【第十六章 眷属】第百六十八話

 

俺の前に座っているご老人にはいろいろとヒントを貰っていた。
俺が気がつくのを楽しんでいたようだ。アトフィア教のシンボルをわざと目に見える所につけているが、壊しているようにも見える。それに気がつけば、アトフィア教の人間だとは思わなかっただろう。
それだけではなく、ジャケットの袖口の見えるか?見えないか?程度の場所に、コレッカ教のシンボルをかたどった入れ墨がされている。
司祭か枢機卿か判断に迷う所だが、壊したアトフィア教のシンボルが枢機卿がつける物だと気がつけば、同程度の権力を持っていると考えるのが妥当だろう。そうすると、コレッカ教の枢機卿という答えにたどり着く。

俺が答えを導き出したのは観察と推理だ。多分、ご老人が言っているように、鑑定を使えば早かったかもしれない。しかし、鑑定は鑑定だ。知識に裏付けされなくては、今のように身分を隠そうと思ったら出来てしまう。

やはり、長き時を生きた人物には教わる事が多い。

しかし、訂正すべき所は訂正しておかないとダメだろう。訂正できるかどうかではなく、俺が訂正の意思を示す事が大事なのだろう。

「ご老人。俺は、使徒なんて立派な者ではありませんよ」
「そうですか?」

「はい」
「わかりました。そういう事にしておきます。さて、本題に入りましょう」

やはり、訂正は出来ないようだ。

「え?本題?」
「そうじゃよ。若造!なんだあのワインは?手抜きも甚だしい。他の酒もだ!」

え?そっち?
この爺何を言っている?

「ちょっとまってくれ、ご老人。貴殿は、コレッカ教の枢機卿で間違いないのですよね?」
「そう言っておる」
「それがなんで俺に何か用事なのですか?」
「用事?有るに決まっている。あの酒は手抜きじゃ。ワシに作らせろ。監督させろ!そして、飲ませろ!」

この爺。
”飲ませろ!”が本音だな。

でも、酒に関しては、確かに手抜きだった事は認める。蒸留酒も作ってそのままだ。

担当をお願いしたら、担当してくれると手を挙げる者は沢山いるが任せても大丈夫だと考えられる者が居なかった。
リヒャルトなんかに頼んだら、仕事をしないで酒造りに没頭しかねない勢いだ。この爺をトップにして未亡人を下に付けて酒造りを行えばいいのかもしれない。別に、嗜好品だから失敗しても問題は無い。よな?
執事エントメイドドリュアスに頼んでいる酒造りを全面的にお願いしてもいいだろう。失敗しても俺は別に困らない。

「わかった。ご老人。酒造りを任せたい」
「任された」
「早!条件を聞かなくていいのか?」
「捕らえた者に、食事と酒を提供するようなお人好しならワシが困るような条件を出してこないだろう」

それでも後2つ聞いて置かなければならない事がある。

「ご老人。名前をお聞きしていいか?」
「ワシか?ヘルマン・コルッカ・クトゥムだが、ヘルマンと呼び捨てにしていいぞ」
「ヘルマン老とお呼びしてよろしいか?」
「かまわぬ。使徒様」
「ヘルマン老。使徒は辞めてください。俺はそんなたいそうな者ではありません」
「わかった。ツクモ殿」
「それでお願いします。あと一つだけ教えてください。コレッカ教の枢機卿はよろしいのですか?」
「問題ないぞ?それに、ワシの影武者はコレッカ教の総本山の中にいるからな」
「なっ!」

今日一番の驚きで、顔に出てしまった。

「ツクモ殿。おぬしはもう少し腹芸ができるようになったほうがいい。スキルカードもかなりの研究をしているようだが、まだまだワシらの方が”一日の長”があるのだろう」
「まいりました。ヘルマン老。これからお願いいたします」
「うむぅ。あと、おぬしが知っている蒸留酒という奴を教えろ!いいか、必ずだぞ!」
「はい。必ず」

この爺・・・。本当に、そっちが目的だったようだ。

疲れる爺さんとの面談を終えた頃に、シロたちが帰ってきた。
無事買い物を済ませてきたようだ。

「カズトさん。ただいま帰りました」
「おかえり。シロ」

今日もシロとステファナとレイニーとエーファはリーリアと一緒に買い物に出かけていた。
先日注文した者が出来たので、取りに行ってきたようだ。他にも、先日に買い忘れた物を買い足してきたようだ。

それだけではなく、カトリナの店で女子会をしてきたようだ。
クリスやメイドドリュアスが数体参加して楽しくおしゃべりをしながら情報交換をしてきたようだ。

シロが楽しそうに話してくれたのを総合すると、クリスのノロケがほとんどだったようだ。ルートガーをからかう新しいネタが出来て、俺も嬉しい。と思わなければやってられない。クリスとルートガーの夜の事情なんて聞きたくはなかった。リーリアが嬉しそうに話して、シロが耳まで真っ赤にしてモジモジしていたのが唯一の救いだったのかもしれない。

シロを残して、エーファが眷属達の部屋に戻ってステファナとレイニーとリーリアがログハウスに戻った。

呼び鈴(最近付けた。オリヴィエがログハウスにいるので、来客を俺に伝える方法として採用したスキル道具だ)が鳴った。
念話で呼びかければいいと言ったのだが、俺が何かしているときに念話で話しかけるのはためらわれるという事で開発した物だ。呼び鈴なら、魔力を切っておけば鳴らない。呼びかけた方も、鳴らない事がわかるので、出られない状況を知る事ができるという感じだ。

呼び鈴にこちらから魔力を流す。
返事をした事になる。

『マイマスター。お客様です』
『こんな時間にか?誰だ?』
『フラビア殿とリカルダ殿です』
『わかった。シロとログハウスに向かう執務室で任せておいてくれ』
『かしこまりました』

シロに、フラビアとリカルダが来ている事を告げる。着替えをしてから、ログハウスの執務室に急ぐ。2人を待たせると話がややっこしくなるのが目に見えている。

「フラビア。リカルダ。久しぶりだな」
「ツクモ様。シロ様。いえ、奥様」

フラビアが相変わらずで安心した。

「どうした?こんな時間に?」

フラビアは、シロに内緒の話があると、声が聞こえない程度の場所に移動した。

「ツクモ様。バトル・ホースとワイバーンらの繁殖状況はご存知ですか?」
「あぁ順調に進んでいると思っているのだけど、何か問題なのか?」
「そうですね。順調です。正確にいうと、順調すぎています」
「ん?」

リカルダの説明では、バトル・ホースやホース系の魔物の繁殖がダンジョン内で大成功してしまって、出荷しないと大変な状況になってしまっているということだ。ワイバーンもかなりの数が繁殖されている。
出荷しないとギュアンとフリーゼがパンクするという事だ。

それなら出荷すればいいと思うのだが、値段が高く設定されていて、それほど多くの頭数を買い取れたり、レンタルできる商隊が居ないのだ。

それから、最初に設定してしまった値段が高すぎて、安くする事も出来ない上に、街の中を移動する乗合馬車も飽和状態になってしまっている。あまり走らせても、赤字にはならないだろうが、乗合馬車以外の馬車が走られなくなってしまう。
区から区に移動する馬車も増発したのだが増発は限界に来ているという。

「リカルダ。具体的には、どのくらいだ?」
「はい。ホース系は、2,000頭くらいです。ワイバーンは、もう少し少なくて900頭程度です」
「な?」
「もう一度いいますか?正式な数が必要なら、フラビアが覚えているはずです」
「いや、いい」

予想以上だな。
2,000頭と900頭・・・約3,000頭にもなるのか?

ん?
そうか、街の防衛に使えばいいか?
それに、もう一つ施設を増やすか?賭け事競馬はあまり好きでは無いが、好きな奴らは好きだからな。
だれがいいかな・・・。カトリナにはフードコートを丸投げしている状態だけど、いいか?

そうか、スキルカードを得るよりも有効利用を考えよう。
ヨーンの所に貸し出すのがいいけど、直接貸し出すよりも間に誰か入った方がいいな。

こう考えると、人材不足だよな。
手を広げすぎたか?でも、カウンターを行ってきた結果だし、無闇に放り出していいレベルの物ではないからな。

「オリヴィエ」
「はっ」
「ルートガーを呼び出してくれ」
「かしこまりました」

フラビアとリカルダから詳しい状況を聞いていると、ドアがノックされた。

「ツクモ様。お呼びと伺いました」
「ルート。悪いな、入ってきてくれ」

俺の前に座っているフラビアとリカルダを見て、シロが別の場所に座っているのを確認して、俺の横に座った。

「それで?」
「ルート。フラビアとリカルダの話を聞いてくれ。リカルダ。悪いけど、さっきの話をもう一度してくれ」

リカルダが、俺にした説明をもう一度し始めた。
全部の説明を聞き終えた、ルートガーは目を瞑って何かを考えている。

「ツクモ様。俺の所にも同じ報告が来ていますが、手のうちようがありません。繁殖をやめるという手段は有るとは思いますが違うのですよね?」
「あぁそうだな。ルートに来てもらったのは、ヨーンとの連携も必要になるとは思うが、まずはお前の意見を聞きたい」
「ヨーン殿?あぁそういう事ですか」

さすがは、ルートガー。
理解が早くて助かる。

「どうだ?」
「いいと思います」
「運営は、ヨーンに任せるよりも、クリスとお前に任せたいけど大丈夫か?」
「俺達ですか?」
「そうだ」
「なぜ・・・は、愚問ですね」
「あぁ人手が足りない。神殿区を卒業する者が出始めているけど、実務を任せられるくらいにはなっていない。獣人族では管理は無理だろう」
「わかりました。確かに、俺達が適任ですね」
「だろう?」
「そのかわり、ペネムダンジョンは任せていいですよね?」
「俺にか?」
「はい。ツクモ様です」
「わかった。ペネムは俺の方・・・。このまま引き取ろう」
「ありがとうございます」
「クリスへはお前が・・・。違うな。ペネムはクリスからの要望か?」
「そうですね。後で、サブ・コアも持ってきます」
「わかった。ログハウスに預けておいてくれればいい」
「わかりました」

ルートガーはそれだけ言ってフラビアとリカルダに一礼してから執務室を出ていった。

「ツクモ様。申し訳ない。話がよくわからなかったのだが?」

フラビアが聞いてきた。
確かに、あれじゃわからないだろうな

詳しい事は、ルートガーが書類にまとめてくれるだろうから、簡単に説明しておく事にする。

ヨーン達が防衛隊にバトル・ホースやワイバーンを預ける。
だけど、管理はルートガーとクリスが主体になる。

全員に行き渡らないので、ヨーンから適任者を出してもらって、ルートガーとクリスが管理するバトル・ホースとワイバーンを貸し出して乗る様にする。
無料で貸し出すので、ヨーンの管理にしてしまうと獣人族優遇とか騒ぐ輩が出てくる可能性が高い。結果的に、獣人族の優遇になってしまうかもしれないのだが、ヨーンが直接貸し出すのではなくて、ルートガー達が貸し出すようにしておけば、借りたい奴がルートガーと交渉して借り受ければいい。
ルートガーが間にはいる事で、少しは優遇処置の感じが薄まればいいと思っている。

半分くらい納得してくれたのだが、実務は全部ルートガーとクリスに押し付けるので、ギュアンとフリーゼたちは何も変わらない事だけわかってくれればいい。後は、ルートガーから連絡が行くので対応してくれれば問題ないとだけ伝えた。
フラビアとリカルダは、シロと少しだけ話をして、宿区に帰っていった。

明日は、昼前にスーンとミュルダ老との打ち合わせが入った。
来週の会議の資料に関してと、当日の予定に関しての確認だ。

洞窟に帰るのも面倒になったので、シロに確認して今日はログハウスで寝る事にした。

「シロ」
「はい」
「狭かったら洞窟に戻ってもいいぞ?洞窟のベッドの半分くらいのサイズだからな」
「いえ、大丈夫です。それに、ここの方が(カズトさんに近づけます)」
「ん?なんだ?」
「いえ、なんでもありません」
「まぁいい。食事の支度もステファナがしてくれたようだから、食堂で食事をしてから、風呂に入って寝るか?」
「はい!」
「明日も頼むな」
「もちろんです」

久しぶりのログハウスの食堂に移動した。
今日は、ステファナが作ったと言っていたのだが大丈夫なのだろうか?
リーリアも居て俺達に食事を提供してきたのでステファナが作った食事は問題がないということなのだろう。

少し焦げていたりしたが、十分美味しいレベルの食事だった。

食事をしている最中に、レイニーが風呂を沸かしてくれているようだ。

食事が終わって、少しゆったりしていたら風呂の準備が出来たと言われて、シロと2人で風呂に入ってから、ベッドに入った。
明日も忙しいだろうから、寝られるときにしっかりと休んでおく。

ベッドでいきなりシロに抱きつかれたのにはびっくりしたが、確かに洞窟のベッドよりも狭いからしょうがないのか?
もともと、俺が休むためだけどのベッドだったからな。2人で寝る事を想定していない。

シロの柔らかさと温かさと女の匂いを感じながら俺も目を閉じた。

F1&雑談
小説
開発
静岡

小説やプログラムの宣伝
積読本や購入予定の書籍の情報を投稿しています
小説/開発/F1&雑談アカウントは、フォロバを返す可能性が高いアカウントです