【第九章 ユーラット】第二十三話 侵攻(2)

 

ヤスとリーゼが、作戦室に到着した時には、オリビアがメルリダとルカリダを連れて待っていた。

「中で待っていれば良かったのに?」

ドアの前で待っていた3人は、ヤスとリーゼが来たのを見て、一歩下がって道を譲った。

「いえ、誰かが来られるまで、私たちだけで中に居るのは・・・」

気にする必要は無いのだが、オリビアは元帝国の姫だ。
神殿に居る状態では、マルスが監視をしているので、大丈夫なのだが、状況を知らない者も居る。その場合に、オリビアの行動で、ヤスに批判の矛先が向いてしまうかもしれない。オリビアだけではなく、アデレードやサンドラも懸念している事柄だ。しかし、ヤスはリーゼと二人で笑い飛ばした。
”批判したいやつは批判すればいい。その批判が間違っていた時には、自分自身が批判に晒されると考えてみるといい”と言って、心配をしている三人の言葉を封じた。
実際に、ヤスに批判的な意見を言ってくる者も居た。ヤスは、話を聞いて、抽象に近いと判断したら、無視を決め込んだ。ヤスの対応に問題があった場合には、しっかりと意見を聞いて対応を行っている。

「まぁそうだな。でも、気にしていないぞ?」

ヤスの言葉に、リーゼも頷いている。

「はい。解っていますが、今回の紛争が片付くまでは・・・」

オリビアも、神殿に居る人たちと触れ合って、帝国との違いに驚いている。
元々が違いすぎるのだが、近い存在だったはずの、アデレードやサンドラまで、自分を疑っていないことに違和感を覚えた。リーゼが間に入った事で、違和感が霧散したのだが、その時の事は、自分でも信じられないと考えている。
疑う事で”生を繋いできた”自分が、疑うよりも信じてみようと考えた。そして、リーゼが受け入れた瞬間に皆の態度も変わった。
自分の考えが変わった事で、相手から向けられる視線や態度が変わった。

「わかった。ルカリダ。悪いが、アデーとサンドラを呼んできてくれ」

オリビアは、自分で決めた”けじめ”だ。
今回の紛争戦争は、いずれ発生していた。ヤスとしては、コントール下で紛争が起こせる状況なので、通常の紛争よりもよかったと考えている。犠牲となる者をゼロにできるとは、考えていない。しかし、犠牲を減らせるように考えている。

「わかりました」

ルカリダは、オリビアに頭を下げてから、アデレードとサンドラが居ると思われる、ギルドに向った。
居なければ、ギルドで居場所を探せばいいだけだ。

そもそも、今日から作戦室に詰めることは決められている。
時間が来れば、皆が集まってくる。

ヤスも解っていることだが、オリビアたちに仕事を与える意味でお願いをしている。

「俺たちは中で待っているとしよう、長丁場になると思う。周りの部屋は空いている。仮眠室にしよう」

長丁場になると言うのは、紛争が長引くと思っているのではない。
帝国兵が逃げ帰ったあとの逆侵攻を計画しているからだ。

逆侵攻は、オリビアから提案があり、アデレードは反対したが、サンドラが賛成した。

今回の作戦室には、特別ゲストが居る。
アデレードとサンドラが遅れている理由は、特別ゲストへの対応を行っている為だ。

「わかりました。メルリダ。準備をお願いしていい?」

オリビアは、部屋が会議室になっていると知っている。
仮眠室にするためには資材の持ち込みが必要な状況だ。布団とは言わないけど、横になれる状態にしなければならない。幸いなことに、近くに銭湯があるために、汗や汚れを流す場所はある。着替えも取りに行けばいい。その位の時間は都合がつけられる。

「わかりました。オリビア様。ヤス様。資材はありますか?」

メルリダは、ヤスに資材の場所を聞く、一人で資材を持つのは難しいと解っている。ヤスにお願いすれば、人は確保できると考えている。

「悪い。俺にはわからない。マルス!」

『資材がある部屋に案内します』

「お願いします」

マルスの案内で、メルリダは資材置き場に移動する。
人は、マルスが手配することになった。

部屋に入ると、神殿の領域と近隣の情報がモニターに表示されている。
マルスが解っている情報を表示している。

「ねぇヤス。別に、ここに泊まる必要はないよね?」

リーゼの鋭い意見ももっともな意見だ。
誰かが詰めていて、情報を見ながら状況が変われば、皆を呼びつければいい。
その為のマルスが居る。

神殿に住んでいる者なら誰でも解ることだ。

「あぁ・・・。特別ゲストが居るからな。俺たちだけなら、仮眠室を作らなくても、家に帰って寝ればいいだけだ」

「そうだよね?特別ゲスト?」

「ジークとクラウスだ」

「従者は?」

「拒否した。従者が必要と思うなら、”来るな”と伝えた。もちろん、護衛も拒否した」

「え?ヤス様。ジークとは、ジークムント殿下ですか?クラウスは、クラウス・フォン・デリウス=レッチュ伯爵様ですか?」

「そうだ。従者や護衛は西区に居てもらうことになっているが、面倒だから帰って欲しかったのだけど・・・。そうだ。オリビアに相談というか、決定事項に近いけど、話しておきたい」

「はい。なんでしょうか?」

「逆侵攻を行う時に、神殿の勢力では難しい」

「はい。解っています。傭兵団か、帝国に残っている私たちの仲間を使うと・・・」

「そこだけど、楔の村ウェッジヴァイクに兵を集めることはできるか?食料や武器や防具は、神殿が用意する」

「可能です。と、いうよりも、私に関係している者たちは、旨味が無いと思われる楔の村ウェッジヴァイクを襲撃するように言われています」

「連絡はできるよな?」

「はい。ヤス様からお預かりしている”携帯電話”で連絡がつけられます」

「連絡をしてくれ、楔の村ウェッジヴァイクには二重の城壁がある。最初の城壁は、簡単に突破できる。攻撃の合図を送れば、兵は引く。残っている物資は好きにしてくれ、神殿基準で三級品の武器や防具が大量にあると思う。帝国に持ち帰ってもいいし、売ってもいい。派閥の維持に必要な資金にしてくれ」

「・・・。神殿基準の三級ですか?それは、帝国では一級品ですよ?よろしいのですか?」

「大丈夫だ。それに、武器よりも防具が多いはずだ。遠距離攻撃ができる武器は皆無だ」

「わかりました。それなら安心です」

楔の村ウェッジヴァイクに引き籠って欲しい」

「伝えます」

「敗走が始まれば、助けを求めて来ると思うが、どうする?」

「無視します。助ける義理はないでしょう?」

「そうか、怖いな。後ろからは王国兵が来て、助けに向った、楔の村ウェッジヴァイクには大型のバリスタやカタパルトから狙われるのか・・・」

「それは、全滅までありそうですね」

「そうだな。王国兵は逆侵攻を担当する。楔の村ウェッジヴァイクに籠った帝国兵は、オリビアの名で侵攻して欲しい」

「あっ!それで・・・。わかりました。分配は?」

「好きにしてくれ、神殿は楔の村ウェッジヴァイクまでの確保と、ローンロットがある森の領有の宣言が出来れば十分だ。これは、王国にも同じ条件を突き付ける。了承してくれる方に味方すると伝えるつもりだ」

オリビアは、作戦室に用意された自分の席で、携帯電話を取り出して、楔の村ウェッジヴァイクを囲む予定になっている者に連絡をする。ヤスに言われた内容を、自分なりの解釈を入れて伝える。

オリビアが新たな情報を伝え終わって、携帯電話を仕舞ったタイミングで、メルリダが戻ってきた。

「ヤス様。アデレード様は、30分くらいは時間が必要なご様子でした」

「サンドラは?」

「ギルドで手続きをしてから来られるようです」

「わかった。ありがとう」

マルスが調べている情報を表示するモニターには、帝国兵が二つに分かれる様子が表示されている。

神殿の勢力が、帝国の索敵範囲に入るまで3日。既に、神殿の勢力には、帝国兵の位置が伝えられている。迎え撃つ準備も終わっている状況だ。
接敵場所の予測だけではなく、進軍速度から休息場所の予測まで終わっている。そして、物資の補給具合から進軍の限界点も把握できている。

神殿が負ける要素があるとしたら、帝国兵が一騎当千の者たちだけで作られた軍であり、想定している武器を上回る最新兵器を持って、補給が必要な物資を100倍以上用意している場合だ。
ここから覆すのは、天才がダース単位で居ても難しい。帝国が、身分制度を即座に辞めて、天才に権限を与えない限りは、現状を覆すのは難しい。

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