【第六章 縁由】第四話 誘導
『晴海様。追跡者の身元がわかりました。データを転送します』
「頼む」
晴海は、送られてきた情報を見た。
本人談の部分で笑ってしまった。
「礼登。こいつは、本気で言っているのか?」
『その様です』
「晴海さん?どうかされたのですか?」
「夕花。そうだ・・・。モニターを見て、今、礼登から送られてきた、俺たちを尾行していた男の情報だ」
晴海はモニターに情報を表示した。
—
本名:佐藤太一
年齢:23歳
職業:地方タウン誌の記者
賞罰:
13歳:窃盗犯捕縛に協力
15歳:盗撮犯捕縛に協力
18歳:過剰防衛にて、執行猶予1年 1年間の東京都立入禁止命令 3年間の海外渡航禁止命令
20歳:公務執行妨害。不起訴
21歳:公務執行妨害。不起訴。
公務執行妨害。不起訴。
過剰防衛。被害者と和解。起訴猶予処分。
22歳:東京都迷惑条例。領域侵犯罪。起訴猶予処分。
本人談
自分は、正義のフリールポライターの浅見だ。東京都の不正は、正義の使者である自分が暴く。
—
夕花は、他にも表示されている情報を読んで、黙ってしまった。だが、肩が震えているところを見ると、笑いをこらえているのだろう。
「礼登。それで、彼の目的は?」
『正義の執行じゃないのですか?捕縛して問い詰めますか?』
「その必要はないだろう。目障りだけど・・・。東京都の不正か・・・」
「晴海さん。正義の・・・ルポライターの浅見・・・さんに、あの人がやっていた薬の売買に関しての方向を逆にして知らせられませんか?」
夕花は、途中まで笑いを堪えるのに必死だった。途中で落ち着いて話ができるようになった。
「ん?」
「東京都の一部の特権階級が、周りの州国に大麻や合成麻薬を売りさばいているという噂を流す。その時に売人は外部の人間だと」
『奥様。大筋はよいと思いますが、能見様からお聞きした情報をベースにシナリオを考えたいのですが、ご許可を頂けますか?』
「お願いします」
『奥様。ありがとうございます。正義のフリールポライター殿には、踊ってもらいましょう。奥様のお父様のお名前を出しても構いませんか?』
「お父様などと呼ぶ必要がない人です。あの人の名前と私が知っているパートナーの名前を晴海さん経由で送ってもらいます」
『わかりました。その御仁の名前を、正義のフリールポライター殿が知るように誘導します』
「任せていいか?」
『お任せください』
礼登は、外から通話ではなく、メッセージの送信機能を使って、晴海と夕花に情報を伝達してきた。
『晴海様。奥様。出発は、1時間後の予定です。ゆっくりとお休みください。正義のフリールポライター殿の視線が外れましたら、ご連絡します』
「わかった。礼登。無茶するなよ」
『はい。御心のままに・・・』
礼登は、最後だけ音声で晴海の命令を受諾したと伝えてきた。
通信を切って、礼登はシナリオを考え始めた。ある一部で頭を悩ませていた。
嵌める相手は、正義のフリールポライターの浅見だ。途中で失敗して、狙っている奴らに情報が流れる事態を想定しなければならない。
(晴海様の近くに、これ以上、キャラクター性を持った男性を近づけたくない)
礼登の思いはその一点だった。
能見や礼登以外にも、晴海の周りには一芸に秀でた男性が多く集まっている。一芸に秀でた変人という扱いで、世間から爪弾きにされた者も多い。晴海はそれらの者たちを集めて組織を作って、自分の手足として使った。
礼登から見て、正義のフリールポライターは、晴海が好きそうなキャラクター性を持っている。
夕花からの提案は、いろいろとメリットが多いわりに礼登にはデメリットが少ない。
一番のメリットは、夕花を狙っている連中で不明な部分が多い組織を炙り出せる可能性が出てくる。夕花の父親の名前を出せば、解る者ならそれだけでも危機感を持つだろう。それが、正義のフリールポライターが持っている資料にある。他に、どんな情報を知っているのか、無難に接触するのか、拉致という短絡的な行動に出るのかはわからない。拉致されたとしても、礼登は問題には思わない。もしかしたら、晴海から叱責される可能性もあるが、礼登はそれが”ご褒美”だと言える感性を持っている。どちらに転んでもメリットなのだ。正義の(以下、略)が、本当に夕花の父親まで行き着いてしまったら、そのときに考えればいいので、メリットでもデメリットでもない。
礼登も能見も、晴海が大麻や合成麻薬を忌み嫌っているのを知っている。
一族や分家、子家だけではなく、百家に至るまですべての関係している家に、合成麻薬及び関連の商品を扱った場合には、徹底的に攻撃すると宣言した。
これから、晴海が生活の拠点にする。伊豆や駿河で合成麻薬を扱っていた組織は全部潰した。個人の売人までは手が回っていないが、それらを東京都や東京都に雇われた連中にやってもらおうと考えたのだ。
礼登が30分かけて考えたシナリオを、能見が多少手直ししただけで、作戦として実行された。
作戦と言っても、正義の(以下、略)に、情報がうまく渡るように誘導するだけだ。
—
私は、正義のフリールポライターの浅見だ。何故、浅見と言っているのか?
答えは簡単だ。フリールポライターは浅見と昔から決まっている。この名前なら、綺麗な女性と知り合う可能性があがる。事件を解決出来る。しかし、私にも兄は居るが、兄は公務員ではない。それだけが違う。他は、私が正義のフリールポライターの浅見であることを証明している。
悪の権化であり、庶民の暮らしを壊して、違法奴隷を運んでいる。東京都の人間を、尾行している。私の尾行は完璧で見破られていない。悪人は、正義には勝てないのだ。
悪人は、私の存在には気がついていない。30分くらい前に動きがあった。情報端末で誰かと会話をしたようだ。その後、すぐに動くかと思ったが、座って悩み始めた。もしかしたら、私の正義の心が、悪人に届いて、良心の呵責を感じているのかもしれない。いや、そうに・・・違いない。
男の横にカップルが座った。
あれは、スパイ映画でよく見る重要書類の受け渡しだ。正義の(以下、略)は、騙されない。きっと、違法奴隷を連れて行く場所の指示を持ってきたのだ。だから、男は数時間も同じ場所で待っていなければならなかったのだ!さすがは、私。凡人には計り知れない天才的なひらめきだ。
カップルは、フードコートからの呼び出しで席を立つ。うん。自然な動きだ。男がどうする?
男は、近くにあった情報端末に触れて、何かを注文した。そうか、自然な形で席を立って、カップルから情報をもらうのだろう?
私が見張っているとは気が付かないで愚かなことだ。やはり、悪は栄えない。間違いない。カップルを探すが、姿はもう見えない。私が目を話した少しの時間で、男は立ち上がって、フードコートの場所に移動していた。男が座っていた場所に、何か情報が残っているはずだ。男が何も持っていないので、まだ受け取っていないのだろう。
カップルを見つけた。離れた場所で食事をしている。二人だけでボックス席を使っている。うまい具合に他からは死角になって見えないが、正義の(以下、略)の目からは逃げられない。彼らがよく見える場所に移動する。
男は、ソフトクリームを受け取ってフードコートを出ていった。
そうか!この天才であり、正義の(以下、略)が居るから避けたのだな。違う。男は、私の存在には気がついていないはずだ。そうだ。わかった。カップルが食事を終えて席を立つ瞬間にボックス席に座って情報の受け取りをするのだろう、間違いない。
カップルが席を立った、食器を返しにいくようだ。
目で追ったが、カップルがボックス席に戻ってくる気配はない。男は、フードコートの前から元いた場所に戻っている。動く気配がない。男が何か受け取った気配もない。
”房総州国からお越しの佐藤一太様。佐藤一太様。至急、会社にご連絡ください”
焦った。私の世を忍ぶときの名前と似ていた。反応して、情報端末を確認してしまった。情報端末で示されている最新の着信は、三週間前にかかってきた勧誘だけだ。私への連絡ではないようだ。
男が立ち上がって、私の方に情報端末を操作しながら近づく。
”はい。佐藤です。社長!もうしわけありません”
”え?サボっていたわけじゃ”
”はい・・・。え?あっGPSですか・・・?もうしわけありません。トラクターの調子が・・・。いえ、大丈夫です。中身?大丈夫です。古着ですよね?はい。先方が怒っている?わかりました。急ぎます”
男が持っていた、悪の心は私の正義の心で浄化されたようだ。
カップルが座っていた席を見ると、封筒が置かれている。
やはり、悪は、あのカップルだったのだ。私は正しかった!
誰かと情報のやり取りを行うための者だろう。相手が遅いので確認しているのだろう。私の目には狂いはなかった。この狭山パーキングエリアを根城にした悪の基地があるに違いない。
そうだ!あの封筒を、私が取得してしまえば、悪の組織に情報が渡らなくなる!私も、悪の組織の情報を得られる。
やはり、私が正義なのだ。私が正しいから、間違った道には進まないのだ!
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