【第二章 帰還勇者の事情】第三話 父と母

 

 ユウキたちは、食堂に入った。
 自分たちの席がまだ残されている状況が嬉しかった。

 マイとヒナが、弥生の席に遺品を置いた。皆の辛そうな表情を、老紳士が更に辛そうな表情で見つめる。

「エリク君とアリスちゃんは、好き嫌いは大丈夫かい?」

 奥から、老婦人の声がする。

「大丈夫です!」「私も、大丈夫」

「わかった。マイ。ヒナ!」

「はい!手伝う」「手伝う」「あっ私もできることは少ないけど手伝います」

 マイとヒナとアリスは、これから話が開始される弥生の話を一緒に聞く気分にはなれない。
 ユウキたちも、3人と一緒に話を始めるのには、戸惑いを感じていた。

 3人の姿が、奥の厨房に消えたのを見て、老紳士は背筋を伸ばした。

「サトシ。ユウキ。レイヤ。聞かせてくれるか?」

「はい。父さん。でも・・・」

「わかっている。ここで聞いた内容は、お前たちが良いと言わない限りは、墓場まで持っていく」

「ありがとうございます」

 3人は揃って頭を下げる。

「父さん。まずは、俺たちが、7年の間」「7年?5ヶ月ではないのか?」

「そうだね。弥生の話をする前に、何が有ったのか話をするよ」

「わかった」

 ユウキは、召喚された時点からの話を、10分にまとめた。もともと、考えていた内容だったので、スラスラと説明が出来た。

「ユウキ。それは、どこまで本当のことだ?」

 老紳士から当然出されるであろう質問が出た。ユウキたちも想定していた内容なので、質問の答えも決まっている。

「父さん。全部、本当の話だ」

「・・・。そうか、その魔法・・・。スキルは、地球でも使えるのか?」

「使える。全部は試していないけど、使えることは確認している」

「そうか・・・。何か、安全なスキルを見せてもらえないか?」

「そうだね。わかりやすいのは・・・。サトシ。聖剣を出して、炎と氷を纏え」

「わかった」

 立ち上がった、サトシはスキルを発動した。
 何も無い空間から、サトシの愛用している聖剣が姿を現す。この時点で、地球の物理法則を無視した存在だというのは理解できる。空中に浮いた状態になっている。サトシが手を虚空に差し出すと、聖剣が自分から移動してきて、サトシの手に収まる。
 聖剣を手に収めたサトシが、皆から少しだけ距離を開ける。

「炎の剣。氷の剣」

 スキル発動の声と同時に、聖剣が2つの相反する属性を纏う。

「おぉおぉ」

 老紳士も、男児なのかもしれない。
 サトシが聖剣を出した時点から、身を乗り出して嬉しそうな表情で見ていた。炎と氷をまとったときには、立ち上がっていた。

「貴方!」

「お前・・・」

「サトシ。仕舞いなさい」

「はい」

 サトシは、奥から出てきた老婦人の声に素直に従った。スキルを解いて、聖剣を虚空に返した。

「サトシ。大丈夫なの?」

「大丈夫」

「そう、それならいいのだけど、無理は辞めて頂戴」

「はい」

「ユウキ。今の話は、マイとヒナとアリスちゃんから聞いたわ」

「うん」

「3人には、クッキーを作ってもらっている。弥生のことを教えてもらえる?」

 老婦人の質問に、ユウキたちは固まってしまった。

「ふぅ・・・。母さん。世界中で、孤児が行方不明になっているとか聞いていない?」

 老婦人は、ユウキの質問に狼狽える。
 実際に、ユウキたちが居なくなってから、老夫婦は警察に捜索願を出した。夜に居なくなったことから、当初は子どもたちが抜け出したのではないかと疑われたのだが、全国で似たような事例が報告されてから、警察の態度が変わった。
 実際には、捜査をしたが”何”もわからなかったのだが、日本だけでも子供だけが20名以上が行方不明になった。そして、世界中でわかっているだけで、200名の子供が行方不明になった。
 最初の1ヶ月はマスコミも世界中で行方不明になる事例を報道したが、続報もなく下火になった。

「そうか、200名程度だと報道されていたのか・・・」

「それで?ユウキ?」

「母さん。あまり気分がいい話では無いけど・・・」

「構わない。知らないほうが、後悔する。それに、お前たちが持っている荷物の少しだけでも、私たちに背負わせておくれよ。弥生のことなら、全部・・・」

「母さん」「サトシ、ユウキ・・・。すごい人だな」

「母さん。俺たちを含めて、300名以上が異世界の一つの国に誘拐された」

「そう・・・」

「そこで、スキルを得た。俺たちは、サトシやマイや他の仲間たちが居て、道を間違えなかった」

 ユウキの言葉に、サトシやレイヤがうなずく。

「そう・・・。間違えた子も居たのね」

「違う!母さん!俺たちも、間違いかけた!でも、弥生が・・・!!」

「サトシ!」

 ユウキが立ち上がって、激高したサトシをなだめる。

「悪かったね。それで、ユウキ?」

「流れは省くけど、弥生は、同じ日本人という奴らを助けようとして、騙された」

「・・・」

「それで、殺された」

「そう・・・」

 老夫婦は、弥生の席に置かれた破かれた服を見る。
 それが、単純に殺された・・・。だけでは、ないことを物語っている。ユウキが言いにくそうにしているのを察した。サトシは、テーブルの上に置いた手を強く握っている。レイヤは、弥生の席を見つめて、何も言わない。
 ユウキはテーブルの上に置いた手を強く握っている。当時を思い出して、やり場のない怒りを、不甲斐なさを、全てを呪った現実を・・・。

「俺は、弥生を汚した奴らを許せなかった。だから、俺は、俺の力を使って、奴らを殺した。俺の意思で・・・」

 ユウキは、震える心を、抑え込むように、母に向って顔を上げて告げる。

「違う!母さん!俺が、俺が、弥生を犯した奴らを殺そうとした、でも・・・」

「サトシ。お前・・・。お前は、奴らを許そうとした。でも、俺は許せなかった。だから、俺が殺した。日本人というだけで、”俺たちと同じ”と言った奴らが許せなかった」

 老婦人は立ち上がって、ユウキの後ろに回って、抱きしめる。

「ありがとう。ユウキ。私たちの代わりをしてくれて・・・」

「え?」「??」

 強く握りしめて、血が滲み始めている手の上に老婦人の手が重なる。

「そうだな。母さんの言う通りだ。ユウキ。儂たちがその場に居れば、殺していただろう。辛い役目をやらせてしまったな。すまん」

 目の前に居る子どもたちに頭を下げる。
 老婦人は、流れ出る涙を止められない。自分たちの子供が、人を殺したことが悲しいのではない。そんな場面に、自分たちが駆け寄って助けてあげられなかったことが悲しいのだ。それを乗り越えた子どもたちが誇らしくも有り、寂しさを感じていた。

「父さん・・・。母さん」

 ユウキは流れ出る涙の理由がわからなかった。
 悲しかったわけではない。嬉しいわけではない。でも、頬を伝う感触で、自分が涙を流していると理解していた。

「弥生は?」

「向こうで、俺たちを受け入れてくれた国に眠らせた」

「そうか」

「一人じゃない。戦って死んだ者や、騙されて殺された者たちと一緒に眠ってもらっている」

「その子たちは?」

「今、仲間たちが故郷に届けに行っている」

「そう・・・。よかった」

 それから、老婦人は弥生の最後をユウキから聞き出した。
 話が終わったと思っていたユウキだが、”母”が”娘”の最後を知らないのは間違っていると言われて、全てを語った。

「そう・・・。ユウキたちが無事で良かった」

「母さん。でも、弥生が・・・」

「そうね。ねぇアナタ?」

「そうだな。弥生は、儂たちが預かろう。正式には・・・」

 老紳士が言葉を切る。

「ユウキ。弥生が眠っている場所には、私たちは行けないのかい?」

「え?」

 ユウキたちが想定していなかったが、親としては当然の質問だ。
 固まってしまったユウキたちに追い打ちを掛けるように、エリクに念話が届いた。

「すみません」

 エリクは、老夫婦に断りを入れてからユウキとサトシとレイヤを見る。

「ユウキ。他の者たちから、今と同じ話が来ている」

「え?」

「当然じゃな。お前たちが仲間と呼ぶような者たちの親だ。儂たちと同じ考えを持つのは当然だ」

 ニヤリと笑った老紳士の顔を、ユウキたちは頼もしくも、複雑な想いで見つめるだけしかできないでいた。