【第二章 王都脱出】第二十話 王都脱出

 

 おっまーさんとカリン糸野夕花は、馬車の中で執事とメイドの格好をしている。
 カリンがおっさんには、執事風の服装が似合うと強弁した結果・・・。おっさんの服装が決定した。執事と一緒に居るのなら、カリンはメイドの衣装を着ることになった。

「そういう姿のまーさんは新鮮です」

 カリンが、”褒め言葉”としてまーさんに声をかけるが、本人は少しだけ憮然とした表情をしてしまっている。決められたことだとしても、安全を考えれば変装は必須だ。王都には、まーさんの影武者を置いていくことになった。
 普段から、作務衣を着て王都をフラフラしていたのは有名なので、まーさんが着ていた作務衣を背格好が似ている者が着用して、王都をフラフラしていれば”まーさん”が王都に”まだ”居ると思わせることができる。

 おっさんの姿は、執事服を着て、髪の毛をオールバックにしている。それだけでも印象が違ってくる。普段のボサボサの髪の毛では執事服は似合わないと、イーリスの侍女たちが集まって仕上げたのだ。

「カリンは・・・」

 カリンの姿は、クラッシクなメイド服だ。髪の毛が黒いので目立っているが、メイドにしか見えないのは不思議な状況だ。

「似合っている?」

「あぁ似合っている。似合っている。秋葉原に居そうなくらいには似合っているぞ」

「それ、褒め言葉になってないよ?」

「最大の褒め言葉だと思うぞ?」

「うーん」

 カリンは、膝の上に乗せているバス大川テト大地の背中を撫でながら、おっさんのセリフを考えていた。

「うん。今はそれで満足する」

 二人のやり取りを聞いていた、侍女は笑いをこらえるのが大変だった。
 イーリスから、二人を辺境伯に届けるまで、仕えるように言われている。護衛の必要はないと聞いていたが、二人がそんなに強いとは思えなかった。

 メイドは知らなかったが、準備をしている時に、おっさんとカリンは模擬戦を繰り返した。途中からは、イーリスの護衛も模擬戦に加わった。
 主に、カリンの武器を決めるためだ。おっさんとの模擬戦で、護衛ではカリンにも敵わない状況になってしまった。おっさんもカリンも、ステータス以上に身体の使い方が上手かった。中学校や高校の基礎教育で身体の動かし方や筋肉を知っているだけで、大きく違っている。
 カリンはスキルを併用して模擬戦をしていたが、おっさんは最初の頃はスキルを使用して体力や動きの底上げをしていたが、途中からはスキルを使用しない状態でイーリスの護衛と互角に渡り合った。スキルを使えば、辺境伯が連れてきた護衛たちにも圧勝できるくらいになっていた。

 そして、二人には・・・。特に、おっさんには、まだ底上げする方法が存在していた。バステトとの連携を行うと、スキルの発動をバステトが行いつつ、相手を翻弄することで、おっさんが動きやすい状況になる。おっさんの本領は、バステトと共闘しているときだが、知っているのはカリンとイーリスだけだ。

 二人が乗る馬車は、王都の一番内側に存在する城壁を越えた。貴族が多く住む場所と平民が住む場所は城壁で仕切られている。
 先週から、城壁では検閲が行われていた。”勇者のお披露目”が行われるために、不審者を貴族街に入れないためだ。今回は、イーリスが住む屋敷からではなく、ラインリッヒ辺境伯の屋敷から馬車に乗ったために、貴族街からの出発となった。

「そんなに緊張されなくても大丈夫ですよ?」

 侍女がカリンに声をかける。
 カリンは、見て解るくらいに緊張していた。検閲で止められて、調べられた場合の対処は、イーリスやラインリッヒ辺境伯から教えられていたのだが、なにか問題があったら困るのは、自分だけではないという思いが、カリンの緊張を強くしていた。

「大丈夫だ。捕まりそうなら、走って逃げればいい。王都の外に出てしまえば追ってこない」

「・・・。まーさん。それは・・・」

「間違っていないだろう?どうせ、王都にはもう来ないのだから、問題はないだろう?」

「そうだけど・・・」

 まーさんのセリフは、カリンの気持ちを楽にしようとして発したが、カリンは余計に緊張してしまった。
 馬車が止められて、御者が門番と受け答えをしている。

 カリンは、耳に入ってくる音や声を拾おうと意識を集中する。何か、問題があれば、即座に動けるようにする。

”問題はない”

 外から聞こえてくる”問題はない”という言葉を聞いて、カリンは肩の力を抜く。
 そもそもの話として、警備を目的とした厳戒態勢なのだ。それなら、”入ってくる”者や物には細心の注意を払うが、”出ていく”者や物は、さほど重要視していない。それも、ラインリッヒ辺境伯の家紋が着いた馬車を徹底的に検閲するわけがなかったのだ。

「え?終わり?」

 城壁を抜けて、イーリスの屋敷の前を通った時に、カリンが言った感想だ。

「はい」

 侍女は、笑いをこらえながら、まーさんを見る。
 まーさんは、簡単に終わるだろうと予測していた。事前に、侍女に聞いて、侍女も”多分、そうなる”と答えていた。その上で、まーさんは、カリンには黙っていようと言っていたのだ。

「まーさん?」

「ん?」

「知っていましたよね?私が、緊張しているのを見て、楽しんでいたのですか?」

「うーん。楽しんでいたかは、微妙だけど、俺の予想が当たっただけだな」

「え?」

「カリンも、歴史に詳しければ、箱根の関所の話とか聞いたことがない?」

「??」

「そうか・・・。関所で詳しく調べられるのは、入っていく”鉄砲”と出ていく”女”だ。意味や理由は解るよな?」

「・・・。入り鉄砲出女!」

「そう。その意味は?」

「入ってくる鉄砲は、治安維持のため、出女は大名から取っている人質が江戸から逃げ出さないようにするため!」

「正解。それで、今回の城壁を関所に置き換えると、どういうのが怖い?」

「うーん。あ!そうか、貴族街に入ってくる人や物は、しっかりと調べないとダメだけど、出ていく人や物はそこまで重要じゃない」

「そう、それだけでも、この馬車は調べられる可能性が減る。その上で、この馬車はラインリッヒ辺境伯の家紋がある」

「??」

「王都に居る、豚とは敵対しているのが、辺境伯の派閥だよな?」

「うん。それは、この前に聞いた」

「そう、それで、ラインリッヒ辺境伯領の者が王都から消えるのは、豚としては嬉しいことじゃないのか?」

「あっ!」

「頭の中に、知恵よりも脂肪が詰まっている豚が考えるのは何だと思う?」

 おっさんは、カリンに質問の形で問いかける。

「え・・・。逃げ出す?」

「そうだな。豚としては、辺境伯が逃げ出すと考えるかもしれないな」

「でも・・・。辺境伯の派閥の人たちは残るよ?それで、逃げ出すと思うの?」

「カリンは、逃げるのなら、仲間と・・・、と、考えるかもしれないが、自分が大事な奴は、仲間と思っている者たちは無視して自分だけで逃げる」

「・・・」

 カリンは、おっさんに反論を言おうかと思ったけど、日本に居る時に聞いたニュースを考えると、おっさんが言っている話が正しいように思えてしまう。それに、一緒に召喚された者たちを見ても、反論が出てこない。カリンは黙ってしまったが、おっさんが何を言いたいのかよく解った。

 それから、カリンは話題を変えて、辺境伯領までの道筋や流れを、イーリスから渡された資料で確認をする。都度、おっさんにも確認をしている。

 おっさんたちが乗った馬車は、その後も順調に進んだ。馬車は王都の門を越えて、王都から脱出をした。

 王都から出る門では、門番とのやり取りが発生した。おっさんは、飄々と受け答えをしていたが、カリンは緊張で言葉が詰まってしまったが、おっさんがフォローを入れたこともあり、問題にならなかった。

 馬車に戻っても、カリンは緊張していたが、馬車が走り出して、門が見えなくなった状況で身体の力を抜いて緊張を解いた。

「まーさん」

「ん?」

「ありがとう。でも、これで・・・」

「あぁ王都からの脱出が成功したな」

「うん!」

 カリンの嬉しそうな返事で、おっさんだけではなく、周りに居る者たちも嬉しそうな表情を浮かべる。
 辺境伯領まで長い道のりだ。やっと一歩目が踏み出せただけなのだが、カリンの声を聞いていると、なんとかなりそうだと思えてしまう。

”にゃぁ”

 カリンの返事にかぶせるように、バステトの鳴き声が続いた。