【第十三章 遠征】第百四十話
「カズトさん。カズトさん」
ん・・・あぁ寝てしまったか・・・。
「シロか・・・」
「ゴメンなさい」
「どうした?」
「・・・僕、カズトさんが暖かくて、抱きついて・・・寝ちゃって」
「眠れたか?」
「・・・はい」
「そうか、それならいい。さて、エリンたちと合流して、ゼーウ街に行くか?」
シロが謝ってきた理由・・・。
安心しきって、布団に潜り込んで俺の腕をロックした状態で寝ていた。そして、ヨダレを盛大に出してしまったようで、俺の腕がシロのヨダレで濡れていた。
どうせ着替えるのだし、気にしてもしょうがない。
風呂・・・までは時間は無いが、軽く寝汗を流してから着替えればいいだろう。
控えていたメイドがリーリアとオリヴィエを呼んできた。一緒に、ステファナとレイニーも入ってきた。
俺は1人でシャワーを浴びて出ると、オリヴィエが着替えを用意していた。
動きやすい格好になっている。下着は、ヌラたちが作った物にしているが、それ以外はミュルダ区やサラトガ区で普通に手に入る物にしている。潜入するのに、一般的ではない格好では問題があるだろうという配慮からだ。
シロも寝汗を流してから、着替えてくるように伝えてある。そちらは、ステファナとレイニーが手伝ってくれる事になっている。
寝室に隣接した風呂とは、別の風呂場で寝汗だけを流してくるようだ。
寝室の掃除を控えていたメイドに頼んで、俺は一足先にログハウスに移動する。
カイとウミとライが待っていた。エリンはワイバーンを呼び出して行政区に待機させているので、それが終わったらこちらに来るようだ。
「大主様。ルートガー殿が訪ねていらっしゃっています。どう致しましょうか?」
「そうだな。執務室に通しておいてくれ」
「かしこまりました」
執事が入り口の方に歩いていった。
ログハウスから出ていったので、門の外に居るのだろう。
「パパ!」
「おっエリン!」
用事を終えたエリンが駆け寄ってきた。
既に着替えも済ませているようだ。
「可愛い?!」
「あぁ可愛いぞ」
エリンは、町娘のような格好になっている。
竜体になって、戻ったときに着る服なのだろう。
「エリン。シロももうすぐ来ると思うから、そうしたらここで待っているように言ってくれ」
「わかった!パパは?」
「ルートと話をしてくる。すぐに戻ると思うから・・・そうだな。ご飯を食べる準備をしておいてくれ、ご飯を食べてから夜の散歩に出かけよう」
「うん!」
シロの頭をなでてから、執務室に向かう。
俺が執務室に入ってすぐに、ルートガーも執務室に入ってきた。
「・・・」
「どうした?」
「いえ、本気なのだと、今更ながらに実感していた所です」
「なんだ、ルートはまだ反対なのか?」
「ツクモ様の言葉を借りることになりますが、”消極的賛成”と言った所です」
「今日は、それで・・・最後の引き止めに来たのか?」
ご苦労な事だな。
でも、もう俺が行く事は決めている。シロをターゲットに選んだ事がこれほど俺の心を・・・感情を苛立たせてくれた。そのお礼をしなければならない。
ルートガーにも、フラビアにもリカルダにも話していない、もちろんシロにもだ・・・。俺の黒い感情。シロを害する可能性があるとわかった瞬間に、デ・ゼーウだけでじゃなく、そんな事を考えた奴ら全員これ以上無い苦しみを持って殺してやりたいと思った。
今でも、シロが傷つけられると考えると、滅ぼしたくなってしまう。
「いえ・・・もうそれは諦めました」
「ほぉ・・・ルートにしては引き際が綺麗だな。クリス辺りの入れ知恵か?」
「・・・はぁ・・・違います。違いませんが・・・ヴィマとヴィミとイェレラとイェルンに言われました」
「ん?作戦を説明したのか?」
「・・・ツクモ様。俺は、そんなに馬鹿じゃないですよ」
「そうだな。お前が信頼している者と言っても作戦を話すとは思えないな」
「ありがとうございます。彼らと話をしました」
ルートガーが何か話し始めた。独白なのかも知れないが、少し毒吐きに付き合ってやるか・・・。
「あぁ」
「ツクモ様と戦った事を含めて、俺がしようとしたことを正直に全部話しました」
「話していなかったのか?」
「いえ、話しました、話していたのですが、彼らが納得できる答えを俺が用意できていなかったのです」
「どういう事だ?」
「彼らが事情や結果は別にどうでもいいと・・・無条件に俺を信じると言ってくれたのです」
「そうか・・」
「はい。その彼らから聞かれたのが”ツクモ様を暗殺するときに、僕たちのクリスティーネ様の顔は浮かんでこなかったのですか?”でした」
「お前は・・・そうか、答えられないよな」
「はい。俺は、彼らの事を考えなかったわけじゃない・・・でも、結果彼らよりも領主の息子の立場にしがみついてしまいました」
「そうだな。クリスには?」
「ツクモ様から、クリスと結婚のご許可を頂いた夜に、頬を殴られて、泣かれて、もう二度と・・・」
「いいよ。ルート。それで?」
「・・・クリスは、俺の立場も考えも理解できるが、感情で許せない部分があると言われて・・・」
「そうか」
「俺を許す条件が、ヴィマ、ヴィミ、イェレラ、ラッヘル、ヨナタン、イェルン、ロッホス、イェドーアに事情を説明して全員から許されるまでソファーで寝るように・・・と・・・」
「あぁ・・・そりゃぁ辛いな」
「いえ、それは問題ないのですが、クリスもそれに付き合って・・・それが辛いのです」
「ノロケはいいから・・・それで?」
「やっぱり、俺、ツクモ様の事が好きになれそうに無いですよ。黙って聞く所ですよ?」
「そうか?褒められたと思っておくよ」
「褒めていませんし、そもそもなんで褒められたと・・・まぁいいですよ。それで、年少組は説明したら許してくれました。年長組からは質問に答えてくださいと言われて・・・」
「お前の出した答えは?」
「正直に話しましたよ」
「彼らの反応は?」
「”わかりました。馬鹿なのですか?”でしたよ」
「それは、俺も同意するな」
ルートガーが俺を見るが、出された珈琲を一口だけ飲む。
「実感していますからいいですけど・・・多分、ツクモ様が思っている事と違うと思いますよ?」
「ほう?」
「彼らはいいましたよ、”僕たちを使ってでも、勝ちにこだわってください。負けたら終わりです”でしたからね」
「面白いな。まぁルートと4人・・・クリスを含めた全員で10名か?余裕だな」
「でしょうね。ツクモ様・・・スキル呼子でカイ様やウミ様を呼び出せますよね?」
「あぁライを呼び出して、ライに眷属を呼び出させてもいいな」
「・・・手を抜かれていたのですね」
「それは違うぞ、俺の全力・・・に近い力だったからな」
「はぁまぁそれはいいです。これから、クリスや皆とダンジョンに潜りますから」
「そうか、吹っ切れたのだな」
「・・・はい。彼らのおかげです」
勝ちにこだわる。
これがどれほど難しい事なのか、ルートガーが骨身にしみてわかっているのだろう。
「そうだな。それで、消極的賛成のルートガーの本来の目的は?」
「・・・そうですね。その前に、消極的賛成の件を済ませましょう・・・・これを見てください。先程届けられた報告です」
ルートガーが出した資料には、ゼーウ街の情報が書かれていた。街の地図や、有力者と思われる者や、短期間で調べたとは思えない情報も多数乗っていた。
「よく調べたな」
「えぇそれに関しては、吸血族とライ様の眷属が優秀ですからね」
「そうだな」
「それに、ゼーウ街の中にも、デ・ゼーウに反対する勢力はありますからね」
「そういう事か・・・」
報告の最後に、2枚の身分証と5枚の従者を示す書類が付けられていた。
「これは?」
「ゼーウ街の中に簡単に入られるおまじないですよ」
「そうか、悪いな」
「え?」
「ん?」
「疑わないのですか?」
「俺がクリスの旦那を疑う必要があるのか?」
「・・・わかりました、それは、ツクモ様とシロ様の身分証です。大陸にある街の商人となっています。リーリア殿とオリヴィエ殿とステファナ殿とレイニー殿とエリン様は従者として登録しています」
「その街は実在するのか?」
「もちろんです。ゼーウ街に近い街です」
「そうか・・・わかった」
「それから資料にも書いてあるのですが、潜入している吸血族の者から、宿屋の手配ができている旨が報告されています。大通りに面している宿屋で珍しく人族の宿屋のようです」
「そうか」
「はい。偏見もなく、アトフィア教の関係者じゃない事や、デ・ゼーウに繋がる者でもない事も確認できています」
「料理は美味いのか?」
「え?」
「宿の食事やサービスは?」
「・・・一応、高級な部類になるようです」
「そうか、ルートのセンスを楽しみにしておくぞ」
「なんでそうなるのですか?まぁいいですけど・・・。それで、ツクモ様」
「なんだ、クリスの旦那」
「まだ続けるのですか?」
「そうだな。お前が本当の目的をさっさと言わないから悪いのだぞ?」
「はぁ?なんですかそれ・・・俺は・・・ってだめですよね」
「そうだな。それで一番の目的はなんだ?」
「・・・やっぱり、駄目ですか?」
「駄目だな」
「ふぅ・・・そうですよね”カズト・ツクモ様。御手に勝利を”」
「あぁ・・・それだけじゃないだろう?」
「ツクモ様。今回、御自ら動かれるのは、俺たちが不甲斐ないからですか?」
「違う・・・と言って信じてくれるか?」
「・・・」
「そうだろう。だから、俺は”そうだ”と答える」
「わかりました。その言葉、全部が終わってから、俺が皆に伝えます」
「いいのか?お前が恨まれることになるかも知れないぞ?」
「かまいません」
「そうか、任せる」
「はい。ツクモ様。恨まれついでに、ツクモ様とシロ様が不在になるのをごまかしたく思います。どのくらいゼーウ街に潜伏するのかわかりませんが、その間・・・俺とクリスに、偽ツクモと偽シロの操作をさせてください」
確かに、それは考えていなかった。
そして、すごく有効な手段に思える。ミュルダ老やシュナイダー老をごまかす事はできないだろう。時間稼ぎ位にしかならないのは当然だけど、やらないよりはやっておいたほうがいいだろう。
そして、街の中に潜入している連中に偽情報を掴ませる事ができるかも知れない。
「わかった、ルート!偽ツクモと偽シロの操作を任せる。夫婦で協力してやり遂げてくれ。スキル変体を使って、俺とシロによせていいからな」
「はっ!」
「スキルカードは、スーンに言ってくれ、操作のスキルカードも残っていると思う」
「わかりました」
「全部使うなよ?一枚は残しておけよ」
「はい」
執事に連絡を入れて、ルートガーとクリスに偽ツクモと偽シロを渡す事にした。
ルートガーを見送ったあとでログハウスの食堂に行くと、皆が揃っていた。
それぞれ、街の住民風な格好をしている。
皆に、ルートガーから身分証をもらった事を説明してから、食事にした。
食事中に今後の予定を確認した。
食事のあとで、準備の最終確認を行う。特に、武器や防具に関してだ。
竜体のエリンに馬車を括り付けて、馬車ごと移動を開始する。予定では、朝方には到着するはずなので、そのままゼーウ街の門が開かれるまで待機する。
中に入られたら、用意された宿に入る。
ゼーウ街での行動は、俺の従者としてリーリアとオリヴィエが付く、シロにはステファナとレイニーが付く、エリンはその時の状況で俺かシロと一緒に行動する事になる。カイは俺に、ウミはシロに付いて、ライはエリンに付くことになる。
ゼーウ街では、情報収集は既に行われている。
俺たちは、戦争を終わらせるために動く事になる。
第二作戦が実行されて、港が占拠できたら、俺たちはデ・ゼーウたちが集まっている場所を急襲する。
ゼーウ街を取り囲んで、”城下の盟”を結ばせてもいいのだろうけど、今までの情報で聞いているデ・ゼーウの人柄では難しいだろう。それよりは、領主や有力者・・・既得権益を持つ者たちを捕らえるほうが確実性がある。あとは、俺たちに友好的な者が情報を拡散させてくれればいい。
「準備はいいな?」
皆が一斉にうなずく。
ログハウスから出て、ノーリとピャーチにも声をかけておく。
「エリン頼む!」
「はぁーい」
エリンが竜体になる。
馬車を括り付ける方法は既に作ってあるので、手際よく取り付ける。
最終確認としてエリンが数回空に舞い上がったが問題はない。
リーリアとステファナが先に馬車に乗り込む。
続いて、カイとウミとライが乗る。
次に俺が乗る。
手を出して、シロに握らせてから馬車に引っ張り上げる。抱きとめる形になったがそのくらいは許してもらおう。
俺とシロが乗った事を確認して、レイニーが乗って、最後にオリヴィエが乗った。
馬車に取り付けている結界と障壁と防壁の各スキルを発動させる。
『エリン!ゼーウ街に行くぞ!』
『はぁーい!』
エリンが静かに動き出す。
徐々に高度をあげていく、そして水平飛行に移行したようだ。
「カズトさん」
「ん?」
「・・・なんでも・・・ない・・・で・・・キャ!」
少し風で流されて馬車が揺れた。
「シロ。こっちに来てくれ、俺の手を握ってくれると嬉しい。大丈夫だと思っても、怖い事は怖いからな」
「え・・・はい・・・」
エリンの奴・・・中の会話を聞いているのか?
それとも、カイかウミ・・・リーリアの可能性もあるな。
シロが俺に歩み寄ろうとした瞬間に、また馬車が揺れた。
そのまま体勢を崩したシロが俺の腕の中に飛び込んでくる。抱きしめる形になった。
『リーリアか?』
『ご主人様。私では・・』
『そう答えるということは、俺が何を言いたいのか解っているのか?』
『あっ』
『まぁ今回は、いい仕事をした、許す!』
『ありがとうございます』
シロを抱きしめて、シロが抱きついたまま、ゼーウ街近くまで飛ぶ事になった。
時々、風に揺らされるのは避けられない。その度に、抱きついているシロの腕に力が入って、耳元で軽い悲鳴が聞こえる。頭を軽く撫でながらシロの感触を楽しむ事にした。
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