非ハーレムの記事一覧

2020/06/07

【第八章 リップル子爵とアデヴィト帝国】第四十六話 報告会

「ヤス。正直に教えてほしい。なんなら、ここに居る全員にリーゼを呼んで制約の魔法をかける」

「そこまでは必要ない。話を聞いて出ていきたいのなら出ていけばいい」

 ヤスは、自分の行動を秘密にする必要性を感じていない。秘密にして隠していれば、弱みになりかねない。秘密は弱点にもなりかねない。ヤスは、幼馴染でもある男の顔を思い出していた。

「わかった。聞いた後で判断させてもらうよ」

「皆もそれでいいか?」

 サンドラに続いてルーサが皆に確認をする。
 ルーサの確認に皆がうなずいた。

 皆がうなずいたのを見てヤスは肩を落とした。説明するのは問題ではないが面倒だと思っているのだ。

「セバス」

「はっ」

「面倒だ。マルスに頼んで、連れてきてくれ」

「かしこまりました。誰にいたしましょうか?」

「ん?戻ってきているのか?」

「はい。お役目は終了しており、今は、待機状態だとお聞きしております」

「わかった。侯爵でいい」

 ヤスがセバスに指示を出すのを皆が黙って聞いていた。
 セバスが皆に頭を下げてから会議室を出ていった。

「ヤス」

「アフネス。少し、待ってくれ、説明がめん・・・。難しいから、実際に見てもらう」

 ヤスが、面倒と言おうとしたのを皆が感じたが誰も指摘しなかった。
 指摘しても無駄だと知っているのだ。

 ツバキが統率しているメイドたちが皆に飲み物を配る。それぞれの好みを共有しているので、皆に違う飲み物が配られる。ルーサだけが、”なんだ!酒精じゃないのか?”とぼやいたが、サンドラが睨んで黙らせていた。

 10分くらいしてから、セバスが戻ってきた。

「マスター。イワン様が会議に参加されたいとおっしゃっていましたので、一緒に参りました」

「わかった。入れてくれ、事情は伝えてあるのだな」

「はい。他の方々と同じです」

「わかった」

 イワンが中に入ってきて、ルーサの隣に座った。
 メイドにコップだけを持ってくるように伝えて、自分とルーサの間に瓶を置いた。自分のコップとルーサのコップに注いだ。皆の冷たい目がイワンとルーサに集中するが気にする様子は見せていない。

「セバス。入れろ」

「はい」

 入ってきたのは、リューネブルグ侯爵だ。
 イワンはセバスが連れているのを見たので驚きはしなかったが、イチカを除いては声にならないほど驚いた。

「おい。皆に挨拶しろ、そして擬態を解け」

「はっ。マスター。皆様。お初にお目にかかります。私の今の名前は、ドッペル侯爵です。本体は」

 ドッペル侯爵は擬態を解いた。
 顔の表情がない、黒い人の形をしたなにかに変わった。服を着ているので、余計に気持ちが悪い。

 皆が口を押さえて声を失う。

 唯一声を出したのは意外にもイワンだ。

「ヤス。ドッペルゲンガーだな。それも、かなりの高位だろう?」

「あぁ俺の眷属だ」

「クッククク。それで、狐に化けて、手紙を書かせたのか?手紙の内容は全くの嘘なのか?」

 イワンは畳み掛けるようにヤスに質問する。

「まず、最初の質問だが”Yes”だ。そして、次の質問は”Yes”と”No”だな」

「曖昧だな。説明しろよ」

「このドッペル侯爵は、記憶まで擬態をすることが出来る」

「それで?」

「侯爵が実際に考えていた内容を手紙に書き出した。そのときに、宛先や日時などを付け足しただけだ」

「なるほど・・・。サンドラの嬢ちゃん。いつまでも、呆けていないでヤスに質問があるのだろう?」

 イワンの呼びかけで、サンドラは”はっ”として頭を激しく降ってから、ヤスを見た。

「手紙はわかりました。ヤスさん。そのドッペル侯爵の他には、どなたに擬態をしていらっしゃるのですか?」

「セバス」

「はっ」

 ヤスはセバスに説明を任せた。
 実際、ヤスはドッペルゲンガーたちを把握していない。名前も適当だ。ドッペルゲンガーたちにも仮の名前だと伝えている。そのために、セバスたちのように心に刻まれたりはしていない。

「以上です」

 セバスが説明を終えた。
 ヤスも知らなかったが、知っているフリをした。

 イワンの手が上げる。

「ヤス。セバス殿。ドッペルゲンガーは解ったが、例えば、儂に擬態をして、儂と同じ様にスキルが使えるのか?」

「無理です。イワン様。姿と記憶だけです」

「そうか・・・。残念だな。あと、誰でも擬態ができるのか?」

「出来ない。それも一度で出来るとは限らない。条件はまだ解っていない。神殿の加護が付いていると無理なのだけは解っている」

「ん?神殿の加護?」

「俺やマルスで勝手に呼んでいるだけだが、神殿のカードを持っているだろう?あれを持っていると、神殿の関係者だと認識されて、擬態が出来ないらしい」

 ヤスは、マルスから聞いた話を皆に伝える。
 実際には、ヤス以外の者には擬態が出来るのだが、神殿の関わりがある物を持つ者には擬態ができないと思わせておいたほうがいいとマルスと決めたのだ。

 神殿に入る為のカードには、識別の為に魔力が登録されている。その魔力を使って、神殿の関係者なのかを判断しているのだ。

「ヤスさん」

「どうした?サンドラ?」

「今の話では、帝国にもヤスさんの配下のドッペル男爵とドッペル奴隷商とドッペル子爵が居るのですよね?」

「あぁ。子爵じゃなくて、司祭な」

 サンドラの間違いを指摘したが、誰もきにする内容ではない。サンドラも、頷いただけで話を進める。

「スキルは真似ができないとおっしゃっていました。どうやって奴隷を解放しているのですか?」

「魔道具を使っている。ドッペル奴隷商が持っていた。本物だ。司祭が持っていた二級国民にするための魔道具と解放の魔道具も持っている」

 皆がまたびっくりする。

「ヤス!その魔道具は一組か?複数なのか?」

「司祭の方が持っていた物は二組しかないけど、奴隷商は3つある」

「ヤス。頼む。魔道具を貸してくれ、違うな、儂に解析させて欲しい。ここの工房なら、マルス殿が居れば、解析して複製出来るかもしれない」

「わかった。他の者の反対意見がなければ、イワンに渡す」

 皆が反対しない。
 帝国の奴隷を解放するのは反対していないのだ。特に、王国の民を捕らえて帝国に連れて行って奴隷にするような無法を平気で行っているのだ。連れて帰って来たとしても、奴隷紋が消せない状況になってしまっていて、皇国に苦情を伝えても金貨1,000枚で奴隷紋を消すとか言い出す始末なのだ。

「いろいろ、驚いたけど、ヤス。これだけだね?」

「そうだな。帝国に、ローンロットの様な集積場を作りたいと思ったのは本当だ」

「それについては反対しないよ。帝国側もヤスの手駒なのだろう?」

「そうだな」

 サンドラが手をあげる。

「ん?」

「ヤスさん。話がそれてしまいましたが、そのドッペル男爵は、ヤスさんの眷属なのですよね?」

「そうなる」

「帝国の貴族のままで問題はないのですか?」

「セバス。どうだ?問題は発生しているか?」

「対処出来ない問題は発生しておりません」

「セバス。何が発生したのか説明しろ。サンドラも、そっちを聞きたいのだろう」

「はっ」

 セバスが、今まで男爵領で発生した内容を説明した。
 皆の目がだんだんとヤスを睨むようになっていったが、ヤスは気にしないでセバスに説明を続けさせた。

 イチカ以外がヤスに言ってやりたい雰囲気になっている。

 サンドラがなにか言い出しそうになったのを、アフネスが止めた。

「ヤス。セバス殿が言っているのは、間違いはないか?」

「そうだな」

「はぁ・・・」

 イチカ以外が同じ反応を示す。

「ヤス。確認だけど、そのドッペル男爵領は、当初の半分の半分程度まで領地を減らしたのだね」

「そうだな」

 セバスがうなずく。
 アフネスがそれを見て確認を続ける。

「それは、奴隷や二級国民を解放すると言ったからか?」

「それだけじゃなくて、すべての村と町の関税を撤廃した。税金も最低額まで下げた。違反した者は容赦しないで粛清した」

「それで、周りの貴族から攻められたと」

「あぁ撃退したけどな。住民が自分たちの新しい生活を守るととか言って一致団結して戦ったから簡単に勝てた。それで、奴隷や二級国民を捕虜にして解放した」

「なぁヤス。もしかしたら、それで負けた貴族が神殿にちょっかいをかけてきたのではないのか?」

「ん?セバス。どうだ?」

「アフネス様の予測は正しいと思われます。ドッペル男爵領を攻めてきた6家の内、関所に接しているのは2家です。その2家と隣接はしておりませんが、ドッペル男爵領に攻めてきた1家が参加しております」

「ふぅーん。愚かだね」

「はぁ・・・。ヤスの感想は別にして、やっと飲み込めたよ。急に、帝国が大掛かりに攻めてきたのは、ヤスの責任だったのだな」

 皆がアフネスのセリフで納得した。
 ヤスだけは納得していないが、なにか口に出すと反論が来るのが解っていたので、黙っていた。

「それで、ヤス。帝国や皇国はなにか言ってきたのか?」

「いいや。あっ。辺境伯や王都に送った塩よりは品質の劣る塩を送ったら、ドッペル男爵の味方をすると言われたぞ、定期的に送ると言ったら喜んだぞ」

「ヤス。ちなみに誰に送った」

「セバス。だれだっけ?」

「はい」

 セバスが賄賂品質の悪い塩を送った貴族を列挙していく。当然、司祭や枢機卿まで含まれる。帝国の王家にまで送っていた。

「ヤス。その中で定期的に送るのは?量は?」

「送るのは、王家と枢機卿だけで、量は、20キロだ」

 アフネスも量を聞いてホッとした表情をした。サンドラも同じだ。

 ヤスの長い夜はまだ終わりそうになかった。

2020/06/01

【第八章 リップル子爵とアデヴィト帝国】第四十五話 帝国の村

 子爵たちの処分に目処が付いたヤスは、保留していた帝国への対応を開始した。
 マルスからの情報で、帝国軍は、3つの家の連合で作られているようだ。それぞれの家の三男や四男が率いている。連合と言っても、統率が出来ているわけではない。ただ一緒にいるだけの関係だ。兵士数も、各家では3、000の兵士を出して、物資を輸送する兵站を1,000名出している。合計すると1万2,000にもなるが烏合の衆であるのは間違いない。

 石壁が始まっている場所で、陣取って動こうとしない。
 先に攻撃を仕掛けて、失敗したら笑いものになる。他にも、後ろから攻撃されるのを疑って動けないのだ。

そして、誰かが出し抜くのを恐れている。

 ヤスだけアシュリから神殿に戻ってきた。
 丁度、カスパルがバスで人を運んできた。帰るので、バスに乗った。リーゼは炊き出しを続けたいと言っていた。サンドラもルーサと詰めの話をした後でリーゼの炊き出しに付き合うと決めたようだ。

「マルス。帝国の動きは変わっていないか?」

『変わりありません』

「そうか、王国側の始末が決まったから、帝国側も始末するぞ?準備は出来ているのか?」

『はい。すでに、神殿の領域を半円で広げています。半径は1キロ程度です』

「わかった。中央は、迷宮区に繋がる洞窟にしたのだよな?」

『はい。難易度の設定は、マスターの指示通りです』

「わかった。まだ開いていないよな?」

『建物や村の施設と同時に開く予定です』

「頼む。さて、ドッペル男爵からドッペル息子を出させて、村を開拓したと思わせたほうがいいだろう」

『手配は終わっております。陣取っている者たちの処遇が終わりましたら、すぐにでも移動させます』

「奴隷商ドッペルにも支店を出させろよ。それから、陣取っている奴らの中にも奴隷や二級国民が居るだろう?全員、解放しろ。解放に値しない奴は、解放後に、神殿の中で過ごしてもらおう」

『了。陣取っている者たちを、数を減らします。その後、捕らえるようにします。攻撃までに選別を行います』

「了解。作戦は、せっかく王国からの客人のおかげで鎧や武器が手に入ったし、指物も有ったから、王国兵として戦って見るのはどう?ドッペルの数も揃っているのだろう?負ける練習が出来るぞ?」

『はい。弱いドッペルも居ますが、一度戦って逃げるだけですから、ドッペルに王国兵に擬態をさせて戦います』

「そうだな。逃げて、”中に誘導できたら門を作る”だったな」

『はい』

「よし、実行してくれ。別に取り逃がしてもいい。奴隷や二級国民はできるだけ確保」

『はい。選別が終了する。明日の朝に実行します』

「頼む」

『了』

 ヤスの役割はこれで終わりだ。

 王国側の後始末もすでに動き出している。
 ローンロットに運ぶ方法は、サンドラが考えるらしい。ルーサもヴェストも準備を手伝うと言っていたので大丈夫だ。ローンロットに居るエアハルトは嫌そうな反応を示しているが、ヤスから頼まれれば嫌とは言えない。関所の森の中に牢獄を作るとヤスが提案したので納得したのだ。
 ローンロットまでは、首輪を繋げた状態で街道を歩いていく。見世物になるのは間違いない。辺境伯領や近くの貴族には通達を出している。情報を公にして、子爵家や男爵家を助けようとする者が居れば襲ってくるだろう。それを迎撃するのが目的なのだが、サンドラもルーサも助け出そうとする者はいないと考えている。

 ヤスは、明日の朝に戦果を見る。

 寝る前に風呂に入っている時に思い出した。

 言わないとまた怒られる可能性があるのを思い出したヤスは、慌てて主要人物に連絡を取った。

 時間は、夜だと言ってもいい時間だ。サンドラがアシュリに居たのも影響しているが、ルーサも神殿にやってきた。リーゼの運転だ。リーゼは会議には参加しない。

 会議は、ルーサ。サンドラ。ディアス。カスパル。ドーリス。ミーシャ。ディトリッヒ。ヴェスト。エアハルト。イチカも近くに居たので、ヤスが連れてきた。少しでも味方が欲しいと思ったのだ。そして、リーゼがアシュリから移動するときにユーラットに寄ったので、アフネスとダーホスも参加している。
 集めた後で後悔したヤスだったがもう遅い。サンドラは、なにか問題が発生した時の為に、クラウスとハインツに通話を繋げるつもりだ。巻き込むのなら、多いほうがいいと皆が思っているのだ。
 セバスはヤスの後ろに立ち、機器の操作や補足説明をする。ツバキは本来の役目に戻って、給仕をしている。ファースト。セカンド。サード。ファイブ。シックス。セブン。エイト。ナイン。テン。イレブン。も、集まって準備を手伝っている。

 会議の口火を切ったのは、アフネスだ。

「それで、ヤス。今度は、何をやらかした?」

「やらかしたって、明日の朝に関所の近くに陣取っている帝国軍を蹴散らすだけだぞ?作戦も、マルスと考えたから、問題はない。実行後に、二級国民や奴隷の村を作ってもらおうと思っているだけだ。あっなんとかいう貴族が協力してくれるのが確定している。奴隷商人も支店を出して、奴隷や二級国民の解放を行う。あと、そうそう、なんとかって言う教会の司祭も協力してくれる。商人も話が着いている。帝国にローンロットの様な場所が出来るから、拠点が出来る。あと何だったかな・・・。あっ!その村の中心に神殿の迷宮区と同じ様に魔物が出る場所が出来るみたいだな。難易度は迷宮区の中層からと同じ位なはずだ。あぁ最終層に到達しても、神殿みたいに攻略にはならない。何か神殿で要らなくなったアーティファクトが入った宝箱は出るけど、それだけだ。どちらか、どちらかと言えば村の資金源と食料確保のためだな」

 ヤスは、一気に言い切った。誰かが口を挟む空きを与えなかった。

 ヤスの言葉を聞いて、この場で話を聞いたのを後悔した者は6名。すぐに父親に連絡した者が1名。立ち上がってなにか言おうとした者が1名。頭を抱えたものが1名。理解出来なかったものが2名。

「まず、ヤス。帝国が攻めてきているのは本当なのか?」

「ん?見る?セバス!」

「はっ」

 ギルドの会議室に集まって話を聞いている皆の前にスクリーンが降りてくる。ヤスにはお馴染みのプロジェクターで投影するのだ。セバスがコントローラーを操作すると、帝国が陣取っている場所が投影された。

 この表示を見て帰ろうとした者は後悔した者6名のうち3名だったが、隣に座っている者に腕を掴まれて逃亡に失敗した。

「わかった。これはいつの絵だ?」

「ん。今・・・。正確に言えば、1秒くらい前かな?」

「なぁヤス。お前は、ここにいながら帝国軍の奴らを見て、攻め方を考えて、指示を出せるのか?」

「そうだね。でも、それはルーサやヴェストもやったよね?」

 エアハルトを含めた3人がうなずく。サンドラも承諾している内容だ。サンドラは父親を巻き込むのに失敗したようだ。リップル子爵に関する後始末で王都に旅立った後のようだ。

「わかった。それで、数は?」

「うーん。1万2千程度で、今、奴隷と二級国民を選別している。それが、明日の朝には終わるから、殲滅しようと思っている。辺境伯に聞いたら、貴族とか貴族の子弟を捕らえたら身代金が貰えるらしいから、できるだけ無傷で捕縛しようとは思っている」

「サンドラ!クラウスは、ヤスに何を教えた!」

 アフネスの怒りの矛先は、サンドラに向けられる。

「知りませんよ!私だって、この話を聞いたのは今日が初めてです。それに、もう一つの問題もまだ片付いていないのに・・・」

「もう一つの問題?」「え?なにか、まだあるの?」

 ヤスはすっかり完全に忘れている。侯爵の直筆の手紙が5通見つかって、届けられるとサンドラに伝えてあったのだ。

「あぁ侯爵の手紙?あぁうん。うん。アイツら持っていたことにするよ?」

「ヤス。手紙なんて初めて聞いたが?どういう事だ?ドーリス。ダーホス。それに、イチカとか言ったね。あと、ミーシャとディトリッヒとカスパルとディアスは、この先を聞きたくなかったら部屋から出たほうがいいようだよ」

 結局、誰も出ていかなかった。ただ、内容次第では、ドーリスとダーホスは聞かなかったことにすると宣言した。

 ヤスの夜は長くなりそうだ。

2020/05/31

【第八章 リップル子爵とアデヴィト帝国】第四十四話 捕らわれの者たち

 見世物になるのが確定しているリップルたち”ヒトモドキ”は、隷属の首輪をするのを拒否している。
 リップル子爵の命令で、身分の低い者が首輪を付けられた。宣言通りに、絶命するまでゆっくりと首輪が絞まっていった。その間、首輪を付けられた者は苦しみ続けた。それを見て誰も首輪を着けようとしなくなってしまったのだ。一人と首輪一つが減った檻の中では、醜い争いが発生していた。

 身を隠すことが出来ない場所に捕らわれている。食事も人数分しか提供されない。
 快適な生活が出来るような場所と環境ではない。魔物が出ないだけマシだと思わなければならない。

 トーアヴァルデの中は通常の状態に戻っている。
 4日前まで1万以上の人が居たとは思えない状況だ。現在は、中央に檻が作られていて、中に178名が捕らわれている。

 首が絞まって苦しみながら死ぬさまを見てしまった178名は恐怖で隷属の首輪に近づかなくなってしまっている。

「なぁサンドラ。アイツら、さっさとクラウス殿に渡したいけど駄目か?」

「何度か交渉していますが、のらりくらりと逃げられてしまっています」

「ヤス。もう面倒だから殺すか?」

 今、ヤスとサンドラは、リーゼが運転するFITでアシュリに来ている。ルーサと会談するためだ。リーゼは、会談には参加していない。その代わり、アシュリに流れてきた者たちや、リップル子爵軍に強制参加させられた者たちを相手にして炊き出しを行っている。もってきた物資はリーゼがユーラットで買い集めたものだ。道具までは持ってきていなかったので、アシュリで生活している人たちに借りた。あと、余剰の物資を分けて貰ったり、手伝いを出してもらったり、炊き出しに協力を求めて動いている。

「ルーサ。殺すのは簡単だから、生かしておこう。見世物としては最低だけど、明日には事情を説明した立て看板を立てるだろう?」

「そうだな。あれを見れば、神殿に攻めてこようとする”やから”は減るだろうな」

「それで十分だよ」


 ルーサは、子爵たちの現状を見てきた。
 殺したいほど憎んでいたが、憎んでいたのが馬鹿らしく思えてしまった。カイルとイチカも同じだ。ルーサに言われて、親の仇を見に行った。ヤスからは、『殺したければ殺せばいい』と言われたが、二人は仇の顔を見ただけで終わった。

「カイル。イチカ。いいのか?お前たちを苦しめ元凶だぞ?」

「うん。ルーサのおっちゃん。俺とイチカは、ヤス兄ちゃんに言われてギルドの仕事を手伝った。その時に、いろんな人にあった。それでいろいろ話を聞いた」

「あぁお前たちは、今ではローンロットまで行くよな?」

「そうだよ」

「カイル。違いますよ。ルーサさん。ローンロットだけではなく、湖の村や帝国の村まで行きます。ヤスお兄様が神殿の領域内だから大丈夫だと言ってくれました」

「そうだったな」

「はい。ルーサさん。私もカイルも、自分たちが一番不幸だと思っていました」

「あぁ」

「でも、違いました」

「それは、自分たちよりも不幸な人たちが居るのを知ったのか?」

「いえ違います。不幸は比べる事ではないのです。そして、貴族だった人たちや豪商だった人たちが私たちに媚びを売る姿をみました」

「そうだな」

「お父さんとお母さんが言っていました。どんなに貧しくても、心まで貧しくなるな。カイルと話をしました。私は最初”殺す”つもりでした。ヤスお兄様から渡されたボタンを押すつもりでした。でも、カイルが『あんな奴ら殺す価値もない。殺すよりも、ここで見世物になっていればいい。捕らえられたゴブリンと同じだ』と言ってくれた。私の心が貧しくなるのを止めてくれた」

「そうか」

 ルーサは二人の頭を手で”ワシャワシャ”としてこの話は終わった。

「それでヤス。カイルとイチカが持っていたボタンを押すとどうなる?」

「知りたいか?」

「是非。教えてくれ」

「ヤスさん。ルーサさん。私は嫌な予感がしますので、席を外します」

 立ち上がって逃げ出そうとするサンドラの手をルーサが掴んだ。

「ヤス。頼む。サンドラも”是非、教えて欲しい”と言っている」

「言っていません!ルーサさん。絶対に、後悔します。絶対です!今まで、何度もこういう場面で・・・」

「大丈夫。大丈夫。そんな酷い内容じゃないよ」

「騙されません!」

「ヤス。それで、ボタンを押したらどうなる?」

「檻が、黒くした鉄の板で覆われて、天井部分が透明なガラスになるだけだ。外から何も見えなくなる」

「え?」「は?それだけなのか?」

「あぁそれだけだ」

「ヤス。それじゃ、奴らは死なないぞ?」

「そうか?ルーサ。今からの、トーアヴァルデは暑くなるよな?」

「そうだな」

「奴らを閉じ込めた場所は、トーアヴァルデの中央だよな?」

「そうだな」「あ!ルーサさん。暑い時に、何も遮る物がない場所で馬車に乗っていると・・・」

「そうか!檻の天井がガラスになるとか言っていたな。囲まれているから風も通らない。熱がこもる」

「そう。そして、あの場所は中心部分が少しだけ高くなっているから、雨水も貯まらない。さぞ、暑いだろうな。ボタンを押されなかったから、そうならないけどな」

 サンドラが椅子に座り直した。
 話を聞いても後悔はしなかったようだ。

「ヤスさん。本当に、それだけですか?」

「ん?そうだな。最初は、目隠しをして、中にメスのゴブリンとオークとオーガを放そうかと思ったけど、後片付けが面倒だし、苦しみそうにないから止めた」

 サンドラが頭を抱えた。聞かなければよかったと心の底から思った。油断してしまったのだ。

「ヤス。絶対に、他でそれを言うなよ?」

「ん?わかった」

 解っていない表情のヤスにルーサも頭を抱える。
 ルーサは、ヤスに言ってはならない理由の説明を始める。途中で、サンドラも参加して説教に近い話になるが、ヤスは二人の話をありがたく聞いていた。

「そうなのか・・・。他の神殿でも、同じ事が出来ると思うけどな」

「ヤス。問題はそれだ!お前が出来るのは、神殿の主だからですませられる。俺たちも、お前が街中に魔物を呼び出すとは思っていない。問題は、お前が出来るというのは、他の神殿でも出来る可能性があるということだ」

「あぁそうか、王都は神殿の上にできているのだったな」

「そうだ。解ってくれて嬉しいよ」

「王都の神殿は何が出来るのだろうな。行ってみたいな」

「ヤス」「ヤスさん!」

「ん?何?・・・。二人とも、そんな顔しないでよ。行かないよ。俺は、荷物を運ぶのが仕事で、冒険が仕事じゃないからね」

 二人はヤスの言葉を聞いて納得したが、どこか不安に感じている。
 ルーサは、ヤスが神殿の攻略に乗り出して、中で死んでしまう事を・・・。
 サンドラは、ヤスが神殿に潜ると知った貴族たちがアーティファクトを強奪に来る未来を考えて・・・。

 マルスは、3人の話を聞いていて、王都の神殿に興味を示した。自分が行くことは出来ないが、自分の分身なら可能かも知れないと考え始めた。

「ふぅ・・・。ヤスさんの話を聞いていると本当に疲れます」

「俺が悪いのか?」

「ヤスが悪い」「ヤスさんが悪いですね」

 二人の間髪を入れないツッコミで落ち込んだフリをしたヤスだが、サンドラが話を戻したので、それに乗っかる。

「それで、ヤスさん。この書状は本物なのでしょうか?」

「さぁ俺は、リップル子爵が持っていた、公爵の手紙を持ってきただけだからな。あぁ明日には帝国の将軍が持っていた、侯爵の手紙も手に入るぞ」

「それがおかしいのですが、蝋封を見ても本物ですし、筆跡は私にはわかりませんが、押されている紋は本物だと思います」

「だから、本物だって言っているだろう」

 ヤスがサンドラとルーサに渡したのは、公爵が子爵に送ったと見られる封書4通だ。
 内容は、アーティファクトを手に入れろ、自分が国王になるために資金を集めろといった内容が書き連ねられている。関連する貴族の名前も判明している。困ったら、これらの貴族を頼れとなっている。

 侯爵が書いたと思われる封書は5通。
 内容は、帝国軍の引き込みを子爵家が行う。帝国に海に繋がるユーラットを渡す代わりに、侯爵は帝国の武器や防具や魔道具をもらう話になっている。また侯爵が国王になったときの後ろ盾を約束させる物だ。

 もちろん、どちらともドッペルが作った物だが、本人の筆跡の癖も完璧だ。内容も、本人が考えたことがある内容を書いているだけだ。

「ヤスさん。書状の入手方法は問いません。ただ、今後、似たような事を考えた時には、私かルーサさんに相談してください。こんな爆弾をいきなり、辺境伯の娘に渡されても困ります」

「わかった。わかった。でも、入手は偶然だぞ」

「酷いペテンだな。ヤス」

 サンドラもルーサも、方法は想像できないが、手紙はヤスが用意したと思っている。
 手紙は、サンドラが預かることで決着した。

「ヤスさん。公爵と侯爵の手紙をネタに、子爵をお父様に引き取らせようと思います」

「そうなのか?それが出来たら最高だな」

「はい。そこで、子爵が知っていることを全部話すようになるのは難しいですか?」

「その為の隷属の首輪だけどな。子爵が引き取ってくれるのなら、全員に隷属の首輪をした状態で渡すぞ?そうだ!隷属の隷属が可能な事は解っているから、隷属の首輪を填めたゴブリンが主人というのはどうだ?」

「駄目だ!」「止めてください!」

 二人同時に否定されたので、ゴブリンが主人になるという前代未聞の事態は避けられた。
 隷属の首輪をして引き渡すだけになった。

 それから二日後、辺境伯から返事が来て、引取を了承したと言われた。捕らえた者たちを、ローンロットまで護送して、辺境伯が手配した王都から来る者たちに引き渡す。詳細は、サンドラが決めるので、ヤスは承認するだけとなった。

 そして、心置きなく帝国への対処を行い始めるのだった。
 もちろん、サンドラもルーサも辺境伯もドーリスも知らない。知っているのは、ヤスとマルスと眷属だけの内容だ。

広告

2020/05/30

【第八章 リップル子爵とアデヴィト帝国】第四十三話 トーアヴァルデ

 帝国は確かにトーアヴァルデには近づいてきている。
 しかし、戦闘が開始されるような距離ではない。入口に到達したに過ぎない。それも、野営地を作って新たに作られた壁を調べている段階だ。帝国は、リップルとは違って撤退しても問題はない。攻めてこない可能だって残されている。

 リップル元子爵軍は、騎士を中心に一斉に動き出した。
 規則正しい動きではなく、統率も取れていない。ただ、門を目指しているのだ。

 先頭が門に到達する寸前に、門が内側に開かれた。

”開いた!”

”進め!勝利は我らの物だ!”
”何が神殿の主だ!所詮は何も知らない平民だ!”

 誰が叫んだのかわからないが、集団での声はまたたく間に広がっていく。
 そして、皆が一点を目指して殺到する。門を突破すれば何かが変わると思っているのだ。帝国に移住して、幸せな生活が出来ると考えている。貴族たちも、先を争うように門に向かっている。王国にいれば、いずれ粛清されてしまうのは間違いない。派閥に損害を与えた上に、公爵や侯爵に恥をかかせたのだ。主導したのは、子爵家だが二つの男爵家も同類と思われている。帝国に行くか、公爵が欲しがっている神殿が所有するアーティファクトを入手するしか道がないのだ。

 神殿が所有する関所を占拠して、帝国と交渉する。
 神殿を攻略したと言っている若造を騙して、アーティファクトを我が物にする。子爵が思い描く輝かしい未来が、手を伸ばせば届く所まで来ている。

 それが幻想だったとしても、幻想と気がつくまでは・・・。現実に絶望する瞬間までは、子爵は幸せで居られるのだ。

 門は5m程度進めば突破出来る。
 突破した先には開けた場所がある。平静を欠いた軍ほど脆いものはない。ただの群衆と化したリップル元子爵軍は、勢いのまま門を突破した遮るものがない場所を突き進んだ。

 そして、2万を割り込んでいた兵のすべてが、関所の門を通った所で、門が閉じられた。
 門が閉じられただけではなく、なぜか何もなかった門から弓矢を持った完全武装の兵が現れて、5mの関所の中で陣取っている。誰も居なかったはずの関所の壁の上にも同じ様に、弓矢と魔道具ボウガンを装備した兵が等間隔に並んでいる。よく見れば、石壁の隙間から魔道具魔法射出銃を構えた者たちが居る。

 揃いの防具は見るものを威圧する。

 ヴェストは、一射目を命じる。

”撃て!”

 命令を受けた者たちは、リップル元子爵軍の足元を狙って斉射する。

 今回の戦いで、神殿の守備隊が攻撃したのは、この最初に斉射した場面だけだ。
 あとは、勝手に崩れていった。門をむやみに攻撃する者。壁に登ろうとするが失敗する者。仲間を攻撃して生き残ろうとする者。

 ヴァストは、一射目が狙い通りの効果を発揮したのを確信してから、内門を閉ざした。

 ヴァストがやるべき事は中の奴らに呼びかけるだけだ。
”武装を解除して、神殿に下れ”

 愚かにも、神殿に武器を向けたことを後悔すればいい。
 ヴァストは、殲滅してもよいと考えていた。ただ、ヤスが殲滅ではなく主導者を捕縛しろと言ってきているので、それに従っている。子爵家や二つの男爵家が民衆にしてきた内容を考えれば、1度や2度ころした位では物足りない。殺したいほど憎んでいる人間も一人や二人ではない。ヴァストもその一人だ。

 だが、皆はカイルが言い放った
『別にどうでもいい。俺は弟や妹とイチカと仕事をしてヤス兄ちゃんを助ける!』

 ヤスはカイルとイチカと子供たちに約束した。
 リップル子爵に後悔させると・・・。形だけの謝罪を引き出すのは簡単だと思っている。しかし、カイルやイチカは謝罪を求めていない。
 大人たちも、カイルとイチカを見習った。だから、ヤスの嫌がらせに賛同した。

 結果、2万に届きそうな人間が関所のトーアヴァルデに捕らわれた状態になっている。
 腹も減って、体力も限界になっている。気力を失った者から、壁に背を預けて座り込んでいる。夜は眠れるようになっただけでも良かったのかも知れない。安全かわからないが、魔物の襲撃はない。
 一人、一人と死んだように眠っていった。

 そして・・・。
 リップル元子爵軍が関所に捕らえられてから、3日目の夜。

「マルス」

『はい。マスター。検査は終わりました』

「実行してくれ、結局、残すのは何名だ」

『179名です』

「意外と少ないな。もう少し多いのかと思った」

『神殿の基準で犯罪者も除いております。個体名リップル子爵の取り巻きだけ残します』

「そうか、処理を始めてくれ」

『了』

 ヤスとマルスが行っているのは選別だ。
 子爵軍の中で、リップル子爵や男爵の取り巻きを除いた者たちを神殿に取り込むのだ。
 もちろん、犯罪者や神殿に有害になりそうな者は、迷宮区で過ごしてもらう。紛争や戦争や討伐以外での殺人を行った者は、犯罪者として認定している。村から無理矢理連れてこられた者たちは、アシュリで解放する。戻りたい者は勝手に戻ってもらう。そこまで、神殿が面倒を見る必要はない。
 残りたいと言った者も、アシュリやローンロットに分散してもらう。

 残った179名は、辺境伯に引き渡す。話の都合で数名は死んでしまう可能性もあるが気にしない。
 王国の法で捌いてもらう。出来る限りは捕縛する。

 その前に、せいぜい苦しんでもらおうと思っている。

 179名は、マルスの指示で潜入していた栗鼠カーバンクルの眷属が魔道具を使って眠らせた。

 眠っている間に、他の者たちを処理したのだ。

 翌日、取り巻きの一人の声で、リップル元子爵は目を覚ます。

「閣下。閣下。起きてください!」

「どうした!?門が開いたのか?帝国が儂を迎えに来たのか?」

 どこまでも頭の中がお花畑の発言だが、本人は大真面目なのだ。
 昨日も部下たちを怒鳴り散らして門を開けさせようとしていた。命令は出されるが、命令を受けた方はそれどころではない。立つのも辛い状況なのだ。おかげで、子爵たちは生きていられたのだ。連れてきた者たちは、心が折れただけではなく、体力も限界だ。門が開いて助かると思った所で、攻撃を受けた、気力も体力も何もかもがなくなってしまっているのだ。気力が残っている者が10名も居れば、頭が正常に動かせる者が居れば、貴族たちを殺して神殿に命乞いをしたのだろう。

「違います!閣下。誰も・・・」

「なんだ!?はっきりと言わないか?」

「閣下。誰もいません」

「なに?どういう事だ。誰か、説明しろ!」

 説明出来る者が居るとしたら、ヤスとマルスだけだ。
 178名は誰も目の前で発生した事象を正しく子爵に説明出来ない。

 慌て始めるがもう遅い。
 子爵の所に集められていた食料も残りわずか。全員分はもう存在しない。

『愚かにして蒙昧なる子爵閣下。間違えた、元子爵。今そこに残っているのは179名だ。そして、隷属の首輪が178個ある。隷属を受け入れた者から開放してやろう』

 子爵の足元に、178個の首輪が出現した。

『言い忘れた。隷属の首輪は、他人がすると死ぬまで締まる仕組みだ。自分で自分の首に”隷属の首輪”をしろ。それから、残った一人は死ぬまで、その場所で飼ってやるから安心しろ』

 言葉が終わると、179名を取り囲むように鉄格子が出現する。

『お前たちのおかげで、関所の開通が遅れたが、明日にも開通が出来る。そうしたら、ここを帝国や王国の商人が通る。いい見世物が出来た。安心していい、お前たちがどんなに叫ぼうと外には聞こえない。お前たちには外の声が聞こえるようにしてやろう』

 その後、子爵たちが怒鳴ろうが、反応は何もなくなった。
 食料と水が届けられるが、リップル子爵領の農民が一日に食べる平均が届けられるようになる。

2020/05/29

【第八章 リップル子爵とアデヴィト帝国】第四十二話 帰還と開戦

 ヤスとリーゼとサンドラが神殿に帰ってきた翌日には大量のドワーフがアシュリに到達した。
 酔っぱらい状態だったらしいが、足取りはしっかりしていた。それだけではなく、リップルの神殿討伐軍(笑)の動向も掴んできていた。途中で逃げ出した者や軍から物資を持ち逃げして、盗賊になった者を討伐してきたようだ。逃げ出した者は、そのままレッチュ辺境伯領に押し付けてきたとルーサに説明した。

 ドワーフたちが討伐軍よりも早く到達したのにも理由がある。

 ドワーフたちは、最短距離を移動してきた。レッチュ辺境伯領を突っ切った形だ。限界まで移動して、樽を開けて寝る。そして、翌日移動する。本来なら嫌がるや野営の見張りだが、見張りをしている最中は酒精が飲めるというメリットがあり、誰が見張りをやるのかで揉めてしまったほどだ。そして、イワンの予想通り鉱石や工具がないドワーフたちはイワンからの救援物資という名前の酒樽を気に入った。この酒が3級品だと言われて驚いた。神殿に到達できれば、これよりもうまい酒精が飲めると解ると、移動速度が更に上がった。

 リップル元子爵の神殿討伐軍は、途中にある村々から物資を強奪するのに時間がかかった。それだけでは、当然物資は足りない。そこで、魔物や獣を討伐して食料にしたり、草木を採取したり、水場を見つけては水分を補給する行為を繰り返していたのだ。
 ルーサやサンドラの切り崩し工作で、当初4万とも5万とも言われた軍は、2万まで数を減らしている。それだけではなく、士気の面では最低になっている。貴族たちは、それでも自分たちの栄達を信じて疑っていない。

 ドワーフたちは、アシュリで一泊してから、迎えに来たカスパルたちの運転するバスで神殿に向かった。当初の予定では、アシュリでしばらくの間は過ごしてもらうつもりだったが、ルーサからヤスに泣きが入った。

『ヤス。頼む。ドワーフの酒飲みを引き取ってくれ』

「どうした?武器や防具の整備をして欲しいから、神殿討伐軍が到着するまでの数日はアシュリに居てもらう予定だったよな?」

『そうだ。確かに武器や防具の整備をしてくれる。それは嬉しい。嬉しいが・・・。それ以上に、アシュリで保管している酒精を飲みやがる』

「必要経費だろう?」

『必要経費にしては高すぎる。イワンの二級品の酒まで飲み干しやがった。俺たちが、ちびちび楽しんでいるのを、水を飲むように煽りやがる』

「わかった。わかった。カスパルを向かわせる」

『助かる。部下からの突き上げも始まっていて・・・。それでヤス・・・』

「イワンに言って、二級品を回すよ。神殿討伐軍を退けたら、一級品を回すようにイワンには伝える。それでどうだ?」

『本当か?本当に、一級品を回してくれるのか?』

「あぁ種類は少ないけど、俺に分配されている奴を、アシュリに回すようにイワンに伝える」

『約束だからな!ヤス!』

「解っているよ。だから、一人も死ぬなよ。死んだやつがいたら負けだからな」

『わかった。絶対に死なせない。死んだ奴は俺が殺す。だから大丈夫だ』

 ルーサの意味がわからない言葉とテンションでコールが切れた。
 ヤスは、そのままイワンに連絡をして、ドワーフたちが神殿に来ると伝えた。場所は、マルスが拡張しているので問題にはならない。

 酒精も、イワンから”詫び”ということで二級品の樽をアシュリに渡す。ヤスが保管している一級品も、もともとイワンから神殿に献上されたもので、ヤスとしては褒美として誰かに渡す程度の物と考えていた。

 カスパルたちはヤスの依頼を聞いて、ルーサに連絡を取り、ドワーフの人数を確認した。バスで行くのか、トラックを出すのかを考えて、3台のバスと酒樽を積んだトラックで移動を開始した。これらを仕切るのが、ヤスの手からディアナに移っている。神殿の領域内での運用に関しては、ディアスが仕切ると丸投げされたのだ。

 カスパルたちは、夕方にはドワーフたちを乗せて帰ってきた。

 ドワーフたちは、ヤスが持ってきた工具や鉱石を持って工房に消えていった。

「なぁイワン。ドワーフは、俺の記憶に間違いがなければ、これで、500名ほどだよな?」

「ん?家族も入れるとそのくらいにはなるな」

「そうだよな・・・。俺、お前以外のドワーフを神殿で見ていないけど、全員、生活しているよな?」

「当然だ。そもそも、ドワーフは穴倉みたいな場所で生活していたから、神殿の工房は居心地がいい。それに、風呂や食事も困らない。槌の音も防音出来る。外に出る必要を感じない」

「そうか、ドワーフと工房はイワンに任せる」

「うまい酒精の開発は任せろ」

「違うだろう?」

「解っている。日用品から武器や防具までしっかりと作る。工房をしっかりと管理する」

「頼むな」

 イワンにドワーフたちを任せて、ヤスは自分の部屋リビングに戻った。

「マルス。奴らの動きはどうだ?」

『種族名ガルーダからの報告では、早ければ明日の朝には姿を現すようです』

「遅いな。邪魔はしていないよな?」

『はい。マスターからのご指示を受けて、明確な邪魔はしていません』

「明確な・・・か。マルス。何をした?」

『個体名セバス・セバスチャンの眷属に先行して採取を命じました』

「それだけではないだろう?」

『はい。魔物や獣で食肉に適した者たちを、神殿に避難させました。今後、神殿の中で、採取や実験に従事させます』

「わかった。そこまでやったのなら、水の確保も難しくしたのだろう?」

『はい。食肉に適さない魔物や獣で、友好ではなかった者を水場に誘導しました。友好関係が結べた魔物は、神殿に移動させました。先程の者たちと同じで採取や実験に従事させます』

「わかった。奴らは、腹をすかせて、喉が渇いて、疲れ切った状態で、戦いに入るのだな」

『はい。夜も寝られないように、種族名フェンリルや種族名ガルーダや種族名キャスパリーグの眷属が周りに待機して、時おり奇襲をかけております』

「はは。寝不足も加わっているのか、戦いにならないな。わかった。情報の一部は、ルーサに伝えろ」

『了』

 マルスは、即座に行動を開始した。
 ルーサにヤスが言っている奴らの情報を伝えた。ルーサも不思議に思っていたが、紛れ込ませた者たちから、ここ数日は狩りが出来ない状況が続いていて水場にも魔物が出て水を飲むのにも命がけの状態になっていると報告を受けていた。腹が減って力が出ない状況で、水場の魔物と戦うのを避ける傾向になりつつあった。腹が減って、のどが渇いて、寝られない状況になっている。ルーサも部下に無理をさせるつもりもなかったので、適当な所で逃げ出すように指示をだしていた。

 ルーサは、マルスからの報告を聞いて、最低限の人間だけ残して、残りは休暇を与えた。
 秘蔵という名前のヤスから貰った酒精の樽を出して、深酒は禁止だが、適度に楽しむ分には酒精も許可を出した。それは、帝国に向かう関所であるトーアヴァルデでも同じだった。ヴェストにも情報がすぐに伝わり、明日の決戦に備えて今日は早々に休むことにしたのだ。

 そして、マルスの予想よりも遅れて昼過ぎにリップル元子爵が率いる神殿討伐軍は、トーアヴァルデに姿を現した。
 数時間前には、ヴァストは討伐軍が現れたのを認識していたが、彼らが陣形を整えるまで待っていたのだ。奇襲すれば、戦闘は終わっていのは間違いないが、”一人も死ぬな”というヤスの命令を守れなくなるリスクを犯さなかった。

 しかし、それをリップル元子爵は、自分に都合がいいように解釈した。
”奴らは我らを恐れている!所詮、スラム上がりの貧民なのだ!正当貴族である我らには勝てないと知っているのだ”
 そんな事を、大声で喚いている。

 騎士を名乗る者が、トーアヴァルデに向かって一騎打ちを申し出ても、トーアヴァルデは応じなかった。トーアヴァルデは、一騎打ちに応じる必要がないのだ。

 何もしてこないトーアヴァルデに業を煮やしたリップル子爵の元に、天啓がもたらされた。

 曰く
”トーアヴァルデが関を開いて攻めてこないのは、帝国軍に攻められているからで、一騎打ちに出られる騎士も帝国軍に討ち取られたらしい”
”トーアヴァルデの中は、帝国軍に責められて逃げ出す者が多数出ているらしい”
”帝国から逃げるために、反対側の門を開けて逃げ出す方法を考えているらしい”
”王国側なら自分たちを捕虜にはしないだろうから逃げるのなら王国側だと思っているらしい”
 という内容だ。

 どの様にして、得られた情報なのか判断しないまま、リップル元子爵は”聞いた話”を信じた。そして全軍に突撃の指示を出した。

2020/05/28

【第八章 リップル子爵とアデヴィト帝国】第四十一話 鉱山の村

「ディアス。二人の様子はどうだ?」

『エミリアが応えます。ファーストからの問題点の指摘はありません』

「そうか・・・」

 神殿を出て、ユーラット経由でアシュリに向かっている。
 一度、アシュリでルーサに会って、リップルの動向を確認してから、鉱山の村に向かう道を考えることに決まった。

「ディアス。ファーストに連絡して、アシュリの駐車スペースに停車させろ」

『了』

 運転しているのは、リーゼだ。
 ヤスの指示に従って、駐車スペースにFITを停めた。

 リーゼが運転席。サンドラが助手席に座っている。後部座席には、ファーストとフェンリルが乗っている。着替えや食料などは、トランクに入っている。フェンリルにしたのは、リーゼとサンドラの魔力が切れた時の供給元にするためと、女性三人での移動になり、安全面を考慮した結果だ。

 ヤスのトラクターには、キャスパリーグ栗鼠カーバンクルが護衛として乗っている。空からはガルーダがヤスを中心に周りを警戒している。

「ヤス!」

 トラクターを停めた場所に、ルーサが近づいてくる。

「悪いな。忙しい時に」

 二人は、握手をする。
 ファーストも降りてきている。手には、樽を抱えている。

「ルーサ。皆でやってくれ、イワンが言う二級品の酒精だ」

「蒸留酒か?」

「あぁ30年物だ。イワン基準では、それほどうまくないらしい」

 ヤスはルーサに渡す酒樽の説明を笑いながらしている。

「ハハハ。そりゃぁ楽しみだ。この前の三級品と言われた酒精でも素晴らしくうまかった。ありがたくもらう」

 ルーサが部下に酒樽を受け取って宿舎に届けるように命じた。二人の部下はファーストから樽を受け取った。

「それで、リップルはどの辺りを通っている」

「今から説明する。嬢ちゃんたちにも説明するのか?」

「頼む。彼女たちが道案内だ」

 ヤスは、二人を手招きした。
 ルーサは、サンドラとは面識が会ったが、リーゼとは初めてだった。挨拶を交わして、ルーサの執務室に移動した。

「始めてくれ」

 ヤスの声で、ルーサの部下がモニターを使って説明を始めた。
 おおよその位置だが、ルーサたちが把握している状況を説明した。リップルがまとめている”軍”は、レッチュ領を迂回するように避けて、進軍している。

「奴らは馬鹿なのか?」

 話を聞き終えた、ヤスの正直な感想だ。
 サンドラとルーサも同意している。

「ねぇヤス。何が馬鹿なの?」

「ん?あぁそうか・・・。リーゼ。奴らは、レッチュ辺境伯。サンドラの父親と喧嘩したくないから、領を通らないルートを選んでいる。これはわかるよな」

「うん。当然だよね。サンドラの所と喧嘩したら、大変だよ」

 なにか、感想が微妙だがヤスは気にしないで説明を続ける。

「そうだ。でも、迂回すればそれだけ時間がかかるよな」

「うん。当然だよ」

「それも大量の兵を連れている」

「うん。遅いよね」

「あぁそうなると、腹が減る。食料が必要になる」

「うん。それは、僕でも解る。だから、沢山の食料や物資を持っていくのだよね?」

「普通はそうだ。でも奴らは、途中にある村や町で、食料を徴発している。簡単に言えば、”よこせ”と言って奪っている。それだけじゃなくて、戦える者を一人も残さずに連れて行くと言っている」

「え?なにそれ?おかしいよ!」

「そうだ。おかしい。だが、奴らは、それが正しいと思っている」

「だって、そんな食料を奪った上に、戦えるというのは、働けるということでしょ?連れて行ったら、村や町が困るよね?それに・・・」

「それに?」

「うーん。うまくいえないけど、リップルに苦しめられた人が、リップルのために戦うのかな?僕なら、戦う前に逃げ出すか、手を抜いて適当に戦うよ」

「そうだな。だから、ルーサもサンドラも呆れている」

 ヤスは、驚いていた。リーゼが本質の部分が解っていたからだ。サンドラとルーサも、リーゼの発言には驚いている。

「ねぇヤス。リップル子爵は、何がしたいの?このままアシュリに来ても、ルーサが大声で、『リップル子爵を裏切って神殿に味方すれば、腹いっぱい食べられるぞ』的なことを言えば、裏切ってくれるよね?僕なら、村をめちゃくちゃにして、食べ物も少ない状態なら、騙されてもいいかなと考えちゃうよ?」

 皆が固まる。
 今まさにルーサはリーゼが言った作戦を実行中なのだ。切り崩しを行っている最中なのだ。

「リーゼ?」

「ん?」

 ヤスは、リーゼの頭をくしゃくしゃと撫で回した。

「ヤス!何するの!」

「お前、しっかり考えているのだな。びっくりしたよ」

「酷い!僕でも、そのくらいは解るよ!」

「そうだな。でも、少しでも考えれば解る事がわからない奴らが、関所に進軍している最中だから困っている」

「ふぅーん」

「興味がなさそうだな」

「だって、これなら魔物の方が怖いよ」

「そうだな。サンドラ。鉱山の村までは行けそうか?」

 ヤスは、リーゼの頭に手を置いたまま。サンドラに話しかける。
 ルーサはなぜかヤスとリーゼを見てニヤニヤしている。

「当初の予定よりも、リップルが遅いので、ルートを変えたほうが良さそうです」

「そうか、そうなるとどこかで一泊したほうがいいよな?」

「はい。領堺に町があります。代官も知っていますので、その町で一泊してから向かいましょう」

「わかった。道はサンドラに任せる。リーゼもアーティファクトの操作を任せるな」

「うん!任せて!」「ヤスさん。お父様に連絡を入れておこうと思いますが、よろしいですか?」

「そうだな。頼む。次いでに、リップルのバカどもの動向も教えた方がいいだろう」

「わかりました」

 サンドラは、執務室を出ていく。

 ヤスは、今回の道案内の報酬として、リーゼにはFITを与えた。サンドラにもFITで良いかと聞いた。


「サンドラ。道案内の報酬だけど、アーティファクトでいいのか?」

「ヤスさん。ワガママを言うようで申し訳ないのですが・・・」

「ん?なにか欲しい物があるのか?」

「はい。ヤスさんが、ルーサさんに渡している、小型魔通信機を所有させて頂けませんか?」

「ん?あれでいいのか?そうだな。サンドラにはいろいろに折衝とかしてもらうから、専用の端末が有ったほうが楽だろう。準備するよ。持ち運びできる形でいいのだよな?」

『マスター。個体名サンドラに渡す端末は、”スマホ”をお勧めします』

『どういうことだ?』

『装置名小型魔通信機は、普及型です。個体名ドーリスや個体名ディアスにも持たせる必要が出てきます。報酬として与えるのなら特別な物にすべきです』

『わかった。でも、それだけじゃないのだろう?』

『はい。カメラ機能や情報閲覧機能などを残した形で提供し、個体名サンドラにモニターをやってもらいましょう』

『わかった。マルスの好きな様にしてくれ』

『ありがとうございます』

 ヤスは、サンドラの視線に気がついた。マルスとは念話だったので、サンドラには黙ってしまったように見えたのだろう。

「サンドラ。準備が出来たら渡す。使い方は、マルスかセバスに聞いてくれ」

「ありがとうございます!」

 サンドラは、スマホを取り出して、ルーサから聞いた内容が参照できる状況なのを確認してから、父親であるクラウス辺境伯に連絡をした。

 クラウス辺境伯から、領堺の町に連絡してもらって、滞在が許可された。
 そのまま、サンドラのナビで鉱山の村に到着したのは、翌日の昼過ぎだった。

 物資酒樽を降ろして、物資鉱石や道具を積み込む。翌日の朝には出発できそうになったが、問題が発生した。

 領主の意を汲んだ者たちが鉱山の村に向かっているのだ。

 ヤスは、トラクターで突破出来るだろうと思っているが、リーゼとサンドラは問題が発生する可能性がある。

「リーゼ。サンドラ。事情が事情だ。一泊してから一緒に帰る方法もあるが、領堺の町に先に戻ってくれ、ドワーフたちの受け入れを頼みたい」

 鉱山の村を襲いに向かっている者たちは、二日後にくると予測された。鉱山の村に近づいてきている集団をガルーダが見つけて、栗鼠カーバンクルが眷属を派遣して判明したのだ。

 ヤスは荷物の確認をした。あとは積み込むだけになっているのを確認して、ドワーフたちと協力して二つのコンテナに積み込んだ。
 まずは、道具から積み込んだ。鉱石は、積み込めなければ諦めてもらう。ファーストとフェンリルが協力して、鉱山の村に向かっている者たちに嫌がらせを行って到着を遅らせている。ファーストとフェンリルなら全滅させることも可能だが、ヤスが許可を出さなかった。クラウス辺境伯から、なるべく人を殺さないで欲しいと言われているからだ。

 荷物は積み終えた。
 ドワーフ達は、襲ってくる者たちの到着予定よりも1日早く村を離脱できた。ドワーフたちには、ガルーダの眷属が護衛に付く、フェンリルの眷属も協力して神殿までの道をサポートする。

 ファーストとキャスパリーグ栗鼠カーバンクルフェンリルを乗せたトラクターは、領堺の町にはよらずに神殿を目指す。
 サンドラには、マルス経由で話が伝えてもらった。

『ヤス!』

「ん?リーゼか?」

『うん。僕たちは、領都に寄ってから、神殿に帰るね。辺境伯様がなにか渡したい物があるらしいよ』

「わかった。サンドラ。辺境伯からしっかりと依頼料を取れよ」

『はい。解っています。残った酒精もお父様に買ってもらいます』

「わかった。任せる。俺は、神殿に向かうから、サンドラ。リーゼを頼むな」

『はい。お任せください』

『ヤス。酷い!僕は大丈夫だよ!』

「そうだな。リーゼ。安全運転で頼むな」

『うん!ヤス。神殿に会おうね』

「わかった」

 鉱石や炉以外の道具を限界まで詰め込んだコンテナは重たかったが、ヤスは制御できるギリギリの速度で走っている。
 道は悪いが、車重があるので安定して走っている。大きな穴は、発見次第、魔法で対処している。

 神殿に向かう道は荷物が多いので断念した。登ろうと思えば登れただろうが、道を塞いでしまう可能性もあるので、ヤスはトラクターをユーラットに停車して、カスパルや運搬が出来る者たちを使ってピストン輸送した。荷物の多さも有ったが、人員の確保が難しく、二日間ほどかかってしまった。
 その間、ヤスはユーラットでロブアンの宿で世話になった。

 荷物の輸送が終わりかけていたときに、サンドラを助手席に乗せたリーゼがユーラットに到着した。

広告

2020/05/27

【第八章 リップル子爵とアデヴィト帝国】第四十話 イワンの依頼

 ドアを開けて入ってきたのは、リーゼとサンドラだ。
 サンドラは、ヤスを見て頭を下げるが、リーザはヤスに飛びついたのだ。

「ヤス!僕が案内するよ!」

「わかった。わかった。イワン。二人で間違っていないのか?」

「あぁ・・・。サンドラの嬢ちゃんだけの予定だったが・・・」

「駄目だよ!サンドラとヤスを二人だけなんて!僕も一緒に行く!案内なら任せて!」

 ヤスは、サンドラを見るが、なぜか懇願する表情になっている。ヤスはリーゼが無理矢理サンドラを説得したのだと理解した。

「わかった。その鉱山の村までは遠いのか?」

 ヤスの問いかけに案内は大丈夫だと胸を張ったリーゼだが、具合的な質問には応えられなく、サンドラをヤスの前に突き出した。
 ヤスもイワンもサンドラも短く息を吐き出した。

「サンドラ。それで、どのくらいだ?」

「神殿から王都に向かうよりは近いとは思いますが、王都への道は、街道の整備がされておりますが、鉱山の村までは違います」

「そうか、リーゼは行ったことがないよな?サンドラはその鉱山の村には行ったことがあるのか?」

「はい。一度、お兄様・・・あっハインツ兄様の剣を作る時に一緒に行きました」

 サンドラは、リーゼが後ろに居るのを思い出して、お兄様を言い直した。サンドラが言い直した理由も、ヤスとイワンは解っている。しかし、当事者であるリーゼだけが解っていない様子だ。
 そんなリーゼをヤスは手招きして頭をくしゃくしゃと撫でてから座らせる。サンドラはイワンの横に座った。

「イワン。荷物の量は?」

「酒精が殆どだ。量は、ヤスが王都から運んできた物資の10分の1程度だ」

「はぁ?イワン。馬鹿だろう?酒精が殆ど?食料は?」

「必要ない。酒精があれば、我が種族は平気だ」

「・・・」

 ヤスは、ドワーフを甘く見ていた。

「ヤスさん。ドワーフ族は加護を持っている場合が多く、酒精があれば大丈夫というのもあながち間違ってはいません」

 ヤスは、イワンを見るとうなずいている。

「わかった。鉱山の村から持ってくる荷物の量は?」

「鉱石が殆どだ。必要ないとは伝えたのだが、工房をみていない者を信じ込ませるのは難しい。道具に関しても嵩張る物は必要ないと伝えている」

「そうか、トレーラーを出したほうが良さそうだな」

「ヤス。すまん。それで報酬だが」

 ヤスは、サンドラを見る。

「サンドラ。ギルドを通しての依頼にしてくれ」

「よろしいのですか?」

 ヤスはうなずく。
 ヤスなら、イワンから依頼を直接受けても問題にはならない。ヤスは、あえてイワンの依頼を直接受けるのではなくギルドを通すと決めた。
 サンドラがヤスに確認したのは、イワンなら支払いで揉めるとは考えにくい。わざわざ手数料が取られるギルドを通すメリットがヤスにはないのだ。

「いいのか?」

 イワンも報酬に関して考えていたのだが、ヤスの考えを尊重すると決めたようだ。
 ギルドは指名依頼になるので問題はない。

「イワン。準備はどのくらい必要だ?」

「もう終わっている。積み込むアーティファクトが決まれば、それに積み込んで終わりだ」

 ヤスは、サンドラとリーゼを見る。
 準備が出来ているとは思えない。

「サンドラ。日帰りは無理だろう。強行軍で飛ばしたとしても、向こうで一泊は必要だろう。帰りは荷物を積み込んでいるから、足も遅くなる。途中で一泊は必須になるだろう。最低3泊出来る準備を頼む。リーゼも同じだ」

「ねぇヤス。僕とサンドラだけど、別のアーティファクトじゃ駄目かな?交代で操作すれば疲労も大丈夫だと思うけど?案内もしっかりと出来ると思うよ?」

『マスター。個体名リーゼの提案に賛成します』

『マルス。そうか、車はどうする?安全に運転させるのなら、オートマだぞ?FITを出すか?』

『はい。それがよろしいかと思います』

 ヤスは、マルスからの提案を考えた。
 確かに、王都までの距離なら大丈夫だと思える。それに、行きは案内が必要になるが帰りは必要ない。問題が生じたときに、先に逃がす事も可能になる。燃料の問題だけだが、魔力の比較的に多いリーゼと一般的なサンドラなら大丈夫だと思える。

 ヤスはリーゼとサンドラの期待している目を見てため息をつく。

「そうだな。二人に先導してもらった方が良いだろう。アーティファクトを準備する」

「!!」「ヤスさん。よろしいのですか?」

「貸すだけだし、操作はそれほど変わらないから大丈夫だろう」

「うん。ヤスが前に操作したアーティファクト?」

「ん?そうだな。サンドラも見ているし、複雑な操作も無いし大丈夫だろう」

「わかった」「はい」

 二人の嬉しそうな顔を見て、ヤスは”まぁいいか”と考えた。

「イワン。手続きを頼む。明日の朝には出発するつもりだ。セバスに命じて、トレーラーをドワーフの工房近くに持っていく」

「わかった。サンドラ。ギルドで手続きをする」

「はい」

 イワンとサンドラが会議室から出ていく。

「リーゼ。メイドを一人は連れて行けよ」

「え?あっそうだね。サンドラは、お嬢様だったね。わかった。ファーストに相談する」

「頼む。俺は、アーティファクトの準備をする。明日の朝までには準備が終わると思うから、工房に来てくれ」

「うん!ありがとう!」

 何が嬉しいのか、リーゼはニコニコ顔だ。

 ヤスは、ギルドにはよらずに、神殿に戻った。
 リーゼは、サンドラと準備をすると言ってギルドに残った。


 翌朝。

「旦那様。サンドラ様が工房に来ておられます」

「ん?サンドラ?リーゼなら解るけど・・・」

「はい。サンドラ様です」

「わかった」

 ヤスは、眠い目をこすりながら工房に向かった。

「おはようございます。ヤスさん。早くにもうしわけありません」

「ん?それは別に良いけど、どうした?まだ時間には早いぞ?」

「はい。解っています。今回の事で、ヤスさんに勘違いをさせてしまったかも知れないと思って・・・」

「勘違い?」

「はい。イワンさんが、最初は私だけに案内を頼もうとしたと言っていました」

「そうだな。実際に、そうなのだろう?」

「はい。大筋では間違っていません。しかし、リーゼが無理を言って着いてこようとしたわけではありません」

「ん?」

「リーゼは、ヤスさんの役に立ちたいと言って、私とイワンに頼み込んだのです」

「うーん。リーゼは、十分、仕事をしてくれているけどな」

「私もそう思いますが、自分だけ固定の仕事が無いのが気になっているようです」

「それで?何を、リーゼに提案した?」

「・・・」

「サンドラ?」

「ヤスさんが、アーティファクトで人を運ばないと公言されています」

「あぁ俺は、トラックの運転手で、人を運ぶのが仕事じゃないからな」

「・・・。”とらっく”が何を言うのかわかりませんが、ヤスさんが人を運ばないのなら、これから道案内とか交渉で人を運ぶ必要が出た時にリーゼがヤスさんの代わりに人を運ぶのは仕事になるはずだと、提案しました」

「あぁそれで、アーティファクトが欲しかったのだな」

「はい。カスパルさんが使っているような大人数を運ぶ物ではなく、少人数を運ぶアーティファクトが良いと思っていました。そして、物資や荷物はヤスさんのアーティファクトで運んで、リーゼは交渉や道案内の人を運ぶ。不器用な提案だと思いますが、受け入れて頂けませんか?」

「リーゼやサンドラの思惑は置いておくとして、俺は別に拒否しないよ。それに、リーゼとサンドラの様に両方とも基本操作ができれば、逃げられるだろう?」

「え?あっ。問題はないと思います」

「うん。アーティファクトは壊してもいい。だが、絶対に死ぬな。いざとなったら逃げろ。アシュリまで逃げられればなんとなる。リーゼに言って、メイドを一人付ける。それに、眷属の魔物を一体護衛で付ける。リーゼが来てから、アーティファクトの説明をする。教習所で使っている物とも違うから、説明が必要になるだろう」

「わかりました。ありがとうございます」

 まだなにかサンドラはヤスに言いたいことが有ったが、言うことが出来なかった。
 リーゼが工房に到着したとファーストが挨拶に来たのだ。

「サンドラ。まだ、なにかあるようだけど、帰ってきてからでもいいか?先の方がいいのか?」

「いえ、帰ってきて、お時間に余裕があればお願いします」

「わかった。それじゃ、リーゼも来たから、アーティファクトの説明をするよ」

 ヤスは、新しいFITをリーゼに渡した。神殿仕様になっているが、ヤスが乗るために改造した部分はノーマルにしてある。
 基本操作は大丈夫なので、結界の張り方などハンドルに付いているボタンの操作を説明した。メータの読み方も同じなので、シートの調整とか、若干異なる部分の説明を行った。リーゼとサンドラは、ある一部以外は殆どサイズの違いはないので、座席合わせもそれほど苦労しない。

 丁度、イワンもやってきてコンテナへの荷物の積み込みが終了したようだ。
 中身を確認したヤスが頭を抱えていた。

「イワン。本当に酒樽だけだがいいのか?」

「大丈夫だ。この酒精を飲めば、奴らだって神殿の価値が解る。急いで来るに違いない」

「まぁ仕事だから運ぶけど・・・。あっイワン。積み込んだ物の確認を頼む」

「わかった」

 ヤスとイワンが積荷酒樽の確認をし始めた時に、リーゼとサンドラはFITを操作して基本動作を習得していた。

2020/05/26

【第八章 リップル子爵とアデヴィト帝国】第三十九話 後始末の準備

 ヤスは、魔通信を切った。

 ヤスは、大事な用事を思い出した。辺境伯でも良かったが、サンドラに繋いだ。

「サンドラ。聞きたいことがあるけど大丈夫か?」

『大丈夫です』

「豚公爵の名前と領地を教えてくれ」

『ヤスさん。何をなさるおつもりですか?』

「明確な敵なのだろう?名前と所在がわからないと、気持ちが落ち着かない」

『・・・。ヴァルブルグ公爵です。領地はありません。王都にお住まいです』

「へぇ王都か・・・。そりゃぁ大変だな。狐侯爵は?」

『お父様ですか?ヤスさんに教えたのは?』

「うーん。それで?」

 サンドラは、ヤスがとぼけていると感じたがスルーした。

『はぁまぁいいです。リューネブルク侯爵です。こちらも法衣貴族で領地を持っていません』

「領地が無いのに、よく金が回るな」

『特定の物品にかかる税が彼らの主な収入です。王家は、これを取り上げたいのですが、公爵派閥の抵抗が激しくて難しいのです』

「それが、塩や砂糖や胡椒だったのだな」

『・・・。はい。お父様は、神殿から得られた物なので、王国外からの輸入したのと同じ扱いにして、関税をかける必要がないと王家に認めさせたのです。そして、王家に対して、”献上した物が献上品だと解るようにして輸送していたのに襲われた”と報告したのです』

「物品は神殿からの輸入品とでも申告したのか?」

『はい。塩や砂糖と報告すれば、豚と狐に邪魔される可能性があったのです』

「そうか、それで、王家は塩と砂糖と胡椒や香辛料の特権を取り上げたのだな」

『そうなりました。お父様と王家での取り決めでしたので、詳しい話は聞いておりませんが、布告された内容からは、豚と狐から特権を取り上げたのは間違いありません』

「わかった。ありがとう」

 魔通信を切って、ヤスはエミリアを操作した。モニターに、魔通信機の貸し出しリストを表示させる。

「マルス」

『はい。識別名ヴァルブルグ公爵家と識別名リューネブルグ侯爵家にある魔通信機の傍受記録を作成します』

「そうだな。でも、それよりも、二人の屋敷にドッペルゲンガーを潜入させたい。可能か?」

『可能です。虫に擬態をさせた、種族名ドッペルゲンガーを忍び込ませます』

「そうか、ドッペルゲンガーをヴァルブルグ公爵とリューネブルグ侯爵に近づけて擬態をさせろ」

『はい。本体はどうしますか?』

「別に殺す必要はない。そのまま放置だな。公爵ドッペルと侯爵ドッペルが居れば、殺してもいいけど、王家の対応を見てから考えればいいかな」

『かしこまりました』

 マルスは行動を開始した。ドッペルゲンガーを10体召喚した。迷宮区に残っていた帝国領内で使ったドッペルゲンガーの残りを呼び出した。ヤスの眷属になっているドッペルゲンガーを主として体制を構築した。今まで捕らえた、男女に擬態をさせた。上位の魔物に進化させるために、迷宮区を効率よく回らせたのだ。ドッペルゲンガーは使い勝手がいい魔物なので、マルスもこの機会に予備を作ると決めた。

「あと、帝国側に作る村に適した場所の選定を頼む」

『・・・。関所から抜けた街道を進んで、地域名ザール山の麓に、廃村になった場所があります』

「都合がいいのか?」

『後ろは、神殿の領域になっている山脈の一つです。切り立った崖から1キロ程度離れた場所です。農地になる場所もあり、種族名ドリュアスに命じれば、畑に使えます。山の麓は種族名エントに命じて果樹園に出来ます』

「水は?」

『地域名ザール山から流れ出た水が川となって近くを流れています』

「よし、支配領域に組み込め。それから、村を任せられる人材は・・・。面倒だから、ドッペルゲンガーを使うか?あと奴隷商ドッペルに支店を出させよう」

『了』

「村の防御も考える必要があるだろう。間違いなく、帝国国内から攻められるだろう?」

『はい。認識名貴族ドッペルから兵士の貸し出しで対処が可能です』

「うーん。それでも良いけど、自分たちで守れる様になって欲しい。貴族ドッペルは関わり合いがない様にしよう。奴隷商ドッペルと司祭ドッペルに支援させよう。村長は、紛れ込ませたドッペルにやらせて、”テイマー”という触れ込みで、ゴーレムでも操っている状況にするか?」

『了。ゴーレムマスターとして、ドッペルゲンガーを村長に設定します』

「うん。あとは、村はなるべく手を入れないようにしよう。家とかはそのまま利用しよう。上下水道だけは整備してくれ」

『了。家も、ゴーレムを使って建築します』

「そうだな。壁や堀も同じ手法で頼む。物見櫓も作ってくれ」

『了』

「あと、森とか作られないか?守護獣を置いておきたい」

『可能です』

「アラクネとかでいいかな?」

『了。フォレストスパイダーを進化させます』

「頼む。アラクネを眷属して、スパーダー種を配下に加えておいてくれ」

『了』

 ヤスは、マルスに指示を出した。
 帝国での物流を行うための拠点にするための場所を確保したのだ。帝国では、開拓した場所は、開拓した者が所有出来る。廃村になっている場所を、テイマードッペルがゴーレムを使って開拓をすれば、それはテイマードッペルの物だ。国からの支援もなく開拓が行われたので、帝国からの代官を受け入れる必要がない。税金を収めるのは吝かではないが理不尽な話になってきたら従わないつもりだ。近隣の貴族は、神殿の関所に攻め込んでくる奴らなので、徹底的に痛めつける。
 帝国の他の貴族が攻めるためには、間の貴族を通過した上で、村を攻めても、全滅させては意味がない。服従させるしかなく、場所的にもそれほど美味しくない。帝国の辺境に位置する村なので、攻めるリスクに見合うメリットが少なく、攻めようとする者は近隣の貴族だけだと思われる。
 計算したわけではないが、ヤスは帝国に楔を穿つことになる。

『マスター。個体名ドーリスがマスターに相談があるそうです』

「わかった。ギルドの会議室に行くと伝えてくれ」

『了』

 ヤスは、テーブルの上に置かれていたサンドイッチを口に入れて、果実を絞ったジュースで腹に押し込んだ。
 1階に移動して、マウンテンバイクを引っ張り出して、漕ぎ出した。今日は、自転車の気分だったのだ。

 ギルドに到着すると、ミーシャがヤスを出迎えた。

「ヤスさん。ドーリスが、会議室で待っています」

「わかった。そうか、ドーリスならギルドマスターの部屋でもよかったか・・・。まぁいい」

 ヤスは、ミーシャに部屋番号を聞いて、会議室に移動した。
 部屋では、イワンとドーリスが待っていた。

「おっ珍しい組み合わせだな。どうした?」

「ヤスさん。イワンさんから、ヤスさんに依頼があります」

「ん?依頼?イワンから?」

「おぉ悪い。ドーリス殿。ヤスには、儂から話す。ヤスが受けてくれたら、手続きを頼む」

「かしこまりました」

 ドーリスがヤスに頭を下げて、受ける場合には、イワンと一緒に受付に来て欲しいとだけ伝えて部屋を出ていった。

「それでイワン。依頼はなんだ?」

「その前に、リップルの馬鹿が男爵家を巻き込んで、神殿を攻略しようとしているのは知っているよな?」

「あぁルーサから話は聞いた」

「そうか、男爵領に、産出量は減ってきているが、質のいい鉄鉱石が採れる鉱山がある」

「へぇ」

「その鉱山の村に住む同族から、神殿に移住したいと申し出があった」

「ん?俺は、人は運ばないぞ?」

「解っている。だから、相談したいと思っている」

「すまん。言っている意味がわからない」

「そうだな。まず、ヤスが人を運ばないのは理解しているし、承知している」

「あぁ」

「だが、物資は運んでくれるだろう?」

「当然だ。それが俺の仕事だ」

「まず、鉱山の村の状態から説明する・・・」

 イワンの説明を聞いて、ヤスは納得した。

「そうか、紛争で物資がなくなっている。”神殿から、イワンが集めた物資を村に運んで欲しい。向こうで移動に邪魔になる、道具を積み込んで神殿に持ち帰って欲しい”で、合っているか?」

「そうだ。物資が不足している。逃げ出すのも難しい。それに、炉は無理だとしても槌や生活用品は運びたい。そのための、馬車が手配できない。ずるずると伸ばしていたら、紛争が始まって荷物を持ったままの移動は不可能に近い。物資もはいってこない状況になってしまった。と、いうわけだ。やってくれるか?」

「問題はないが、問題がある」

「なんだよ。その問答のような話は?」

「依頼は受けるが、俺はその”鉱山の村”の場所を知らない」

「ヤス。道案内だが・・・」

 ドアがノックされた。

「丁度よかった。はいってくれ」

 イワンがノックに応えた。
 そこには、ヤスも知っている女性が、二人が立っていた。

2020/05/25

【第八章 リップル子爵とアデヴィト帝国】幕間 国の行く末を憂慮する辺境伯

『お父様!』

「わかった。サンドラ。みなまで言わなくていい。ハインツに連絡して、王家に筋を通しておく」

『ありがとうございます。後ほどヤスさんからお父様にご連絡があると思います。よろしくお願いします。それでは!』

 娘からの連絡を受けて、リップルの連中が暴発したのを知った。
 儂が放っていた者たちからの連絡よりも、娘から連絡が早かったのが情けなくなる。抜本的な変革が必要になってきたのかも知れない。魔通信機が使いやすい環境だとしても、時間の差を考えてしまう。そして、娘は神殿が負けるとは考えていない。王家への連絡も、リップルを殺してしまった時の為に、自分たちが被害者であるという事情を説明しておくためだ。
 それにしても・・・。神殿の主が持ち出したアーティファクトは地味だが強力な武器になる。聖剣や魔剣などではない、領地を富ませるための武器だ。

 儂が持っている魔通信機に着信があった。番号が表示されない。迷宮の主からだ。

「クラウスだ」

『忙しい所。もうしわけない。ヤスだ。いきなりだが、本題に入る』

「頼む」

 ヤス殿は、貴族のように腹の探り合いをしてこない。時間が一番貴重な存在だと知っているのだろう。

『リップルの件は聞いた?』

「先程、娘から連絡がはいった。王家への話は通す」

『わかった。クラウス殿。お聞きしたい。公爵と侯爵ではどちらが邪魔だ?』

「え?」

『悪い。言い換える。クラウス殿の派閥が大きくなって、王国で権威を握るのに、邪魔なのは、どっちだ?』

「両方だといいたいが、公爵が邪魔だ。あの豚は、サンドラを寄越せと言ってきただけでなく、神殿のアーティファクトを手に入れて献上しろと言ってきている」

『わかった。どのくらいの罪があれば失脚する?』

「・・・。ヤス殿?」

『ただの世間話だ。気にするな。どのくらいの罪状があればいい?”子爵家や男爵家に、神殿を手に入れたら自分の力で貴族に戻してやる。自分が王位に付いたときには、辺境伯の地位を約束する”くらいの情報が出てくれば、隠居を言い渡す位はできるか?』

「・・・。可能ですね。でも、そのためには、公爵が書いたと認める。公文書である必要があります」

『ふーん。わかった。雑談は終わりだ。クラウス殿。帝国が動いた』

「え?帝国が?本当か?」

『あぁ確かな情報だ。関所に向かっている。数は、未確認だが、3万に届かない程度だ』

 3万。ヤス殿は軽く言っているが、年中行事になっている帝国からの襲撃だが、そのときでも4-5千だ。6倍の戦力だ。

「ヤス殿」

『大丈夫だ。戦力としての数は多いが、一度に戦えるのは、1-2千だ。4-5回も撃退すれば逃げるだろう?それに、前線は二級国民や奴隷だろう?それならそれで戦い方はある』

「わかった。帝国は任せる。神殿の主は、儂に何を望む?」

『いくつか、知りたい。知っていたら教えて欲しい』

 ヤス殿にしては珍しい言い回しだ。

「なんでしょう?」

『一つ目は、帝国との戦いで、相手の貴族や有力者を捕虜にした場合はどうなる?2つ目は、二級国民や奴隷を捕虜にした場合はどうなる?三つ目、こちらから攻め込んだ場合にはどうなる?』

 勝つことが前提の話になっている。
 負けるとは考えないのか?いや、負けないのだろう。

 儂も覚悟を決めるべき時かもしれない。

「まず、最初の貴族や有力者の場合には、帝国に書状を送って身代金を要求する」

『身代金か・・・。金額はどうなっている?』

「男爵家の当主本人の場合には、金貨1万枚を請求した前例がある」

『前例?』

「過去に一度だけ、男爵家の当主を捕虜にした。普段は、小競り合い程度で終わるのが常だから、貴族家の当主は捕縛されない。2つ目だが、こちらの自由にしている。兵士に関しても同じだ。ただ、兵士でも身代金を要求できる場合があるので、その時には帝国に打診する」

『ほぉ。それなら、兵士も殺さないほうが良いのだな』

「そうだな。最後は、答えは”わからない”だ」

『そうか、了解した。貴族家の当主が居れば捕らえた方が良いのだな。あと、領土を割譲するのは可能だと思うか?』

「わかりません」

『そうか、実効支配するしかないか・・・』

「ヤス殿・・・。実効支配は、どこを支配するのですか?」

『うーん。今後を考えると、帝国にも拠点が欲しいから、関所を抜けた場所に、拠点になる村を作ろうかなぁっと思ってね』

「え?」

『そこに、解放された二級国民や奴隷を生活させれば、いいと思わない?クラウス殿の所でも、帝国の情報は欲しいよね?』

「それはもちろん」

『それなら、クラウス殿の所から人を出してもらおうか?村長は駄目だけど、補佐とか商人とかなら出せるだろう?』

「え?」

 何の話をしている?
 まだ戦いが始まっていないのだぞ?

『どうした?』

「ヤス殿。戦いは始まっていません。早すぎませんか?」

『そうか?負ければ、逃げるかすべてを失う覚悟で戦いを継続するかしか道は無いだろう。どちらかを決めておけばいいから、あまり考えても意味は無いけど、勝ったら早々に足場を固めないと帝国に付け入られるだろう?勝ち方を考えておかないと恨みだけが残ってしまうぞ?』

 言っている内容は理解出来るが・・・。流石は神殿の主というわけか?

 確かに、帝国の情報が定期的に手にはいったら・・・。王国だけでなく、我が領にも大きなメリットがある。
 ヤス殿はどれだけ先を見据えているのか?

「ヤス殿。理解した。レッチュ領から商人を向かわせる」

『わかった。仕入れには、集積場を使ってくれ、場所の設定とかあるけど、アーティファクトで荷物を運ばせれば楽だろう』

「え?あっそうだな。集積場・・・。ローンロットにはこのような使いみちがあるのか・・・」

『それから、クラウス殿。子爵領と2つの男爵領が潰されるだろう?』

「多分。そうなる」

『3つの領の中心に、集積場を作れないか?』

「集積場とは、ローンロットのような場所で合っているのか?」

『そうだ。関税を廃止して、物流の拠点になる場所だ』

「・・・。考えてみよう。だが、何故だ?今までの街や村を使っては駄目なのか?」

『駄目ではないが、関税の撤廃は無理だろうし、既得権益が存在しているだろう?集積場を作れば、仕事が生まれるだろう?女性は子供でも出来る仕事を捻出すれば、金が領内に回るようになる。スラムに人が集まるよりはいいとおもうけどな』

「・・・」

『あと、3つの領でも物資は必要になるだろう?集積場から効率よく物資を分配しないと、物資に偏りが出てしまうぞ?』

 ヤス殿が言っている通りだ。
 街や村を開拓しようとしたときに問題になるのが物資の偏りだ。それだけではなく、領によって特色がある。商人がうまく調整しているのだが、そのために、貴族でも男爵や騎士爵程度だと商人に頭が上がらなくなってしまう場合が多い。
 集積場を使えば、見える形で調整が出来るようになる。

 問題はあるだろう。だが、今の商人任せよりは良いように思える。

「わかった。ヤス殿。必ず出来るとは約束できないが、集積場を作るように働きかけよう」

『それで十分だ。出来なければ、出来ないで既存の街を使った方法を考えればいいだけだ』

「それは・・・」

『例えば、俺が王都に行った時に使ったアーティファクトを覚えているよな?』

「えぇ」

『あれは、後ろのコンテナ・・・。鉄の箱だけど、あれが取り外せる。どっかの街の外に、あの鉄の箱を並べるだけの簡易的な集積場を作っても問題にはならないはずだよな。でも、まずは目先の心配を片付ける』

 ヤス殿が言い出した方法でも問題ではない。たしかに、関税は発生しない。集積場というには安全ではないが、あの鉄の箱を壊したり持ち逃げしたりは出来ないだろう。時間をかければ壊せる可能性があるが、それまでに誰かが気がつくだろう。

 ヤス殿が言っている通り、目先の心配をした方が良いだろう。

 魔通信機での通話は、そのあと30分ほど続いた。
 同時に、王家への根回しを頼まれた。王家もあの豚公爵や狐公爵は目の上のたんこぶになっている。排除に伴う混乱を避ける可能性もあるが、一気に勢力を削るチャンスを活かすだろう。儂も覚悟を決めなければならない。

 王国の膿を出す。奴らは、王国に巣食う魔物だ。奴らを野放しにしておけば、屋台骨である王国が傾いてしまう。
 儂は、覚悟を決めて、豚公爵と狐侯爵と敵対する。

広告

2020/05/24

【第八章 リップル子爵とアデヴィト帝国】第三十八話 落日のリップル

 ”リップル子爵領から兵士が関所を目指して進軍している”
 この情報が神殿にもたらされたのは、ヤスが関所の森、神殿の森、魔の森にポッドの配置を終えた翌日だ。

 休む暇も無いと愚痴を言っているヤスだったが、報告をあげてきたルーサと話をするためにモニターの前に居た。

『ヤス!』

 ルーサがモニター越しに怒鳴っている。
 ヤスが言った愚痴が聞こえてしまっていたのだ。わかっていた話だが、緊急事態には違いない。

「ルーサ。聞こえている。状況を教えてくれ」

『すまん。ヤスだけか?』

 いつものメンバーが揃っていると思ったルーサだが、会議に出席できる権限を持つ者は、すでに作業に入っている。

「あぁサンドラは、辺境伯に連絡している。ドーリスは各ギルドに連絡して確認を行っている。ディアスは、カスパルと一緒にユーラットに行ってもらった。ミーシャは、神殿の街の中を見て回ってもらっている。デイトリッヒは冒険者たちに説明をしてもらっている」

『説明?デイトリッヒが?』

「関所で戦闘が発生したら、商隊が戻れないだろう?」

『そうだな。アシュリでも商隊を止めたほうがいいか?』

「任せる。現場で判断してくれ、それで?奴らの動きは?」

『わかった。それでヤス、奴らの動きだが、関所を攻めるようだ』

「へぇそう?勝てる?」

『お前な・・・。他にも言いようがあるだろう?』

 ルーサは、ヤスが慌てると思ったが、ヤスの淡白な返しで毒気を抜かれてしまった表情をする。
 慌てていた自分が馬鹿らしいと思ったのだ。

「そう?でも、数は1万くらいでしょ?帝国側からも同時に来るみたいだけど、馬鹿だよね。連携が取れないのに、どうやって同時に攻めるつもりなのかな?」

『ヤス。帝国の話は初めて聞いたが?』

「あぁ。初めて話したからな。知っているのは、マルスとセバスとツバキだけだ」

『お前なぁ・・・』

「それで、リップルの馬鹿はどんな感じ?ルーサの第一報では、暴発したと言っていたよね?」

『そうだな。それを先に説明しないとダメだな。まずは、王都での話だが・・・』

 ルーサは、草から手に入れた情報をヤスに順序立てて説明した。

 ヤスもその話は知っている。マルスが魔通信機を傍受していたので、断片的な情報が入ってきていた。ルーサの部下からの報告もマルスが聞いているので、改めてルーサからの報告は必要ないのだが、ヤスはルーサの見解を含めて聞きたかった。

「ルーサ。それじゃ、王都で彼らは、塩を砂糖と胡椒をのだな」

『間違いない。公爵と侯爵に売った。他にも、派閥の貴族たちに喜々として売っていた』

「王家には献上しなかったのか?」

『したさ。公爵と侯爵に売った金額の5倍の値段を付けて』

「ハハハ。王家も困っただろうな。それにしても馬鹿だな」

『その辺りの話は、辺境伯に聞いてくれ、それで、ヤス。奴らは、王家から叱責されたようだ。公爵と侯爵も王家を騙したと言われた。特権で許されていたいくつかの利権が王家に返還された』

 公爵家は王家に連なる者なので、忌々しいが特権を許すしかなかった。何か悪事を行っても、うまく立ち回って逃げていたのだ。今回は、辺境伯から得た情報で王家は公爵と侯爵が持っている利権を取り上げる方法を考えた。
 王家から”子爵と男爵では、献上する金額に見合う格が足りない”と通達した。その場合には、上位貴族である伯爵や辺境伯が後ろ盾になるのだが、今回は莫大な利益を産む可能性を秘めた物の為に、公爵と侯爵が連名で後ろ盾になった。王家が垂らした釣り針に喰らいついたのだ。

「へぇ王家もうまく立ち回ったのだな。辺境伯から話を聞いていたのに、知らないフリをして公爵や侯爵を騙したのだろう」

『まぁそうだな。でも、ヤス。神殿にもメリットが有ったのらしいな?』

 ヤスは、辺境伯経由で王家からのお墨付きを貰った。

 アーティファクトはギルドに登録してあるので大丈夫。あとは、くだらないリップルとか帝国の問題が片付けば、物流に力を注げると考えている。

「そうだな。関所の森や帝国へと繋がる街道を、神殿の支配領域に指定してもらえたからな。子爵家や帝国を攻撃する大義名分が手に入った」

『あっそれで、公爵と侯爵はリップルを破門にした。リップルは、例の文章の検証が終了したら、爵位の奪爵が行われる予定だ。名前が出ていた、男爵家は降爵で騎士爵になって世襲権が剥奪された。リップルの領地は、王家の直轄領となる予定だ』

「ほぉ・・・。それで、領地に帰ってきてみたら、村がなくなっていて、税金を取ろうとしていた住民が難民となって逃げ出して、兵士も半数以上が逃げ出した後だったと言うわけか・・・。やりきれないな。まったく、あくどい罠をしかけるな。怖い。怖い」

『ヤス。お前がそれを言うのか?』

「ん?俺は、アイディアを出して、実行を手助けしただけだからな。ルーサ。それで?」

『ヤス・・・。まぁいい。リップルと2つの男爵家には、指示された噂を流した。お前・・・。まさか・・・』

「ん?何のこと?すこーしだけ、隠密行動が出来る二級国民・・・。あぁ元二級国民に、帝国のある領で噂を流したって聞いただけだ」

『そうか、ヤス・・・。なんてことを・・・。噂は、リップルや男爵領で流したのと同じか?』

「似たような感じだね。なんと言ったか忘れたけど、うまい具合に来てくれてよかったよ」

『何を言っている?挟撃されるのだぞ?』

「違うよ。別々の方向から、別々に攻めてくるだけ、協力体制になっていないし、連絡が取れないから、挟撃じゃない。衝突するタイミングを調整すれば、忠誠心が薄い軍と二戦するだけ、ルーサなら余裕だろう?」

『おい。ヤス。そえで、帝国の奴らは、どのくらいで攻めてくる』

「大丈夫。重ならないようにする。それに、リップルの奴らはそれほど驚異では無いだろう?」

『帝国は、しばらく考えないぞ?見張りを強化して、斥候を放つ程度で様子見だな』

「十分。魔物を突撃させる手段もある」

『はぁ・・・。もういい。それで、リップルの奴らだが、レッチュ辺境伯の領地を迂回するようだ。正確には、領土の端を掠める形で、関所を目指すようだ。数は1万。半数が奴隷だ』

「へぇそんなに奴隷がいたの?」

『あぁ領地内の奴隷商や豪商から巻き上げたようだ』

「わかった。奴隷は、俺の方でなんとかする。でも、一気に兵力が半数になったら、奴ら撤退しないか?」

『大丈夫だろう。奴らには、帝国に渡る以外に生き残る方法は残されていない』

「そうなのか?大変だな」

『お前が言うな!ヤス。それでどうする?』

「殲滅以外にあるか?」

『・・・。ヤス』

「そうだな。ルーサ。一人も死なないで、奴らと戦って負けられるか?」

『ん?意味がわからない』

 ヤスはルーサとリップルから来ている討伐隊の殲滅方法を考え始めた。ヤスは、奴隷を含めて全部を神殿の肥やしにしたいと考えている。難民が流れてきたので、二万人ほど人口は増えたが、建物や環境整備で討伐ポイントを使ってしまった。余裕はまだあるが、必要になったときに足りないでは詰んでしまう。そうならないためにも、通常運営とは別に討伐ポイントの確保が出来るのなら、溜め込んでおきたい。
 ルーサや眷属からの報告で、リップル元子爵の討伐隊には強者は居ない。耳目がある場所で殲滅はしたくなかった。

「できるのなら、奴らを殲滅出来る」

『命令ならやるぞ?』

「うーん。それじゃ、命令。ルーサ。リップルの先鋒と戦って、味方に一人の死者も出さずに負けろ。距離を保ちつつ。関所を帝国側に抜けろ」

『はっ。抜けるだけでいいのか?』

「正確には、抜けたように見せかけて、関所の中に逃げ込め。門は、リップルの本隊が抜けるまで開けておいていいからな」

『そうか、1つ目の門を抜けても、2つ目の門がある』

「罠を作る」

『罠?』

「それは”見てのお楽しみ”だな」

『ヤス・・・。わかった。俺は、先鋒の人選をする。死なないで逃げられる奴を中心になるだろう』

「頼む」

 ルーサとの通信が切れたヤスは、伸びをした。

(さっさと終わらせて、物流に集中したいのだけどな。さて次は・・・。辺境伯だな)

2020/05/23

【第八章 リップル子爵とアデヴィト帝国】第三十七話 ヤスの勘違い

 ヤスは、レイクサーペントを、安全を考慮して配置範囲のギリギリにあたる100メートル先に召喚した。いきなり襲われる可能性は無いと思ったが、魔物の大きさが解らなかった為の処置だ。
 ヤスの目の前に体長10メートルを超えそうな巨大な白蛇が姿を現した。赤い目を持つ白い蛇だ。

『マスター』

 白蛇は、ヤスに頭を垂れるような姿勢になっている。

「ん?お前か?」

 目の前の白蛇にヤスは話しかける。

『マスター。名前を頂けないでしょうか?』

「名前?」

『はい。マスターの眷属にしていただきたいのです』

 白蛇はヤスに懇願するようにお願いを告げる。眷属になれば、魔物としての格が上がると認識しているからだ。マルスもヤスのためになるので、黙って見過ごす。

「わかった。お前の名前は、”ジーク”」

 ヤスは、セバスのときの二の舞を避けた。白蛇の赤い目が、とあるスペースオペラに出てきて、早々に金髪の青年を庇って死んでしまう、赤髪の青年を思い出した。そのままの名前よりは、金髪の青年の姉が赤髪の青年を呼んでいた、呼び名にした。

『吾は、ジーク。マスター。ありがとうございます』

「ジーク。身体の大きさを自由に調整は出来るのか?」

『可能です』

 ジークは、ヤスの前まで来てから、体長を1メートルまで小さくなった。

「ジーク。お前には、湖を管理してもらいたい」

『はっ』

「あと、両脇に村がある。住民を守ってくれ、湖に、今から魔物を吐き出すポッドを配置する。増えすぎる前に数の調整を頼む」

『かしこまりました。マスター。眷属を呼んで、管理を手伝わせてもよろしいですか?』

 湖は広い。ヤスが適当に作ったので、形は円状になっているが深さは思った以上に深い。ジークだけで管理するのは難しいだろう。ジークもセバスと同じで眷属を呼び出せるので、管理に使うと宣言したのだ。

「問題ない。この湖の長は、ジークだ。マルスと相談しながらうまく管理を頼む」

『個体名ジーク。マルスです』

『わかった。吾はジーク。マルス様。よろしくお願いいたします』

 ジークは、マルスから状況を聞いて、湖の管理を行い始める。
 ヤスは、ジークとマルスからの進言を聞きながら、魔物を吐き出すポッドを配置していく。生態系の維持を目的と考えたが、今更考えるのも難しいので、ヤスは適当に配置して、数の調整はジークと眷属に全面的に任せた。

 湖の整備が終わったヤスは、川を遡上しながらポッドを配置していった。

『マルス。今更なことを聞いていいか?』

『はい。マスター』

『魔物のポッドを配置するよな?水の中だと言っても、ポッドの位置が解るよな?そうなると、待ち構えていて捕食とか出来てしまわないか?』

『マスター。ポッドはマスターや眷属にしか視認出来ません。魔物が出現するポイントはランダムになります』

『それなら、まぁ大丈夫か・・・。気にしなくてもいいのだな』

『はい』

 ヤスはマルスからの返答を受けて、川には等間隔にポッドを配置した。

 モンキーを運転しながら、ヤスは疑問に思った内容をマルスに問いかける。

『マルス。関所の森にも、エントを配置したよな?』

『はい。個体名セバス・セバスチャンの眷属を配置しております。擬態をしていますので、見分けは難しいと考えます』

『いや、見かけないのはいいけど、草木を食べる魔物や動物が居るけど、眷属が傷ついたりダメージを受けたりしないのか?』

『大丈夫です。エントは魔法が使えます。草木の生育を調整できます。魔物や動物が増えてきても対応は可能です』

 マルスは大丈夫と宣言したが、エルダーエントの眷属であるエントたちの多くは上位種に進化している。迷宮区で魔物と戦って進化条件を満たしたものから、街道の防衛にあたっている。同じ様に、森の中の維持を行っている眷属も上位種なのだ。進化前の眷属は、迷宮区で進化を行う条件を満たすために戦っているのだ。
 ツバキたちドリュアスは、戦闘能力を削って日常生活のサポートに重点を置いた進化を行っている。人化できるようになるまでは、エントと同じ様に迷宮区で戦闘を行うが、人化が終了後は各地でサポートを行うようになる。

 ドリュアスの進化は、戦闘能力を重視していないと言っているが、それでも進化前の魔物には負けない。迷宮区でも10階層までなら単独でも踏破できる。だが、ヤスは、ドリュアスたちが戦闘を苦手としていると思っていたので、メイドや事務の作業に特化した作業を行うように指示を出している。人化したドリュアスたちを各地に配分した。村の中枢は信頼できる人にお願いしているがサポートする人員としてドリュアスを送り出しているのだ。

『わかった。それなら、関所の森や神殿の森や魔の森にもポッドを配置したほうがいいよな?』

『食料を供給する目的でしたら、配置は有効な方法です』

『わかった。配置に時間を使おう。でも、マルス。それほど沢山の魔物を吐き出すポッドを設置して、ポイントは大丈夫なのか?魔力を注げばいいのか?』

 ヤスは、また覚え違いをしていた。
 魔物を吐き出すポッドは、配置時にポイントを利用するが、それ以降は周りの魔素を集めて魔物を排出する。魔力を注入すればそれだけ早く魔物を吐き出すが必須ではない。ポイントも同じだ。そのために、ある程度の間隔でポッドを配置すればポイントや魔力は必要ないのだ

『そうか、わかった。マルス。カイルとイチカ程度でも1対1なら倒せる魔物を教えてくれ、食肉中心だ。それらを、配置する。帝国側は、それよりも2段階ほど強い魔物で食肉には向かない魔物も含める』

『了。川を挟んで、切り分けるのですか?』

『そうだな。その方法でいいだろう。出来るか?』

『可能です』

『頼む。マルス。エミリアに地図を転送して、ポッドを配置する場所にマーキングを頼む。関所の森と神殿の森と魔の森だ』

『了』

 指示を出したヤスは、川を遡上して、上流までやってきた。
 最上流と言っても、水が湧き出る崖があるだけの場所になっている。大量の隙間から水が湧き出して、川になっているのだ。

 ヤスは、そこに池を増設した。
 ジークから川の水量をもう少し多くして欲しいと要望が上がったのだ。帝国側からの川を渡ってしまう可能性を考慮したのだ。そして帝国側に配置する予定の魔物が川を飛び越えてしまう可能性があるので、川幅を持たせて魔物以外も渡らないように配慮するのだ。
 そのために、池を配置して、崖から湧き水だけではなく、下からの水が湧き出すようにしたのだ。

 そして、エミリアのカタログを見ていて、気になった魔物を、最上流の池の主にするために召喚した。

 ヤスが召喚したのは、タートルドレイク。ポイントも、ジークと同等だったために大丈夫だろうと判断した。ワニの顔を持つ亀だ。ヤスは召喚したときには、”カミツキガメ”を思い出した。あとは、昔の映画にあった”ガ○ラ”だ。

 同じ様に、名前を求められ、ヤスはタートルドレイクにミュラーと名付けた。体長も小さくして、池の管理を任せた。名前を求められたときに、”○メラ”と名付けしようと思ったが踏みとどまった。そして、ジークと同じ小説に出てくる”鉄壁”の異名を持つ人物を思い出した。亀の甲羅が鉄壁の防御力を持つを思ったからだ。
 ミュラーは変わったスキルを持っていて、水生植物の育成が出来るので、魔物の餌になるような水草や苔の育成を行うように頼んだ。眷属の召喚も許可した。

 ジークは湖を中心に管理を行う。ミュラーは池と川の管理を行う。マルスを交えた3会談で決めたようだ。

 池の整備と配置が終わったヤスは、王国側のポッドを配置するためにモンキーを走らせていた。
 木々を縫うように走る間隔が楽しくなっていた。

 ポッドの配置場所は、マルスが指示を出している。
 数として75個。多いのか少ないのか判断は出来ないが、狩りで生計を立てる者が居ても大丈夫だと思える。魔物が増えすぎる懸念から、ヤスは眷属に鳴っている魔物たちを

 ヤスは、5日程度かけて魔物を吐き出すポッドを配置した。

 ヤスの仕掛けたいやがらせの種が芽吹いたのは、ヤスがポッドの配置を終えて工房でモンキーの整備と改良を始めようとしているときだった。

2020/05/22

【第八章 リップル子爵とアデヴィト帝国】第三十六話 日常の一コマ

 難民たちは、神殿の領地内に散らばった。
 ヤスに取って、嬉しい誤算もあった。村で、宿屋をやっていた夫婦が数組だが存在していた。それだけではなく、神殿内に足りなかった雑貨屋や食堂の経験者も居た。希望を聞きながら、神殿の都テンプルシュテットとアシュリとトーアヴァルデとローンロットに散らばった。冒険者たちも、ユーラットや神殿の都テンプルシュテットに拠点を移動した。
 関所の森に作った2つの村は、食料供給の一大拠点となった。

 現在は、畑仕事だけだが、マルスから食料確保の簡単な方法が提示されて、実行すると決めた。

『マスター。湖に、食用が可能な水生の魔物を吐き出すポットを配置すれば食料の問題は、ある程度は目処が立ちます』

「ん?あっそうか、せっかく作った湖を使わない手はないな」

『はい。川にも弱い魔物を吐き出すポットを配置すれば、生態系が構築されると考えます』

「うーん。どうするかな・・・・。まぁ今更だな」

 ヤスは、生態系と言われて魔物を吐き出すポットを配置して問題にならないとかと気になったが、すでに川を作って湖を作って、森を切り開いて村を作った。今更だなと考え直したのだ。

「マルス。ポットの配置は、湖と川でいいよな?」

『はい。川には、上流ほど強めの魔物を配置した方がよいと思います』

「わかった。あと、湖には主となる魔物を配置したいけど問題はないよな?」

『ありません』

「あっ現地に行かなきゃ駄目か・・・。神殿の迷宮とは違うよな。モンキーで飛ばして・・・。あ!マルス。関所の森とトーアヴァルデを繋ぐトンネルって作れるよな?」

『可能です』

「マイクロバスがすれ違える程度の広さと高さでトンネルを作ってくれ。関所の森の村に門を作ったよな。近くに出るようにしてくれ、トーアヴァルデ側はトーアフートドルフから繋がるトンネルを分岐してくれ」

『了』

 ヤスは、地下に降りてモンキーに火を入れる。エミリアを起動して、使える討伐ポイントを確認する。
 人口が増えたことで、神殿の迷宮区だけでなく、魔の森や関所の森での狩りが行われ始めている。人が増えれば、それだけヤスが使える討伐ポイントが増えるのだ。そして、討伐ポイントを使ってより良い環境を作っていけば、それが人を呼び寄せるのだ。

 帝国側に作った村は、最初は100名に満たない人数だったが、貴族に擬態をしたドッペルゲンガー(貴族ドッペルとヤスは呼んでいる)からの報告で解放した二級国民や違法奴隷の多くは帝国での生活を望まなかった。そのために、関所の村(帝国側)に移住するように指示を出している。今は、移動を始めたが、全部で500名ほどは移住してくる。最終的には、2,000名が居住する”村”になる予定だ。意識の違いがあり、王国側との交流は行っていないが、住民同士から交流を始めていけばと考えている。
 そのためにヤスは、湖の中央に10メートル四方程度の小さな島を作ってある。まだ使いみちは決めていないが、必要になればいいし、なければなにか考えればいいと思っている。

「ヤス兄ちゃん!」「ヤスお兄様!」

 ヤスがモンキーで西門に向かっていると、すっかり神殿の名物になっている。カイルとイチカが改造モンキーで近づいてきた。

「お。今日の仕事は終わったのか?」

「いえ、今、受けた仕事で最後です。トーアヴァルデに完了した依頼書を届けに行きます」

「カイルも一緒なのか?」

「はい。カイルは別の依頼ですが、トーアヴァルデに行きます」

「そうか、俺も今からトーアヴァルデに向かって、それから関所の森に行くけど、途中まで一緒に行くか?」

「え?よろしいのですか?」

「いいぞ。久しぶりに、お前たちのペースで”ゆっくり”走るのもいいだろう」

「!!兄ちゃん!その挑発!受けた!勝負しよう!」

『マルス。カイルとイチカから、西門の通過許可を求められて、許可を出したよな?使った形跡はあるのか?』

 西門は貴族の別荘地に繋がる専用にしてしまったが、ヤスが降りるために使う道を別に作った。一直線ではなく、趣味全開の道だ。
 許可された者しか使わない道になっていて、現状で使える者は、ヤスとカイルとイチカとカスパルと眷属たちだけだ。

『あります。日に一度か二度は下っています。上りはゆっくりした速度ですが使っています』

『そうか、たしかに下りよりも上りの方が難しいな。下りは根性を決めれば大丈夫だからな』

『はい』

「ハハハ。カイル。俺に勝つつもりか?200年早い!」

「なんだよ。200年って人族じゃ無理ってことだぞ?」

「それぐらいの差があるってことだ。やるのか?」

「やる!兄ちゃんに買ったら何がご褒美をくれよ!」

「イチカはどうする?」

「私は辞めておきます。まだ勝てそうにありません。それに荷物があります」

「わかった。カイル。俺に勝てたら、何が欲しい?」

「うーん。うーん。そうだ、兄ちゃん。モンキーが欲しい!」

「ん?」

「弟や妹が欲しがっている。練習用に、俺とイチカのモンキーを貸せないから、練習用のモンキーがあると嬉しい!」

「わかった。イチカもそれでいいか?」

「はい」

『マルス。ハンデはどのくらいが適当だ?』

『5分ほどで大丈夫です。ちなみに、個体名イチカの方が個体名カイルよりも運転は上です』

『ほぉ・・・。わかった』

「イチカ。先に行ってゴールで待っていてくれ、カイル。ハンデを5分やる。俺は、カイルがスタートしてから5分後にスタートする」

「兄ちゃん。なめるなよ!絶対に後悔させてやる!」

「カイル。勝ってから言えよ。イチカ。先に行け、ハンデだ」

「??はい。わかりました」

 イチカがスタートした。遅れて、カイルもスタートした。ヤスは、イチカよりも遅くカイルよりも早くゴールするつもりで居るのだ。
 結果は、語らなくてもいいだろう。ヤスの思惑通りの結果となった。

「兄ちゃん。早すぎ!追いつけなかった」

「まだまだ、カイルはスピードを出すだけに拘っているから遅くなる。イチカの様にうまくカーブを曲がる方法を考えれば早くなるぞ」

「え?」

「カイルの場合は、直線で速度を出すのはうまいけど、カーブでも速度を落とさないで曲がろうとして、結局カーブの途中で曲がりきれなくてブレーキを握る。そうすると、カーブが終わったときに最低の速度になっているから、そこからの加速だから遅くなる」

「うーん。だって、早いほうが、早いだろう?」

 禅問答のようなことを言い出すカイルに、ヤスは実際にやってみせた。モンキーの後ろにカイルを乗せてカーブの手前で曲がりきれる速度まで減速してカーブの途中から加速を始める方法をやってみせた。

「兄ちゃん・・・。すごい!わかった、やってみる。これで、イチカに勝てる!」

「カイル・・・。イチカは、もうその方法で曲がっているぞ?」

「え?」

 カイルがイチカを見るが顔をそむける。内緒にしていたのだろう。

「イチカ」

「はい。ヤスお兄様?」

「モンキーはどうする?後で、セバスに届けさせるが、4台もあればいいよな?」

「え?」

「ん?一番は、イチカで、俺が二番で、ビリはダントツでカイルだっただろう?だから、イチカに勝利のご褒美だ。カイルと同じで悪いけど、モンキーでいいよな?」

「・・・。はい。ありがとうございます。ヤスお兄様」

 ヤスは、恐縮するイチカの頭を軽く叩いた。イチカは嬉しそうにしていたが、カイルはそれを見て少しだけ嫉妬を覚えた。
 イチカにはヤスが自分を先に行かせて、モンキーを渡してくれる予定だったとわかったのだ。

 カイルとイチカは、トーアヴァルデで用事を済ませて帰るようだ。

 ヤスは、カイルとイチカと別れてから、アシュリに抜けるトンネルに戻った。

『マルス。関所の森に抜けるトンネルと繋げてくれ』

『了』

『注意が必要だな。マルス。案内板の設置と注意書きを頼む。高速道路の案内板や合流帯と同じで頼む』

『了』

 ヤスは地下トンネルを使って、関所の森に抜けた。
 そこから湖までは、道は整備されていないが、荒れ果てているわけではない。モンキーで問題なく移動できる。

 村から死角になる場所で、エミリアを起動すると、自分を起点に半径100メートル内なら召喚したり設置したりできるようだ。

(まずは、主を召喚するか。リヴァイアサンとか格好いいけど、問題になりそうだから辞めておこう。レイクドラゴンの下位種でレイクサーペントが居るな。この辺りでいいかな?知恵がある者だと隷属化しておけば、管理や村の守りになるからいいのだけどな)

 ヤスは勘違いをしている。レイクドラゴンは伝説級の魔物だ。レイクサーペントも出てきたら死を覚悟する魔物だと言われている。ヤスは、セバスエルダーエントよりも交換に必要なポイントが低かったから、それほどの魔物じゃないと思ったのだ。場所に適合した魔物を呼び出すときには、必要なポイントが減るという事象をヤスは知らなかった。実際には、レイクサーペントはエルダーエントと同等の魔物なのだ。

広告

2020/05/21

【第八章 リップル子爵とアデヴィト帝国】第三十五話 急報

 ラナが立ち上がって、部屋から出ていく。

「それで、ルーサは?」

「魔通信機からの連絡です」

「マルス!ルーサからの通信を繋いでくれ!」

『了』

 モニターにルーサが表示される。

「ルーサ。何があった?」

「ヤス。いきなりすまん。ドーリスにも繋げたいが大丈夫か?」

「マルス。手配してくれ」

『了』

 すぐに、画面が分割されて、ドーリスが表示される。

「ヤスさん。ルーサさん。緊急事態だと聞きましたが?」

「あぁ時間的には、1-2日は余裕があるが、どうしたらいいのか判断出来ない」

 ルーサが、ドーリスに返事をするが、緊急事態の内容が見えてこない。

「ルーサ。それで何があった?先に、それを説明してくれ」

「おっそうだった。ヤス。ドーリス。難民が神殿に向かっている」

「??」「ん?何が問題だ?」

「そういう反応だろう。報告を聞いたときには、同じ反応だった。ドゥアム男爵領とタイヒマン男爵領から、1万を超える難民だ。もしかしたら、リップル子爵領を抜けるときには、もう少し増える人数になる可能性がある」

「1万」「・・・。1万を超える難民。ルーサ。それだけじゃないのだろう?」

「はい。未確定情報ですが、リップル子爵家が奪爵や降爵になるのは確実だという噂が流れている」

「ん?なぜ、それが難民に繋がる?」

「ヤスさん。ギルドにも似たような話が流れてきています。奪爵や降爵ではなく、リップル子爵家が税率をあげるのにあわせて、近隣の男爵領も税率を上げると言うものです」

「どういうことだ?」

「ヤスが命名した、草の者たちからの報告だけどな。王都では、リップル子爵家が行っていた不正の証拠書類を王家が入手して調査が始まったらしいという噂がある。どっかの悪辣な男が、流出させた書類の話だな」

「ルーサ!驚きだな。自分のことを悪辣だと認めるのだな。それだけ、悪人面ならしょうがないのだろうな。ドーリスもそうおもうよな?思うよな?思っているだろう?」

「ヤス!確かに、俺は悪人面だけどな。お前ほど、性格がひん曲がっていない!ドーリス!そうだろう!な!」

「二人とも・・・。似た者同士ですよ。リップル子爵家も2つの男爵も同じ侯爵の子供なのですよ。侯爵にも王家から調査が入るようです。それに先立って侯爵が上納金を3家に要求したという話も出てきています」

「上納金?それで、税をあげたのか?馬鹿なの?」

「馬鹿なのだろう。それで、ドゥアム男爵領では、確認が取れているだけでも10の村が潰れた。兵を向けられた村もあるようだ。潰れた村にいた村民や近隣の村に住んでいた連中が、難民になったという話だ。タイヒマン男爵領はもっと酷いらしい」

「ちょっとまってくれ、ルーサ。それなら、なんで”今”だ?ドーリスの話も、ルーサの話も、ここ数日の話ではないよな?」

「ヤスさん・・・」「ヤス。お前は、魔通信機を使って遠距離で会話するのが子爵や男爵風情に出来ると思うか?」

「出来ないのか?」

「ヤス」「ヤスさん」

 二人の呆れた声にヤスは、名前を聞いた男爵領には貸し出していないことを思い出した。
 冒険者ギルドと商業ギルドには貸し出してあるが、領には貸し出していない。

「そうか、貸し出しはしていないな。そうか、領主がリップルと一緒に王都に向かったのだな?」

「そうだ。リップルの野郎は、男爵たちに護衛を出させたようだ。それで、兵の数が減った所で、民が逃げ出した」

「事情はわかった。ドーリスもいいよな?」

「はい。ヤスさん。受け入れるのですか?」

「1万。もしかしたら、1万5-6千にもなるのだろう?ルーサの説明では、戦える男は少ないのだろう?」

「あぁ報告では、女と子供と年寄が中心だ。義侠心に駆られた冒険者が護衛に着いているようだけど、微々たる数だ」

「そうか・・・。2万と考えて、それだけの食料の確保が必要か?ドーリス。サンドラは居る?」

「居ますよ?変わりますか?」

「頼む」

「ヤスさん。話は聞いていました。領都でも王都でも2万人を1ヶ月食べさせるだけの食料を確保するのは難しいと思います」

「そうだよな。この前でもギリギリだったからな」

「おい。ヤス。受け入れる前提になっているけど、いいのか?」

「ん?受け入れを行わないと大変な状況になるだろう?アシュリの周りにスラム街が出来るなんて嫌だぞ?」

「そりゃぁそうだけど・・・。お前、1万以上だぞ?女性と子供だと言っても・・・」

「食料以外は大丈夫だと思うぞ?」

 ヤスはニヤリと笑った。

「あぁ?」

 ルーサが疑問を声にだしたが、誰かを脅しているようにしか見えないのは、悪人面が悪いのだろう。

「ヤスさん。関所の森を開拓するのですか?」

「あ!」「そのつもりだ。女性と子供でも、村に住んでいたのなら、畑仕事が出来るだろう?それに、何か産業になるようなこともしていたのだろう?環境が違うけど、関所の森にある湖近くなら住居さえあればなんとかならないか?」

「ハハハ。森の中に、突如1万を超える住民が住む”村”が出来るのか?驚くだろうな」

「あ!」

「ヤス。どうした?」「ヤスさん?駄目なら別の方法を考えましょう」

「いや、違う。違わないけど、違う」

「なんだよ」「??」

「ルーサ。サンドラ。ドーリス。帝国から子供たちを救出したのは知っていると思うけど」

 3人が画面上でうなずく。

「関所の森の帝国側に、元奴隷と元二級国民の村が出来る」

「は?」「え?」

「ルーサなら聞いているだろう?帝国の関所の森に隣接する領主が身分制度撤廃を言い出したって話」

「あぁ聞いている。って、お前か!」

「違う・・・。けど、まぁそれで、奴隷商も違法奴隷を解放する。あと、二級国民も集まってくるだろうから、そのときには保護して、関所の森に放り込む」

「・・・。ヤスさん。仮にですが、関所の森の帝国側に村が出来るとして、食料はどうするのですか?家は?」

「家は、なんか、関所の森の中にある湖の近くに建っていたらしいぞ?食料も実は、帝国は食糧難ではなくて、商人や貴族が溜め込んでいただけで、溜め込んだ食料を皇国に輸出していた。皇国への輸出を止めて、商人から吐き出させて、貴族が溜め込んでいた物を吐き出させたら、健全な領地になるようだぞ。かなりの反発が予想されるから、塩や砂糖は止められるけどな」

「そうなのですね。ヤスさん。その良心的な帝国の貴族から食料を回してもらえないのでしょうか?」

「うーん。難しいかな。小麦は大量にあるから、流せると思うけど、それでも1-2ヶ月分だけだと思うぞ」

「ヤス。帝国に、塩や砂糖と売っているのだよな?」

「そうだな。その対価で、小麦をもらうのは”あり”だな」

「ヤス。確認だけど、難民は、受け入れるのだな。子爵や男爵と真っ向から喧嘩になるけどいいのか?」

「あぁその為にルーサが居るのだろう?子爵や男爵の兵と戦うのは駄目か?なら・・・」

「ヤス。その安い挑発に乗ってやるよ。任せろ!イワンたちの武器防具があるし、魔道具も揃っている。関所や壁もある。負けない」

「それでいい。”勝て”とは言わない。味方に一人の死者を出さない。負けない戦をしてくれ」

「難問だが、わかった。ヤスの期待に応えよう」

「ありがとう。ドーリス。サンドラ。そんなわけで、関所の森に村が出来る。2万程度を想定する。畑も準備する。家は用意する。トーアヴァルデとローンロットと難民村をつなぐ道を作る。あと、子供は無条件で学校に通わす。難民が到着したら、サンドラが主体となって人数の確認を頼む」

「わかりました」「ヤスさん。私は、協力を依頼できそうなギルドに食料の余剰があるか確認します」

「頼む」

 3日後に、全体が把握できた。正確な数はわからないが、2つの男爵領と1つの子爵領の潰された村やスラムから寄り添いながら神殿を目指した人数は、2万人を数えるほどに膨れ上がっていた。当初は、村を潰されたときに逃げ出した女性や子供が中心だったが、殺されなかった男たちも合流した。
 怪我をしている男や女性や子供とはいえ、集団となり数が集まれば、それは驚異となる。男爵や子爵の兵士たちは自分たちの失敗を隠すために、無関係な村を襲って首謀者と偽って村長や有力者を殺した。そして、新たな難民が生まれた。そして、皆が神殿に向かい始める。
 合流して数を増やし続けた難民が、子爵領を超えて辺境伯領にはいった。娘から連絡を受けていた辺境伯は、4-5日分の食料をなんとか用意して、難民に渡した。辺境伯から、神殿が難民の受け入れをするための準備をしていると告げられ、全員が神殿に向かった。

 15日後に、難民の先頭がアシュリに姿を現した。
 ルーサは、当初の予定通りに、全員を関所の内側にいれた。手分けして、難民に説明を行って、落ち着いてから、関所の森に移動した。

2020/05/20

【第八章 リップル子爵とアデヴィト帝国】第三十四話 散歩

 ヤスは、今日ものんびりと過ごしていた。ヤスが受けなければならない依頼が来ていないのが主な理由いいわけだ。

 プラプラと、神殿の街をぶらついている。
 帝国で行っている意識改革報復も目に見える成果が出てくるのはしばらく時間が必要だろう。
 リップル子爵家がそろそろ王都に付きそうだという報告は読んだ。到着してから自分たちがどれほど愚かだったのか気がつくのには、それでも2-3日はかかるだろう。

 ヤスは、綺麗に整備された道をギルドに向かった。ギルドに用事があるわけではないが、なんとなくギルドに足を向けた。

 イワンがヤスを見つけて声をかけてきた。

「おい。ヤス!」

「ん?あぁイワンか?どうした?」

「お前さんを見かけたから声をかけただけじゃ」

「ふーん。それにしても珍しいな。穴蔵工房の奥から出てきたのか?」

「あぁギルドに頼んでいた物が届いたと連絡を受けた。取りに行く所だ」

「工房まで持ってこさせればよかったのに?」

「そうだが、持ってきたのが、同族で、工房での作業を行う申請も通ったから、今日から工房に個室を作って働いてもらう。荷物を受け取りに行く次いでに迎えに来た」

「また増えるのか?本当に、宣伝していないのに、よく集まるな」

「え?ヤス。マルス殿から聞いていないのか?」

「何を?聞いたかも知れないが忘れた」

「呆れた・・・。とんでもない神殿の主だな。まぁそれがヤスだな。儂らは、土の精霊と相性が良い」

「なんか聞いた気がする。ドワーフが土で、エルフが風で・・・。とか、言うやつだろう?」

「あぁそうだ。土の精霊が、いろんな場所で、この神殿を自慢していて、ドワーフが集まってくる」

「え?」

「ここなら、鉱石も豊富だし、最新技術もある。エルフ共も協力的だ。それに、なんと言っても酒精がうまい。ドワーフの天国じゃよ」

 イワンは、大口を開けて笑いながらヤスの背中を叩いている。
 ギルドに到着するまで、イワンはヤスにどれだけドワーフたちが神殿の環境を気に入っているのかを力説した。ヤスは、右から左に聞き流す状態だったが、イワンやドワーフたちが感謝しているのがわかって嬉しかった。
 二人で話しながら歩いていたら、ギルドの前まで来ていた。イワンは、ヤスと別れてギルドの中に入っていった。

 イワンを見送ったヤスは、正門に向かった。
 神殿の守りテンプルフートの横に作られたヤスの執務室に向かっているのだ。表向きには、ヤスの執務室は神殿の守りテンプルフートの横にある建物にある。神殿の中にある執務室は、誰でも入られる場所ではない。

 暇なヤスは、のんびりと歩いている。
 時折すれ違うバスから挨拶されたり、自転車に乗る人たちから挨拶されたりしているが、住民が増えてきたので、ヤスを直接知っている人の割合も減ってきている。

「ヤス兄ちゃん!」

「お!カイルか?イチカは?」

「兄ちゃん。別に、いつもイチカと一緒じゃないぞ」

 カイルが一人で仕事をしているのは珍しくはない。しかし、神殿に住んでいる者たちは、イチカが一人で仕事するのは多いが、カイルが一人で仕事をするのは珍しいという印象を持っている。それだけ、カイルとイチカは一緒に居る。

「そりゃぁそうだよな」

「うん!イチカは、妹たちと料理を習いに行っている。料理教室とか言っていた」

 学校で始めた、メイドになるための勉強の一つだ。
 簡単な料理が出来るようになれば、将来の選択肢が増えるだろうとヤスが提案したのだ。女子たちの、熱量がすごい脅迫に近い説得で、料理教室は開催されている。しかし、”料理”の殆どが食後に出されるデザートに偏っている。男子には知らされていない秘密事項なのだ。
 簡単に言えば、料理教室の名前を使った、お菓子を作って食べるだけの教室だ。ドワーフたちに与えた物と同じタブレットを渡している。タブレットの中には、翻訳されたレシピが大量にはいっている。調理器材が無く作られない物もあるが、随時ドワーフと協議をして新しい調理器具が生まれている。レシピは、秘匿とされているが調理器材や作られたお菓子に関しては、少量だが取引され始めている。
 すでに、基本のレシピを覚えて、紅茶にあうお菓子や、酒精に合うお菓子などの開発も始まっている。ドワーフが協力することで、冷菓まで作り始めている。

「そうか、それで、イチカの仕事もカイルが引き受けているのか?」

「そう!今から、ギルドに報告して、その後で、アシュリに行ってくる。新しい、魔通信機が足りなくなっているらしくて、届けて欲しいらしい」

「そうか、頑張っているな」

「もちろん!頑張らないと・・・。父さんと母さんが、なんであんなに頑張れたのか、解ってきた・・・。俺、弟と妹が増えて、奴らの手本にならないと!兄ちゃん!ありがとう!」

「ん?」

「俺に頑張れる場所を作ってくれた!」

「おぉ!頑張れよ」

「うん!俺、行くね」

 カイルは、改造したモンキーを軽やかに操りながらヤスの前からギルドに向かっていった。
 ヤスは、カイルの背中をみながら小さかった背中が少しだけ大きく見えていた。

『なぁマルス』

『はい。マスター』

『ドワーフたちが増えて魔道具が作られるようになったよな?』

『はい』

『アーティファクト級の魔道具も何個か出来ているよな?』

『はい』

『イワンに、モーターの作り方を教えて、魔石を燃料にした自走する馬車を作ってもいいと思うけど、駄目か?』

『モーターにも問題はありますがそれ以上に、駆動輪に力を伝える方法が問題です』

『ギアか?』

『シャフトも難しいと思われます。他にも、ブレーキなどの安全装置は必須になってきます』

『そうだよな。カートもまだ改造が出来る段階じゃないからな』

『はい』

『でも、モーターはいいだろう?』

『マスター。モーターは、磁気を理解しなければなりません。魔法の応用を考えるのなら、ピストン運動の方が、理解が早いと思います』

『そうか・・・!そうだ、マルス。俺の蔵書に、カートの整備やエンジンの構造を覚える本があったよな?』

『・・・。電子化されておりません。検索対象外です』

『あぁそうか・・・。それなら・・・』

 ヤスは、エミリアを取り出して操作した。カタログの中からイワンに渡せば結果を出してくれそうな本をピックアップした。

”誰でも解るカートの整備方法(図解)”
”猿でもわかるエンジンの基礎”
”優しく覚える旋盤の本(図解)”
”いますぐ始める溶接(図解)”
”自宅で作る世界の酒(醸造酒・蒸留酒・混成酒)”

『マルス。この5冊を取り込んで翻訳を頼む。イワンに、俺からと渡してくれ。閲覧は奥に入られるものだけだと注意しておいてくれ』

『了』

 ヤスは思いつきで、とんでもない爆弾をドワーフに与えてしまった。
 最初の二冊は良かったも知れない。最後の一冊もドワーフにとっては最高の本かもしれないが、もうすでにヤスが与えた情報でもある。理論が説明してあるだけなのだ。だから問題ではない。しかし、旋盤と溶接はドワーフたちの技術力を一段も二段も先にすすめてしまう情報だ。カートの整備を教えるのなら、旋盤や溶接は必要だろういう安易な考えからヤスはドワーフに知識という武器を与えてしまったのだ。最高の手本が目の前にあるのだ。時間をかければ出来てくるだろう。

 そんな事態になるとは考えないヤスは、執務室で寛いでいた。

「旦那様。サードです。お客様です。お通ししてよろしいでしょうか?」

「客。いいよ。だれ?」

 サードがドアを開けて連れてきたのはラナだった。

「久しぶり。それで?俺に用事?」

「ヤス様。いきなりの訪問もうしわけありません」

「ん?ラナ?どうした?」

「・・・」

「なに?俺が悪いの?」

「はぁ・・・。ヤス。立場ってあるだろう?」

「あぁ・・・。気にするな。俺は、俺だ」

「ふぅ・・・。ヤス。そうだな。あぁそれで、頼みが有ってヤスを探していた」

「ん?頼む?なに?セバスやツバキじゃなくて?」

「ヤスにしか出来ない・・・。違うな。ヤスにやってほしい」

「言ってみろよ。出来ることと出来ないことがあるからな」

「ヤス・・・。エルフの里に、」

 扉が激しくノックされた。

「旦那様。ラナ様。もうしわけございません。ルーサ様から緊急の連絡です」

 ヤスは椅子から立ち上がった。
 今まで緊急連絡などなかったからだ。

「ラナ。すまん。後日でいいか?」

「あぁ時間はまだ大丈夫だ」

「ありがとう。時間が出来たら、宿に顔を出す」

「わかった。待っている」

2020/05/19

【第八章 リップル子爵とアデヴィト帝国】第三十三話 報復

 ヤスが出した指示をマルスは計画を立てた。
 すぐに実行しなかったのは、魔力の吸収を優先させたからだ。せっかくなので、彼ら自身の魔力で魔物を召喚してみることにした。

 ヤスが命じたとおりに、ゴブリンとオークとオーガのメスを召喚した。
 奴隷化を実行しようとしたが、下位の個体では不可能だったので、上位個体を12体召喚した。その中の一体があるじとなるのだ。上位種は身体も顔つきも違ってしまうので、あるじの見分けが出来てしまう。ヤスの意図とは違うが、下位個体に兵士たちの相手をさせて上位個体に貴族と司祭と奴隷商の相手をやらせる。

 ヤスは情報を引き出せと言っている。
 情報を引き出すだけなら奴隷にするだけで可能だ。精神をゴリゴリに削る必要はない。必要ないのだが、マルスは捕らえた者たちを使って実験をしようとしていた。

 魔物の隷属実験は行ったが、逆は”出来る”とは知っていたがやっていなかった。帝国で行われている隷属の方法では、ステータスが関係している。だから、二級国民として奴隷にするときには、子供のときに隷属してしまうのだ。ステータスが伸びてしまうと、弾かれる可能性があるのだ。
 今回の実験でいろいろ解ってきた。精神を痛めつけて、精神力を削っていれば隷属が弾けなくなる。これは大きな収穫だ。

 マルスは続けて実験を行う。
 非人道的だと言われても、ヤスの為になるのでやめるつもりはない。知識として与えられた毒物の実験だ。毒物と言っても、即死というレベルではない。

 マルスが実験を始めたのは、帝国で紛争や戦争のときに使われている興奮剤の実験だ。
 兵士たちに興奮剤を与えてから、覚ます方法を探す。反対に、更に興奮して敵味方の区別がつかなくなる方法も探す。
 帝国に向かう道に作った関所や堀を見て、帝国側が侵攻してこないと考えるのは早計だ。マルスは、今まで得た情報から、高確率で戦争になると考えているのだ。そのときに、味方のルーサたちが不利にならないように、帝国側が行うであろう戦略を把握しておく必要がある。
 できれば、対抗手段まで準備しておくのがよいと考えている。

 他にも、帝国からもたらされた情報は多い。
 毒に関しての情報が入手できた。日本での知識はマルスの中にある程度ははいっているが、異世界特有の情報に関しては、神殿から得た情報だけだ。それだけでも膨大な量になるのだが、日々更新される情報の入手は難しい。マルスが得ている情報は、数百年前の情報がベースになっている。
 ルーサたちが来たことである程度の情報は入手出来るようになってきている。あわせて、魔通信機の交換機から得られる情報もあるのだが、帝国や皇国といった諸外国の情報は入手が難しい。ドワーフたちが、小型の魔通信機を開発して、ルーサが各地に派遣した者たちからの情報を得るのに成功して、やっと目処が立ち始めた所だ。

 マルスとしては、せっかく捕らえた帝国兵を実験に使い潰したいと思っていたのだ。
 ヤスは、殺せと命令した。開放するつもりが無いことは命令の内容から把握した。

 マルスは、ヤスが暗殺されるのを恐れたのだ。実際に、ヤスを暗殺するのは不可能なのだが、殺されたという事実が残るのがまずいと考えたのだ。
 だから毒殺暗殺を恐れて、諸外国だけでなく王国内の情報も欲していた。

 奴隷商の男が最初に心が折れた。オーガの上位種の命令を受けたオーガのメスが、奴隷商に迫っただけで、聞かれた内容は全部話すから助けてくれと泣き叫んだ。マルスは気にせず、オーガのメスをけしかけたが、立たないことに腹を立てたメスが奴隷商の一物を食いちぎった。気を失った奴隷商が目覚めたときには、両手と両足をオーガに押さえられた状態だった。奴隷商は、泣き叫びながら助けを求めた。セバスの眷属が超回復パーフェクトヒールをかけて部位欠損の治療を行う。奴隷商の店の場所や帝国国内での立ち位置を聞き出した。その後で、オーガのメスの相手をさせるために薬物を与えた。喜んで相手をするようになっていった。

 司祭と貴族は、兵士たちにオーガを殺せと命令するが、オーガは簡単には倒せない。
 オーガを倒そうとすると、ゴブリンやオークも犠牲になってしまう。

 兵士たちの半分が命を落とした。心が壊れた者も多数存在している。心が壊れた物は、超回復パーフェクトヒールで癒やして薬物の実験体になる。
 興奮を抑える魔法の開発が成功した。それ以外にも、帝国で開発されていた毒で”解毒する方法は無い”と、されていた毒の対処方法が見つかった。

 マルスが実験に明け暮れているときに、ヤスから連絡がはいった。

「マルス!」

『はい。マスター』

「カタログを見ていたら、ドッペルゲンガーとあるけど、瓜二つの幻覚を見せるドッペルゲンガーか?」

『違います。幻覚ではなく、姿かたちを同一の物にします。上位種は存在しませんが、上位体は、記憶までも同一になります』

「同一の人物になるのだよな?その時には、眷属の状態はドッペルゲンガーの眷属が優先されて維持されるのか?」

『はい。維持されます』

「それなら、帝国の奴らで死んでいない者は、ドッペルゲンガーで同一体にして帝国に帰そう」

『はい』

「それで、あの貴族の領地では、奴隷を開放したり、二級国民を解放したり、身分制度の根幹を撤廃しよう。そうだ!差別発言をする者を極刑にしよう。確か、前の報告では帝国は領主の権限が強いのだよな?」

『はい。得られた情報では、帝国法はザルです。貴族の権限が強すぎます』

「段階的にはなるが、帝国の中に、自由都市を作ろう。関税も撤廃だな。幸いなことに、農地となる森は関所の森だ。開拓ができるだろう」

『はい。国内からの反発は激しくなると思われます』

「排除しろ。物資が必要なら、集積場から余剰物資を運べばいい、関所の森を突っ切るようにすればいいだろう?」

『了。ただし、すぐに準備をしても、開始には数日は必要です』

「任せる。眷属を使ってもいい。帝国国内に、奴隷紋を刻まれた子供が居ない領を作れ」

『了。ドッペルゲンガーで複写した素材はどうしますか?』

「そのまま魔物の相手をしてもらおう。マルスも何かいろいろやっているみたいだから、実験に必要なのだろう?」

『ありがとうございます』

 ヤスは、日々のマルスの報告から、マルスが実験をしているのを感じていた。それも、自分のためであるのも認識している。

 マルスは、ヤスの指示思いつきを実行するための修正点や問題点を洗い出す。ヤスに許可を求めなければならない部分を先に許可をもらうのだ。
 兵士の中にも、騎士爵を持つ者も居たので、ドッペルゲンガーでコピーを作成する。他にも、数名のコピーを作成してから、帝国に帰還させた。

 貴族になったドッペルゲンガーは促進培養で5段階ほど上位の魔物になっている。種族名は同じ、ドッペルゲンガーだが別物だと言える。貴族のドッペルゲンガーを、マルスの眷属にして指示を流す司令塔にした。セバスと同程度の魔物になったと思われる。擬態も完璧で、冒険者ギルドの識別でさえもクリア出来る。上位の鑑定もごまかせる。奴隷商と兵士長のドッペルゲンガーまでがマルスの眷属になって報告と実施を行う。
 貴族領は、神殿には組み込んでいない。

 奴隷商は、思っていた以上に大店だった。貴族領のすべてに店舗を持つだけではなく、他の貴族の領や王都や皇国にまで店舗を持っていた。帰還させた、奴隷商のドッペルゲンガーに、違法に捕らえた者たちを、貴族の領地に集結させた。リーゼの様に強制解除は出来ないが、奴隷紋のベースが存在するので、解除出来る。犯罪奴隷は、奴隷商が持っていた情報をベースに5段階に分けられた。”殺す。神殿内で使い潰す。奴隷のまま。条件付き解放。解放”だ。借金奴隷も、3段階に分けられた、”奴隷のまま。条件付き解放。解放”だ。解放は、貴族の領内にある奴隷商で行われる。奴隷商と貴族が見ている前で行う。領内に留まっても良いし、自由にさせた。開拓を希望する者には、関所の森の中に作る開拓村に移住させた。奴隷商や貴族家で、不正(ヤス目線)を行っていた者を大量に粛清した。特に、奴隷商では奴隷になった女性を犯した者には、厳罰を与えた。

 二級国民の神紋は、司祭が詳細を知っていた。やはり奴隷紋と同じ物だ。術式に手が加えられているが、同列の技術なので、ベースがわかれば解除は難しくない。領内のすべての二級国民の解放が宣言された。そして、出ていきたい者は出て行けと宣言したのだ。特権階級が襲われても、領兵は動かないが、元二級国民が襲われたら即座に行動を起こす。反対する者たちを次々と粛清していった。領の規模は、1/5まで縮小した。支配していた都市の離反も発生した。支配していた村や町や街も26から6まで減った。
 しかし、どこからか、運ばれてくる資材や物資で、領は潤っていた。

 奴隷や二級国民でも、問題が無いものは受け入れると宣言したことで、領の広さは減ってしまったが、人口の減少は停まった。

 帝国への報復が始まった。

広告

2020/05/17

【第八章 リップル子爵とアデヴィト帝国】第三十二話 後始末

 リーゼは、ヤスの背中を見ながら、後ろに付いていった。リーゼは、執務室に行く必要はなかったが、子供たちがどんな結論を出したのか気になったのだ。

 執務室に入ると、イチカだけが待っていた。

「なんだ、座っていれば良かったのに・・・」

「今日は、ヤスお兄様にお願いに来ました」

「いいよ。イチカも座って・・・。えぇーと」「マスター。セブンです。お飲み物をお持ちいたします」

 ヤスは執務室で控えていたメイドを見た。名前が解らなかったが、メイドが自分から名乗った。

「うん。セブン。頼む。リーゼの分も頼む」

「かしこまりました」

 イチカは、ヤスの正面に座る。何も言わないでリーゼはヤスの隣に腰を下ろした。

「それで?」

「はい。ヤスお兄様。彼女たちは、神殿で過ごせれば満足だと言われました。貴族や奴隷商や司祭は、正直わからないと言っていました」

「わかった。俺は、子供たちが自分から出ていかない限り、神殿で保護する」

「イチカ。それだけか?」

「いえ・・・。彼女たちは・・・」

 リーゼを見て言葉を切った。

(想像していた内容ではないが、”そういうことだろう”)

 ヤスは自分に心当たりがあるので、適当ではないが、先回りして考えた答えを伝える。

「どうした?イチカ?彼女たちは、俺に身体を差し出すとか言い出したのだろう?過去の帝国に構っていられないのだろう?」

「え?なんで?」

「”必要ない”と、言うのは・・・。彼女たちが困ってしまうのだろう」

「ヤス。どういうこと?僕には、意味がわからないよ?彼女たちはまだ子供だよ?それが身体を差し出すとか・・・」

「イチカには、なんとなく解るのだろう?」

「はい。リーゼお姉さま。ヤスお兄さまは、与え過ぎなのです」

 イチカの言っている内容は正しいのだろう。
 表面的には、ヤスはカイルやイチカたちを始めとする子供たちに無条件で物や安全を与えているように見えるのだ。ヤスは、神殿の領域に住まわせるだけでメリットがあるのだが、教えていない。
 イチカが言うように、ヤスからもらいすぎていると感じて少しでも返したいと考えたのだ。返さないと、いきなり取り上げられたり、出て行けと言われたり、どこかに売られたりするのが怖いのだ。なので、自分たちを差し出して生活の安定を図ろうと考えたのだ。生きるための本能というわけではないが、貴族や奴隷商人が話している内容を聞いていて、価値があるものとして自分たちの身体を考えたのだ。

 もちろん、ヤスも気がついていたが、行動には移していない。必要ないと考えたのだ。

「イチカ。お前たちはどうだ?」

「私たちは、ヤスお兄様から仕事をもらっています。それに、弟や妹たちも出来ることから始めています」

「そうか、仕事の数が足りないのだな」

「・・・」

 リーゼがヤスの服をツンツンと引っ張った。

「なんだよ?」

「ヤス。僕の所に来ているファーストに女の子を付けてくれない?」

「どうした?」

「ん?ファーストやセカンドは、ヤスの世話をするのが仕事だよね?」

「そうだな。ツバキの眷属だからな」

「すぐには難しいだろうけど、1ヶ月くらいファーストやセカンドに付いて居れば、メイドの仕事を覚えると思う。そうなったら、いろんな家で働けない?男の子は、カスパルとかと一緒にユーラットやアシュリに行って、作業の手伝いをさせれば?」

「・・・。リーゼ。本物か?リーゼがまともなことを言っている?」

「ヤス。ひどいな。僕だって真剣に考えているのに・・・」

 頬を膨らませながらヤスに抗議するリーゼの頭を軽く叩いて、ごめんと謝るヤス。

「ヤスお兄様。私も、リーゼお姉様のご提案は良いと思います。ラナさんの所の宿屋でも人手が足りなくなってきていると言っていますし、ドーリスさんの所でも同じだと思います」

「そうか、わかった。リーゼとイチカに任せる。あっでも、学校の勉強を優先するようにしっかりと伝えろよ。最低でも、文字の読み書きと簡単な計算が出来るまでは、手伝いも禁止にする」

 二人がうなずいたので、帝国から来た子供たちはリーゼとイチカに任せる。
 話が終わって、二人を帰してから、ヤスはマルスと行わなければならない。嫌な仕事を片付けることにした。

 執務室の扉に鍵をかけて、セブンを執務室の前で待機させる。

「マルス!」

『はい。マスター。部屋に遮音と防音の結界を張ります』

「頼む」

『準備が出来ました』

「ありがとう。マルス。愚か者たちはどうなった?」

『まだ生きております』

「何人だ?」

『総勢117名です』

「男だけか?」

『はい。帝国は、どうやら男尊女卑が激しい様です』

「それで、人族至上主義だったか?」

『はい』

「救えないな。それで、何を訴えている?」

『出せ。俺は偉い。司祭だぞ。等々、意味がある会話は望めません』

「そうか・・・。貴族と司祭と奴隷商人は、奴隷契約して情報を引き出したほうがいいだろう?」

『可能ですが、問題もあります』

「なんだ?」

『誰の奴隷にするのかが問題です。マスターは論外です。あのような者では、マスターの奴隷にふさわしくありません』

「誰でもいいのか?」

『はい。奴隷にする方法は、セバスと一部の眷属が習得済みです』

「それなら・・・」

 ヤスは、少しだけ考えて、イタズラを考えついた子供のような表情になってから、エミリアでリストを見始めた。
 見ているのは、配置できる魔物のリストだ。

「マルス。女だけの種族はいないのか?できれば、ゴブリンのような醜女がいいのだけどな?人間と交われる魔物だ」

『魔物を検索・・・。該当は、三種族です。アラクネ。蜘蛛の身体を持つ雌型の魔物です。ハーピー。女性型だけの魔物です。腕が鳥の羽根になった魔物です。セイレーン。マスターにわかりやすく言えば人魚です』

「うーん。どれも違うな」

 ヤスは、一覧からマルスから言われた魔物を見て見るが、醜女ではない。顔が整っている。

『マスター。種族でなければ、ゴブリン(メス)。オーク(メス)。オーガ(メス)が該当します』

「そうか、別に種族にこだわらなければ・・・。オーガ(メス)辺りにしておくか、召喚して、マルスの支配下に置けば制御も可能か?」

『可能です』

「よし。貴族のあるじを、オークのメスにして、司祭のあるじをゴブリンのメスにして、奴隷商人のあるじはオーガのメスにしろ」

『了』

「あと、ゴブリンのメスとオークのメスとオーガのメスを、100体用意して、兵士たちに相手させろ。妊娠の制御も出来るのか?」

『子供が出来ないようにするのは可能です』

「十分だ。子供が出来ないようにしろ。兵士たちには3種類の魔物を孕ませられた者から解放すると伝えろ。もう一つの条件は、全部の魔物を殺せたら全員を解放すると伝えろ。それから、貴族たち3人には、兵士たちの様子を見せるようにしろ」

『了。見せるだけでいいのですか?』

「構わない。日々魔物の数は増やせ。奴隷契約であるじが死んだら奴隷も死ぬ契約が出来たよな?」

『可能です』

「それなら、貴族と司祭と奴隷商人のあるじも魔物たちの中に紛れ込ませろ。3人にはその事実も教えてあげろ」

『はい。セバスの眷属に担当させます』

「わかった。任せる。貴族というのだから、領地が有ったのだろう?場所を聞き出せ、奴隷となっている者たちを救い出せ。関所の森までは連れてきていい。あとは、好きにさせろ。奴隷商人の所に居る奴隷でマルスが調べて問題がなければ開放しろ」

『問題がなければが、曖昧です』

「うーん。そうだな。神殿に入っても問題がない場合は解放。それ以外は、無視でいい」

『了』

 ヤスが、終了の意思を見せたので、マルスは結界を解除した。
 セブンが部屋に入ってきた。

「旦那様。お食事はどうしますか?リーゼ様がご一緒にと申しておりました」

「わかった。そうだな。カイルとイチカを誘ってくれ、学校の食堂で食べよう」

「わかりました」

 セブンが頭をさげてから部屋を出た。

 ヤスは、執務室にある椅子に深く腰掛けて、ため息を吐き出す。

(フフ。簡単に殺せとか思えるようになってしまった。アイツのことを笑えないな)

 ヤスは自嘲気味に、笑ってから、カップに少しだけ残っていた、冷めてしまった紅茶を喉に流し込んだ。

2020/05/15

【第八章 リップル子爵とアデヴィト帝国】第三十一話 帝国の子供たち

 ヤスは、会議の終わりを告げてから回線を遮断した。

「旦那様。関所の森の帝国側に関してのご報告があります」

「あぁセバスの眷属も参加していたのだったな」

「はい」

「こちらの犠牲は?」

「ありません。怪我を追ったものがいましたが、旦那さんの指示を優先させ、一人の犠牲も出しておりません」

「それは重畳。それで?」

「はい・・・」

 話は、10日前のマルスの報告から始まった。

『マスター。関所の森に侵入者です』

「帝国側か?」

『はい』

「何度目だ?」

『6度目です』

「奴らは馬鹿なのか?違うな。損失を補填しようとして、大きな勝負に出て負け続けているだけだな」

『今回は、どうしますか?』

「今回も子供を連れているのか?」

『いえ、子供はいません』

「そろそろ、飽きてきたな・・・。有益な情報ももう無いだろう」

『はい』

「セバス。眷属を率いて、愚か者を殲滅してこい。ついでに、フェンリルたちも連れて行け、運動不足だろう?運動になるかわからないが、狩りをさせてこい」

「はっ」

 セバスが恭しく頭を下げる。
 ヤスからの殲滅の命令だ。セバスや、念話で指示を受けた、魔物たちは歓喜で満たされた。

「マルス。相手の数は?」

『200名ほどです。騎士や兵士で構成されています。前回捕らえた、貴族の救出が目的のようです』

「ん?あいつ・・・。死んだよな?」

『はい。神殿の牢獄で、部下だった者に殺されました』

「だよな・・・。鎧や武器は保存しているよな?」

『はい』

「餌にしろ、それから、一人も逃がすな」

『了』

 ヤスの命令を受けて、マルスはヤスに作戦案を提示した。
 兵士たちに、神殿の力でポップさせた魔物を当てて、徐々に奥地に引っ張っていって、セバスたちに殲滅させるというよくある作戦だ。

「現場での指揮は、セバスに任せる。ただし、誰一人として死ぬのは許さない。死ぬ前提の作戦は却下だ。死にそうになったら、逃げろ。いいか、絶対に逃げろ。死ぬのは許さない」

「はい。旦那様の御心のままに・・・」

『了』

 マルスが保護した子供はすでに60名を数えている。
 奴隷紋の解除も行われて、神殿の学校施設で保護している。人数が増えたことで、寮の増設を行った。ルーサの所から、数名の女性を寮母として来てもらっている。他にも、リップル子爵家から流れてきた難民も保護をしている。孤児は神殿で受け入れて、家族者や単身の大人はアシュリで保護する方針になった。

 低予算で大量に召喚出来る魔物を使って、ある程度まで帝国の兵たちを関所の森に誘い込む。そのときに、今まで捕獲した連中の武器や防具を置いておくことで、奥に行ったと思わせる細工も忘れない。
 眷属たちが、後方を遮断する。後ろと左右から追い立てるように、湖の方向に追い立てていくのが最初の作戦だ。

 湖近くには、広場を設置してある。追い込んでから、周りを取り囲んで一人も逃さない方法をとる。

 あとは簡単な作業だった。広場から出ようとした者を始末するだけだ。
 最後に残ったのは、帝国の貴族と皇国から来ていた司祭と奴隷商人と数名の護衛だけだ。見苦しくも仲間割れを始めるが、解決にもならない。

 残った20名ほどを捕縛した。

「捕らえた奴らは?」

『神殿の独房と牢獄です』

 貴族や司祭や奴隷商人には責任を取ってもらうために生きていてほしいので、独房にいれた。その他は、どうなろうと構わないので、牢獄にいれた。

 神殿の迷宮区に隣接する形で独房が作られている。
 個室になっているが、ヤスが日本の刑務所を思い出して作ったものだ。この世界標準とはかけ離れているが、出られないという一点では同じだと考えられる。
 集団で押し込める場所も作ってあるが、今回は独房に放り込んでいる。事情を聞く必要もないので、緩やかに死んでいくか、苦しんで死んでいくか、簡単に殺してしまうかの選択肢になってくる。

 ヤスは、子供たちに、貴族と司祭と奴隷商人と護衛たちの処遇を任せることにした。

 リーゼとカイルとイチカを伴って子供たちが集まっているカート場に行く。

 奴隷紋を解除したのがリーゼだと知らせていないが、リーゼはカート場の主として知られている。子供たちに自転車の乗り方を教えたり、カートの乗り方を教えたり、レースの楽しさを教えたりしているので人気があるのだ。

「ヤス兄ちゃん!リーゼ姉ちゃん!」

 子供たちが二人に集まってくる。
 レースをしてくれると思っているのだ。

「今日は、君たちに聞きたいことが合ってきた」

「聞きたいこと?」

 代表するように、年長の子が答える。最初に保護された子だ。

「そうだ。君たちを、関所の森に置き去りにした連中を捕らえた。俺の判断で、殺すと決めた。君たちは、そいつらを自分の手で殺したいか?俺に委ねるか聞きたい」

 子供たちは黙ってしまったが、カイルとイチカがヤスとリーゼに向かって頭を下げる。
 二人は、自分たちが長男で長女だという認識がある。

「ヤス兄ちゃん。リーゼ姉ちゃん。俺とイチカで話をさせて欲しい」

「いいが、二人で誘導するなよ?」

「もちろん」「はい。ヤスお兄様。自分たちの手で殺すとした場合にも手助けはしてくれるのですか?」

「もちろんだ」

「捕らえた者たちを見られるのですか?」

「みたいなら見せる」

「名前は?」

「名前は、わからないが、貴族と司祭と奴隷商人と護衛だ」

「ありがとうございます。1時間ほど待ってください。話をまとめます」

「わかった。会議室を使うのなら、ドーリスかミーシャに言えばいい。俺とリーゼは、カート場で待っている」

「はい。ヤスお兄様。リーゼお姉様」

 イチカが二人に頭を下げてから、カイルを連れてカート場を出ていった。
 会議室で話をするようだ。子供の中にもグループが出来ていて、グループの代表が集まって話をするようだ。カイルとイチカは、帝国に関しては部外者だが、子供の代表という立ち位置になっている。

 ヤスとリーゼは、カート場でハンデ戦をしながら待っていた。

「ヤス!僕もかなり速くなったけど、ヤスと何が違うの?なんで、勝てないの?カートが違うの?」

「リーゼ。テクニックだ。カートは何度も変えただろう?リーゼは、ブレーキが下手なのだよ、減速のタイミングやハンドルの切り込み。全部が遅れている。だから、出口で窮屈になる」

「うぅぅ・・・。また負けた。ねぇヤス。ヤスのカートで僕とハンデなしで走ってよ。どの位の差があるのか知りたい」

「いいけど、コースは?」

「カタロニア!」

「いいぞ。何周?」

「うーん。5周くらいで!」

 時間があったので、ヤスはリーゼに付き合った。
 子供の奴隷紋の解除でリーゼに頼りっきりなので、リーゼの願いを叶えているのだ。

 結局レースは、半周以上の差を付けてヤスが勝った。

「ヤス。僕のスマートグラスに今のヤスの走りを表示出来る?」

「出来るぞ?」

「お願い。今のヤスを目標にする」

「わかった」

「あ!兄ちゃんと姉ちゃん。ここに居た!」

 二人を探して、カイルがサーキットにやってきた。
 受付で、誰がどのコースに居るのか解るようになっているので、それを見たのだろう。

「カイル。話はまとまったか?」

「うん。全員が同じ考えだったから、早かった。全員を集めるのに時間がかかったくらいだよ」

「そうか、会議室か?」

「ううん。イチカが話をまとめてくる」

「わかった。工房の執務室で話を聞く」

「うん」

 カイルは一度戻ってイチカと合流してから執務室に行くことになった。リーゼは、ヤスと一緒に執務室に移動する。

「ねぇヤス。どうするの?」

「どうするとは?」

「あの子たちが、復讐を望んだら手助けするの?」

「そのつもりだけど、多分・・・。違う道を選ぶと思うぞ?」

「違う道?」

「多分だけど、彼らは復讐するほど、貴族や司祭を恨んでいない。いや、正確じゃないな。恨むという行為がわからないと思う」

「え?」

 ヤスは、リーゼの顔を見てから、少し話をしようと言いだした。

「リーゼ。リーゼは、オークの肉を食べるよな?」

「もちろん。おいしいよ!」

「魔物のオークは、別に俺たちに食べられる為に生きているわけじゃないよな?」

「当然。オークも私たちを餌として見ているでしょ?」

「そう。そのオークを奴隷化して、大きくなるように、餌を与えていたら、美味しく育つと思わないか?」

「どうだろう?でも、オークは餌も食べられて、大きくなるよね?戦わなくても、お腹がいっぱいになるのなら、いいと思うけど?」

「そうだろう。生まれたときから、人に育てられたオークならそれが当たり前だと思うだろうな」

「そうだね。人はお腹がいっぱいになるまで食べさせてくれるという認識じゃないかな?」

「人に育てられたオークは、大きくなったら、人に殺されて食べられてしまう」

「・・・。うん」

「その反対に、野生のオークは人と戦って負けたら殺されて食べられてしまう」

「そうだね」

「リーゼ。野生のオークが、人に育てられたオークに、『お前たちは人に殺されて食べられてしまう。一緒に逃げよう』と言ったとして信じると思うか?」

「・・・」

「俺は、人に育てられたオークは、人に殺される瞬間まで人を信じて居ると思っている」

「・・・」

「リーゼ。どっちのオークが幸せかな?いつ死ぬかわからないが戦って死ねるオークと、殺される瞬間まで安心できる場所で食事が提供される場所で過ごせるオーク。子供たちは、どっちなのだろうな」

 リーザは、ヤスの顔を見て何も言えなかった。答えを求められているとは思わなかった。
 ただ、先を歩いているヤスの背中を黙って見つめるしか出来なかった。

2020/05/14

【第八章 リップル子爵とアデヴィト帝国】第三十話 塩と砂糖と胡椒

『はぁ・・・。ヤス。まぁいいけどな。まずは、リップルからでいいか?』

「頼む」

『その前に、サンドラ嬢。ディトリッヒは居るか?』

『いますよ。ミーシャと後ろに控えています』

『そうか、まずは、ディトリッヒから、塩と砂糖がどうなったのか報告させたほうがいいと思うが?』

 ヤスが承諾したので、ディトリッヒがサンドラに変わって、前に出て説明する。ヤスとルーサは聞いていた話だが、黙ってディトリッヒの報告を聞いた。サンドラは、父親からの説明を受けていたので、実際の現場以外で行われていた内容を補足するように説明した。

 ディトリッヒの報告は簡潔だ。
 神殿の使者として、王都に『神殿から採取された、塩と砂糖と胡椒を献上する』目的で馬車を動かした。

 レッチュ辺境伯も協力を申し出て、道中の護衛を約束して、息子のランドルフに最後のチャンスとして王都までの護衛を命じた。

 想定していた場所ではなく、リップル子爵領を通り過ぎた場所で強盗に襲われた。
 ディトリッヒは、強盗を数名だけ倒したが、その場から撤退する。強盗とランドルフは積荷を持って、リップル子爵領に消えていったという。ディトリッヒの後ろから斬りかかろうとしたランドルフを逃してしまったのが、痛恨の極みだと言っている。サンドラは、苦笑しただけで終わったが、ミーシャはランドルフがリーゼに言い放った言葉をまだ覚えていて、なぜ殺さなかったとディトリッヒに詰め寄った。
 ヤスが、ランドルフは殺さないと言ったので、ディトリッヒは殺さなかったのだと説明されて、やっと怒りが鎮静した。

 サンドラの補足は、その後の積荷の動きだ。
 ランドルフの配下に手のものを忍び込ませている。定期連絡で受け取った内容は、予想の範疇を出ていなかった。リップル子爵は、すぐに塩と砂糖と胡椒を商人に鑑定させた。寄り親になっている伯爵に貢いで、公爵に取り次いでもらい、塩と砂糖と胡椒を通常の10倍以上の価値があると触れ込みを行い。献上を行った。
 公爵は子爵の対応を評価し、定期的に入手する方法を模索するように命令する。

 その頃には、レッチュ辺境伯が王家に”神殿産の塩と砂糖と胡椒”を、献上していた。

 サンドラの補足は、ランドルフの処遇にまでおよんだ。
 ランドルフが、領都を出立してから、ランドルフが密かに使っていた倉庫を強襲した。不正の証拠や、今までの悪事を公にした。神殿から帰ってからの最初の仕事となった。廃嫡は決められていたが、貴族籍からの除籍及びレッチュ領からの追放を宣言した。同時に、派閥貴族家からの絶縁も宣言された。あわせて、夫人に関しても数々の問題や不正行為を公表して離縁した。侯爵家には、離縁の理由を告げて、王家からの許可ももらったと告げている。侯爵家としてはうなずくしか無い状況だったのだ。

「さて、ルーサ。ディトリッヒとサンドラの報告に補足はあるか?」

『そうですね。ランドルフですが、死にましたよ』

「へぇ死んだのだな。殺されたのではないのだな?」

『そうですね。殺されたですね』

「ふーん。殺したのは、侯爵家の者か?」

『・・・。ヤス。お前・・・』

「状況を考えるとそうなると思っただけだが、合っているのか?」

『ルーサさん。ランドルフは、殺されたのですか?お父様に連絡したほうがいいですか?』

 サンドラは、ランドルフの悪行を知って、余計に嫌悪感をつのらせていていつの間にか敬称を付けなくなった。敬称だけではなく、兄とも呼ばなくなっていた。

『サンドラ嬢。そうですね。ヤスが言った通り、侯爵が手を回したようです。奥方も、王都に向かっている最中に盗賊に襲われて殺されました』

「あれ?でも、ランドルフの母親はそれほど高い地位じゃなかったよね?」

『いえ、ヤスさん。あの人は、侯爵家の次女ですので、ランドルフが戻ってしまうと、継承順位が変動します。そして、戻ってきたら、地位や領地を与えないわけには行かないと思います』

「ふぅーん。面倒だな。証拠はないよね?」

『もうしわけない。流石に、侯爵家が使うような者だ、証拠は残していない。俺たちが知ったのも、もしかしたらわざとかも知れないと思っている』

「わかった。神殿としては、動く必要がないし、ランドルフの生死にはそれほど興味がない」

『はい。ヤスさん。お父様に連絡を入れておきます』

「うん。お願い」

『ヤス。それで、子爵家は王都に荷物を運んでからが面白かったぞ』

「ん?」

『侯爵と公爵に自慢した塩と砂糖と胡椒を持って、王宮に行ったらしいが、そこで出された紅茶に自分が持ってきたのと同じ砂糖が使われていた。それで、謁見の間ではなく、通されたのは通常の執務室で、対応したのは王家ではなく、宰相だった。王宮では、後見として公爵と侯爵の執事が一緒だったらしいが、宰相の執務室から出てきた二人は激怒していたという話だ』

「へぇ塩と砂糖と胡椒に、10倍・・・。いや、20倍の価値があるとでも言って、献上したのかな?それも、子爵家単体ではなく、侯爵と公爵の名前も使ったのではないのか?」

『ヤス。見てきたように話すなよ。詳細は、多分サンドラ嬢が後で詳しく辺境伯から聞くだろうから、置いておいて、公爵も侯爵も子爵家からかなりの塩と砂糖と胡椒を購入して、取り巻きに売りつけたようでな。恥をかかされたと言われているようだ』

『それで、帝国への出兵計画が遅れているのですね』

『それはわからないが、子爵家が孤立し始めているのは、間違いではない』

「ルーサ。子爵家は、トーアヴァルデの存在は知っているのか?」

『ヤスさん。神殿と同じに考えないでください』

『サンドラ嬢の言っているとおりです。ヤス。お前は少しだけ神殿が異常だと知っておくべきだ。イワン殿。あんたも同類だ!』

『ルーサ。儂は、関係がないぞ!ヤスが作って欲しいと言うから作っているだけだからな!ドワーフは、新しい物が作れて、研究できて、うまい酒精があればいいだけだ!』

『このクソドワーフ!確かに、武器防具は一流だし、酒精もうまい。だが、限度という物があるだろう。限度が!』

 ルーサとイワンの口喧嘩はしばらく続いたが、解決する見込みは一切ない。
 ルーサもイワンも相手を認めているから喧嘩をするのだ。

「解った。解った。ルーサには、俺からウィスキーを数本届ける。イワンには、新しい自転車を渡すから研究してくれ、話を続けてくれ」

 ヤスが仲裁にもならない仲裁を行った。話を聞いたサンドラは眉間を押さえて頭を振った。また新しいおもちゃをドワーフに与えると言っているのだ、何が出来るのか解ったものではない。エアハルトにしてもヴェストにしても、ルーサにウィスキーが渡るとしたら、しばらくは仕事にならないと解っている。仕事が滞ってしまう可能性を考えたのだ。関所の村アシュリではルーサは飾りになっているが、書類が滞ってしまうのは問題なのだ。

「ルーサ。サンドラ。いやがらせの第一段階は成功したと思っていいのか?」

『あぁ思った以上の効果を発揮した』

「自業自得なのだけどな。塩と砂糖と胡椒を得たときに、レッチュ辺境伯に返していれば、報奨金を貰えて終わったのに・・・」

『そうだな』

「サンドラ。ルーサ。調べて欲しいことがある」

『はい』『なんだ?』

「リップル子爵領の特産物だ、できれば、同じ特産物が生産出来る他の領も調べてくれると助かる」

『可能ですが、どうされるのですか?』

「いやがらせ第二弾だな」

『??』『??』

「ローンロットを大きく動かす。エアハルト。倉庫には余裕があるよな?」

『はい。まだ、塩と砂糖と胡椒と少量の香辛料があるだけです』

「サンドラ。今、リップル子爵領から物を買うのは何故だ?」

『・・・。あっそうですね。ローンロットに遠方から物資を運んできて、そこから近隣に輸送すれば、コストも押さえられる。品質も同等以上の物が手に入る』

「それだけじゃない。税が抑えられると思うし、安くなるだろう?ローンロットから出す分には税をかけないと約束してもらっている。ようするに、直送したのと同じだ」

『・・・。はい』

「リップル子爵が追い込まれたら、税を上げるだろう?」

『間違いなく』

「ほら、そのときに、同等の品質で物が安くはないが同等以下で買えたらどうする?」

『買いますね』

「ということで、ルーサとサンドラは情報収集を頼む。あと、ヴェストには駐屯している者たちの訓練と哨戒を頼む」

 ヤスの指示を受けて皆が行動を開始する。

広告

2020/05/13

【第八章 リップル子爵とアデヴィト帝国】第二十九話 神殿会議

 クラウス辺境伯が、長い後ろ髪を引っ張られながら、領地に戻っていってから、2週間が経過した。

 ヤスは、一つの仕組みをドワーフのイワンと構築していた。
 殆どは、マルスの仕事だったのだが、必要になって構築をおこなって、本日テストとして使うことにした。

『おぉヤス。どうだ?』

「お!感度もいいな。問題はないな」

『これはいいな。工房にいながら注文が出来る』

「イワン。会議用だぞ?注文に使うのは控えろよ」

『解っている。たまにならいいだろう?』

『ヤスさん。イワンさん。こちらも、問題はありません』

 サンドラとドーリスが確認を行っている。

『トーアフードドルフのルーサだ。こちらも問題はない』

『お初にお目にかかります。神殿の主様。集積所ローンロットを預かるエアハルトです』

『同じく、お初にお目にかかります。神殿の主様。帝国側関所トーアヴァルデを預かる。ヴェストです』

「ヤスだ。エアハルト。ヴェスト。これから頼むな」

 実際には、魔通信機での会話は行っていた。
 しかし、実際に顔を見るのは初めてだ。実際は、マルス経由で確認はしているので、本人確認を含めて終わらせてある。

『はっ。ヤス様。よろしくお願いいたします』

『はい。ヤス様』

 エアハルトもヴェストも、ルーサからの推薦だ。
 ヤスが、思いつきで作った集積所を任せる人材がいないかと、皆に相談したときに、ルーサから元々は商人をしていたが、リップル子爵家と息のかかった商人に家を潰された者だと推薦を受けた。家族や従業員はレッチュ領に逃がして、自分はスラムでルーサを補佐していたのだと教えられた。
 帝国側関所トーアヴェルデは、村ではない。駐屯している者たちがいるだけの場所だ、所属はルーサが治めているアシュリの配下となるが、独立した場所として扱ったほうがいいだろうとサンドラから進言されて、ヤスが認めたのだ。駐屯している者たちは、ルーサの部下だけではなく、難民の中から戦える者を加えている。数は、40人程度だがイワンたちが神殿のためだけに作った武器防具を利用している。当然の様に、大量の魔道具(イワンに言わせると二級品以下)も大量に配備されている。責任者も同じくルーサから推薦されたヴェストが行っている。ヴェストは、元々はリップル子爵家で守備隊の一つを任されていた。100人規模の隊の隊長だった。幼馴染の嫁をリップル子爵家の分家扱いになっている男爵家から寄越せと言われて断った。演習を行っている最中に、嫁を子供と一緒に殺された。それから、ルーサの下で殺した犯人を探している。

 神殿に属している彼らが、ヤスを含めての”情報交換をしたい”と申請してきたのを受けて、ヤスが”ネット会議”を思い出したのだ。魔通信機を応用して、5フレーム程度の動画をサーバになっている神殿に送って共有出来るようにしたのだ。

 主な、報告は関所の村であるアシュリから行われる。

「ルーサ。それで?」

『はい。リップル子爵家は、帝国への出兵どころではなくなっているようです』

「ほぉ・・・。なぜだろうな?」

『ヤスさん。お父様からも同じ報告が上がってきています。ただ違うのは、エアハルトさんの所でしょうか?』

『はい。サンドラ様。ヤス様。ローンロットには、難民と孤児が集まり始めています』

「難民だけじゃないのだよな?」

『はい。孤児です。難民もいますが、多くはありません。マルス様の審査が通れば、大人でも雇い入れると通達しております』

「わかった。ヴェストがやりやすいようにしてくれ、割符には問題は出ていないか?」

『まだ始めたばかりですので、なんともいえません』

「サンドラ。バスの運行計画はどうなっている?」

『はい。ルーサさんとヴェストさんとエアハルトさんと話したのですが、まずはアシュリまでが妥当だろうと思います』

「わかった。アシュリまで問題が出ないように計画してくれ、ローンロットまで何日かおきに運行出来ないか考えてくれ、難民と孤児が多いと大変だろう。ルーサ。まだ余裕はあるよな?」

『アシュリですか?ユーラットですか?』

「アシュリだな」

『問題はありません。ただ、ヤス。できるだけ、神殿で受け入れて欲しい』

「そうだよな。サンドラ、どうだ?」

『ルーサさん。冒険者を中心に、アシュリに移動してもらおうかと思っていますがどうでしょうか?』

 サンドラに変わって、ドーリスが現在、ギルドが中心になって動かしている計画を説明する。

『そうだな。ただ、アシュリは、神殿ほど稼げないからな・・・』

『大丈夫です。そのためのバスの運行です』

 ルーサは考えてから、メリットとして、神殿の広場では家族ものを中心になってしまう。ヤスが作った住居の基準だから。宿屋の数も絶対的に足りない。正確には、宿屋を運営出来る人数が足りないのだ。急激に人が増やせない事情があるので、しょうがないことだ。その点、アシュリなら人が増えても問題は食料だけだが、神殿の森があり、海に出られる場所も作ったので、ある程度の食料が確保出来る。

『ドーリス殿。承諾した。ヤス。アシュリの住居や宿が足りなくなる前に建築を頼む』

「わかった。あと、ルーサ。エアハルトの所から流れてくる難民で、戦えそうな者を、トーアヴァルデに派遣してくれ、マルスに試算させたが、最低で100。できたら、300は必要と言われた。予備兵力で同数を確保する必要があるが、眷属たちを使えば予備兵力は必要ないと言われた」

『ヤス様。兵力ですが、私も試算してみました。今の武器防具と魔道具の配置から、200程度が妥当ではないでしょうか?』

 疑問形になっているのを、ヤスは感じた。

「どうした?」

『イワン様。武器防具を、あと160人分と予備をいただくのは可能ですか?魔道具も同じです。あと、ヤス様。関所の森での訓練の許可をお願いします』

『武器防具は、正式な物ができるまでは、二級品で我慢しろ。でき次第、渡す。魔道具は、欲しい物をリストアップしておいてくれ、工房は酒の仕込みで忙しい』

 ドワーフはドワーフということだ。
 二級品の武器防具とイワンが言っているが、王都で売っている最高級品と同等以上の品質を持っている。十分に使える物だ。

『感謝いたします。魔道具は、必要になりそうな物をリストアップいたします』

『わかった』

「イワン。売らない魔道具も、ルーサとエアハルトとヴェストに送っていいよな?」

『大丈夫だ』

「ルーサとエアハルトとヴェストで、魔道具のテストや機能調整をしてくれ、量産する必要が無いものを作ってもしょうがないだろう」

『わかった』『かしこまりました』『はい。受諾いたします』

「人、物、金は、足りているか?」

『ヤス。工房を広げてくれ』

「またか?今度は?」

『仲間が酒精の話を聞きつけて集まってきた。人数は、20程度だ。住む場所は必要ない。あっ。女のドワーフも増えてきた』

「わかった」

『ヤスさん。サンドラですが、イワンさん。住民の一部から、ドワーフ族に苦情が出ています。酒精を公衆浴場に持ち込まないで欲しいという話です』

「イワン?」

『すまん。徹底していたのだが、ワインは、水と同じという感覚が抜けなくて・・・』

「そうか・・・。イワン。工房に隣接する形で、小さめの公衆浴場を作るか?」

『いいのか?』

「サンドラ。どう思う?酒盛りが出来る公衆浴場で、子供は入浴禁止。工房と迷宮区から行けるようにするのは?」

『儂も、それでよい。ヤス。是非作ってくれ、いちいち表に出て、浴場に行くのは面倒だ。それに、冒険者となら浴場で武器や防具に関して飲みながら話が出来る』

『賛成です。特に、迷宮区から行けるようにしてくれると助かります。汗臭いままギルドに来るので・・・』

「わかった。それから、ドーリス。商業ギルドから来ていた申請は、許可する。ただし、迷宮区の広場だけだ。神殿の広場は住民だけだ」

『ありがとうございます。商業ギルドに通達します。税は?』

「任せる。ゼロでもいいぞ?」

『はい』

『ヤスさん。領都の宿屋が神殿にも宿屋を作りたいと言ってきていますが?』

「神殿内部は却下だ。アシュリやローンロットは許可できる。ルーサの所は、宿屋は足りているよな?」

『そうだな』『ヤス様。ローンロットでは、宿屋が足りていません。それから、言葉が悪いのですが、できましたら、高級宿屋や貴族用の宿の建築する許可を頂きたい』

「サンドラ。頼めるか?」

『わかりました』

「餌が必要なら、迷宮区の広場とアシュリなら宿屋の建築を認めてもいい」

『ありがとうございます。十分な餌だと思います』

「旦那様。サンドラ様のご提案ですが、以前お話をしていました、別荘地を作ってみてはどうでしょうか?最低、3名の常駐を認めれば、貴族や豪商が競って別荘を建築すると思われます」

「サンドラ。どう思う?他の者も意見をくれ」

『概ね賛成ですが、どこに別荘を作らせるのですか?』

「ん?あぁそうか、場所は二箇所だな。関所の森の湖近くと、神殿の中に作る階層だな」

『ヤス。関所の森はわかるが、神殿の中というのは、迷宮区のような場所か?大丈夫なのか?』

「ルーサの心配はわかるが、西門を使おうと思う」

『西門?』

 ヤスは、皆にセバスと考えていた計画を披露する。
 関所の森は、誰でも別荘を作る許可を出す。神殿の中にも別荘を持ちたいと言い出す貴族や商人が出てくるだろう。そのために、閉じられている西門をオープンにする。西門の方向には、施設はまだ作られていない。神殿に入る門を設置して、簡単な審査だけで通過できるようにする。別荘区と名付ける階層を作る。別荘区には、西門から入った先にある門からしか侵入できない。特別な場所だという印象をもたせる。西門なので、アシュリを通過する必要もなく、到着できる。条件として、人を常駐させることを条件として提示する。常駐する人間は神殿の審査を通過する必要があるが、買い物の都合上、必須の条件となる。

「反対意見がなければ、準備を始める」

 誰からも反対意見がなかったので、ヤスは別荘の作成と道の整備をマルスに指示した。

「次は、ルーサが集めてきた、噂に関しての検証だな。リップル子爵家と帝国の一部の貴族が相当追い詰められているらしいじゃないか?」

2020/05/12

【第八章 リップル子爵とアデヴィト帝国】幕間 クラウス辺境伯。疲労困憊

 疲れた。一言で、表現してしまったが・・・。心の底から軽蔑する相手だが、リップル子爵と話をしたときの方が疲れなかった。

 別に、ヤス殿が嫌いとか軽蔑すべき人物だという意味ではない。自分で言っていてよくわからないが、ヤス殿との交渉は本当に疲れた。

 疲れただけの成果は有った。

「お父様。お疲れ様でした」

「サンドラ。疲れた。あの地図!?それに、モニターはあのようにして使うのか?セバス殿はまともだと思ったのだが?」

「お父様。それは無理というものです。ここ1週間住んで見ればわかります」

「どういう意味だ?」

「心配するのが馬鹿らしく思えます」

「ん?あっそうか、地図は、誰でも見られるのだな?モニターも・・・」

「はい。そろそろ、大丈夫だと思いますので、私の家に行きましょう。最後の視察です。お父様。くれぐれ先程のお約束を忘れないようにお願いします。そして、レッチュ領の領民がお父様を必要としていると忘れないでください」

「大丈夫だ。サンドラ。儂は、レッチュ領の領主だ」

「・・・」

 娘の反応が悪い。
 確かに、一度・・・ではないかも知れないが、神殿への移住が可能か考えたが、それでも、やはりレッチュ領が大事だ。ハインツが領を継ぐまでは頑張るつもりだ。少し、ほんの少しだけ陛下に進言して、ハインツを領主・・・。駄目だ、娘に考えている内容を読まれそうだ。どんどん、目が冷たくなっていく。

「はぁ・・・。お父様。ここが私の家です。マリーカも中にいます」

「・・・。ん?サンドラ?二人の家なのか?」

「そうです」

 目の前にあるのは、神殿の大通り(ヤス殿に教えてもらった呼び名・・・??)に、並んでいる邸宅だ。貴族の別荘かと思っていた。
 まてよ・・・。今までのパターンで言うと・・・。

「サンドラ。一応、確認しておく」「そうですよ。私とマリーカだけで住んでいます。二人または三人で住む家です」

「やはりか・・・、他の」「他の住民も殆ど同じですね。家族になると、もう少しだけ広くなります。あぁ一人とか、食事を作りたくないという人向けに、宿屋・・・。そうですね。王都の最高級宿屋を思い浮かべてください。あれと同等かそれ以上の部屋が与えられます。あと、ドワーフ族の様に、工房があればいいという人向けに宿も用意されています」

「・・・。サンドラ・・・」

「聞かれませんでしたので・・・。外で話しても進まないので、入りましょう」

 娘が家の壁に着いているボタンを押す。

『はい』

「サンドラです。マリーカ。お父様のカードを一時許可にしてください。あっお父様。カードを当ててください」

 何だ?あれは?
 マリーカの声が聞こえてきたぞ?何かの魔道具のようだ。あれも導入したい。書斎から・・・。いろいろできそうだ。

 娘に言われたようにカードをかざす。
 今までと違って、すぐに緑色に光らない。

『旦那様。許可が出来ましたので、大丈夫です』

「おっわかった」

 少し、声が大きくなってしまったが、マリーカがどこから聞いているのかわからないからな。この位でいいだろう。

”カチッ”

 ドアが開いて、マリーカが顔を出す。

「旦那様。サンドラお嬢様。お飲み物の準備が出来ています」

 そのまま、マリーカに案内されて家の中に入る。エルフ式なのか、ドアを入ったら靴を脱ぐように言われた。兵士病水虫になっていると、警告が出るらしい。儂は大丈夫だが、兵士には辛いかもしれないな。ちょっと待て?警告が出るとかマリーカが言っていたな?嫌な予感がする・・・。

 リビングに通された。
 調度品もソファーも最高級品ではないが、高級品だろう。サンドラの家だからなのか?

「サンドラ。兵士病だけ」「ありますよ。今、ドワーフの工房で、エルフ族と協力して、解析しています。試作品が出来て、冒険者に”治験”してもらっています」

「・・・。それは」「もちろん、ヤスさんの指示です。購入も出来ます。ただし、安全性が確認されてからです」

「わかった。それで、この」「部屋の調度品は、私だからではありません。全部の家が似たような調度品になっています。違いは色や配置ですね。あっ魔道具も似たような物です。そうだ、お父様。お風呂はどうしますか?我が家にもありますが、公衆浴場もあります。私は、疲れたので一端下がります。マリーカ。お父様のお相手お願いします。食事は、6の鐘でお願いします」

 娘は、儂の言葉を遮って一気に話をしてリビングを出ていってしまった。

「旦那様・・・」

 唖然とする儂をマリーカが見つめている。
 ひとまず、マリーカが持ってきた紅茶を飲んで落ち着いてから、マリーカが知っている神殿の情報を教えてもらう。驚いたのは、マリーカは、迷宮区にも潜れる様になっている。そして、アーティファクトでユーラットと関所の村アシュリまでは買い出しに行ける許可をもらっている。
 家の中を案内された。娘が話していた内容がやっと理解出来た。駄目だ。ここに住みたい。
 風呂が貴族の屋敷なら設置している場合が多い。性能が格段に違う。魔力を流すだけで、お湯が溜まる。それも、一定量になったら止まる?
 他にもいろいろあるが、考えるのが疲れてきた。

 6の鐘がいつなのかわからないが、マリーカに案内された部屋は王都にある貴族用の宿よりは狭いが、調度品は上だろう。ベッドも気持ちよさそうだ。今は、疲れているからと寝られない。
 マリーカに食事まで時間があるので、公衆浴場に案内してもらった。

 感想。
 ただすごかった。疲れが取れたが、疲れてしまった。マリーカが表で待っていた。丁度バスが来たので乗って帰る。

「お父様。公衆浴場はどうでしたか?」

「サンドラ。あれを、領都に作ると考えると」

「そうですね。すでに、ドワーフの工房で”ボイラー”の開発は終了しているので、売り出すのは可能です」

「え?」

「マリーカ。公衆浴場は、西側?東側?南側?」

「お嬢様。南側です。一番小さくこの時間でしたらドワーフの方々もいらっしゃらないと思いました」

「お父様。本日、行かれた場所でしたら、浴槽の数も多くありませんので、金貨で100枚程度です。場所の確保や建物の用意はお願いします」

「そっそうか・・・。100枚・・・。歳費で賄えるな」

 もっと必要かと思ったが、建物を入れても、金貨で200枚もあれば出来るのだな。
 そうか、ランドルフの分隊が使っていた場所を解体して・・・。

「サンドラ。頼めるか」

「わかりました。ヤスさんに話を通しておきます。お父様。明日はどの様に、領都まで向かわれますか?」

「あっ」

 すっかり忘れていた。
 帰らなければならないのだ。それも、どうやって帰ると聞かれて、いつものように馬車でと思ったが、来るときはアーティファクトで来たから、帰りの足がない。ユーラットと領都の間では辻馬車も運行していない。
 考えていなかった。

「やはり・・・。マリーカ。お願い出来ますか?」

「はい。サンドラお嬢様。私は、アシュリまでしかいけませんが?」

「大丈夫です。先程、マルス殿に申請して許可されました。マリーカには、試験を受けてもらいます」

「試験ですか?」

 試験?なんの?
 娘はマリーカに説明しているが、試験は口実なのだろう。ヤス殿に、アーティファクトを借りて、儂と娘を乗せて、領都まで移動する。朝に出て夜になるまでに、神殿に戻ってこられたら合格で、次から領都までのアーティファクトを移動出来るようになるという事だ。

 食事をしながらサンドラに更に詳しく神殿の話を聞いた。
 聞かなければよかったが、聞いてよかったと思える。領都に導入できそうな物や、貴族の屋敷に導入したほうがよいだろう物をいろいろと話をした。買える物、買えない物、持ち出せない物、開発中の物。全てではないが、かなりの情報がオープンになっている。

「サンドラ、最後に一つだけ教えて欲しい。情報を、儂に語っているが、問題はないのか?ヤス殿やマルス殿に疑われたりしないのか?」

「お父様。最後の質問に対する答えですが・・・。マリーカ。教えてあげて」

「旦那様。サンドラお嬢様がお話になった、通常ですと機密指定になって居るような情報だと私も認識しています」

 さすがはマリーカだ。裏の仕事もこなせるだけはある。

「そうだな」

「しかし、これらの情報は、旦那様が入ってこられた門の近くにあります。”図書館”に行けば提示されています。また、家のモニターでも参照できます」

「は?」

 サンドラは、肩をすくめて、儂にモニターを見るように指差す。

「・・・。サンドラ?これは?誰でも見られるのか?」

「流石に誰でもではありません。住民だけです」

「・・・。サンドラ。それは、誰でも見られると、同じではないのか?」

「そうですね。私も、ミーシャも、ドーリスも、ディアスも、ヤスさんに大丈夫なのかと聞いて、閲覧禁止にするか、神殿の運営に携わる者だけが見られるようにしたらどうかと進言しました」

「当然だな。それで?」

「ヤスさんは、笑いながら、『情報は隠せば隠すほど、後ろめたいと思われてしまう。皆が知っている情報なら、外部に漏れても”だからどうした?皆が知っている”といえる。本当に、隠すべき情報は、美味しいレシピや好きな子を思って書いた恋文の内容だ』と言っていました。私も疲れて、それ以上は何も言いませんでした。でも、実際にユーラットで神殿に弾かれた商人が、神殿の悪い噂を流していたのですが、皆がヤスさんなら悪い話もオープンにするはずだと言って信じませんでした」

 考えさせられる話だ。
 隠せば弱みになる。隠さなければ、弱みにならない。

 一度、ヤス殿とじっくりと話がしたくなってきた。もしかしたら、よりよい統治に必要な知識を持っているのかも知れない。

 儂は、娘との時間を楽しみながら、ドワーフ達が作った最高の二級品の酒精を飲んでから寝た。
 ベッドも最高品だ。枕もいい。これはぜひ欲しいと娘に伝えたら、そのまま持っていっていいと言われた。簡単に買えるらしい。妻の分を含めて、数組用意して、ドワーフの最高の二級品の酒精を土産に領都に帰った。

 疲労困憊だが、精神は元気になった。
 考えなければならないが、それでも前向きな状況になるのは間違いない。まずは、王家と派閥に報告だな。

2020/05/10

【第八章 リップル子爵とアデヴィト帝国】幕間 クラウス辺境伯。神殿を視察6

 儂は、クラウス・フォン・デリウス=レッチュ。バッケスホーフ王国の辺境伯だ。神殿の視察で、神殿の真実の一端に触れてしまった。しかし、これが終わりではなかった。娘の笑顔を見て、これで終わったと思ったが違っていた。
 もう少し、カートを動かしたいと思ったが、ダメだと言われた。今度、休みが許可されたときにまた来て視察し遊びたい。ドワーフの工房は心臓に悪いから、カート場だけでいいか・・・。だが、ドワーフの酒精は魅力がありすぎる・・・。

 カート場を出て、バスと呼ばれたアーティファクトに乗って、教習場と呼ばれる場所に着いた。先程のカート場を大きくしたような場所だ。

「お父様。ここが、教習場です」

「サンドラ?」

 儂は自分の目を疑った。
 バスだけでなく、儂が神殿に来るまで乗っていたアーティファクトと比べると一回りほど小さいアーティファクトが動いている。

「サンドラ。ここは、もしかして・・・」

 聞きたくないが、聞かなければならない。バスに乗った時にも違和感があった。アーティファクトを動かしていたのは、人族の女性だ。

「はい。お父様が考える通りの施設です。ヤスさんのアーティファクトを貸し出して、動かし方を教えている場所です」

「それは、誰でも出来るのか?」

「いえ、教習場はカート場よりも審査が厳しいです」

「審査?」

「はい。マルス殿の審査の合格は必須なのですが、それ以外にも、読み書きや計算。あと、簡単な戦闘の確認もあります。あっあと、アーティファクトの操作に、ある程度の魔力と身長が必要なので、最低限のチェックが存在します。それから、”筆記試験”と呼ばれているテストに合格してから、教習場でアーティファクトの操作を覚える修練が始まります。修練期間は最大で6ヶ月とされています。その間に、試験を受けて、合格できたら、ヤスさんからアーティファクトが貸し出されて、最初は神殿の都テンプルシュテット内部を自由に移動できるようになって、更に試験を受けて合格できれば、ユーラットや関所の村まで移動できる許可がおります。その後は、多分ですが、領都までになると思います」

 娘が省略したが、領都はレッチュ領の領都だろう。
 アーティファクトでの輸送が行える?ヤス殿以外にも?

 ドワーフの工房で見た二級品と言われていた、品質の高い武器や魔道具や日用品が手に入る?
 それだけではない。目に見えないメリットも大量に発生する。まずは、塩や砂糖の輸送が可能になる。関所の村が出来たと言っても、そこから領都までは、安全とは言えない。盗賊は日頃から討伐しているから大丈夫かもしれないが、魔物の被害は・・・。それに、リップル子爵がどう動くのかわからない。帝国も驚異だ。

「お父様?考え事をしている所で申し訳ないのですが、考えている内容は、想像が出来ます。それを実現するためにも、ヤスさんに報告をして提案を受けていただかなければならないと思いますが?」

「そっそうだな」

 いろいろ衝撃的な情報が多くて忘れていたが、儂が神殿に来た理由を思い出した。

「お父様。迷宮区に移動します」

「わかった。どうやって移動する?また、バスに乗るのか?」

「いえ、少しだけ歩きますが、ギルドから移動します」

「ん?」

「大丈夫です。行けばわかります」

 教習場からギルドは割と近かった。それ以上に、住民たちが乗っているアーティファクトが気になった。

「サンドラ。あれは?」

「あれは、ヤスさんが言うには、”バイク”と言うそうです。そして、あれが、”原付き”という名前で呼んでいます」

「自転車とも違うのだな?」

「そうですね。アーティファクトではありますが、自転車は自分の力で動かします。”バイク”や”原付き”は魔力を使って動きます」

「そうか・・・。そうなると、バイクや原付きが欲しくてもダメだな」

「はい。自転車で満足してください。あっギルドや建物の説明は必要ないですよね?建物は、それほど違いはありません」

 確かに、ギルドの雰囲気には違いはない。なぜか安心してしまった。
 娘が、受付に居る女性に何やら話をしてから戻ってきた。

「お父様。行きましょう」

「大丈夫なのか?」

「えぇ問題はありません」

 娘についていく、今までと同じ様にカードをかざすと扉が空いた。緩やかな下り坂になっている。

「お父様。ここが、迷宮区の入口です」

 坂道を歩いて広場のような場所に出た。冒険者らしき者たちが、洞窟の入口あたりで何かを見ている。

「あれは?」

「あぁ相場を見ているのだと思います」

「はい。階層別に、狩れる魔物が違います。ギルドが買い上げた値段や商人が買い取った値段の新しい物から表示されています。時々、商人の希望買い取りも表示されたりします」

「なぜ?」

「ヤスさんが言うには射幸心を煽るためだと言っていました。他にも、正面にいくつも”モニター”があります」

「あれは?」

「近づけば見えてきますが、迷宮区の中を表示しています」

「え?」

 娘に言われて近づいたら、たしかに魔物と冒険者が戦っている様子が表示されている。理解できないが、理解しよう。どうやって表示しているのかは、この際は気にしない。子供ではないが若い者が表示されている戦いを食い入るように見ている。戦闘の参考にするのだろう。真剣な眼差しだ。

 傷だらけの者たちが休んでいる場所がある。迷宮に潜っているのなら、怪我もするだろうし、相手次第では死ぬこともあり得る。なのに、けが人だけが大量にいる場所があるのは理解できない。

「サンドラ。あの部屋は?」

「救護部屋ですか?」

「救護部屋?」

「はい。あっ丁度いいですね。右端のモニターを見てください。そろそろ、消えると思います」

「消える?」

 娘に言われて、右端で戦っている者たちを見る。戦闘は訓練だけではなく実践を見てきているので、娘ほどではないが実力を見る目は持っている。儂から見ても、あの者たちが挑める魔物ではない。もって、5分。早ければ、1~2分でパーティーが崩壊するな。

 儂の見立て通り、1分後に前線を支えていたタンクがやられそうになった。ダメだな。死んだな。

 そう思った瞬間。パーティーメンバーの身体が光に包まれた。そして、次の瞬間には、写っていた場所から消えていた。同じタイミングで、救護部屋の一部が光った。光が収まると、先程戦っていた者たちが現れたのだ。

「サンドラ!どういう、一体、なぜ!?」

「お父様。落ち着いてください。彼らは、約束を守ってくれていたようです」

「どういうことだ?」

「ヤスさんからの命令で、迷宮区に入る時には、ある特定の魔道具を身につける約束になっています。私たちは、ヤスさんの命名通り”リターン”と呼んでいますが、腕輪タイプや足輪タイプ、イヤリング、指輪。いろんなタイプがあります。身に付けて、入口の・・・。あっ彼らのように、全員で入口近くにある魔道具に触れると、パーティーとして認められて、パーティーの誰かが瀕死の状態になった場合に、パーティーメンバー全員が救護部屋に転移されます」

「・・・。死なないということか?」

「そうですね。でも、残念ながら必ず助かるわけではありませんが、魔の森の探索や他の神殿に比べれば死ににくい状況ではあります」

「・・・。サンドラ。この情報は?」

「え?あっもちろん、ギルドには知らせています。お父様。でも、勘違いされるかも知れませんが、攻略が容易になっているわけではありません。実力がなければ、攻略できないのは同じですし、ギルドの難易度で言えば、最高ランクを軽く凌駕しています。ただ、他の場所と違って、順番に攻略していけば実力も身についていくように調整されているだけです。あと、お父様がいきなりどっかのパーティーに入って高難度の階層にはいけません。パーティー内で最低の実績に合わせた階層までしか許可されません」

「・・・。そうか・・・」

 それしか言えなかった。
 ギルドがこれで運営を許可しているのなら、口出ししてもしょうがないのだろう。王都周辺や他の街に居る冒険者が集まってくる事態にならなければいいとは思うが、そのくらいは考えているだろう。

「お父様の懸念がわかりますが、ここは神殿です」

「解っている」

「いえ、解っておられないと思います。迷宮区に入るにも申請が必要です。いきなり、今日住民になった者が迷宮区に入られるわけではありません。それに、神殿の都テンプルシュテットの住民になるのにも審査があります。ヤスさんが言うには、冒険者の審査はゆるくしているとは言っていますが、最低でも2回の審査があり、実績で狩場が決められるような、場所に他の場所で実績を作っているパーティーが来ると思いますか?話の種にするために一度は来る可能性はありますが定住はしないと予測できます」

「そうだな・・・」

 迷宮区の入口を見回すと、確かに若手の冒険者しか居ないように見える。
 武器や防具を売っている店もあるが、人影はまばらだ。道具屋もある。一般的な迷宮と考えれば普通の光景にみえなくもない。

 ここは、モニターや転移を除けば”比較的まとも”だと思える。他の施設がひどすぎたから、感覚が麻痺しているだけかもしれないが問題は内容に思える。
 正直、疲れた。本気で疲れた。来なければよかった。ヤス殿なら、領都に来てくれと言えば来てくれたと思う。サンドラと一緒に来てくれと伝えればよかったのだ。
 そして、心の底から後悔している。好奇心に負けてしまった。でも、視察に来て自分の目で見て知れたのは良かった。後から、知ったら後悔では済まなかったかも知れない。王家に土産も出来た。そうだ、ハインツにも神殿の視察をさせよう。その後で、土産を持って王都に行かせればいい。王都で、王家とのパイプ役をやらせて、ゆくゆくは辺境伯を継がせる。そして、儂は神殿で隠居生活を行う。

「お父様」

「どうした?」

「セバスが来ています。私の家は、ヤスさんとの面談の後でいいですか?」

「大丈夫だ。サンドラの家も気になるが、領都の屋敷とそれほど違いはあるまい」

 娘の可愛そうな人を見る目は気になるが、領都の屋敷は最新の魔道具で固めている。大丈夫だ。大丈夫だ。大丈夫・・・・。だよな?
 娘がヤス殿に会うまで儂の顔を見ようとしなかったのは気になったが、気持ちを入れ替えよう。交渉次第で動き方が変わってくる。

広告

2020/05/09

【第八章 リップル子爵とアデヴィト帝国】幕間 クラウス辺境伯。神殿を視察5

 儂は、クラウス・フォン・デリウス=レッチュ。バッケスホーフ王国の辺境伯だ。絶賛、後悔中だ。

 ドワーフの工房で精神的に疲れてしまった儂は、いろいろ譲歩・・・。ではなく巻き込まれてしまった。娘の策略を疑っているが、悪い話ばかりではない。いや、違う・・・。本来なら、領を富ませる最高の物を得たと喜ばなければならない。ただ、他の領主や王家だけではなく、領内の有力者に知られた時に、誰にどれだけの情報を流すのか、調整が難しい。

 そして、ドワーフの工房の最奥部に入るときに、娘が言っていた。『神殿に住むと言わないで・・・』の意味が解った。何もかも投げ出して、神殿に住めれば、この気苦労を感じなくて済む。それは、出来ない。儂にも辺境伯だという矜持がある。

 嘘である。

 長男のハインツを呼び戻して、領主として教育をして、家宰と守備隊をつければ、儂が引退しても大丈夫にならないかと本気で考えた。すぐは無理でも、2-3年もすれば・・・。多分ダメだ。ハインツには王都での仕事もあるし、貴族社会で揉まれないと、当主としてやっていけない。

 ドワーフの工房を出て外に戻ってきた。扉は、儂らが出たら自然と閉まった。どういう仕組なのか、我が屋敷にも導入したい。

「そう言えば、サンドラ、マリーカはどうした?」

「家に居ますわ」

「そうか、お前」「あっお父様。もうしわけありません」

 娘は、カードを取り出して、不思議な動きをする。カードに触れて、何やら喋っているのだ。
 相手が誰なのかわからない。

「お父様。ヤスさんが会議室で待っているそうです。ただ、視察を先に終わらせておいて欲しいということです」

「え?」

「ヤスさんは、ディトリッヒさんから報告を聞くそうです。それが終わる位に連絡をくれるそうなので、それまで視察を続けて欲しいという連絡です。それから、残念なお知らせです」

「ん?残念?」

「視察場所が増えました」

「どういうことだ?教習場と迷宮区とサンドラの家ではなかったのか?」

「はい。家は、会談の後になりました。迷宮区に行ってから、カート場に行って、教習場に行きます」

 もう、半分以上はどうとでもなれという思いだ。

「わかった。サンドラに任せる」

 いつもの癖で言葉が先に出てしまった。神殿では命取りになりかねない。娘の笑顔が眩しい。そんな風に、笑えるようになったのだな。少しは、ほんの少しだけだが、ヤス殿に感謝だな。魔眼を持っている娘は、見たくないものも見えてしまっていた。それで、心を閉ざして無能者になろうとしていた。それが、親を罠にはめて、イタズラが成功した子供のように笑うのだ。

 娘の頭を、数回軽く叩いてから、言葉を続ける。

「それで、カート場までも先程のバスで移動するのか?」

「あっいえ、カート場は歩いていける距離です。今日は、誰も使っていないので、許可が出たようです」

「そうなのか?何をしている施設なのだ?」

「行ってみても・・・。わからないとは思いますが、まずは見てください」

「わかった」

 カート場も神殿の地下にある施設だと教えられた。
 ドワーフの工房に入ったときと同じ様にカードをかざすと扉が開いた。階段があると思ったが、階段ではなく小さな部屋があっただけだ。壁に何かボタンが着いている。儂が部屋の中央に立ったのを見て、娘が壁のボタンを押した。読めない。数字は解るが、それ以外は何が書いてあるのかわからない。
 入ってきた扉が閉まった。

「お父様。箱が動きますが、驚かないでください」

「は?」

 間抜けな声を出してしまった。ガクンと振動が身体を揺らしたかと思うと、箱が落ち始めた。娘が落ち着いているので、大丈夫だと思うが・・・。

 しばらく、数字が書かれたボタンが光っている。

”チーン”

「お父様。着きました。正面の扉が開きます」

 箱の動きが完全に停まった。娘が宣言通りに正面が開いた。そこには、門から伸びる道と同じような色をした道が広がっていた。

「ここは?」

「説明が難しいのですが・・・。”カート”と呼ばれるアーティファクトをヤスさんが貸し出してくれている場所です」

「アーティファクトを貸し出す?すまん。サンドラ。意味が全くわからない」

「はい。だと思います。今日は、特別にお父様にも許可が出ているそうなので、実際に試してみるのが早いと思います」

「あぁわかった」

「こちらに・・・」

 娘に案内された場所には、表現が難しい物が並んでいた。微妙に形が違うが似たような物だ。乗ってきたアーティファクトに使われるような車輪をかなり小さくした物を付けたアーティファクトだ。街中で少しの荷物を運ぶときに使う物に似ている。

「私は、専用のカートがありますので、それを使います。お父様は、そうですね。サイズはそれほど違いませんが、大人用になっている物を使われたほうが良いと思います」

 娘が何を言っているのか解らなかったが、手で押せば動くと言われて、一台を並んでいる場所から手で押した。黒く綺麗に整っている石の上に、白い線が沢山書かれている場所まで移動させてから娘を待っていると、娘が似たような物に跨って移動してきた。よく見ると、儂が動かした物と色が違う。

「サンドラ!おま・・。アーティファクトを動かせるのか!」

 娘が、儂が動かしたカートの横に移動して来て、カートを停めた。娘に教えられながら、カートを動かした。
 なにこれ・・・。すごく楽しい・・・。馬車が自分の意思通りに動くのと違った感じだ。そう、自分がすべてを支配して動かしている感じがする。

「お父様。カートは、こういう乗り物です。この地下でしか動かせません。そして、神殿の住民なら全員が動かせるわけではありません」

「どういうことだ?」

「はい。お父様は特別に許可を頂きましたが、本来なら、神殿の主であるヤスさんをサポートしているマルス殿から許可される必要があります」

 また新しい情報だ。マルス殿?

「サンドラ。マルス殿とは?儂が会えるのか?」

「無理だと思います。ヤスさんとセバス。ツバキ以外にはお会いにならないようです。リーゼやドーリスも会えていません」

「そうか、ヤス殿のサポートをしながら、神殿を運営しているのだから、かなりの負担なのだろう」

「はい。そう思います。マルス殿から、許可が降りなければ、カート場はもちろん、先程のドワーフの工房も、これから行く教習場や迷宮区にも入られません」

「ん?でも、どうやって、許可が降りるか知るのだ?会えないのだろう?」

「それは、カードでわかります。許可が降りれば、印が着きます」

 よく考えられている。カードが身分証明書になっている上に施設に立ち入るときの鍵になっている。

「審査はどうなっている?」

「セバスやツバキに申請して・・・。あっ、最近ではギルドでも可能になりました。マルス殿が行動履歴を調べて、ヤスさんが許可をだす様です」

「そうか・・・。出すようですという事は、審査基準は不明確なのだな」

「いえ、マルス殿から、明確な基準は示されています」

「それは?」

「神殿への帰属意識です。忠誠心と言えばいいのかも知れません」

「ん?それこそ難しくないか?」

 忠誠心がわかる方法があれば儂も知りたい。部下を疑って過ごすのは気分的にも落ち着かない。

「お父様。ここが、神殿だというのをお忘れですか?」

「忘れては居ないが・・・。まさか、アーティファクトなのか?」

「はい。このカードもアーティファクトだと言えば、アーティファクトです」

「そ、そうだな」

「そして、カードは神殿に入る時から、持っていないと生活が出来ません。家の鍵にもなっています。バスに乗る時にも必要です。買い物の時にも必要になっています」

「・・・」

「行動履歴とは、そういうことです。スパイを炙り出せるのです。ある程度住んでいれば、すべての施設ではありませんが許可がおります。ただ、頻繁に外に出かける者や頻繁に外の者と会う場合には、許可が降りなくなります」

「サンドラは大丈夫なのか?」

「私は、大丈夫です。お父様にも神殿の中に来て頂けました」

「あっそうか、儂にもカードを渡したので、大丈夫と判断されるのか?」

「わかりませんが、お父様の許可はヤスさんから頂いています。それに・・・」

「それに?」

「お父様。正直に聞きます。神殿の勢力に対抗しようと思いますか?」

「無理だな。ヤス殿のアーティファクトだけでも敵対しようとは思わない。神殿の真実を見てしまってからは、良き隣人になって利益を享受する方法を考える」

「はい」

 娘が一番の笑顔で儂の言葉を肯定する。

2020/05/08

【第八章 リップル子爵とアデヴィト帝国】幕間 クラウス辺境伯。神殿を視察4

 儂は、クラウス・フォン・デリウス=レッチュ。バッケスホーフ王国の辺境伯だ。絶賛、後悔中だ。
 ドワーフ族だと名乗ったのに、実はエルダードワーフだったイワン殿。家名持ちと教えられた時点で気がつけばよかった。

 目の前にあるものは見なかったことにして、自分の屋敷に帰ろうと本気で考えた。娘が、帰さないと徹底抗戦だ。たしかに、王家からの頼みをヤス殿に伝えないとならない。娘を睨むが、娘は、もういろいろと諦めている表情をしている。

 目の前に置かれている、魔道具と酒精。見なかったことにしたい。

「イワンさん。それで、量産は可能なのですか?」

「残念ながら・・・・」

 そりゃそうだろう。いくら伝説のエルダードワーフでも無理だろう。それだけの効果がある魔道具だ。

「簡単だ。表の奴らでも量産出来る。素材もヤスが準備出来る。100や200なら明日にも渡せる」

 ダメだ。ドワーフに面白い素材を渡してはダメだ。

「そうですか、魔道具は、偽れますか?」

「そうだな。こっちは可能だ」

 イワン殿が提示したのは、部屋に置いておくと定期的に部屋の中に漂う有害な物を排除してくれる魔道具だ。ヤス殿は、”空気清浄機”と命名したようだ。独特の命名だ。確かに、精霊樹の素材が使われていると宣伝しなければ・・・。毒を無効化して、部屋の中にある微細な汚れを吸収するらしい。精霊樹の素材を使っていると知らなければ、疑いながらも一つは試しに買ってみるだろう。

「もうひとつは、ダメだ。飲めば解ってしまう」

 儂もイワン殿の話を聞いて納得した。
 そもそも、精霊樹の樹液で酒精を作ろうとしないで欲しい。それだけで、伝説のエリクサーの材料で、高値で取引される物だ。それも、小指ほどの瓶に入った物でも白貨の価値はある。目の前にあるのは・・・。

「それでイワンさん。樹液で作った酒精は、何が出来たのですか?」

 娘は儂が聞きたくなかった話を聞いてしまった。

神の酒ソーマの出来損ないだ」

「え?」「は?」

 今、イワン殿は、神の酒ソーマと言ったか?間違いないよな?

「イワン殿?」

「儂ら、ドワーフ族に伝わる言葉がある。『精霊樹の葉を精霊樹の枝で叩き、汁を金毛羊の羊毛で濾して、精霊樹の樹液と金毛羊の乳を加えて、100年寝かせた物が神の酒ソーマとなる』と言われている。これは、128年寝かした物だ」

「は?」

「でも、神の酒ソーマにはならなかった。伝説では、神の酒ソーマは、『琥珀色で光っている』と言われている。色は、神の酒ソーマだが光っていない。最高にうまくて、古傷まで治るが、不死にはならなかった。ヤスに頼んで実験したが、欠損部分は治ったが、死ねなくなる効用はないと言われた。その時は、落胆したが・・・」

 ん?不死の実験をした?どうやって?誰で?絶対に聞かない。聞いては絶対にダメな情報だ。
 神の酒ソーマではないと聞いて安心したが、欠損や古傷が治るとなると、上級ポーションの上だろう。エリクサーと同等の効用があると考えられる。

「そうだ。これは、飲まないと効用がなかったそうだ。ポーションの様にかけても効果があるような代物ではなかった」

 安心できる情報ではないが、エリクサーでもないようだ。
 イワン殿は、神の酒ソーマをさらに蒸留して寝かせてみたと言っている。本当にドワーフという生き物は・・・。

 その前に・・・。

「イワン殿?そう言えば、金毛羊は無理なのですよね?魔物自体も超々レアだと思います、金剛羊の変異種ですよね?生きている状態で刈り取る必要が有ったと思いますが?」

「・・・」「お父様・・・。残念なお知らせです」

 聞きたくない。

「ヤスさんは、それに関しても、とんでもない物を眷属にしています」

「眷属?」

「はい。銀色の毛と金色の瞳を持つ狼。金と銀の瞳を持つ漆黒の猫。額に赤く燃えるような宝石を宿している栗鼠。赤く鋭い角を持つ金色の兎。赤い翼を持ち全身は金色に輝く巨大な鷲。そして、全身を金色の毛で覆われた羊。眷属のトップとしてヤスさんに従っています」

「・・・。サンドラ」

「嘘でも、誇張でもありません。事実です」

「嬢ちゃん。違うだろう?」

 イワン殿が複音とも言える訂正を入れてくれる。伝説の6体が揃い踏みしているわけがない。

「そうですね。正確には、眷属として、『その他多数の魔物を従えている』でしたね」

「は?」

「お父様にわかりやすい所だと、イリーガルウルフやイリーガルキャットあたりは当然ご存知だと思います」

「あぁ強くはないが、我が領の兵5人で1体に当たる程度だ。小さな村では、一匹現れたら全滅の可能性だてある」

「はい。それでは、インフェルノウルフやインフェルトキャットなら?」

「災害級だな。領都なら持ちこたえる可能性があるが、小さな都市では一匹で全滅だ」

「はい。そのインフェルトウルフやインフェルトキャットの変異体や上位個体・・・。特化個体が、先程の魔物達の王に従っています。数は、私がヤスさんに確認した時には、10体と言っていました」

「嬢ちゃん。少し古いな。俺が、精霊樹の素材を貰った時に聞いたら、それぞれ20とか言って笑っていたぞ?弱い個体がうまれてきたから、また鍛えるとか言っていたぞ」

「・・・。な・・・。な・・・・。なんで?そんな状況に!」

「お父様。ここに来るまで、魔物を見ましたか?」

「え?」

「街道沿いでも、神殿に上がる道でも、神殿でも構いません。魔物を見ましたか?」

「見ていない。だから、信じられない」

「間違っていません。さて、それでは、ヤスさんは、どこに眷属を集めているのでしょう?」

「まさか・・・」

「はい。神殿の迷宮区です。それも、冒険者の邪魔になってはダメだろうという気遣いで、最奥部に、最高濃度の魔素が吹き出る場所で生活をさせているそうです」

「もしかして・・・。餌は?」

「狩り放題でしょう。私が見学した時には、グレーターバッシュミノタウルスを集団で飼って、美味しそうに食べていました。もちろん、魔石も、すごく美味しそうに食べていました」

「嬢ちゃん。魔石じゃないだろう?魔晶石だろ?それだけの個体なら、魔石じゃなくて、魔法触媒にもなる魔晶石だっただろう?」

「そうですね。でも、些細な違いでしょう」

「ガハハ、確かに、確かに、些細な違いだな」

 儂の頭が悪いのか、娘とイワン殿が話している、魔石と魔晶石の違いが些細な違いとは思えない。売買価格で100倍以上の開きがある。そもそも、希少性を考えれば、もっと高い取引になる場合もある。それを、魔物が食べている?グレーターバッシュミノタウルス?魔法名を持っている個体?それが餌?熟練の冒険者が数パーティーで挑む魔物でアンタッチャブルな存在だ。それが餌?

「あっ。お父様。だから、金毛羊の羊毛も素材として入手が可能です」

 神の酒ソーマの問題は小さく感じてしまう。神の酒ソーマは、確かに重大な物だが、問題はない。神殿内部でだけ飲んだり使ったりすればいい。外部に出すときにも、信頼できる商隊に任せればいいだけだ。
 だが、魔物は別問題だ。一体で、国を滅ぼしかねない。神殿の奥に居ると言っているが・・・。神殿の守護者の立場なのだろう。そう考えれば、ヤス殿が神殿を公開している理由がわかる。攻略は絶対に不可能だ。伝説の魔物が6体揃って、それぞれの眷属が20体付き従っている。そんな場所を攻略できる者が居ると思えない。

 ひとまず、”空気清浄機”は神殿の中で流通させる。儂も5つ持って帰って、2つ王家に献上する。一つは信頼出来る商家に見せて反応を見る。2つは実際に屋敷で使ってみる。神の酒ソーマも同じ様にする。王家に黙っているのは無理だ。知られてしまった時に、反逆を疑われても文句が言えない。ヤス殿と儂の名前で王家に献上する。

 娘の儂を見る目の意味がやっと解った。
 王都から帰るアーティファクトの中で、『神殿に行ってヤス殿に面会する必要がある』と言ったときに、娘が止めたのに関わらず、『神殿の施設を視察できないか』と聞いてしまった。あのときの目は、こうなると予測・・・。いや、確信していたのだろう。

2020/05/07

【第八章 リップル子爵とアデヴィト帝国】幕間 クラウス辺境伯。神殿を視察3

 儂は、クラウス・フォン・デリウス=レッチュ。バッケスホーフ王国の辺境伯だ。絶賛、後悔中だ。好奇心に負けた過去の自分を殴りたい。

「クラウス殿。ここが貯蔵庫だ」

「貯蔵庫?」

「そうだ、ここで蒸留酒を寝かせている」

「しかし・・・」「そうだ、単純に寝かせているわけではない。ヤスが作った部屋で、端から1年。2年。4年。8年。16年。32年。と、なっている」

「??」

「嬢ちゃんに聞いていないのか?」

「えぇ何も?」

「そうか、それじゃしょうがないな。この部屋は、広さは20メートル四方くらいの部屋で、1日で言った年数が進む部屋だ」

「は?」

「扉を閉めている間だけ、時間が加速すると考えればいい」

「・・・。イワン殿?それは」

「本当だぞ。さっき試飲しただろう?あれは、8年物だ。神殿でも、この部屋があるのは、儂らの工房だけだ。エルフたちの果樹園は、エルダーエントやドリュアスの恵みがあるから通常よりも早く収穫できる上に品質もいい。それらの果実を使って、酒精を作って蒸溜して寝かせている。実験的に作った物も多いからな。味がよかった物から、量産している」

 確かに、ここはドワーフの聖地だ。うまい酒精で、酒精が強い飲み物が揃っている。それだけではなく、数も揃えられる。

「値段は、嬢ちゃんに聞いてくれ」

「え?」

「だから、値段だよ。欲しいのだろう?」

「もちろんですが、値段を公表していると言うのは?」

「かなり前から嬢ちゃんたちには言っているぞ?ヤスからも、娯楽品や嗜好品は売っても構わないと言われている。実は、工房で作った二級品の酒精が大量の在庫になっていて、困っている。クラウス殿。安くするから、買ってくれないか?あと、武器と防具と日用品や魔道具も頼む」

「は?」

「後で嬢ちゃんに言っておくが、魔剣や聖剣もできれば買っていって欲しいが、止められているからな王家に献上してもいいが、数本だろう?出来た酒の置き場の方が大事だからな。儂たちが飲んでいるが、出来る方が早い。ワインを蒸溜した物を32年の部屋で・・・。お!飲んだほうがいいな」

 何を言っているのか理解することを頭が拒否した。しかし、話しはそのまま進んだ。
 儂は、表で売っていた武器や防具や日用品を買えるのか?ここで作っている酒も買えるのか?

 そして、イワン殿が戻ってきて出された透明なグラスに琥珀色の液体が満たされている。ここで作った酒精だと言われた。出された琥珀色の飲み物を口に含んだ瞬間にすべてがどうでも良くなった。

「イワン殿。これは?」

「ヤスは、ブランデーと呼んでいたな。凄まじいだろう?32年の部屋で、5日間置き忘れていたら、最初の量の半分以下になってしまった残りだ。160年近く寝かせた物だ。ここには、それに匹敵する物が多い。儂たちが常に飲む物だ」

「・・・。確かに、これを飲んでしまうと、先程まで至高だと思っていた物が二級品と言われても納得してしまいますな」

「ハハハ。これが解る人だとは嬉しい。2-3本持っていけ!タダでくれてやる。その代わり、二級品をさばいてくれ、置き場所の為に、ヤスに工房の拡張を頼むのもあまり頻繁だと悪いからな」

「・・・」

 惜しいが、1本は王家に献上しよう。ヤス殿からの贈り物として・・・。それから、武器と防具も娘と相談だな。酒精は、商会を通したら・・・。ダメだ。通常ルートでは、王国にある酒精を作って居る貴族が何を言い出すかわからない。王家と儂の派閥だけで・・・。娘たちが売りに出さなかった理由が解る。売りに出せば、確実に問題になる。欲しがる者が殺到するだろうし、提供が少なければ値段が高騰する、多ければ既存の製作者が潰れる。
 本当に聞かなければよかった。

「イワン殿。在庫は?」

「二級品か?武器と防具は、二級品未満の物は冒険者と商隊が買っていくから、ある程度は捌けているが、奥の工房で作った武器と防具と魔道具が売れ残って困っている」

「作らないという選択肢は?」

「ないな」

 解っていたが、はっきりと言われてしまった。

「ヤスの奴は、俺たちがなにか作ると、新しい製法や理論を考えるからな。実験がてら作っているだけだからな。酒精は辞めないぞ?儂たちの命だからな」

「酒精は諦めました。それに、ドワーフ族が増えたら、消費も増えるでしょう。際限なく飲めるでしょう?」

「ガハハ。そうだな。ドワーフ族が増えれば、儂のようなエルダードワーフも来るだろう。そうなったら、在庫の問題も解決だな」

 ん?今、聞いてはならない情報が耳に入ったが、スルーさせてもらおう。
 イワン殿が、ドワーフ族の王族に連なる、エルダードワーフだとは聞いていないし、知らない情報だ。

「イワンさん。お父様。そろそろ次の視察に向かいたいのですが?よろしいですか?」

 正直な思いとしては”助かった”と思った。これ以上、この場に居ると知りたくない情報が入ってきそうだ。

「お!嬢ちゃん。クラウス殿が、在庫を処分してくれると約束してくれた」

 娘の視線が痛いが、これ以上の情報は欲しくないし、儂が考えを拒否している最中に、話が進んで、なんか買うと決まってしまったのだ。
 儂になにが出来たと言うのだ!

「はぁ・・・。わかりました。多分、そうなるだろうとは思っていました。お父様。値段や量などは、後日でよろしいですか?」

「それで頼む。頭がパンクしそうだ」

 儂と娘が立ち去ろうとした所で、イワン殿が何かを思い出したのだろう、娘を呼び止めた。

「嬢ちゃん。ヤスから、渡されて困っている物がある。相談に乗ってくれ」

「・・・。はぁいいですよ?でも、アブソーバーみたいな物は困りますよ?」

「ハハハ・・・。はぁ・・・。嬢ちゃん・・・。すまん。先に謝っておく」

「え?」

 娘が言ったアブソーバーも気になったが、イワン殿が先に謝るような物とは?

 イワン殿が奥から、抱えられる程度の箱を持ってきた。なぜ、儂は、この時点で逃げなかったのか・・・。嫌な予感はしていたが、好奇心が勝ってしまった。

「これは?」

 イワン殿は、箱を娘に渡した。娘は、受け取ったあとで中身を聞いたが、イワン殿は、開けて中身を見て欲しいと言っている。
 娘は、諦めたようで、箱をテーブルに置いて蓋を開ける。そこには、瑞々しい葉っぱと神気さえ感じる枝。そして、蓋はしてあるがそれほど豪華でなない入れ物に入った水のような物だ。娘を見ると、顔色が赤くなってから青くなって・・・。今は、白に近い色になっている。

「イワンさん。ヤス様のことですから、これだけではないですよね?」

「正解だ。葉っぱは、100キロ。枝は200キロ。樹液に関しては、ほぼ無制限にある。奴は、あのバカは、この樹液で果実水を作ったら美味しかったから、酒の原料に使って欲しいと言ってきた。葉っぱや枝は、不純物を除くし、”菌”を殺すから、部屋の浄化にも使えるだろうと・・・。どうしたらいいと思う?」

「・・・。イワンさん。それで作ったのですか?」

 娘がイワン殿を睨む。イワン殿も諦めたのか、正直に言った。

「・・・。作った」

 何を作った。そもそも、それは?

「サンドラ?イワン殿?」「お父様・・・。後悔しますよ?」

「クラウス辺境伯様。これは、精霊樹の葉と枝だ。水は、精霊樹の樹液だ」

「・・・・・・・・。えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?せ、精霊樹?今、確かに精霊樹と言いましたか?」

 娘が頭を抱えている。娘の魔眼なら、精霊樹の素材だと解ったのだろう。

「イワンさん?」

「すまん。巻き込みたかった」

「それはもういいです。お父様も自ら聞いたのです、自業自得です。それで?作った物は?」

 イワン殿が別の箱を持ってきた。さきほどの箱と比べて大きめだ。
 凄まじい効果がある。儂も欲しい。王家も欲しがるだろう。いや、貴族だけではなく、値段次第では誰もが欲しがる。

広告

2020/05/06

【第八章 リップル子爵とアデヴィト帝国】幕間 クラウス辺境伯。神殿を視察2

 儂は、クラウス・フォン・デリウス=レッチュ。バッケスホーフ王国の辺境伯だ。だが、現在の状況が理解出来ない。
 ドワーフの工房は、凄まじかった。一級品の武器や防具が作られていた、日用品と思われる物もドワーフたちが作っていた。一部魔道具も見られた。ドワーフが魔道具を作る?と思ったが、エルフ族が居て、ドワーフ族と連携しているのなら可能なのだろう。こんな事が貪欲な貴族に知られたら、また胃に痛みが走る。

 娘の言葉にも耳を疑った。

「サンドラ。二級品とは、見てきた工房で作られている物か?購入できるのか?」

「えぇ。武器や防具は、冒険者が求めますが、作られる量に反して求める人の数が少ないのです。日用品も同じですね。必要な物は売れますが、人もまだ多くありません。それに・・・」

「それに?」

「それは、後で実際に見てもらったほうがいいでしょう。でも、お父様。一つ約束をして頂きたいのですが、よろしいですか?」

「なんだ?」

 急に、娘が真剣な表情をして、儂に約束を求めてきた。

「はぁ・・・。お父様。これから見る物と、私が住んでいる場所を見て、神殿に住むと言わないでください。約束をして頂けますか?」

 真剣な表情をしたので、何事かと思ったが、儂は辺境伯だ。領民を守る義務がある。
 その儂が、領民を見捨てて、神殿に住むなど考えられない。娘は、儂を何だと思っているのだ。

「ない。約束しよう」

「お名前に誓えますか?」

 娘はなぜここまで拘るのかわからない。『名前に誓え』とは、王国や我が祖先に対しての約束で最上位の誓いとなる。それほどの物が待っているのか?

「わかった。クラウス・フォン・デリウス=レッチュの名前に誓おう。王国民として、デリウスの血を引くものとして、誓おう。神殿に住むとは言い出さない」

「ありがとうございます。お父様。丁度来たようです」

 先程、娘がノックしていた扉から声が聞こえてきた。

「おっ。嬢ちゃんか?今日はどうした?」

「イワンさん。申請していた見学です。よろしいですか?」

「そうだったな。辺境伯様が来たのか?」

 イワンと呼ばれた人物なのだろうか?ドアを開けながら外に出てきた。

「お父様。彼は、イワンさん。家名を持っていたそうですが、ここでは、イワンと呼んでほしいそうです。この工房の責任者です」

 また唖然とした。ドワーフの家名持ち?超が付く一流の職人が、家名を外して、辺境の辺境で作業に打ち込んでいる?ドワーフの家名持ちなら、王国に来たら、歓迎の宴が開かれてもおかしくない。

「イワンだ。しがない、職人だ。嬢ちゃん。儂は、責任者じゃないと何回言えば解る?」

「イワンさん。そうでしたね。工房の責任者はヤスさんで、イワンさんは代理でしたね」

 イワン殿が手を出してきたので、握手を交わす。

「クラウス・フォン・デリウス=レッチュだ。イワン殿は、工房で何を?」

「辺境伯様はせっかちだな。好ましいけどな。嬢ちゃんと同類だな。工房を案内してやる。嬢ちゃん。ヤスの許可は出ているのだろう?」

「はい。申請して許可されています」

「なら全部見せるぞ。レッチュ辺境伯様。酒は飲めるだろう?」

「イワン殿。私の事は、クラウスで頼む。エールとワインは飲みますが、王都のパーティーで飲んだウィスキーの味が忘れられなくて困っていました。エルフ族にお願いしても必ず手に保証はないですからね」

「クワハハハ。なら丁度いい。工房を案内する。来てくれ、嬢ちゃんはどうする?」

「お父様。私は、ここでお待ちしています。時間が来たら、お迎えに行きます。イワンさんよろしいですか?お父様は、この後も視察があるのです」

「なんだ・・・。嬢ちゃん。ここが最後じゃないのか?」

「イワンさん。お聞きしますが、ここだけは比較的まともだと思いますが?」

「ハハハ。確かに!確かに!ここなら、まだなんとか、自分を納得させることは出来るだろう」

 娘とイワン殿の話を聞いて、比較的まとも?非常識の塊であるドワーフの家名持ちが?

 イワン殿に案内されて、工房の最奥に入った。後悔した。ヤス殿は、何をしたいのだ?
 武器や防具の説明では、半分程度しか理解出来なかった。残りの半分も、理解したくなかった。ミスリル合金?アダマンタイトを0.1%の割合で混ぜると、しなやかで折れない武器になる?常時結界を貼り続ける防具?3属性に対応した人造魔剣?聖属性と闇属性が付与された短剣?それは聖剣と魔剣の融合?属性が変えられる武器や防具?
 だめだ、頭が・・・。身体が・・・。考えることを、覚えることを拒否する。特に、魔道具の作成は・・・。聞かなかった。儂は、何も見ていない。娘が言った理由が解った。確かに、表の工房は二級品だ。ここで作られているのは、ドワーフとエルフの一部が作った”悪意”と”好奇心”の塊を知ってしまったら・・・。

「イワン殿?ここの武器や防具は?」

「あっ武器や防具は、できの良いものはヤスに献上する。ヤスは、受け取らないけどな。儂らも解っている。神殿以外には出さない。神殿でも・・・。おっと。ここからは最重要な工房だ」

 イワン殿の説明で安心した。神殿以外には出さないと家名持ちが言ってくれたのは信頼出来る。ヤス殿も受け取らないのなら・・・。ん?売るつもりなのか?
 神殿の特産品として、表の工房で作っている世間的には一級品を売るのか?あの出来なら、神殿から出土したと言われれば納得出来てしまう。この工房を知らなければ信じてしまうだろう。

「クラウス殿。ここから先は、信頼できる者なら購入できる。クラウス殿には、ヤスも世話になったと言っていたからな。好きなだけとは言えないが、少しなら融通する」

 イワン殿には、様付けを辞めてもらった。家名持ちに様付けされるのは、何か違う。

「え?」

 間抜けな反応を返してしまった。

「さて、クラウス殿。ウィスキーの製法を知っているか?」

「え?あれは、エルフ族の秘法で作られていて、一部のエルフの、それこそ、ハイエルフしか知らされていない・・・。ドワーフ族でも知らないはずでは?」

「その認識であっている。今まで、この扉を通り抜けるまでなら・・・」

 イワン殿に連れられて、扉を入ると、何やらドワーフ族が作業をしている。不思議な場所だ。

「・・・。イワン殿・・・」

「もう気がついているだろう?ここは、ウィスキーを・・・。蒸留酒を作っている場所だ。他にも、多種多様な酒精を作っている。ドワーフ族の整地だ!」

 説明を聞いた。聞きたくなかったが、聞いた。頭では理解したが、心が拒否した。娘を、初めて恨んだ。なんて場所に連れてきた。
 エルフの秘法まで説明されてしまった。
 そして、秘法を実践している事や、売っている事や、他者に説明している事を、ハイエルフ族であるアフネス殿が認めていると・・・。耳がおかしくなったのかと思った。

 全力で逃げ出そうと思ったが出来なかった。
 イワン殿が試飲だと言って、いろいろな酒精を飲ませてくれた。王都でも、これだけの酒精が揃うとは思えない。でも、一つだけ疑問があった。

「イワン殿?エルフ酒は、熟成が必要だと教えられました。神殿が出来てから、まだ日が浅いのに、王都で飲んだエルフ酒と同じかそれ以上なのは理由があるのですか?」

「教えてもいいが、後悔しないか?」

「すでに、後悔していますよ。でも、疑問を残しておくと、余計に考えてしまいます」

「わかった。こっちに来てくれ・・・」

 行かなければよかった。聞かなければよかった。王国に、王家に報告を考えなければならない。
 本当にそう思った。娘のあの顔はそういうことだったのだな・・・。

1 2 3