【第九章 復讐】第十話 平穏

 

 不御月巌の死亡が伝えられた。
 研究施設や不御月が持っていた裏の権益はことごとく奪われた。

 巌は、失意の中で死んでいった。生に執着して、家族を殺し続けた老人は、独り寂しく死んでいった。四肢を切断された状態で”病死”していた。誰ひとりとして、巌の死を追求しようとはしなかった。巌を守る者はなく、見送る者も居なかった。

 島の地下には、膨大な資料と一緒に実験室が設置されていた。
 移植を行う為の施設だと判明した。それだけではなく、禁忌となっているクローンの製作も行われていた。

 ”人食いバラ”の暗号は、施設に入るための暗号だった。
 施設に入る為の扉には、旧時代のキーボードが設置されていた。キーボードに”ひらがな”が書かれている。夕花が暗号を紐解いた。キーボードのひらがなを順番に押すと、ローマ字入力された文字が表示されたのだ。

 つちんらとちくにのらのらみにみいもなすな

 いざよいあさひここにねむる

「先代の・・・」

 忠義の呟きだったが、皆が同じ考えを持っていた。

 施設の奥には、コールド状態の遺体が安置されていた。全ての始まりは、この女性から始まったのかもしれない。
 先代は、愛おしい人を生き返らせようと、島の施設を使った。だが、途中で自分の愚かさに気がついて、研究を凍結した。どこからか、話が漏れたのだろう。漏れた話を聞いた、不御月巌が研究を乗っ取ろうと考えた。
 研究施設がある島は、六条の関係者なら簡単に入られる。巌は、研究施設を探させた。

 ”人食いバラ”が鍵になっていると聞かされて、手を回した。

「忠義!」

「は!」

「礼登!」

「御前に!」

十六夜いざよい朝陽あさひを、丁重にお迎えしろ。先代と同等だと思え!そして、こんな施設、資料ごと破壊しろ!跡形もなく、紙片の1片も残すな!」

「は!」「は!」

 晴海は、二人に破壊する指示を出し、夕花の背中を守るようにして、施設から出た。

「夕花」

「はい」

「全て・・・。終わったな」

「はい」

「気持ちは変わっていないか?」

「・・・。晴海さん。来週・・・。そう、僕の産まれた日・・・。僕・・・。私と、デートをして下さい。お母さんに報告にも行きたいですし、僕が育った場所を、晴海さんに見て欲しいです」

「わかった」

 二人は、屋敷に戻った。
 そのまま、地下の温泉に入り、お互いを求めた。デートまでの日程の殆どを裸で過ごした。お互いに求めあった。

 晴海には知らされていなかったが、夕花は避妊薬の摂取を辞めている。代わりに、妊娠薬を飲んでいる。自分の遺伝子が綺麗でないと知らされた。でも、晴海が求めてくれている。一緒に居てよいと言ってくれた。夕花は、晴海の子供が欲しくなった。忠義や礼登にも相談している。泰章や泰史は賛成してくれている。
 夕花は、積極的に晴海を求めた。

 夕花は、感じていた。
 晴海の子供がお腹に宿ったと、調べたわけでもない。でも、わかったのだ。自分と晴海の子供がお腹に居ると・・・。愛おしい人の子供が・・・。

 晴海も夕花には秘密にしていることがある。
 空白だった後継に夕花を指名したのだ。そして、六条を解体した。不御月を消滅させて、復讐を果たした晴海は、六条を自分の代で終わらせる選択をした。解体はスムーズに進んだ。5家の再編もスムーズに進んだ。皆が限界を感じていたのだ。
 百家からは不満の声も上がったが、吸収した不御月を百家に与えると宣言したことで不満は消えた。
 再編という名前の闘争が始まるのだが、晴海は興味が持てなかった。

 大学に運び込まれていた本は、屋敷に移された。
 島とクルーザと手配した車と遺産の中から預金だけが、晴海に残された。それでも、300年は暮らせる金額が残っている。島の施設は破壊した。先代たちの墓が並ぶ場所に、十六夜いざよい朝陽あさひの墓が作られる予定だ。
 晴海は、自分の墓はできることなら、夕花の母親が眠る隣にするように遺言を書いた。まだ死ぬつもりは無い。夕花も母親の隣・・・。ではなく、晴海と一緒に眠らせて欲しいと遺言書に記載した。

 晴海と夕花は、デートにでかけた。

「晴海さん」

 夕花の案内で、夕花が育った場所を見て回っている。

 夕花が、母親とよく立ち寄った場所で食事をして、子供のときに遊んだ場所で童心に帰って遊んだ。
 夕花が、母親との思い出を語っているのを、晴海は黙って聞いている。

 何気ない日常がこれほど大切で尊いものだと二人は認識していた。

 二人だけのデート。
 忠義たちも解体されて、晴海と夕花を護衛する者は誰も居なくなった。晴海は、やっと全てが終わったと感じている。誰からも見られていない。一般の人と同じで愛おしい人と街を・・・、好きな所を歩ける。自分が恨まれているのは知っている。だが、牙を剥いた者たちは、全て牙を抜いた。歯向かった者たちは、冥府の門をくぐった。成人後の男女は、始末した。成人前の者たちは、監視付きの養護施設で余生を過ごしてもらう。

 夕花は、晴海と一緒に母親が眠る墓地に来た。

 二人で、揃って報告をした。
 晴海も夕花も、一番の被害者は夕花の母親だと考えていた。全ては、奴隷市場で晴海が夕花を求めた所から始まった、偶然の産物だ。偶然の積み重ねが、全てを暴き出して、全てを終わらせた。

「晴海さん。僕、住職に、お経を・・・」

「そうだな。お義母さんも喜ぶだろう」

「うん。ちょっと行ってくる」

「あっ・・・」

 晴海は、走り去る夕花を見送った。晴海の情報端末も一緒に入ったポーチを持っていってしまった。
 護身用に持っている銃だけは身に着けている。

「お義母さん。夕花は、どうするつもりなのでしょう?」

 もちろん、母親は何も答えない。

「僕は、夕花と一緒に居たい。叶わない夢なのでしょうか?血に濡れた手では、夕花を抱きしめるのには相応しくないのでしょうか?」

 晴海は、墓石を見つめる。
 そこに居るはずがない。夕花の母親の姿を見ている。

 晴海は、なぜか誰かから何かを問いかけられたと感じた。

「そうですよね。大丈夫です。夕花を幸せにします。貴女が望んだ結末ではないかもしれませんが、僕は夕花を愛します」

『(ありがとう)』

「え?」

 確かに優しい声で、”ありがとう”と言われた。晴海の耳にはたしかに聞こえたのだ。
 晴海はあたりを見回すが、誰も居ない。
 墓石を見ると、夕花が年を重ねたと思える女性が佇んでいる。

「貴女でしたか・・・」

 晴海しか居ない場所で、晴海にしか見えない女性が、晴海を見て微笑んでいる。

「ありがとうございます。勇気が出ました。夕花がどんな答えを持ってきても、僕は、夕花の考えを尊重します」

 女性は少しだけ悲しそうな顔をする。夕花の答えがわかっているのだろうか?晴海は不安な気持ちを押し殺して、女性に話しかける。

「大丈夫です。貴女の娘を、夕花を、独りにさせません。僕は、夕花と一緒に居ます。夕花が、死を望んだら、僕も夕花と一緒に貴女の所に行きます」

 女性は首を横にふる。まだ来るなと言っているようだ。

「わかりました。でも、僕は、夕花の思いを、考えを、気持ちを、夕花の全てを肯定します」

 女性は、切なそうな微笑みを、晴海に返す。
 そして、手を振りながら、まだ来ないように伝えるように、消えていった。

「はい・・・。僕は・・・・」

 晴海の耳元に、誰かが小走りで駆け寄ってくる足音が聞こえた。
 夕花が戻ってきたのだろう。

 晴海は、振り向く・・・。

「ゆう・・・。え?」

 ナイフを持った男が、晴海に迫っていた。

「晴海さん!」

 遠くで、夕花の慌てた声が聞こえる。
 晴海は、ナイフが腹に刺さる感覚をスローモーションのように捉えていた。

 お前は誰だ!?
 知らない顔だ。復讐される心当たりが沢山ありすぎてわからない。二十歳前後の男だ。晴海は、刺された痛みに耐えながら、男を蹴り飛ばす。

「キャハッ!!!俺は、正義を執行した。俺が、俺が、悪を倒した。俺こそが正義だ!正義の使者だ!東京に巣食う悪を俺が捌いた!俺こそが、東京のぉ!日本のぉ!世界のぉ!正義をぉぉぉ守ったぁぁぁ!!キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」

 晴海は、薄れゆく意識の中で持っていた護身用の銃を抜いた。

「正義の使者様。さようならだ。俺が正義だとは言わない。でも、俺が悪ならお前も悪だ!」

 夕花の為に残していた弾丸は、正義の使者の”眉間”をとらえた。男は、撃たれてなおも笑っている。正義の使者は、撃たれても、正義の使者なのだ。

 晴海は、腹に刺さったナイフを抜いて男に投げた。
 自分の血が着いた銃を夕花の母親に捧げるように墓前に置いた。

 晴海の意識はそこで途切れた。

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