【第九章 ユーラット】第十三話 挨拶
各陣営の思惑が入り混じった混沌とした作戦の実行が明日に迫っていた。
踊らされている陣営が上手く誘導されているのか最終確認に向かった者が先ほど、神殿に帰ってきた。
「首尾は?」
「渡してきました。姫様。本当に、よろしいのですか?」
最後のピースを、ヒルダに渡す役目はルカリダに委ねられた。
オリビアが持っていて、盗ませる方法も考えたのだが、どう考えても不自然な上に、ヒルダが、最後のピースに気が付かないと、作戦が破綻してしまう。作戦の鍵になりえる物を先に渡してしまおうと考えたのだ。
作戦の鍵を託されたのは、ルカリダだった。作戦に先だって、ルカリダは、アーティファクトを使わずに、数回に渡ってユーラットを行き来した。その間に、アイシャを通してヒルダと接触を行っている。
当初、ヒルダはルカリダのことを警戒していた。しかし、ルカリダの『”姫様を正常に戻すため”の準備をしている』を信じた。自分に都合がいい事柄は、信じるまでの時間が極端に短い。ヒルダは、ルカリダがスパイだとアイシャに話をして、自分の手柄のように伝えている。
ヒルダの暴走を使った”茶番劇”の幕が上がろうとしている。
その結果、誰が幸せになるのか解らない。しかし、ヒルダにしても、ヒルダから情報を受け取る者も、疑うことも、信じることも、そして、行動を起こすことも、起こさないことも、自由だ。
どれを選んでも、自由だ。しかし、自由には責任が伴うのを認識してほしい。
選択肢を絞られているが、出だしで間違わなければ、疑わなければ、”正義”を信じなければ違う道が・・・。
—
「姫様」
第一幕が上がろうとしている。
客席で舞台を見る事はできない。自分が、舞台で踊らなければ・・・。
アデレードは、気合を入れなおす意味で、鏡に映っている自分の表情を見直す。
神殿に来てから、”姫”であることを意識しなくなった。自然と振舞えるようになった。帝国に居る時には、”姫”と呼ばれるのに違和感が付きまとっていた。しかし、神殿では”姫”と呼ばれるのも、違う呼び方をされるのも、同じに聞こえる。皆が、アデレードをアデレードとして見てくれるからだ。
「どうしたの?」
「そろそろ、お時間です」
「わかりました。でも・・・」
「危険ですので、お辞めいただいても・・・。アフネス様も、アデレード殿下も、サンドラ様も、ヤス様も、姫様のお気持ちが大事だと・・・」
「メルリダ。ありがとう。違うの・・・」
「違う?」
「そう・・・。神殿に来てから、アーティファクトでの移動に慣れてしまって、カートというアーティファクトの楽しさを知って・・・。馬車での移動が苦痛に思えてしまって・・・。神殿で改造された馬車なので、揺れが無くて快適なのは解っているのに・・・」
「あっ・・・」「・・・」
二人とも、オリビアが何を残念に思っているのか身をもって体験して理解している。
オリビアが、ユーラットに謝罪に行くという理由付けの為に、アーティファクトは使わない。帝国式で作られた馬車に乗って、ユーラットに行くことになっている。その為に、わざわざイワンたちが、楔の村から拿捕した馬車を神殿に移動して改造を施した。少しでも乗り心地をよくする為だ。それでもアーティファクトに慣れてしまった者たちには不評だ。揺れるし、速度が遅い。アーティファクトに比べたら取り回しが圧倒的に悪い。
それでも、自分が言い出した作戦だ。
オリビアは、準備をして家を出る。
「本当に、この屋敷は素晴らしいですね」
「そうですね。もう少しだけ広ければ、もっと良いのですが・・・」
神殿の家なので、鍵は必要ない。
登録した者とヤスにしか家に入る権限が与えられていない。安全面が配慮されている。
「十分でしょ?私は、メルリダとリカルダが側に居てくれる・・・。この屋敷が気に入っていますよ。それに・・・」
「それに?」
「自分でいろいろできることが、こんなに楽しいとは知らなかった。リーゼさんに感謝ですね」
3人は、中央の神殿に移動した。
既に、馬車の準備は終わっている。
「オリビア姉ちゃん?」
「大丈夫よ。少しだけ緊張をしているだけ・・・。メルリダ。行きましょう」
カイルが心配そうな顔をしている。
作戦の概要を伝えている。そして、カイルとイチカだけではなく、子供たちが見送りに来ているのには理由があった。
学校の先生を、オリビアが担当している。
ヤスからのお願いで、オリビアが帝国式の授業を再現している。最初に、話を聞いたときに、オリビアだけではなく、アデレードもサンドラも意味が解らなかった。
ヤスとしては、王国の教育だけでは偏ってしまう可能性があるのを懸念していた。
オリビアから話を聞いて、歴史観以外は大きな違いがない事や、臣民に関する考え方と貴族家の考え方が微妙に違うことなどを皆に説明した。オリビアから帝国で教わる内容を皆に教えることを求めた。
子供たちから見たら、オリビアは帝国の姫ではなく、神殿の学校で、自分たちに帝国の事を教えてくれる先生に変わった。
オリビアが、”先生”と呼ばれるのを固辞した関係で、一部の子供たちは”姉ちゃん”と呼ぶことになった。
「ヤス様。リーゼ様」
オリビアが、二人が近づいてきたのに気が付いて、馬車から降りて挨拶をする。
「無理はしないように・・・」
「ふふふ。解っています。それに・・・」
「そうだな」
「はい」
「オリビア!」
リーゼがオリビアに駆け寄って抱き着いた。
「リーゼ様?」
「無事に帰ってきて、失敗してもいいから、怪我をしないようにね。帰ってきたら、僕とアデーとサンドラとオリビアで、神殿の攻略に行くからね。僕が決めた事だから・・・。だから・・・」
「そうですね。カートもまだリーゼ様に勝てません。勝つまでやめません」
「うん。僕も簡単には負けないよ。だから・・・」
「はい。必ず、帰ってきます」
オリビアが泣きそうになっているリーゼの背中を撫でながら力強く宣言をする。
リーゼもやっと納得したのか、身体を離して少しだけ恥ずかしそうにして、ヤスの隣に戻る。隣に戻ってから、ヤスがリーゼを見ていたのに気が付いて余計に恥ずかしくなったのか、ヤスの後ろに下がって、ヤスの服の裾を掴むような仕草を見せる。
いつもの事なので、誰も突っ込まない。
「ヤス様。ありがとうございます」
「お礼を言われるようなことはしていない。それよりも・・・」
「はい。覚悟は出来ています。あっ必ず戻ってきます。私の覚悟は、もっと違う事です」
オリビアは、ヤスの問いかけに”覚悟”という言葉を使った。オリビアが、”覚悟”と言った瞬間にリーゼが顔を出したので、オリビアは慌てて言い直した。
「ははは。解っている。安全面にも考慮している。安心してくれ」
「はい。ありがとうございます」
ヤスにマルスから念話が入った。ヤスが、皆から一瞬だけ目を離した。
リカルダが、ヤスの前に来て、頭を下げる。
「ヤス様。私に何かありましたら、姫様を」「ダメだ」
「え?」
「メルリダも、ルカリダも、神殿の住民だ。住民を守るのが、主の役目だと言われた。だから、オリビアも二人も神殿の力を使って守る。皆、いいよな?」
ヤスの呼びかけに、アデレードもサンドラも頷いている。
知らないのは、オリビアとメルリダとルカリダと子供たちだ。
「ヤス。それじゃぁ!」
「あぁマルスも大丈夫だと認めた」
「よかった!」
リーゼがヤスに抱き着いて、オリビアに”よかったね”と話しかけるが、オリビアにも、メルリダにも、ルカリダにも意味が解らない。
当然だ。神殿の秘儀に近い情報だ。表に出していない情報の一つで、知っている者も少ない。
子供たちには教えていない。
「オリビア。メルリダ。ルカリダ」
ヤスは、三人を神殿の地下室に招き入れる。
もちろん、リーゼとアデレードとサンドラも一緒に地下に入っていき、子供たちには、解散が言い渡された。
カイルとイチカだけは、ドーリスがギルドに連れて行くことになっていた。
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