【第九章 神殿の価値】第二十六話 ハインツノート1

 

 僕の名前は、ハインツ。クラウス・フォン・デリウス=レッチュ辺境伯の長子だ。

 ”俺”という一人称を使ったり、”私”と言い換えてみたりしているが、”僕”が一番しっくりと来る。

 今の僕の役割は、妹のサンドラからくる情報を、父や派閥の長陛下に伝えるのが仕事になっている。
 こんな状況になってしまったのには理由がある。

 僕の弟である、ランドルフの問題行動に起因している。
 最初に話を、サンドラから聞いた時には、僕が自ら手を汚して殺してやろうかと思った。

 サンドラの機転と、神殿の主の温情によって救われた。
 本当なら、父上と僕の命を差し出すくらいの失態だ。特に、リーゼ嬢を、一般的なエルフと同列に扱ったのが間違いの始まりだ。それだけなら、まだランドルフの首を差し出せば許された可能性も有ったのだが、ランドルフは神殿の攻略者をないがしろにするような発言を繰り返して、派閥の者に聞かれてしまっていた。これで、ランドルフの首だけで済む話ではなくなった。
 サンドラからの話を聞いて頭が痛くなったのは、リップル子爵やアデヴィト帝国と繋がっているような疑いが出てきたと教えられた辺りからだ。

『兄様』

「サンドラか?それで?」

『間違いありません。子爵家からの資金援助を受けています』

「証拠は?」

『あります。マリーカが見つけてきました』

「そうか・・・。父上は?」

『ヤス様の提案を受けることをお決めになりました』

「ヤス様?神殿の主だな?」

『はい。ヤス様とお父様がお話をされて・・・』

 内容を聞いて納得した。それなら辺境伯家が責任をかぶる必要が少ない。それだけではなく、もしかしたら・・・。

「わかった」

 それからは、一つでも読み間違いがあれば、自分たちの首が飛んでいたかもしれない内容のオンパレードだ。
 全て、神殿の主ヤス殿が描いた道筋だとは考えたくなった。

 サンドラから聞かされる話や、父上からの話。神殿に潜り込ませている部下からの報告。全てが、同じ内容になっていた。

 誰が、筋書きを書いたのかわからないが、公爵と侯爵が失脚した。一部の者しか知らされていないが、二人は既に死んでいる。今、神殿で監禁生活を送っているのは、神殿が用意した魔物が乗り移った?者だ。記憶も引き継いでいるらしいので、生前と矛盾は”丸く”なった程度で、監禁生活が堪えているのだろうと誰もが考えている。父上に、聞かされた時には、僕には黙っていてほしかったと本気で思った。こんな重い秘密を僕にまで引き渡さないで欲しい。
 王女殿下であるアデーが国王を説得して実現したことのようだ。

 神殿の勢力だけで、帝国とリップル子爵と派閥連合を、一人の死者も出さずに撃退した。
 僕だけではなく、貴族社会に激震が走った。父上は、神殿の主であるヤス殿の下に、サンドラを人質とも取れる内容で出している。他の貴族も同じように、実行しようとしたが、王女殿下であるアーデルベルト様が神殿に人質の形として住むことになった。神殿の別荘区という場所を買い取って、住んでいるようだ。僕も、別荘区に住みたいと父上に進言したのだが、却下されたサンドラが既に神殿に住んでいるのに、僕まで行く必要がないと言うのが父上からの返事だった。
 父上の本心が違うのを知っている。家令のガイスト経由で聞いた話だが、父上は、今回の騒動が終息したら、”若い世代”に地位を譲るというもっともらしい理由で、僕に辺境伯の地位を受け渡すつもりのようだ。そして、父上はどうするのかと思うと、ガイストたちを連れて神殿の別荘区に移り住むつもりのようだ。名目上は、”新たな時代の辺境伯がいるのに、古い考えを持つ自分が居ては邪魔だろう”というもっともらしい理由を考えているようだ。ガイストも、神殿に移り住むことを承諾している。他にも、メイド長を含め多くのメイドが一緒に行くようだ。

 メモとして、残しておこうと考えて書き始めたが、いろいろありすぎて時系列でまとめられない。
 父上に対する文句ならいくらでもかける。それは、別のノートに書き連ねておこう。ついでに、サンドラへの文句も書いておこう。心の平穏のために・・・。

 侯爵派閥の人間たちが思った以上に失脚しない。公爵と侯爵が健全ドッペルとしてなのが理由なのかもしれない。殺してしまったほうが良かったと思うのだが、父上は違った考えを持っていた。侯爵派閥のトップが居なくなれば、派閥は二つに分かれて、その二つも更に二つに分かれる。こうして、少派閥が大量に出来るのは、統率を考えると手間なのだと教えられた。無能な状態でまとまっていてくれるのが一番良いのだと言われた、次点では、派閥の消滅だが・・・。その時には、派閥に属している全ての貴族を、取り潰す覚悟が必要になる。

 王城で行われている会議が3ヶ月にもなろうとしている時点で、風向きが変わった。父上やサンドラやジークムント殿下が”集積所”なる場所を作り始めたのだ。最初は、レッチュ伯爵領や王家の所領に作っていたのだが、神殿のアーティファクトを利用して、またたく間に物資を搬送して作り上げてしまった。それだけで、終われば軋轢は産まれなかった。神殿の主は、アーティファクトを神殿に住まう者たちに貸し出して、”集積所”から”集積所”までの物資の輸送を行い始めた。最初は、それほど意味があるとは思っていなかった。
 しかし、効果はすぐに現れた。村から村への輸送は馬車を使って、行商人が行っていた。しかし、長距離への輸送には適していない。護衛が必要になるし、大量に運ばないと意味がない物が多い。そのために、近隣でしか使われていない物が多かった。長時間の輸送に耐えられるような物は、大きな物が多くやはり馬車を使う搬送には適していない。余剰になっている物資を大量に安価で短時間で運んでしまうアーティファクトは、村や町や街で余剰になっていた物資を動かし始めた。必要としている場所に必要としている物資が届けば、町や村が発展する。
 ”集積所”の近くにある町や村が発展していくのだ、それだけではなく、情報という今まで貴族が握っていた物までもが回り始める。税が安い領へ、安全な場所へ、住みやすい町へ、人が流れるのは当然のことだ。そのために、領を治める者たちは、今まで以上に”民”に向き合う必要が出てきた。

 良い流れが産まれ始めた場所が出てくれば、淀む場所も産まれてしまう。
 ”集積所”の設置が出来ていない場所は、今までと同じ生活を続けていた。本来なら、何ら問題にはならなかったのだが、行商人が運ぶ物資や情報を得て、噂だけが広がってしまった。
 一部の貴族が”神殿の力アーティファクト”があれば自分たちも発展すると考えた。そして、古い貴族の価値観で無理を通そうとした。

 王家はそれを許さなかった。当然だ。神殿は攻略した者が統治する。王家が”この”不文律を犯すわけにはいかない。国の根本が崩れてしまう。
 しかし、皇国に連なる教会や、帝国は違った。神殿の力を、王国が独占するのなら”に武力で奪い返す”と通達してきた。一部の貴族が裏で動いたのはわかっている。また、神殿の主が今まででは考えられなかった手を打った。神殿の再攻略を許したのだ。冒険者を招き入れて、攻略を続けさせることだけでも信じられないのに、それ以上に部隊を導入して攻略を行うことを許したのだ。
 貴族家だけではなく、帝国や皇国もこの話に飛びついた。

 一人の人間が攻略を行ったと軽く考えていた者たちは、当初は雇った冒険者に守備隊を監視として送り出した。
 神殿の主は、信じられないことに、”集積所”まで来たら、アーティファクトで神殿まで運んだのだ。情報の売買も許した。しかし、それで攻略が進むわけではない。神殿に入っていった者たちは、”協力”するわけではなく独自で動く。足の引っ張りあいを神殿の”迷宮区”で行っていた。
 遅々として進まない攻略が3ヶ月を過ぎようとしている時に、帝国で内乱が発生した。神殿に兵を送った貴族に、近隣の貴族が攻め込んだのだ。内乱は、皇国でも発生した。皇国は、民に寄る反乱だ。虐げられている民が、奴隷と同様に扱われていた”二級国民”の”紋”なぜか消えるという事態になっていた。

 内乱は、王国でも発生した。
 王国内で発生した内乱は、神殿に兵を出して再攻略を行っていた貴族家で発生した。裏で、”誰か父上”が動いた可能性が高い。内乱は、即座に鎮圧された。死地神殿の迷宮区に送られそうになっていた守備隊の反乱だった。男爵家や騎士爵家が潰された。指示を出していた、寄り親の子爵家は、転封され力を落とした。王家派閥以外の者たちは、壊滅状態に陥った。伯爵家も存在したが、神殿の別荘区での謹慎処分となった。

 これが、”神殿”を発端とした狂騒だ。帝国や皇国は、まだ内乱が終息していない。
 王国は、王家の直轄領が増えた。小さいが、”集積所”と街道を整備した場所だ。