【第二章 王都脱出】第十三話 それぞれの過去と思い
まーさんは、辺境伯が帰っていった扉を見つめている。
まーさんは、懐に忍ばせていたスマホを取り出す。
一枚の写真を見つめる。フィルム写真だったものをわざわざスマホに取り込んだ物だ。
8人の中学生くらいの男女が笑っている。
「なぁなんで俺なのだろう?お前たちなら・・・」
写真は何も答えない。
まーさんは、愛おしいものを撫でるかのように写真を指でなぞる。
スマホをスライドして、次の写真が表示される。
3人の中学生だ。横に、大きく入学式と書かれた看板がある。1人は、まーさんの面影が残る少年だ。
「・・・。由紀。一瞬、お前かと思ったぞ・・・。違うのはすぐに解ったけどな」
写真には、まーさんの他に女子中学生と、もう1人・・・。照れくさそうにしながら映り込む男子中学生が居る。
「もう、俺は間違えない」
独り言のように呟いているまーさんの表情は、今までと違って優しく愛おしいものに語りかけているようだ。
「わかっている。お前の代わりじゃ無いくらい・・・」
女子中学生の反対側に写っている男子中学生に視線を移しながらまーさんは語りかける。
「大丈夫。無理はしない。俺が、無理をするように思えるか?」
端で照れくさそうにしている男子中学生をまーさんは指で弾く。
「お前が居たらもっと違う・・・。駄目だな。俺が居るのには意味があるのだろう」
まーさんの呟くような声は、スマホにぶつかって消えている。会話にはもちろんなっていないが、まーさんには必要なことだ。取り返しのつかない過去との会話。
”トントントン”
扉をノックされる音で、スマホを胸に仕舞い。まーさんは、ノックに返事をする。
「まーさん?」
「どうした?バステトさんが”なに”かしましたか?」
”にゃ!”
抗議をするように鋭く鳴いたバステトを抱いて、カリンが部屋に入ってきた。
「大川さんはおとなしいですよ。ね?」
”にゃぁぁ”
「そうだな。それで?」
「そうだった。イーリスが、今日の夕飯はまーさんも一緒にと言っているけど・・・。どうします?」
「わかった。辺境伯との絡みもあるだろう。今日は、部屋で過ごしているよ」
”にゃ!”
まーさんが、部屋に居ると言うと、バステトがカリンの腕から飛び降りて、まーさんの膝の上に移動した。
バステトの優先順位は、まーさんが最上位なのだ。まーさんが、バステトに”カリンを守ってくれ”と言ったので、まーさんが外に出る時には、カリンの側に居るが、まーさんが近くに居るのなら、バステトもまーさんと一緒に居たいのだ。
「わかった。わかった。カリン。時間まで、横になっているから、起こしてくれ」
「うん。わかった」
「あぁ・・・。それからな、聞き耳を立てるのなら気配を消すようにしたほうがいいぞ?」
「え?」
「スキルがある世界だから、息を殺す程度じゃ意味はないぞ?」
「・・・」
「気になるのなら、今度・・・。そうだな。無事に脱出できたら、話すよ・・・。面白い話ではないぞ?」
「・・・。うん」
カリンは、まーさんの膝の上で丸くなるバステトを名残惜しそうに見てから、部屋を出た。
扉を締めてから、カリンは息を大きく吐き出した。
(あんな声・・・)
まーさんが発していた声は、全部は聞き取れていなかった。でも、悲しそうで・・・。それでいて、どこか優しそうな声を聞いてしまった。何をしていたのかはわからない。でも、まーさんは誰かと会話をしていた。カリンは、自分の勘違いかと思ったが、まーさんの瞳を見て、誰かと会話していたと感じたのだ。
カリンは、まーさんに甘えていると自覚している。
自覚しているが、どうしていいのかわからない。
閉めた扉を見つめながら、視線を上に持っていく。”下ばっかり見ているのはダメ。上を見なくては・・・”死んでしまった両親から言われた言葉を思い出していた。カリンがまーさんの事を聞けないでいるのにも理由がある。自分の話をしないで、まーさんの話が聞けないと思っているのだ。
部屋に戻ったカリンは、ソーラーパネルに接続されているスマホを取り出して、一つの電話番号を表示させる。日本に居た時にも、電話が繋がらなくなってしまった電話番号だ。カリンは、この電話番号だけは消さずに残しておいた。もしかして、万が一、なにかの奇跡が起きて、かかってくるかもしれないと考えていた。
もちろん、そんな奇跡は起こらないまま、カリンは異世界に召喚されてしまった。
両親や実家の電話番号は、すでに消してしまっているが、表示されている電話番号だけは、名前がない状態で残している。
覚えてしまった電話番号を見ながら、カリンは電話番号に向って話しかける。
「君なら、この状況を楽しんだ?魔法が使えるよ?君が好きだった・・・」
もちろん、スマホからは相手の声が聞こえない。
でも、カリンの耳には確かに”君”の声が聞こえてくる。小学3年生のときに、引っ越ししてきて、中学2年まで一緒のクラスだった男子。
「私、やっぱり、君のことが好きだったのかな?」
中学1年のときに病気が発覚して、そのまま中学3年にならないで急死した。
「覚えている?約束したよね?魔法を見せてくれるって・・・。それだけじゃなくて、お祭りに・・・。初詣に、久能山の階段を上がる約束も・・・」
カリンの手元にあるスマホに水滴が落ちる。
スマホを愛おしそうに撫でる指を止める。
頬を伝う涙を拭いながら、カリンは電話番号を見つめる。
「ダメだね。君からの連絡を待つと決めた・・・。あの日から・・・。まーさんは、どこか君に似ているよね?」
電話番号に向って笑顔を向ける。
カリンには、声が聞こえている。
「え?似ているよ。どこか、誤魔化して笑う所とか、いたずらが成功した時の態度とか、そっくりだよ」
スマホから目を離して、目の前にあるソファーに目を向ける。
もちろん、誰も座っていないが、カリンには”君”が座っているように思えてしまう。
「ほら、図星でしょ。誤魔化しているよね?フフフ。私にしかわからないけど、君は優しいよ。ぶっきらぼうで、他人を拒絶しているように振る舞っているけど、周りを見ているし・・・。病気が・・・・。”治らない”と・・・。でも、君は止めなかったよね。なんで・・・。なの?」
カリンは、返事がないのに、質問を繰り返す。今までも、そして、多分これからも繰り返す。答えが聞けない質問を繰り返す。
「なんで、そんなに”他人”に優しくできるの?ううん。君は優しいよ。私が欲しい言葉を、そのときに言って欲しい言葉を、私に・・・」
カリンは、そこまで言葉にしておきながら、その後の言葉が口から出てこなかった。
頭の中では、何度も、何度も、繰り返されるが、口に出してしまうのが怖い。
”にゃ?”
「え?大川さん?」
いつの間にか、バステトがカリンの足元に来ていた。
そして、”ひと鳴き”してから膝に飛び乗って、スマホを持つ手を舐めた。
「優しいのね。慰めてくれるの?」
”ん。にゃ”
「え?違うの?」
”にゃ!”
うなずくように鳴いてから、指に顔を押し付けるように甘えてくる。
「”撫でろ”ということなの?」
”にゃ!”
頭を押し付けるようにしていたのを止めて、仮の膝の上で丸くなる。
背中をカリンが優しく撫で始めると、ゴロゴロと嬉しそうに喉を鳴らす。
「ふふふ。そうですね。大川さんと一緒に頑張ればいいのですよね」
”ふにゃ?”
「え?違うのですか?」
”にゃ!”
「頑張らなくてもいいのですか?」
”にゃ!”
「ふふふ。ありがとうございます」
”ふにゃぁ?”
バステトは、手が止まったカリンを見つめて、カリンの頬から手に落ちた水分を優しくなめる。
ザラザラした舌が、カリンの手の甲を刺激する。カリンの目からは、涙が止まらずに流れ出ている。
カリン自身にも、涙の理由がわからない。
ただ、今まで流してきたような涙ではなく、手に伝わる感触や、膝の上にある温かい感触、全てがカリンの心の澱みを拭い去ってくれている。
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