【第九章 神殿の価値】第一話 ラナからの依頼
神殿だけは落ち着きを取り戻しつつある。王国や帝国は、神殿を巻き込んだ騒動の後始末が終わっていない。
特に王国は子爵家の暴走から始まる騒動が予想以上に大きな火になって王国中を巻き込んでいる。
最大派閥の貴族派の重鎮である侯爵家の当主が病死した。同じく後ろ盾になっている、公爵家の当主が同じ日に事故死した。これらの葬儀に列席するために、貴族家の当主は王都に集まっている。
侯爵家は、当主の病死の後で王家から指名された者が継いだ。もともと居た息子や娘たちは、事故死したり病死したり、連続で”不審”な死を遂げた。生き残った者たちも教会に預けられた。
市井には、病死や事故死と伝えられていたが、貴族の間では王家が裏で糸を引いているのが、公然の秘密になっている。しかし、方法が不明なために表立って糾弾できる者は居なかった。
公爵家も王家の振る舞いを糾弾出来るだけの体力が残されていなかった。求心力の低下は確実に、貴族派閥に地殻変動を起こしていた。貴族派閥を離れて、レッチュ辺境伯にすり寄る貴族家が増えてきた。
そもそもの体力がなくなってしまったのは、侯爵や公爵の財政を支えていた、塩の独占が崩れたのだ。
それだけではなく、質がよく値段が同程度の塩が出回ったのだ。神殿で採掘される塩が基になっているらしいという噂は流れたが、辺境伯領から出てくる以上の情報は一部の者にだけ伝えられて、探ろうとした貴族領には塩が回らなくなってしまうのだ。
貴族派に属する者たちが、神殿の権利を奪い取ろうと動いたが、すでに独立した国と同等の扱いになっているために何も出来なかった。それだけではなく、子爵家と二つの男爵家の軍をほぼ無傷で撃破して、2万の帝国軍を打ち破った実績から、王国内では神殿に歯向かおうという声は出てこなくなった。
また、ユーラットが王家直轄領から神殿の領土になり、神殿の村が王国にも承認された。これによって、利権を狙っていた貴族たちが手を出せなくなった。
同じ時期に、帝国も荒れていた。
王国が作った関所の奪還をめぐる話し合いが行われていた。それだけではなく、楔の村が帝国領と言いながら実質は王国の領土ではないかと言われている。関所に攻めて捕らえられた貴族の子息たちの身代金の支払先が、楔の村だったからだ。
ドッペル男爵は、帝国や皇国に送った賄賂を使って、周りの貴族たちを黙らせた。使える権力をフルに使ったのだ。
それだけではなく、塩を定期的に入手するために、王国のローンロットと手を結ぶ許可まで得たのだ。
ヤスは、アフネスに相談して、魔通信機を帝国でも流行らせた。まずは、貴族家への貸し出しを行った。王家が選んで貸し出す契約にしたのだ。契約は、楔の村が担当する。村を作った後で見つかった、”迷宮”の最下層の宝箱に入っていたという設定だ。
王国の魔通信機と違って、もっとシンプルな物だ。交換機に繋いでから、繋げる相手を選ぶ仕組みになっている。王国と方法が異なる為に旧来の方式の魔通信機とは違う設定にした。そして、もっともらしい話として、魔通信機を開発した”エルフ”は帝国の迷宮で見つかった魔通信機を真似て作ったと嘘の話を流布したのだ。アフネスが言い出した話なのが、リーゼの父親が人非人だという疑いを晴らす伏線に使おうと考えているようだ。
帝国にもヤスの情報収集網が構築され始めた。
酒精が苦手なドワーフも楔の村の工房に入っている。素材は、神殿には劣るが常に冒険者から頼られる環境を気に入っている。
楔の村は、犯罪者でも受け入れた。ドッペル村長の意向だ。迷宮があるために、人が消えても迷宮でのたれ死んだと思われるのだ。貴族の意を受けた者たちも迷宮に潜った。目的は、最下層にある”魔通信機”が目的だが、最下層までの道のりが、思った以上に大変なのだ。最初に、攻略した者だけで、それから攻略者が出ていない。貴族に雇われた者たちは、適度な所で探索を諦める事が無いために、全滅する確率が高い。犯罪者たちは、楔の村を裏から仕切ろうとするが、ことごとく潰されている。神殿の支配領域では隠し通すのは難しいのだ。
周りが忙しく動いている状況だったが、ヤスが必要になるほどの荷物を運ぶ依頼がなく、カート場ですべてのコースレコードを塗り替える日々を過ごしていた。
定期的な会議には出席しているが、マルスとセバスが対応するために、ヤスがなにかを行う必要はなくなっている。
カート場でリーゼを、ワンラップダウンした所で、マルスから連絡が入った。
”マスター。個体名ラナが、マスターとの面会を希望しています”
「ラナ?」
”はい。個体名セバス・セバスチャンに依頼してきました”
「そうか、工房の執務室に来るように伝えてくれ、セバスに案内させろ」
”かしこまりました”
ヤスは、ラナに頼みたい内容があると言われていたのを思い出した。
ラナはすぐに会えるとは思っていなかった。そのために、宿が落ち着く2時間後に執務室に向かう手はずとなった。
ヤスも、2時間あればシャワーを浴びる時間が出来る。
カート場から自室に移動して、風呂に入った。汗を流すだけのつもりだったが、しっかりと風呂を堪能した。
30分前に風呂から出て、支度をして執務室に向かった。
待っていたセバスがラナを迎えに行った。
10分後に、セバスがラナを連れて戻ってきた。
「ヤス殿。お時間を頂いて申し訳ない」
「いいよ。それで?」
セバスが、ラナをソファーに誘導する。
ヤスも、ラナの正面に座った。セバスがすぐに、飲み物の用意を始める。
「ヤス殿に仕事の依頼を出したい」
「仕事?」
「今すぐではなく、リーゼ様が次の誕生の日を迎えてから、手紙をエルフの里まで届けて欲しい」
「次の誕生の日?いつだ?」
「10ヶ月後だったと思う」
「わかった。でも、手紙を届けるだけなら、ギルドに依頼を出してもいいと思うのだが?」
「私も、最初はそうしようと思ったのだが、エルフの里がある場所が少し問題になってくる」
「ん?」
「場所?エルフの里のか?」
「はい。ヤス殿にわかりやすく言えば、帝国の先にある共和国の端です」
「遠いけど、問題は無いのではないか?」
「問題は、距離では・・・。いや、距離も問題ですが、帝国の領内を王国所属の冒険者が通過し難い状況になっています。10通出しても里まで届くかわからないのです。あと、昨今、共和国も荒れていて、野盗がアチラコチラに出ていてゴブリンやオークのコロニーが大量にあるようなのです」
「そうか、距離よりも、襲われたときの対処が難しいのだな」
「そうです。ヤス殿なら、アーティファクトで逃げられると思います」
「わかった。一つ、聞きたいのだが、なぜ、リーゼが絡んでくる?」
「手紙の内容の半分以上がリーゼ様に関係しているのです」
「ふーん」
「ヤス殿。エルフの里への道は?」
「知っていると思うか?」
「思いません。道案内は、リーゼ様がします」
「話の流れから予想は出来ていた。持っていくのは、手紙だけなのか?」
「あと、できれば、塩を多めに持っていって頂きたい」
「わかった。まだ先の話だけど、予定をあけておけばいいな」
「お願いします」
ラナがソファーから立ち上がって、部屋から出ていく。
手紙は、旅立つ前にラナの宿屋に行けば受け取れるようだ。
10ヶ月も先の話なのにと思ったが、手紙が届けられる可能性を考えれば、10ヶ月くらい前から動き始めるのは当然の話なのだ。ギルド経由で手紙が届けられるのだが、王国内でも平均で1-2ヶ月は配達に時間がかかると見ている。
ローンロットが出来て、神殿への手紙は早くなったが、それでも1-2週間は必要になってしまう。
ヤスは、先の話なので、セバスやマルスに1ヶ月前になったら知らせるように伝えて、ラナからの依頼は忘れる事にした。
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