【第十四章 侵入】第百五十話
翌日には、パレスケープ区でも戦端が開かれた。
影通信(仮)での連絡が入ったのは、朝食を食べている最中だった。アポリーヌには、悪いけど状況が落ち着くまで、俺の近くに居てもらう事にした。デ・ゼーウの屋敷の地下牢は、ヤニックだけで支えてもらおう。
残ってもらったのは、パレスケープ区で俺たちの陣営に始めての犠牲者が出たためだ。幸い命は助かったが、かなりの怪我をしてしまった。第一報では、死亡者が出ていてもおかしくない戦闘の状況だ。
新兵が居る事を考慮していなかったからだ、俺のミスだ。
パレスケープ区では、ギリギリまで戦端を開くのを遅らせる作戦をとっていた。これは、パレスキャッスル区がゼーウ街の船団を突き破って、ゼーウ街の港を抑える。そのためには、パレスケープ区は、港の近くまでおびき寄せる必要がある。相手に気が付かないフリまで使って懐に招き入れてから、攻撃を開始する。
しかし、緊張と戦争の高揚感から、何名かの新人が暴走した。ゼーウ街の船団が潮流に乗り切る前に攻撃を開始してしまったのだ。
奇襲作戦が成功したかに思えたが、状況はそこから一気に悪化した。
ゼーウ街の船団は、数の優位を頼りに物量作戦に移行した。そして、新兵たちが使っていた岩場近くまで来てしまったのだ。そこで、やっと本来の作戦を実行するために隠れていた守備隊の再編成が終了して、攻勢に出る事ができた。
新兵に多くの敵兵がたどり着いてしまい、地上戦に突入してしまった。
数の上では不利。それを補う事が出来るのは、スキルカードを十全に配っていることと、無尽蔵とは言わないがかなりの数を使う事が許されている状況に有るからだ。
しかし、乱戦状態になってしまった岩場ではフレンドリーファイアを恐れてスキルが上手く使えない。ここでも新兵の経験不足が問題になってしまった。
幸いだったのが、再編成する時間が確保できた事と、相手がコチラ以上に無能者の集まりだったからだ。
功を焦ったゼーウ街の船団が、新兵にむらがったのだ。そのため、ゼーウ街同士でぶつかり合ったりした。
守備隊は、攻めるほうが混乱していた場所を目標にスキル攻撃を的確に浴びせていく、攻撃が集中してゼーウ街の船団が2つに分断される。新兵たちに襲いかかっている前線と、少し遅れて戦闘に参加しようと駆けつけた集団の2つに分断する事ができた。
現状、新兵と駆けつける事に成功した者で地上戦を行って、分断されてまだ地上に上陸できていない集団は後方からのパレスケープ守備兵からの攻撃を嫌って反転攻勢に出始めている。
この状態で、戦線が膠着した。
「カズトさん」
「シロ。朝から悪かったな」
「大丈夫ですが、パレスケープ区は大丈夫なのですか?」
「あぁ一部作戦と違ってしまったが、問題はなさそうだ」
「怪我をされた人は?」
「再編成後に、後方に送られて、そのままサラトガ区に送られる事になる」
シロが沈痛な表情を浮かべる。
しかし、現状をしっかり認識させる必要もあるだろう。
「聞いた状況では、今後冒険者や戦闘が伴うような事はできないかも知れないけど、日常生活には問題はなさそうだ」
シロが何を心配しているのかはわかる。
「安心出来る状況ではないが、上陸した部隊の足止めには成功している。それに、新兵たちが居た岩場は、パレスケープとは違う場所だから、いきなり街中が襲われるような事はない」
わかっている事を、紙の上に書いたパレスケープ周辺地図の上で駒を動かしながら説明した。
「パレスケープ区は大丈夫なのですね」
「あぁ戦線が膠着したから、相手がよほどの無能者でないかぎりこのまま状況が推移すると思うぞ」
パレスケープ区には、アトフィア教の穏健派が後方支援で向かっている。
アトフィア教だけではなく、神殿区から出た子供や、奴隷から開放された子どもたちが多く向かっている。シロは、子どもたちの事が心配になっているのだろう。
安心出来る状況ではないが、少しでも安心できる状況を伝えた。
他の場所でも、戦闘は行われている。
ロングケープ区は、じゃれ合いというべき状況だ。
こちらが攻め込めば、相手がその分船団を下げる。逆も同じだ。相対距離が変わらない状況で両者が膠着状態を維持している状況だ。
パレスキャッスル区は、相手船団が1日でほぼ壊滅した。
魚雷の様に、スキル爆弾を潮流に流し続けて、相手の船を破壊した。完全破壊しなくても、航行が不可能な状態にしてしまえばいい。殲滅が目的ではなく、航行不能な状態になって、パレスキャッスル区の戦力がゼーウ街の港を攻めるのを邪魔しない状況になればいいだけだ。
パレスキャッスル区の作戦は予定通りに推移していて、残兵の処理をパレスキャッスル区に残る者で行う事にして、予定していた船団でゼーウ街の港を目指す事になった。
「主様」
「状況は把握できた」
「どう致しましょうか?」
「そうだな。このまま推移してくれれば、3日後には港を占拠出来るだろう」
「はい」
心配なのは、パレスケープ区で上陸されてしまった場所だな。
直接パレスケープ区とは関係ない場所だと言っても、突破されてしまえば、パレスケープ区までは数時間の距離だ。竜族に協力を求める事も考えたが、頻繁に出ていては対応策を考えられてしまう可能性だってある。
最大戦力の投入は慎重に考えなければならない。
「マスター。少しご休憩されてはどうでしょうか?」
「そうだな。俺が出ていく事が出来る場面でも無いし、前線で戦っている者たちの事を少しは考えないとダメだろうな」
「はい」
ドアがノックされて、リーリアが入ってきた
「どうした?」
「ご主人様。アトフィア教とゼーウ街の迎撃隊が停戦しました」
思わず立ち上がってしまった。
最悪のタイミングだ。
「それで、リーリア。迎撃隊はどこに向かっている?」
「まだ正確には掴んではおりません。申し訳ありません」
「いや。俺が悪かった。動きがあり次第報告してくれ。それから、アポリーヌにも同様の情報を流すようにしてくれ、もしパレスキャッスル区の船団が向かった港に向かっているなら、情報をしっかりと共有する様にしてくれ」
「「はい。かしこまりました」」
2人が同時に答える。
実際問題として、港から港への移動に4日程度かかると思われる。高速移動可能な馬種だけで編成した部隊だとしても3日程度は必要になるだろう。
日数を短縮されると、港の占拠が間に合わなくなってしまう。結構ギリギリなタイミングになりそうだ。
オリヴィエが紅茶を持ってきてくれた。
市が開かれているときに、見て回って良さそうな物を購入してきてくれたようだ。
美味しい紅茶を飲んで少し気持ちが落ち着いた。
すでに、昼の時間も過ぎてしまっている。
「そうだ、アポリーヌ。デ・ゼーウたちの様子はどうだ?」
「変わっておりません。街の有力者を名乗る者たちがひっきりなしに訪れて、チアル街を併呑後の話し合いをしております」
「そうか、戦況が伝わったとか、アトフィア教との話が伝わったとかはないのか?」
「ないです」
「街の有力者にはマークしているよな?」
「はい。ライ様にご協力いただいて、眷属を付けております」
「わかった。ありがとう」
それから、二日が経過したが、戦線は一進一退といった所だ。
ロングケープ区でも、相手に違和感を与えない程度に攻撃を開始したいという事で許可を出した。後方に回り込むような動きを見せたり、スキル爆弾を使ってみたり、新兵ではないが経験が浅い者たちで編成された船団での攻撃を行って居る。実戦を利用した訓練をおこなっている。
パレスケープ区は、相手は占拠を目的としているために、激しい抵抗にあっている。ゼーウ側も2つに分断されたままでは兵数の優位を活かせない事にやっと考えが至ったらしい。最初は、全員での上陸を試みるが、パレスケープの守備隊が一点突破を許した形で防御陣の一箇所を開いて岩場に誘導した。左右から半包囲する形になるが一部には上陸されてしまった。
しかし、分断された状況は変わりなく、それどころか上陸作戦に参加した者の3割以上を失ってしまっている状況だ。ゼーウ街に焦りが見えれば見えるほど予想通りに動いてくれる。
激しい戦闘が行われているが、初日のような大怪我を負って戦線を離脱するような者は居なくなっている。
パレスキャッスル区は、もっと単純だ。
ゼーウ船団は壊滅した。残された船や人員は守備隊からの降伏勧告を受け入れた。
夜になると、パレスケープ区を攻めていたゼーウ側に動きが見られた。
人数的に拮抗し始めた事で、そもそも3方向から攻めたことに根本的な問題がある事にやっと気がついたのか、現場の判断で、べつの区に向かった船団に救援要請を出す事したようだ。
俺たちが把握している事から、パレスケープ区を攻めているゼーウ側の目論見は失敗している。
夜になって、アポリーヌが訪ねてきた。
起きていたので問題ない事を伝えて、早速報告を聞くことになった。
「主様。守備隊が港を占拠しました。無血占領です」
「そうか!」
「はい。間に合いました」
懸念していた通りに、アトフィア教の強硬派との停戦協定を結んだ迎撃隊は、足が早い者だけで、もうひとつの港を目指していた。
潜入した者の話では、ゼーウ街は大兵力で攻め込まれても、デ・ゼーウがケチらなければ持ちこたえられるだろうが、港は海側から攻められたらあっという間に占領が完了してしまう。
事実その通りになった。
海側から迫ったパレスキャッスルの守備隊に抵抗出来る戦力は存在しなかった。
食料を含めた物資を大量に運んできた事から、無血開城に成功したのだ。
仕上げが残っている。
港町に残っていた、ゼーウ街というか、デ・ゼーウの関係者を説得して、ロングケープ区とパレスケープ区に攻めている者たちに武装解除を行わせる。
これは上手く行かなくてもいい。交渉がまとまらなければ、その時点から戦闘が開始される事になるだけだ。
戦闘が継続されるという事は同じなのだが、ゼーウ街の兵達にとっては大きな違いが産まれている。そう、帰る家がなくなった状況で正面を見て少なくなる物資を気にしながら、さらに勝ったときに何が残るのかを考えながら戦わなければならないのだ。
船団に向かった使者は3日後に2つの部隊に合流を果たして、翌日には武装解除をした状態で寛大な処置を求める降伏を言い出してきたのだ。
海でのチアル側の死者は0人(訓練中に、海に落ちたり怪我をした者は除く)。けが人は多数出てしまっている。スキルの爆発なんて興味深い現象まで発生していた。パレスケープ区の新人は最初は200名居たのだが最後まで戦い抜いたのは120名となっていた。怪我のために後方に下がらせた者が大半だが、戦闘行為で心に負傷をおってしまって、後方に下がらせた者も存在している。
船の損傷は、弓矢では軽微の傷だったが、火矢を使われたときに、数艘が深刻なダメージを負ってしまった。船に関しては、何か防御が出来る仕組みを時間があるときに考えよう。
「シロ、カイ、ウミ、ライ、エリン、オリヴィエ、リーリア、ステファナ、レイニー、アポリーヌ。待たせたな、デ・ゼーウに引導を渡すぞ」
「「「「「「「『『『はい!』』』」」」」」」」
「リーリアとステファナとレイニーは、ウミを連れて、ヨーゼフの所に行ってくれ」
「「はい!」」『わかった』
3人には、ヨーゼフをデ・ゼーウの屋敷につれてくるように頼む事になる。ヨーゼフが他に誰を連れてくるのかは、彼自身に任せる事にする。
「オリヴィエ。ライを連れて、港から帰ってくる迎撃隊の足止めを頼む。殺してもかまわない」
「かしこまりました。眷属はどういたしましょうか?」
「ライの眷属だけにしておいてくれ」
「わかりました」
港が占拠された事がわかった迎撃隊は、そのままゼーウ街に報告しにくるようだ。
デ・ゼーウが抵抗する事も考慮しなければならない。時間的な余裕は有るのだが、それでも、ギリギリになってしまう。足止めが絶対的に必要になってしまった。
「シロ、カイ、エリン。アポリーヌは、デ・ゼーウの屋敷に行くぞ。正面から乗り込むぞ」
方針が決まった。
方針が決まれば、あとはタイミングだけだ。
「リーリアは、すぐに動いてくれ。ヨーゼフには、地下牢で待っているように伝えてくれ」
「かしこまりました」
「ウミ様お願い致します。ステファナ、レイニー。行きますよ」
『わかった』
「「はい!」」
ウミと3人は、ヨーゼフに連絡を付けるために、スラム街に向かう。
ここまで来たら、ルチやグレゴールにバレても困らない。反対に、裏切り者が居るかもしれないので、あぶり出しが出来るかも知れない。
「ライ。オリヴィエ。頼む」
『あるじ。わかった!』
「かしこまりました」
ライとオリヴィエも部屋から出ていく、オリヴィエは完全武装だ。
これで何かが有ったのだと思ってくれるだろう。
「さて、シロ、エリン。カイ。港町からの使者は到着していない。到着まで、4~5時間は有るだろう。仮眠を取るもよし、身体を休めて、使者が門をくぐったら、完全武装を始める」
「はい」
「わかった」
一度、使者がデ・ゼーウに会ってしっかりと報告したら、有力者が集められるだろう、そこに俺たちが入っていくのがベストなタイミングだろう。
地下牢から出た、身綺麗なヨーゼフとご対面という感動的な演出を考えている。
統治を行うためのパフォーマンスが必要だったのだが、ヨーゼフという手駒が入ったので、パフォーマンスがやりやすくなった。デ・ゼーウに協力した連中が、集められると思うので一網打尽にしてから、偽ヨーゼフ達が待つ地下牢に入ってもらおう、朝日が出る時間まで待って、ヨーゼフが新しいデ・ゼーウになる事を宣言さればいい。
一度解散になった。
俺とシロは、デ・ゼーウを尋ねるのに失礼があっては困るので湯浴みをしてから、武装を整えていく。アポリーヌは地下牢に戻っていった。
カイとエリンは普段と同じ格好で武装しているのと同じなので問題ない。
門の所で監視していた執事から、使者が門をくぐって、大通りを走って、デ・ゼーウの屋敷に向かっていると連絡が入った。
時間的にも丁度いいだろう。ゆっくり歩いていけば、協力者たちも集まるだろう。
屋敷を占拠して、ヨーゼフを着替えさせて、宣言させる。
朝日にも祝福されるような、新しいデ・ゼーウの誕生を見届けてから、我が家に帰る事にしよう。
スラム街の開発話は後日で問題ないだろう。
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