【第三章 帝国脱出】第二十八話 少年理解する

 

俺は、イザーク。
本当の名前は知らない。親の顔も知らない。産まれてから、スラムで生活をしている。

兄ちゃんが、貴族に殺されてから、俺がグループを引き継いだ。
アキ姉が、リーダーになるのかと思ったら、アキ姉から、俺がリーダーをやるべきだと言われた。俺たちのグループは、”盗み”をしない。人を傷つけない。兄ちゃんが決めたルールを守っている。

いや、守っていた。

一番年下のラオが怪我をしてねぐらに戻ってきた。探索者に殴られたようだ。剣で切られた場所もあり、血が流れている。アキ姉が、薬草で治療をした。血は止まったけど、今度は熱が出て苦しそうにしている。
ラオと仲がいい年少組が泣きそうな表情で看病をしているが、ポーションがあれば・・・。薬なんて買えない。スキルを使える者も居ない。このままでは、ラオが死んでしまう。

俺は、数日前から噂になっているおっさんを襲って、イエーンを奪うことを考えた。ラオが治れば、俺は警備隊に捕まって、奴隷になってもかまわない。アキ姉が居れば、グループは大丈夫だ。俺が、殺されても・・・。

アキ姉にだけ相談した。
もちろん、反対された。おババのところで、薬をなんとか貰ってくると言ってくれた。それで、治るとは限らない。

だから、俺は、拾ったナイフを持って、おっさんを襲う事にした。ナイフで脅せば、ポーションを買うくらいのイエーンが奪える。はずだった。

でも、アキ姉だけではなく、グループの仲間が俺を追いかけてきてしまった。ラオの症状から、もう限界だった。アキ姉も、俺の話を聞いてくれた。反対なのは、俺だけが犠牲になればいいと思っている部分で、俺とアキ姉の二人で謝ろうと言ってくれた。謝って許されないのはわかっている。だから、二人で奴隷になってでも、おっさんに尽くそうと言い出した。

おっさんがスラムに来る時間は決まっていない。
隠れて待っていると、おっさんが猫を連れて、スラムから出てきて、そのまま街の外に出て行った。

スラムの出口からおっさんの後をつけていた。街の外に出てくれるのなら、俺たちにとって都合がいい。

「行くぞ!」

自分に気合を入れるために、皆に声をかける。不安そうにしているアキ姉に、無理なら待っていて欲しいと伝えたが、一緒に行くと譲らなかった。俺も複雑だ。アキ姉が一緒だと嬉しい。頼もしい。でも、アキ姉が奴隷になるのなら、やらないほうがいい。アキ姉が、他の男の・・・。

おっさんから目を離していないのに、一緒に居た猫がいつの間にか居なくなっている。

おっさんは、何も考えていないのか、魔物が出る森に向かっている。
不思議と、魔物に襲われないで、森にある草原にたどり着いた。

おっさんは、俺たちの事に気が付いていた。

アキ姉がおっさんと話をして、大量の魔物が貰えることになった。これで、ラオに薬を買ってやれる。治して・・・。涙が出そうになるが、俺が泣いてはダメだ。俺は、グループのリーダーだ。

アキ姉とルルがおっさんのところに残る。
俺たちは、おっさんから渡された手紙をおババに届ける。それから、おババの指示に従うように言われる。この時間だと、門番が居るはずだ。おっさんから、門番に渡せと言われた手紙を持たされた。

いつもは、俺たちを見ると嫌な顔をする門番も、おっさんからの手紙を見せると、何も言わないで中に入れてくれた。それだけでも異常なのに、今日は優しく声をかけてきた。気持ちが悪い。

「イザーク?」

弟たちが俺を心配そうに見ている。しっかりしなければ・・・。

「悪い。おババの店に行こう」

おっさんから渡されたナイフを手で弄んでいた。
初めて、まともなナイフを持った。”俺はなんでもできる”そんな気分になっていた。でも、おっさんからナイフや武器を使わない方法を考えろと言われた。おっさんに言われて、俺だけが勝ってもしょうがない。俺は、みんなのリーダーだ。

「珍しいね。今日は、アキじゃないのか?」

正直、おババは苦手だ。
怒られたことはないが・・・。アキ姉が、信頼しているのも気に入らない。

「おババ・・・。これを・・・」

おっさんから渡された手紙を、おババに渡す。

おババは、手紙を受け取る前に、不思議そうな表情をしてから、裏側を確認している。

「イザーク。これは、どうした?正直に話しな」

この目だ。見透かすような目が・・・・。俺が、おババを苦手としている理由だ。

俺は、ラオのことを含めて、すべてを話した。

「そうか・・・。手紙を、確認するから、待っていな」

「うん」

おっさんからの手紙を丁寧に扱って、おババは手紙を取り出して読み始める。
途中まで読んでから、俺を見る。何が書かれているか、気になる。

おババは、読み終わってから、最初から確認するようにもう一度読み始める。
沈黙が怖い。

「あんたたち・・・」

呆れた表情を俺に向ける。

「??」

「イザーク。お前が襲おうとした人がどんな人か知っているのか?」

まーさんとかふざけた名前のおっさんだ。

「え?貴族に仕える奴じゃないのか?それか、商人だろう?」

「あの方。あの人が言ったのか?」

首を横に降る。

「そうか、あの人は、何か言っていなかったか?」

「”まーさん”とだけ・・・」

「まーさん?それが、お前に手紙を渡したお人の名前か?」

おババは、貴族でも豪商でも気に入らなければ、平気で追い払うと聞いている。その、おババがまーさんに対して貴族が使うような言葉を使っている?

「え?うん」

「もしかして、”まーさん”は、猫を連れていなかったか?」

猫?最初は、ペットかと思った。あの猫か?

「連れていた。めちゃくちゃ強い猫でびっくりした」

強かった。
魔物を簡単に倒して、咥えてきた。ギルドで見たことがある魔物もほぼ無傷だ。どうやったら、あの魔物を無傷で倒せるのか解らない。姉ちゃんたちでも、傷だらけにしてやっと倒していた。

「よく、お前たち、生き残ったな?」

「え?」

「最近、スラムが静かだとは思わないか?」

おババの言葉で、俺は弟たちを見るために振り返った。皆が、”そういえば・・・”と、何かしら感じていた。

「俺たちは、スラムの入口の安全な場所で暮らしている」

「聞いている。それで?」

「俺たちからイエーンを奪って行った奴らを見かけない」

それだけじゃない。
人から奪って生活しているような奴らも見かけなくなっている。

「そうか・・・。イザーク。その”まーさん”が、どこから出てきたのを見た?」

「え?スラムから・・・」

そう・・・。スラムから出てきた。

「そうだ。今、スラムの裏組織が潰されている」

「??」

「お前たちに暴力を振るって、イエーンを奪ったり、お前たちを捕まえて奴隷商に売ったり、犯罪を行っている連中だ」

「あっ!」

「そして、その組織を潰して回っているのが、”まーさん”だ」

「・・・??え!!!」

「よく、お前たち、生きているな。スラムで”まーさん”に武器を向けた者は、不思議な力で捕えられるか、再起不能な状態だ。アキまで巻き込んで、イザーク。解っているのか?」

おババの言っている話が解らない。

「まぁいい。まーさんからの指示を伝える。イザーク。お前には、拒否はできない。解っているか?」

「うん」

まーさんが、何をおババに頼んだのか解らない。
でも、俺は指示に従う。アキ姉の為にも・・・・。ラオの為にも・・・。

まーさんが、おババが言っているような”怖い人”には思えない。俺たちに、あんないいナイフを貸してくれた。
肉を食べさせてくれた。

まーさんなのか、猫なのか、解らないけど、俺たちの傷を治してくれた。
解っている。俺たちは、殺されても文句は言えなかった。アキ姉の言う通りに、辞めておけば・・・。ダメだ。ラオが・・・。

でも、アキ姉が交渉して、いい方向に向かっている。
おババの表情からも、そんなに悪い指示ではないだろう。簡単ではないと思うけど、俺たちには、もう残されていない。

ラオを死なせない為にも・・・。
俺は・・・。もう、誰も、失わない。

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