【第七章 日常】第三話 報告
晴海の運転する車は、旧国道414号を白浜方面に向けて走っている。年号が使われており、昭和や平成や令和と呼ばれていた時代と道は変わらない。伊豆中央道が出来てからは時間が停まってしまったような場所だ。
古き良き時代が好きで移り住んでいる者は居るが、そのような人物は多くない。生活の殆どを自給自足でまかないながら生活をしているので、生活道路となっている旧国道414号にも車の影は少ない。
国が管理していた速度規制が撤廃され、全ての道路で地域の生活様式に合わせた速度制限が定められた。
旧国道414号線の様に生活道路になってしまって、車の通りがない道路では、制限速度が撤廃されている場合も多い。定めても、取締が出来ないので、定めていないだけだ。そうなると、コミュニケーターの様に制限速度の範囲内で加速と減速を行う必要がある自動運転が難しくなり、必然的に通らなくなってしまう。
晴海は、制限速度が撤廃されているのをナビの印で認識してから、アクセルを踏み込む。限界の走りをしようと思っているわけではない。後ろから車が来ていれば、同じ様に加速するだろうと考えているのだ。晴海が旧国道414号を選んだには、ブラインドになるカーブが多く存在するためだ。尾行が居たときにも加速と減速を行い、発見できるからだ。加速後、ブラインドになっているコーナで減速する。
「尾行は居ないようだな」
「ん?」
夕花は、晴海の独り言に反応して、後ろを振り返る。
後ろから来ていた車が、パッシングを2回して晴海の横を加速して通り抜けていった。ただ、走りに来ていた人のようだ。
晴海の後ろから来ている車はもう見えない。横を通り抜けていった車も排気音だけを残して走り去った。
晴海は、ハザードを消してアクセルを踏み込む。
心地よい加速に気分を良くしていた。
夕花は、一連の流れがわからなかったのか晴海に質問をした。
「晴海さん。さっきの動きは?」
「ん?あぁ道を譲るから先に行ってとこちらが知らせて、後ろから来た奴もそれが解って、パッシングをして追い越していった。前に出て、加速するときにハザードを焚いたのは、礼だな」
「そうなのですね。教習所では習わなかったので・・・」
「そりゃぁそうだな。マナーというか・・・。昔からある約束事だからな」
「そうなのですね。晴海さんは、どうして知っているのですか?」
「うーん。能見が詳しくて、いろいろ教えてもらった」
「そうなのですね」
晴海の話は嘘ではないが本当でもない。晴海の知識は、能見から渡されたマンガやアニメから得ているのだ。
車を走らせて、夕花と他愛もない話しをして楽しんでいた。
白浜にあるショッピングモールに到着した。
「夕花。買い物に行こう」
「はい」
夕花は、車の中でも買い物リストを作成していた。
自分の生理用品は、晴海が買っておきなさいと命令したので、購入リストに入れたが、晴海の前で購入するのは恥ずかしいと思って、自分だけで買い物に行ってくると宣言した。先に、晴海との生活に必要な物を購入して、夕花の買い物を晴海が近くで待つという順番になった。
買った物はショッピングモールでまとめて運んでもらえるサービスがあるので利用する。
晴海と夕花は、ゆっくりと時間をかけて店舗を回った。
余計な買い物も、多くしてしまったが、夕花が楽しそうだったので、晴海も満足した。
夕花が晴海から命じられた自分の物を買いに行くというので、晴海は夕花が向かった店の出入り口が見える場所で、壁によりかかりながら待っていた。
情報端末に、能見からのコールがはいった。珍しく秘匿回線でのコールだ。
『晴海様』
「能見か?どうした?」
秘匿回線からのコールなので、能見も外からコールしているのが解る。多分、晴海たちを直接なのか間接なのかわからないが見守っているのだろう。直接接触ではなく、コールしてきたというのは何か緊急事態が発生した可能性があると思ったのだ。
『デート中。もうしわけありません』
「余計な話なら切るぞ?」
『今日のお食事の支度はいかが致しましょう?お屋敷で取りますか?それとも、どこかで食べてからお屋敷に入られますか?』
「もうそんな時間か?」
晴海は、情報端末で時間を確認すると、16時になろうとしていた。
「そうだな。何か食べて、暗くなってから家に向かう。俺の家でいいのだよな?」
『後ほど、データを送ります。ナビに読み込ませてください』
「わかった。能見。メイドは必要ないぞ?俺も夕花も食事の支度は出来る。それに、学校が始まるまで夕花の試験だろう?」
『心得ております。ただ、御身を守るための護衛は屋敷を中心に配置いたします』
「そうだな。夕花を守る必要があるな。家の敷地内には誰も入るな。セキュリティロボで対応しろ」
『はい。晴海様と夕花様の情報端末のデータを登録してあります』
「他は?」
『礼登殿だけです』
「わかった。セキュリティ情報は家の端末で確認できるよな?」
『可能です』
「船の用意も出来ているのか?」
『明日には、接岸できる予定です』
「わかった。登録者名は、夕花だよな?」
『もちろんです。駿河のヨットハーバーの登録者名も夕花様です。晴海様のお名前も管理者として登録しました』
「助かる。それだけか?」
『屋敷の海側に露天風呂が設置されています。かけ流しになっていますので、24時間お風呂に入れます』
「また、そんな無駄な物を・・・」
『地下源泉を使っていますので、ほぼ無料です』
「そうか・・・。わかった」
『晴海様』
「どうした?」
能見が声を普段のテンションから仕事で使うような声色に変えた。
本来晴海に告げなければならない内容を話すのだろう。
晴海にも伝わり、晴海は辺りを見回してから能見の問いかけに応えた。
『お気をつけください。思った以上に、中央が絡んでいます』
「そうか、中央か・・・。どっちだ?」
『・・・』
「能見!俺か?夕花か?」
『晴海様です。夕花様の筋も中央に伸びています』
「わかった。詳細はまだわからないのだな?」
『はい。もうしわけありません』
「それはいい。時間をかけてもいい確実に仕留められるだけの証拠を集めろ」
『はっ!』
晴海は、コールを切ろうとしたが、東京都に住んでいる連中が絡んでいるという話をするためだけに秘匿回線を使う意味が少ないと考えた。まだ何か、能見が晴海に告げなければならない内容があるのではないかと思った。
「どうした?まだなにかあるのか?」
『礼登殿が襲撃されました。人数は、5名。尾張から尾行されていて、四国で襲われたようです』
「無事なのか?」
『はい。怪我はありません。車も積荷も無事でしたが、取り逃がしてしまって、もうしわけありません』
「礼登が無事なら問題はない。映像の解析をしているのだろう?」
『はい。しかし、証拠になりそうな物は見つけられません』
「偶然の可能性は?」
『ありますが、関係があると考えて礼登殿には動くように伝えました』
「そうだな。それにしても、礼登は目立った・・・。文月の実家が尾張か・・・」
『はい。尾行もまかれました』
「わかった。礼登には注意するように伝えてくれ」
『かしこまりました』
能見がコールを切ったタイミングで、夕花が店から出てきた。荷物を持っているので、買えたのだろう。
「晴海さん。おまたせしました」
「大丈夫だよ。それよりも、買えた?」
「はい。全部そろえました」
「サービスを使えばよかったのに」
「いえ、このくらいなら問題ありません」
「そうか、夕花、夕ご飯を食べていこう。フードコートでいいよね?」
「はい!」
夕花が先に歩いてフードコートを目指した。晴海は、どれでもいいと言ったので、夕花が母親とよく食べていたというチェーン店のうどん屋で注文した。セルフサービスになっていた。
うどんを持って席に座って食べた。食器を返したが、夕花が物足りなさそうな顔をしていたので、たいやきを3つ買って、2つを夕花が食べて一つを晴海が食べた。
夕花の情報端末に、荷物が揃ったと連絡がはいったので、時間的にも丁度いいので、そのままサービス窓口で荷物を受け取って家に向かうと決めた。
まとまっている荷物を改めて確認すると、買っているときには気が付かなかったが、大量に買っていたようで二人で運べる量ではなかった。車まで運んでもらう依頼を出して、荷物を車で受け取った。チップを多めに渡したら、車の中に運び入れるのも手伝ってもらった上にカートまで引き取っていった。
晴海と夕花は、お互いの顔を見て笑いが出てしまった。
車の中を見ると荷物で一杯になっていたのだ。
ショッピングモールを出て、伊豆周遊道の西ルートを北に上がっていく、この道路はコミュニケーターが走っているので、制限速度が規定されている。
晴海は流れに乗った運転をした。
そして、狙っていた通りに、暗くなってから、六条が所有する離れ小島の前に到着した。
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