【第九章 ユーラット】第二十五話 不在の理由

 

指令室となっている会議室には、ヤスとリーゼの姿が無くなっている。
帝国の侵攻を開始して、2週間が経過した。

帝国の侵攻は遅々として進んでいないが、先行部隊というべき者たちが、トーアヴェルデや楔の村ウェッジヴァイクに攻撃を仕掛け始めている。

「サンドラ様。帝国の動きは?」

オリビアの問いかけに、今日の指令室の責任者になっているサンドラが、メインディスプレイに解っている範囲での帝国軍の動きを示した地図を表示する。戦闘になっている部分は、リアルタイムでの情報更新が行われているが、帝国国内の情報にはタイムラグが生じてしまっている。

「海岸線まで辿り着いたようです。あと、早ければ4-5日でユーラットに到着します。それから、オリビア様。私のことは、『サンドラ』と呼び捨てにして下さい。オリビア様は、帝国の第三皇女です。身分で言えば・・・」

帝国国内の情報で、タイムラグは存在するが、目視での確認を含めて、ユーラットの海岸線はしっかりと監視を行っている。
帝国の皇子がユーラットに乗り込んでくる計画になっているために、しっかりと誘導を行う必要がある。

「サンドラ様。・・・。わかりました。サンドラ。私のことも、『オリビア』でお願いします。他の皆さまもお願いします。私は、帝国を捨てました。神殿に身を寄せている者です。身分で言えば、皆さまと対等になっているとは・・・」

「わかりました。トーアヴェルデ方面は、接敵をしました。戦闘に発展した地域もありました」

トーアヴェルデの近くまで来ている帝国兵は、帝国軍の尖兵ではない。
略奪を目的とした者たちなので、接敵と同時に殲滅している。帝国の貴族家の者も存在したが、目的が略奪なので、捕虜にはしていない。生き残った者たちも、神殿の奥に作られている牢に放り込まれている。
身分がある者は、ドッペルゲンガーが擬態をしている。擬態の必要がないと判明すれば解除する予定になっている。

「監視は出来ているのですか?」

オリビアが心配しているのは、帝国が勝つことではない。
帝国が神殿との戦いに勝ち抜ける力があるとは思えない。オリビアを担ごうとしていた者たちが今回の戦争に参加をしている。その者たちの保護を、オリビアはヤスに願い出ていた。
アーデルベルトやオリビアも、承諾している。オリビアが見返りに提供したのが、帝国の情報と、覚えている限りの帝都の地図だ。

「万全です」

「それで、ヤス様とリーゼは?」

オリビアの問いかけには、皆が苦笑いで答えた。

一人だけ、苦笑ではなく、なぜか怒っている。

「皆さま。私の事も、『アデー』と呼んでください。私だけ、殿下とか・・・。寂しいです」

皆は『今?』という表情をしているが、アーデルベルトとしては、今がベストのタイミングだと思えた。
オリビアとアーデルベルトは、身分は”殆ど”同じだ。オリビアに、”元”の言葉がつかなければ・・・。

「アーデルベルト殿下?」

オリビアが、恐る恐るという感じで、アーデルベルトを”殿下”と呼んだ。
皆のいる前では正しい呼称だとは思えるが、アーデルベルトは頬を膨らませて異議を唱える。

「『アデー』です。サンドラやオリビアだけではなく、マリーカやメルリダやルカリダもいいですね」

「殿下。さすがに・・・。アデー様でお許しをいただければ・・・」

アーデルベルトは、従者にも愛称呼びを許すと言ったが、どこに”耳”があるかわからない状況では、愛称呼びだけでも不敬だと騒ぎ立てる者に聞かれたら面倒な状況になってしまう。
同格なら問題はない。同格か少しだけ下の身分なら、問題にはならない。
アーデルベルトの身分を考えれば、オリビアはセーフだとは思うが、サンドラはアウトの可能性がある。従者はアウトだろう。身分から外れている、リーゼやアフネスは別格として、他に許されそうなのは、アラニスの姓を持っていたディアスくらいだろう。

「そうですね。殿下はダメです。いいですね。約束です」

皆が同じような表情で、アーデルベルトを見ている。オリビアは、亡命してきたと言っても、元は帝国の皇女だ。アーデルベルトと同格と言ってもいいから、アデー呼びは許される可能性が高いが。従者まで呼び捨てにするのは不可能に日かい。
オリビアと違って、アーデルベルトは亡命してきているのではない。神殿に身を寄せてはいるが、王国から戻ってくるように親書が届いている。アーデルベルトは、親書の全てを破り捨てて燃やしてしまっている。

「アデー。それで、ヤス様とリーゼは?」

オリビアは諦めて、『アデー』と呼びかけて、ヤスとリーゼの行方を聞いた。

夜の監視業務は、アーデルベルトとヤスとリーゼが担当していた。
もちろん、それぞれの従者もつき従っていたので、監視業務と言っても必要ではないのだが、リーゼとオリビアとアーデルベルトが強固に『監視が必要』と主張した。ヤスも、面白そうという理由で、監視業務を順番で行うことに決めた。

「そうそう。昨日、交代時間の前に、ルーサから連絡が入って、王国内で物資が不足している場所があるらしくて、ヤス様がディアナを出していました」

昨晩の監視業務終了時間間際に、アシュリに戻っていたルーサから『ヘルプ』が上がってきた。

「昨日の夜は、ヤス様とリーゼ様とアデー様でした。資材の不足ではなく、麦などの食料だと言われたので、ローンロットから運ぶようです」

ルーサは、アシュリに来ている商人からの情報として、ヤスたちに伝えた。
ヤスが、不思議に思って、マルスに調査を行わせた。

各通話記録から、貴族家や豪商の一部が、帝国が王国との戦争を行うという情報が流れ始めてから、徐々に食料の提供を渋り始めて、買い占めを行っていた。

ヤスは、買い占めを行っている貴族家の近くの集積所に食料を運ぶ指示を出したが、建材を運ぶ作業や全戦近くへの配置で動ける者が少なかった。
食料は、ローンロットに集積されている為に、運び出せば村や町で食料不足になる心配はなくなる。

買い占めを行っている貴族や豪商は、王国に文句を言って対応を頼んだ。

ローンロットの食料は、前線で消費するために集積された物も含まれる。
ヤスは、王都と辺境伯領で余っている食料を安値で購入して、運ぶことにした。ローンロットまで集めて、ディアナで一気に運んでしまう計画だ。

「リーゼは?」

リーゼは、ヤスが各地に連絡をして、状況を整理している間に、準備を終えて、着いて行く気満々で待っていた。

「ヤス様について行ったわよ」

当然という表現が正しい。

「え?ヤス様が許したの?」

オリビアは不思議に思って、聞き直した。しかし、 アーデルベルトが首を横に振る。

「え?」

驚いたのには理由がある。
付き合いが短いと言っても、オリビアもヤスとリーゼの関係は、自分たちとの関係とは違っていると感じていた。
そして、ヤスがリーゼを過保護だと言えるくらいに守ろうとしているのも感じ取っていた。

戦争の前線から離れた場所に物資を運ぶ運搬だけど、安全だとは言えない。
国境を完全に封鎖するのは不可能だ。帝国兵が紛れ込んで略奪行為をしている可能性もある。

そんな場所に、ヤスがリーゼを連れて行く状況が信じられないのだ。

「ヤス様が折れたのよ」

リーゼとヤスのやり取りを聞いていたのは、従者を除けばアーデルベルトだけだ。

「ヤス様を言いくるめたのね」

オリビアの言葉は正しい。
今、リーゼには沢山の仲間がいる。マルスもヤスが本当に拒否しない限り、リーゼの手助けをしようとしている。

「そう」

「ヤス様も、ディアナから出ないと、リーゼに約束させていたから・・・」

皆が同じような表情をしている。

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