【第一章 王都散策】第六話 おっさん取引を申し出る
「まーさん様」
「様はやめてくれ、まーさんでいい。それに、”さん”は敬称の役目を持っている」
「それなら、まー様ですね」
おっさんは、”まー様”とか呼ばれるのは初めてではない。融通がきかない真面目なやつほど同じことを言う。あとは、ピンポイントでおっさんが嫌がる呼び名を突いてくる奴が出てくる。目の前に居る女性は、間違いなく後者だと認識をした。
糸野夕花は”まー様・・・。マーライオンみたい”と言い出して笑いをこらえている。おっさんに気が付かれていないと思っていたが、おっさんはしっかりと聞いていた。
「はぁ・・・。好きにしてくれ、それで?」
「はい。まー様。豚王も豚宰相も、初代様のジョブは勇者だと思っていますが、本当の初代様・・・。魔王を討伐したと言われる者がついていたジョブは”賢者”です。そして、聖獣を使役しておられました」
おっさんは、スルーしたが、糸野夕花は、王家に連なる者と自己紹介した人物から、”豚王”と聞いてびっくりした。おっさんが、すんなりと受け入れていることにも衝撃を受けていた。
「ん?ちょっとまってくれ、豚王と豚宰相は合意するが、”本当の”初代様は、意味がわからないぞ?」
「はい。それを今からご説明します。その前に、私が語る話が真実である保証はありません」
「わかった。最後に、イーリス殿が、その話を知った方法を教えてくれ」
「もちろんです。それでは・・・」
まーさんと糸野夕花は、初代様と呼ばれる人間が召喚された時からの話を聞いた。
まーさんと糸野夕花が感じたのは、”よくある話”だ。
教会が主導した召喚は成功した。初代が召喚された時代は、教会が力を持っていた。帝国は存在していない。
初代が召喚された時は、勇者が二人と賢者と聖女が一人ずつ。そして、巻き込まれた異世界人という人間が二人だけ存在していた。
巻き込まれた異世界人がどうなったのかは、イーリスも知らないと言っている。記述が何も残されていないと説明している。
聖女は、教会が取り込んだ。勇者の一人(女性)と賢者(男性)は、魔王との戦いで命を落とした。
そして、聖女と生き残った勇者が結婚して、帝国の礎を築いた。教会は、そのまま帝国に吸収される形になった。
これが表のシナリオだ。
「へぇ歴史だと言っても、そこまで詳細に残されているのだな。著書として残されていたのだな。著者は?」
「不明です」
「どのくらいの期間の話が書かれている?」
「約50年です」
「ふーん。本当にわからない?」
「え?」
「いや、表の話を聞いただけだけど、戦闘とかスキルとか魔法とか詳しく書かれているよな?」
「あっ!巻き込まれた人!」
糸野夕花が何かに気がついた。
「え?」
「俺も、彼女と同じ感想だな。それなら、表と裏が残されているのも理解出来る。自分たちの存在を隠すには都合がいいからな」
「あっ・・・。まー様。その話は?」
「もちろん、想像だよ。知っているはずが無いだろう?」
「・・・。まー様。先程の話は、研究所に報告してもよろしいですか?」
「研究所?いいけど、俺が話をしたとかやめてくれよ」
まーさんが、糸野夕花を見る。
「え?まーさん。私も嫌ですよ。確実に目立ちますよね?」
「イーリス。その書物は、その研究所なら誰でも見られるのか?」
「え?あっ大丈夫です。ただ、裏の存在を知っているのは、ごく僅かです」
おっさんは、裏事情を知ってしまったことへの後悔があるが、”よくある話”の定番中の定番だ。”テンプレ”と言っても差し支えがない。
だが、ラノベに慣れ親しんだ者ならではの”よくある話”である。この場で、定番中の定番だと思えるのは、おっさんと糸野夕花以外には存在していない。
そして、おっさんは、イーリスの表情を観察していた。
”大丈夫です”という言葉は、ミスリードしやすい言葉だ。翻訳されている状態を考えると、意図としては”問題がない”と言いたいのかもしれないが、おっさんはわざとミスリードの方向に誘導することにした。
「なぁ。スマホを持っていたよな?」
「え?わたし?うん。持っていますよ?」
「ソーラー電池とかはある?」
「あっ・・・。持っていないです」
「彼らも?」
「予備のバッテリーは持っていますが、それだけです」
「そうか、それなら、俺のソーラパネルは使えるな」
「まーさん。持っているの?」
おっさんと糸野夕花が繰り広げる話を、イーリスとロッセルは不思議な顔をして見ている。
「使わせてあげるから、もし、勉強道具の中に、辞書があったら貰えないか?」
「いいですよ。必要・・・。あ!国語辞典と英和と和英があります」
糸野夕花は気がついた。
「お!すごいね。全部、もらっていい?その代わり、おっさんが持っているソーラパネルと交換しよう」
「え?複数のソーラパネルを持っているのですか?」
おっさんは、糸野夕花が賢い子だと思った。
「あっうん。全部で3つかな?ケーブルもあるよ?リンゴマークの方?ロボットの方?」
「いえ・・・」
「へぇ珍しいね。”刀”?」
「え?知っているのですか?」
「うん。知り合いが少しだけ変わったやつでね。”2”を持っているよ」
「えぇぇぇ初めて、同じ物を使っている人に会いました!」
「リンゴマークもロボットの奴も持っているよ。丁度知り合いから受け取ったばかりだったからね。あっ腕に嵌める奴も2つあるから、それも交換に含めよう。あると便利だろう?それで辞書を貰っていい?あと・・・」
おっさんは、改めて、ロッセルとイーリスを見る。
「イーリス殿。ロッセル殿。取引をしよう」
イーリスもロッセルも不思議な表情を浮かべている。おっさんが何を言い出すのかわからない不安な気持ちと、初代様の事情を何かしら知る手がかりを得られるかもしれないという期待が産まれている。
「はい。まー様」
イーリスがロッセルを手で制して、自分が交渉を行うことにしたようだ。
おっさんは、糸野夕花に荷物の中から、辞書と黒と赤のボールペンとシャーペン一本と芯を100本と100均で買ったと言っているメモの用紙を貰った。糸野夕花がソーラパネルと腕時計の対価としては、十分ではないと言っているが、おっさんはそれなら後で話をしようと笑った。
「まー様。これは?」
「イーリス。その研究所で買い取ってほしい物だ」
「え?」
辞書を後回しにして、ボールペンとシャーペンとメモ用紙の説明をする。
オーバースペックなのはわかりきっていた。二人の驚く顔を見ながら、淡々と説明を行う。
辞書は、”勇者たちがいた世界の情報”が入っている書物だ。イーリスが興奮するのは当然だ。糸野夕花が持っていた国語辞典は、簡易的な百科事典のようになっていて、挿絵も書かれている。小さい字で書かれているが、女子高校生には十分読めたのだろう。おっさんは苦笑しながら説明を行った。
「それで、まー様。先程の話は?」
「あぁすまん。説明が前後してしまったな」
そういって、おっさんは自分の荷物から、上下巻になっているラノベを取り出した。定番中の定番の話で、序章で賢者が勇者と聖女に裏切られる。賢者が復讐するという話だ。この話の面白いのは、最後まで一人称で書かれているが、その一人称が勇者でも聖女でも賢者でもないことだ。著者が別にいるという体で書かれている。そして、最後の最後で、異世界召喚に巻き込まれた第三者が著者であると締められているのだ。
ラノベを渡して、辞書の説明をした。
もちろん、辞書は日本語で書かれている。気の遠くなるような作業時間が必要になる。おっさんの糸野夕花は、”ひらがな”と”カタカナ”と”アルファベット”と”数字”の説明をした。それから、漢字の存在を教えた。数字の対比も教えた。
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