約束の記事一覧
2020/05/26
【第八章 踊手】第三話 薯蕷
晴海は図書館に用事があるわけではなかった。 祖父が寄与した蔵書があるはずなのだ。その中から、歴史に関係する本ではないが、”人食いバラ”とかの稀覯本もあると思っている。晴海の数少ない家族との思い出の中に祖父の書庫で見た”人食いバラ”が忘れられないのだ。 図書館の中は、静かだった。書生が居るわけではなく、ガードロボットが管理をしているだけだ。 晴海と夕花は、情報端末で身分を説明した。 「夕花、好きにしていいよ。僕も、気になる本を探したいからね」 「わかりました」 夕花は、晴海から離れて、歴史書が置いて…
続きを読む2020/05/25
【第八章 踊手】第二話 城井
晴海が運転する車は、旧国道150号を西に進む。 ここは、前世紀から石垣いちごを生産している場所だ。晴海は、窓を開けて外の空気で車の中を満たす。伊豆に居たときは違う潮の匂いが二人の鼻孔を擽る。 「夕花。寒くないか?」 「大丈夫です」 ここ百年の気候変動で日本もかなり平均気温が下がっている。氷河期が訪れようとしているのは間違いない。しかし、駿河の気候は安定している。地質学的に考えても不思議な場所なのだ。平均気温が下がって琉球州国でも年に数日は雪が降り何年かに一度は積もるような状況なのに、駿河は雪が降っても…
続きを読む2020/05/24
【第八章 踊手】第一話 上陸
「晴海さん。本当に、このままで・・・。行くのですか?」 「うん。だって、夕花が負けたのだから諦めようね。大丈夫。駿河が近づいてきたら着替えるのだし僕以外に夕花のそんな姿を見せたくないからね」 「解っていますが・・・。うぅぅぅ。恥ずかしいです。全裸の方が恥ずかしくないですよ・・・」 夕花も今の格好になって混乱している。晴海の前で裸になるのに慣れているので、裸の方が”まし”だと思ったのだが、客観的に考えて裸でクルーザーを動かすのはシュールだし危ない感じがする。 「大丈夫だよ。見ているのは僕だけだからね」 「そ…
続きを読む2020/05/23
【第七章 日常】第八話 濫觴
晴海と夕花は、晴海の運転する車で屋敷に帰ってきた。 翌日も試験が控えていた。翌日は、運転免許の更新と限定解除を行うのだ。教習所に通えばよかったのだが、能見が夕花に晴海と一緒に居る時間を大切にしてくださいと助言したので、免許更新時に試験を受ける方法を選択した。 夕花の誕生日ではなかったが、奴隷になったことで効力が停止されていた免許を復活させるためには手続きが必要になっていた。同時に、バイクの免許の取得を行うので、丸一日試験場に居る状態になる。 晴海も、夕花に合わせてバイクの免許を取得する予定にしていた…
続きを読む2020/05/22
【第七章 日常】第七話 怠惰
欲望をぶつけ合った翌日は昼過ぎまで惰眠を貪っていた。 起き出した二人は、昨晩の状態で放置された布団を見て、笑いあった。それから、”おはよう”のキスをしてから、洗濯物をまとめた。体力を使い果たしたと言っても若い二人は起きる頃には体力”も”戻ってきていた。 洗濯物をまとめる作業をしているが、服を着たわけではない。風呂から上がってきたのと同じ全裸なのだ。 晴海は、夕花の形のいいおしりを見て自分が反応しているのに気がついた。 「晴海さん」 「どうした?夕花?」 晴海もそれだけで解った。 夕花は、晴海の反…
続きを読む2020/05/21
【第七章 日常】第六話 性愛
夕花は、立ち上がった。晴海は夕花の姿を目で追った。 二人が居る露天風呂は星や月の明かりだけに照らされている。入ってくるときには、足元を照らすライトが点灯するが人が居なくなれば消えてしまう。 振り向いた夕花を照らすのは星の明かりだけだが、晴海には夕花がしっかりと見えている。夕花が微笑んでいるのも見えている。 「晴海さん」 夕花は、他にも言葉を考えていた。抱いて欲しいと口に出そうと思っていた。 しかし、自分を見つめる晴海を見てしまうと、名前を呼ぶのが精一杯だった。名前を呼ぶだけで心臓の音が晴海に聞こえ…
続きを読む2020/05/20
【第七章 日常】第五話 確認
晴海と夕花は精神的に疲れてしまった。晴海に送られてきた、家の情報は嘘ではないが本当でもなかった。うまく編集されていたのだ。全容だと思っていたものが一部でしかなかったのだ。 「晴海さん。先に、荷物を受け取りませんか?それと、食堂と7階のキッチンを見ておきたいのですが駄目ですか?」 「いいよ。食料もある程度は買ってきていると言っても、手探り状態なのは間違い無い。いろいろ調べよう」 「はい」 7階へ直通になっているエレベータはすぐに見つかった。 エレベータに乗ってみて解ったのは、パネルが新しくなっているので…
続きを読む2020/05/19
【第七章 日常】第四話 住居
狙っていた通りに、暗くなってから、六条が所有する離れ小島の前に到着した。 ナビが示しているのは、島の中央ではなく、海沿いになっている。島の全体が私有地なので、地図は表示されていない。 「晴海さん。入口が封鎖されています」 夕花が指摘した通り、島の入り口は封鎖されている。 厳重な門の扉が閉じられている。島に向かう道路にも高い壁と鉄柵で海からの侵入を防いでいる。 門には、ガードロボットが配置されている。武装が許可された物だ。 「大丈夫だよ」 晴海は、情報端末を取り出して近づいてきたカードロボットに認…
続きを読む2020/05/18
【第七章 日常】第三話 報告
晴海の運転する車は、旧国道414号を白浜方面に向けて走っている。年号が使われており、昭和や平成や令和と呼ばれていた時代と道は変わらない。伊豆中央道が出来てからは時間が停まってしまったような場所だ。 古き良き時代が好きで移り住んでいる者は居るが、そのような人物は多くない。生活の殆どを自給自足でまかないながら生活をしているので、生活道路となっている旧国道414号にも車の影は少ない。 国が管理していた速度規制が撤廃され、全ての道路で地域の生活様式に合わせた速度制限が定められた。 旧国道414号線の様に生活…
続きを読む2020/05/17
【第七章 日常】第二話 出発
晴海の目覚めは最高ではなかった。 昨晩、晴海は全裸の夕花に抱きつかれて寝たのだ。寝る寸前まで、夕花が身体を押し付けてくるので、耐えるのが大変だった。夕花は、晴海が反応したのを感じて安心したのか足を絡ませるようにして晴海を触りながら眠りについた。 晴海が寝たのは、夕花の寝息が聞こえてきてから30分ほど経ってからだった。 晴海の方が早く起きた。まだ身体を密着させている夕花のおでこに軽くキスをしてから、布団から抜け出した。 身体が夕花からする甘酸っぱい匂いで満たされていた。腕や足には夕花の柔らかい感触が…
続きを読む2020/05/16
【第七章 日常】第一話 告白
「晴海さん?」 「あっごめん。僕の奥さんがあまりにも可愛かったから見惚れていたよ」 晴海は本当に夕花の浴衣姿に見惚れていた。 「もぉ・・・。でも、嬉しいです」 晴海は、一つの出来事を忘れていた。頭の片隅には有ったのだが、能見との連絡ですっかり忘れてしまったのだ。晴海は、浴衣姿の夕花を隣に座らせた。 夕花は、言われたとおりに、浴衣姿のまま、風呂から出た状態で、晴海の横に座る。座るまでは良かったのだが、座った後で顔をあげられなくなってしまった。 風呂には、浴衣だけは一式用意されていた。 情報端末だけで…
続きを読む2020/05/15
【第六章 縁由】第七話 到着
「夕花。どの辺りを走っている?」 ベッドから起き出した晴海は、勉強をしている夕花に話しかけた。 モニターを見れば、大まかな位置は解るのだが、夕花に聞きたい気分だったのだ。 「先程、海老名サービスエリアを通過した所です」 「そうか、ありがとう。コーヒーが欲しい。濃い目に作ってくれ」 「かしこまりました」 夕花は、お湯を沸かして、ドリップを行う準備を始める。 濃さの調整は、ホテルでやっているので問題にはならない。 10分後に、牛乳をたっぷりといれたコーヒーが出来上がる。夕花は、自分の分も用意して晴海の…
続きを読む2020/05/14
【第六章 縁由】第六話 過去
晴海と夕花を乗せたトレーラーは圏央道を走っている。 制限速度内で、ゆっくりした速度を保っている。 晴海は、ベッドで横になっている。やることが無いわけではないが、急いでやるべきことが無いのだ。 夕花は、資格の勉強を再開した。すぐに必要になるわけではないが、試験の日付を考えると、勉強を再開しておいたほうが良いと思ったのだ。 勉強をしながら、晴海を観察している。 夕花は、自分の生まれも育ちも解っていたと思っていた。奴隷になって、市場で売られて、晴海に買われて、ここ数日で世界が一気に変わってしまったのだ…
続きを読む2020/05/13
【第六章 縁由】第五話 買物
晴海と夕花は、出来た時間を利用して、夕花は資格に関する資料を読み込み必要な情報を習得していた。晴海は、能見から渡された夕花の家族に関する資料を読み込んでいた。 晴海は、能見の報告書に違和感を覚えていた。 何がと言われると困るのだが、歯に何かが挟まった気持ち悪さを感じていたのだ。 「晴海さん?何かありましたか?」 「うーん。よくわからないけど、夕花を騙しながら、事業を続けていたにしては、お粗末だし、組織の人間が・・・!そうか!」 「え?」 「違和感の正体がわかった!夕花!お義母さんの墓が荒らされたと話し…
続きを読む2020/05/12
【第六章 縁由】第四話 誘導
『晴海様。追跡者の身元がわかりました。データを転送します』 「頼む」 晴海は、送られてきた情報を見た。 本人談の部分で笑ってしまった。 「礼登。こいつは、本気で言っているのか?」 『その様です』 「晴海さん?どうかされたのですか?」 「夕花。そうだ・・・。モニターを見て、今、礼登から送られてきた、俺たちを尾行していた男の情報だ」 晴海はモニターに情報を表示した。 — 本名:佐藤(さとう)太一(たいち) 年齢:23歳 職業:地方タウン誌の記者 賞罰: 13歳:窃盗犯捕縛に協力 15歳:盗…
続きを読む2020/05/11
【第六章 縁由】第三話 記者
– とある記者 — ひとまず、尾行には気が付かれていないようだ。 私は、房総州国でフリーのルポライターをやっている浅見だ。私の名前など忘れてくれて構いません。だが、私が正義の体現者である事は覚えておいて欲しい。私は、今、尾行を行っている。東京都の犯罪や越権行為を辞めさせるために確たる証拠が欲しいのだ。確かな情報を掴んだ。 奴隷市場が開催された場所に張り付いて居る。彼らが、ここで奴隷市場を開催して違法奴隷を売っているのだ。 奴隷市場では、違法奴隷を扱っていないと言われています…
続きを読む2020/05/10
【第六章 縁由】第二話 攀援
「晴海さん?」 「もう少し」 「あっはい」 会話にならない会話を二人は続けていた。晴海は、ソファーに自分が座って、膝の上に夕花を乗せて抱きしめている。 抱き枕ではないが、自分の膝の上に乗せて、夕花を横座りの状態にして抱きしめているのだ。夕花も最初は恥ずかしかったが、今は呆れ始めてしまっている。 「うん!夕花。テーブルの上に置いてある、情報端末を取って」 「はい。でも、私が降りれば・・・」 「ダメ」 「わかりました」 夕花は、晴海の上に乗ったまま身体を曲げて情報端末を取って、晴海に渡した。 晴海は、情…
続きを読む2020/05/09
【第六章 縁由】第一話 権力
晴海は、能見からの資料の扱いを考えていた。 寝ている夕花を見てから情報端末の資料を見る。 (能見の奴、こんな爆弾を用意していたのか?夕花を寝かせておいて正解だな。夕花の前で見ていたら・・・) 資料には、夕花の実家にまつわる調査結果(第一弾)が書かれていた。 夕花の父親が友人と立ち上げた会社は裏で密輸に手を染めていた。 州国間の貿易は認められている。州国によって取り扱いが違う商品は基本的には存在しない。大麻を合法化しようとした州国も存在したが、内外からの反対で廃案になった。 夕花の父親たちは、表向…
続きを読む2020/05/08
【第五章 移動】第六話 資料
晴海と夕花が、ベンチで固まっていると、礼登からのコールが入り、排除の完了が知らせられた。 二人は、トレーラーまで戻って小屋に入った。 「晴海さん。圏央道に入るのですよね?」 「そう聞いているよ?」 「いえ、谷田部パーキングエリアから、圏央道に入るジャンクションでは検問が有ったと思うのですが?」 「あるよ。でも大丈夫だよ。トレーラーの中までは調べないし、調べられても困らないからね」 「え?」 「だって、別にトレーラーで車や小屋を運んではダメだという法律は無いし、僕たちが荷物だとしても合法だよ」 「あ・・・…
続きを読む2020/05/07
【第五章 移動】第五話 休憩
晴海と夕花は、小屋から出て、改造されたトレーラーから外に出た。周りに誰もいない状況なのは、礼登から報告が上がっている。 「うーん!」 疲れてはいないが、小屋の中でさっきまで寝ていた晴海は身体を伸ばした。筋が伸びるのが気持ちよくて、声が出てしまった。 夕花は、そんな晴海を見て嬉しそうにしている。 「夕花?」 「はい」 「何か食べよう」 晴海が差し出した手を夕花が握った。 指を絡めるようにして握った状態で、パーキングエリアにあるフードコートの中に入っていく。 「パーキングエリアとか、サービスエリアとか…
続きを読む2020/05/06
【第五章 移動】第四話 戯事
「夕花?」 「はい?」 「いや、なんか不思議そうな顔をしていたからな」 「あっ・・・。先程、移動ルートを教えていただきましたが、かなりの距離ですし遠回りになっていると思います。時間も、相当ゆっくりとした速度で走られるのですね?」 礼登が示したルートを一般的な車の速度よりも遅い速度で走っても6-7時間で到着できる。オート運転だと、礼登の示したルートでは行けない。効率が悪すぎるのだ。夕花の指摘は当然なのだ。 「速度は、礼登に任せたからな。多分、僕たちを気にしていると思う」 「え?」 「通常速度で移動されて、急…
続きを読む2020/05/05
【第五章 移動】第三話 礼登
晴海と夕花は、ホテルに戻って、チェックインをしたフリをして、荷物だけを受け取ってエレベータに乗る。 一度、最上階まで登ってから、地下駐車場に移動する。トラクターにトレーラーを連結した状態で待機させてあると言われている。 「晴海さん。トレーラーは解ると思いますが、私たちが乗る車は、どれなのでしょうか?」 「能見さんが用意したから・・・。あった。あった。相変わらずだな」 「え?これが、そうなのですか?」 「そうだ。ナンバーが、863だろ?」 「晴海さん。愛されていますね」 「・・・。夕花・・・。可愛い顔して…
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