【第二章 王都脱出】第十話 女子高校生迷わない
『うん。流されるのも悪くないけど、自分で出した答えのほうが、納得できるだろうね。辺境伯は二日後に来るから、考えてみて、困ったら”バステトさん”に話をしてみるといいよ』
女子高校生だった、糸野夕花は、おっさんの言葉を聞いて、悩んだ。答えは出ているのだが、自分で何に悩んでいるのか不安な気持ちになっていたのだ。
少しだけ躊躇はしたが、まーさんに付いていった方が安全だと思っているのだ。
イーリスやロッセルが悪い人間ではないのは、交流してみて解っているし、判明している。しかし、糸野夕花を同じ人間として考えで居るわけではない。やはり、勇者の1人として見ていると感じてしまっている。
事実として、勇者の1人なのだが、糸野夕花が名前を変えた理由にも関連するのだが、勇者の1人ではなく、”カリン”として生活していきたいと思っているのだ。そのため、イーリスと一緒に居たり、イーリスが紹介してくれる所に居たり、研究所に居るのでは意味がないと考えている。
そして、まーさんが持ってきた”勇者たち”が増長し始めているときかされたことで、王都を離れたいという気持ちを大きくしている。
一番の理由は、”まーさんに付いていこう”と考えたからだ。”一緒に、召喚された人”という共通点以外は、今までに遭遇したことがない人なのに、信頼してしまっている。どこか、”憎めない”と感じさせてくれる。
「もしかしたら、大川さんが懐いているからですかね?」
”にゃ?”
バステトは、カリンの質問とも取れる問いかけに、質問を返すように応えた。カリンは、それが嬉しくなってバステトを膝の上に乗せた。
「ふふふ。どこか、お父さんと同じような感じがしたからなのでしょう。まーさんは、本当は・・・。どんな人なのでしょう?」
カリンは、まーさんが過去になにかあったのだという事はわかる。
”聞きたい”という衝動に駆られたことも、一度や二度ではない。結局、まだ聞けていないのは、聞いてはダメなことだという事がわかってしまった。
カリンにも、まーさんに言っていない事が沢山ある。
カリンは、両親を亡くしている。事故だと聞かされているが、おかしな点が多い。だが、力も何も無いカリンには真相を暴き出す手段が無かった。
バステトの背中を撫でながら、不思議と迷っていない自分に驚いていた。
「大川さん。私は、まーさんについていこうと思う」
”にゃ!?”
バステトは、びっくりして、カリンの顔を覗き込むように見てしまった。カリンが思いつめた表情をしているので、心配していたのだが、急に晴れやかな声で宣言したのだ。
「え?なぜ?そうだよね。たしかに、ここで暮らしていれば、お金には困らないかも・・・。けど、面白くもないと思う。確かに、勇者が残したという、手記を読んでいると勉強にはなるけど、なんか”違う”と思えてくるの・・・。研究が嫌い・・・。じゃないけど・・・」
”にゃにゃ”
カリンが何を言って居るのかよくわからないが、カリンがこれからも一緒に居るのだと感じて嬉しくなっている。バステトの鳴き声は、今までと違ってカリンの考えを肯定しているようにも聞こえた。
「大川さんも、そう思うの?」
”にゃ!”
カリンの問いかけに、肯定の意思を伝えるかのように、バステトは鳴き声を上げて、可愛い肉球が付いた手をカリンの手に乗せる。
「ふふふ。本当に、言葉が解っているみたい」
”にゃ!にゃ!”
バステトは、”解っている”とでも言うように、鳴きながらカリンの手を何度も叩いている。
カリンは、バステトを抱きしめるようにして、声色を変えてバステトに話しかける。
「ねぇ大川さん。今から話ことは、まーさんには黙っていてくれる?」
”ん。にゃ?”
”何?”とでも言うように、抱かれた状態で、カリンの顔をバステトは見ている。それだけではなく、なにかを感じているのか、さっきまでとは違う反応をした。
「誰かに、私の秘密を知ってほしいの・・・。ダメ?」
”にゃ!”
カリンは、まーさんにも話せなかったことを、バステトに聞いてもらおうと思った。懺悔ではない。自分の罪を認識したいだけなのだ。
「ありがとう。大川さん。私・・・。お父さんとお母さんが死んじゃったのは、私が・・・。悪いの・・・。私が・・・」
カリンは、自分の思いをバステトの背中を撫でながら語った。
両親は、事故で死んだ。間違いなく事故だ。しかし、カリンは事故を引き起こしたのは自分だと責め続けていた。”いじめ”を理不尽に感じながら、どこかに受け入れそうになってしまっていたのも、カリンが”罰”を欲していたからなのだ。
異世界に召喚される前に出会った変わった大人の男性が、何の縁もない”猫”を助けた事実を知って、考えが少しだけ変わった。
一緒に召喚されたその男性は、飄々としながら活動している。気がついたら、重大な案件に育っている。カリンは、不思議な気持ちで、その男性を観察している。
「ねぇ大川さん」
”にゃ?”
呼びかけに首を傾げて応えるバステトが可愛くて、カリンはバステトの頭から背中にかけてゆっくりと優しく撫でる。
「私ね。夢が有ったの・・・。薬剤師になりたかった・・・。なんで・・・。私なの?誰か・・・。教えてよ・・・」
”ふにゃ?!にゃぁにゃぁにゃ!”
カリンの頬を伝わる涙を、バステトは優しく舐めた。
慰めているつもりなのか、いつも以上に可愛く首を傾げてから、カリンの腕を肉球でタップする。頑張れと言っているのか、バステトはカリンを励ますように鳴いている。
「ハハハ。大川さん。ありがとう。割り切ったつもりだったのだけど・・・。ダメみたい・・・」
カリンは、流れる涙を拭き取ってから、バステトに笑顔を見せる。
”にゃにゃ”
カリンの落ち込む声を聞いて、バステトは”大丈夫”と聞いているかのように鳴き声を上げる。
「うん。大丈夫じゃないけど、平気。本当に、まーさんはすごいよね」
”にゃ?”
「だって、異世界に馴染んでいるようにみえるよ?」
”んにゃ”
バステトは、カリンも十分馴染んでいると思っている。そんな思いを載せてカリンに応えた。
「え?私も?そんなこと・・・。ないよ。私は・・・。ダメ。迷ってばかりだよ。それに、彼らへの対応もまだ決められない」
”にゃにゃ?”
「ん?あぁ彼ら?勇者様(笑)たちだよ。もう私には関係がない人たち。できれば、関わってほしくない」
”にゃ!”
「大川さんは、優しいのね」
カリンの手をバステトが舐めて慰めている。
「大川さん。くすぐったいよ」
”にゃぁ”
バステトは、カリンの手を舐めていたのを止めて、カリンが何かを話すのを待つように、カリンを見上げる。
カリンにはバステトの優しさが伝わった。舐められていた手で、バステトの背中をゆっくりとした速度で撫でる。
「大川さん。私、彼らを殺したいと思ったのは、一度や二度・・・。では、足りない。毎日のように考えていた。でも、ダメだった。お父さんとお母さんを殺しちゃった私だけど、私の手で殺したわけじゃなくて・・・。勇気が出なかった。それがね。こっちの世界に来たら、どうでもよくなったの・・・。まーさんと一緒に逃げ出して、逃げちゃダメだと思っていたけど、逃げ出したら・・・。こんなに、気持ちが楽になったの・・・。もっと前に逃げ出せばよかった。あっでも、そうしたら、大川さんにも会えなかったね」
”にゃ!”
「うん。私、大川さんに会えて嬉しいよ。大川さんは?」
”にゃ!”
カリンからの問いかけは、バステトはノータイムで応えられる物だ。
”もちろん”という感情をカリンに伝える。
カリンも言葉ではなく、バステトの心が伝わった気持ちになった。なぜだかわからないが、涙と笑い声が一緒に出てしまっている。
カリンは、もう”迷わない”自分でやりたいと思ったことをやろうと決心した。
まーさんは、復讐は悪い事ではないと言ってくれた。カリンは、復讐の方法を考えてみようと思った。そして、まーさんに相談しようと思っている。
もう迷わないと決めたカリンは、その気持をまーさんに伝えることにした。
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