【第十章 エルフの里】第五話 道中(神殿→王都→国境の砦)
「ねぇヤス・・・」
「駄目だ!」
「まだ何も言っていないよ?」
「解っている。FITを運転したいのだろう?駄目だ。リーゼの運転は、粗い。もっと、ブレーキをしっかりと操れるようにならなければ、荷物を運ばせられない」
「うぅぅぅ。だって、アクセルを踏み込んだ方が速いよ?」
「そうだな。最高速は出せるだろうけど、ラップタイムは遅くなるな」
「う・・・」
「リーゼ。モンキーだと、イチカに負けるよな?」
「・・・。うん。でも、それはイチカの方が、体が軽いから・・・」
「でも、俺はイチカに完勝できるぞ?」
「それは、ヤスだから・・・」
「それもあるけど、やっぱりブレーキだな。直線部分は、極端に言えば差が出にくい。でも、コーナーでは差が出る。そして、コーナーの出口での速度差が、直線での差に繋がっていく、小さな違いだけど、最終的には大きな違いになるぞ」
『マルス。加速度や速度域のログが取れるようにする事はできるか?』
『可能です』
『一部のカートに組み込んでおいてくれ、それから、セバスにカート場にモニタを設置するように連絡して、モニタにはチャートを出せるようにしてくれ』
『了』
「ヤス?」
「カートで、走り方の違いを見られれば、ブレーキの重要性がわかるだろう。その方法がないか考えていた」
リーゼに、ブレーキの重要性を教えると同時に安全に運転する方法がわかるようになるかもしれない。
ヤスが運転するFITは、領都を越えて王都に向っている。
領都で休憩をして、王都で休む予定になっている。話を聞いた、クラウスが王都にある辺境伯の屋敷に泊まれるように言ってきたが、ヤスが固辞してラナが紹介する宿に泊まることに決まった。
「ヤス様。リーゼ様。ようこそ」
「え?ラナ?」
ヤスは、話を聞いて知っていたが、リーゼは知らなかったようだ。
王都の宿は、三月兎の王都支店だと教えられた。そして、店主はラナの従姉妹が取り仕切っている。
「いえ、ラナさんの従姉妹で、ロミといいます」
「え?ロミさん。よろしく」
「はい。リーゼ様」
ロミは、リーゼから荷物を受け取って部屋に案内してくれるようだ。
「ロミさん。宿代は?」
「アフネス様から頂いております。ご安心ください」
「わかった」
部屋は、3階の奥で二部屋が確保されていた。
向かい合うようになっていた。
「リーゼ様。ヤス様。お食事は?」
「そうだな。任せる。リーゼは?」
「僕も、ヤスと一緒でいいよ」
「かしこまりました。食堂にお越しください」
「わかった。時間は?」
「あまり遅くならない時間ならいつでも大丈夫です」
「わかった。落ち着いたら、食堂に行く」
ロミが頭を下げて、階段を降りていく。
リーゼも疲れているのだろう、おとなしく部屋に入る。
ヤスは、ベッドに足を投げ出すように横になり、目をつぶる。
疲れて入るが、まだ大丈夫だと感じている。運転の疲れは感じていない。対向車が居るわけでも、人が飛び出してくる状況も考えられない。疲れたのは、主に王都に着いてから貴族たちが挨拶をしたいと言い寄ってきたからだ。
王都に到着する少し前に、マルスからクラウスに連絡をしておいたので、混雑はすぐに終息したが、それでも多くの貴族家の者たちがヤスに群がってきた。
ヤスが使っているアーティファクトの情報は、ギルドを通して提供されている。隠されている権能はもちろん存在するのだが、姿かたちを登録してある。問い合わせである程度の情報は取得できる。
ヤスを知らなくても、アーティファクトの情報は入手している。複数のアーティファクトが登録されていて、同じ者が複数存在している場合もある。そして、(愚かな)貴族たちが注目しているのが、神殿の主が子供や女性にも、アーティファクトを貸し与えていることだ。それなら、自分たちのような”貴族”が命令すれば、アーティファクトを渡すのではないかと考えたのだ。辺境伯や王家から注意が出ているのにも関わらず、自分たちの愚かな価値観を押し付けようとする馬鹿はどこにでも存在する。
神殿経由で事情を知っているハインツが家令に指示を出して、ヤスとリーゼの確保を優先した。ヤスとリーゼとの接触が遅れれば、問題が大きくなっていた可能性さえあった。
王家や辺境伯が恐れるのは、愚かな貴族が神殿を敵に回すことではない。王家や辺境伯は、すでに神殿と手を取ることを選んでいる。そのために、心配するのは”愚かな貴族”の責任で、神殿が王家や辺境伯から離れてしまうことだ。
ハインツは、王家と父親と神殿に居る方々から、強く言われている。
曰く
『群がってきた愚か者は殺してもいいが、ヤス様とリーゼには怪我をさせるな。触ろうとした者は殺してもよい』
命令では無いのだが、指示と言うにはあまりにも命令口調だった。
ハインツは、これ以上の貴族家が取り潰しになると、王国の屋台骨が揺らいでしまうと考えていた。間違いではないが、正解でもない。腐った貴族がいなくなるだけで、貴族の下で燻っていた有能な者たちが台頭すれば問題はない。腐った者たちを粛清する一方で、見込みのある者を代官として街に派遣する。王家の直轄領で試験的に始めた試みだったが、王家や辺境伯が考えている以上に成果を上げている。
王家と辺境伯は、ヤスに相談してより良い仕組みを作ろうとしている。ジークが、神殿に足繁く通う理由の一つだ。民主化がいいとは思っていないヤスは、マルスに民主化ではない方法を模索させた。
技術官僚を配置するように進言した。魔法を含めた技術の専門家を国で保護して、代官に付随させる。テクノクラートは、代官が引退するときに同時に引退すると決められている。同じ血族や派閥から連続した代官やテクノクラートは、採用されないと明言されている。代官を決定するのは、テクノクラートたちで、選出された代官がテクノクラートを任命する。
ハインツは、宿に入ったヤスに面会を求めた。
そして、今後の行程を聞いて、野営ではなく、なるべく街に立ち寄って欲しいとお願いした。そして、立ち寄る街は、代官とテクノクラートが派遣されている街にしてほしいと注文を付けた。
「ヤス殿。提案を受け入れていただき、ありがとうございます」
「ハインツ様。礼には及びません。立ち寄る街を決めていなかったので、渡りに船でした」
「”わたりにふね”?」
「失礼。”ちょうどよかった”と思っています」
「そうですか、それなら良かった」
ハインツは、ヤスの言葉が気になったが、気にしても意味が無いと思って聞き流した。
「ヤス殿。これをお持ちください」
ヤスは、ハインツの後ろに控えていた、ガイストから一つの魔道具を受け取る。
「これは?」
「通行証です」
「通行証?」
「はい。王家の直轄領や我々の派閥に属している貴族の領地なら、通行税は必要にはなりませんが・・・」
「そうか・・・。わかった。ありがたく受け取ろう」
マルスはヤスに通行税が必要にならないルートの指示をしていた。
しかし、ヤスはハインツ・・・。辺境伯からの申し出を受ける。もしかしたら通行税が必要な領地を通る可能性を考えたのだ。マルスに言えば、的確に通行税が必要にならないルートを再計算してくる。ヤスも解っているが、辺境伯の思惑に乗ってみる。
翌日からの行程は、問題にならなかった。
辺境伯が提示したルートは、マルスが提示したルートよりも時間は必要だったが、快適に移動できるように配慮されていた。立ち寄った場所で、最高とは言わないが、上質なサービスが受けられたのだ。ヤスではなく、リーゼを持て成しているようにも感じられる。
実際に、辺境伯はヤスの身分は隠している。気がついた領主や代官は居たが、辺境伯の指示を守ってヤスに過剰なサービスはしなかった。リーゼの素性はある程度はオープンにされている。辺境伯は、リーゼが移動するための行程だと領主や代官には連絡をしていた。そのために、ヤスの素性に気がつかなかった者たちは、リーゼをもてなす形になった。ヤスは、リーゼの移動を手助けする、神殿の関係者だと思われたのだ。トラクターを使っていなかったので、ヤスに気がつかなかったと言えるだろう。
これらの事情から、王都から王国を出るまでの道中は、ヤスもリーゼも特に不満を持たずに移動することが出来た。
そして、国境の砦にたどり着いた。
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