【第一章 王都散策】第七話 おっさん考える

 

「それでは、まー様。対価はどうしたら良いでしょうか?研究所も、私も自由になるイェーンは多くありません」

「イェーンは、出来る範囲で構わない。それよりも、本には本で対価を支払って欲しい」

「本ですか?」

「研究所なのだろう?初代が書いた魔導書とかの写しがあるよな?俺たちには、使えばなくなってしまうイェーンをもらうよりも、情報がまとめられている本の方が嬉しい」

 イーリスは少しだけ考えて、おっさんに二つの条件を提示した。

「まー様。二つの条件をご承諾いただければ、初代様のことが書かれている書籍をお渡し致します」

「条件?」

 おっさんは、見てわかるような態度で不機嫌であると示した。条件をつける立場では無いだろうと表情と態度で語っている。
 慌てたのは、ロッセルだ。糸野いとの夕花ゆうかは見えていないのか、態度も表情も変えない。

 慌てたロッセルがイーリスとおっさんの話に割って入ろうとしたのを、おっさんが手で止めた。

「はい」

「いいぞ、言ってみろ」

 口調まで変えた。糸野いとの夕花ゆうかもやっとおっさんが不機嫌だと気がついたが、自分に向けられているのではないので、おっさんの出方をみようと考えた。ここで、ロッセルやイーリスを脅したり、暴力を奮ったり、自分から見て理不尽に思える行動をするようなら、逃げ出す方法や生活基盤の構築を考えなければならないと思ったのだ。おっさんの人柄を見極める材料にしようと考えたのだ。

「ありがとうございます。初代様が書かれたと言われている書物の数は多いので、まー様と彼女で選別をしてください」

「ひとまず、条件を教えてくれ」

「はい。一つ目は、書物の模写はスキルで行います。彼女が持っていた”紙”に模写を実行させてください」

「ん?彼女の・・・。あぁノートか、どうする?」

 おっさんは糸野いとの夕花ゆうかを見る。彼女の物なので、彼女に判断を委ねる。
 糸野いとの夕花ゆうかは、任されても困ると思っているが、自分の考えを口にする。

「うーん。持っていても、売る以外に価値がないから、使えるのなら使おう」

「ありがとう。彼女の了承も貰えたので、提供に関しては、問題はない」

「ありがとうございます。もう一つは、模写には時間がかかります。その間、研究所に来て頂けませんか?」

 おっさんは、先程とは違って渋い顔をする。
 提案は、問題はないが、状況が整わないと”この場所王城”に居るよりも危険だと考えたのだ。

「いくつか確認したいが、問題はないか?」

「もちろんです」

「今の話は、イーリス殿の独断か?ロッセル殿は知らなかったと考えていいのか?」

「はい。私の独断です。問題があれば、私だけを罰してください」

「わかった。次の質問だが、研究所は王城にあるのか?」

「・・・。いえ、王城には、私の部屋や与えられた場所はありません」

「それでは、王都の中か?」

「はい。貴族街にはなりますが、職人街や商人街の近くです」

「貴族街や職人街や商人街という単語が気になるが、王城ではないのだな?」

「はい」

「貴重な書物が多いように思えるのだが、王城で管理はしていないのか?」

「しておりません。貴族や王家には必要がないと判断されています」

「ふぅーん(文化を殺す国なのか?未来はないな)」

「え?」

「いや、なんでも無い。正式には、彼女と話をしてからになるが、こちらかも条件をつける」

「はい」

「まず、作業をする部屋には、イーリス殿とあと一人だけの立ち入りにしてくれ」

「わかりました」

「人は、一度決めたら、どんな理由があっても交代は認めない」

「はい。模写は、まー様の目の前で行うのですか?すごく時間がかかります」

「それは、任せる。俺と彼女に会える人物を最低限に抑えたい」

「わかりました。他には?」

「そうだな。イーリス殿。どうせ、俺や彼女が、読めた書物の内容を聞きたいのだろう?こちらの言葉に訳して欲しいのだろう?」

「え?」

「出来る範囲で協力してやるから、全部の書物を見せろ」

「ありがとうございます。わかりました」

「衣食住の安全を保証しろ」

「研究所の存在を知っている者は、辺境伯と派閥の一部です。研究員の身元も解っています。身内の確認も出来ています。研究員と研究員の家族も安全が保証されています」

「わかった。安全なのは信じよう。最後の要求だが、俺と彼女に年格好が似ている者を、この部屋で書物の模写が終わるまで生活させろ、その上で、ロッセル殿が毎日のように面会して、上に報告を上げろ」

 おっさんは、次の条件はロッセルに突きつける。

「期間は?」

「模写が終わってから1週間だ」

「わかりました。手配します」

 ロッセルが目指しているのは、二人を辺境伯の庇護下に置くことだ。
 そのためにも、イーリスの話におっさんと糸野いとの夕花ゆうかが乗ってくれるのはありがたい。

 おっさんも、少ない情報から、王城に居るのは危険だと判断していた。それではどこが安全なのかわからないが、安全が確保された場所というのはありがたい。それだけではなく、おっさんと糸野いとの夕花ゆうかの利用価値を認める人が提供する場所は理想に近い。一時的に身を寄せるには丁度いいと判断した。

「どう思う?」

 おっさんは、糸野いとの夕花ゆうかに意見を求めた、二人だけになってから話をした方がいいのは解っているが、ロッセルやイーリスの目の前で話をしたのは、おっさんが糸野いとの夕花ゆうかに意見を聞いている所を見せるためでもある。

「うーん。王城に居るよりはいいと思う。ねぇイーリスさん。研究所には寝泊まり出来る場所はあるの?お風呂があると嬉しいのだけど?」

「あります。研究所とは別に、私の屋敷が敷地内にあります。そこに、小さいのですがお風呂があります。初代様が好きだったので、王家の者が住む屋敷にはお風呂が作られています。客室も、この部屋ほど豪華ではありませんが、用意できます」

「まーさん。私は、賛成かな!」

「わかった。わかった。ロッセル殿。イーリス殿の提案を受けさせてもらおう。研究所に俺たちが居るのは・・・」

「私と彼女と、辺境伯とまーさんから言われている通りにあと一人だけにします」

「それなら問題はない。いつ、移動する?」

 即断即決。
 決まったら、すぐに実行が、おっさんの考えるベストなタイミングだ。

「まーさん。少しだけ、お時間をください。勇者たちの動向を確認します。あと、お二人の身代わりの選出も平行して進めます」

「わかった。それまで、”ここ”で待たせてもらう。身代わりは、都合が良い人物がいたら頼む。難しいようなら、この部屋の前に、ロッセル殿が手配出来る者を二人か三人ほど立たせて、俺と彼女への面会を拒絶してくれ、食事も最低限を運ばせて、運んできた者が食べるようにしてくれ」

「それなら、辺境伯に協力を仰がなくても手配できます」

「無理でない範囲でやってくれ」

「わかりました」

 おっさんは、素直に頷くロッセルを見て、駆け引きとかが苦手で、素直な表現をしてしまうので、そうとう嫌われているのだろうと判断した。これで、能力があればもっと嫌われるのだろう。善良な無能者は、利用できるが、有能な善人は有効価値が少ない。利用した時のデメリットが大きすぎる。

 おっさんは、頭をさげてから出ていく二人を見送りながら、日本に居た時のことを思い出している。

「ねぇまーさん。身代わりに、偽装を施すの?」

「それは考えていない。俺や君の能力は、権力に近い者たちに見せたくない」

「え?」

「だって、君。収納のスキルに、勇者たちの荷物の一部を入れただろう?」

「・・・。まーさん」

「ん?別に、いいと思うぞ?彼らは気が付かないみたいだし、君が魔法陣の中で行ったことは、俺は見えていない」

「むぅー。それって、見ていたってことですよね?」

「ハハハ」

「まーさん?」

「あぁ何かやっている程度だったけどな。それに、君のことだから、正当な理由があるのだろう?辞書とか、勉強道具とか、筆記用具だろう?」

「はい。物理の教科書とか、筆記用具とか、異世界物でオーバースペックになりそうな物で、私に持たせていた物を奪いました」

「ほぉあとで検証したいけどいいか?」

「はい。お願いします」

 おっさんは、出された荷物を見て、自分の持ち物も提示し始める。

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