【第六章 神殿と辺境伯】第十二話 ヤス登場
ヤスはユーラットのいつもの場所にFITを停めた。
「旦那様。ツバキが到着しているか確認してきます」
「そうだ・・・。頼めるか?俺は、ここで待っているよ」
「かしこまりました」
セバスがユーラットの町に入らずに脇道を移動した。
ツバキが到着しているのならバスのところに居ると考えたからだ。今までの事からバスはユーラットの中に入れていないだろうと思えるので、町の中を通らずに脇道を行くのが正しいのだろう。
30分くらい経過したがセバスもツバキも現れる様子がない。ヤスはシートを倒して目を閉じて待つことにした。簡単に言えば寝ていようと思ったのだ。
1時間程度が経過した。
”ドンドン”
「ん?」
「ヤス!」
リーゼがドアを壊す勢いで叩いていた。
「なんだよ!?」
窓を開けて答えたヤスの腕を引っ張る。
「来て!おばさんが呼んでいる」
「アフネスが?俺に用事・・・。あぁあるな。まぁいいか・・・リーゼ。少し離れろよ。ドアが開けられない」
「ごめん」
リーゼがFITから離れたことを確認して、ヤスは窓を閉めてドアを開けて外に出る。
少し寝ていたので凝り固まった身体をほぐす為に伸ばすと背中や肩で音がする。
「ふぅ・・・。それで?アフネスは何だって?」
「うーん。知らない。僕は、ヤスが来ているはずだからって言われて呼びに来ただけ。そうそう、セバス・セバスチャンさんとツバキさんがヤスに聞いて欲しいと言っていたよ」
「ふーん。よくわからないな。でも、セバスとツバキが居るのなら問題ないな。わかった。行くか?」
「うん!」
リーゼがヤスの隣を歩く。
何が嬉しいのかニコニコ顔だ。
「それでね!」
「・・・」
「ヤス!聞いているの?」
「聞いているよ。それで、馬鹿息子がどうしたって?」
「むぅ!その話は終わった。今は、石壁の話!あれはヤスが作ったの?」
「あぁ石壁は、セバスの眷属が作った物だぞ」
「セバス?あぁセバス・セバスチャンって人?眷属?」
「神殿の代表だ」
「代表?ヤスが主じゃないの?」
「うーん。リーゼは神殿に来るのだよな?」
「うん!」
「俺に直接いえ・・・。リーゼは言えるだろうけど、他の俺を知らない奴は俺にいいにくいだろう?」
「どうだろう?」
「そんなときに、俺以外に代表が存在していれば代表に文句なり要望を言うだろう?もしかしたら、リーゼに言ってくる奴も居るかもしれないけど面倒だろう?」
「うーん。よくわからないけどわかった!おばさんみたいな役割ってことでしょ?」
「そうだな」
ヤスは説明が面倒になった事や、リーゼが理解しようとしていないことを理解したので適当に説明することにした。
「ねぇヤス。神殿にはいつ行けばいい?」
「あ?アフネスに確認してからだな」
「・・・。わかった。そうだ!ドーリスが行くのでしょ!なんで!」
「なんでと聞かれても、ギルドの支部は必要だろう?」
「そうだけど、ドーリスじゃなくてもいいよね?」
「俺に聞くなよ。ギルドに聞けよ」
「え?ヤスの指名じゃないの?」
「俺が指名できる立場じゃないだろう?ギルドが決めたことだろう?」
「・・・(騙された)」
リーゼのつぶやきはヤスには聞こえていない。騙されたと思っているようだが、誰もリーゼを騙していない。ただ経緯を説明していないだけで、リーゼがミスリードするだろうと考えて言葉を選んだだけだ。
「ん?どうした?」
「なんでもない!」
「そうか?みんなはギルドか?」
「そう!帝国から来た人の尋問が終わって話をしているよ」
ヤスは細かいことは気にしないと決めた。帝国からの人間や尋問に関わっては面倒になると思っている。
宿屋の近くまで来たときにリーゼがヤスから離れた。”ぴょん”と跳ねるように距離をとった。
「ヤス。ゴメン。なんか僕は来るなと言われているから宿屋で待っている」
「わかった。ギルドに行けばいいのだな?」
「うん!僕は、宿屋で待っているよ!」
「二回言わなくても大丈夫だ。話し合いが終わったら神殿に来るのだろう?」
「うん!」
リーゼは嬉しそうにヤスの周りを回ってから宿屋に入っていった。
肩をすぼめながらギルドに向かった。ギルドの前には、イザークが立っているのが見える。
「ヤス!」「イザーク。遅かったか?」
「いや、丁度よかった。今、セバス殿と話をしてヤスを迎えに行ってもらおうと思っていたところだ」
「そうか・・。なぁイザーク。なんで、セバスが”殿”で俺が呼び捨てだ?」
「ん?なんで?セバス殿は、セバス”殿”という雰囲気があるが、ヤスはヤスだな」
「なんだ!?そりゃ?」
「それでは、ヤス様・・・・・」「ダメだ。なぜか笑ってしまうな」
「だろう?」
ヤスとイザークはお互いの顔を見ながら笑ってしまった。
別にヤスも”様”付けされたいとか、”殿”呼ばわりがいいとか考えているわけではない。イザークをからかっただけだ。イザークも、それがわかっているのでヤスの話にのってみた。思った以上に面白くなって二人で笑ってしまったのだ。
そして、イザークが頭を下げる。
「ヤス・・。いや、神殿の主様。仲間を助けてくれて・・・。感謝する。俺は、この恩を忘れない」
「そうか・・・。無事だったか、それならいい。イザーク頭を上げてくれ、貸し借りなんて思っていない」
「それでもだ!ヤス!ありがとう」
もう一度イザークは深々と頭を下げる。
ヤスはイザークの肩を軽く触りながらギルドに入っていく。
「マスター!」「旦那様」
最初に気がついたのは、ツバキとセバスだ。
二人がヤスの方を向いて深々と頭を下げる。セバスが謝罪をするがヤスは手を上げて制する。どうやら、セバスとツバキが合流してセバスがヤスを迎えに行こうとしたときに、リーゼが来て二人を無理やりアフネスが居るギルドに連れて来たようだ。セバスとツバキもギルドに集まっているメンバーを見て状況を説明することにしたのだ。
リーゼはアフネスがなかなか帰ってこないのでギルドに顔を出そうとしたが野生の勘でヤスが裏門に居ると思って行動したのだ。アフネスや誰かが呼びに行ってくれと頼んだわけではない。
「アフネス。バスは移動させるぞ?」
「問題ない」
「ツバキ。バスを裏門に回しておいてくれ、それから神殿への移住者はどうする?すぐに移動するのか?」
「ヤス。それを、聞きたかった。人数は?条件は?」
「人数?セバス。今の段階でどのくらい収容できる?」
「それは、リーゼ様とギルドの関連施設や教育関連施設を除いてですか?」
「そうだな。それがいいかな」
「はい。神殿の広場に居住できる人数は、旦那様が定められた定員で換算すると300名です」
「300名か十分だな」
アフネスのつぶやきだが、皆が安堵の表情を浮かべる。
300名が居住できるのなら一時的に数名程度なら越えても問題ないと考えたのだ。
「ただし、ユーラットの居住空間で換算しますと、760名は住めます」
「は?」「どういうことだ?」
アフネスも聞いていたダーホスももちろんヤスも驚いた。
300名ほどが住めれば十分だと思っていた。家族向けにリビングがあり夫婦の部屋があり、子ども用の部屋がある。日本で一般的な一軒家やマンションを想定して作ったのだ。だから、300名と聞いた時には納得したのだ。
「セバス」
「はい。旦那様。事情を考えますと・・・」
リビングや一人で過ごす部屋などは存在せず、食事をして寝るだけの状態なのだ。
娯楽があるわけではない。物で溢れかえる状況にもなっていない。個人の部屋は必要ないのだ。ヤスは一人一部屋で定員を定めた。差異がうまれた理由なのだ。
「ヤス。それで・・・。条件は?」
「条件?え?なに?条件?俺が?へ?」
軽くパニックになる。従業員になる者が出てきたら嬉しいと思っていた程度で、条件が必要になるとは思っていなかった。
住んでくれるだけで魔素が集められるし討伐ポイントにもなる。ヤスとしてはそれだけで十分なのだ。
セバスがヤスに近づいて小声で耳打ちする。
念話を使わなかったのは、アフネスにヤスが条件を必要としていないことを匂わすためだ。
「旦那様。アフネス様がおっしゃっている条件は、旦那様が提示する条件です。神殿に居住させる条件を出して欲しいという事です」
「あぁそういうことか!アフネス。必要ない。そうだな。畑の管理をしてくれたら嬉しいし、神殿の下層部分や魔の森に討伐に向かって欲しい。あと、興味がある奴が居たら従業員契約をしてアーティファクトの操作をお願いしたい・・・。くらいかな?セバス。これでいいよな?」
「はい。アフネス様。神殿からの要望は、旦那様のおっしゃっている通りですが追加で要望があります」
アフネスはセバスの方を向いた。
やっかいな交渉相手だと考えたのだろう。
「なんでしょうか?」
「簡単なことです。神殿は旦那様の意向により結界で守られています」
「知っています。安全に過ごす事ができそうですね」
「ありがとうございます。試していませんが、魔の森の上位種程度では問題になりません。先日発生していた魔物の集団でも問題ではありません」
「それはすごいですね」
セバスは、アフネスにスタンピードに対応したのが神殿の勢力であり、ヤスの指示だと伝えたのだ。
ヤスは”何を言っているのだ?”という表情をしている。アフネスの気を引き締めるきっかけには十分だ。
「はい。旦那様の領域に足を踏み入れることになると認識していただきたいのです」
「それはどういうことですか?入場料でも払えばいいのですか?」
「いえいえ。そんな無粋なものは必要ありません。神殿に移住される方は、皆が神殿に属したと思っていただきたいのです」
「・・・。なぜですか?」
「なぜ?」
セバスはアフネスを黙って見つめる。
「はぁ・・・。わかった。少し時間をちょうだい。移住者のリストを作る。それから、リーゼとアラニスの生き残りを先に匿って欲しい」
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