【第十四章 侵入】第百四十一話
ゼーウ街の大きさは、ミュルダ街よりは少し大きいくらいだが、居住区よりは小さい。ルートガーの資料によれば、人口は2万程度となってる。
門はまだ開けられていないが、既に数組の商隊が門の前で待っている。
今日が晴天でよかった。雨が降っていたりしたら、待っているのも億劫に思えただろう。
「なぁリーリア。チアル街でもこんなに行列ができたりしているのか?」
「ご主人様・・・チアル街は閉門しません。常に審査ができるようになっております」
だからと言って行列ができないわけではなさそうだ。進む行列だからイライラも少ないのかも知れない。
「そうなの?」
「はい・・・ご主人様からの指示だと伺っていますが?」
オリヴィエもうなずいている事から、俺が指示を出したのだろう。
記憶に無い。記憶に無いが、それで大きな問題になっていないのなら問題はない。っといいな。
「それで問題は無いのだよな?」
「はい。それに・・・」
「”それに”なんだよ?そこで止められると気持ちが悪い」
オリヴィエがリーリアに代わって教えてくれた。
「マスター。今更夜や深夜帯に門を閉めますと、混乱します。最悪暴動が発生します。それに、居住区や宿区からは、ダンジョンを使えば閉門していても関係なく商業区や自由区に入る事ができます。従って、門を閉めるメリットが殆ど無い状況です。デメリットの方が多いと判断されています」
「そうか・・・混乱はしていないし、現場は困っていないのだな」
「はい。大丈夫です。マスターが提示された方法の3交代制でやっております」
「あっ・・・そうか、それなら大丈夫だな」
まずい・・・全く覚えていない。
帰ったら、ミュルダ老に聞かないとな。帰るまで覚えて置けるのかがすごく心配だな。
「カズトさん。それにしても開きませんね?」
「あっうん。そうだな。シロ・・・まだ休んでいていいぞ?」
「もう・・・大丈夫です」
シロは空が怖かったのか終始俺にしがみついていた。
それはいいのだが、身体に力を入れた状態だったようで、地面に降り立った途端に身体の力が抜けたようになってしまい。身体疲れとしびれで立ていられなくなってしまった。
ステファナとレイニーが軽くマッサージをする事で、復帰してきたのだ。
「無理するなよ」
「はい!」
シロと並んで、ゼーウ街の壁を見ている。
ところどころ傷んでいるのがわかる。チアル街や各区の様に魔物の攻撃はないのだろうか?それとも、頻繁に攻撃されて直せないでいるのだろうか?
実際、ミュルダ区では魔物の襲撃が少ない、少し離れた集落では、年に何回かは魔物が出没したり、数年に一度程度は集落が魔物に襲われることがあるらしい。
他の区では、集落と同じ程度には魔物からの襲撃がある。そのために壁はそこそこ頑丈になっている。壊れた壁もすぐに修復している。昔から変わらない対応だと報告を受けている。
魔物によっては、スキル持ちが生まれる事があり、その場合は警備隊だけでは手に負えなくなって当時の街(今の区)に救援を求めることが有ったという話だ。
俺たちが街道を整備して、冒険者ギルドを一つにまとめた結果、護衛任務や街道の魔物討伐がかなり進んだと報告されている。それでも、ブルーフォレスト内には、脅威にはならないが魔物がまだ点在している。
眷属達が定期的に掃除を行っていて、襲いかかってくるような魔物はかなり数を減らしてきている。
「夫婦かい?」
「え?」
声がしたほうを見ると、老婆が1人俺とシロを見て話しかけてきていた。
「えぇそうです。父の商隊から独立して、こいつと一緒になって、ゼーウ街で商店をやろうと考えているのですよ」
「そうなのかい?」
老婆は俺では無くシロを見た。
「はい」
老婆は、”はい”と応えたシロを見てから、馬車を見て1人でなにやら納得している。
「そうかい。でも、時期が悪いかも知れないね」
「時期?」
老婆は、手招きして、俺を近くに呼び寄せて、小声で
「今、ゼーウ街はヒルマウンテン大陸と戦争するつもりなのじゃよ」
「え?そうなのですか?」
少し大げさに驚いてみる。
どの程度の情報が流れているのか知りたいと思ったからだ。
「知らなかったのかい?」
「えぇ妻と一緒になってから、従者たちと大陸を周っていて、ゼーウ街が一番いいだろうと教えられたので・・・そうですか、戦争ですか・・・でも、デ・ゼーウ様がいらっしゃるので、大丈夫なのですよね?」
老婆は少し渋い顔をしてから更に小声で
「そうじゃな。先代のデ・ゼーウ様なら問題・・・いや違うな、そもそも戦争なんて愚かな事はしなかったじゃろな。今代のデ・ゼーウは先代様のご子息なのだが・・・」
「そうなのですか?」
「あぁ長男様なら・・・おっと・・・聞かなかったことに・・・な」
「はい。もちろんです。そうですか・・・でも困りました。既に仲間が、街の中で活動の拠点を探しているのです」
「そうなのかい?」
「はい。勝てるのでしょうか?」
「どうなるのかね?デ・ゼーウは勝てると豪語しているようじゃが・・・」
勝てる根拠を聞きたいのだけどな
「そうなのですか・・・デ・ゼーウ様は何かおしゃっているのですか?」
「ん・・・あっ勝てるという根拠かい?」
「はい」
うなずいてみる。
知っていたらすごく嬉しいし、俺たちもその情報にふれる事ができるかも知れない。
「ここだけの話にしておくれよ」
「もちろんです」
ポケットに手を突っ込んで、収納からレベル5魔核を取り出す。もちろん、賄賂用に用意していたものだ。
この老婆がそうなのかはわからないが、情報屋として街に入る隊列に話をして情報をやり取りしている者が居ると聞いている。それに、有益な情報に対価が必要な事は当然の事だと思っている。
老婆の手を握って、取り出した魔核を渡す。
スキルカード程度だと思っていたのだろう・・・少し驚いて、老婆が俺の顔を見る。
「坊は、わかっているようだな」
「なんの事かわかりませんが、父からは情報に対価を惜しむなと教えられています」
「そうか、そうか、それはいい教育だな。でも、坊”これ”はやりすぎだ。もうひとつ下でも十分だ」
「ご忠告ありがとうございます。勉強代だと思う事に致します」
「坊。宿が決まっていなければ、大通りにある”猫の額”という宿を尋ねるといい。坊が欲しい情報が手に入る」
「え・・・」
後ろに控えていたリーリアを見る。
聞いていたのだろう。うなずく。
「なんじゃ?」
「いえ、僕たちが泊まろうと思っていた宿の名前だったので少しだけ驚いただけです」
「そうか・・・坊、もう一つ忠告だ。相手の素性をもう少ししっかり観察しなされ、坊の鑑定が泣いているぞ」
「え?」
老婆は、手を振りながら俺たちから遠ざかっていった。
何者かわからないが、悪い気分ではない。俺は、手玉に取られた感じがするが・・・。まぁいい有力な情報ではないが、誘導された感じで悔しさは残るが、”長男様”とやらを探ってみるのもいいかも知れない。
「オリヴィエ」
「はい。マスター」
「話は聞いていたよな?」
「はい。長男様の情報を集めればよろしいですか?」
「頼む、数日だとは思うけど、できるだけ集めてくれ」
「かしこまりました」
「ライと調整して眷属を使ってもいいからな」
「はい」
シロが、ステファナとレイニーを連れて戻ってきた。
「カズトさん」
「ん?」
ステファナが何か話があるようだ。
「旦那様。先程の老婆ですが・・・」
「どうした?」
「はい。先程の老婆ですが、ハイエルフ様だと思われます」
「え?」
ハイエルフ・・・そうか、メリエーラ老の差金か?
それとも、別ラインなのか・・・
「ステファナ。ありがとう」
「いえ、ご報告が遅れて申し訳ありません」
「それは大丈夫だ。そろそろ、門が開く準備を頼む」
「はい。旦那様」
それから、30分位してから、俺たちの番になった。
身分証と、用意されている従者を示す書類を見せると、馬車の中を軽く検査されただけで終わった。
スキル収納があるから、馬車の中を見てもあまり意味は無いのだろう。
「マスター。どういたしましょうか?」
御者の位置に居る。オリヴィエが馬車の中に居る俺に聞いてくる。
街中を見て回るのはあとにして、まずは少し落ち着きたい。
「そうだな。宿屋に行ってくれ、吸血族が居ると思うから、話を聞きたい」
「かしこまりました」
オリヴィエは、ノーリたちを操っているような雰囲気を出しながら馬車を移動させる。
実際には、ノーリたちには念話で指示が出せるので、御者は必要ない。必要ないのだが、馬車が無人で動いているように見えるのはいろいろと問題があるという事で、この形が取られている。
街中なので、外を疾走するような速度で走らせる事ができないので、ゆったりとした速度で馬車が進む。
俺たちが乗っている馬車も魔改造されている。
外からは見えないようになっているが、馬車の骨格部分はミスリルを芯にした木材で作られている。幌に使っている布は自重を知らない人間が作ったデススパイダーの糸で作られた布を内側に使っている。外側は、フォレストラビットの皮を使っている。それでも、十分高級素材だと言われた。
防御系のスキルが備わっているので攻撃に対しては万全だと思っている。結界が破られたりした場合でも、デススパイダーの糸で作られた布にダメージを与えるのは難しいだろう。
スキル収納も使われているので、床下には広大なスペースが備わっている。
そして、この馬車の一番の特徴が内部に仕切りができて、部屋を作る事ができるのだ。
これはエリンに固定する時の道具を使った物だが、俺とシロがくつろげる空間がないと、リーリアとオリヴィエが言い出して、ステファナとレイニーも協力して、街に来ているドワーフたちと協力して作り上げた物だ。
空を飛んでいる時には、御者が必要ないが、通常移動では御者が必要になる。
そのために、スペースに余裕が産まれる。そのスペースを使って部屋を作っているのだ。
横になるのは難しいが、床下収納から取り出した椅子を並べてゆったり座る事ができる。
窓を付けると外を見れるという利点がある代わりに、俺たちの事も見られてしまう可能性があるという事から、窓ではなくスキル遠見を使った映像を壁一面に投影できるようにしている。もちろん、サイズは自由自在でオンオフもできるすぐれものだ。
それを知った時のメリエーラ老とルートガーの何かを悟った表情を俺は忘れない。
「マスター。指定された宿屋に付きました。手続きをしてきてよろしいですか?」
「あぁ頼む。とりあえず10日位泊まると言っておいてくれ」
「かしこまりました」
オリヴィエが宿屋に入っていくのが、壁に投影される。
まだ音は記憶した物しか取り出せないのが残念だが、上手く使えば移動中の時間つぶしができるようになりそうだな。
「マスター。宿の主人が、旦那様と奥様にお会いしたいと言っていますがどう致しましょう?」
「わかった。シロ」
「・・・はい」
シロが少しぼぉーっとしているのが気になったが、外に連れ出した。
「猫の額亭のルチディオです。ツクモ様。シロ様。ようこそおいでくださいました。話は、ヤニック様アポリーヌ様からお聞きしております。3階の全部屋を空けてお待ちしておりました」
「ちょっと待て、ルチディオ殿。俺たちは、普通の商人だぞ?3階の全部屋・・・」
外観から予想すると、3階が最上階だろう。
部屋数はわからないが、ミュルダ区にある宿屋の2-3倍の大きさはある。そこから考えれば、ワンフロアーでも14-5部屋位はあるだろう。
「ルチとお呼びください。ツクモ様。できれば、本当のお名前をお伺いしてよろしいですか?シロ様もお願い致します」
本当の名前?
あぁそういう事だな。
「すまない。ルチ殿。俺は、ユリアン。妻は、カーテローゼ・・・いや、カリンという」
「かしこまりました。ユリアン様。カリン様」
「それで、ルチ殿。ワンフロアーは多すぎるようだが?」
「いえ、ヤニック様とアポリーヌ様から、警護の者の関係があると言われていますし、既に相応の魔核を頂いております。私どもといたしましても、ユリアン様のなさることが、我らの・・・いえなんでもございません」
そういう事か・・・もう既に何かしらの取引が行われているのだな。
現地の協力者という所か?
有能な味方はいくらいても問題にならない。
「ルチ殿。部屋に案内してくれ」
「こちらです」
本当は貸し切りにしているようだ。そうか、二階部分に、ヤニックやルチ殿たちの仲間になっている者たちが集まるという事になっているのか?
「ルチ殿。最近は、晴天が続いているのか?」
階段を上がるルチ殿に後ろから話しかける。
これでは意味がわからないのかも知れない。しかし答え次第では、本当にこの街を任せたくなってしまうかも知れない。
「いえ、暗雲が立ち込めています。今日になって一筋の光が見えたのですが、完全に払うまでは今暫く掛かるかも知れません」
「そうなのか?一筋の光が、暗雲を追い払うかも知れないぞ?」
「そうでございましょう。いっときは晴れるかも知れませんが、次の雲は雨だけではなく雷やもしかしたら暴風雨を連れてくるかも知れません」
「・・・それは困るな。この街特有の事なのか?」
「そうです。前まではそんな事はなかったのですが、この頃は暗雲が晴れません」
「商売をするには少し困るな。何か手段はないのか?」
「そうですね。前に晴天続きだった時に戻れればいいのですが・・・」
「それは無理だろう?」
「はい。皆わかっているのです・・・しかし、それを望んでしまうのです」
「そうだな。あの頃は良かったと考えるのは誰しもが同じだよな」
「・・・はい」
「嘆いているだけか?何か手は無いのか?」
「あります・・・が、我らでは手がとどかないのです」
そうか、レジスタンスとしての行動をしている所に、ヤニックたちが接触してきたという所か?
「そうか、ルチ殿。話が変わって申し訳ないが、門で待っている時に、老婆にこの宿を勧められたが、何か心当たりはあるのか?」
「いえ、なんの事かわかりません」
「そうか、その老婆に”戦争の勝機”の事は、この宿に行けばわかると言われたのだが?心当たりはないか?」
「さて、なんの事か?あっユリアン様。カリン様。ここがお二人のお部屋です。従者の方々は手前がお部屋になっております。つづきにはなっておりませんが、フロアー全体がお部屋だと思ってお使いください。夕食はどう致しましょうか?」
「リーリアをルチ殿の所に行かせる。部屋まで運ばせてくれ」
「かしこまりました」
部屋のドアを開けて、鍵を一歩前に出たオリヴィエにまとめて渡してから、ルチ殿は階段を降りていった。
よく見ると、階段にも扉があり、鍵がかけられるようになっている。本当に、フロアー全体が部屋の様になっているのだな。
部屋は、洞窟の寝室よりは少し広いくらいだ。
風呂は無いようだが、湯浴みができる場所が付いているようだ。簡単な飲み物が作れる場所やテーブルで話ができる場所もある。ただ、ベッドは一つだ。
「カズトさん。あっユリアンさんと呼んだほうがいいのでしょうか?」
「あぁ部屋の中では、カズトでいいよ」
「わかりました」
何か、シロの様子がおかしい?
「シロどうした?気分でも悪いのか?」
「えっあっ違います。違います」
「なら・・・」
「カズトさん・・だって、僕の事を、妻・・・って・・・それに、奥様・・・って、何度も何度も・・・それに、この部屋・・・ベッドが一つで・・・その・・・湯浴みの場所も・・・」
脱力してしまった。
疲れから体調崩したりしたのかと心配したのに、照れていただけだったとは・・・シロ・・・俺の考えの斜め上を行ってくれる。今までも散々言ってきた・・・ん?俺が、シロの事を・・・妻と呼んだ事はなかったか?そんな事は・・・ないと思いたい。
「シロ。慣れろ!」
「!」
「慣れろ!いいな。俺は、シロの事が好きだ。大切に思っている。妻はお前だけだ!だから、慣れろ!」
「はい!!!」
元気がいいな。
これから、照れて判断が鈍ったり行動ができなくなる方が困る。
それに・・・まだ手を握ったり、抱きついたり・・・しているだけだぞ?大丈夫なのか?あっ・・・違うけど、まぁ・・・気にしてもしょうがない。でも、少しだけ、シロとの生活が楽しみであり不安に思えてきた。
この作戦がいい感じでシロの経験になればいいな。
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