【第三十一章 本腰】第三百二十話

 

 クリスティーネは、緊張した面持ちで、カズトとシロが住んでいる場所に向かっていた。
 崖の下に到着した時に、同じように邸宅に向かっていた者たちと合流した。

 メイド姿をしたドリュアスが、全員が揃ってから邸宅に案内すると伝えてきた。

「シロ様がこちらにお越しになるのでは?よいのですか?私たちが、邸宅にお邪魔する形になってしまいます」

 驚いたのは、メリエーラだ。
 立場を考えれば、邸宅に案内されても不思議ではないが、メリエーラだけではなく、ヴィマやヴィミやラッセルやヨナタンも、邸宅に足を踏み入れたことがない。カズトやシロは、気にしなくてよいと言っていたのだが、ルートガーが”ダメ”だと許可を出さなかった。ルートガーは、カズトたちの重要性を誰よりも理解していた。崖の上に立っている邸宅は、守りやすかった。邸宅の中に人を招き入れるのには、ドリュアスやエントたちも反対の立場だ。
 カイやウミといった一緒に居る事が多い眷属たちは、自分たちが居るから大丈夫だと言っているのだが、安全を考えれば、ルートガーと同じように考える者の方が多い。

「いいのかい?」

「はい。シロ様からのご要望です。エリン殿が既に邸宅にいらっしゃっています。今日でしたら、ウミ様もご一緒です」

 他にも、眷属が邸宅に居るらしく、反対する者が居ない事もあり、邸宅でのお茶会が開かれることに決まった。

「準備は?」

 準備の心配をしたのは、カトリナだ。
 崖下の待合室に居る人数だけでも、10名を越えている。従者として数えられる者を除いても、6名だ。

 ドリュアスの言葉では、待機している者で全員ではないようだ。
 まだ増える事を考えれば、お茶会といえど準備が大変だと考えた。カトリナは、準備が終わっていなければ、先に自分だけでも準備を手伝いに行こうと考えていた。

「ステファナとレイニーをドリュアスが手伝う形で準備を行っています。ご安心ください」

 準備の為に、従者が居るのだと解っているが、それでも人数を考えれば、十分だとは思えなかった。
 しかし、ドリュアスからは”準備は不要”だと思える発言しか引き出せていない。

「カトリナ。座りなさい。準備は必要ないと言っている。私たちが慌ててもしょうがないだろう?違うかい?」

「メリエーラ様。それは・・・。そうですね。解りました」

 年長者であるメリエーラに言われてしまえば、カトリナが慌ててもしょうがない。腰掛けて、用意されている飲み物を口に含んだ。

 ドアがノックされて、フリーゼに案内されて、最後の客が顔を出した。
 エルフ大陸にカズトが確保した宿屋の主人が、報告にチアル大陸を訪ねてきていた。夫人を伴ってきていた。夫人をお茶会に誘ったのだ。チアル大陸で影響力を持つ女性の集まりだ。断ることはできない。

 全員が揃った所で、ドリュアスが邸宅に案内を始める。
 階段を使ってもよかったのだが、メリエーラが招待客の中に含まれていたので、シロの指示を受けて、エレベータを使う事になっている。初めて使うものが殆どだが、”こういう物”だと教えられて素直に従った。

 エレベータが崖の上に到着して、扉が開けられると、目の前には、シロとエリンが立って出迎えてくれた。

「皆さん。呼びかけに応じていただきありがとうございます。女性だけの集まりとして、本日は楽しんでいただければと思います」

 シロの口上を聞いても、クリスティーネの緊張は収まらなかった。正確には、より緊張したと言ったほうがよかった。

 龍族のエリンが、シロから離れようとしない異様な状況だが、エリンの不思議な行動は今に始まったことではない。一人を除いて、カズトがシロの護衛としてエリンを呼んだのだと考えた。

 お茶会は、当初は崖の上に用意された庭園で行う予定だったのだが、エリンが強固に反対したこともあり、邸宅の中で行われることに決まった。

 皆は、案内された見事な部屋にも驚いたのだが、それ以上に用意されているお茶と菓子に目を奪われている。

「シロ様。これは?」

「カズトさんに聞いて作った新作です。お土産とレシピも用意してありますので、帰りにお持ち帰りください」

「よろしいのですか?」

「大丈夫です。カズトさんにも許可を貰っています。それに・・・」

 シロが、意味ありげに、ノービスのナーシャを見る。
 その視線だけで、エルフ大陸から来ている宿屋の女将意外は事情が解ってしまった。

 女将には、カトリナが寄り添って簡単に事情を話している。

 シロも、女将はカトリナにまかせることに決めたようだ。
 エルフ大陸への足がかりが必要なのは、カトリナだけなので、丁度良いとも言える状況だ。

 お茶会のホストは、シロだ。
 しかし、実際にお茶会を滞りなく動かすのは、クリスティーネが行う必要がある。

 シロから招待された時に、クリスティーネから言い出したことだ。

 クリスティーネの緊張は、お茶会の運営を任された事に由来する。カズトとシロが、エルフ大陸に旅行に出かけている最中に、チアル大陸を任されていたのは、ルートガーとクリスティーネだ。
 ルートガーは、そつなくこなすことが出来たのだが、クリスティーネはルートガーの補助という意味では満点の行動だったのだが、シロの代わりが勤まってはいなかった。元々の役割が違うと言えば、それまでだが、クリスティーネはシロに出来ていたことなら、自分でも大丈夫だと考えていた。その根拠のない自信が、打ち砕かれる結果になってしまった。
 その状況で、シロから女性だけの集まりを提案されたのは、役割を降ろされるのではないか?皆の前で叱責されるのではないか?悪い想像だけが先走ってしまった。

 緊張していたことも影響してか、最初はクリスティーネの進行は、ぎこちない物になってしまった。
 ナーシャやカトリナのフォローを受けて、徐々に本来の力を発揮し始めた。

 大きな問題もなく、お茶会は和やかに進行した。
 時間がゆったりと流れる中でも、エリンはシロの側を離れなかった。

 実際に、シロもエリンが自分にべったりとついている理由が解らない。

「シロ様?」

「どうしたのクリス?何か、聞きたいこと?」

「・・・」

「何?いいわよ。クリスには、これからもいろいろ頑張ってもらわないと・・・」

「私でいいのでしょうか?」

「どうしたの?」

「シロ様とカズト様がチアル大陸にいらっしゃらなかった期間に・・・。少しだけの期間なのに、私はシロ様の代わりを務められなかった・・・。のです」

 誰からも非難されなかったことが、クリスティーネの心に陰を落としていた。
 お茶会で、誰かから指摘されたほうが楽だった。でも、誰もクリスティーネを責めなかった。それだけでも、心に負担になっていたのだが、クリスティーネがシロとカズトが居なかった時に、しっかりと役割を果たしたと皆が話している。最初は嬉しかった。しかし、実際にはシロの代わりが勤まらなかったと認識している。

「クリス。貴女は、考えすぎよ」

「え?」

「私の代わり?それは無理よ」

「はい。無理でした。私には、足りない事が多すぎます」

「ううん。違うの。クリスは、ルートガーのサポートをやり遂げたの、それは貴女にしかできない」

「はい。わかっています。でも、シロ様は、ツクモ様のサポートをしながら、他にも・・・。私には、できませんでした」

「それはそうよ。だって、ルートガーとカズトさんは違うわよ?ルートガーは、カズトさんほど周りに頼らないでしょ?」

「・・・」

「クリス。貴女の役割はなに?私と変わること?カズトさんのサポートを行う事?違いわよね?」

「・・・。はい。でも・・・」

「”でも”は、必要ないわ。貴女は、貴女にしか出来ないことをしたのよ。私には、カズトさんのサポートは出来ても、ルートガーのサポートは出来ない。これは、能力ではない。相性の問題」

「・・・」

「納得は出来ないと思うけど、私と貴女では、役割が違うのよ。そこは間違えないでね」

「・・・。はい。解りました」

 二人が話し始めてから皆の会話が止まった。
 そして、クリスティーネが納得したことで、場の雰囲気が緩和した。

 ナーシャの質問に答える形で、エリンが爆弾発言を行うまで、お茶会は静かに終わりに向っていた。

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