【第十章 エルフの里】第三十二話 不敬
馬車の中で動きがある。
気にしてもしょうがない。帰るか・・・。
「ヤス?」
馬車に背を向けているけど、動きは把握できる。
俺も、この世界に馴染んできたのか?単純に、マルスが優秀だから、俺がその恩恵を享受しているだけかもしれないけど、知らない人が見たら俺の力だ。リーゼには、神殿に帰って落ち着いたら、話をしたほうがいいような気がしている。
しばらくの間、一緒に行動をしているが、いい女だ。わがままとかではなく、自分を持っている。守るべき事をわきまえている。
「ヤス?」
「あぁすまん」
馬車から人が出てきたようだが・・・。
『マルス。奴らは?』
『該当者なし』
まぁそうだよな。
振り返ると、3人か?
真ん中が主なのだろう。片方は、従者?メイドだが、護衛を兼ねているのか?動きから、強さが解らない。俺よりも強そうだとは思うが、眷属よりは弱いだろう。問題は、反対側の一人だな。確実に、強い。剣に手をおいていることから、俺たちが中央の人物に不利益な行動をとったら、切るつもりなのだろう。殺気を隠していない。姫騎士か?
「助けて頂いてありがとうございます。神殿の主様」
「成り行きだ。気にするな。俺のことを知っているのか?会ったことはないと思うのだが?」
俺があっさりと認めた事に驚いている。
面倒な駆け引きをしても俺には、メリットが無い。それに、”神殿”の事を知っているのなら話が早い。眷属を召喚して、リーゼの周りに配置する。姫騎士が中央の人物の前に出て、腰を落す。いつでも攻撃ができる体制だ。メイドも、懐に手を入れていることから、暗器でも持っているのか?
「俺たちには、貴殿たちを攻撃する意思はない」
「それならば!なぜ、魔獣を召喚する」
「それは、貴殿が・・・。騎士が、殺気を隠さずに、剣に手をかけていれば、当然の措置だと思うが?もしかして、えらい姫様の従者や騎士は、俺たち見たいな者は、抵抗せずに死ねというのか?ご立派な考えだな。リーゼ。会話の必要はないようだ。神殿に帰るぞ」
「え?あ・・・。うん?」
リーゼを先に歩かせるように、踵を返す。
「お待ちください」
俺を”神殿の主”と呼んだ女性の声が聞こえるが、無視する。
「貴様!姫様が」「あ?」
今度は、メイドが姫騎士の横に出て、何かくだらないことを言い出しそうになっている。
後ろを振り向いて、3人を見る。
馬車からは、他の護衛だろうか?出てきている。姫騎士と同じような恰好をしているので、騎士なのだろう。
「確認させてくれ、俺たちは、お前たちを助けたよな?違うのか?俺の認識がおかしいのか?俺たちは、”貴様”呼ばわりするような事をしたり、殺気を飛ばされたり、”待て”と言われるようなことをしたのか?俺たちは、お前たちの不利益になるような行動をしたのか?それならば、謝罪をすべきは、俺たちだ。教えてくれ。俺の認識が間違っているのか?」
「貴様!この方を」「知らないよ。自己紹介が望みなのか?それなら、最初からそう言ってくれ、俺は、そこのお姫様が言ったように、”神殿の主”だ。どこの国にも属さない。神殿のトップだ。このリーゼは、場所までは言わないが、巫女の血筋だ。さて、俺たちは、”貴様”呼ばわりされるような者か教えてくれ」
本当に、身分制度の弊害だな。
自分たちが正しいと思うのは勝手だが、その正しさを証明していない。自分たちの正しさを強要したいのなら、それなりの手順がある。エルフにしろ、目の前で怒りに震えている騎士やメイドも、自分の正しさを強要したいのなら、手順が間違っている。
「貴様!不敬だぞ!」
「不敬?今、不敬と言ったか?」
「そうだ!」
「そうか、不敬か・・・。それなら、しょうがない。俺は、”神殿の主”だ。それが、どんな権利を持っているのか解っているのか?」
「それがなんだ!」
「解らないのか?それとも、解っていながら、解らないフリをしているのか?」
一歩前に踏み出す。
攻撃してきたら、”マルス”が迎撃する。眷属たちも、威嚇を始めている。俺が許可を出せば、一斉に攻撃を始めるだろう。そうなったら、蹂躙が始まるだけだ。
神殿の主は、”王”に匹敵する。
「いいか、もう一度だけ、チャンスをやる。俺は、”神殿の主”だ。認めよう。そのうえで、お前たちは、俺とリーゼに、どんな言葉を投げかけた」
「それが!え?姫様。何を、危険です」
ほぉ・・・。
姫と呼ばれた者が、姫騎士とメイドの前に出て、深々と頭を下げた。
それを見て、ひとまず、眷属たちに威嚇を止めさせる。
「姫様!」
「黙りなさい。私たちに、与えられた最後のチャンスを潰す気ですか?」
「何を、姫様。こんな」
「黙りなさい!ヒルダ!解らないのですか?神殿の主と言えば、一国の王と同じです。自治区だとしても、国王として接しなければならないのです。メルリダも、同じです。貴女たちの振舞いは、我が国の権威を傷つけているのですよ?」
黙っていよう。
姫騎士やメイドが睨んでいるが、俺が謝罪するのはおかしな話だ。
姫騎士とメイドをしかりつけた姫は、俺とリーゼに向かって深々と頭を下げる。
「神殿の主様。リーゼ様。わたくしの護衛と従者が失礼いたしました。この二人の罪はわたくしの罪です。罰を受けるのは、わたくし一人で・・・。お許しを、いただけないでしょうか?」
いやらしい言い方だ。
でも、正しいやり方だ。身内を守る唯一の方法だと思える。
「わかった。謝罪を受け入れよう。俺は、ヤス。神殿の主なのは、その通りだが、神殿の主と呼ばれるのは好きではない」
「ありがとうございます。ヤス様。わたくしは、アデヴィット帝国、第四皇女のオリビア・ド・ラ・ミナルディ・ラインラント・アデヴィットです」
帝国?
また面倒な者が出てきたな。帝国の姫だというのも厄介だが、ラインラント?皇国だよな?宗教国家の名を持つ姫か?
正面切って敵対している国の姫?厄介ごとの匂いしかしない。俺に身分を偽る必然性がないことから、帝国からの姫なのだろう。
「それで、襲われていたのは、偶然なのか?必然なのか?そちらの騎士たちでは、ゴブリンを倒せなかったのか?」
続けざまに質問を行う。
「ヤス様。まずは、助けていただいてありがとうございます。騎士たちでも対応は可能でしたが、犠牲者が出てしまう所でした」
ん?
違和感がある。確かに、騎士の装備は立派だが、皇女を守る騎士としては、役者不足に思える。何もできない俺よりは強いだろう。
しかし・・・。
「それで?襲われたのは、偶然なのか?」
オリビアと名乗った姫様は黙ってしまった。
どうやら事情があるのだろう。
俺としては、状況から判断すると、”偶然ではない”と思っている。普通の商人や乗合の馬車なら、偶然だと考えてもいいかもしれないが、乗っていたのが”姫”なら違う。それも、微妙な立ち位置だ。
帝国国内のことは解らないけど、第四皇女だと、継承権争いの可能性もあるのか?
たしか、前に聞いた時には、王国には男児にしか継承権が発生しないが、帝国は女性にも継承権が与えられていたはずだ。第四皇女だと、最低でも上に3人。男児が上に何人いるのか解らないが、立場が明確になっていないのかもしれない。
それにしても、帝国の姫が王国に来ている意味が解らない。
トーアヴェルデには散発的な攻撃が来ている。他にも、楔の村にも定期的に帝国からの使者という名前の工作部隊が来ている。この状況で、王国に来る必要性があるのか?
確かに、帝国と王国は神殿が領地を増やした関係で、直接の接点は無くなっている(よな?)。
停戦には至っていない。王国は、帝国を潜在的な敵国だと思っている。帝国側も同じ認識だろう。
皇女を見ると、俯いてしまっている。
「ヤス様」
「ん?」
「ここで、神殿の主様にお会いできたのは・・・。わたくしは、神殿への亡命を希望します」
「は?」「ん・・・。え?」
「姫様!!!」「オリビア様!何を!」
俺が睨まれたけど、俺は悪くないよな?
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