【第七章 日常】第五話 確認
晴海と夕花は精神的に疲れてしまった。晴海に送られてきた、家の情報は嘘ではないが本当でもなかった。うまく編集されていたのだ。全容だと思っていたものが一部でしかなかったのだ。
「晴海さん。先に、荷物を受け取りませんか?それと、食堂と7階のキッチンを見ておきたいのですが駄目ですか?」
「いいよ。食料もある程度は買ってきていると言っても、手探り状態なのは間違い無い。いろいろ調べよう」
「はい」
7階へ直通になっているエレベータはすぐに見つかった。
エレベータに乗ってみて解ったのは、パネルが新しくなっているので、パネルだけ変更したのだろう。直通になるように設定を変えて、各階のドアを塞いだのだろう。セキュリティを考えれば当然の処置なので、文句は言えない。地下のエレベータも偽装が施されていて、情報端末がなければ解りにくい状態になっている。
”そこまでする必要があるのか”と、いう素朴な疑問は、晴海も夕花も考えたが、能見がやったのだろうと納得した。
7階に上がった夕花は、窓を開けて空気の入れ替えを行う。掃除はされているが、空気が淀んでいるように感じたのだ。建物は余裕を持って作られている。7階と言ってもビルで言えば10階相当だ。高台に作られているので、天守よりも高い建物は近くにはない。北側と西側は海になっている。今は暗く波の音だけが聞こえる状態だが、昼間なら駿河湾がしっかりと見える。それだけではなく、州国の名前にもなっている富士山もしっかりと見える位置なのだ。富士の工場地帯の明かりが遠くに見える。海には、釣り船だろうか漆黒の中に明かりが見える。船の小さな明かりが海の漆黒を際立たせている。
「綺麗」
夕花の口から零れ出た言葉だ。それ以外に表現できないのだ。
「そうだな。能見の掌の上だと思うと癪だが、この景色は最高だな」
「はい」
夕花は、晴海の腕に掴まって、海を見ている。
晴海は、この状況で夕花が何を望んでいるのか解らないほど鈍感ではない。夕花の肩に手を置いて、抱き寄せる。
「はる・・・」
夕花が視線を海から晴海に移す。
夕花の言葉を晴海の唇が塞ぐ。
「夕花。荷物を片付けよう」
「はい」
少しだけ残念そうな顔をする夕花だったが、荷物の整理をしておかないと、生活が始められない。急務なのは荷物の整理だ。生活が出来る状態ではあるけどタオルや歯ブラシなどの細かい物は全く無い。買ってきた物を整理する必要がある。
「夕花。冷蔵庫や食材の確認を頼む。あと、キッチンの設備の確認も頼む」
「はい。地下も確認しますか?」
「うーん。地下は、一緒に行こう」
「はい」
夕花は、晴海の指示に従って、7階にあるキッチンに足を踏み入れた。
(本当に、二人で暮らすのに不足がない設備が揃っている)
食材の確認を終えて、晴海の所に戻ると、片付けが終わっていた。
「晴海さん。食材は、4-5日分です。節約すれば、1週間程度は大丈夫です」
「キッチンは?」
「あっ揃っています。使い方も大丈夫です」
「それはよかった」
キッチンの調理器具も揃っている。
二人は、そのままシェルターに移動した。
「へぇこうなっているのか」
晴海は、エレベータを降りた先にあるシェルターの入口を見て驚いていた。
「晴海さん。ご存じではなかったのですか?」
「あっうん。初めて降りてきた。屋敷には一度だけ来たことがあるけど、7階は初めてだよ」
一般的に流通しているシェルターではなく、軍が使っているシェルターが地下には設置されていた。
化学兵器や核兵器の攻撃にも耐えられる物だ。そして、内部には、植物プラントがあり酸素の供給と植物の供給が可能になっている。家畜は持ち込む必要があるが、スペースが確保されている。
「・・・。シェルターを使うような場面にならないのがいいのですよね」
「夕花の言う通りだ。シェルターの存在を忘れるくらいの生活が一番だよ」
「はい」
二人は、それが難しいだろうとは思っている。世界情勢も、半島から始まった紛争が戦争になり世界大戦となった。その第三次世界大戦が終結してから、まだ50年も経っていない。核の使用は”なかった”ことになっているが、発射指示を出してしまった独裁者が居た。発射は、寸前の所で回避出来た。アジアの片隅で始まった紛争が世界大戦にまで大きくなるのに時間は必要なかった。東アジアには多くの火種が燻っている。いつ火種が紛争になり戦争になっても不思議ではない。
「うん。夕花。食堂を見よう。使わないだろうけど、食材があったら無駄になってしまう」
「・・・。そうですね」
シェルターから7階に戻って、地下に移動する。直通で繋がっているために移動は面倒に感じるがしょうがないと割り切るしか無い。晴海か夕花が非常時だと認めた場合には、地下からもシェルターに移動できる。しかし、シェルターから移動できる場所は二箇所だけだ。
地下に戻ってきた晴海と夕花は、改めて食堂に足を踏み入れた。
元々は軍の施設だったために、千人規模が一度に食事が採れるようになっていた。
「能見・・・。食券の販売端末まで残しておく必要はないよな?フルオートだよな?はぁ・・・。夕花。どうしたらいいと思う?」
「え?何か・・・。あぁ・・・。無理です。晴海さん。私では対処できません」
夕花は、広さに唖然としていたが、晴海が見ていた食券の販売端末を見て、頭痛を覚えた。
食堂はフルオートになっているようだ。保存食を温めて提供してくれるようになっている。なので、決まったメニューしか提供されていない。それでも、飽きないように10種類程度のメニューが用意されている。販売端末で注文をして、出てきたトレイを持ってレーンを進めば、料理が提供される仕組みになっている。
組み合わせを選べるようになっているので、質は置いておくとして量に関しては満足出来る物だ。
販売端末は、情報端末にも対応しているので、予め注文を決めておいて読み込ませる方式でも注文が可能になる。
晴海と夕花が頭を押さえた理由は、販売端末に表示されているメニューの名前にある。
”ただよしから愛のお・ね・が・い(はあと)”
”愛する晴海様に捧げる愛の唄”
”愚者礼登の涙”
”夕花奥様への嫉妬”
そんな名前のメニューが並んでいる。丁寧に、写真は全部消されている。
「こんな物、頼めるか!」
夕花は、晴海に同意した。
そもそも、”奥様への嫉妬”とかわけがわからない。大丈夫なのか疑わしい内容さえもあった。夕花は、好奇心に負けて”夕花奥様への嫉妬”なるメニューを選択してみた。通常ならメニューで使われている食材やアレルギーの説明などが表示されるが、表示されたのは、”能見がどれほど晴海を愛しているのか”が説明するような文章が書かれていた。その後には、”夕花に嫉妬しているのか”を説明してあった。
夕花は、見なかったことにしてメニューを閉じた。
食堂では精神を削られたが、浴場は違っていた。
能見が力を入れて改装したと説明されていた上に”ひ・み・つ”となっていたので、二人は嫌な予感しかしていなかった。
いい意味で裏切られて、悪い意味で予想通りの展開になった。
予想通り、入口は別々になっていたが脱衣所から一つになっていた。
二人は、あまりにも予想通りの展開に笑ってしまった。晴海も夕花もお互いを見たが、服を抜いで浴場に向かった。夕花は、恥ずかしかったが、晴海から伊豆に着いたら”抱く”と言われている。お風呂なのかもしれないし、寝室なのかもしれない。もう心は決まっている。早く抱いてほしいとさえ思っている。
全裸のまま二人は隠しもしないで浴場に入る。
最初は、かけ湯があり、足にかけてから身体にぬるいお湯をかける。正面には、高温サウナが設置されていた。その横には、低温サウナがあり、さらに極寒のマイナス10度に設定されている部屋が用意されていた。風呂も大浴場は二人で入るには広すぎる風呂だ。寝湯まである。ジェットバスもある。どれだけ力を入れたのかわからないが、立った状態で入る風呂まで用意されていた。
ラジウム温泉や壺風呂まで用意してあって、夕花はアトラクションに来たかのような気分で嬉しくなってしまった。
全裸のまま晴海の手を引っ張っていろんな風呂に入る夕花を見て晴海も嬉しくなった。
最後は、崖の部分から突き出して作られた簡易的な露天風呂に行く。風呂の一部が透明になっていて、下が見えるようになっていた。
「すごいです。晴海さん」
「そうだな」
晴海は、はしゃぐ夕花を見ながらゆっくりと空をみた。
瞬く星空が今日だけは輝いて見えた。
夕花は、星空を見る晴海の肩に頭を乗せて寄りかかったまま、暗く何者も寄せ付けない海を見ていた。
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