夕花の言葉を晴海の唇が塞ぐ。

「夕花。荷物を片付けよう」

「はい」

 少しだけ残念そうな顔をする夕花だったが、荷物の整理をしておかないと、生活が始められない。急務なのは荷物の整理だ。生活が出来る状態ではあるけどタオルや歯ブラシなどの細かい物は全く無い。買ってきた物を整理する必要がある。

「夕花。冷蔵庫や食材の確認を頼む。あと、キッチンの設備の確認も頼む」

「はい。地下も確認しますか?」

「うーん。地下は、一緒に行こう」

「はい」

 夕花は、晴海の指示に従って、7階にあるキッチンに足を踏み入れた。

(本当に、二人で暮らすのに不足がない設備が揃っている)

 食材の確認を終えて、晴海の所に戻ると、片付けが終わっていた。

「晴海さん。食材は、4-5日分です。節約すれば、1週間程度は大丈夫です」

「キッチンは?」

「あっ揃っています。使い方も大丈夫です」

「それはよかった」

 キッチンの調理器具も揃っている。
 二人は、そのままシェルターに移動した。

「へぇこうなっているのか」

 晴海は、エレベータを降りた先にあるシェルターの入口を見て驚いていた。

「晴海さん。ご存じではなかったのですか?」

「あっうん。初めて降りてきた。屋敷には一度だけ来たことがあるけど、7階は初めてだよ」

 一般的に流通しているシェルターではなく、軍が使っているシェルターが地下には設置されていた。
 化学兵器や核兵器の攻撃にも耐えられる物だ。そして、内部には、植物プラントがあり酸素の供給と植物の供給が可能になっている。家畜は持ち込む必要があるが、スペースが確保されている。

「・・・。シェルターを使うような場面にならないのがいいのですよね」

「夕花の言う通りだ。シェルターの存在を忘れるくらいの生活が一番だよ」

「はい」

 二人は、それが難しいだろうとは思っている。世界情勢も、半島から始まった紛争が戦争になり世界大戦となった。その第三次世界大戦が終結してから、まだ50年も経っていない。核の使用は”なかった”ことになっているが、発射指示を出してしまった独裁者が居た。発射は、寸前の所で回避出来た。アジアの片隅で始まった紛争が世界大戦にまで大きくなるのに時間は必要なかった。東アジアには多くの火種が燻っている。いつ火種が紛争になり戦争になっても不思議ではない。

「うん。夕花。食堂を見よう。使わないだろうけど、食材があったら無駄になってしまう」

「・・・。そうですね」

 シェルターから7階に戻って、地下に移動する。直通で繋がっているために移動は面倒に感じるがしょうがないと割り切るしか無い。晴海か夕花が非常時だと認めた場合には、地下からもシェルターに移動できる。しかし、シェルターから移動できる場所は二箇所だけだ。

 地下に戻ってきた晴海と夕花は、改めて食堂に足を踏み入れた。

 元々は軍の施設だったために、千人規模が一度に食事が採れるようになっていた。

「能見・・・。食券の販売端末まで残しておく必要はないよな?フルオートだよな?はぁ・・・。夕花。どうしたらいいと思う?」

「え?何か・・・。あぁ・・・。無理です。晴海さん。私では対処できません」

 夕花は、広さに唖然としていたが、晴海が見ていた食券の販売端末を見て、頭痛を覚えた。
 食堂はフルオートになっているようだ。保存食を温めて提供してくれるようになっている。なので、決まったメニューしか提供されていない。それでも、飽きないように10種類程度のメニューが用意されている。販売端末で注文をして、出てきたトレイを持ってレーンを進めば、料理が提供される仕組みになっている。
 組み合わせを選べるようになっているので、質は置いておくとして量に関しては満足出来る物だ。
 販売端末は、情報端末にも対応しているので、予め注文を決めておいて読み込ませる方式でも注文が可能になる。

 晴海と夕花が頭を押さえた理由は、販売端末に表示されているメニューの名前にある。

”ただよしから愛のお・ね・が・い(はあと)”
”愛する晴海様に捧げる愛の唄”
”愚者礼登の涙”
”夕花奥様への嫉妬”

 そんな名前のメニューが並んでいる。丁寧に、写真は全部消されている。

「こんな物、頼めるか!」

 夕花は、晴海に同意した。
 そもそも、”奥様への嫉妬”とかわけがわからない。大丈夫なのか疑わしい内容さえもあった。夕花は、好奇心に負けて”夕花奥様への嫉妬”なるメニューを選択してみた。通常ならメニューで使われている食材やアレルギーの説明などが表示されるが、表示されたのは、”能見がどれほど晴海を愛しているのか”が説明するような文章が書かれていた。その後には、”夕花に嫉妬しているのか”を説明してあった。
 夕花は、見なかったことにしてメニューを閉じた。

 食堂では精神を削られたが、浴場は違っていた。
 能見が力を入れて改装したと説明されていた上に”ひ・み・つ”となっていたので、二人は嫌な予感しかしていなかった。
 いい意味で裏切られて、悪い意味で予想通りの展開になった。

 予想通り、入口は別々になっていたが脱衣所から一つになっていた。
 二人は、あまりにも予想通りの展開に笑ってしまった。晴海も夕花もお互いを見たが、服を抜いで浴場に向かった。夕花は、恥ずかしかったが、晴海から伊豆に着いたら”抱く”と言われている。お風呂なのかもしれないし、寝室なのかもしれない。もう心は決まっている。早く抱いてほしいとさえ思っている。

 全裸のまま二人は隠しもしないで浴場に入る。

 最初は、かけ湯があり、足にかけてから身体にぬるいお湯をかける。正面には、高温サウナが設置されていた。その横には、低温サウナがあり、さらに極寒のマイナス10度に設定されている部屋が用意されていた。風呂も大浴場は二人で入るには広すぎる風呂だ。寝湯まである。ジェットバスもある。どれだけ力を入れたのかわからないが、立った状態で入る風呂まで用意されていた。
 ラジウム温泉や壺風呂まで用意してあって、夕花はアトラクションに来たかのような気分で嬉しくなってしまった。
 全裸のまま晴海の手を引っ張っていろんな風呂に入る夕花を見て晴海も嬉しくなった。

 最後は、崖の部分から突き出して作られた簡易的な露天風呂に行く。風呂の一部が透明になっていて、下が見えるようになっていた。

「すごいです。晴海さん」

「そうだな」

 晴海は、はしゃぐ夕花を見ながらゆっくりと空をみた。
 瞬く星空が今日だけは輝いて見えた。

 夕花は、星空を見る晴海の肩に頭を乗せて寄りかかったまま、暗く何者も寄せ付けない海を見ていた。

2020/05/19

【第七章 日常】第四話 住居

 狙っていた通りに、暗くなってから、六条が所有する離れ小島の前に到着した。

 ナビが示しているのは、島の中央ではなく、海沿いになっている。島の全体が私有地なので、地図は表示されていない。

「晴海さん。入口が封鎖されています」

 夕花が指摘した通り、島の入り口は封鎖されている。
 厳重な門の扉が閉じられている。島に向かう道路にも高い壁と鉄柵で海からの侵入を防いでいる。
 門には、ガードロボットが配置されている。武装が許可された物だ。

「大丈夫だよ」

 晴海は、情報端末を取り出して近づいてきたカードロボットに認証させる。反対側に回ってきたガードロボットに夕花も情報端末を近づけて認証させる。

”文月晴海様。認証いたしました”
”文月夕花様。認証いたしました”

 晴海の持つ情報端末から、認証が終了した旨のメッセージが再生される。
 晴海が、情報端末を操作すると、門が開いた。

 車が門を通り抜けると、門が閉まる仕組みになっている。

 晴海が島に繋がる道路を走る。公道ではなく完全に私有地なので、アクセルを思いっきり踏み込んでも問題ではない。道が蛇行しているので、速度は出せない。両脇を壁に覆われている為に、圧迫感もある。島に入るための門が見えてきた。晴海は、門の前に停車してガードロボットに情報端末を認証させる。夕花も同じ様に情報端末を認証する。

 シャッターの様になっている物が開いてから門が開く。裏側にもシャッターがあるので、3重になっているのだ。

「ふぁぁ」

 門をくぐって、島の内部に車を進めた。
 夕花は、島とだけ聞いていたので、何があるのか知らなかった。私有地になる前も軍の持ち物だったために、非公開になっていた。軍が使っていたときの名残も存在する。ヘリポートは当然だが、小型戦闘機の離着陸が行える滑走路もある。今は、六条の小型機が置かれている。
 軍の駐屯施設として、必要な建物はすべてが揃っている。六条家が買い取った後も施設は壊さないで残してある。島の南側に軍の施設が集中している。中央に道路があり、北側が住居スペースになっていた。住居スペースは壊され、六条の別荘地となっている。木々が植えられて、池まで作られている。
 それらの光景が、夕花の目の前に広がっている。

 晴海はゆっくりとした速度で、ナビが示す場所を目指す。
 地図が表示されないので、ビーコンだけが頼りだ。

 島の北側にある高台がビーコンの示す場所のようだ。

(あのやろう・・・)

 晴海にあてがわれた別荘もこの島に存在していた。しかし、場所は違っていた。
 ビーコンが示す場所は、先代が使っていた別荘で間違いないようだ。確かに、セキュリティを考えれば一番なのだろう。諦めの気持ちのまま、晴海は車を走らせた。北側の一番奥にある。他の場所よりも、30メートル程度高い場所にあり、一本道は大型トラックがギリギリ通られる幅しか無い。屋敷に入る為には、坂道になっている一本道を通っていくしか無い。両脇は高い壁で、もちろん頑丈な門が設置されている。
 壁は全部の場所が反り返っている。古き良き日本の城を彷彿とさせる作りになっている。石垣ではないが、似たような効果が期待できる壁だ。

「晴海さん?本当に、ここですか?」

「そうだな。門が、俺の情報端末に反応している。多分、夕花の情報端末にも反応があると思うぞ・・・。認証を許可してくれ・・・。はぁ・・・。二人だぞ?どうしろというのだ?」

 晴海も夕花も、認証を行った。
 これで、晴海と夕花が”ここ”に住むのが確定したのだ。他に選択肢が示されていないので、”ここ”に住むしか無いのは解っているのだが、外から見ただけで”頭痛が痛い”状態になってしまう。

 高台にある家は、”平城”なのだ。見えているのは天守なのだろう。大きさから5階建てだ。

 晴海は、細い道を上っていく。
 石壁もしっかりと整備されている。中に入ると堀の変わりだろう、5メートルほどの幅で水が満たされている。循環は、内部の池と島の池で総合的に行われていて、真水になっている。浄化槽も島に備え付けられている。軍の施設だった名残で、2-3年の籠城にも耐えられるようになっている。地下には、シェルターも備え付けられている。

 晴海は、能見が”屋敷”と呼んでいたのを思い出した。”屋敷”と呼べるのは、”平城”だけだ。

 上がった先にも門があったが、能見の報告に有ったように、認証は通してあるようだ。門が開いて中に入る。
 天守以外は、駐車スペースと大きな庭と塀がある。他にも、建物があるが使用人が住む場所の様だ。

「正直、使用人の部屋でも十分だけど・・・」

「晴海さん。多分ですけど、能見さんや礼登さんがものすごく残念な表情をされると思います」

「そうだよな。それに、脱出路は、天守にあるし、海に出るためのエレベータやシェルターへの入口も天守だろう・・・。ダメだな。諦めるか」

「はい。全部使う必要は無いですし、どこか適当な部屋を探しましょう」

「夕花は、能見が解っていないな。アイツのことだ。俺と夕花の寝室は、間違いなく最上階にしているはずだ」

「え?」

「ベッドが配置されているのが、最上階だと思うぞ」

「あっ・・・。でも、晴海さん。昼に寄ったショッピングモールで、布団一式を買っています。セミダブルですが問題はないと思います」

「!!そうだ!買ったな。偉いぞ!夕花!ザマァ!!能見!ここの風呂だけは最高の場所だから、それだけは認められる!夕花!荷物をガードロボットに預けて、部屋を探そう」

 晴海のテンションが上がる。能見の裏をかけたのが嬉しいのだ。

「はい!探検ですね!」

 こころなしか夕花のテンションが高い。晴海の手を引っ張って天守にはいっていく。

「夕花。ちょっとまった。荷物をガードロボットたちに持たせる」

「あっ・・・。ごめんなさい」

「いいよ。初めての場所ってワクワクするのは解るよ。先に部屋を探そう。それから、ガードロボットに指示を出したほうがいいな」

「はい!」

「その前に・・・。ガードロボット。天守の地図を頼む」

 晴海は、自分の情報端末をガードロボットに翳しながら命令する。

”地図を転送しました”

 晴海が、転送された地図を開いた。

「あの野郎・・・・。悪趣味だ!」

「??」

 晴海は、情報端末に表示されている地図を夕花に見せた。

「・・・。え?流石にこれは・・・」

 夕花は、晴海に断って階層別になっている地図を操作した。

 地図は、7階の天守と地下以外は通路と階段だけが表示されている。それも一部だけだ。1階の入口から地下に繋がる階段が表示されていた。地下には1階から繋がる階段とは別に、階段でシェルターと桟橋に行けるようになっている。
 それ以外の場所は、可愛い丸文字で”はるみさま。ゆうかおくさま。れっつたんけん!つかれたら、7かいでおふたりでおやすみください。かんしカメラははずしてありますのであんしんしてね。7かいには、ちかからしかあがれません!あなたをあいするのうみより(はあと)あ!あとのへやのかぎはかくしてあるよ。たんけんしてみつけてね。じゅんびがたいへんだったよ”と書かれていた。それも丁寧に、1階から6階まで同じ内容を違う書体で書いてあった。

「駄目だ。夕花・・・。殺意が湧いてくる」

「・・・。能見さん。これは、フォローする気持ちになれませんよ。私も、イラッときました」

 夕花も、この場に居ない能見をフォロー出来ない。居たとしてもフォローする気持ちにはならないだろう。

 能見のくだらない策略で疲れ切ってしまった晴海と夕花は、能見の手に乗るのは癪だがそれ以上に面倒に思えてきた。屋敷天守にはいって実感した。靴を脱ぐスタイルになっているのは別に問題ではない。二条城などはこのスタイルだ。本当に、部屋に鍵がかけられている。それだけではなく、鍵の場所を示すヒントが書かれていて、それがまた晴海を苛つかせる。クイズだったり、パズルだったり、なぞなぞだったり、そう思ったら数学の問題や物理の問題もある。

 最初に与えられた情報は、7階は晴海と夕花の情報端末でしか行くことが出来ない。部屋は、寝室と晴海と夕花の個室。それにリビングとオープンキッチンだ。もちろん、トイレも2つ設置されている。寝室にはシャワールームもある。7階だけで生活が完結出来るようになっているのだ。

 地下には、大きめの食堂と海に飛び出る形になっている大浴場があり。天窓があり簡易的な露天風呂にもなる作りだ。7階に行くには、地下に一度降りてから直通エレベータで上がるか、桟橋に繋がるエレベータで上がるしか方法がない。シェルターも7階から直接行ける。7階には、3基のエレベータが設置されていて、地下と桟橋とシェルターに直接行けるようになっている。

「晴海さん。もう7階で生活しませんか?なんか、能見さんに見透かされたようで癪ですが、きっと探検すればしたで、精神的に疲れると思います」

「そうだな。そうするか・・・」

 晴海と夕花は、車に戻って、ガードロボットを呼んで、荷物を持たせてから、7階のリビングに運ぶように指示をだした。

”地下の食堂から、荷物運搬用のエレベータがあります。モニタで確認後、お受け取りください”

「・・・」「・・・」

 晴海は、能見の手のひらの上で踊っていたのが解って天を仰いだ。

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2020/05/18

【第七章 日常】第三話 報告

 晴海の運転する車は、旧国道414号を白浜方面に向けて走っている。年号が使われており、昭和や平成や令和と呼ばれていた時代と道は変わらない。伊豆中央道が出来てからは時間が停まってしまったような場所だ。
 古き良き時代が好きで移り住んでいる者は居るが、そのような人物は多くない。生活の殆どを自給自足でまかないながら生活をしているので、生活道路となっている旧国道414号にも車の影は少ない。

 国が管理していた速度規制が撤廃され、全ての道路で地域の生活様式に合わせた速度制限が定められた。
 旧国道414号線の様に生活道路になってしまって、車の通りがない道路では、制限速度が撤廃されている場合も多い。定めても、取締が出来ないので、定めていないだけだ。そうなると、コミュニケーターの様に制限速度の範囲内で加速と減速を行う必要がある自動運転が難しくなり、必然的に通らなくなってしまう。

 晴海は、制限速度が撤廃されているのをナビの印で認識してから、アクセルを踏み込む。限界の走りをしようと思っているわけではない。後ろから車が来ていれば、同じ様に加速するだろうと考えているのだ。晴海が旧国道414号を選んだには、ブラインドになるカーブが多く存在するためだ。尾行が居たときにも加速と減速を行い、発見できるからだ。加速後、ブラインドになっているコーナで減速する。

「尾行は居ないようだな」

「ん?」

 夕花は、晴海の独り言に反応して、後ろを振り返る。
 後ろから来ていた車が、パッシングを2回して晴海の横を加速して通り抜けていった。ただ、走りに来ていた人のようだ。

 晴海の後ろから来ている車はもう見えない。横を通り抜けていった車も排気音だけを残して走り去った。

 晴海は、ハザードを消してアクセルを踏み込む。
 心地よい加速に気分を良くしていた。

 夕花は、一連の流れがわからなかったのか晴海に質問をした。

「晴海さん。さっきの動きは?」

「ん?あぁ道を譲るから先に行ってとこちらが知らせて、後ろから来た奴もそれが解って、パッシングをして追い越していった。前に出て、加速するときにハザードを焚いたのは、礼だな」

「そうなのですね。教習所では習わなかったので・・・」

「そりゃぁそうだな。マナーというか・・・。昔からある約束事だからな」

「そうなのですね。晴海さんは、どうして知っているのですか?」

「うーん。能見が詳しくて、いろいろ教えてもらった」

「そうなのですね」

 晴海の話は嘘ではないが本当でもない。晴海の知識は、能見から渡されたマンガやアニメから得ているのだ。

 車を走らせて、夕花と他愛もない話しをして楽しんでいた。
 白浜にあるショッピングモールに到着した。

「夕花。買い物に行こう」

「はい」

 夕花は、車の中でも買い物リストを作成していた。
 自分の生理用品は、晴海が買っておきなさいと命令したので、購入リストに入れたが、晴海の前で購入するのは恥ずかしいと思って、自分だけで買い物に行ってくると宣言した。先に、晴海との生活に必要な物を購入して、夕花の買い物を晴海が近くで待つという順番になった。
 買った物はショッピングモールでまとめて運んでもらえるサービスがあるので利用する。

 晴海と夕花は、ゆっくりと時間をかけて店舗を回った。
 余計な買い物も、多くしてしまったが、夕花が楽しそうだったので、晴海も満足した。

 夕花が晴海から命じられた自分の物を買いに行くというので、晴海は夕花が向かった店の出入り口が見える場所で、壁によりかかりながら待っていた。
 情報端末に、能見からのコールがはいった。珍しく秘匿回線でのコールだ。

『晴海様』

「能見か?どうした?」

 秘匿回線からのコールなので、能見も外からコールしているのが解る。多分、晴海たちを直接なのか間接なのかわからないが見守っているのだろう。直接接触ではなく、コールしてきたというのは何か緊急事態が発生した可能性があると思ったのだ。

『デート中。もうしわけありません』

「余計な話なら切るぞ?」

『今日のお食事の支度はいかが致しましょう?お屋敷で取りますか?それとも、どこかで食べてからお屋敷に入られますか?』

「もうそんな時間か?」

 晴海は、情報端末で時間を確認すると、16時になろうとしていた。

「そうだな。何か食べて、暗くなってから家に向かう。俺の家でいいのだよな?」

『後ほど、データを送ります。ナビに読み込ませてください』

「わかった。能見。メイドは必要ないぞ?俺も夕花も食事の支度は出来る。それに、学校が始まるまで夕花の試験だろう?」

『心得ております。ただ、御身を守るための護衛は屋敷を中心に配置いたします』

「そうだな。夕花を守る必要があるな。家の敷地内には誰も入るな。セキュリティロボで対応しろ」

『はい。晴海様と夕花様の情報端末のデータを登録してあります』

「他は?」

『礼登殿だけです』

「わかった。セキュリティ情報は家の端末で確認できるよな?」

『可能です』

「船の用意も出来ているのか?」

『明日には、接岸できる予定です』

「わかった。登録者名は、夕花だよな?」

『もちろんです。駿河のヨットハーバーの登録者名も夕花様です。晴海様のお名前も管理者として登録しました』

「助かる。それだけか?」

『屋敷の海側に露天風呂が設置されています。かけ流しになっていますので、24時間お風呂に入れます』

「また、そんな無駄な物を・・・」

『地下源泉を使っていますので、ほぼ無料です』

「そうか・・・。わかった」

『晴海様』

「どうした?」

 能見が声を普段のテンションから仕事で使うような声色に変えた。
 本来晴海に告げなければならない内容を話すのだろう。

 晴海にも伝わり、晴海は辺りを見回してから能見の問いかけに応えた。

『お気をつけください。思った以上に、中央が絡んでいます』

「そうか、中央か・・・。どっちだ?」

『・・・』

「能見!俺か?夕花か?」

『晴海様です。夕花様の筋も中央に伸びています』

「わかった。詳細はまだわからないのだな?」

『はい。もうしわけありません』

「それはいい。時間をかけてもいい確実に仕留められるだけの証拠を集めろ」

『はっ!』

 晴海は、コールを切ろうとしたが、東京都に住んでいる連中が絡んでいるという話をするためだけに秘匿回線を使う意味が少ないと考えた。まだ何か、能見が晴海に告げなければならない内容があるのではないかと思った。

「どうした?まだなにかあるのか?」

『礼登殿が襲撃されました。人数は、5名。尾張から尾行されていて、四国で襲われたようです』

「無事なのか?」

『はい。怪我はありません。車も積荷も無事でしたが、取り逃がしてしまって、もうしわけありません』

「礼登が無事なら問題はない。映像の解析をしているのだろう?」

『はい。しかし、証拠になりそうな物は見つけられません』

「偶然の可能性は?」

『ありますが、関係があると考えて礼登殿には動くように伝えました』

「そうだな。それにしても、礼登は目立った・・・。文月の実家が尾張か・・・」

『はい。尾行もまかれました』

「わかった。礼登には注意するように伝えてくれ」

『かしこまりました』

 能見がコールを切ったタイミングで、夕花が店から出てきた。荷物を持っているので、買えたのだろう。

「晴海さん。おまたせしました」

「大丈夫だよ。それよりも、買えた?」

「はい。全部そろえました」

「サービスを使えばよかったのに」

「いえ、このくらいなら問題ありません」

「そうか、夕花、夕ご飯を食べていこう。フードコートでいいよね?」

「はい!」

 夕花が先に歩いてフードコートを目指した。晴海は、どれでもいいと言ったので、夕花が母親とよく食べていたというチェーン店のうどん屋で注文した。セルフサービスになっていた。

 うどんを持って席に座って食べた。食器を返したが、夕花が物足りなさそうな顔をしていたので、たいやきを3つ買って、2つを夕花が食べて一つを晴海が食べた。

 夕花の情報端末に、荷物が揃ったと連絡がはいったので、時間的にも丁度いいので、そのままサービス窓口で荷物を受け取って家に向かうと決めた。
 まとまっている荷物を改めて確認すると、買っているときには気が付かなかったが、大量に買っていたようで二人で運べる量ではなかった。車まで運んでもらう依頼を出して、荷物を車で受け取った。チップを多めに渡したら、車の中に運び入れるのも手伝ってもらった上にカートまで引き取っていった。

 晴海と夕花は、お互いの顔を見て笑いが出てしまった。
 車の中を見ると荷物で一杯になっていたのだ。

 ショッピングモールを出て、伊豆周遊道の西ルートを北に上がっていく、この道路はコミュニケーターが走っているので、制限速度が規定されている。
 晴海は流れに乗った運転をした。

 そして、狙っていた通りに、暗くなってから、六条が所有する離れ小島の前に到着した。

2020/05/17

【第七章 日常】第二話 出発

 晴海の目覚めは最高ではなかった。
 昨晩、晴海は全裸の夕花に抱きつかれて寝たのだ。寝る寸前まで、夕花が身体を押し付けてくるので、耐えるのが大変だった。夕花は、晴海が反応したのを感じて安心したのか足を絡ませるようにして晴海を触りながら眠りについた。
 晴海が寝たのは、夕花の寝息が聞こえてきてから30分ほど経ってからだった。

 晴海の方が早く起きた。まだ身体を密着させている夕花のおでこに軽くキスをしてから、布団から抜け出した。
 身体が夕花からする甘酸っぱい匂いで満たされていた。腕や足には夕花の柔らかい感触が残っている。布団から出て、考えたが、起こさなければ拗ねる可能性があると思い直して、夕花を起こした。

 夕花は、頭が起き出してきて、昨晩の状況を思い出した。自分が何をしたのかも思い出したようだ。
 顔だけではなく、胸まで赤くしたが、布団を外して、全身を顕にして両手を広げた。全部見て欲しい、全部晴海の物だと訴えているのだ。

 それが解らないほど愚かではない晴海は、全裸の夕花を優しく抱きしめて、舌を絡ませるキスをする。

 キスをしてから、夕花を抱き抱えて起こした。

「おはようございます。旦那様」

「おはよう。奥様」

 言葉を交わしてから、またキスをする。
 今度は唇をあわせるだけの優しいキスだ。

 晴海に全裸を見られた。夕花はその事実だけで恥ずかしくてしょうがなかった。しかし、寝るときに反応する晴海が嬉しくて、いろいろ駄目なこともしてしまった。知識としては持っていた。動画や画像で見たことがあった。実際にやってみようかと思ったが、晴海が許してくれなかった。触るのだけは許してくれたので、触ってみた。いろいろびっくりした。触っている間に安心して眠くなってしまって、触りながら・・・。固い感触を感じながら寝てしまった。手には感触が残っている。晴海には内緒だけど、自分も触っていた。晴海が触ってくれないから、自分で触ったのだ。
 そして、そのまま寝てしまった。

 身体を離してからお互いの身体を見て笑ってしまった。
 なぜだから笑えてきたのだ。

 それから、風呂に二人で入った。
 下着と服を新しい物に変えて、お茶でも飲もうかと思ったときに、夕花の情報端末にコールが入った。

 朝食の準備が出来ているという連絡だ。昨晩の夕食と同じ様に部屋に持ってきてもらう様に頼んだ。部屋で食事をとるには30分ほど時間が必要だと言われたので、晴海と夕花は今日の行動を決めることにした。

「まっすぐに伊豆住居に向かわれるのですか?」

「うーん。それだと、昼過ぎには到着しちゃうからな・・・」

「それでいいのでは?」

「なんとなく、逃げている身としては、暗くなってから隠れ家に入るのが様式美だと思うのだけどね」

 晴海のなんとも言えないブラックジョークに夕花は返事が出来ない。晴海も、別に返事を期待しているわけではないので、問題ではない。

「そうだ!夕花。船舶1級をめざすのだよね?」

「はい。能見さんから、船舶は必須だと言われています」

「確か、白浜の方に、ヨットハーバーがあってその近くに試験場があったと思うから下見に行こう」

「え?よろしいのですか?」

「うん。可愛い奥さんのためだからね。それに、天城峠は、コミュニケーターは走らないから、尾行が付いたらわかりやすいし、天城峠ならドライバーの腕次第だから、いいと思う」

 いろいろ言葉足らずだが、晴海が問題ないと言っているので、夕花は問題がないと思った。

「ありがとうございます。私も、優しくて格好いい旦那様で嬉しいです」

 夕花の反撃で晴海が照れてしまった。

 天城峠は、旧国道414号線で現在はコミュニケーターでは走られない道路になっている。伊豆の中心部を通っている道路だが、伊豆中央道が完成してからは使われなくなってしまった道路だ。元々、谷間を利用して作られた道路で道が複雑になっている上にアップダウンが激しいし、ブラインドになっているカーブも多い。一部区間を除いてすれ違うのがギリギリな幅になっている。一部の道は上りと下りが専用に分かれている。道幅も安全に考慮された道幅になっている。コミュニケーターに慣れない人たちが、”走り”に来ているのでも有名なのだ。

「旦那様?」

「夕花?前のように名前で呼んで欲しい。駄目か?」

 夕花は、意図して名前で呼ばないようにしていた。気持ちの確認が出来て、今更ながら照れくさくなってしまったのだ。

「晴海さん」

 名前を口にしただけで、顔が赤くなるのが解ってしまった。
 晴海は、そんな夕花が可愛くて仕方がなかった。抱きしめて、額にキスをした。

 そのまま、抱き合っていたら、部屋のコールが光って、朝食の準備が出来たと知らせがはいった。

 食事は、リビングに用意されていた。
 寝室からリビングに出て、用意されている朝食を食べてから、荷物をまとめた。

「そうだ。夕花、途中で、ショッピングモールに寄ろう」

「はい。わかりました」

「夕花の下着を買わないとダメだろう?」

「え・・・。あっ・・・。はい」

「夕花。それに、えぇ・・・とだな。女性の為の下着や用品を買っていないだろう?」

 夕花は、奴隷の嗜みとして、セクシーな下着を大量に持たされている。日常的に身につけるような下着も数は少ないが用意されている。
 セクシーな下着は、晴海の前だけで身につければいいので問題ではないが、学校に行くときや近くに買い物に行くのには不釣り合いだ。下着の数を考えると予備で何着か買っておくのもいいだろうという判断だ。それに、晴海はすっかりと忘れていた。昨日一緒に寝たので思い出した内容があった。

「あっ・・・」

 夕花も心当たりがあってすぐにわかったが、夕花は必要ないと思い買っていなかったのだ。
 技術の進歩なのか、欲望の進歩なのか、夕花にはわからないが、安全に生理を止める薬が開発されている。避妊薬にもなる薬で、奴隷市場で処方された。今は飲んでいないが、薬を飲まなくなってから約30日は効果が持続する(作用期間には、個人差がある)ので、次の生理までは大丈夫だと思っていた。学校に通いだしてからでも間に合うと思っていたのだ。

「晴海さん。奴隷市場で、薬を処方されたので、しばらくは大丈夫です」

 夕花は、正直に晴海に告げる。

「そう言えば、そんなことを聞いた気がする。でも、必要になる可能性だってあるし、急に来たら困るだろう?」

「・・・。はい」

「うん。無理に買う必要は無いけど、日用品も買っていこう。今度は、生活するのに必要な物だよ」

 晴海は、能見からの準備が終了したという報告を開いて、夕花に見せる。
 確かに住めるようにはなっている。動画が付いていて、家の様子が見られる。変な所で凝る能見らしい報告書だ。

「実際に、買ってあるかも知れないのですが、晴海さんの言っている意味がわかりました」

「うん。トイレットペーパとか、ティッシュペーパーとか、あと、タオルや、歯ブラシも、なさそうだし、玄関マットとか、ちょっとした小物で無いものが多そうだよね。僕は、あまりそういうのに詳しくないから、夕花に任せていい?動画は、夕花の情報端末に送るから、見ながら必要な物をリストアップしてよ」

「わかりました。アウトレットモールでも購入しましたが、足りない物が多そうですね」

「うん。家具とかの大物は、能見に準備させるよ」

「わかりました」

「さて、夕花に買い物を任せるとして、そろそろチェックアウトしようか!」

「はい。晴海さん。手続きをします」

 チェックアウトは簡単だ。
 情報端末からチェックアウトを行えば終了する。部屋の電子ロックは、これで切り替わるので返す必要はない。部屋の備品で有料の物を使っている場合でも、情報端末で確認をして問題がなければ自動的に処理される。問題があった場合だけ従業員がくるのだ。
 部屋の清掃を行った後で宿側が問題なしとすれば、情報端末との接続認証が切られる。

 晴海は、夕花を助手席に乗せて、車をスタートさせる。
 軽快なハンドルさばきで、天城峠を目指す。立ち寄ろうとしているショッピングモールは白浜の近くにある道の駅に併設している場所だ。

2020/05/16

【第七章 日常】第一話 告白

「晴海さん?」

「あっごめん。僕の奥さんがあまりにも可愛かったから見惚れていたよ」

 晴海は本当に夕花の浴衣姿に見惚れていた。

「もぉ・・・。でも、嬉しいです」

 晴海は、一つの出来事を忘れていた。頭の片隅には有ったのだが、能見との連絡ですっかり忘れてしまったのだ。晴海は、浴衣姿の夕花を隣に座らせた。

 夕花は、言われたとおりに、浴衣姿のまま、風呂から出た状態で、晴海の横に座る。座るまでは良かったのだが、座った後で顔をあげられなくなってしまった。

 風呂には、浴衣だけは一式用意されていた。
 情報端末だけではなく、着替えも全部部屋に置いてきてしまった夕花は、脱衣所でどうしようか考えた。予約するときに、部屋の稼働率を見たときに、平日だけあって20%ほどで、結果大浴場は一人で堪能出来た。そして、脱衣所には着替えを入れて持ち帰る袋は用意されていた。
 身に付けていた下着は、汗で汚れていた。それ以外の理由もあって、せっかく温泉で綺麗になったのに、汗で汚れた下着や服を身に着けたくなかった。晴海に、可愛いや綺麗と思われたいのだ。エステで全身の毛を剃られて綺麗になった身体を、大きな鏡で見る。

(本当に、綺麗になっている。広げて・・・。辞めておこう。でも、これなら・・・)

 夕花は、覚悟を決めて、全裸の状態で浴衣を羽織る。
 夕花の身体には大きい浴衣を羽織って、帯をしっかりと結ぶ。胸元が見えないか心配だったが、大丈夫だと判断した・・・。自分で確認して少しだけ残念な気持ちになった。

 大浴場から、部屋にたどり着くまで内股になってしまったのはしょうがないだろう。そして、せっかく用意されていた着替えを持ち帰るための袋に洗濯しなければならない物を入れるのをわすれた。そのまま丸めて持ってきてしまっている。

 この状況は、夕花が望んだ状態ではないが、晴海もまさか夕花が下着を身に着けていないとは、考えてはいない。着替えを見られないように隠したのがトリガーになってしまった。

「夕花?どうした?」

「はひ!」

「夕花?」

「なんでもありません!本当に、何でも、大丈夫です」

 晴海は、夕花が着ていた服を隠したのを見ていた。
 イタズラ心が芽生えてしまったのだ。

「夕花。お茶の準備をしてくれるか?僕は、ポットに水を入れてくるよ」

「はい」

 晴海が立ち上がったのを見て、夕花は立ち上がった。お湯を入れるのに、部屋から出なければならない。ポットを持って部屋から出る晴海を見送った。今がチャンスと思って、下着を含めた着替えを持って、着替えを詰めているバックの所に移動しようとした。

「夕花!」

 突然、部屋を出ていったはずの晴海が部屋に戻ってきて、夕花に声をかけた。

「!!」

 夕花は、持っていた着替えを床に落としてしまった。
 それだけではなく、新しく履こうと思った下着を手に持った状態だったのだ。

「ポットにおゆ・・・。え?」

 はらりと、浴衣の帯が落ちる。
 床には、汗で汚れた下着が落ちてしまっている。

「・・。っ!」

 夕花は、晴海の方を振り向いてしまっている。帯が解かれた状態だ。肌着も身に付けていない。本当に浴衣だけの状態だったのだ。

 形のいい胸や異性に触られたことがない先端部分。エステで綺麗にされたからといって、見られて恥ずかしくないわけではない。しっかりと全身を、晴海に見られてしまったのだ。

 お互いにどうしていいのか解らなくて固まってしまった。
 夕花は、下着をはくべきか?履くなら、隠れたほうがいいのか?いっそのこと晴海に全部を見てもらおうかと考えた。

 晴海は、なんで今の状態になっているのか解らなかった。解るのは目の前に、夕花がほぼ全裸の状態で立っている状況だということだけだ。夕花の裸を見るのは初めてではない。寝ているときに、見てしまったこともあるが、窓から差し込む陽の光が、夕花を照らしている。形のいい胸が・・・。足が・・・。全部、自分の目の前にあるのだ。手を伸ばせば届きそうだ。

「夕花・・・。すごく綺麗だよ」

 場違いだとは思っていても、他に言葉が出てこなかった。手に持っていたポットをテーブルの上に置いて、固まっている夕花を見続けている。

 見られている状況が恥ずかしいが、自分を綺麗と言ってくれた晴海から夕花も視線を動かせないでいた。

「は」「夕花。そのまま、こっちにおいで」

「はい」

 夕花は持っていた下着を床に落として、帯もその場に全部残して、浴衣を肩にかけた状態のまま晴海に近づく。晴海までの数歩がすごく遠くてもどかしく感じていた。

 夕花が2歩近づいた所で、晴海が夕花に駆け寄った。浴衣の上から抱きしめた。

「あっ」

「夕花。伊豆に着いたら・・・。いいね」

「はい!私のすべては、晴海様の物です。お好きにしてください。命までも晴海様の物です」

「うん。夕花の心も欲しい。僕は、夕花のすべてが欲しい。夕花。好きだよ。愛している」

「(クスクス))」

 夕花は、晴海に抱かれながら笑ってしまった。晴海が、自分と同じだったと知って嬉しかったのだ。

「ん?」

「晴海さん」

 夕花は、晴海の腕の中で肩からおちてしまった浴衣から腕を抜いて、晴海に全裸の状態で抱きつく。

「え?」

 そして、晴海が抱きしめてくれている肩から手を外して、腰に手を移動させる。

「晴海さん。私の心も晴海さんの物です。私も、晴海さんが居れば・・・。晴海さんだけが欲しいのです」

 夕花は、晴海から身体をお互いの顔が見えるくらいの距離だけ離した。そして、晴海の片方の手を自分の胸に持っていく。

「晴海さん。晴海さんが約束してくれました。私を殺してくれると」

「あぁ。僕の目的が達成されたら、夕花を殺してあげるよ」

「晴海さんの目的が果たされたときに、私が死ぬことを望んだら・・・です、よね?」

「そうだ」

 夕花は、胸に置いた晴海の手を両手で握って胸に押し付けるように強く抱きしめた。

「まだわかりません。死にたいのか?生きたいのか?でも・・・。晴海さん。私が、晴海さんと一緒に生きていきたいと言ったらどうしますか?」

「決まっている。僕が死ぬまで殺さない。僕よりも、一日でも長く生きろと命令する」

「ありがとうございます。晴海さん」

「夕花?」

 夕花は、晴海の手を離して、首筋に腕を伸ばす。
 そして、晴海の顔を近づけた。

「晴海さん。好きです。私の主が、晴海様でよかった。晴海様。大好きです。いつからかわかりません。でも、この気持ちに偽りはありません。大好きです。私のご主人さま」

 自分の気持ちをストレートにぶつけた夕花は、そのまま晴海の唇に自分の唇を合わせる。
 晴海は全裸の夕花を抱きしめるようになる。

 耳どころか、肩まで赤くなっている夕花を確かめてから、夕花のおしりに手を伸ばしてしっかりと立たせる。身体をさらに密着して、夕花の耳元で呟くように返事をする。

「夕花。好きだよ。抱くのは簡単だった。でも、出来なかった。いつの頃からか、夕花のすべてが欲しくなった。夕花の心が欲しかった。僕だけを見てほしかった。夕花。愛している」

 晴海は、夕花の首筋に自分の印を付けるようにキスをする。
 その後で、夕花がしたような唇を重ねるキスではなく、舌を絡めるようなキスをする。夕花も、晴海に応える。

 どの位二人は唇をあわせていたのだろう?
 晴海も夕花も、相手が求める限りは応えるつもりでいたのだ。

 夕花の情報端末にコールが入って、初めて二人は身体を離した。
 気恥ずかしさはあるが、何かわからない充実した気持ちになっていた。

「晴海さん。夕食の準備が出来たそうです。部屋で食べるか、食堂で食べるか、聞かれました」

「部屋に持ってきてもらおう」

「わかりました」

 夕花は、落ちた浴衣を羽織ってから返事を伝えた。部屋で食べると伝えたのだ。飲み物は、果実水を頼んだ。アルコールを飲んでも良かったが、移動が必要になる可能性を考慮したのだ。伊豆に着いてからゆっくり飲めばいいと晴海が言った。

 夕花は、洗濯しなければならない物をしまった。下着は身に着けない状態で浴衣だけになって横に座った。肩を抱かれたので、晴海の肩に寄り掛かるようにして、食事の準備が整うのを待った。食事の用意は、すぐに整った。

 二人は、夕飯を食べてから、晴海が大浴場に行くのは面倒だと言い出して、部屋風呂に二人で入った。夕花はワガママを言って、晴海の全身を洗わせてもらった。それから、お互いの身体を拭いて部屋に戻って全裸の状態で寝た。
 晴海は約束通りに夕花に触らないで寝ようとした。夕花は、約束していないので、晴海に抱きついて寝ることになった。

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2020/05/15

【第六章 縁由】第七話 到着

「夕花。どの辺りを走っている?」

 ベッドから起き出した晴海は、勉強をしている夕花に話しかけた。
 モニターを見れば、大まかな位置は解るのだが、夕花に聞きたい気分だったのだ。

「先程、海老名サービスエリアを通過した所です」

「そうか、ありがとう。コーヒーが欲しい。濃い目に作ってくれ」

「かしこまりました」

 夕花は、お湯を沸かして、ドリップを行う準備を始める。
 濃さの調整は、ホテルでやっているので問題にはならない。

 10分後に、牛乳をたっぷりといれたコーヒーが出来上がる。夕花は、自分の分も用意して晴海の正面に座る。

「夕花。勉強は?」

「復習は終わりました。実地試験があるものはまだわかりませんが、ペーパー試験だけならなんとかなると思います」

 夕花が言っているのは、過去に夕花が取得して、失効してしまったり、再発行のときに試験が必要になったりしている資格だ。
 運転免許にもペーパー試験がある。同じ様に、技能が必要になってくる物には、ペーパー試験と実地試験が用意されている。

「そうか、それなら、伊豆に着いたら、遠隔試験が出来る物からやっていこう」

「はい!」

「スケジュールとかも管理しなければ駄目だな・・・。どうしようか?」

「え?私が、管理するものと思っていました。秘書検はそのために再取得するのだと思っていました?」

「え?あっ。そうか、夕花が僕の分も含めてスケジュールを管理してくれれば問題は解決だな。夕花の負担が大きいけど、大丈夫?」

「大丈夫です。私の予定は、試験を除けば、晴海さんと一緒に居るのが仕事です」

「そうだね。伊豆に着いたら、食事の心配も無いし、二人で過ごせばいいよね」

「はい!」

『おくつろぎの所、もうしわけありません。後、数分で足柄サービスエリアに到着します。旧ETCルートを抜けた場所で、トレーラーを停めます。トレーラーで監視カメラに死角が出来る場所です。晴海様。奥様。停まったら脱出をお願いします』

「わかった。礼登は?」

『私は、そのまま、次の足柄インターチェンジで中央高速に戻って、新高速に乗って尾張を目指します。あとは、計画通りにトレーラーを走らせます』

「頼む。伊豆に戻ってくるのだよな?」

『いえ、駿河の船着き場でお待ちしております』

「そうか、船着き場で、この前の答えを聞かせろ」

『はっ。晴海様。奥様。トレーラーが停められる時間は、5分程度です。ドアを開けるのに、3分程度必要ですので動きながら後方のドアを開けます。準備を終えてください』

「わかった。夕花。車に乗るぞ」

「はい。準備は出来ています」

 夕花は、礼登からの通話が入った時点で立ち上がって、荷物の確認をしていた。
 車から降ろした荷物は少なかったので、すぐに準備は完了した。

「礼登。準備が出来た。いつでも大丈夫だ」

『ロックを外します。揺れますし、車が前後に動くと思います。対応をお願いします』

「わかった」

 タイヤのロックが外れる。
 晴海と夕花が乗った車がトレーラーの動きにあわせて前後する。

 夕花が小さな悲鳴を上げる。トレーラーの後方のドアが開き始める。トレーラーが減速しているのが解る。

 晴海は、トレーラーが完全に停まる前に車を動かし始める。
 開き始めている後方の扉にタイヤをかける。地面と垂直になってから、アクセスをゆっくりと踏み込みながら車を後退させる。

 完全に停止する前に、後方の扉は地面に接触する。晴海は、アクセルを踏み込んで車に勢いを付けて後退させる。

 地面とタイヤが接触した感触を確認して、アクセルを踏み込む。
 視界が完全にクリアになってから、ハンドルを切って、ギアをバックから一速に入れ直す。

 トレーラーの横を抜けて、前に出る。
 礼登が、運転席で頭を下げる。夕花も、礼登に向かって頭を下げる。

「晴海さん。このまま、伊豆に向かうのですか?」

「うーん。直接は行かないかな。今日は、どこかで一泊していこう」

 晴海の手元には、伊豆の準備状況が伝えられてきている。トレーラーの中で確認した時には、明日の朝には終了しているとなっていた。

「わかりました」

 夕花は、情報端末を立ち上げる。
 ナビに接続して、ホテル情報を表示させる。少し、悩んでから、ファッションホテルやアミューズメントホテルも地図に表示させる。

 ちらっとナビを見た晴海は、夕花の意図がわかって笑いながら指示を出す。

「三島か沼津だけでいいよ。それから、ファッションオテルやアミューズメントホテルは必要ない。夕花が泊まってみたいのなら、そこでもいいよ」

「え?あっ違わないですが、違います」

 夕花は、顔を赤くして、晴海の指示に従って、三島と沼津のホテルを表示した。

「その中から、部屋にお風呂が付いている所だけ表示して、できれば温泉がいいかな」

「はい」

「値段は気にしなくていいよ。あと、食事が付いているといいな」

「はい」

「1泊だけだから、今から予約が取れそうな場所で」

「はい」

 夕花は、晴海の指示を条件に入れて表示していく

「今、何件?」

「残りは4件です」

「沼津?三島?」

「沼津です」

「ホテルは除外したら?」

「残りは、2件です」

「海に近いのは?」

「翠泉閣という場所です。にごり湯で有名な様です。大浴場がありますが男女時間制の様です」

「しょうがないか、そこに予約を入れて、ナビの設定をお願い」

「わかりました」

 晴海は宿を決めた。
 追跡者が居たときの対応だ。追跡者はいないと思っているが、足跡を残すために宿に泊まるのだ。

 宿までの所要時間が出たが、宿にチェックインするにはまだ時間が早い。
 そこで、観光でもと思ったが、そんな気分でもない。

 伊豆で過ごす為の日用品を購入しようと決めた。進んだ道を少しだけ戻ることになるが、足柄サービスエリアの近くには、この地域最大のアウトレットモールがある。情報端末での決済にも対応しているので、買い物を行うのには便利だ。晴海の情報端末ではなく、夕花の情報端末で買い物を行った。

 服や下着を購入した。ホテルで売っていたような高級品ではなく、学校に行くときに目立たない為の服装だ。靴やバッグも同時に購入した。
 買い物をして軽く食事をしてから、宿に向かった。宿の場所までは、1時間程度で到着した。チェックインも夕花が行った。

 チェックインのときに、夫婦と書くのに、夕花が照れてしまったのはしょうがないことだろう。
 部屋は、晴海の指示した通りの部屋だ。寝室とリビングがあるこの宿でも高い部類の部屋だ。部屋風呂も付いている。

 着いて早々に晴海は夕花を風呂に行かせた。大浴場が女子風呂のタイミングだったからだ。恐縮しながら、夕花が部屋を出て大浴場に向かった。

 タイミングを見ていたかのように、晴海の情報端末にコールが入った。

「能見か?」

『晴海様。準備が整いました』

「わかった。明日から、しばらくは伊豆で過ごす。動きがあったら教えてくれ」

『かしこまりました。晴海様』

「なんだ?」

『跡継ぎをお願いいたします』

「能見!」

『出過ぎたことだとは解っております。しかし・・・』

「能見!俺は、六条を・・・。そして、六条を取り巻く全てを憎んでいる!俺の代で終わらせる!たとえ、夕花に子供が出来ても、六条は継がせない」

『・・・。お気持ちに変わりは無いのですね』

「ない。市花いちはな家。新見にいみ家。寒川さんかわ家。城井しろい家。合屋ごうや家で、裏切り者を除いた家の合議制だ。気持ちに変わりはない」

『わかりました。六条を、晴海様を裏切った者を炙り出します』

「それでいい。裏切った家の数だけ、分家や百家から本家に上げるという噂を流せ。情報が出揃ったら、伊豆でお披露目を行う。それまで、伊豆には誰も近づけるな。礼登だけだ。能見。お前も来るな」

『・・・。かしこまりました』

 能見からのコールが終了した。準備が整ったと言うのは、伊豆の整備が終了したという意味だ。
 駿河に通うための船舶や住居の清掃を含めて、明日から住める状況になったのだ。

 晴海は、能見から流れてくる情報に目を通して、承認を行っていく。
 当主としての作業も平行して実行している。

 晴海の承認作業と伊豆の新居の整備状況の確認は、夕花が浴衣を着て戻ってくるまで続いた。

2020/05/14

【第六章 縁由】第六話 過去

 晴海と夕花を乗せたトレーラーは圏央道を走っている。
 制限速度内で、ゆっくりした速度を保っている。

 晴海は、ベッドで横になっている。やることが無いわけではないが、急いでやるべきことが無いのだ。

 夕花は、資格の勉強を再開した。すぐに必要になるわけではないが、試験の日付を考えると、勉強を再開しておいたほうが良いと思ったのだ。

 勉強をしながら、晴海を観察している。
 夕花は、自分の生まれも育ちも解っていたと思っていた。奴隷になって、市場で売られて、晴海に買われて、ここ数日で世界が一気に変わってしまったのだ。どちらが幸せだっただろうと考え始めていた。
 何も知らずに居たほうが幸せだったかもしれない。その時には、奴隷市場で組織に買われて、今のような待遇で過ごせるとは思えない。自分は、生き餌でしかないのだ。晴海が調べた結果を教えてくれているが、兄が自分を助けに来るとは思えない。調べた結果を聞くまでもなく、助けに来てくれるとは思っていなかったが、晴海の話を聞いて、兄が生きていたとしても自分を助けに来るとは思えない。父親が生きていたとしても自分を助けてくれるとは思えない。

 夕花は、今の自分の待遇は奇跡的な偶然が重なった結果だと思っている。
 必然なのか、偶然なのか、だれにもわからないが、夕花と晴海には繋がりがあった。細い繋がりだったが、夕花にはそれさえも福音に思えた。

 夕花は、温かい家族に包まれていたと思っていた。しかし、父と兄は犯罪に手を染めていた。母は知らなかったと、信じていたい・・・。が、それならばなぜ・・・。その思いが消えないのだ。勉強でもして気を紛らわしていないと、”なぜ”、”どうして”が頭の中でグルグルしてしまう。思考の渦が止まらないのだ。

 夕花が安心して過ごせるのは晴海の側だけなのだ。晴海に命令されて、晴海と一緒に居るときが安心出来るのだ。失った感情が戻ってくるように思える。

 寝顔を見ながら、自分は兄に会ったときにどうするのか考えてみる。答えは出ない。簡単なのは、晴海に任せてしまうことだろう。夕花が望めば、晴海が最善の方法を考えてくれるだろう。夕花は、晴海に任せるという方法を、最初に思いついたが却下した。晴海に、自分の荷物まで持ってもらうわけには行かないと思っているのだ。すでに、晴海には返せない恩を受けている。これ以上、晴海の荷物にはなりたくないのだ。

 能見に言われた資格を取得して、晴海に少しでも恩返しができればよいと考えている。

 夕花は、モニターを流れる景色を眺めた。
 高速道路を走っているのが解る。後ろから来た車がトレーラーを追い越していく。

 晴海がベッドに身体を投げ出したときに、夕花は何気なく聞いてみた。

「晴海さん。トレーラーが速度を出さないのは聞きましたが、コミュニケーターよりも遅い速度で走る意味があるのでしょうか?」

 自動運転の車をコミュニケーターと呼んでいる。自動運転技術の発達で、車を持つ人は減った。安全に目的地に到着できる技術なのだ。

「うーん。自動運転の車は、一定の速度で走っているよね?」

「はい」

「最高速度と最低速度は知っているよね?」

「はい。試験でやったので覚えています」

「うん。僕たちが乗っているトレーラーは、大型トラックに分類されて、今は最低速度で高速を走っているよね?」

 夕花は、モニターに表示されている速度を見る。

「そうですね。最低速度の110キロです」

「コミュニケーターの殆どが、小型車か普通車だよね?」

「はい。最低速度が120キロで、最高速度は160キロです」

「うん。そうなると、トレーラーを尾行しようとしたら、最低速度で走っても10キロも早い。人が運転していれば、調整は出来るだろうけど、コミュニケーターでは無理だよね?」

「・・・。そうですね。大型トラックのコミュニケーターなんて無いですからね」

「そ。だから、トレーラーを尾行したかったら、大型トラックを使うか、人が運転するしかない。でも、人が運転していたとしても、110キロで走り続けるのは目立つよね?」

「そうですね。目立ってしまうと思います」

「うん。だから、礼登は最低速度で走っているのだよ。一般道なら信号をうまく使ったり、路肩に停めたりして尾行の存在を確認出来るけど、高速では最低速度で走るのが一番わかり易い方法だよ」

「そうなのですね。ありがとうございます」

 夕花は、晴海と生活する中で、自分が運転する場面もあると思っている。
 そのときに、コミュニケーターの尾行を見破る方法や、尾行を交わす方法の習得を考えた。礼登に教えてほしいと頼めば教えてくれるだろうとは考えていた。

 晴海は、まだ寝ている。
 疲れているわけではないが、足柄からは自分で運転するので、休んでおくほうが良いと思っていたのだ。

 晴海は、夕花と少しだけ話をして、夕花が勉強し始めたのを確認してから、夢の世界に旅立った。

 晴海は、幼いときの夢を見ていた。
 とても懐かしくて、とてもあたたかくて、そして、とても残酷な夢だ。

 望んでも手に入らなくなってしまった現実

 晴海は、六条の跡継ぎとして産まれたわけではない。妾腹なのだ。生まれてすぐに母親から取り上げられて、六条の本邸で育てられた。しかし、晴海が4歳になるときに本妻が跡継ぎを産んだ。その時に、本妻から晴海の出自が告げられた。晴海の生活は一変した。優しかった者たちが離れていった。幼いながら、自分ではどうにもならない力が働いていると認識したのだ。

 しかし、初めて得た物もあった。母親の暖かさと家族という存在だ。本妻は、自分に子供ができたことで、晴海を育てる必要性を感じなくなった。晴海は、本当の母親に預けられて、六条の本邸にある離れで母親と二人だけの生活が始まった。
 予備として晴海は必要なので、六条家からは放逐されなかった。将来的に、裏の仕事を任せる人員となり。能見の父親から教育を受け、能見を配下に加えられた。戦闘に関しても最低限の訓練を行った。本妻の子供を守るためだ。

 本邸では、相変わらず肩身の狭い生活だが、離れに戻れば母親と一緒に過ごせる本当に幸せな時間を過ごせた。

 晴海は、六条の権力も財力も必要なかった。
 母親が居れば十分だったのだ。

 晴海は、母親との居場所を守るために、必死に勉強して、必死に訓練を行った。一癖も二癖もある人員を集めて配下に加えた。

 しかし、晴海が欲した物は手から零れ落ちてしまった。
 弟が成人して、六条の後継者に指名される。そうなれば、晴海は用済みになり、本邸から出て、生活が出来る。
 母親と一緒に生活が出来るようになる。

 その寸前で夢が、叶わない夢になってしまった。

 その日、晴海は当主からの命令で、敵対している者たちの情報を調べる為に能見を連れて外に出ていた。弟の成人を祝う宴が執り行われた。六条家は、晴海を除いて出席していた。晴海の代わりに母親が出席した。

 そこで、本来なら弟が、跡継ぎに指名されるはずだった。晴海が居ない場所なので、晴海の代わりに母親が署名して、晴海が跡継ぎから外されることが決定する。
 はずであった。

 しかし、そこで惨劇が発生した。
 参加者は一人残らず殺されたのだ。世間的には、晴海が左腕を失って生き残ったことになっているが、実際には、晴海はあの場所会場には行っていない。

 晴海が、左腕を失ったのは、任務先でのことだ。担ぎ込まれた病院で、晴海は六条家が襲撃された事実を知った。母親は、宴には出席する義務がないので、無事だと思ったが、実際には本妻のいやがらせで晴海の代わりに出席するように言われて、出席していたのだ。その事実を晴海は、義手の装着手術後に聞かされた。

 六条家は、晴海を残して全員が殺されてしまったのだ。
 遺言や跡継ぎ指名の書き換えは、宴の後で能見が行う予定になっていた。したがって、法律的にも、六条の不文律でも、晴海が六条家を継ぐことに決まったのだ。

 でも、晴海が欲しかったのは、六条家ではなかった。六条家を犠牲にしてでも、母親と過ごす時間が欲しかった。

 晴海は失ったを埋めるために何か誰かを求めた。母親であり、家族であり、友達であり、恋人であり、妻である者を・・・。
 失った者の大きさに比べれば、これから失うは小さく思えている。命さえも必要な物とは思えなかった。

 必要なのか・・・。

2020/05/13

【第六章 縁由】第五話 買物

 晴海と夕花は、出来た時間を利用して、夕花は資格に関する資料を読み込み必要な情報を習得していた。晴海は、能見から渡された夕花の家族に関する資料を読み込んでいた。

 晴海は、能見の報告書に違和感を覚えていた。
 何がと言われると困るのだが、歯に何かが挟まった気持ち悪さを感じていたのだ。

「晴海さん?何かありましたか?」

「うーん。よくわからないけど、夕花を騙しながら、事業を続けていたにしては、お粗末だし、組織の人間が・・・!そうか!」

「え?」

「違和感の正体がわかった!夕花!お義母さんの墓が荒らされたと話したよな?」

「はい」

「違和感の正体は、墓が荒らされたという事実だ」

「え?違和感?」

「そうだ。一つ一つは問題ではない。時系列に発生した物事を並べてみると・・・」

「あっ!」

 晴海が並べた情報の箇条書きを見て、夕花は晴海が言っている違和感の正体に気がついた。

「夕花。お義母さんのお墓は、夕花が設置したのだよね?」

「はい。行政に頼みました」

「僕は、行政に務めている人間が高い意識を持って、全員が同じ様に仕事をしているなんて思わないけど・・・。組織の人間は、どうやって墓の場所を知って、いつ墓を荒らしたのだろう?」

「そうですよね・・・」

 晴海が解っている日付を記入していくと、夕花が母親の墓を作ってから、3日後には夕花は組織に捕まって、奴隷市場への商品となっている。それから、晴海に会うまでは記憶が定かではないが、墓を建ててから日付から考えれば、10日だ。夕花の情報を、能見が握ってから、墓にたどり着くまで2日必要だったと考えても、半月の間に荒らされたのが解る。

 能見の報告書には、母親の墓を荒らした連中が書かれていない。正確には、書かれているが、調査中となっている。

 墓荒らしのタイミングが、絶妙なのだ。
 奴隷市場が開催されている最中に墓荒らしが行われたと考えるべきなのだ。奴隷市場の開催は、オープンな情報だ。ただし、夕花が出品される奴隷市場が今回の奴隷市場なのか判断は出来ない。商品登録されるが、出品は奴隷市場側が決定するのだ。

 墓を荒らした組織と、夕花の兄を追っている組織と、父親を追っている組織。
 当初は、墓を荒らした組織と父親を追っている組織が同じだと考えていたが、全部が同じである可能性さえも出てきたのだ。

 晴海が感じていた違和感は、全部が中途半端な状況になっているのに、全部が綺麗なタイミングで行われているのだ。違う組織が行っているにしては、綺麗に揃いすぎている。

 しかし、”だからどうした”と言われてしまうと終わってしまう。
 違和感を覚えながら、新しい情報が追加されるのを待つしか無いのだ。

『晴海様。もう大丈夫です』

 最高のタイミングで礼登から連絡が入った。
 正義のフリールポライターの浅見こと、佐藤太一が餌に食らいついた。能見の部下が用意した封筒を持って、嬉々として車に戻ったそうだ。しばらく見守っていたが、封筒の中身を確認して、狭山パーキングエリアから出ていったそうだ。

「なぁ礼登。一つだけ教えて欲しい。封筒は、何も書かなかったのか?」

『いえ、封筒の表には、”最重要”と”重要書類”のマークを入れて、”東京都。薬物搬送計画”としました』

「・・・。礼登。本気か?明らかに怪しいぞ?」

『はい。そう思いましたが、彼は喜んで持っていきました。その時の映像も残しておきましたが見ますか?』

「いや、いい。笑えそうにない。それよりも、他に監視者がいないようなら、小腹がすいたから何か食べようと思う。お前も一緒に食べるか?」

『晴海様。魅力的なお誘いですが、もうしわけございません。トラクターの交換を行います』

「わかった。夕花とフードコートで何か食べてから、適当にぶらついている」

『わかりました。奥様。晴海様をよろしくお願いいたします』

「はい。心得ております」

 礼登からの通話を切って、二人はお互いの身だしなみを確認する。
 トレーラーから抜け出して、フードコートに向かった。

「夕花。焼きそばとか、パーキングエリアとかでしか食べない物を注文しておいて、トイレに行ってくる」

「お飲み物は?」

「炭酸がいいかな。支払いは、情報端末で頼むね」

「はい」

 夕花は、晴海がトイレに向かったのを見送ってからフードコートのボックス席に座って端末から注文を行った。
 自分で取りに行けば、無料だが座席まで持ってきてもらうと、チップとは別に手数料が必要になる。夕花は迷ったが、晴海なら座席まで持ってきてもらうだろうと判断して、有料のオプションを選んだ。

(駄目だったら謝ろう)

 その頃、晴海は礼登に連絡をしていた。

『礼登』

『はい。晴海様』

『礼登。お前、俺に何か隠していないか?』

 晴海は、自分を”俺”と呼称した。当主として話をするときに意識して使うようにしている。

『晴海様。もうしわけありません。しかし、もう少しだけ時間をください。その後でしたら、私を殺してくださっても構いません』

『わかった。そうだな。駿河の学校に行くまで時間をやる。それまでに、決定的な証拠を見つけろ』

『ありがとうございます。代表に伝えます』

 正義のフリールポライターの浅見の排除に時間が必要になった事実や、素性を調べるのに晴海が考えているよりも時間が必要だった。これらの事実から、晴海は能見や礼登が別口で”何か”を調べているのだろうと考えた。
 そして、違和感の正体が”綺麗すぎるイベント”だとしたら、能見たちが調べているのは、夕花の母親の実家または、本人の素性だろう。

 晴海は、礼登との通信を切ってトイレをすませて、夕花が待っているフードコートに急いだ。

 夕花はすぐに見つけられた。

「夕花」

「晴海さん。注文しました。それから」

「持ってくるようにしてくれた?」

「はい。よろしかったのですか?」

「うん。そのつもりだったからね。あ・・・。ごめん。夕花に伝えておけばよかったね」

「いえ、晴海さんならそうなさると思っていました」

「うん。座席で待っていよう」

「はい」

 10分後に料理が運ばれてきた。
 晴海はチップを多めに払った。片付けも一緒に頼んだ。運んできたウェイターは臨時収入の多さにびっくりしながら喜んで引き受けていた。

 食事を終えて、晴海と夕花は隣接しているショップエリアを見て回っている。
 一世紀前からショップの品揃えは大きく変わっていない。晴海は、このショップを見て回るのが好きなのだ。買うのではなく見て回るだけだ。

「晴海さん。牛乳を買ってもよろしいでしょうか?」

「ん?いいけど?」

「ありがとうございます。車内にコーヒーがありましたが、ミルクがなかったので、牛乳で代用しようと思いました。駄目ですか?」

「そうだね。しばらくは、走り続けるから、コーヒーがあると嬉しいよ」

「わかりました。あと、何か簡単に食べられる物を買っていきますか?レンジもありましたので、温めるだけになってしまいますが・・・」

「そうだね。夕花に任せるよ」

「わかりました」

 夕花が、カゴを持って商品を見ながら買い物を始めた。
 嬉しそうにしているのを、横で晴海は見ているだけだ。カゴを持つと言ったのだが、夕花が渡してくれなかったのだ。カゴを持つのを含めて買い物の楽しみなのだと晴海を説得したのだ。

 買い物を終えて、トレーラーに戻ると、トラクターの交換が終了していた。狭山パーキングエリアまでトレーラーを運んできたトラクターにも新しいトレーラーが接続されて、中央高速から名古屋州国まで移動するのだ。尾行がいなかったら、晴海と夕花を降ろした礼登が運転を行う予定だったが、尾行がいたために、伊豆まで礼登がついていく。当初の計画通り、足柄サービスエリアで晴海と夕花はトレーラーを使った移動から、車での移動に切り替わる。

『礼登。準備は出来たぞ?予定はどうなっている?』

『はい。問題がなければ、出発します。次は、海老名サービスエリアに停まる予定です。海老名で長めに休憩します』

『わかった。頼む』

 それから、2分後にトレーラーが動き出した。

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2020/05/12

【第六章 縁由】第四話 誘導

『晴海様。追跡者の身元がわかりました。データを転送します』

「頼む」

 晴海は、送られてきた情報を見た。
 本人談の部分で笑ってしまった。

「礼登。こいつは、本気で言っているのか?」

『その様です』

「晴海さん?どうかされたのですか?」

「夕花。そうだ・・・。モニターを見て、今、礼登から送られてきた、俺たちを尾行していた男の情報だ」

 晴海はモニターに情報を表示した。


本名:佐藤さとう太一たいち
年齢:23歳
職業:地方タウン誌の記者
賞罰:
 13歳:窃盗犯捕縛に協力
 15歳:盗撮犯捕縛に協力
 18歳:過剰防衛にて、執行猶予1年 1年間の東京都立入禁止命令 3年間の海外渡航禁止命令
 20歳:公務執行妨害。不起訴
 21歳:公務執行妨害。不起訴。
     公務執行妨害。不起訴。
     過剰防衛。被害者と和解。起訴猶予処分。
 22歳:東京都迷惑条例。領域侵犯罪。起訴猶予処分。

本人談
 自分は、正義のフリールポライターの浅見だ。東京都の不正は、正義の使者である自分が暴く。

 夕花は、他にも表示されている情報を読んで、黙ってしまった。だが、肩が震えているところを見ると、笑いをこらえているのだろう。

「礼登。それで、彼の目的は?」

『正義の執行じゃないのですか?捕縛して問い詰めますか?』

「その必要はないだろう。目障りだけど・・・。東京都の不正か・・・」

「晴海さん。正義の・・・ルポライターの浅見・・・さんに、あの人がやっていた薬の売買に関しての方向を逆にして知らせられませんか?」

 夕花は、途中まで笑いを堪えるのに必死だった。途中で落ち着いて話ができるようになった。

「ん?」

「東京都の一部の特権階級が、周りの州国に大麻や合成麻薬を売りさばいているという噂を流す。その時に売人は外部の人間だと」

『奥様。大筋はよいと思いますが、能見様からお聞きした情報をベースにシナリオを考えたいのですが、ご許可を頂けますか?』

「お願いします」

『奥様。ありがとうございます。正義のフリールポライター殿には、踊ってもらいましょう。奥様のお父様のお名前を出しても構いませんか?』

「お父様などと呼ぶ必要がない人です。あの人の名前と私が知っているパートナーの名前を晴海さん経由で送ってもらいます」

『わかりました。その御仁の名前を、正義のフリールポライター殿が知るように誘導します』

「任せていいか?」

『お任せください』

 礼登は、外から通話ではなく、メッセージの送信機能を使って、晴海と夕花に情報を伝達してきた。

『晴海様。奥様。出発は、1時間後の予定です。ゆっくりとお休みください。正義のフリールポライター殿の視線が外れましたら、ご連絡します』

「わかった。礼登。無茶するなよ」

『はい。御心のままに・・・』

 礼登は、最後だけ音声で晴海の命令を受諾したと伝えてきた。

 通信を切って、礼登はシナリオを考え始めた。ある一部で頭を悩ませていた。
 嵌める相手は、正義のフリールポライターの浅見だ。途中で失敗して、狙っている奴らに情報が流れる事態を想定しなければならない。

(晴海様の近くに、これ以上、キャラクター性を持った男性を近づけたくない)

 礼登の思いはその一点だった。
 能見や礼登以外にも、晴海の周りには一芸に秀でたが多く集まっている。一芸に秀でた変人という扱いで、世間から爪弾きにされた者も多い。晴海はそれらの者たちを集めて組織を作って、自分の手足として使った。

 礼登から見て、正義のフリールポライターは、晴海が好きそうなキャラクター性を持っている。

 夕花からの提案は、いろいろとメリットが多いわりに礼登にはデメリットが少ない。
 一番のメリットは、夕花を狙っている連中で不明な部分が多い組織を炙り出せる可能性が出てくる。夕花の父親の名前を出せば、解る者ならそれだけでも危機感を持つだろう。それが、正義のフリールポライターが持っている資料にある。他に、どんな情報を知っているのか、無難に接触するのか、拉致という短絡的な行動に出るのかはわからない。拉致されたとしても、礼登は問題には思わない。もしかしたら、晴海から叱責される可能性もあるが、礼登はそれが”ご褒美”だと言える感性を持っている。どちらに転んでもメリットなのだ。正義の(以下、略)が、本当に夕花の父親まで行き着いてしまったら、そのときに考えればいいので、メリットでもデメリットでもない。

 礼登も能見も、晴海が大麻や合成麻薬を忌み嫌っているのを知っている。
 一族や分家、子家だけではなく、百家に至るまですべての関係している家に、合成麻薬及び関連の商品を扱った場合には、徹底的に攻撃すると宣言した。

 これから、晴海が生活の拠点にする。伊豆や駿河で合成麻薬を扱っていた組織は全部潰した。個人の売人までは手が回っていないが、それらを東京都や東京都に雇われた連中にやってもらおうと考えたのだ。

 礼登が30分かけて考えたシナリオを、能見が多少手直ししただけで、作戦として実行された。
 作戦と言っても、正義の(以下、略)に、情報がうまく渡るように誘導するだけだ。

 私は、正義のフリールポライターの浅見だ。何故、浅見と言っているのか?
 答えは簡単だ。フリールポライターは浅見と昔から決まっている。この名前なら、綺麗な女性と知り合う可能性があがる。事件を解決出来る。しかし、私にも兄は居るが、兄は公務員ではない。それだけが違う。他は、私が正義のフリールポライターの浅見であることを証明している。

 悪の権化であり、庶民の暮らしを壊して、違法奴隷を運んでいる。東京都の人間を、尾行している。私の尾行は完璧で見破られていない。悪人は、正義には勝てないのだ。
 悪人は、私の存在には気がついていない。30分くらい前に動きがあった。情報端末で誰かと会話をしたようだ。その後、すぐに動くかと思ったが、座って悩み始めた。もしかしたら、私の正義の心が、悪人に届いて、良心の呵責を感じているのかもしれない。いや、そうに・・・違いない。

 男の横にカップルが座った。
 あれは、スパイ映画でよく見る重要書類の受け渡しだ。正義の(以下、略)は、騙されない。きっと、違法奴隷を連れて行く場所の指示を持ってきたのだ。だから、男は数時間も同じ場所で待っていなければならなかったのだ!さすがは、私。凡人には計り知れない天才的なひらめきだ。

 カップルは、フードコートからの呼び出しで席を立つ。うん。自然な動きだ。男がどうする?

 男は、近くにあった情報端末に触れて、何かを注文した。そうか、自然な形で席を立って、カップルから情報をもらうのだろう?
 私が見張っているとは気が付かないで愚かなことだ。やはり、悪は栄えない。間違いない。カップルを探すが、姿はもう見えない。私が目を話した少しの時間で、男は立ち上がって、フードコートの場所に移動していた。男が座っていた場所に、何か情報が残っているはずだ。男が何も持っていないので、まだ受け取っていないのだろう。
 カップルを見つけた。離れた場所で食事をしている。二人だけでボックス席を使っている。うまい具合に他からは死角になって見えないが、正義の(以下、略)の目からは逃げられない。彼らがよく見える場所に移動する。

 男は、ソフトクリームを受け取ってフードコートを出ていった。
 そうか!この天才であり、正義の(以下、略)が居るから避けたのだな。違う。男は、私の存在には気がついていないはずだ。そうだ。わかった。カップルが食事を終えて席を立つ瞬間にボックス席に座って情報の受け取りをするのだろう、間違いない。

 カップルが席を立った、食器を返しにいくようだ。
 目で追ったが、カップルがボックス席に戻ってくる気配はない。男は、フードコートの前から元いた場所に戻っている。動く気配がない。男が何か受け取った気配もない。

”房総州国からお越しの佐藤一太様。佐藤一太様。至急、会社にご連絡ください”

 焦った。私の世を忍ぶときの名前と似ていた。反応して、情報端末を確認してしまった。情報端末で示されている最新の着信は、三週間前にかかってきた勧誘だけだ。私への連絡ではないようだ。
 男が立ち上がって、私の方に情報端末を操作しながら近づく。

”はい。佐藤です。社長!もうしわけありません”

”え?サボっていたわけじゃ”

”はい・・・。え?あっGPSですか・・・?もうしわけありません。トラクターの調子が・・・。いえ、大丈夫です。中身?大丈夫です。古着ですよね?はい。先方が怒っている?わかりました。急ぎます”

 男が持っていた、悪の心は私の正義の心で浄化されたようだ。
 カップルが座っていた席を見ると、封筒が置かれている。

 やはり、悪は、あのカップルだったのだ。私は正しかった!
 誰かと情報のやり取りを行うための者だろう。相手が遅いので確認しているのだろう。私の目には狂いはなかった。この狭山パーキングエリアを根城にした悪の基地があるに違いない。

 そうだ!あの封筒を、私が取得してしまえば、悪の組織に情報が渡らなくなる!私も、悪の組織の情報を得られる。

 やはり、私が正義なのだ。私が正しいから、間違った道には進まないのだ!

2020/05/11

【第六章 縁由】第三話 記者

 – とある記者 —

 ひとまず、尾行には気が付かれていないようだ。

 私は、房総州国でフリーのルポライターをやっている浅見だ。私の名前など忘れてくれて構いません。だが、私が正義の体現者である事は覚えておいて欲しい。私は、今、尾行を行っている。東京都の犯罪や越権行為を辞めさせるために確たる証拠が欲しいのだ。確かな情報を掴んだ。
 奴隷市場が開催された場所に張り付いて居る。彼らが、ここで奴隷市場を開催して違法奴隷を売っているのだ。

 奴隷市場では、違法奴隷を扱っていないと言われていますが、東京都の奴らなら、違法な奴隷でも合法だと言って出品しても不思議ではない。

 そして、私は証拠を掴んだ。今、尾行しているトレーラーには東京都の不正が詰め込まれている詰め込まれている。間違いない。違法奴隷を大量に購入して、どこかに運んでいる。

 私は優秀なルポライターだ
 皆が諦めて帰っていくなか、辛抱強く待っていた。ホテルの地下に不釣り合いな大型のトラックが入っていった。普通の一般人なら、ホテルの備品でも搬入しているのだろうと考えるだろう。だが、私は違う。まずは、。ホテルに探りを入れたがホテルで大規模な改装が行われている様子はない。

 私は、大型トラックの全面からカメラで撮影した。
 本当は許される使い方ではないが”正義”のためなら許されるはずだ。大型トラックは、東京都の悪事を暴くためには絶対に追尾しなければならない。私は使命感に燃えていた。

 失敗した!失敗した!失敗した!
 悪事を働いている大型トラックは、夜中に移動を開始するはずだ。悪い奴らは、闇夜に紛れるのは決まりごとだ。聡明な私は、大型トラックが動き出したら、見失わないように、何かの本マンガで読んだ通りに、間に1台の車を挟んで追尾すると決めた。私が正義のために、悪い奴らを追尾しているのだ、周りも協力してくれるに違いない。
 そう思って、昼間に寝て夜中は監視するためになるべく起きていようと思った。

 アイツらは、私の裏をかいた。夜ではなく、昼間に移動を開始した。
 それも、私が寝ている時間帯だ。正義のフリールポライター浅見の裏をかくとは、悪事に手を染めた連中もやるではないか。

 それに、あいつらは確実に悪いことをしている。具体的には、奴隷市場を使った奴隷のロンダリングだ。それと、東京都への入金を誤魔化すための手法なのだろう。私は騙されない。そして、私の勘があたっていた。地下に入って車の台数を確認した。大型トラックが動き始めたと思われる朝には、地下駐車場には79台の車が停まっていた。しかし、大型トラックが動き出すまで、外に出た車はいなかった。それなのに、私が数えたら77台の車しか残っていなかった。何か、からくりがあるはずだ。

 逃げられたわけではない。聡明な私は、悪事を働く大型トラックを・・・。そう!泳がせた!他に仲間が居るはずだ。私の様に美しい者が尾行したらすぐに気がついてしまう。そのために、少し距離を開ける必要があった。そう。私は間違えていない。正義なのだ。
 それに、マーキングしているから、たやすく見つける事は出来る。

 東京都からでて大型トラックは、どこに向かった。
 旧23区内ではないだろう。それなら、地下鉄を使ったほうが悪事は隠しやすい。地下鉄は、東京都が所有権を有していたはずだ。

 武蔵州国が人手不足で悩んでいると、どこかの記事で読んだ。
 そうだ!武蔵州国に違法奴隷を販売したのだ。大量に運ぶために、大型トラックが準備されたのだ!

 さすが私だ。冴えている。すぐに、武蔵州国に向けて出発しよう。

 聞き込みは苦手だ。
 そんな事は、優秀ではない者が行う事だ。優秀な私は自分の勘を信じて車を走らせる。

 ナビに反応があった、
 谷田部パーキングエリアに停まっている!そうか、奥州州国に行くのだな。昔から、ロシア大国との繋がりある蝦夷州国とも繋がっている。日本国民を、違法奴隷にして蝦夷州国からロシア大国に売るつもりだな。
 そのような悪事を、正義の心をもつフリールポライターの浅見が許すわけがない!絶対に、突き止めて成敗してやる。

 谷田部パーキングなら、このまま圏央道に乗ればジャンクションで近くに行ける。
 出来る!私なら間違いなく出来る!私が正義なのだから、間違いない。

 やっぱり、私が正義なのだ。東京都が悪なのは間違っていない。

 大型トラックは、私の予想した通り、圏央道を八王子方面に向けて走っている。
 私の正義が勝ったのだ。大型トラックは、私の前をゆっくりとした速度で走っている。

 やはり、私は間違っていない。
 違法奴隷が大量に乗っている。だから、速度が出せない!間違いない!

 圏央道では、大型トラックは制限速度にならないギリギリの遅さで走っている。
 私もその速度で走ろうとすると、車から警告音がなってしまう。最低速度は、大型トラックの方が遅いのだ。

 悪辣な方法で、正義の使者であるフリールポライターの浅見から逃げようとしているな。
 そんな方法では、私の正義は崩せない。速度を落とすのが駄目なら停めてしまえばいい。

 私は、数年前に出た漫画で読んだ、高速道路でうまく尾行をする方法として書かれていた内容を思い出した。
 路肩で車を停めたりすると、警察や軍が出動してくるが、路線バスなら大樹オブだという記述だ。だから、私は大型トラックを追い越して距離が離れてしまったら、路線バスの通路に入って車を停める。大型バスが通り過ぎたら、尾行を開始する。

 まさか、私がこんな高等テクニックを使って尾行している事実を、悪人は気が付かないはずだ。私が正義なのだから、私の邪魔はしないはずだ。

 何度か、追い越しては、路面バスの停留所付近でやり過ごしてから尾行を再開する。
 賢い私は、インターチェンジで大型トラックが降りてしまう危険性に気がついて、インターチェンジの近くの時には、警告音が出ても大型トラックの後ろに居るようにする。大型トラックは私の尾行には気がついていないはずだ。だから、多少近づいてもわからない。だから、インターチェンジが近づいた。だが、やはり、正義は私にある。

 私が前に出て、路面バスのバス停を探していると、大型トラックが速度を上げてきた様子がナビに表示された。
 私が予想した通りだ、大型トラックは焦っているのだ。間違いない。焦って、速度をあげている。違法奴隷に、何か問題があったに違いない。

 私を追い越しても速度を緩めない。
 大型トラックは私に気がついていない。それも当然だろう。車は正義のフリールポライターが乗る正義の色のグリーンなのだ。グルーンは、私のクリーンな心に合わせた色だ。青色と迷ったが、白ではない。グリーンが私の色なのだ。白では、悪の黒に対抗出来ない。グリーンなら黒に対抗できるのだ。

 大型トラックを追い越して、狭山パーキングエリアで通過するのを待っている。最高速度でも、大型トラックよりも、30キロは早く走れるから、すぐに追い越してしまう。あまり後ろを走っていても駄目だ。なんとか言う車・・・F1の映画で、後ろを走っていると、乱気流でタイヤを痛めてしまうと教えられた。だから、天才な私は大型トラックの前に出て、大型トラックのタイヤにダメージを与えていたのだ!こんな高等テクニックを使えるのは、私が正義のフリールポライター浅見だからなのだ。

 狭山パーキングエリアで通過を待っていると、大型トラックは狭山パーキングエリアに入ってきた。

 そうか!私がタイヤにダメージを与えていたから休ませるのだな。やはり、私は間違っていない。そうか、タイヤにダメージがあると(たしかフラットスポットとか・・・)車が安定しないと言われていた。違法奴隷を大量に乗せているから、タイヤへのダメージは申告なのだろう。

 大型トラックは、私から離れた位置に停まった。
 運転手だろうか降りてきた。しっかりと見つめて何も見逃さない。大量の違法奴隷に水や食料を買いに行ったに違いない。私は、男性を尾行する事に決めた。男性は、20代半ばくらいだろう。オーダシートを貰って、サインして返す。手慣れた感じから、東京都の人間だとすぐに解ってしまう。私の目は誤魔化せない。

 インフォメーションセンターに寄っている。真面目に入州税を払うようだ。
 高速のパーキングエリアでは、まとめて入州税の支払いが可能だ。私も男性の後に続けて入州税を払う。

「佐藤様?」

「あっはい」

 佐藤は、私正義のフリールポライターが世間で呼ばれている名字だ。私は、浅見だ。フリールポライターで事件を解決するのは、昔から、浅見と決まっている。だから、私は、浅見なのだ。

「佐藤様は、すでに入州税をお支払いです。手続きが完了しています。ご旅行でしたら、代理店が支払いを済ませていますので、代理店にご確認ください」

「え?」

 誰か、私の正義を応援してくれているのだ!間違いない!
 正義のフリールポライター浅見を影から支えてくれる1万の読者の正義が、処理を終わらせてくれた!

「ありがとうございます。確認してみます」

「はい」

 確認など必要ない。
 正義の使者であり、正義の体現者である。フリーのルポライター浅見を支えてくれている人だろう。ありがたい。
 正直、入州税を払ってしまうと、明日から・・・。違う。正義を執行しているのだ、大丈夫だな。正義は我にあり!

 大型トラックを運転していた男性は、1時間動かない。
 そうか、違法奴隷の疲れを心配しているのだろう!

 無意味な事だ。
 ここに、正義の使者である。フリーのルポライター浅見が居る限り、悪は栄えないのだ!

2020/05/10

【第六章 縁由】第二話 攀援

「晴海さん?」

「もう少し」

「あっはい」

 会話にならない会話を二人は続けていた。晴海は、ソファーに自分が座って、膝の上に夕花を乗せて抱きしめている。
 抱き枕ではないが、自分の膝の上に乗せて、夕花を横座りの状態にして抱きしめているのだ。夕花も最初は恥ずかしかったが、今は呆れ始めてしまっている。

「うん!夕花。テーブルの上に置いてある、情報端末を取って」

「はい。でも、私が降りれば・・・」

「ダメ」

「わかりました」

 夕花は、晴海の上に乗ったまま身体を曲げて情報端末を取って、晴海に渡した。

 晴海は、情報端末を受け取ってから、夕花を後ろから抱きしめる格好にして、夕花が見える場所で情報端末を操作して、能見の資料を夕花に見えるようにした。もちろん、夕花を抱きしめたままだ。
 後ろから回した手は、夕花のお腹当たりを抱く状態になっている。そして、夕花の肩越しに情報端末を片手で操作している。

 資料が表示されると、晴海は黙って夕花に見せた。

 夕花は、資料を黙って読み進めた。晴海に守られていると考えながら、夕花は自分の父親と兄の悪行を読んだ。

「今、わかっているのはここまでだよ」

「・・・」

「夕花?」

「晴海さん。ありがとうございます」

 夕花は、晴海に”ありがとう”と伝えるのが正しいと思ったのだ。
 この資料を、夕花に見せない方法もあった。でも、晴海は夕花に資料を見せた。情報端末を持つ晴海の手が、腕が、心が、揺れていたのを夕花は知っている。夕花に資料を見せる寸前に、晴海が躊躇したのに気がついた。そして、背中から伝わる晴海の暖かさ。強く脈打つ臆病な心臓の音。すべてが、自分のためだと考えたのだ。うぬぼれではなく、奴隷として、人間として・・・。女のとして、晴海の優しさを感じたのだ。

「夕花?」

「大丈夫です。私は、晴海様の奴隷です。晴海様のために存在して、晴海様に殺される者です」

「違う。夕花、夕花は、僕の奥さんだ」

「はい!」

 夕花は、体重を晴海に預けるように寄りかかる。
 晴海は、夕花の全てを受け止めるように、身体で夕花を支える。

 夕花は、耳元で囁かれる晴海の言葉が心地よく聞こえている。心を現世に留めてくれている。勘違いかもしれない。ただの思い上がりかも知れない。ただの執着なのか知れない。たしかなこともある、夕花には晴海が必要なのだ。

 トレーラーが加速した。

「夕花」

「はい」

 夕花は、晴海から身体を離すと、すぐに立ち上がって、壁際にあるスイッチを押した。
 正面に設置してあるモニターが明るく光る。

『晴海様。もうしわけありません』

 すぐに、礼登が応答した。
 晴海は、二分割されている画面を4分割にして、前方と後方と左右を表示させた。

 見た感じでは、異常は見つけられない。

「礼登。どうした?」

『はい。先にご連絡をしなかったことをお詫びいたします。圏央道に入ってから、尾行らしき者がいまして、速度をあげて反応をみてみました』

「うしろか?」

『今は、前を走っています。そろそろ視界に入ってくると思います』

 礼登の宣言通り、5分後に通常車線をゆっくりとした速度で走っている車が映し出された。

「礼登。あの車か?」

『はい。抜き去った後の動作を見てください』

「わかった」

 車の動きは不自然に見えた。トレーラーが追い越した瞬間から加速を初めてピッタリと後ろに付ける。しばらくは、後ろを走っていたが、加速して前に出る。

「礼登。このまま、減速したらどうなる」

『はい。マーキングをしてありますので、御覧ください』

 マーキングとは、2000年初頭から繰り返された悪質運転に対抗する機能だ。悪質運転を行う車を見つけたときに、カメラで撮影してナビシステムに記憶させる。記憶した車の情報は共有される。車の位置情報が分かる仕組みになっている。昔は、撮影された車で警察車両が悪質運転を認知する必要があったが、現状では動いているすべての車が対象になっている。

「確かに不自然だな・・・」

『はい。この後です』

「動き出した。パーキングエリアを出るのか?」

『高速バスの停留所でも同じ動きをしています』

「一台だけか?」

『わかりません。気がついたのは一台ですが、圏央道に入ってから、車が少ないのも気になっています』

「車が少ないのは、時期だからじゃないのか?」

『わかりません。どうされますか?』

「法定速度まで加速して、しばらく走ってくれ」

『わかりました』

 晴海と夕花は、トレーラーが加速したのを感じた。
 通信中のランプが消えたので、運転席との通話は遮断されたのがわかる。モニターは、ナビモードに変わっていて、マーキングされた車の位置がナビに表示されている。

「そうされるのですか?」

「うーん。狙われる可能性は多いからな。問題は、どの組織が出てきたか・・・。だけど、あまりにもおそまつすぎる・・・。素人かもしれない」

「え?」

「僕や礼登程度に尾行を見破られるのだよ。素人だと思うよ?」

「・・・」

「あっ!夕花、礼登に繋げて」

「はい」

 夕花が、ボタンを押した。礼登もすぐに気がついて通話のラングが光る。

「礼登。次に彼の車がパーキングエリアに入ったら、僕たちも休憩しよう。礼登だけが降りて様子を見てよ。トレーラーが目的なら、何かしらのアクションを起こすだろうし、礼登が目的なら、礼登を付けるだろう?僕や夕花が目的なら、トレーラーに近づくかこちらを見張っているだろう?」

『わかりました。次は、狭山パーキングエリアです。狭山パーキングエリアを通過してしまうと、東名中央高速になるので、狭山パーキングエリアに寄ります。長めの休憩になると思いますが、問題はありませんか?』

「大丈夫だ」

 通信が切れた。
 礼登は、指示に従って、狭山パーキングエリアにトレーラーを停める。

「晴海さん。私たちは?」

「ごめん。今回はトレーラーの中に居よう。相手がわからないから、動くに動けないからね。もしかしたら、杞憂かも知れないし、細い一本の糸なのかもしれないし、全く想像が出来ないからね」

「わかりました。何か、お飲みになりますか?」

「いいかな。あまり水分を摂取すると、トイレに行きたくなってしまうからね。それよりも・・・。夕花」

「はい。なんでしょう?」

 紅茶のセットを元の位置に戻しながら、夕花は晴海の問いかけに答える。

「夕花。お義母さんの話を聞きたい。ダメかな?」

「構いませんが、私が知っている母は・・・」

「そうだね。でも、僕は、夕花が知っている優しく夕花を育ててくれたお義母さんをもっともっと知りたい」

「・・・。ありがとうございます」

 晴海は、礼登から報告が来るまで、夕花から母親の話を聞いた。
 夕花は、母親が結婚する前はよく知らないようだ。東京都出身とだけ母親から聞いていた。詳しい話は知らないようで、旧姓も”文月”とだけ教えられていただけで、本当なのか判断は出来ないと正直に伝えた。

 夕花は、晴海の求めに応じて、好きだった食べ物や、母親がよく作ってくれた物や、二人だけになったときによく連れて行ってくれた場所や、子供のときによく聞かせてくれた歌を話した。

「そうか、夕花はお義母さんがどの州国の出身なのか知らないのか?」

「はい。東京都と言っていましたが、東京都から武蔵州国に嫁ぐのはないと思います」

「そうだね。横浜州国ならまだ可能性はあるけど、武蔵は無いだろうね。絶対に、無いとは言わないけど・・・」

「そう思います」

 トレーラーが狭山パーキングエリアに到着してから一時間が経過した。
 礼登も運転席から離れてフードコートの椅子に座ってから戻ってきていない。トレーラーの近くを通る者は居るが、監視したり、何度も接近したり、怪しい動きをする者は現れない。

 その頃、礼登は狭山パーキングエリアで、狭山茶を飲んでいた。
 一時もの間、礼登を見ている男性が居るのには気がついていた。監視しているわけでも、尾行しているわけでもなさそうだ。本当に、見ている状況なのだ。

 礼登は情報端末で、能見に連絡をした。
 能見からは、男の視線を感じていなさいとだけ指示があった。能見の部下たちが、礼登を見ている、男が乗っていた車や男の素性を調べる時間を作る。

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2020/05/09

【第六章 縁由】第一話 権力

 晴海は、能見からの資料の扱いを考えていた。

 寝ている夕花を見てから情報端末の資料を見る。

(能見の奴、こんな爆弾を用意していたのか?夕花を寝かせておいて正解だな。夕花の前で見ていたら・・・)

 資料には、夕花の実家にまつわる調査結果(第一弾)が書かれていた。

 夕花の父親が友人と立ち上げた会社は裏で密輸に手を染めていた。
 州国間の貿易は認められている。州国によって取り扱いが違う商品は基本的には存在しない。大麻を合法化しようとした州国も存在したが、内外からの反対で廃案になった。
 夕花の父親たちは、表向きは東京都(旧東京都の千代田区と港区と中央区だけが東京都を使い続けている)で扱われる諸外国の物資を州国に売って、諸外国向けに州国の物産を東京都で販売していた。しかし裏では、東京都に残っていた特権階級を相手に大麻や合成麻薬サキオイシンを流していた。
 もちろん、大麻や合成麻薬サキオイシンは違法だ。特に、合成麻薬サキオイシンは緩やかな精神崩壊だけではなく、一定期間は細胞の分裂を遅くなる成分が含まれていた。そのため、老いにくくなるのだ。権力者たちがこぞって使って、精神崩壊を招いた歴史から世界中で使用はもちろん、製造も販売も所持も禁止されている。禁止されている合成麻薬サキオイシンなので、高く売れる。使い続けなければ意味がない。まさに、悪魔の薬なのだ。

 東京都では、州国の存在を未だに認めていない。すでに特権階級以外では、住民が居ない場所で彼らは独自のルールを策定し始めていた。東京都は、諸外国との窓口にもなっている。諸外国の大使館は変わらず東京に置いてあるためだ。東京都は、入都税を策定した。諸外国から”奴隷”となる人の輸入を始めた、2000年初頭に発ししたパンデミックで経済に大ダメージを受けた諸外国では食糧不足から来る難民が問題になっていた。東京都は積極的に難民を受け入れた。高い税金を課して払えない場合には奴隷として州国に売っていた。東京都は、自分たちが楽をするために労働力を求めた。その労働力から搾取する方法として高い税金だけではなく、奴隷としての販売益を得て肥大化した。

 夕花の父親は、そんな特権階級が望む品々を州国からかき集めて、販売していたのだ。
 その中には、違法な物も多かった。大麻や合成麻薬サキオイシンも含まれていた。特殊性癖を持つ者への販売も行っていたのだ。

 夕花の父親は、その商売で得た情報顧客名簿を持ったままだと思われるとまとめられている。

 兄は、組織が追っているのは間違いないが、兄も組織の裏帳簿や情報顧客名簿を持って逃げていると思われている。そして、その情報顧客名簿も東京都を根城にしている犯罪組織が絡んでいる。

(東京都が絡んでくるのか・・・)

 晴海は、寝ている夕花を見る。
 ベッドで横になってから、すぐに寝息が聞こえてきている。

(そうだよな。夕花に黙っていて・・・)

 晴海は、情報端末の資料を閉じた。夕花が寝ているベッドに近づいた。

 寝ている夕花の顔を覗き込んでから、まだ寝ているのを確認した晴海は横のスペースに腰掛けて、夕花の髪の毛を触って資料の内容を思い返していた。

(そういえば、母親に関しては何も書かれていなかった)

 能見からの資料は第一弾となっていて、これから詳しい内容を調べるのだが、夕花を狙っている組織が2つあるという事実を晴海に伝えたかったのだ。

 晴海は、夕花の隣に潜り込む。布団をめくると、ワンピースの裾が捲れて、夕花の健康的な腿が目に入る。ワンピースを元の位置に戻して横になった。

 2時間後に、晴海は目を覚ます。寝たつもりはなかったのだが、抱きついてきた夕花の暖かさに負けて寝てしまっていたようだ。

「夕花?」

 晴海は、横で寝ていると思っていた夕花が居ないのに気がついた。

「あっ晴海さん。起こしてしまいましたか?」

「ん?大丈夫だよ。あっ僕にももらえるかな?」

「はい。わかりました」

 晴海は、夕花が用意した紅茶を受け取った。

「うーん。おいしい。夕花。話がある。座ってくれるか?」

「はい?」

 いつになく真剣な表情の晴海を見て、夕花は首を傾げながら晴海の正面に座る。

「夕花。能見から資料が届いた」

「はい?」

「その資料には、夕花の父親と兄を調べた情報が書かれていた」

「え?」

「正直に言うと、僕は、夕花に、この資料を見せるべきか、教えるべきか、悩んだ」

「・・・。晴海さん」

「でも、多分、これから、僕や夕花を狙う者たちが出てくるだろう。対峙する場合も考えられる」

「そうです」

 晴海は、自分で言い訳を回りくどく言っているという認識はある。夕花に、資料の内容を教えると決めた今でも迷いはある。考える度に、反対側に天秤が傾くのだ。

「夕花」

「はい」

「対峙した者から、事実を知らせるよりは、僕から、夕花に知らせたほうがいいと判断した」

「はい。私も晴海さんから聞きたいです」

「ありがとう。能見の資料は、後で見せる」

「ありがとうございます」

 晴海がカップに残っていた紅茶を一気に飲み干す。

 空になったカップを晴海が見ていたので、夕花はおかわりを入れようと立ち上がろうとした。

「おかわりを入れましょうか?」

「いや、いい。ふぅ・・・。お兄さんは・・・」

 晴海は、兄の話からした。
 まだショックが少ないだろうと考えたのだ。

「・・・。そうですか・・・。兄は、やはり・・・。真実だったのですね」

「そうだな。夕花が知っている事実と変わりがないと思う」

「はい。それで、あの人は?」

「あの人?お兄さんか?」

「晴海さん。違います。私と兄を、お母さんに産ませた人です」

「・・・。うん」

 晴海は、夕花が兄を呼ぶときよりも感情がこもっていない呼び方をしている父親に関して書かれていた情報を伝える。

「・・・。そうですか・・・。あのひとは・・・。小心者で、愚か者だと思っていましたが、ただのクズだったのですね」

「・・・」

「晴海さん。その資料は、どこにあるのですか?」

「能見も見つけられていない。探すとは書かれているから、探しているとは思う」

「晴海さん。連絡が可能なら、能見さんに、あの人の仕事のパートナーだった人が仕事を始める前に住んでいたのは、讃岐です」

「讃岐・・・。四国州国か・・・」

「はい。母の知り合いからの紹介だと言っていました。でも、母は知らない人だと言っていました」

「なぜ、そんなわかりやすい嘘を?」

「母。東京都出身なのです。なので、母の知り合いだと言えば・・・」

「そうか、外国産の物を扱っても、不思議に思わないわけだな」

「だと思います」

「わかった。能見に伝える。ありがとう」

「・・・。晴海さん?」

「なに?ん?」

 夕花は、晴海をじっと見ているだけだと思ったが、涙が目から零れ落ちていた。

「夕花?どうした?」

「・・・。僕・・・。は・・・るみさ・・・んのじゃ・・・ま・・・しか・・・し・・・て・・・ない。やくに・・・たと・・・うとして・・・もな・・に・・・もでき・・・ない」

 晴海は、腰を浮かせて、夕花の隣に座る。泣き止まない夕花を抱きしめる。

「夕花。役に立っているよ」

「う・・・そ・・・です。あ・・・の人が・・・」

「うん。それは、計算外だったけど、東京に居る連中を潰せるかも知れないネタが手に入るかもしれない」

「え?」

 まだ、鼻をすすっているが、夕花は晴海の言葉で顔をあげた。
 目が真っ赤になっている。

「夕花。目を閉じて」

「はい」

 晴海は、泣いている夕花に目を閉じさせて、まぶたに優しくキスをする。

「え?」

「夕花。僕は、夕花で良かったと思っている。夕花。確かに、僕の狙いは復讐だ。それも、個人の感情を優先した最低の行為だ」

 耳まで赤くした夕花が晴海を見つめる。
 目には涙が浮かんでいるが、先程まで違って、新しい涙は産まれてきていない。

「は」

 夕花が、晴海の名前を言いかけたが、唇を晴海の指が塞いだ。

「いい。夕花。僕の狙いは、僕の家を狙った・・・。僕の家族を殺した奴らだ!」

「・・・」

「そして、直接命令を出したのは解っている。尻尾は掴んでいないが、間違いはない。でも・・・」

「でも?」

「直接手を出した者たちにも報いはくれてやる。しかし、道具だ。道具に命令した奴らがいる。そして、その命令した奴らの耳元で囁いた連中が居る。自分たちは、安全な場所に居て、自分たちは手を出さずに、美味しいところだけを持っていこうとする奴らを許せない」

「はい」

「東京都に居るのは解っている。殺すのは簡単だ。でも、それだけでは、復讐にはならない」

「・・・」

「僕は、僕が味わった喪失感を、彼らにも味わわせたい。彼らが、大事にしている権力を彼らから取り上げて、彼らが悔しがるところを見たい。それから、ゆっくりと時間をかけて殺してあげたい」

「・・・。晴海さん。私は、晴海さんのお手伝いがしたい。ダメですか?」

「ダメじゃない。夕花にも手伝ってもらう。そのために、夕花がいう”あの人”の資料が気になる。解ってくれるか?」

「はい!あの人を思い出したくは無いのですが、資料は必要です。何か、思い出したら、晴海さんにお伝えします」

「ありがとう。夕花!」

 晴海は、改めて夕花を抱きしめた。

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