【第九章 ユーラット】第三十一話 選択
神殿の指令室には緊張した空気に満たされ始めた。
今回の戦闘で、犠牲が出る可能性が高い瞬間が近づいている。
だからこそ、ヤスだけではなく、皆がプロジェクターによって大きく映し出された状況を凝視している。
「ねぇヤス。大丈夫だよね?」
リーゼの言葉を皆が聞き耳を立てている。
実際には、作戦を伝える時に、説明はしている。実際に、実行はしっかりと行われた。ただ、指令室に居る者たちが関わっていないために、心配な気持ちが強い。
「あぁ大丈夫だ。ユーラットに居るのは、ドッペルだけだ」
ヤスは言い切る。
正確なことを言えば、ヒルダ以外がドッペルに入れ替わっている状況だ。
最初は、アフネスとロブアンも残ると言っていたが、リーゼの名前を出して、強制的に入れ替わってもらった。
リーゼを残して死ぬのを、ヤスは許さなかった。
ユーラットの住民には、ヤスと関わりを持っていない者たちも多かった。神殿の事をよく思っていない者も存在していた。しかし、ヤスは全員を助ける事にした。それを聞いて、アフネスが観念した。アフネスが説得に応じたことで、ロブアンも渋々ヤスの提案に従った。ユーラットの住民は、神殿が新しく作った魔の森の中にある集落に移動してもらっている。
幻惑で、周囲を覆っている。神殿の町並みにも似た作りになっている。ユーラットの住民も一時避難ではなく、魔の森の中に拠点を移したいと思い始めている。
ユーラットの今後に関しては、帝国の問題が片付いてから話し合いを持つことになっている。
「ヤス様。ユーラットの住民ですが、ドッペルだとわかるようになりませんか?」
サンドラが、モニターを見ながらヤスに依頼をしてきた。
「ん?あぁそうだな。マルス。できるか?」
『了』
簡単に説明が表示されている。マルスの優しさなのかよくわからないが、目安としては十分だ。
マルスが把握しているドッペルは、青く表示される。海側から侵入した者は、赤く表示される。ユーラットに潜んでいるドッペル以外の者は、黄色で表示される。
簡単な説明だが、皆がこれで息を吐き出す。
少なくとも、映し出される者たちは、青く表示されている。
映し出されている映像には、青い表示しかない。
「マルス。色味を強くしてくれ」
『了』
「それから、赤は違う色にして、赤は灰色になるように調整できるか?」
『了』
「ヤス?」
「あぁこれから戦闘が発生する。ドッペルが負けるとは思わないが、ユーラットの住民の姿をした者たちが切られたり、矢で射られたり、攻撃の的になった結果をあまり見せたくない」
ヤスはそれだけ言って、リーゼの頭に手を置いた。
周りの者たちが、生暖かい目で見ているのを気にしながらだが、ヤスとしてはリーゼからの質問を遮る必要がある。そのためには、多少の恥ずかしい行為は諦めることにしている。
「ヤス様!」
指令室の外に出ていた、マリーカが慌てて指令室に入ってきた。
マリーカが持ってきた情報は、マルスから伝えられているが、あえてマルスは外部からの情報としてマリーカに伝えさせた。
「どうした?」
「はい。エルフの里からの連絡です。お繋ぎして大丈夫ですか?」
「そうだな。皆にも聞いてもらったほうがいいだろう。マルス、出来るか?」
『是』
「皆に聞こえるようにしてくれ、会話も繋げて大丈夫だ」
『了』
沈黙の後で、エルフの里につながる。
『ヤス様。ディアスです』
「大丈夫だ。俺だけではなく、皆が聞いている。何が有ったのか、報告してくれ」
『はい』
—
第二皇子が、ユーラットを目指して船に乗り込んでいる時に、エルフの里にも動きがあった。
「アラニス様。動きが有ったようです」
「里の端に、帝国からの接触がありました」
「端?こちら以外にも入口が?」
「あっ。言い方が悪かったです。里は、森の中にある里のことです。その里には、森の入口にいくつかの目印があります。商人などが、目印にしています」
「それで?」
「そこに、帝国の姫を名乗る者が接触してきました」
「え?第三皇子ではなく?」
「はい。姫です。しかし、森に踏み込もうとしたために、制止した所・・・。戦闘になってしまいました」
「え??本当に?この時期に?何を・・・」
「はい。無理やり・・・。侵入しようとしたようですが、結界、阻まれて・・・」
「それで?」
「はい。里の者たちが拘束したのですが・・・」
「はぁ・・・。処分に困っているのね」
「はい。もうしわけありません」
「神殿で・・・。ダメね」
ディアスは、この場で信頼している人物を見る。
その人物は、政治的な話には口を挟まない。自分には、その権限がないと思っている。
「ディアス。処分に困るのなら、神殿に問い合わせればいいのでは?カイルとイチカを連れてきたアーティファクトがあるから、神殿に送るのなら、俺が担当してもいい」
「そうね・・・。いえ、皇女は、神殿に送らないほうがいいわね。帝国領の適当な・・・。それこそ、皇国に・・・」
ディアスは思考の海に沈んだ。
カスパルは、静かにディアスの横に来て肩を抱き寄せる。
「ディアス。俺は、難しい事はわからない。だから、適当な事を言うけど、許してほしい」
「え?なに?あなたが私のために考えてくれたことを、適当なんて思わないわよ?」
「ははは。嬉しいな。”アラニス”の名を持つ、ディアスが帝国の皇女に会うのは問題にならないのか?」
「・・・。なるわね。ならないけど、それが使われる可能性が・・・。あるわね」
「そうなると・・・。ラフネス様が会うのも問題にならないか?まだ、候補と言っても、巫女なのだろう?ヤス様と同じ立場ではないかもしれないが、外から見たら・・・。同じなのだろう?」
二人は微妙な表情をするが、カスパルの言っていることは間違っていない。
二人の雰囲気から、自分の言っていることが大筋では間違っていないと判断したカスパルは、話を続ける。
「ヤス様に連絡をしても、都合よく使うだろう?帝国が、どんな場所なのか、俺にはわからないが、ディアスの言葉から、かなり自分たちの都合に”いい”ように判断をするのだろう?」
ディアスは、頷いて肯定する。
「だったら、神殿に輸送したり、ヤス様に会わせたり、それこそアーティファクトに乗せるのも問題にならないか?」
ディアスもラフネスも、カスパルの言っている事が正しいと思えてくるから不思議だ。
全面的に正しくはないが、これからの里と神殿の繋がりを考えれば、危ない橋をわざわざ選ぶ必要はない。
「だったら・・・」
ラフネスが物騒なことを言い出しそうになったのを、カスパルが手を挙げて制する。
「殺さなくても、信頼ができるエルフが拘束して見張っていればいい」
「え?」
「そのうち、第三皇子が来るのだろう?剣を向けてきたら、戦う必要がある。その時に、その皇女を使うこともできる。手を差し出して来たら、その皇女を交換条件や交渉材料にすればいい。別に、俺たちが手を下さなくても、第三皇子としては邪魔な存在なのだろう?」
カスパルが説明したことはわかりにくかったが、ディアスとラフネスが理解するのには、時間は必要としなかった。
面倒な客人を、次に来る客人に押し付けてしまおうという考えだ。
話の理解ができた、ディアスとラフネスはお互いを見てから頷いて、カスパルの提案の問題点を考え始める。
考えが進めば、問題点が出てくると思っているが、上げた問題点以上のメリットが見つかってしまう。
問題点がつぶせたことで、二人は実施を考え始めたが、第三皇子の出方次第であることから、考えなくてはならないことが少ない。
剣を向けてきたときには、神殿の勢力を使って、第三皇子を撃退する。捕まえてしまえば時間ができる。時間ができれば、捕えている皇女と第三皇子の対応をゆっくりと考える事ができる。
先に考えておかなければならないのは、第三皇子が剣ではなく、握手を求めてきたときだ。
もっと言えば、保護を求めてきたときだ。
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