【第十五章 調査】第百五十一話

 

「ツクモ殿。本当なのでしょうか?」

いきなりの質問だな。

「ヨーゼフ。何か不満なのか?」
「いえ、不満という事は無いのですが・・・」
「なんだよ。煮え切らないな。なんか有るなら言えよ」

疑っているという雰囲気ではない。戸惑っているという雰囲気の方が適切なのだろう。

「本当に、ゼーウ街の・・・。違いますね。もっと具体的に聞きます。ヤーティが率いる兵が負けたのですか?」
「ん?ヨーゼフ。俺、そのヤーティなる人物を知らない」
「失礼。獅子族の者で、歴戦の勇者です」

歴戦の勇者と言われてもな・・・。

「歴戦の勇者って言われてもな、戦っている者全員・・・、とは言わないけど、殆どの者が何かを背負って戦っているのだろう。俺には、そんな者たちこそが勇者だと思えるのだけどな」
「ツクモ殿」

シロが念話で誰かと話しているようだ。
ヤーティなる人物かどうかを聞いているようだ。

「カズトさん。その人物ヤーティかわかりませんが、アトフィア教の迎撃を任されていた者が、獅子族です。目の上に大きなキズがあり、幅広の大きな剣を使っていると報告がありました」
「どうだ?ヨーゼフ」

シロが説明してくれたのが、ヤーティなら、俺たちと戦っていない。
情報戦で勝っている俺たちの喉元まで迫った唯一の人物だと思う。

「そうだ。それが、ヤーティだ」
「そうか、それなら、俺たちとは直接戦っていないぞ。アトフィア教の迎撃を命令されたが、俺たちの侵攻をどこかで感じ取ったのだろう、停戦協定を結んで港に向かったが、港がすでに俺たちの手にあると解ると、ゼーウ街に向かって来ているぞ」
「・・・」

ファビアンが何か考えてから口を開く
「ツクモ様。ヤーティは、どのくらいで到着するのでしょうか?」

俺は、シロを見る。
そのまま、シロが状況を確認しているので、シロに説明させる事にした。
「ファビアン殿。その者がヤーティなる人物かわかりませんが、こちらに向かっている部隊は、早ければ1時間程度。遅くとも朝方には到着すると思われます。休憩したり、途中で速度を緩めたらもっと遅くなるとは思います。こんな情報でよろしいのですか?」

ファビアンは、シロに礼を言ってから俺の方を向いた。
「ほぼ間違いないと思います。それで、ヤーティの対応は俺に任せてもらえないでしょうか?」

確かに、これ以上アクターが増えてもいい事はない。
混乱するだけだ。それに、ファビアンの表情から、知り合いか、それに近い感じを受け取れる。

「ダメだな。お前を信頼できない」
「・・・。ツクモ様」
「そうだな。門の所に、俺の執事の1人が居る。執事を連れて行くのなら許可しよう。オリヴィエとライがすでに迎撃に向かっている。執事を連れていけば、攻撃される事は無いだろう」
「執事?」
「お前なら鑑定すれば解ると思うが、グラント・フォレスト・エントだったと思う」
「パパ違うよ。グラント・シェル・ドゥロル・フォレスト・エントだよ」
「だそうだ?合流出来るだろう?エリン。彼に伝えておいてくれ」
「わかった!」

ファビアンがあんぐりとした表情になっている。

「・・・。ふぅわかりました。この辺りでは存在しないエントが人化しているのですね」
「理解が早くて助かる」

「パパ。ファビアン。わかったと返事もらったよ」
「わかった。そういう事で、ファビアン。それなら許可する」

「なぁツクモ様。もし、俺が行くと言わなかったらどうなった?」
「ん?ライとオリヴィエには抵抗するなら殺してもかまわないと伝えている。最悪でも、無力化は出来ると思う。ライとオリヴィエなら犠牲は考える必要は無いだろうからな」

ファビアンも、ヨーゼフも微妙な表情をしている。

「ヨーゼフ。問題ないよな?」
「あぁ彼には死んで欲しくない。本人は死にたいのかも知れないけどな」
「どういう事だよ?」

ファビアンとヨーゼフの話から、ヤーティなる人物は、先々代と先代のデ・ゼーウに仕えていて、ヨーゼフの助命を条件に今代のデ・ゼーウに仕えている人物だという話だ。

ひとまず、ファビアンはヤーティの足止め説得を行う事になった。迎撃が始まっていたら、無理だとは思うが、説得が出来るのならその方がいいだろう。

俺とシロとカイとエリンとヨーゼフで、デ・ゼーウの屋敷に向かう事になる。
ヨーゼフは、アポリーヌと一緒に先日潜入した地下通路を使って、屋敷内に入って待機してもらう事になる。

ヨーゼフには作戦内容も伝えた。
情報は、シロの所に集まってくるようにしている。シロがメッセンジャーの役目を担っている。

「カズトさん。デ・ゼーウの屋敷に呼び出された者たちが全員集まったようです」

シロが全員と言っているのは、港が占拠された事がわかった後で、デ・ゼーウが街中に伝令を走らせた。伝令が行った先にはそれぞれ監視する眷属が配置されて、動きを報告させていた。
全部で17ヵ所。総勢25名にもなっているようだ。馬車で来たものも多いので、門で馬車を預かるのも大変だろうな。
余計な事を心配しながら、状況を観察している。

「カズトさん。準備ができたようです」

シロが準備していたのは、スキル道具の遠見と記憶を組み合わせた物だ。
プロジェクターまではできていないし、リアルタイム性は若干(数秒)遅れる事があるが、記憶が出来る事で重宝している。魔核を大量に必要としている所は今後の課題だが、今日の所は問題ない。タイミングを見極める事と、ゼーウ街の人たちに対する情報公開の意味しか持っていない。

「ありがとう。始めてくれ」

26名のむさ苦しい男どもが映し出される。
『デ・ゼーウ!本当なのか?負けたのか?』
『うるさい。俺に解るか?お前たちは何か知らないのか?』

建設的な事を話し合っているようだ。
これからの話ではなく、現状の確認さえもできていない状況だ。サラトガ街程度に負けるはずがないとか現状を理解できていないものまで居る。
若いのが、デ・ゼーウなのだろう。ひときわ豪華な物を身にまとっているが、全体的にまとまりがなく、身体のだらしなさと相まって余計にぶざまに見える。

その後も暫く自分たちの生命の保証や財産の保護、既得権益の確保などが話し合われている。
住民の安全や迎撃に関しては、一切話し合われていない。その上で、自分たちが所有している奴隷を盾にして逃げ出すアイディアまでが出てきている。
そして、俺たちが住民や女や奴隷を略奪している間に自分たちが逃げ出す事も考えていた。

自分たちが行う事は、相手も行うと考えているようだ。
もし、本当にそんな事をした連中がいたら、即決裁判で死刑を言い渡す事になるだろう。民間人への略奪暴行は禁止している。無抵抗な住民に手を出した時点で死刑が確定する。誰が助命を願い出てもそれは変わらない。

醜い者たちの会議に飽きてきた頃に、オリヴィエからヤーティの無力化に成功したと連絡が入った。
戦闘開始直前に、ファビアンがたどり着いて、両者の間に立って、状況を説明する場が設置された。ヤーティは、ファビアンの言葉を信じて、ヨーゼフが開放されているのなら、今代のデ・ゼーウに従う必要はないという事で、武装を解除してくれた。
今、ライとオリヴィエとファビアンとヤーティで、ヨーゼフの所に向かっていると連絡が入った。

ヨーゼフからも泣きが入った。
どうやら、偽ヨーゼフたちが”男”を欲しがってしまっているようだ。そういう世界が有るのも理解しているようで、怖いと言っている。正直、そこまで面倒が見きれないので、地下牢の前で待っていてもいいと伝えた。

今代のデ・ゼーウたちが、地下牢に捕らえられている者たちを人質や壁にして交渉してくるのかと思ったのだが、そこまで知恵が回らないようだ。逃げ出す事しか考えていない。

「カズトさん。次の準備ができました」
「わかった。開始してくれ」

次の作戦は、デ・ゼーウの屋敷にある外部に繋がる場所を正面玄関を除いて全て封鎖する。
蜘蛛スパイダー種とアント種が扉や窓を塞いでいく、ただそれだけのことだが、効果は絶大だと思っている。次に、無関係だと思われる使用人たちを安全な場所に隔離する。多少の怪我は我慢してもらうとして、ビーナ種と蜘蛛スパイダー種が協力して使用人を捕らえて、安全な地下牢に放り込み始める。使用人たちも、ヨーゼフの姿を見て、話を聞いて安心する者も多いようだ。愚か者どもについてきた護衛もことごとく捕らえる。
それで反発したら、今代のデ・ゼーウの関係者なのかもしれないので、判断はヨーゼフに任せる事にする。今後使用人として使う可能性が有るものだ。俺が処分するよりも、ヨーゼフに任せた方がいいだろう。

「カズトさん。第二段階終了しました」
「そうか、それそろ行くか?エリンも飽きてきているだろうからな」

デ・ゼーウの屋敷の正面入口に移動する。
守衛がいるので、少し距離をとって入り口が見える場所に陣取る。

「第三段階。開始!ヨーゼフたちにも連絡してくれ。地下牢の安全確保を優先させろ」
「はい!」

中では、使用人たちが居なくなった事や周りが静かになっている事に少しだけ違和感を覚え始めた、愚か者どもが慌てだす。自分の護衛を呼び出すが返答がない。

俺が指示を出して、シロが作戦実行を宣言した瞬間に、デ・ゼーウの屋敷から、大きな破裂音が響く。
使用人が使っている部屋や食堂や今代のデ・ゼーウが使っている寝室などから、大きな音が屋敷中に響き渡る。

デ・ゼーウを始め皆がパニックに陥る。
我先に逃げ出すが、窓から逃げ出す事ができない。皆が、正面玄関に移動するなか、デ・ゼーウは1人隠し通路に向かうが、隠し通路ももちろん塞いでいる。

正面玄関は開けられているが、守衛を無力化した。
俺とシロとカイとエリンが、正面玄関前でテーブルに椅子を並べて待っている。

声だけでかそうな馬鹿が吠える。
「貴様!誰の許可を得てここに居る!お前は誰だ!」

頭がおかしいよね。
俺が誰かなんてどうでもいいのに、この異様な雰囲気を感じて欲しいのだけど、そう突っ込まれると思ったのに、やった俺が恥ずかしいだろう?

「はぁ?お前こそ誰だよ?」
「儂か?儂は」「あぁ別にいいよ。あんたの名前なんて興味がない。それよりも、デ・ゼーウを連れてきてよ。カズト・ツクモが会いに来たと言ってくれればいい。俺の眷属の夫や俺たちの街にちょっかいをかけてくれたらしいからな。お礼に来たと伝えてくれや」

まだ何か文句を言っているが、結界と障壁を発動して、音を遮断する。
1人が家の中に戻っていく、デ・ゼーウを探しに行くのか、別の逃げ道を探すのか、結界の周りには、わかりやすいように、ビーナ種が飛んでいる。俺たちを避けて逃げ出そうとする奴らを威嚇したり、攻撃したりしている。蜘蛛スパイダー種も戻ってきて、ビーナたちが攻撃した者たちを拘束し始めている。

10分くらい立ってから、だらしない体型の奴が現れた。
やはり、こいつがデ・ゼーウで間違いないようだ。

「貴様が、俺様に逆らう愚か者か?」
「はぁ?」
「貴様!!!」

短慮の上に馬鹿?馬鹿だから短慮?まぁどっちでもいいか?
デ・ゼーウは障壁に阻まれて近づけない。

結界は解除している。スキル攻撃は通ってしまうだろう。無詠唱で唱えられるような奴はいないと思うけど、念話でエリンに警戒するように頼んでおく

「オークなのか?」
「カズトさん。それでは、オークに失礼です」
「そうだな」
「パパ。このヒトモドキ殺していいの?」
「エリン。少し待って、この言葉をしゃべるブタは俺に何か用事が有るようだからな」

煽りに煽るが意味がわかってもらえていないようだ。

「貴様が、ツクモとかいうやつだな。俺様は!デ・ゼーウこの街の支配者だ。俺に従え」
「はぁ?」
「俺の街だから、俺に従うのは当然だ。スキルカードも、女も、全部俺の物だ。そうだ、その女を俺に差し出せ、そうしたら、全て許してやる!」

はぁここまで馬鹿だと話をする気が失せる。

「おい。いつまでそうしている。ヨーゼフ!」

オリヴィエから、ヨーゼフとヤーティを連れて屋敷に上がる許可を求めてきた。中に誰か残っているのかを確認しつつ正面玄関に来てもらった。

「ツクモ殿。オークに失礼って、ツクモ殿、奥方やエリン殿にどういう教育をしている」
「間違っていないだろう?」
「そうだな。間違っていないのが問題だな。そうだろう、ジーモン。いや、今代のデ・ゼーウ様よぉ!?」

「兄様?」
「そうだ、お前の愛しい兄様だ。お前が僕と嫁と義母かあさんに、痺れ薬を盛って、地下牢に閉じ込めていた、ヨーゼフだ!」

デ・ゼーウは、ジーモンというのか?肉好きなのか?
まぁそんな事はどうでもいい。絶妙なタイミングで登場してくれたな。

ライは、ヨーゼフとヤーティを護衛するために残るようだ。
オリヴィエが俺の所まで来て、シロがやっていた給仕を変わってくれるようだ。シロは、ポットをオリヴィエに渡して、俺の横に座る。

「ヤッヤッヤーティ。ヨーゼフ兄様の偽物だぞ捕らえろ。それから、このツクモとかいう餓鬼を殺せ!」

オリヴィエが入れ直したお茶を飲む。
シロには悪いが、やはりオリヴィエが淹れたお茶の方が美味しい。
エリンももう終わったと思っているのか、オリヴィエにパンケーキをねだっている。流石に、シロは俺の横に座って、剣を抜ける体制で周りを警戒している。シロの手を握って、もう大丈夫だと伝えると少しだけ肩の力を抜いた。

「ジーモン様。もう終わりにしましょう。先代の殺害と、ヨーゼフ様の監禁。全てお聞きしました」
「し、知らん。俺様がやった事じゃない。そうだ、俺様じゃない」
「ジーモン様。お見苦しいです」
「うるさい。うるさい。俺様が一番えらい。俺様に従っていればいい。俺様に命令するな!」

「ジーモン。お前はやりすぎた。僕や嫁を監禁しただけなら大丈夫だっただろうが、ツクモ殿に手を出したのが間違いだった。それさえなければ、こんな惨めな姿を晒す必要はなかっただろう」

「うるさい。俺様に指図するな。お前が、兄様が居なければ、俺様がデ・ゼーウになる。デ・ゼーウになれば好き勝手出来る。そう言われた!」

「誰に!?」

兄弟喧嘩は早く終わらせて欲しいな。
「マスター。お茶のおかわりはどう致しましょう?」
「頼む。そうだ、クッキーが有っただろう?出しておいてくれ」
「プレーンと珈琲味とチョコレート味がありますがどうしましょう?」
「俺は、プレーンにクリームだな。シロは、チョコレートでいいか?」
「はい!」「パパ。エリンも!」「エリン。お前、パンケーキ食べただろう?」「ヤダ、ヤダ!」
「カズトさん。僕のチョコレートを、エリンちゃんと分けますね」「やった!ありがとう。ママ!」

俺も最近になって気がついたのだが、エリンがシロの事をママと呼ぶ様になっている。
入れ知恵したのは、リーリアかナーシャかカトリア辺りを疑っている。次点で、フラビアとリカルダだろう。大穴は、竜族の長辺りだろう。竜族の長から直近で言われた事を、本気で考え始めている可能性がある。それは、今は関係ないが、いずれ問題として出てくるかも知れない。

俺たちが家族の会話を交わしている最中も、ヨーゼフとジーモンとヤーティの話し合い罵り合いが続けられている。どうやら、デ・ゼーウに従っていた連中の3割くらいは、ヨーゼフが生きている事を知らされていなかった様だ。そして、残りの半分くらいは、先代のデ・ゼーウを弑逆した事も知らなかったようだ。

「ヨーゼフ。終わったか?」
「ツクモ殿。その言いたくは無いけど、真面目にやってもらえませんか?」
「真面目にやっているよ?くだらない兄弟喧嘩よりは、俺たちは真面目にお茶会をしているからな」
「ツクモ殿。兄弟喧嘩って確かにそうですけど、こうもっと緊張感を持ってですね」
「え?いいの?俺たちが参戦して、ライも来ているから、眷属の数増やしていいのか?」

ライの眷属達が、こぞって俺の周りで音を出してる。
恐怖で顔を顰める者も居る。

「やめてください。わかりました。この茶番を終わりにします」
「そうしてくれ」

「ツクモ様。一つお願いがあります」

ヤーティが俺に話しかけてきた。
「ヤーティだったな。なんだ?」
「デ・ゼーウの始末は儂が付ける。だから、儂の命一つで、部下たちには寛大な処罰を頼みたい」
「ダメだ」
「ツクモ様!」
「ヨーゼフ。ヤーティがこんな事を言っているが、これから、お前がやろうとしている事に、ヤーティは必要ないのか?」
「必要です」
「そうだろう。ヤーティ。死ぬことは許さない。デ・ゼーウを捕らえて、俺たちに危害を加えた者たちを処分しろ。そうしたら、ゼーウ街に新たなデ・ゼーウが誕生して、俺たちに謝罪をした時点で生き残っている者たちは助けよう。上から命令されたという事で、お前の部下たちや遠征に加わった者でも明確な犯罪行為がない者は許そう」
「ありがとうございます」
「そうだ、ヤーティ。ヨーゼフから聞いているだろう?デ・ゼーウや反乱分子は地下牢に入れて、後日処分を言い渡す」

獅子族のヤーティが歯を見せてニヤリとする。
ヨーゼフがややれやれという雰囲気を出している。断罪する者が俺からヤーティとヨーゼフに移った事で、取り巻き連中が騒ぎ出す。自分は、デ・ゼーウに騙されていたとか、こうなる事を望んでいましたとか、ヨーゼフのデ・ゼーウ就任を支持しますとか、言いたい放題である。

1人、取り残されたデ・ゼーウは俺からヨーゼフにターゲットを変えて、掴みかかろうとする。
ライが邪魔する

「スライムに何が出来る!」
「あっ馬鹿!やめろ!」

ヨーゼフの忠告は遅かった。
ジーモンが、ライを蹴り上げようとする。そんな事ができないのは、俺たちは知っている。
蹴りがライに当たって、ライが空中に打ち上げられる。その瞬間、ライが大きくなり、ジーモンの身体に覆いかぶさる。ライも、俺が殺さないと宣言している事は聞いているので、ジーモンが着ている服だけを溶かす。ついでに髪の毛も溶かす。全身の毛を溶かしてからジーモンから離れる。

『あるじ。美味しくなかった』
「デ・ゼーウ。ライが言うには美味しくなかったって、ハハハ。ライ。そうだろう。口直しにクッキーがあるから、食べるか?」
『うん!』
「ヤーティ。やらないのか?」

ハッとした表情をして、ヤーティが剣の柄でジーモンを殴る。
そして、剣を取り巻き連中に向ける。

「ツクモ様。拘束のお手伝いしていただいていいですか?」
「ヤダよ。汚い物を触りたくないからな。地下牢に、使用人がいただろう?ヨーゼフに従うと宣言した奴らにやらせろよ」

ここで、俺が出ていってもいい事は一つもない。
ゼーウ街の事だがら、ゼーウ街に関係している者で処理したほうがいい。

ヤーティも俺の言いたいことがわかったのか、一言だけ残して行動にうつる。

「そうですね。わかりました」

取り巻き連中も個々の事情があるだろうが、全員地下牢に入ってもらう事にした。
偽物たちが待っている場所で楽しいパーティー酒池肉林をしてもらうことにしよう。安物の酒も用意しているから、楽しんでもらえるだろう。正確には、食べ物はなくて、酒しか用意していない。
さてさてどうなるのか?

「おまたせしました」

ヨーゼフが俺たちのお茶会のテーブルに近づいてきた。

「終わったのか?」
「はい」

ファビアンやヨーゼフの嫁や先代デ・ゼーウ夫人も屋敷に来ている。
問題ないと思われる使用人を使って、屋敷の片付けを行うようだ。

朝の光が差し込むテラスで、着飾ったヨーゼフが嫁と並んで居る。
コルッカ教の神殿から急遽呼んだ司祭により、儀式が行われる。

儀式には興味があったが、俺が参加出来るような性質の物ではないので辞退した。ヨーゼフやファビアンは参加して欲しがっていたが、意味がない上に余計な詮索をされる可能性もある。

翌日、儀式が終わって、正式な布告と暫定的な処置が終わったヨーゼフが、俺たちが逗留している宿に、新しいデ・ゼーウとして正式な面会を求めてきた。幸いな事に、ルチやグレゴールたちからの裏切り者はいなかったようだ。朝方のデ・ゼーウ就任式まで事体を把握できていなかったようだ。

「ツクモ殿。この度は、本当に世話になった」
「いいや、商売だったからな」
「忘れてはいない」
「そうか、それならいい」

笑いあったが、ヨーゼフにとってはかなり厳しい状況なのは変わりない。
俺が許したとしても、商隊が来るようになるのは先の話だろうし、食料問題だけでなく、デ・ゼーウの命令で戦闘に参加した者には犠牲死者も出ている。その者たちへの保証も必要だろう。
その上で、自分が実行したい改革もある。ジーモンたちから没収したスキルカードは俺たちがもらう事になっている。利息なしでヨーゼフに貸し与える事になったのだが、それだけでゼーウ街が回復するとは思えない。
それに、2つの港を奪われたままだ。

「ツクモ殿。それで、港ですが、リモージュはツクモ殿のチアル街が確保するという事でよろしいのですか?」
「あぁ俺たちがもらう」
「わかりました。あと、スラム街もですよね」
「そうだ。今度、俺の代わりを行う者を送り込む。よろしく頼む」
「わかりました。プリヴァの港は?」

アトフィア教が占拠している港だが、勝手にしてくれと思うが、港が無いと交易が不便だろう。それに、強硬派は潰しておきたい。

「そうだな。3ヶ月後に、ヤーティが攻め込めばいいだろう?」
「・・・。3ヶ月後でよいのですか?」
「そうだな。そのくらいあれば、ヤーティが迎撃隊を再編成出来るだろう?物資は、貸してやる」
「ありがとうございます」

「でも、いいのか?俺からの借りが多くなるぞ?」
「構いませんよ。レベル7数枚程度の借りなら慌てますが、もう慌ててもどうにもならない借りがありますからね。今更少し増えても同じですよ。それに、これだけ借りがあれば、ツクモ殿が無闇に俺たちを潰そうとしないでしょう?」
「借りを盾に、デ・ゼーウの地位を要求するかも知れないぞ?」
「それこそ、まさかですよ。それに、デ・ゼーウの地位を望んできたら、嫁以外の全てを喜んで差し出しますよ」
「そうか、そんな物いらないな。そうだな。ヨーゼフには頑張って、俺に返してもらおう」

ヨーゼフとはいい関係が作れそうだ。
プリヴァの港は、すでに奪還作戦を発動している。海路は封鎖した。同じく陸路も封鎖した。
その上で、リモージュから物資を届けさせている。俺とヨーゼフの連名でだ。すでに、民衆の不満は爆発寸前だという事だ。ヤーティが迎撃隊を率いて接近すれば、民衆が暴動を起こして、ヤーティを招き入れるだろう。
アトフィア教の強硬派は味方になるはずだった民衆によって殺される。
これが強硬派の確定した未来だ。アトフィア教に味方した奴らも居るだろう。その者たちも同時に処分されるだろう。これによって、アトフィア教はゼーウ街を敵性街と認識するかもしれない。

そして・・・。
俺は、久しぶりに我が家洞窟に戻ってきて、風呂に入っている。
シロと一緒にだ。今回の遠征で一番の成果は、シロと一緒に風呂に入られるようになった事だ。まだ直視されるのは恥ずかしいようで隠したがるが、一緒の湯船につかる事はできている。

シロとの入浴タイムが終わって本当の意味で汚れが落とされた。
全部を明日に回して、今日はゆっくりしようと思っていた。

『大主様。お休みのところ申し訳ありません。今よろしいですか?』

スーンから少しだけ緊張した声で念話が入った。

『どうした?緊急事態か?』
『はい。魔の森でスタンピードが発生しました。魔物の侵攻が確認されました。その数、7万から10万程度、今後増えると予測されています』
『は?』

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