【第九章 神殿の価値】第八話 サンドラの憂鬱
サンドラは、ローンロットの道のりで2回の休憩を挟んだ。
アーティファクトの魔力切れを理由にしたが、実際には、ジークとアデーからの質問攻めに精神が疲れてしまったからだ。
質問される内容の殆どが、サンドラでは答えられない内容だった。ヤスに聞いて欲しいと思ったが、ヤスを質問攻めにすると、嫌になって貴族と合わないと言われてしまう。実際にヤスは気に入った人にしか合わない傾向が強い。それでは、困る場面が出てくるかもしれない。
サンドラは、ハインツに助けを求めたが、ハインツはアーティファクトの速度に驚いて使い物にならなかった。
「ジークさん。アデーさん。もうすぐ、ローンロットです。長めの休憩を取ります。ハインツ兄様。いつまでも驚いていないでください」
「え?もう?」
「はい。ローンロットです」
「・・・。本当に、一日で着いてしまうのですね」
アデーが呟くように言っているが、実際王都からローンロットまで通常の馬車で移動したとしても、12-3日必要になる。そこから、神殿のリゾート区までの移動には、2日は必要になってくる。アーティファクトであれば、一日で到着出来てしまう。
また、第二王女であるアデーが移動する場合には、護衛だけではなく、侍女が着いてくる。移動の日数分の物資も必要になる。寄る村や町で補充出来るのだが、小さな村では補充が出来ない場合も多い。
それだけ王族の移動は面倒なのだ。護衛の人数にもよるが、歩く速度と同等になってくる場合もあり、移動にさらに時間が必要になってしまう。
「リゾート区にも、食事を出している店はありますので、食事の必要はありませんが、関所の森を散策などしてはどうでしょうか?私は、魔力の回復を行う為に休みます」
サンドラは、無理筋だったが、エアハルトを呼んで、ジークとアデーとハインツの相手を頼んだ。
3人は、関所の森に入っていった。
ヤスがエアハルトに命じて始めたことだ。
ローンロットにもアーティファクトに乗りたいと言ってくる者たちが大量に居る。その者たちを、神殿まで運んだり、アシュリまで移動させたりするのは、非効率のうえセキュリティを考えてよろしくない。ヤスは、配送の邪魔になる見学希望者をまとめてアーティファクトに乗せて、関所の森を回るように指示をだした。それだけで満足して帰っていくのだ。貴族向けに専用アーティファクトのように少人数で乗るバージョンも作った。
今回は、その少人数のバージョンで関所の森を1時間遊覧するのだ。
サンドラは、FITの運転席に戻って座席を倒して目を閉じる。
今日を含めて4日間は仕事にならないのは覚悟している。ドーリスやディアスが代わりをしてくれている。ミーシャも手伝ってくれている。ただ、貴族の対応だけは、サンドラの対応を待つと決まったので、4日分の対応が溜まってしまう。
終わってからの作業を考えると、憂鬱な気分になってしまう。
「いいや。まずは、ジークムント様とアーデルベルト様の事を考えよう」
王子と王女の名前をつぶやきながら、サンドラは目を閉じた。
どのくらい寝ていただろう?
サンドラは、アーティファクトの窓が叩かれる音で目をさます。
「お兄様?一人?」
サンドラは、窓を空けた。
「サンドラ。よかった」
「え?」
「お前が、アーティファクトの中で倒れていると聞かされて、戻ってきた」
「そうだったのですか?大丈夫です。疲れて横になっていただけです」
「そうなのか?俺も、お前ほどではないが、魔力は多いほうだ。必要なら、俺が提供するぞ?」
「・・・。あっお兄様。ありがたいのですが、このアーティファクトは、私の魔力か神殿からしか、供給できないのです」
嘘である。
だが、ヤスが決めた、アーティファクトの設定だ。教習場で教えられるのだ。嘘の設定だが、アーティファクトだからあり得ると思わせてしまっていて、設定を変えるタイミングがないままズルズルと来てしまっているのだ。
「お兄様。ジークさんとアデーさんは?」
「遊覧を楽しんでおられる」
「それはよかった。もうすぐ帰ってきますね。お兄様。お乗りください」
「わかった」
ハインツがFITに乗り込んでから5分くらい経ってから興奮を押さえられない様子の二人が帰ってきた。
サンドラは、質問に答えるのを後回しにして、リゾート区に移動を開始した。
ローンロットからリゾート区までは整備された道だ。ナビに、馬車やアーティファクトの存在を示す印が出る。
リゾート区では、マリーカが待機していた。
「マリーカ。後はお願い。ジークさんとアデーさんよ。サンプルの別荘にご案内して、お兄様も同じでいいわ」
「はい。お嬢様。ジーク様。アデー様。マリーカと言います。よろしく願いいたします。ハインツ様。お久しぶりです」
マリーカの案内で、リゾート区の入口を見て回った。
サンプルで作った別荘は、専有タイプと共有タイプがある。共有タイプには、すでに商人や下級貴族が別荘の建築を始めている。移動には、馬車を使う。アーティファクトでも、ヤスが情緒を大切にしろと言い出して、使えるアーティファクトは、自転車とバイク(原動機付き自転車)だけになった。モンキーも禁止となっている。
ただ、馬車が規格外だ。イワンとヤスの趣味の結晶なのだ。魔道具で固められた馬車は、高級な馬車に乗りなれている王子と王女が乗っても欲しいと思わせる物だった。マリーカから報告を聞いたヤスは、サンドラに”売る?”と聞いたが、サンドラは即座に却下した。今の馬車工房を潰して乗っ取るのなら賛成だが、ドワーフの工房で馬車ばかりを作る事になるだろうと言ったので、ヤスもイワンも、売らないと決めた。ただ、王家や辺境伯向けには作って献上することとした。
最初に共有タイプの別荘を見てもらってから、専有タイプの別荘に案内した。
別荘は、サンドラの意見を取り入れて、見た目は普通にした。魔道具も自重した。サンドラが必要だと思った物だけを取り付けたのだが、別荘を作っている時点で、サンドラも世間の感覚からかけ離れていたために、サンプルの別荘が高級を通り越した超高級な別荘になってしまっていた。
専有タイプのサンプル別荘は、湖の畔に建築した。
「ジーク様。アデー様。ハインツ様。こちらがお泊りになる別荘です」
3人が固まってしまった。
王家が所有する別荘だと言っても信じてしまう大きさなのだ。
「マリーカ?本当にここなのか?」
「はい。お嬢様とヤス様がサンプルで建築した別荘です」
「マリーカさん。建物はこれだけなのですか?」
「アデー様。私は呼び捨てでお願いします。ご質問ですが、このフロアは専有タイプです。今、建築済みの別荘は一箇所だけですが、実際にはフロアのどこに建てられても問題はありません」
「このフロアの広さは?」
「正確な広さは、分かりかねますが、ヤス様からは、王都と同じ位だとお聞きしております」
「え?王都と同じ広さは、専有というのは、一人で使えると?」
「はい。専有フロアには、種類がございます。これは、川湖タイプです。他には、山岳タイプと草原タイプと森林タイプと、墓場毒沼タイプがございます」
「え?川湖タイプや山岳、草原、森林はわかるけど、最後は?」
「墓場毒沼タイプです。敷地内に、墓場や毒沼が点在して、枯れた木々や草花。アンデットが徘徊する場所です。正直、私は好きではありません。毒沼には、ポイズンフロッグやポイズンスパイダーなどの毒を持つ魔物が生息しております。墓地毒沼フロアなら、一年間、銀貨1枚で借りられます」
3人が何を想像したのかわからないが、誰も借りないのはわかりきっている。わざわざ作ったのは、ネタになるのと、実は墓場を開けると宝箱が出現したりするのだ。迷宮区と同じ扱いにしているのだ。悪意以外の何者でもないが、借りた者にはかなりの利益になる。
「どうかいたしましたか?」
「マリーカ。ひとまず、今日はここで休ませてもらう。使えるのか?」
「はい。メイドも手配しております。何なりとお命じください。質問がありましたら、メイドに質問してください。禁則事項に触れる質問以外は答えます」
「禁則事項?」
「はい。ヤス様に関しての質問はすべて禁則事項です。アーティファクトの原理に関しても同じです。それ以外は、質問を聞いてからの判断になります」
「わかったありがとう。明日の予定は?」
マリーカは、サンドラから聞いている3日分の予定を一気に説明した。
3人は、いろいろありすぎて考えたいと別荘に入って休む事にした。
心が休まるまでまだしばらくかかるのだが、そのときには3人は知らなかった。
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