【第八章 踊手】第六話 疑惑

 

 晴海は、夕花と別れて、城井貴子の部屋に向かった。

 ドアをノックすると部屋から返事があった。

「文月さん。お待ちしていました」

「教授。お時間を頂きありがとうございます」

 晴海が丁寧な言葉遣いをしているのは、城井の秘書が今日は一緒だからだ。

「晴海様。大丈夫です。この者は、我家の者です」

「そうか、わかった」

 城井の後ろに控えていた女性が頭を下げる。
 名乗らない所を見ると、城井家に属している分家筋なのだろう。晴海も、気にはしないで話を開始した。

「城井。それで、六条からの本のリストは出来たのか?」

「はい。管理していたリストで所在確認をいたしました」

 城井が秘書に指示を出す。
 晴海は、情報端末に送信するように命じたので、城井の端末に転送してから、晴海の端末にデータを転送した。

 晴海は送信されたデータを眺めてみた。

「多いな」

「はい。それに・・・」

「稀覯本の冊数も多そうだな。版数や発表日と本の著者名からだけど、詳しい人間に見せた方が良さそうだな。俺では判断できない」

「はい。そうですね。整理は必要です。しかし、かなりの本が電子書籍になっていますので、貸し出しが少ないのが救いでした」

「確認中となっているのが、貸し出している本だと思って良いのか?」

「はい。稀覯本だと思われる本は貸し出し対象外にしています。現状でも比較的に入手が可能な書籍だけを貸し出すようにはしています」

「そうか、わかった。本は後で確認するけど、管理は今後も城井がやってくれるよな?」

「はい。もちろんです」

「助かる。リストは持っていていいよな?」

「はい。更新データの参照も行いますか?」

「頼む。それから、稀覯本の確認も頼む。専門家に意見を貰ってくれ、本業とは違うが頼めるか?」

「はい。歴史書の保管を行っていますので、専門家には伝手があります。お任せください」

 城井が秘書に指示を出す。
 データは実身データと仮身データで作られる。晴海に送られてきたのは、仮身だ。実身のデータは、専用のクラウドに分割して保存されている。仮身は、それらをつなぎ合わせるためのデータが保持されているのだ。更新されたデータを参照するためには、新たに仮身を取得する必要がある。参照を認められた情報端末では、仮身に最新のデータが複写される仕組みになっている。
 仕組みが解らなくても、最新のデータが表示されるようになったと理解できれば十分だ。晴海は、仕組みを理解している者が近くに居て助言してくれればいいと思っている。自分で全部を知っておく必要はないのだ。

「お館様。御庭番からの通達を受けました。城井家は、現当主と次期当主が参加いたします」

「わかった。まとめられたようだな」

「はい。現当主も覚悟を決めました」

「そうか、後の話は当日だな」

「はい」

 晴海が立ち上がったので、話はこれで終わりだ。
 秘書が扉を開ける。

 晴海は部屋を出て時間を確認した。
 さすがにまだ時間が早い。図書館に行ってもいいが、夕花が気にするだろうから、もう少しゆっくり行ったほうが良いだろう。

 晴海は、大学内にあるカフェに足を向けた。
 蔵書リストを見ながらコーヒーでも飲もうと考えたのだ。

「礼登?」

「晴海様。偶然ですね。でも、ちょうどよかった」

 礼登はちょうどよかったと言っているが、ここが大学のカフェでなければ、晴海も信じただろう。
 しかし、礼登と出会った場所はカフェの入口だ。

「それで?なんで、礼登がここに居る?」

「晴海様に会うために決まっています」

「それなら学部に来いよ」

「それでは、おも・・・。いえ、夕花奥様に気を使われてしまいます」

「お前、今、”面白くない”と言おうとしたな?」

「いえ、そのような事実はございません」

「・・・。まぁいい。それで?」

「資料の追加です」

 礼登は持ってきていた封筒を晴海に渡す。

「それだけか?」

「忠義様から、直接晴海様にお伝えするように言付かっております」

「なんだ?」

「晴海様。私と忠義様は、会談が終了いたしましたら3日間の予定で四国に行ってきます」

「四国・・・?そうか、巌の生まれたのが讃岐だったな」

「はい。何もないと思いますが、奥様の話は、巌に繋がっているように思えます」

「巌の過去か・・・。夕花の事が無くても気になるな」

 不御月巌。
 婿養子で、不御月家に入ったと言われている。能見たちが集めてきた情報が正しければ、夕花の曽祖父にあたる。

 晴海が、思考の渦に入ったのを確認して、礼登は立ち上がった。

「おっ済まない。礼登。それで他にはなにかあるのか?」

「いえ、ございません。晴海様は、これからどうされるのですか?」

「流石に、ここで資料は読めないから、図書館に居る夕花と合流して屋敷に帰る」

「わかりました」

「そうだ。礼登。忠義にも伝えろ」

「はい。なんでしょうか?」

「俺にも夕花にも護衛は最小限にしろ。もう少し解りにくい護衛が居るだろう?」

「わかりました。伝えます」

「頼む」

 礼登が頭を下げてから、カフェを出ていった。
 何人か同時に出ていったので、護衛として付いていた者たちだろう。図書館に行った夕花にも数名は張り付いている。

(それにしても、不御月巌か・・・。妖怪だな)

 重病説が出ているが、家の行事には参加している情報が流れている。倒れては居ないのだろう。

(そう言えば、巌の後継者はどうなっている?)

 晴海は、情報端末を操作して巌の情報にアクセスする。
 表の記事だけで十分だと判断して、識別情報を提示しなくても閲覧できる公開されているデータベースにアクセスした。

 文月巌の情報はすぐに見つかる。東京都の重鎮だけある。表向きは、いろいろな会の会長をやっている。主な業務は・・・。

(へぇ浮世絵や東海道五十三次の版画の販売。版木の保護もしているのか、確か版木は消耗品だったよな、維持だけでも大変だろうな)

 晴海は、巌の意外な一面を見た気がする。
 後継者となる家族の項目を読み進める。

(え?後継者が居ない?)

 巌は、20歳の時に文月の次女と結婚している。長女はすでに有力議員に嫁いでいる。巌が婿養子に入ったのにも理由があった。跡継ぎに指名されていた長男は、長女が嫁に行った翌年に死去。順番で次男が跡継ぎ候補になるが、次女と巌の婚約が決まった翌月に事故死。急遽、巌が文月の家に婿養子になると決まった。この時には、予備だった後継者には三男がいた。文月の当時の当主が病で倒れた翌月に、三男が同じ病気になり当主より先に病死。それを追うように当主が病死。そうして、巌が当主となった。順番が少しでも違っていたら当主にはなっていない。三男には息子も娘も居た。三男が当主になっていれば、巌ではなく三男の息子が後を継いでいた。巌の名前が出てくるのは、次女との婚約が決まった時からで、それ以前は何をやっていたのか解らないのだ。

 そして、巌は結婚と同時に、妻が妊娠した。翌年には長男が生まれた。5年後と6年後に、次男と長女が生まれた。長女の誕生から22年後に次女が生まれた。次女の母親は、正妻ではなかった。愛人の子だと言われている。長男と次男はすでに死去している。事故死という扱いになっている。長女は次女が生まれた翌年に事故死している。次女は、結婚しないまま、男児と女児を産んでいる。男児は、巌の後継者として育てられたようだが、40で結婚して跡継ぎを残さないまま事故死している。残された女児が誘拐された女児となるのだが、生死が不明となっている。文月の公式行事に出席していないのだ。

(夕花の母親が誘拐された当時は、跡継ぎが居たのか?やはり、それでも不自然だ)

 もう一度、巌の半生を読んでみるが、文月に入ってからは不自然ではない。不自然なのは、結婚するまでは巌に都合が良すぎる。結婚してからは不幸すぎる。

(違うな。結婚してからは、当主の座を脅かす存在が次々と居なくなっている)

 晴海は、文月巌がなにかしているのではないかと考え始めている。

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