【第九章 復讐】第二話 忠誠
先頭を歩いている。礼登が、ドアを開ける。
中には、10人ほどが円卓に座って居る。上座には、4つの席が空いている。
入口に全員の視線が集中する。
礼登が開けた扉から忠義が先に部屋に入り、扉を押さえる。晴海が部屋に入り。夕花が続く。
晴海が手を差し出すので、夕花は戸惑いながらも晴海の手を取る。晴海の横に並んで歩くように誘導される。夕花は、晴海の腕に自分の腕を絡ませる。
夏菜と秋菜が部屋に入ったのを確認して、礼登が扉を閉める。
「六条家、現当主。晴海様の御前です」「いつまで座っているつもりですか?」
夏菜と秋菜が座っている六家の当主たちを叱責する。
メイド風情に言われて顔を顰める者も居るが、夏菜と秋菜の言葉が正しいのだ。立場の違いではあるが、夏菜と秋菜は、晴海と夕花に忠誠を誓っている。六家の当主といえ、敬称を付けるに値しない。
当主たちは慌てて、椅子から立ち上がって、晴海と夕花に頭を下げる。
「晴海様。夕花様。どうぞ」
礼登と能見が円卓の上座にあたる場所の椅子を引いて待っている。晴海と夕花は中央の席に座る。礼登が用意した、他の椅子とは違う豪華な物だ。
晴海と夕花は、椅子に腰掛ける。特に、夕花は自分が座って良いのか戸惑ったが、礼登が夕花に座るようにお願いしたのだ。
礼登は夕花の隣に、忠義は晴海の隣に座る。夏菜と秋菜は、晴海と夕花の後ろに立つ。
晴海と夕花が座ったのを確認して、夏菜と秋菜が皆を座らせる。
「皆。今日は、急な呼び出しに応じてくれて感謝する」
皆が一斉に晴海に視線を集中させる。
晴海は、忠義から事前情報として貰っている各家の情報を頭の中で参照しながら、忠義の右に座っている者に声をかける。
「市花」
「はっ。市花家当主宏明。晴海様。夕花様。本日は、お目通りありがとうございます。市花家は、六条家に絶対の忠誠を誓います」
市花家は、早々に晴海に忠誠を誓っている。
忠義の調べでも六条に取って代わろうと考えている様子はない。
「新見」
「新見家当主幸典。六条家に忠誠を誓います。新見家は偽り無く、晴海様、夕花様の手足となり六条家の繁栄に力を注ぎます」
新見家は、市花家とは違っている。自分の権益が守る為に六条の支配が丁度いいのだ。
「寒川」
「はっ。当主文武が高齢のために、代理にて失礼致します。九法幸田です。お初に御目見かかります。当主文武以下。六条家に忠誠を誓います」
「九法幸田殿は、百家の出か?」
「いえ、寒川家の分家です。私は、当主様のご息女舞美の夫です。後日、当主文武から、文孝の名前を頂戴いたします」
”名前をもらう”
この行為は、婿入りして当主候補になるという宣言だ。晴海が承諾すれば、正式に当主候補となり得る。今日は、寒川家にとっても重大な日になっている。
「そうか、今日は、舞美殿?」
「もうしわけありません。懐妊初期でして、医者から長時間の移動を制限されております」
「そうか、忠義。後で、寒川家に祝いの品を届けてくれ」
「はっ」
「九法幸田殿。知らなかった事とは言えもうしわけない。許してくれ」
「いえ、お館様からのお言葉、大変嬉しく思います」
これらの事情は、晴海はすでに忠義から聞いて知っている。
皆の前で謝罪をするのは、パフォーマンスなのだが、寒川家に配慮していると思わせるには十分なのだ。
「城井」
「城井家当主直亮」
「城井家次期当主直道。御身の前に」
「貴子には世話になった」
「城井家として当然のお役目です。お館様のお役に立てて嬉しく思います」
「城井家は、六条家に忠誠を誓います」
事前に根回しをしている。城井家は、簡単に挨拶を行う。
晴海が城井貴子が教授を務める大学に入ったのは情報として出している。したがって既知の話として説明は省略したのだ。
「合屋」
「合屋家当主泰章。晴海様に絶対に忠誠を誓います」
「晴海様。夕花様。初めて御意を得ます。合屋家次期当主泰史です。合屋家次期当主として、六条に忠誠を誓います」
晴海が家の名前を呼び、それぞれの家が挨拶をした。
形だけだが、これで全部の家が六条と晴海に忠誠を誓ったのだ。
「皆の言葉。嬉しく思う。先代が、非業の死を遂げた。私は、先代の意思を継ぐと決めた」
視線が晴海に集中する。
「今後の方針を決める前に、妻を紹介しておこう」
夕花が立ち上がって皆に軽く頭を下げる。礼登に囁かれて立ち上がって、会釈したのだ。深々頭を下げないように注意されていた。そのまま、夕花は椅子に座った。
晴海は夕花が座ったのを確認してから、当主たちをしっかりと見回してから口を開いた。
「知っている者も居ると思うが、私は今”文月”を名乗っている。非業の死を遂げた先代や家族を、六条を襲撃した者を捕らえるためだ」
「晴海ど・・・。失礼しました。お館様。奥方は、百家の文月の出なのですか?」
合屋家の次期当主が慌てて質問をしてきた。
百家から嫁取りをするのは、不文律として問題になってしまう。六家が養子に貰ってから、六条に嫁に出すのなら問題は少ない。それでも、一つの家に権力が偏ってしまう可能性がある為に推奨されない。
「いや、夕花の姓は文月だが、母方の姓は”不御月”だ」
忠義と礼登以外の者たちが驚く。
当然だ。それだけ、”不御月”の姓は重い。
ざわめきが止まらないが、晴海が手を翳して皆を黙らせる。
合屋家の現当主が質問をする。古株なので、取りまとめ役になるつもりだろう。
「お館様。本当なのでしょうか?」
「合屋は、私の言葉が信じられないのか?」
「そういうわけでは、しかし、”不御月”と言えば・・・」
「そうだな。東京を裏で支える家だな」
晴海の言葉が真実であるかを疑うことは出来ない。真実として話をすすめるしか無い。
新見家が話題を変えて六家の主導権を取ろうとする。
「お館様。襲撃してきた者は解っているのですか?」
「忠義。説明しろ」
「はっ」
忠義が、晴海からの指名を受けて、説明を始める。
襲撃に関しての事柄だ。
それから、調べた結果、百家の一つが絡んでいる情報を掴んでいるが確証はまだ得られていないと説明を行った。
文月の名前は出していない。もちろん、尾行している者たちや、それらを捕らえた事実は話していない。
「御庭番も、案外だらしないな。尻尾程度は掴んでいるかと思ったのだが・・・」
「新見様。もうしわけありません」
忠義は、新見の嫌味に反応して頭を下げる。
「忠義!」
晴海は、新見の戯言を注意するのではなく、嫌味に反応した忠義を注意した。
「もうしわけありません」
すぐに忠義は晴海に頭を下げる。
「新見も忠義たちを許してやってほしい」
「はっ」
新見は、晴海にだけ頭を下げる。御庭番は、権益を持たない六条の裏の部隊なのだ。御庭番に、六家の当主が頭を下げられない。
夏菜と秋菜は、参列者に目を向けている。
晴海と夕花の後ろに立ちメイド姿をしているので、晴海付きのメイドだと思われているのだろう。実際には、晴海と忠義と礼登から言われている確認を行っているのだ。証拠は必要ない。状況だけがしっかりと揃っていれば、それだけで断罪が出来る。
「直道。夕花を知っているのか?」
城井家の次期当主は、晴海から話を急に振られて表情が作れなかった。
「え?いえ、初めてお会いいたします」
城井家の次期当主は、夕花が”不御月”の関係者だと話した時に、夕花を凝視した一人なのだ。
もう一人は、合屋家の現当主だ。そして、寒川家の代理人も夕花を観察している。
「そうか?他の家の者は、夕花を知らないはずだよな?」
誰も何も言わない
「市花!」
「お館様。私たちは、能見から情報を得て知っております」
「新見!」
「お館様。独自の情報で、奥様のお名前とお姿は共有しております」
「寒川!」
「我家は、諜報活動が苦手な為に、夕花様のお名前は共有しておりましたが、お名前以外は存じ上げません」
「合屋」
「お館様。合屋家は、新見家の様にコソコソするのが嫌いです。能見に直接問い合わせをいたしました」
「忠義。合屋からの問い合わせが有ったのか?」
「はい。泰史殿のお名前で問い合わせがあり、お名前とお姿の情報のみ共有いたしました」
「最後に、城井!」
「妻の貴子からお館様と夕花様のお話を聞きました」
「それだけか?」
「はい」
「貴子はどうしている?」
「自宅にて待機しております」
「そうか、大学に2日ほど顔を出していないようだが?私の依頼がどうなったのか聞きたかったが、なにか聞いていないか?」
「もうしわけございません」
「直道は、なにか聞いていないか?大事な探し物なのだけどな?」
「もうしわけございません。お館様。母、貴子に代わりまして、私が承ります。何なりと申し付けください」
「そうか・・・。聞いていないか?”不御月”の話も、聞いていないのか?」
「はい。何も聞いておりません」
夏菜と秋菜が、晴海と夕花に頭を下げて、飲み物の代わりを持ってきた。
皆の前にも、同じ様に飲み物を配った。
同じカップを置いて、晴海と夕花に注いだポットから同じ様に注いでいく。
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