【第九章 神殿の価値】第二十七話 ハインツノート2
王国内が再編されている状態にも関わらず、僕や父上は王都から離れられない。
毎日ではないが会議が行われている。神殿の主の協力が必要になる前提ではあるが、物資の輸送が可能になり、生産調整が必要になってしまっているのだ。派閥内で調整は可能だが、派閥に属さない貴族家への配慮も必要になる。もちろん、王家の直轄領や公爵家へ配慮も同様だ。輸送に適さない物は、近隣で調整すればよかったが、長距離搬送が可能になり状況が変わった。
神殿の主が提供するアーティファクトは、神殿に住まう者が教習を受けて運用が可能になる。
権限を持たない者が動かそうとしても、アーティファクトは動かない。アーティファクトによっては、御者台に乗り込むことも出来ない。盗難が不可能なのだ。動かすためには魔力が必要になり、魔力を充填できるのも、神殿だけで定期的に神殿に戻す必要がある。
豪商が無理やり奪おうと考えて、御者を脅したが、御者が居なければ動かない。御者台に、御者が収まった状態でなければ、アーティファクトは動かないのだ。
それだけではなく、御者台に対する攻撃が無効化されて、害することが不可能なのだ。そして、豪商は”集積所”への出入りを禁止されて、落ちぶれていく未来が見えてしまった。
真面目に商いを行っていた小規模の行商人を、神殿は優遇した。
神殿から来ている者たちを、神殿の主が許可した行商人を、アーティファクトに載せて商売を行う許可が出た。馬車と同じ程度のアーティファクトを使った行商は、さらに物資の移動を促進した。
集積所から村への搬送だけではなく、村から村への輸送が可能になり、村で余剰になっている物が存在していることが判明した。
麦や大麦が税として徴収していた。そのために、村々では”麦”の栽培をしていたのだが、それだけでは食べられないために自分たちが食べる用の作物が存在していた。同じように近隣に山がある村では、山の実りを採取している。川があれば、川の幸を採取している。
これらは、村民たちの腹を満たす物で、外向けや税の対象ではない。しかし、大量に作物が出来てしまう場合もある。元々は、行商人がそれらを買い取って他の村で売っていたのだが、近隣同士は植生も似ている。しかし、アーティファクトを利用して、山の幸を川辺の村落に、川の幸を山の村落に、輸送すれば喜ばれる。村だけではなく、町や街でも同じだ、近隣には無い物が手に入るようになる。今まで、二束三文で買い叩かれていた物が、遠隔地に輸送できれば高値で売ることができる。
王城で行われているのは、今まで誰もやったことがない調整なのだ。
官僚たちも頭を突き合わせて考えているが結論が出ない。
サンドラに現状を伝えたら、笑いながら言われてしまった。
『信頼できる行商人や街々にいる顔役に調整させればいい』
妹の言葉を受けて、僕は父上に進言した。
いきなり王城の会議で提案できる内容ではなかったために、自分たちの領地で実験的にやってみることになった。父上からの命令で、僕が領地に戻り、陣頭指揮を取った。なぜか、次期国王のジークムントと一緒に成り行きを見守ることになった。
幸いなことに、レッチュガウは山も川も海も平原もあり、王国の縮図のようになっている。
各地区を代表する者たちを領都に招集して、話を始めた。
最初の頃は、集落や地区の事情がぶつかり合って話が進まなかった。
しかし、行商人や小規模の商人が会議に参加するようになって事情が変わった。
行商人が調整をおこなって、商人が値段の保証をした。そこからは早かった。父上から税に関しても、無理に”麦”でなくても問題はないと言われている。辺境伯領では、神殿のマネをして”人頭税”を廃止した。同じく、”集積場”には”税”をかけていない。商人が、売った金額に応じて”税”をかけているだけだ。領を通る時の、通行税や入領税なども廃止した。これで、税収が減ると考えていたが、以前よりも二割以上多くの税収が集まる予想になった。
税を簡略化して、少なくすることで、税収が増える。最初は、意味がわからなかった。
ジークムントも驚いていた。収穫物での税を廃止したことで、村々では育てやすい食物を育て始めた。それらを、行商人が買い取って別の村に持っていく、それだけのことなのに、税収に結びついた。
今までの流れと状況をまとめた資料を作成した。
資料作成だけで、3日も必要になってしまった。
父上に報告するまえに、ジークムント殿下に確認してもらうことになった。
僕が書き上げた資料は、事実だけが書かれている。
「ハインツ」
「殿下?」
ジークムント殿下が、今までのことがまとめられている資料を呼んで僕の名前を呼んだ。
「俺には理解ができない」
「僕も同じです。ですので、聞かないでください。資料は、事実です。事実だけが書かれています」
「それはわかっている。俺が関係した案件も存在している」
「はい」
そうなのだ。ジークムント殿下が直接関わったわけではないが、神殿の別荘区の管理者はアーデベルト殿下なのだ。
「クラウスは、別荘区で限界まで購入したそうだな」
「はい。陛下も購入されたようです」
「・・・。ハインツ」
「はい。殿下」
「陛下は、俺に王位を譲って、神殿の別荘区に移住すると言い出した」
「・・・。殿下、レッチュ辺境伯も同じです」
「阻止するぞ」
「はい」
ジークムント殿下が僕と同じ考えであったのは嬉しく思うが、多分無理だろう。1-2年程度は伸ばせる可能性は残っているが、移住を阻止するのは無理だろう。
陛下や父上だけなら、可能だったかもしれないが、家令やメイドまで父上に協力すると、僕のちからでは無理だ。多分、殿下のところも同じだろう。アーデベルト殿下から神殿での生活を聞いているのだろう。多分、流れは止められない。
神殿の価値。
多くの者は、アーティファクトと考えるだろう。
僕も最初はそう思っていた。
馬なしで走る馬車。それだけの存在ではない。通常の馬車の10ー15倍の速度で移動できる。荷物は、アーティファクトの大きさで違うが、最小でも馬車と同等の運搬能力がある。神殿の主しか使えない物に至っては、推定100倍だと言われている。サンドラが言うには、それでもまだ余裕があるのだと教えられた。
確かに、大きなメリットだ。神殿のわかりやすい価値だと言える。
商人たちは違う見方をしている。
神殿の主が許可する形にはなっているが、住んでいる者たちに価値を感じている。ドワーフの工房から生み出される品。酒精は、王国では手に入れた者は、自慢するために、酒精を披露するためだけにパーティーが開かれるほどだ。武器も一級品だ。家宝物の宝剣が売られている。それだけではなく、神殿からの産出に頼っていた魔道具の再現が成功している。商人たちは、買い漁った。商人は、神殿の価値を生み出される魔道具や武器や酒精。迷宮区から産出する素材だと感じている。
確かに、大きなメリットで、神殿の価値だと言える。自由に研究ができる場があるから、職人が居着く環境が提供出来なければ意味がない。商人だけではなく、職人に取っても神殿には価値がある。
民にも神殿は価値がある。
移住を求める難民は後をたたない。しかし、神殿は無条件に民を受け入れているわけではない。安全に生活ができる環境を提供している神殿への移住を考えるのは当然の成り行きだ。レッチュ伯領でも住民の移住が増えそうになった。サンドラの献策を採用しなかったら、住民の流出が発生したかもしれない。それだけ、神殿は魅力的に見えるのだ。
「ハインツ。最後にまとめられている。”神殿の価値”だが、ハインツが考える価値はなんだ?」
「質問に、質問で返してもうしわけないのですが、殿下は”価値”をどこに見ますか?」
「俺か?俺は、神殿が抱える武力が一番の価値だと考える。武力を支える、搬送能力があるために、遠隔地でも適切な武力の行使が可能になる。今まででは考えられない方法だ。武力とそれを支える輸送能力こそが、神殿の価値だと思う」
「たしかに・・・」
「ハインツは違うのか?」
「僕が思うには、神殿の主・・・。ヤス殿の知識と、姿は誰も見たことがないとマルス殿の知識ではないでしょうか?武力も輸送も研究も全て、ヤス殿とマルス殿の知識に支えられていると思います。神殿の価値は、お二人の知識だと考えます」
僕が、最後にまとめたのは、ヤス殿とマルス殿がサンドラやアーデベルト殿下に語った統治や”物流”に関する知識だ。
神殿が”価値”のある存在として認識されたのも、ヤス殿とマルス殿の知識が有ったからだと確信している。
僕がまとめたノートをジークムント殿下は読み終えて、いくつかの訂正と補足を頼まれた。
ジークムント殿下は、僕の名前で報告書を陛下に提出してくれると約束してくれた。
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