【第八章 王都と契約】第九話 現状の確認(1)

 

ドアをノックして、部屋に入ると、ローザスだけがソファーに腰掛けていた。

「リン君。久しぶり」

ローザスが、ソファーに座りながら俺に手を振ってくる。継承権を持つ人間の行意図は思えない。

「殿下だけ?」

正直に言えば、ハーコムレイは苦手だが、ローザスと話をするよりも、ハーコムレイの方が楽だ。交渉は面倒だと思えるが、話をするだけなら楽だ。筋が通っていれば、文句を言わないし、俺が望んでいる物を的確に読み取ってくれる。
ローザスは、どこかニノサと似ていて、のらりくらりと躱すような話し方をしてくる。胡散臭いのではなくて、”面倒”に感じてしまう。

「ハーレイは、用事が合って出ている。すぐに戻ると思う」

「そうなのですか?」

ミトナルは、会話に参加しないつもりなのか、俺の後ろに控える形で立っている。

「リン君。言葉遣いは気にしなくていいよ。王城とかだと困るけど、ここなら咎める者はいないよ」

「そうか?」

面倒な連中がいないから、ローザスも気楽な態度を取っているのか?
違うな。多分、こっちが”素”なのだろう。それとも、”素”に見える演技をしているかもしれない。どちらでも俺としては変わりない。着かず離れずの関係が一番だ。神殿に籠ることを決めたからには、王国との関係も考えなければならないだろう。
王国の一部として自治権を認めさせるのが一番だろう。その時にも、定期的な税くらいなら払うつもりでいる。紛争に参加しろと言われたり、戦力を出せと言われたり、支援をしろと言われたり、面倒な事を期待されるのは困るが、それ以外ならローザスやハーコムレイとの関係で、力くらいなら貸してもいい。
どうせ、奴らが黙っているとは思えない。

「うん。ミトナルさんも、久しぶりだね」

「お久しぶりです。殿下。あの時は、お世話になりました。お礼が遅れてしまって、もうしわけありません」

ミトナルが、ローザスに何かを頼んだのか?

「いいよ。それよりも、リン君もミトナルさんも、ソファーに座って、話をしよう」

ソファーの上には、ポットが置かれている。
湯気が出ていることから、俺たちが入ってくる直前に新しい物に変えられたのだろう。流石は、辺境伯家の者たちだ。ローザスが、ポットに手を伸ばしたが、面倒な事になりそうなので、俺がミトナルと自分のカップに注ぐ。

「僕が注いであげるのに・・・」

「高くなりそうだから遠慮しておく、それよりも、話はなんだ?」

「まず、アデーを受け入れてくれてありがとう。これで、心配の種が減ったよ」

アデレードが神殿で匿うのは決定していたが、改めて礼を言われると、表面に現れた理由とは別の理由があったのだろう。

「心配の種?」

「どうやら、宰相たちが動き始めていてね」

宰相たち?
内戦か?

まずは、宮廷闘争でも行うのか?

「え?」

内容は、ハーコムレイが来てからの説明かな?
それとも、内容をまとめるために、ハーコムレイが遅れているのか?

宰相派閥は、ニノサのメモでダメージを受けたはずなのに・・・。
それとも、ダメージを受けたから、動き出したのか?

「それから、教会の内部も荒れるようだよ」

「面倒だな」

俺の”面倒”という言葉を聞いて、驚いた表情をした後で、笑い出した。

「全部、リン君が持ってきた書類が、始まりだよ?」

それは間違いだ。
間違いは訂正しておく必要がある。

「それは、ニノサに文句を言ってくれ、俺は届けただけだ」

メモは渡したが、使い方までは指示していない。
ローザスとハーコムレイの使い方が上手かったのだろう。宰相派閥だけではなく、教会にまで楔を打ち込んだのか?
教会が荒れ始めれば確かに、王家としては教会からも力を剥ぎ取りたいだろう。

確か、教会も二派に分かれて揉めていた。
良識がある方が、王家に近いと言っていたから、関係がいい方が力をつけているのだろう。

「そうだね」

それだけいうとローザスは笑い出してしまった。
一通り笑ってから、姿勢を正して、俺とミトナルを正面から見てきた。

「どうした?」

ローザスは、先ほどまでとは違って、真剣な表情を見せている。何を言い出すのか解らないが、俺に話を通しておきたい話の一つなのだろう。

「宰相は、アデーを欲しがっている」

「え?なぜ?」

アデレードを?
嫁にしては、若すぎる?宰相は、犯罪者か?

「僕が死ねば、アデーが継承権を持つ唯一の人物だ」

違った。
傀儡が欲しいのか?
アデレードが神殿にいる限りは大丈夫だろう。今なら、眷属もいる。逃げるだけなら可能だ。

ローザスが死んで、今の国王が病気にでもなれば、宰相が権力を握る。
ニノサのメモで地盤が緩んだ宰相が最後の賭けに出るのは、アデレードを使うのがもっとも簡単でもっとも確かな方法だ。

「・・・」

そして、継承権という話で言えば、サビナーニが王家の人間で、俺にはその”血”が流れている。
実際には、継承権は持っていないが、”血”で言えば、アデレードが女王となるよりも、俺が”王”に担ぎ上げる方が、神輿としては意味がある。今の王家が、酷いという印象を植え付ける事ができる。

「その顔は知っているね」

「さぁな」

「教会が、リン君のことを狙っているよ?」

話が急に変わった。

「え?」

違うな。変わっていない。
教会が俺を神輿にしようとしている?

「教会の一部が、リン君を探せと指示を出していた」

教会なら、俺とサビニの繋がりは知っていても不思議ではない。

「俺を?なぜ?」

「それは、リン君なら解ると思うけど?」

俺を名指しで探している?
どこから、俺の名前が?『ビニの子供を探せ』ならわかるが・・・。『リンを探せ』だと・・・。内通者がいるのか?

「サビニ関係か?」

「うん。彼らが、サビナーニ姉様とリン君の関係をどうやって知ったのかは解らないけど、リン君を探しているのは間違いないよ?」

神殿の話が伝わるのには早すぎる。ローザスたちの動きを知らなければ、俺の名前が出て来るとは思えない。

「ローザス殿下」

ローザスの言葉を考えていると、ミトナルがローザスに質問をするようだ。

「何かな?」

「教会は、リンを探しているの?」

「そうだよ?」

ん?
”俺を探している?”
ミトナルは、何を聞きたいのだ?

「探している理由は、リンのお母さんが関係しているという情報はどこから?」

「ん?他に、リン君を探す理由があるの?」

あぁ・・・。
そうか。

教会の奴らが俺を探しているから、ローザスはサビニとの関係で、宰相派閥がアデレードを捕えようと動き出しているのと重ねて考えたのだな。
別の組織が、同じ目的で動いていると考えた。

一つだけ情報が欠落している。
その欠落した情報が原因で、間違った方向に想像をしてしまっているのか?

「ない。でも、リンがアデーを匿ったという情報が漏れたのでは?」

ミトナルが、アデーの名前を出して、思考を誘導した?

「そうか・・・。でも、アデーを?教会では、あまり・・・。それは、ないと思う」

ローザスの情報では、教会はアデレードを狙っていない。
この情報で、教会が欲しているのは、”俺”だと考える事ができる。ミトナルも同じ結論になったようだ。

”サビニの息子”ではなく、”俺”を探していることになる。

「そう・・・。わかった」

「ミル?」

「大丈夫。殿下。リン。僕、少しだけ外に出てきていい?」

「無茶はするなよ?」

「大丈夫。殿下?」

「ん?リン君がいいのなら、問題はないよ?」

「ありがとうございます」

「あっ。ミル。ナナにも、話を通しておいて」

「わかった」

ミトナルが、殿下に頭を下げてから、部屋を出る。なんとなく、ミトナルが向かおうとしている場所の層ができるだけに、止められなかった。
殺しはしないとは思うけど、今のミトナルの力を考えると、手加減しても、簡単に殺してしまいかねない。そして、ミトナルは同級生を・・・。俺以外の人間を殺しても気にしないだろう。ゴミが片付いた程度にしか思わない可能性が高い。

ミトナルが部屋から出ていくときに、入れ替わりでハーコムレイが書類を抱えて部屋に入ってきた。

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