【第十四章 侵入】第百四十二話

 

さて、俺たちは荷物もたいして無いからな。着替えも、全部スキル収納に入っている。

作戦の第一段階が始まるのが、早いと明日から、遅いとさらに接触まで数日は必要だろう。ゼーウ街の事を知るためには丁度よかったのかもしれないが、少しだけ暇になりそうで怖い。

シロも少し落ち着いたから、街の散策でも行ってみるか?
このまま部屋に籠もっていたら寝てしまって、それこそジェットラグと同じ状態になってしまう。よし、このままシロを連れて街の中を歩こう。昼夜逆転生活にならないようにしないと作戦行動に支障が出てしまう。

シロを見ると、ベッドに倒れ込みそうな雰囲気がある。
「シロ。ベッドに入ったら寝るぞ!」
「大丈夫です。少し横になるだけです」
「寝たら、服脱がすぞ!」
「え・・・いいですよ?」

はぁ何言っているの?この娘は?
あれだけ恥ずかしがっていたのに?
服脱がされるのは抵抗ないのか?

「だって、着替えないと寝られないですよ?」
「ダメだ!シロ。とりあえず、街に行くぞ?街の中を歩いて、どんな感じなのかを調べるからな」

シロの目に力が戻ってくる。
自分が何を言ったのかを理解した上で、何をするために来たのかを思い出したようだ。

「はい!わかりました」
「ちょっとまて、リーリアたちを呼ぼう」
「はい。あっ僕が行ってきます」
「そうか?念話でもいいのだけど?」
「少し動きたいのと・・・あと・・・その・・・」

シロがもじもじしている。トイレか?と思ったが、そこで声に出して確認するほど俺も愚かではない。わからないふりをするのが”解”ではないが間違いでは無いだろう。

「ん?」
「僕、着替えとか、ステファナが持っているから、カズトさんと同じ部屋なら、自分で着替えを持っていたい」

全く違った。
よかった、デリカシーのない事を聞かなかった俺グッジョブだ。

「そうだな。入るのか?」
「大丈夫だと思います。なので、少し行ってきます」
「わかった、リーリアをこっちに寄越してくれ」
「はい」

シロが部屋から出ていったので、備え付けられている椅子に座る。
木戸が取り付けられている窓を開けると表通りが見られるようになる。光が差し込んで、風が抜けて気持ちがいい。俺が思い描く”異世界”の雰囲気がそこにはある。
ミュルダ区やサラトガ区やアンクラム区でも感じたのだが、雑多な感じがする。

表通りを走る馬車を見ている。
こちらを見ている者が確認できる。

『ライ!』
『なに?』
『この宿を見張っている奴らが居るから、オリヴィエと協力して、素性を調べて欲しい』
『わかった!』

『オリヴィエ聞いた通りだ』
『かしこまりました。処理はどういたしましょうか?』
『どこの者かわかればいい』
『はい。マスターそれとは別に、宿屋の主人ルチを訪ねてきた者がいます』
『わかった。つけてみてくれ』
『かしこまりました』

丁度ドアがノックされる。

「ご主人様。奥様から、お呼びと伺いました」
「入ってくれ」
「はい」

リーリアが入ってくる。
手短に、これからの予定を説明する。

念話に切り替える。ルチが完全に味方だとわからないから、盗聴の危険性は低いけど万が一があると嫌だ。
『リーリア』
『はい。ご主人様』
『どうやら、俺たちの事を気にしている連中が居るみたいだ』
『はい。先程のライ兄様とオリヴィエへの話ですね』
『あぁ時間的な事があるから、デ・ゼーウ関連ではないと思うのだが、用心しておいてくれ』
『かしこまりました』

宿屋の主人ルチの仲間が監視している以外で、俺たちを監視できる集団が居るとしたら、俺たちを狙ったわけではなく”裕福な商人”を狙っているのかもしれない。
厄介事に巻き込まれる可能性もあるが、監視の目がある状態では動きにくいかも知れない。

『馬車が狙いか?』
『馬車ですか?』

またドアがノックされる。

「カズトさん。よろしいですか?」
「あぁ問題ない」

シロがステファナとレイニーを連れて戻ってきた。
「旦那様」
「どうした?」
「私とレイニーを馬車に残してください」
「どうしてだ?」
「宿屋に入るときに・・・」

どうやら表で見張っている奴らは、デ・ゼーウの関係者でも、吸血族の関係者でも、ルチ達の関係者でもないようだ。簡単に言えば、裕福な商隊を襲って誘拐したり馬車から金目の物を盗んでいく奴らのようだ。
なんで、そんな事をステファナが知っているかというと、奴隷商に居るときにメリエーラ老から教えられた行動を取っただけだと説明された。

宿に入って、主人が部屋に入ったら、1人は宿を見て回って物を動かした後や使われていないような部屋がないか調べて、もしそんな場所があったら注意する事。これは宿の内部で何かしらの誘拐や犯罪行為が行われる場合が多い。次に、周りを見て場違いな連中が居る場合には、宿の主人に聞いてみる。宿の主人が何かしらの対処を取る場合もあるが、その場合でも宿の中に限られるので、馬車などは自分たちで警護した方がいいという事だ。

途中から、ルチと話をしていたオリヴィエが戻ってきた。
ルチもステファナの話を肯定した。

「わかった。それなら、オリヴィエとライと眷属に馬車を守ってもらおう。ステファナとレイニーはシロを守ってくれ、馬車や中にある物は、また作ればいいし、また買えばいいが、シロを失うのは絶対に避けなければならない。そして、ステファナ。レイニー。お前たちもだ。もう一度いうが、馬車なんぞどうでもいい」
「はい!」「っは!」

二人はわかってくれたようだ。

「ご主人様。私も、カイ兄様とウミ姉様とエリンちゃんと一緒に宿屋に残ります」
「そうか?あ・・・そう言えば、エリンはどうしている?」
「さすがに一晩飛んでいたので疲れたと言って寝ています。ですので、起きたときに誰もいないのは寂しいと思いますので、私が傍らに居たいと思います」
「わかった。ステファナ。レイニーもそれでいいよな?」
「かしこまりました。リーリア様。よろしくお願い致します」「お願いします」

「わかりました。それから、ステファナには何度も言っていますが、私に”様”はつけないようにしなさい。あなた達は、シロ様の従者なのですよ。私達と同格なのです」
「はい。わかりました」

なんとなく従者の間にも序列が有ったようだが綺麗になくしていくようで少しうれしい。俺にもそれで接してほしいとは思うけど、いまさらそれを言ってもやってくれるとは思えない。
表面上はやってくれるかも知れないが、その結果かえって溝が深まりそうで怖い。

「うーん。それじゃ、リーリアは宿に残って状況整理を頼む。オリヴィエは”長男様”を探ってくれ同時に馬車の警護を頼む」
「かしこまりました」
「はい。馬車への襲撃があった場合にはどう致しましょうか?」
「できる限り生け捕りにして、ルチに渡してしまえ」
「かしこまりました」

シロとステファナとレイニーを見る。

「シロとステファナとレイニーは、俺と一緒に街に出よう。買い物したりしながら、情報を集めてみよう」
「はい!」
「かしこまりました」
「かしこまりました」

「ステファナには、住民の状況や噂話を中心に頼む。期待している」
「はい!!」
「レイニーには、周りの警戒を頼む。馬車を狙っている奴らがシロを狙わないとも限らないからな」
「はい!!」

「・・・」

シロが何か期待した目をして俺を見る。

「カズトさん。僕は?」
「俺の近くに居ろ」
「え?」
「俺から離れるな」
「はい」
「なんだ?不服か?」
「違います。なんで僕だけ、何も指示がないのですか?」

なんだこの娘は?
首を傾げながら聞くな。頭なでたくなるだろう!
可愛すぎるだろう?

従者とお前を同列に扱うわけ無いだろう?

「シロ様。いえ、奥様。ご主人様は、奥様だけを特別扱いしておられるのです。それに、こんな些事は私達にお任せください。奥様には奥様にしかできない事をお願いします」
「僕にしかできない事?」
「はい」

リーリアもステファナとレイニーも、後から入ってきたオリヴィエもうなずいている。

「奥様は、ご主人様を、旦那様をお守りください。奥様にしかできない事です。旦那様を絶対にお一人にしないでください。お願いいたします。私達は、奥様がいらっしゃるので、安心して自分たちの仕事ができるのです」

皆が大きくうなずく
物は言いようだな。シロが1人になる方が危ないのは皆がわかっている事だろう。でも、言い方を変えればシロが俺から離れないようにできる。

さて、直近の方針は決まった。
まずは、ブンブン飛び回るハエを追い払う。作戦の第二段階に入る前には、周辺は静かにしておきたい。行動をしやすくしておく必要がある。

どの餌に喰い付いてくるのかわからないけど、できればオリヴィエの所が一番いいかな。
俺の所だと、いろいろやりすぎてしまうかも知れない。見た目の関係で俺の所に喰い付いてきそうだな。
リーリアの所だと間違いなく”殲滅”されてしまうだろう。

階段を降りていくと、ルチが待機していた

「ルチ殿」
「ユリアン様。お出かけですか?」
「あぁ市場を見ておこうと思ってな。どこか、見るのに適した場所はあるか?なるべく穴場的な場所がいいのだけどな」

ルチが俺を見つめてから、シロとステファナとレイニーを見る。

「そうですね。ユリアン様は、食材にご興味がありますか?」
「おっいいな」
「それでしたら・・・」

ルチは街の詳細な地図を俺に渡した。
そして、いくつかの裏路地に印をつけていく、最後に大通りの終着点を指さして、”ここ”が一番危ないところと説明する。その上で、通りを挟んだ場所に印を付けて、この場所から中に入れますと説明してくる。
侵入ルートだろう。

「いいのか?」
「かまいません」
「そうか、それでこの地図は俺がもらっていいのか?」
「はい。宿にお泊り頂いたお礼でございます」
「わるいな」
「いえ」
「これは、一般的なサービスなのか?」
「違います。ユリアン様のように、これからお得意様になってほしい方にお渡し致しております。今までに1枚しか出回っていない物です」
「そうか、それは嬉しいな。大事にしよう。ルチが印を付けた場所で、お前の名前を出せば優遇してもらえるのか?」
「はい。一箇所以外は全て話が通っております。あっそうでした。これをお持ちください」

そう言って渡されたのは、俺が作って商隊に渡している割符の代わりになるスキル道具だ。
これで確信に至った。コイツらは味方だ。吸血族に何個か頼まれて作った、俺の魔力が登録されている物だ。

受け取ると安心した表情で、スキル道具の説明をしてくれる。
俺が作った物だから、説明は必要ないが、誰が聞いているかわからない場所なので、説明を素直に聞いておく事にした。
どうやら、仲間の確認に使っているようだ。確かに元々は商隊のために作ったものだが誰が味方で誰が敵なのかわからない場所では必要な処置だろう。全面的に信頼するのは間違っているかもしれないが、指標くらいにはなるのだろう。

「わかった。ありがとう。使わせてもらうよ」
「はい」

ルチに礼を伝えてから、俺たちは街に出た。

街の雰囲気はそれほど暗くない。
暗くないが人が男が少ない。

屋台が目に入ったので、ステファナに人数分を買ってきてもらう。

「旦那様」
「あぁありがとう」

ベンチのような場所に座って待っている俺たちの所にステファナが戻ってきた。

「うーん」

皆が渋い顔をする。
理由は簡単だ。美味しくないのだ。自由区の屋台でももう少しまともな物を出す。大通りのそれも公園らしき場所の近くに出している屋台でこれなのか?もしかしたら、この屋台だけが酷いのかも知れない。食事に関しての結論はもう少し後に出す事にしよう。

「それで?」
「はい。やはり、人が減っているようです。冒険者は街を出ていったり、警備隊に入ったりしたようです。警備隊は戦争に駆り出されてしまったようです。動ける男性も理由をつけられて戦争に連れて行かれたようです」
「そうか、それで街が寂しい感じがするのだな」

ステファナが何か覚悟したような顔で話を続ける。

「はい。それから、この肉の味なのですが」
「美味くないような?」
「はい。ですが、これでも十分美味しいレベルです」
「そうなのか?」
「はい。旦那様。奥様。チアル街が異常なのです」

レイニーもうなずいているから、二人の意見だから、”まずい”と感じる俺が異常なのだろう。

でも、シロは最初からおかしいとは思っていないようだったけどな?

「シ・・・カリン。最初はお前もそう思ったのか?」
「最初は、出された物を疑って、その・・・あの・・・」
「あぁいい。それはわかっている。それで、味は不思議に思わなかったのか?」
「思いました。でも、僕たちにだけ特別な物を出すのはおかしいので、これが普通なのだと思うことにしました」
「そうだったのか・・・」
「はい」
「それで、美味しかったのか?」
「もちろんです。カ・・・ユリアンさんが作ってくれた物ですし、すごく美味しかったです」

可愛い事を言ってくれる。
外じゃなかったら抱きしめている所だ。

ステファナとレイニーが少し引いている感じがするが気にしないほうがいいだろう。

「それで?」
「はい。戦争には、勝てるから安心して欲しいとデ・ゼーウから布告が出されているようです」
「そうか」

その根拠が知りたかったのだけどな。

その後、腹が許す限り屋台を巡って話を聞いてもらったが、同じような事しか聞けなかった。
ライを連れてくればよかったな。屋台で買った物を食べさせればよかったな。今度はそうしよう。

『旦那様』
『お!念話もしっかり使えるようになったな』

愚か者共が餌に喰い付いたようだ。
俺たちを襲うことにしたようだ。真後ろまで近づいてきて、話に聞き耳を立てている。有益なスキルは持っていないようだ。

まだこの場所は大通りだから襲っては来ないだろう。

『はい。練習しました』
『どっちに誘導したいのかわかるか?』
『いえ、まだ後ろから着いてきている者たちが距離を詰めているだけのようです』
『そうか、少し大きな買い物でもするか?』

次の屋台にステファナが向かった。

少しステファナが離れた所で、少し大きめの声で後ろに居る奴が確実に聞き取れる様な音量で話しかける。

「おい!ステファナ。魔核が変換できる所を聞いてくれ、レベル4とレベル5の魔核をスキルカードにしたい」
「はい。かしこまりました」

よし、よし、俺の後ろで聞き耳を立てていた奴が離れていった。
慌てて離れていったから、魔核の事を仲間に伝えに行ったのだろう。

『はい。それで、ライ様の眷属が、後ろに居た者の影に潜んでいます。私に映像を流してくれるようですが、それでよろしいですか?』
『あぁ頼む。疲れるようなら言ってくれ代わるからな』
『はい。でも、大丈夫です。リーリア様・・・リーリアからやり方を教わりまして訓練を積んでおります』
『わかった。無理はするなよ』
『はい!』

どうやら、襲撃を仕掛けてくる連中の中に屋台をやっている者も居るようだ。
すこし前に買った屋台が店じまいを始めている。一番まずかった屋台だな。顔は覚えている。味はすぐにでも忘れたい。

監視している奴が入れ替わったようだ。
俺の後ろに男が来た事を確認して、シロが話しかけてきた。

「ユリアンさん。どうしますか?」

釣り方がうまくなってきているな。

「そうだな。ステファナが両替屋の場所を聞いてきたら移動しよう」

ステファナが何も買わないで戻ってきた、チップを渡して情報だけをもらってきたようだ。
両替屋は近くにはないようで裏通りにしかない上にあまりおすすめできないと言われたらしい。魔核をスキルカードにするのは表通りで安心できる商会にて、魔核で安い物を買っておつりをスキルカードでもらうほうがいいというアドバイスをもらってきた。一個か二個程度ならそれも有りだろうけど、数が多いとそれが難しいだろう。
相場観がわからない。商店を信じないわけではないが、本当に両替するのなら、ルチに頼む。今から両替するのは賄賂用に持っている魔核だから別にここで捨てても惜しくない。

チアル街では、両替屋は表通りに存在しているし、手数料を取ってスキルカードにする事は違法ではない。両替屋は逆もおこなっているスキルカードを魔核に変換する事ができる。スキル道具が発達してきているので、レベル2や3の低位の魔核が必要になる事が多いためだ。

「ステファナ。ありがとう。魔核の数も多いから、両替屋に行こう」

お!これが正解だったようだ。
後ろに居た男が少し離れてから走り始めた。両替屋に行くどこかで待ち伏せしてくれるのだろう。

それを期待して、ゆっくりと街を散策しながら歩いて、裏通りに入っていく。

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