【第六章 約束】第十三話 落としどころ

 

 王国から共和国に最後通牒となる”提案書”が届けられた。

 ユリウスたちが突き付けた落としどころは、デュ・コロワ国にある”ダンジョン”の割譲と共和国とデュ・コロワ国の議会に、王国の議席を用意させることだ。一定数の議席を、両方の議会に確保させることで、共和国の流儀にのっとって国を支配する。ユリウスの発想ではない。
 クリスティーネからユリウスに伝えられた”落としどころ”だが、ユリウスが誰から出た”アイディア”なのかすぐに気が付いた。

 領土の割譲を行ってしまえば、王国内の貴族が”コバエ”のように湧いて出て来る。しかし、議席なら”うまみ利権”は少ないと思って、目に見える利益が出るまで”コバエ”は寄ってこない。目端が利く者たちは、デメリット以上のメリットがあるとわかるはずだ。国内の貴族をふるいにかけることができる。
 ユリウスが、皆の意見を聞きながら考え出した落としどころは、共和国に”毒”を仕込むのと同時に王国内の貴族に対する篩でもある。ある意味では、王国に向けての”毒”でもある。

ふるいか・・・。アルのやつも面白いことを考える)

 ”落としどころ”は、共和国内でも受け入れられた。議席数を現在デュ・コロワ国が保有している数としたことが、共和国の他の国々から妥当とされた。
 共和国の各国はこれ以上王国の軍が内部を食い荒らすのを”よし”としなかった。そのために、領土の割譲ではなく、ダンジョンの割譲と議席だけなら、問題はデュ・コロワ国内に留められると考えた。
 王国が確保できる議席は、デュ・コロワ国と同じ議席だけだ。簡単に言えば、王国が何か議題を上げても、デュ・コロワ国が反対に回ればつぶせる程度の数で大きな問題にならないと考えられた。

 しかし、足元で大きな問題が進行しているのを、共和国の議会は知らない。共和国にあるダンジョンが、次々に攻略されて、物資の産出が絞られ始めている事実を・・・。

 共和国は、ウーレンフートのような攻略難易度が高いダンジョンはないが、鉱石や好物。食べられる穀物や肉や草木。水や塩などの生きるために必須な物が得られるダンジョンが多く点在している。多くのダンジョンを有する国が、議会でも大きな発言力を持っている。議会制をうたいながら、議席数以外で発言力が変わってくる歪んだ体制で運用されている。

 アルノルトは、ヒューマノイドタイプを作成して、共和国内のダンジョンの攻略を行っている。
 すべてをアルトワ・ダンジョンの配下において、リスプに管理を任せている。共和国のダンジョンは、ヒューマノイドでも攻略が完了できる。条件が存在しているが、アルノルトは条件を整えたうえで攻略を行っていた。

 共和国から承諾した旨の書簡がユリウスの下に届けられた。デュ・コロワ国から、条件を含めて受諾する旨の書簡が届けられた。

 書簡を読み終わったユリウスは、戻ってきたギルバードに話しかける。

「ギル?」

 ユリウスが投げてきた書簡を受け取ってギルバードが眉をひそめながら返事をする。

「ん?」

 ユリウスの手元には、もう一つの書簡がある。
 クリスティーネから王国からもたらされた情報だ。これは、まだ正式な書簡ではないが、ほぼ間違いなく認められるだろう内容だ。

「議席の一つは、ライムバッハ家で確保することになったが、おまえが座るか?」

「魅力的な提案だけど、遠慮しておく。ユリウスは、無理だよな」

「あぁ本当なら、アルノルトが適任だが・・・」

「無理だな。それに、俺はエヴァに殺されたくない」

「ははは。そうだな。共和国よりも、エヴァの方が怖いな」

「あぁ・・・」

 天幕の中には、学生の時から付き合いがある者しか残っていない。
 包囲網の解除が決まって王国側も区切りがついたと判断した。次のシーンへの準備を行っている。

 もちろん、気を緩めてはいない。
 共和国だけではなく、デュ・コロワ国が攻撃を仕掛けて来る可能性が皆無だとはいえない。

 包囲網が解除されたのを確認したのか、共和国からの使者が駆けつけてきた。

 外が騒がしくなってきて、護衛の一人が天幕に入ってきた。

 護衛は、王国との交渉を担当していたデュ・コロワ国の使者だ。ユリウスも、ギルバードも、話し合いの場で会っているので顔は覚えている。護衛が、使者を天幕の中に無条件で連れてきたのは、ユリウスから”使者が来たら連れてこい”と命令されていたからだ。

 一般的な対応では考えられないことだが、使者はそんな”ありえない”対応をされていることにも気が付かないくらいに慌てている。

「使者殿?どうかしましたか?」

 使者が慌てている理由は、ユリウスたちは予想ができている。
 そして、使者では解決ができないこともわかっている。

「ユリウス殿下」

「何度も言わせないでください。私は”殿下”ではありません。ライムバッハ家当主代理です」

「失礼いたしました。ユリウス様」

「それで?。私たちは、約束通り、包囲網を解除しました。次は、貴国が約束を守る番だと思いますが?」

 自分の間違いを訂正して、使者が仕切りなおそうとするが、ユリウスが自分たちのペースで話をすすめる。

「はい。もちろんです。しかし・・・」

「ん?使者殿は何か勘違いされていませんか?」

 次の言葉を繋げようとする使者の言葉を切り捨てて、ユリウスが、言葉を紡ぐ。
 実際に、何が発生しているのかわかるだけに、使者に全部を説明させる必要はない。そして、説明する前に、自分たちの立ち位置をはっきりとさせる。

「・・・。勘違いでございますか?」

 ユリウスの言葉を聞いて、使者は自分たちが何か勘違いしているのか?間違っているのか?不安になって聞いてしまった。

「”しかし”なんて言葉は必要ないのですよ。包囲網は解除しました。物資の搬送も許可しました。これ以上。私たちに何がお望みなのですか?提案を受け入れていただけると、共和国からもデュ・コロワ国からも議会の承認が得られたとお聞きしましたが?私たちの勘違いなのでしょうか?それなら残念ながら、”承認をいただけなかった”と考えて、行動を開始するしかないですよね?」

 ユリウスが一気に話す内容を聞いて使者の顔が青くなる。
 承認が保護されたとユリウスが判断した。それは、王国軍の全面攻勢につながる。今、デュ・コロワ国は、ユリウスたちが率いる王国軍に対抗できる状況ではない。

「ユリウス。そう、使者殿を問い詰めても、ダメだろう。もしかしたら、使者殿が俺たちが望んだ””を持ってきたかもしれないだろう?」

 ギルバードがユリウスの言葉を引き継ぐ形で、使者の助け舟になっているが、沈みかけている泥船を提示する。

「・・・」

 使者も泥船なのがわかる。それに、ギルバードが言っている内容は、使者にとっては意味がない助け船だ。

「ギル。おまえの言い分はわかるが、使者殿がお一人で来ているのは間違いない。そうだろう?」

 使者は、ユリウスとギルバードの茶番を聞かされることになる。

「はい。使者殿は、護衛以外には誰もお連れではありませんでした」

「ギル。おまえの予想は外れたな。使者殿?私たちは約束を守った。認識が違いますか?」

 茶番だとわかっていても、その茶番に対する反論ができない立場だ。

「・・・。はい。包囲は解除され、流通も・・・。しかし・・・」

「何か?私たちは、譲歩に譲歩を重ねていますよ?」

 使者は額に浮かぶ汗を拭きながら、必死に自分の使命を果たそうとするが、ユリウスが許すわけがない。
 背中を流れていた汗は既に流れていない。青かった表情も、青から白に変わりつつある。

 気を失えばどんなに楽なのか、そして、自分が気を失った瞬間にデュ・コロワ国はすべてを失うこともわかっている。

「はい。はい。それは・・・。かしかに・・・。しかし・・・」

 使者は、最後の気力を振り絞ってユリウスの表情を見てから、自分の役割を果たそうと、足と腹に力を入れる。

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