【第八章 リップル子爵とアデヴィト帝国】第十三話 イチカとカイルの仕事

 

 ヤスは、リビングを出て地下にあるカート場に向かった。
 マルスからのカイルとイチカがカート場に居ると教えられたからだ。

「ヤス兄ちゃん」

「お!カイルだけなのか?イチカは?」

「イチカは、リーゼ姉ちゃんの手伝いをしている」

「手伝い?」

「うん。カートの練習相手が欲しいって連れて行かれた」

「カイルは?」

「案内の仕事があるから、残った」

 カイルは案内と言ったのだが、カート場に来るのは限られている。
 リーゼ。ディアス。ドーリス。サンドラ。ミーシャ。デイトリッヒを除くと、数名が降りられるようになっているのだが、カートで練習してすぐに教習所に移ってしまうのだ。カート場に入り浸っているのは、リーゼを除くと、ディアスとドーリスとサンドラなのだが、ディアスは領都にカスパルと出かけている。サンドラは、セバスの運転で王都に向かっている。ドーリスは神殿の都テンプルシュテットに居るが、ギルドの仕事があるのでカート場には来ていない。息抜きに短時間だけ走りに来ているだけだ。

「カイル。イチカを呼んできてくれ、工房の俺の部屋はわかるよな?」

「うん!解る!」

 カイルは、受付から出て、下の階層にあるコースに向かった。イチカがどこに居るのか把握は出来ているようだ。ヤスは、走っていくカイルを見送ってから、工房に移動した。

 カイトとイチカに頼む仕事は簡単な物だ。
 簡単だからと言ってないがしろにしてはダメな仕事なのだ。

「旦那様。ファイブです」

「カイトとイチカがもうすぐ来ると思う。迎えに行ってくれ。戻ってきたら、3人分の飲み物を頼む」

「かしこまりました」

 工房にあるヤスの部屋は、リビングにあるディスプレイと同じ物が置かれている。
 机とは別にテーブルとソファーが置かれていて、面談ができるようになっているのだ。作業ができる場所にも繋がっているので、試作品くらいなら制作できる。

「旦那様。カイル様とイチカ様がお見えになりました」

「ありがとう。通してくれ、俺は果実水を頼む。カイルとイチカにも頼む」

「かしこまりました」

 カイルとイチカは、直接ヤスの部屋には入らないで、ファイブの手伝いをするようだ。

 ヤスの居る場所にも声が聞こえてくる。
 10分くらいしてから、コップを持ったファイブに連れられて、カイルとイチカが自分の飲み物を持ってヤスの部屋に入ってきた。

「ヤス兄ちゃん」「カイル。ヤス様でしょ。もうしわけありません」

「イチカ。気にしなくていい。俺も、”様”と言われるのは嫌いだからな」

「ほら!ヤス兄ちゃんは、ヤス兄ちゃんだよな!」

 カイルがヤスに同意を求める。
 イチカも解っているのだが、どうしてもヤスに”目上の人”だという認識が付いてしまっている。助けてもらった恩義もある。お腹いっぱい食べさせてもらっている。安心して寝られる場所を与えてくれている。全部、ヤスから貰った物だ。イチカは、カイルが考えている以上にヤスに恩義を感じている。ヤスが、”頼む”と言えば何でもやろうと思っているのだ。

「そうだな。イチカも、無理しなくていい。呼びやすい感じで呼んでくれ」

「わかりました。ヤス様」

「・・・。まぁいいよ。でも、”様”はやめて欲しい」

「・・・。わかりました。誰かが居る時は別にして”ヤスお兄様”と呼びます」

「うーん。それなら。まぁいいかな」

 ヤスが折れるかたちでヤスの呼び名が決まった。
 これから、女児たちは、イチカと同じ様に”ヤスお兄様”と呼ぶようになる。

「イチカ。カイル。仕事の話をしていいか?」

 ヤスの言葉を聞いて、カイルとイチカはソファーにしっかりと座って背筋を伸ばす。孤児院に居る時に、目上の人と話す時の心得を教わっていて、実践しているのだ。

「うん」「はい」

 言葉遣いまで治すことが出来なかったが、カイルがヤスを軽く見ているわけではない。ヤスにもそれが解るので別に咎めようとはしない。

「まず、イチカ。明日から、リーゼの相手はしなくていい」

「え?」

「リーゼには、言っておく。カートの練習相手だろう?」

「あっ・・・。はい」

 イチカは、遊んでいると思われたと考えた。

「イチカもカイルもカートは乗れるのだよな?」

「うん!」「はい」

「弟や妹たちは、まだ地下に降りられないよな?」

『マスター。個体名カロン。含めた9名は、迷宮区以外の施設に入る許可が出せます』

 マルスは、イチカとカイルにも聞こえるように話しかけてきた。

「そうか、それなら問題はないな」

『ありません』

「わかった。マルスは、反対しないよな?」

『はい。個体名カイルや個体名イチカが受諾したら全面的にサポートします』

「わかった」

 ヤスは、カイルとイチカへの仕事をマルスに相談していたのだ。マルスは、魔通信機を使ってアフネスにも連絡を取り許可を取っている。

「ヤス兄ちゃん。今の声は?」

「マルスだ。神殿の管理をしていると思ってくれ」

「わかった。それで、俺とイチカの仕事って?」

「今から説明する・・・」

 ヤスが、カイルとイチカに任せようとしている仕事は、簡単に言えばバイク便だ。
 試験的に、ユーラット-神殿-トーアフートドルフの間での運用だ。カスパルが一日で3便バスを動かしているが、人や物資の移動がメインになっている。そして、カスパルが領都との間での移動で問題がでなければ、本格的な運搬業務を考えている。そうなると、カスパルの代わりが必要になってしまうのだ。
 セバスの眷属たちでもいいのだが、一部をカイルとイチカに担当させようと考えたのだ。

 使うのは、車ではなく、モンキーを考えている。主に扱うのは民間の手紙の配送だ。
 ギルドが請け負って、依頼として商隊に運んでもらったり、移動する冒険者に運んでもらったりするのが一般的なのだが、神殿まで来る商隊はまだ少ない。冒険者の数も少ないので、住民-住民の手紙が滞ってしまっている。領都から、ユーラット経由で神殿に手紙が届き始めていて、その返事を出そうにもギルドは魔の森と迷宮区から運ばれてくる素材の買い取りや査定や解体で手一杯なのだ。

 そして、カイルとイチカにはバイク便以上に重大な役目がある。

「ここまでが表の仕事だ。やってくれるか?バイクの運転は、教えるから安心してくれ。カイル用とイチカ用を準備して、カスタマイズしてやる」

「!!ヤス兄ちゃん!俺にも、リーゼ姉ちゃんみたいに・・・。俺専用のアーティファクトを与えてくれるのか!」

「あぁ。カイルとイチカが受けてくれるのなら準備する」

「やる!絶対に、やる。な、イチカ。やるだろう?」

 イチカは、元から”断る”という選択肢はなかった。
 だからこそ、全部を知りたいのだ。

「カイル・・・。ヤスお兄様。表の仕事と言われているのですから、別の仕事もあるのですよね?」

「そうだ。表の仕事だけでも十分なのだが、裏の仕事は話を聞いて断ってくれてもいい」

「お話を聞く前に、私とカイルが断った場合には、裏の仕事はどうされるのですか?」

「うーん。セバスの眷属でもできるだろうから、眷属に頼むかもしれない」

「わかりました。ヤスお兄様。私・・・。イチカは、表と裏の仕事を担当させてください」

「え?話を聞かなくてもいいのか?」

「いえ、話を聞いても、考えは変わりません。受ける前提で説明を聞きます」

 イチカは、カイルを見ると。カイルが頷いたので。二人とも受ける前提で説明して欲しいとヤスに告げた。

「わかった。能力が必要になるので、まずは試験を行う」

「試験?」

「バイクに乗れるようになったら、俺の手紙をアフネスとロブアンに届けてほしい」

「・・・」「え?」

「イチカ。質問があるなら、聞くぞ?」

「いえ、説明を聞いてから質問します。カイルもそれでいいよね?」

「あっあぁ」

 ヤスはカイルが何も考えていなかったと思ったが口に出さないで説明を続ける。

「わかった。アフネスとロブアンから返事を貰ってきてくれ」

「はい」

「返事を待っている間に、ユーラットを散策して、ユーラットではどんな物が売られていて、どんな物が必要とされているのか、あとは住民がしている噂話を集めてきて欲しい。できるだけ沢山だ。できるか?」

「ヤスお兄様。まず、アフネス様とロブアン様は教えていただけるのですか?」

「二人を直接教えない。教えないが、ヒントは出す。それで、二人を見つけ出して欲しい」

「わかりました。それが試験なのですね」

「そうだ。その後に、情報収集しているのが、知られないように色々聞いて、帰ってきて俺に報告する仕事だ」

「わかりました。必要なお金はどうしたらいいですか?」

「二人には、ギルドに登録してもらって、必要経費をいれておく、行く前に引き出してもいいし、行った先で必要な分を引き出してもいい」

「わかりました。ヤスお兄様。やらせてください」「俺も!ヤス兄ちゃん。俺もやる!」

「わかった。二人ともありがとう。ユーラットでの情報収集が、問題なく出来たら、次は領都に行ってもらう。そこでも同じ様に、情報収集して欲しい。その後は、行った先の情報を収集して来る。これが、裏の仕事だ。敵対する街にも行く場合があるだろう。情報収集しているのが知られたら、捕まってしまうかもしれない。それでもやるか?」

「はい。やらせてください。ヤスお兄様が必要な情報を持ち帰ります」

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