【第六章 約束】第五話 想定外の出来事

 

 ライムバッハ領の領都には、私たちが執務を行っている邸がある。ライムバッハ辺境伯の邸とは別に用意された場所で、私たちが生活する場所が一緒になっている。

 私の執務室は、邸の入口に近いが場所にある。
 客人対応が多いのが私だ。ユリウス様に客人対応を任せられない。当代のライムバッハ辺境伯はカール様だ。私たちが支えるべき人物だ。しかし、ユリウス様の現在の肩書は別にして”皇太孫”という立場があり、権限を持っていると思われてしまう。他の者たちでは、客人が爵位を持っている場合に、”軽く見られた”と言い出す者が居る(可能性が高い)。その為に、私が客人への対応を引き受けている。
 お父様から、正式にカルラ衆を貰い受けた。お父様からは、カルラ衆は好きにしてよいと言われている。私が良ければ、解散しても良いと言われている。お父様は、お父様で別の情報網を作られているのだろう。武闘に寄っているカルラ衆は使いにくくなっているのかもしれない。

 そんなカルラ衆の次期カルラに、執務室で報告を受けている。
 人払いと遮音の魔道具の起動をお願いされた。カルラ衆が私を害するメリットはない。信頼ではなく、”利”を見せている限りは大丈夫だ。

 そして、報告を聞いた。
 想定していた最悪を簡単に越えてしまった。

「・・・」

 声が出ない。
 私は、どこで間違えた?

「クリスティーネ様」

 そうだ。
 まだ、報告の途中だ。

「大丈夫。聞こえているわ。その報告に間違いは?」

 テーブルに置いた手が信じられないくらいに震えている。
 自分でも制御が出来ない。手の感覚が無くなっていくのが解る。冷たい。足下で何かが崩れている。

「・・・。ありません。”目”が確認を致しました」

「・・・。そう。指や耳は無事?」

 報告では、告げられなかった事だ。

「はい。欠損は・・・。頭のみ。他は、重傷者もなく離脱しております」

 命令には従ってくれている。
 辛い命令を出している自覚はある。でも・・・。

「今は?」

「指が周辺を探っています」

「もう一度だけ、聞きます」

 間違いであって欲しい。
 嘘だと言って欲しい。

 叶わないことだと解っている。

「はい」

「アルノルト様が襲われた。襲われる前に、カルラ衆に攻撃を仕掛けてきた者が居た」

「・・・。はい。頭の指示があり、カルラ衆は離脱を優先しました」

 頭。頭はカルラの名を持つ。
 カルラ衆の名を持つ者は一人だけ・・・。

「そう・・・。それで、離脱を始めたら、襲ってこなかった?」

 先の報告は、アルノルト様とカルラとアルバンに関する報告が主体になっていた。
 カルラ衆を襲ってきた者が居た?

 確かに、命令は守った。しかし、頭を失っている。
 カルラ衆としては、失態と言われる覚悟なのだろう。
 そして、自分たちで報復を行いのだろう。次期カルラも堅く握られている拳が語っている。

 失態だとは思わない。
 私は、カルラ衆に”死ぬな”と命令を出している。命令を守れなかったのは、一人だ。

「耳と目には、攻撃を仕掛けてきませんでした」

「貴方の見解は?想像でもいいわ?」

 目と耳を先に潰すのなら理解ができる。
 指や腕は、ウーレンフートのダンジョンで、中層を越えられる者が揃っている。

「はい。戦闘を得意とした者が狙われたと考えております」

 見解は正しい。
 しかし、指と腕は、目と耳と行動を共にしていた。その中から、指と腕だけを狙った?
 違和感を覚える。しかし、確証がない。

「戦闘は、カルラ衆が圧倒したのよね?」

「はい。目と耳では対処は不可能だと判断して離脱。指と腕は、敵の攻撃に対処しました」

「共和国の者?」

「いえ、目からの報告では、”帝国の剣術に似ている”との話です」

 目が見ていたのなら、帝国なのだろう。

「・・・。また、帝国なの?」

「はい」

 帝国の中には入り込んでいない。
 お父様なら何か情報を持っている可能性がある。

 帝国内部で何かが変わろうとしているのか?
 国境に兵を出して、牽制してくるのなら、今までの帝国と同じで、対処は難しくない。

 しかし搦め手を使いだしたのか?
 それとも・・・。

 情報が少ない時に、想像で思考を加速させてはダメ。情報が出てきたときに、間違った方向に進んでしまう。

 帝国だとしても、今までの帝国だと考えない方がいい。間違いなく、何かが変わろうとしている。

「ふぅ・・・。わかったわ。ユリウス様に・・・。いえ、私が、ユリウス様にお伝えします」

「わかりました」

 カルラの・・・。妹が頭を下げて部屋から出ていく、後ろ姿を見送る事しか出来ない。
 慰めの言葉を投げかけることは出来ない。彼らは、彼女は・・・。こうなる事を・・・。違う。私が、”なんと”声を掛けていいのか解らない。ただ、それだけだ。アルノルト様の時にも、今回も、私は何も出来ない。カルラ衆を任されて、情報を把握して・・・。

 それで何が変わったの?

 頭を振っても、罪悪感だけが残されてしまう。
 アルノルト様は、また心を寄せていた者を失った。きっかけを作ったのは、私だ。私が、アルノルト様を・・・。

 ノックの音で、現実に引き戻された。

「クリス!」

 部屋に入ってきたのは、先ほどまで報告をしていたカルラ衆の・・・。
 それと、ユリウス様だ。

「え?ユリウス様?」

「クリス。共和国に行くぞ!」

「え?ユリウス様?アルノルト様を救出に?」

「違う。話は、カルラ衆から聞いた。アルが、やられるわけがない。今、アルは迷っているだけだ。アルなら自分で立ち上がる」

「え?それでは?」

「共和国を攻める」

 意味が・・・。
 そうか、アルノルト様は、シンイチ・マナベとして共和国に入国しているけど、王国の貴族家の者だ。
 それも、ライムバッハの現当主であるカール様のお兄様だ。そして何よりも、私たちの大切な仲間だ。

 国内では、邸に居る事にはなっているが・・・。

 共和国は、知らなかったことだとは思うが、アルノルト様を”殺そう”とした。

「わかりました」

「カール様とザシャとディアナとイレーネへの説明は任せる」

「はい。ユリウス様は?」

「俺は・・・。エヴァに会ってくる。アルの事情を説明する。その後で、ウーレンフートで兵を集める」

「え?あっ・・・。はい。お願いします」

 本当に・・・。
 一番、嫌な役割を自ら・・・。
 エヴァンジェリーナ様への説明は考えていた。私の役割だと・・・。でも、どう説明していいのか解らなかった。

「エヴァは、連れて行かない。エヴァも付いてくるとは言わないだろう」

 ユリウス様を見ると、エヴァンジェリーナを連れて行きたい気持ちが溢れている。
 でも、連れて行かないのは、私も賛成だ。私たちが国境を越えるだけでも、大事おおごとなのに”聖女”という名声が付き始めている、エヴァンジェリーナ様を連れて国境を越えるのは・・・。共和国に行くのは難しい。
 それに、エヴァンジェリーナ様はアルノルト様が迎えに来ると信じている。自ら動かない。あの人は、そういう人だ。アルノルト様との約束を守る為だけに頑張っている。そして、”聖女”と呼ばれるまでになった人だ。

「・・・。はい」

「クリス。カルラ衆を借りたい。エヴァに付けたい」

 そうだ。
 帝国の狙いが、”アルノルト様”にあるのなら、エヴァンジェリーナ様が狙われる可能性がある。

「わかりました」

 ユリウス様は、ギルベルト様も連れて行くようです。
 ギルベルト様はウーレンフートで、アルノルト様の代わりにホームを取り仕切っている。確かに、ギルベルト様が今回の話を聞いたら、飛び出してくるでしょう。制御を行う意味でも、ユリウス様がウーレンフートに行くのがベストなのでしょう。

 私は、こちらに残ることになる。
 ザシャとディアナとイレーネに説明をしなければ・・・。

 私は、もちろんカルラ衆の管理者として、ユリウス様と一緒にアルノルト様に会いに行きます。
 帝国が仕組んだ可能性が高いのは解っています。しかし、ユリウス様がおっしゃっている通り、アルノルト様に攻撃を仕掛けて、大切な仲間を殺したのは、共和国の者です。報復をしなければ、私たちが舐められてしまいます。カール様の為にも、きっちりとしなければなりません。共和国には、私たちの為に踊ってもらいます。国内にも、帝国にも・・・。必要な事です。アルノルト様は望まないでしょう。

 アルノルト様が、共和国で何をしていたのか・・・。
 そして、何を得ているのか?
 今から、話をするのが楽しみです。

「クリス!邸は任せる!」

「はい。お気をつけて」

「解っている。行ってくる!ギードとハンスを連れて行く」

「はい」

 次のカルラを、ユリウス様に預けます。そのまま、エヴァンジェリーナの護衛についてもらいます。

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