【第八章 リップル子爵とアデヴィト帝国】第四十六話 報告会

   2020/06/07

「ヤス。正直に教えてほしい。なんなら、ここに居る全員にリーゼを呼んで制約の魔法をかける」

「そこまでは必要ない。話を聞いて出ていきたいのなら出ていけばいい」

 ヤスは、自分の行動を秘密にする必要性を感じていない。秘密にして隠していれば、弱みになりかねない。秘密は弱点にもなりかねない。ヤスは、幼馴染でもある男の顔を思い出していた。

「わかった。聞いた後で判断させてもらうよ」

「皆もそれでいいか?」

 サンドラに続いてルーサが皆に確認をする。
 ルーサの確認に皆がうなずいた。

 皆がうなずいたのを見てヤスは肩を落とした。説明するのは問題ではないが面倒だと思っているのだ。

「セバス」

「はっ」

「面倒だ。マルスに頼んで、連れてきてくれ」

「かしこまりました。誰にいたしましょうか?」

「ん?戻ってきているのか?」

「はい。お役目は終了しており、今は、待機状態だとお聞きしております」

「わかった。侯爵でいい」

 ヤスがセバスに指示を出すのを皆が黙って聞いていた。
 セバスが皆に頭を下げてから会議室を出ていった。

「ヤス」

「アフネス。少し、待ってくれ、説明がめん・・・。難しいから、実際に見てもらう」

 ヤスが、面倒と言おうとしたのを皆が感じたが誰も指摘しなかった。
 指摘しても無駄だと知っているのだ。

 ツバキが統率しているメイドたちが皆に飲み物を配る。それぞれの好みを共有しているので、皆に違う飲み物が配られる。ルーサだけが、”なんだ!酒精じゃないのか?”とぼやいたが、サンドラが睨んで黙らせていた。

 10分くらいしてから、セバスが戻ってきた。

「マスター。イワン様が会議に参加されたいとおっしゃっていましたので、一緒に参りました」

「わかった。入れてくれ、事情は伝えてあるのだな」

「はい。他の方々と同じです」

「わかった」

 イワンが中に入ってきて、ルーサの隣に座った。
 メイドにコップだけを持ってくるように伝えて、自分とルーサの間に瓶を置いた。自分のコップとルーサのコップに注いだ。皆の冷たい目がイワンとルーサに集中するが気にする様子は見せていない。

「セバス。入れろ」

「はい」

 入ってきたのは、リューネブルグ侯爵だ。
 イワンはセバスが連れているのを見たので驚きはしなかったが、イチカを除いては声にならないほど驚いた。

「おい。皆に挨拶しろ、そして擬態を解け」

「はっ。マスター。皆様。お初にお目にかかります。私の今の名前は、ドッペル侯爵です。本体は」

 ドッペル侯爵は擬態を解いた。
 顔の表情がない、黒い人の形をしたなにかに変わった。服を着ているので、余計に気持ちが悪い。

 皆が口を押さえて声を失う。

 唯一声を出したのは意外にもイワンだ。

「ヤス。ドッペルゲンガーだな。それも、かなりの高位だろう?」

「あぁ俺の眷属だ」

「クッククク。それで、狐に化けて、手紙を書かせたのか?手紙の内容は全くの嘘なのか?」

 イワンは畳み掛けるようにヤスに質問する。

「まず、最初の質問だが”Yes”だ。そして、次の質問は”Yes”と”No”だな」

「曖昧だな。説明しろよ」

「このドッペル侯爵は、記憶まで擬態をすることが出来る」

「それで?」

「侯爵が実際に考えていた内容を手紙に書き出した。そのときに、宛先や日時などを付け足しただけだ」

「なるほど・・・。サンドラの嬢ちゃん。いつまでも、呆けていないでヤスに質問があるのだろう?」

 イワンの呼びかけで、サンドラは”はっ”として頭を激しく降ってから、ヤスを見た。

「手紙はわかりました。ヤスさん。そのドッペル侯爵の他には、どなたに擬態をしていらっしゃるのですか?」

「セバス」

「はっ」

 ヤスはセバスに説明を任せた。
 実際、ヤスはドッペルゲンガーたちを把握していない。名前も適当だ。ドッペルゲンガーたちにも仮の名前だと伝えている。そのために、セバスたちのように心に刻まれたりはしていない。

「以上です」

 セバスが説明を終えた。
 ヤスも知らなかったが、知っているフリをした。

 イワンの手が上げる。

「ヤス。セバス殿。ドッペルゲンガーは解ったが、例えば、儂に擬態をして、儂と同じ様にスキルが使えるのか?」

「無理です。イワン様。姿と記憶だけです」

「そうか・・・。残念だな。あと、誰でも擬態ができるのか?」

「出来ない。それも一度で出来るとは限らない。条件はまだ解っていない。神殿の加護が付いていると無理なのだけは解っている」

「ん?神殿の加護?」

「俺やマルスで勝手に呼んでいるだけだが、神殿のカードを持っているだろう?あれを持っていると、神殿の関係者だと認識されて、擬態が出来ないらしい」

 ヤスは、マルスから聞いた話を皆に伝える。
 実際には、ヤス以外の者には擬態が出来るのだが、神殿の関わりがある物を持つ者には擬態ができないと思わせておいたほうがいいとマルスと決めたのだ。

 神殿に入る為のカードには、識別の為に魔力が登録されている。その魔力を使って、神殿の関係者なのかを判断しているのだ。

「ヤスさん」

「どうした?サンドラ?」

「今の話では、帝国にもヤスさんの配下のドッペル男爵とドッペル奴隷商とドッペル子爵が居るのですよね?」

「あぁ。子爵じゃなくて、司祭な」

 サンドラの間違いを指摘したが、誰もきにする内容ではない。サンドラも、頷いただけで話を進める。

「スキルは真似ができないとおっしゃっていました。どうやって奴隷を解放しているのですか?」

「魔道具を使っている。ドッペル奴隷商が持っていた。本物だ。司祭が持っていた二級国民にするための魔道具と解放の魔道具も持っている」

 皆がまたびっくりする。

「ヤス!その魔道具は一組か?複数なのか?」

「司祭の方が持っていた物は二組しかないけど、奴隷商は3つある」

「ヤス。頼む。魔道具を貸してくれ、違うな、儂に解析させて欲しい。ここの工房なら、マルス殿が居れば、解析して複製出来るかもしれない」

「わかった。他の者の反対意見がなければ、イワンに渡す」

 皆が反対しない。
 帝国の奴隷を解放するのは反対していないのだ。特に、王国の民を捕らえて帝国に連れて行って奴隷にするような無法を平気で行っているのだ。連れて帰って来たとしても、奴隷紋が消せない状況になってしまっていて、皇国に苦情を伝えても金貨1,000枚で奴隷紋を消すとか言い出す始末なのだ。

「いろいろ、驚いたけど、ヤス。これだけだね?」

「そうだな。帝国に、ローンロットの様な集積場を作りたいと思ったのは本当だ」

「それについては反対しないよ。帝国側もヤスの手駒なのだろう?」

「そうだな」

 サンドラが手をあげる。

「ん?」

「ヤスさん。話がそれてしまいましたが、そのドッペル男爵は、ヤスさんの眷属なのですよね?」

「そうなる」

「帝国の貴族のままで問題はないのですか?」

「セバス。どうだ?問題は発生しているか?」

「対処出来ない問題は発生しておりません」

「セバス。何が発生したのか説明しろ。サンドラも、そっちを聞きたいのだろう」

「はっ」

 セバスが、今まで男爵領で発生した内容を説明した。
 皆の目がだんだんとヤスを睨むようになっていったが、ヤスは気にしないでセバスに説明を続けさせた。

 イチカ以外がヤスに言ってやりたい雰囲気になっている。

 サンドラがなにか言い出しそうになったのを、アフネスが止めた。

「ヤス。セバス殿が言っているのは、間違いはないか?」

「そうだな」

「はぁ・・・」

 イチカ以外が同じ反応を示す。

「ヤス。確認だけど、そのドッペル男爵領は、当初の半分の半分程度まで領地を減らしたのだね」

「そうだな」

 セバスがうなずく。
 アフネスがそれを見て確認を続ける。

「それは、奴隷や二級国民を解放すると言ったからか?」

「それだけじゃなくて、すべての村と町の関税を撤廃した。税金も最低額まで下げた。違反した者は容赦しないで粛清した」

「それで、周りの貴族から攻められたと」

「あぁ撃退したけどな。住民が自分たちの新しい生活を守るととか言って一致団結して戦ったから簡単に勝てた。それで、奴隷や二級国民を捕虜にして解放した」

「なぁヤス。もしかしたら、それで負けた貴族が神殿にちょっかいをかけてきたのではないのか?」

「ん?セバス。どうだ?」

「アフネス様の予測は正しいと思われます。ドッペル男爵領を攻めてきた6家の内、関所に接しているのは2家です。その2家と隣接はしておりませんが、ドッペル男爵領に攻めてきた1家が参加しております」

「ふぅーん。愚かだね」

「はぁ・・・。ヤスの感想は別にして、やっと飲み込めたよ。急に、帝国が大掛かりに攻めてきたのは、ヤスの責任だったのだな」

 皆がアフネスのセリフで納得した。
 ヤスだけは納得していないが、なにか口に出すと反論が来るのが解っていたので、黙っていた。

「それで、ヤス。帝国や皇国はなにか言ってきたのか?」

「いいや。あっ。辺境伯や王都に送った塩よりは品質の劣る塩を送ったら、ドッペル男爵の味方をすると言われたぞ、定期的に送ると言ったら喜んだぞ」

「ヤス。ちなみに誰に送った」

「セバス。だれだっけ?」

「はい」

 セバスが賄賂品質の悪い塩を送った貴族を列挙していく。当然、司祭や枢機卿まで含まれる。帝国の王家にまで送っていた。

「ヤス。その中で定期的に送るのは?量は?」

「送るのは、王家と枢機卿だけで、量は、20キロだ」

 アフネスも量を聞いてホッとした表情をした。サンドラも同じだ。

 ヤスの長い夜はまだ終わりそうになかった。

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