【第三十二章 妊娠】第三百二十一話

 

 お茶会は、和やかに進んでいた。
 クリスティーネが落ち込んで、シロが慰める場面はあったが、交流を行うという意味では、目的を達成している。

「ナーシャは戻らないの?」

「ん?戻る?」

「ノービスは、ロングケープから出ている船で行かないとダメな場所で活動しているのでしょ?」

 途中から参加している猫族のミーシャが、ナーシャに質問をする。
 ノービスは、ナーシャが参加しているパーティーの名前だが、ロックハンドの開拓を任されてからは、パーティーの活動はしていない。ナーシャは、ツクモからもらった家がロックハンドにあるのだが、ほぼ使っていない。家は、装備品やナーシャが必要ないと考えた”かわいくない物”を置いている。簡単に言えば荷物置きになってしまっている。

「うーん。いいかな?」

 ”いい”わけがない。
 ナーシャにも役割がある。特に、ノービスとツクモが認めた少数にしか伝えられていない洞窟の存在が問題になってくる。洞窟を使ってナーシャは、商業区にやってくる。毎日のように使っていれば、自然と洞窟の中にリポップする魔物たちが減るのだが、ナーシャは数カ月単位でロックハンドに返らないために、洞窟内部の駆除が進んでいない。溢れるほどではないが、ナーシャ一人の責任ではないが、責任の一端はナーシャにある。

「そうなの?旦那さんは大丈夫なの?」

「旦那?誰のこと?」

「え?ノービスの中の誰かじゃないの?」

「ない。ない」

 大きく手を振ってミーシャの質問に答える。
 ミーシャは、うわさを聞いただけで確証を持って聞いたわけではない。証拠も何もない。ただの噂話だ。

 ナーシャは、黙って立っていて、甘味の事を考えていなければ、目立つ容姿をしている。白狼族由来のしっかりとした体形をしているだけではなく、銀髪に近い白髪が人目を引いている。
 均整の取れた体形と、美人と言っても8割が納得してくれる容姿をしている。
 実際に、行政区や商業区では、ナーシャのことを狙っている者たちが多い。
 しかし、ナーシャは色恋事にも興味があるが、それは一般的な範囲に落とし込まれていて、自分が誰かと恋仲になるとは考えていない。新しい環境になって、色恋事よりも新しい甘味や楽しい遊びに興味が向いてしまっている。

「そうよね。あの男は、見る目がないのよ」

 少しだけ怒った口調で場のまとめを行うのは、ナーシャと一緒に居る事が多いカトリナだ。

 カトリナは、ツクモから依頼されて、ロックハンドに物資を搬送している。
 洞窟は使っていないので、通常のルートである船便だ。

 ロックハンドで、ノービスのメンバーとのやり取りも行っている。
 ガーラントやピムは、種族的な話としてナーシャをパーティーメンバー以上には見ていないのはわかっている。しかし、イサークは、種族は違うが恋愛対象としてナーシャをみている時があるのを、カトリナは感じていた。それが勘違いだとしても、カトリナからはイサークが、ナーシャを放っていると感じてしまっているのだ。
 ”見る目”がないと表現しているのも、イサークがさっさとナーシャに告白すれば、ナーシャも考えるようになるのではないかと思っているからだ。そうしたら、自分が苦しむことがないと思っている。

「ん?何のこと?」

 新作のお菓子を両手に持っていたナーシャが、少しだけ雰囲気の変わったカトリナを見た。

「なんでもないよ」

 カトリナは、”なんでもない”と言っているが、雰囲気が自分の事を言っていると感じているナーシャは、首をかしげている。
 しかし、両手に持っているお菓子を口に運ぶのは忘れていない。

「ねぇナーシャ。ロックハンドに家があるのよね?いいの?」

 クリスティーネがそんなナーシャに疑問に思っていたことを聞くことにした。クリスティーネは、ルートガーからナーシャのことも洞窟のことも聞いている。遠まわしの表現だが、”洞窟は大丈夫なのか?”と聞いている

「うーん。大丈夫だと思うよ」

 お菓子を頬張りながら答えるナーシャをカトリナは何とも言えない表情で見ている。
 事情はわからないが、実際の”家”が心配ではなく、その付帯条件があるのだろうと察している。

「そう・・・」

「あっ!うん。大丈夫!」

 クリスティーネの表情とシロの表情を見て、”洞窟”のことを思い出したナーシャが慌てて、”大丈夫”だと主張する。洞窟が魔物で溢れるようなことがあれば、今の様な立ち回りができないのは、ナーシャでも理解ができる。
 クリスティーネの指摘と表情で思い出したナーシャは、慌てて言葉を繋げた。

「うん。大丈夫!このお茶会が終わったら、一度ロックハンドに戻って家の中を確認してくる!ね。クリス。それでいいよね?ね?」

 クリスティーネがダメな子を見るような目でナーシャを見るが、大きく息を吐き出して、シロを見る。クリスティーネの視線に気が付いたシロは微笑みながら頷いた。

「そうなので。それなら、一度ロックハンドを見せたいから、ヴィマとヴィミとラッヘルとヨナタンを同行させてもらえる?」

「いいの?」

「えぇいいわよ。今は、私もルートも比較的余裕があるから大丈夫よ」

 ルートガーには余裕はないのだが、クリスティーネには余裕と思える状況になっている。
 それは、ツクモが返ってきて、行政区に顔を出しているために、ルートガーが受け取っていたツクモへの報告や陳情が直接届けられるようになって、手配を行っていたクリスティーネと従者たちに時間ができている。

「ありがとう!」

 なぜ、”ありがとう”なのか、突っ込むような人間は居ない。

 それからしばらくは、和やかなお茶会が続いた。
 シロが湖やツクモの邸から出てこないことから、カトリナが商業区の様子を報告している。シロも、ツクモから聞いているから、商業区の様子は把握しているのだが、実際に商業区の様子となると、働いているカトリナと常連となっているナーシャの説明がほそぼそとした状況に言及している。シロも、ツクモから聞いている話は、人と物の動きが中心になっているために、カトリナやナーシャの話にある”空気感”を聞くのもだいじだと考えている。シロだけではなく、クリスティーネも行政区や長老衆の所に居る事が多く商業区まで手が回っていない。
 お茶会という場である事もあり、商業区の噂話などは報告書に上がってこない内容だが、無視できるような内容でもない。シロとクリスティーネは、ナーシャが笑いながら話をした”うわさ”を調べることにした。

 シロとクリスティーネは、何も言わない。
 クリスティーネは、シロにまかせることに決めたようだ。動かせる手駒は、シロの方が多い。お互いに、相手が何を考えているのかわかっている。シロは頷いて肯定する。クリスティーネは苦笑で返すことしか出来なかった。

「ステファナ。任せていいかしら?」

 シロが指名したのは、ステファナだ。
 レイニーも居るのだが、調べものだけなら、レイニーの方がよかったかもしれないが、潜入の必要になる場面が考えられるために、シロは安全を考えて、ステファナを指名した。
 シロの影の中で護衛をしている眷属が、ステファナに移動したのを感じたシロは安心した表情を浮かべる。

 そして、シロが安心した表情を浮かべたことで、レイニーも納得したのか一歩下がって、ステファナが持っていたソーサ―を受け取る。

「はい。お任せください」

 シロの命令を受けて、ステファナは給仕の仕事をレイニーに任せて、皆に向けて頭を下げてから部屋を出る。

 話の成り行きがよくわかっていなかったが、話の区切りが着いたと判断したナーシャが、シロを見て、シロに縋りついているエリンを見つめる。

「えぇなんで、エリン姫は、シロ様に縋りついているの?珍しいよね?いつもは、横に座る事はあっても、そんなに周りを警戒しないよね?何かあるの?」

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