【第二十四章 森精】第二百四十五話
エルフ大陸に無事到着した。
襲われることもなく、入港手続きをして、大陸への上陸の許可が貰えた。ステファナの里帰りという目的と、エクトルが持っていた(正確には、返した)身分を保証するカードと、多少の”袖の下”で、宿まで紹介してもらえた。
交易船の船長たちにも助力を貰えたのが大きかった。船長たちは、それなりにエルフ大陸との交易で訪れているので、信用はされている。
宿の手配も終わった。
俺とシロが同室で、あとはモデストが配分した。ステファナは、俺とシロが泊まる部屋に付いていた従者の寝泊まりする部屋に入った。部屋を別に取っても良かったのだが、ステファナが従者兼メイドだからと言って、意見を変えなかったのだ。シロが折れる形になって部屋割が決められた。
部屋に入ったが、俺とシロ以外は、腰を落ち着かせて、休んでいられる状況にはならなかった。
モデストとステファナは、馬車の手配に向かった。エクトルは、港で姫様に連絡をしたいと言い出したので許可を出した。エリンは、大陸を見てくると言って飛び出してしまった。カイが一緒についていったので問題はないだろう。
簡単に言えば、俺とシロは暇になってしまっている。
ウミは、寝床で丸くなっている。
「カズトさん。エルフの大陸と聞いていましたが、港にはいろいろな種族が居るのですね」
「そうだな。俺も、もっと閉鎖的かと思っていたけど、港は違うみたいだな」
「はい」
港で働いている者は、人族だけではなく、獣人族が多くいる。エルフの姿は殆ど見ない。
「シロ。アトフィア教は、エルフ大陸には来ていないのか?」
「僕の記憶に間違いがなければ、一度、教会を建てるためにエルフ大陸に行ったのですが、帰ってこなかったはずです。そもそも、エルフ族は独自の宗教観を持っているので、意味が無いのです。それに、アトフィア教は・・・」
「そうか、人族中心だったな」
「はい」
「それで、コルッカ教の神殿はあるけど、アトフィア教はないのだな」
「そうだと思います」
「ふぅーん。コルッカ教は、人族や獣人族用で、エルフは別に作ってあるのだな」
「そうだと思います。ステファナが戻ってきたら聞いてみます」
「うーん。いいよ。そこまで深く考えているわけじゃないし、アトフィア教が絡んでこないだけでも、気が楽だからな」
「わかりました」
窓から外を見ながら、シロと港町を眺めている。
日本に居た頃に住んでいた場所も、港町だった。船での交易を行う場所ではなく、漁を生業にしている町だった。
「どうしました?」
「ん?あぁ港があるのに、漁をしている雰囲気がないからな」
「そうですね。でも、海には魔物が出ますし、危険だと判断しているのでは?」
「・・・。そうだよな。魔物の驚異があるのだったな」
”トントントン”
ドアがノックされる。
「だれだ?」
「私です。ステファナです」
俺は、シロの顔を見る。シロも解ったのだろう。
「カズトさん。僕が出ます。ウミ姉はカズトさんをお願いします」
シロが剣を持ってドアの前に移動する。ウミは起きて俺の前まで移動してきた。大きさを、本来のサイズに戻した。
「ステファナ。どうしました?馬車の手配は終わったのですか?」
「はい。直接、ご報告いたします」
「シロ。ドアを開けろ」
ドアを開けると、ステファナが部屋に入ってきた。
俺の前まで歩こうとするが、シロが後ろからステファナの首に剣をあてる。
「ステファナ。一歩でも動いたら、殺す」
「シロ様。何を」
「なぁ誰に頼まれた?」
「え?」
俺は、ステファナから目線を外して、問いかける。
「だから、誰に頼まれた?あっ影に入ろうとしても無駄だぞ」
俺とシロは、レベル1の発光を手に持っている。吸血族は影に潜んで逃げるのは知っている。自分の影にも潜れるのだが、発光を最大限に使うことで、影を消せるのはすでに実験済みだ。影を消してしまうと、逃げ出せなくなる。モデストたちと何度か実験を重ねた結果だ。
「ツクモ様。何を、いってらっしゃるのか?」
「わからないのか?」
「・・・」
「エクトルが教えたわけではなさそうだな。入港の時に手続きした者が情報を流したのか?」
「・・・。なぜ・・・。なぜ、わかった?完璧だったはずだ」
「ハハハ。完璧?言っていろよ。それに、教えるわけが無いだろう?」
「・・・」
「本当に、馬鹿だよな。エクトルが教えたのか?」
「違う」
「そうだよな。今の”あいつ”なら、俺に言ってくるだろう。”レベル9の完全回復が欲しい”と言えばいいだけだからな。お前、いや、外からこの部屋を見ている者も居るようだから、お前たちは、エクトルの苦労を無駄にする行為だ。エクトルから待っていると連絡が入らなかったのか?」
「知らん!それに、人に捕まった奴の言っていることが信用できるか!」
「カズトさん。どうしますか?」
「殺すのは、宿に迷惑がかかるだろう?縛って、エクトルが帰ってくるのを待つか?面倒なことをしてくれたな」
「・・・」
「カズトさん。僕が、モデストを探してきましょうか?」
「いいよ。すぐではないだろうけど、戻ってくるだろう。宿の店主に、モデストかエクトルが帰ってきたら、俺の部屋に来るようにしてもらってくれ」
「わかりました、でも・・・」
「ウミが居れば大丈夫だろう」
「そうですね。ウミ姉。願いします」
ウミが嬉しそうに、”にゃ”とだけ短く鳴いた。俺から見たら可愛い顔なのだが、ステファナに化けている奴にとっては、怖いのだろう。”ひっ”と声を発しただけで固まってしまっている。ウミが一歩前に出ると、ステファナ(偽)は1歩か2歩分だけ後ろに下がる。
それを見て、シロはドアを開けて、店主に言付けを伝えに行ったようだ。
宿に入ってから嫌な視線を感じていた。全部では無いのかもしれないけど、悪意がある視線が消えるだけでも嬉しい。清廉潔白とは言わない、俺を殺したいほど憎んでいる者も居る。そんな連中かと思ったのだが、単独犯ではなさそうだ。
「なぁそろそろ建設的な話をしたいのだけど、いいかな?お前が欲しかったのは、”レベル9の完全回復”で間違いは無いのか?お前たちの雇い主が欲しているのだろう?ステファナの姿を戻さないのか?」
「・・・」
「うーん。だんまりか・・・。話には聞いていたけど、面倒だな。隷属を使うか?」
「・・・」
シロが戻ってきた。
店主への説明をしてきてくれたようだ。店は、関わっていなかったようだ。シロの報告では、”部屋の中で発生した、いかなる事象にも関与しない”と店側は宣言したようだ。刺客に潜り込まれた事実に関して、店側に苦情を言わなければ、殺しても問題にはしないということだ。
「カズトさん!」
俺が、シロからの報告を考えていると、いきなり跳躍して襲ってきた。無駄なのに・・・。
すぐに、ウミが飛びかかってきた、ステファナ(偽)の首筋を爪で迎撃する。
当たりどころが悪ければ死んでしまう。
ウミの爪攻撃を、寸前で防いだ、ステファナ(偽)の隠し持っていた武器なのだろう。床に転がる。寸前で躱したと思っていたが、実際には武器だけを狙ったのだ。綺麗に弾かれている。俺を狙ったであろう。暗器もウミに弾かれている。
「なぁ”レベル9の完全回復”が必要なのだろう?俺を殺したら意味が無いと思うけどな?」
「うるさい!我らの大望を実現するためにも、必要なことだ!」
「うーん。意味がわからない。シロ。俺にわかるように訳せるか?」
「カズトさん。確かに、狂信者は知り合いにいましたが、僕には何をしたいのか理解できません」
「だよな?大望?必要なこと?狂信者なのか?匂いが似ているぞ?」
俺とシロが他愛もないやり取りをしている最中も、ウミは狂信者(仮)を相手に遊んでいる。
廊下を走る音が聞こえてきたので、この茶番もそろそろ終わりが近づいてきた。
モデストが来るか、エクトルが来るか、またその両方が同時に戻ってきたのか、誰が戻ってきたのかでシナリオの微調整が必要になってくる。大筋が変わらなければ、嬉しいけど、難しそうだな。多少の変更は必要になってくるだろう。指示を出した者が居るのだろうし、上が”まったく知らなかった”では済まないだろう。
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