【第八章 踊手】第五話 秘鍵

   2020/05/28

 晴海は、夕花の隣に戻った。
 能見と話をして情報が増えてモヤモヤした気持ちを、頭を冷やすためだ。

 情報端末で、表向きの情報を読んで見て、情報を整理してみる。

 文月コンツェルン
 東京都に本家を置く企業の集合体。爪楊枝から大陸弾道ミサイルまでがコンセプトのような企業だ。第三次世界大戦の後に大きくなった企業体で、戦争特需をうまく利用した。本体は、上場しているわけではなく、子会社や孫会社を次々と上場させ本体は株式の取引で大きくなった。
 現在の会長は112歳になる文月巌だ。日本の平均寿命が、110歳だと言われている昨今だが、老齢であるのは間違いない。ここ数年、文月の公式行事以外では顔を出さなくなったので、重病説も囁かれている。
 文月巌は50年前に心臓の病気で移植以外では助からないとまで言われた。当時は、ドナーがすぐには見つからなかった。3年後にドナーが見つかって移植手術を受けた。手術までの3年の間、文月巌は人工補助心臓で命を繋いでいた。

 やはり、情報を読めば読むほどに、晴海は夕花の母親と思われる少女の誘拐事件が不思議に思えてくる。
 簡単に誘拐されるだろうか?3日後に解放で乱暴されていた。不思議に思えてくる。警察だけではなく、軍にも話が出来る巨大な企業体のトップの孫娘だ。誘拐が可能なのか?当時、対抗出来る組織は海外を探さないとないだろう。

 目的は違ったのか?

 晴海は、とりとめもなく思考の渦の中に居た。
 答えはわからない。その場に居たものでも、思惑が絡んでしまえば、真実は複数の顔を持つ。

 いつしか、夕花の体温と誘うような匂いの中、晴海は意識を手放した。

”晴海。この本は鍵だ。お前が必要になったら本が示す場所に行きなさい。月に注意しなさい。月の裏側は見えないのだから・・・”

「おじいさま・・・。僕は・・・」

「晴海さん!晴海さん!」

 ゆっくりと晴海は目を開ける。
 なにか懐かしい夢をみていた気分だ。

「あぁ夕花。おはよう」

「よかった・・・。晴海さん。大丈夫ですか?」

「ん?どうした?」

 晴海は、心配そうに見つめる夕花を安心させようと布団から上半身を起こそうとしたが、腕に力が入らない。

「あれ?」

「晴海さん。すごく、うなされていました」

「そう・・・・。それだけじゃないよね?」

「はい。立ち上がって、ベッドから落ちて・・・。ごめんなさい。僕、支えようと・・・。なんとかベッドには戻って貰ったのですが・・・」

「いいよ。腕が痺れているだけみたいだし、時間が経てば治るだろう。でも、帰りの運転は任せていいよね?」

「はい。お任せください」

「夕花、冷蔵庫に冷たい飲み物があると思うから適当に持ってきて、喉が渇いたよ」

「はい」

 夕花は、スポーツドリンクを選んで晴海に渡す。水分補給なら水やお茶よりも良いだろうと思ったのだ。

「ん。ありがとう」

 晴海は、渡されたスポーツドリンクを一気に飲み干した。よほど喉が渇いていたのだろう。

「ふぅ・・・。夕花。この辺りは詳しい?」

「ごめんなさい。この辺りはあまり来たことが無くてわかりません。北街道きたかいどうまで戻ればわかります」

「そうか、朝からやっている店に行ってなにか食べよう」

「わかりました。街道沿いの店に入ればいいですよね」

「そうだな。チェーン店なら味も大丈夫だろう」

「わかりました」

 二人は部屋から出て、駐車スペースに向かった。
 夕花が運転席に座って、運転する。5分も走れば街道に出る。そのまま、北街道を西進する。朝粥を出してくれる店があったので、入って食事を摂る。

「今日は、午前中は市内をプラプラしてから、学校に行こう。教授に話を聞かなければならない」

「わかりました。私は、昨日の続きで図書館に行きたいと思います」

 晴海は店の時計を見た。

「市内もそろそろ開き始めるだろう。文房具とか必要な物を買っていこう」

「はい」

 時計は、10時を指している。
 生活用品は購入していたが、学校で使う物をあまり用意していなかった。夕花も、大学で買い揃えればいいと思っていたのだ。

 市内の駐車場に車を停めて、街中を散策しながら買い物を楽しんだ。

 夕花は文房具とリュックを買った。晴海もリュックを買ったが文房具ではなく、タブレットを2つ買った。ペンタブにもなる物だ。対応している器材を含めて購入した。タブレットの一つは夕花に渡した。夕花が購入した文房具がペンタブに対応していたので、メモがそのままペンタブに入力できる仕組みになっている。

 昼は学食に行ってみようと話をして、買い物を12時までに終わらせて、大学に移動した。

 門のガードロボットに情報端末をかざすと空いている駐車スペースに案内された。昨日は、客用のスペースだったが今日は学生用の離れたスペースに案内された。

「夕花。教授に会いに行こう。夕花の研究所を認めてもらったけど、場所までは聞いていないよな?」

「はい。でも、昨日のお話では設営に時間が必要だと伺ったので、本日は図書館で疑問点や専修内容をまとめようと思っていました」

「あぁそうだな。別件で話をしてくるから、図書館で落ち合おう」

「わかりました。あっ晴海さん。僕、集中すると周りが見えなくなるので、晴海さんが来たら・・・」

「そうだね。情報端末に接近したらアラームで知らせるように設定しよう」

「わかりました!お願いします」

 晴海は自分の情報端末を子にして、夕花の情報端末を親にした。接近を認識出来るように設定を行った。

「これで、できた。まずは、学食に行こう。朝粥だけじゃ流石にお腹が減ったよ」

「そうですね」

 情報端末に学食の位置を表示させて、二人は移動した。
 晴海の整った容姿も目立つのだが、夕花も美少女から美女に変わりつつあり、二人で並んでいると街中ではそれほどでもなかったが、学校という、限られた場所ではかなり目を引く存在になっている。

 女性は、晴海を見て目を奪われて、横に居る夕花を見て諦める。男性も夕花を見てから晴海を見て、怒りにも似た感情を晴海にぶつけるが、六条の家に生まれた晴海は嫉妬程度の視線では何も感じない。
 夕花は、自分が見られているのは、晴海の隣に居るからだと思っている。
 しかし、同世代が通う場所では、頭一つか二つくらい抜けた経験をしている夕花は少女の面影を残しながら女として色気を出している。だが、夕花が関心を寄せるのは隣を歩く自分の主人である晴海だけだ。有象無象に関心を寄せられてもなんとも思わないし、嬉しくもない。

 目ざとい者は、晴海と夕花が同じ指輪を付けているのを見ている。
 学生結婚は珍しくはないが、多いわけではない。二人で同じ指輪をしている時点で入り込む隙間がない状況を認識した。そして、夕花がしているネックレスを見て晴海の財力が学生の範疇ではないだろうと勝手に解釈した。

 二人は、同世代から嫉妬が過大に混じった視線を感じながら、食券を購入した。
 食堂は一昔前のスタイルで、お盆を持って順番に料理を受け取っていくのだ。雇用促進の意味もあり大学では、近隣の主婦を配膳のアルバイトとして受け入れていた。晴海と夕花は、朝粥を食べたが普通に定食を選んだ。味がよく解らなかったので無難に定食にしたのだ。

 二人で並んで料理を受け取っていく。

 晴海の選んだ定食では椀物はなかったが、夕花の定食には椀物が付いていた。
 椀物の配膳を担当している主婦が夕花に話しかける。

「モデルさんみたいな二人だね。恋人・・・。いや、夫婦なのかい?格好いい旦那さんだね」

 夕花はいきなり話しかけられてびっくりした。

「え?あっはい」

 晴海は、先に行って飲み物を取ろうとしていた。

「夕花。お茶でいいか?」

「はい。温かいのが嬉しいです」

「わかった。席を取っておく」

「わかりました」

 主婦が笑いながら夕花に椀物を渡してくれる

「いい旦那さんだね」

「はい。自慢の旦那さまです」

「はいよ。熱いから、注意してね」

「はい。ありがとうございます」

 夕花は、主婦から椀物を受け取って、晴海が座って待っている席に急いだ。

 席に付いた夕花と晴海は食事を始める。
 食事が終わってから、晴海はお茶を飲み始める。

「夕花。周りに知った顔や見たことがある顔はあるか?」

 晴海は、立ち上がりながら夕花に質問する。

「いえ・・・。ないと思います」

「ありがとう」

「どうしました?」

「ん?少しだけ気になった。見られていたり、視線を感じたりは、いつもと同じだけど、気持ち悪い感じがしたから、知っている顔が居ないか見たが居なかったから、夕花を見ているのかも知れないと考えたのだけど・・・。違うのか・・・」

 夕花は、自然に周りを見回すが結果は同じだった。

「そうか、ありがとう・・・。図書館なら、ガードロボットが居るから大丈夫だと思うけど、注意してくれ」

「わかりました」

 晴海は、夕花を図書館まで送っていってから、城井にコールを入れて、今から訪ねると連絡を入れた。

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