【第二章 ギルドと魔王】第十話 【ギルド】
「ギルマスからの連絡は有ったのか?」
「ない。上の方から、新たなギルマスの選定を行うと連絡が入った」
「そうか・・・。メルヒオールも愚かなことをしたな」
「そうだな」
本部のギルドマスターであったメルヒオールが、複数のギルドを新設した。ギルドの新設は、新たなポストと権益が産まれるために、ギルド職員や関係者は、権益のおこぼれに期待をした。
しかし、権益は本部には割り振られなかった。正確には、”現在のギルドを支える者たち”には、新たなポストが割り振られなかった。
メルヒオールが独断で決定して、ギルドマスターが持つ権利で強行したのだ。
「それで、上は、新しくできたギルドをどうすると?」
「”認可しない”という方針だ」
「そうか、上は、それで、メルヒオールに確認の書簡を出したのだな」
「違う。出頭命令だ」
「え?出頭?なぜ?」
「これだよ」
「おま・・・。これは・・・」
資料には、”秘”と書かれていた。秘匿文章だ。暗号で書かれていないことから、上層部が確認するための文章だ。
「いいから読んでみろ。その後で、燃やせばいいだろう?」
そういう問題ではない。
ボイドたちが危惧している事柄の一つに、情報に対する緩みがある。
ギルドとして、秘匿情報を末端が閲覧できて、盗み出せる状況が”問題”だ・・・。それを問題だと、感じていない。盗み出した情報が、連合国に連なる国々に流れて、その後に神聖国にも流れている。ボイドは、ギルドとしてのあり方にも疑問を持っていたのだが、それ以上に統制が取れていない、情報の管理体制をしっかりと構築を行うように上申を繰り返した。しかし、ボイドたちの思いは上層部には届かなかった。情報を渡すことで、金銭を得ている者たちがあまりにも多かったためだ。
「燃やす?俺がもらっていいか?」
「俺は、もう使ったから必要ない」
「助かる」
書簡には、新しく作られたギルドの、ギルド員が書かれている。作られた場所も記されている。場所の情報はオープンになっている。新設されたギルドのギルドマスターもオープンな情報だ。それ以外の、職員や担当者の氏名は秘匿情報にあたる。そして、氏名だけではなく、性別や種族が書かれた情報は、ギルドの上層部でも見られない秘匿情報にあたる。
「やはり・・・。噂は本当だったのだな」
「あぁ」
新しいギルドは、彼らが忌避している。人族以外の者たちで構成されている。
「新しいギルドマスターたちは?」
人事情報は公表されているのだが、人事に至る経緯は公表されていない。
新しく設置されたギルドなので、ポストが産まれたのだ。選考される者たちは、自分たちのポストが出来たと考えた。
「裏切り者だ」
「ん?裏切り者?」
「新しく作られたギルドは、獣も人だと言っている。認めるように、上に話をした奴らだ」
連合国と神聖国では、人族以外は、”獣”と同列だと思っている。
エルフやドワーフは、”魔物”と人が交わって出来た、人に似た”魔物”で、”獣”だという扱いだ。
「・・・。獣を?わからない。気が触れたのか?」
人族よりも劣っていると考えて、そんな者がトップに添えられるギルドが存在しているのが信じられないのだ。
「そんな奴らだ。新しいギルドでは、獣も人様と同じ依頼を受けられるそうだ」
「そんなことをして何の意味がある?商人は断るだろう?」
連合国や神聖国では、当たり前のように、商人は人族以外を差別する。
その結果、人族以外への依頼は、ほとんど存在しない。存在しても、人族の1/5程度での依頼になっている。自然と、人族以外が寄り付かなくなり、結果として、人族への依頼だけになってしまう。
「そうだ。それでも、許可を出しているようだ」
「それは、確かに、ギルドの基本方針とは違うな」
ギルドの基本方針は、けして”人族優遇”ではない。方針は、セーフティーネットが基本的な考えだ。仕事の斡旋を行うことが主な考えであり、それは種族で区切られるものではない。
しかし、連合国に近づきすぎたギルドは、いつの間にか”人族優遇”がギルドの基本方針だと勘違いする者が増えてしまった。
商人の長男以外の者で、才覚に自信が無いものが自分の小さなプライドを満たすために訪れるのが、ギルドだ。読み書きが出来ることから、ギルドの職員になる。
もともと、連合国は人族が多く居た国が大多数を占めていた。そのために、ギルドにも自然と人口割合の通りに、多くの人族が門戸を叩いた。
「あぁだから、裏切り者だと言われている」
「そうか、メルヒオールは、獣支援者なのだな」
「そうなる」
”獣支援者”は、人族主義と違う立場に立っているものだ。表立って、ギルドに反発はしていないが、人族優遇を撤廃するような行動を見せ始めていた。それが、新しい魔王の出現で一気に加速したことになる。
”獣支援者”と呼ばれる者たちは、連絡を取り合っていた。
本部のギルドマスターが、支援者だった。準備を重ねていた。そして、掛けられている”呪”の解呪と同時に動き出した。
話をしていた。男の所に、上司からの呼び出しがかかった。
貰った紙面を懐に閉まって、席を立つ。
ギルドには”秘”と書かれた書類が、本当に秘匿文章になっていないことを物語っている。
そして、明日にはこの男から、別の人物に渡る。その間に、何人ものギルド職員が目にして、この情報を、連合国に属している国々に売りつけるのだ。早い者勝ちで、情報が売られていく。
しかし、メルヒオールたち”獣支援者”たちが本当に仕掛けた罠に気がつくものは居ない。
資料は、地図で出回っていない。リストになっている。そのために、連合国が包囲されるように、新ギルドが設立されているとは気が付かない。辺境に配置されている程度の認識しかないのだ。
人族主義の者たちにとって辺境は、”獣”が居るにふさわしい場所という認識だ。”獣”たちが開拓を成功させれば、自分たちの権益が増える程度にしか思っていない。
—
「どうだ?」
「メルヒオール殿。いきなりですね。魔王ルブランとの接触はまだです」
「わかっている。ギルドの方は?」
「想定の範囲内です。辺境には興味がないようです」
「愚かな」
「こちらには都合がいいので、これ以上の情報が流れないようにします」
「情報戦は、貴殿たちが得意なのだろう。任せる。それで、餌には喰い付いたのか?」
「面白いくらいに・・・。これで、魔王ルブランとの戦闘は避けられないと思います」
「本当に愚かだな。それで、解呪の道具は?」
「それは、許可を貰ってきました」
「そうか!」
「対価は?」
「情報を求められました」
「ほぉ」
「・・・」
「何の情報だ?」
「近隣諸国の情報です。当たり障りがない情報ですが・・・」
「怖いな」
「はい」
「他には、ギルド・・・。城塞街に居る職人とギルド員に、カプレカ島の職人との対話を希望されました」
「ん?どういうことだ?」
「席を用意して、会談を申し込まれました。そこで、最高峰の職人と情報通のギルド員を希望されたので、帝国から職人を招致して、情報部から人を出しました」
「かなりの情報が抜かれたのか?」
「参加した者の報告では・・・」
「ん?どうした?」
「信じられない話ですが、魔王ルブランらは、自分たちが把握している技術の確認をしたかったようです」
「それは、魔王ルブランたちが使っている技術の提示があったのか?」
「そうです」
「それで?」
「帝国では、再現は不可能だろうという結論になっています」
「恐ろしいな」
「はい。あと、チェスはご存知ですか?」
「もちろんだ。あれは、頭を使う上に、戦略を学べる」
「はい。その時に使うコマは?」
「あぁ精巧に作られた物だな。ドロップ品だと聞いたが?」
「間違ってはいませんが、あのコマは、魔王城で制作されているようです」
「は?あれだけ精巧な作りを?どうやって?それだけの職人が?」
「いえ、魔王ルブランの話では、精巧な物を作り出す魔道具があるらしいです。詳しい話は流石に聞けません」
「・・・。そうか・・・。チェスの模倣はしないほうがよさそうだな」
「模倣は好きにしていいと言われたようです」
「なに?」
「それだけでなく、その魔道具で作られた物を見せられて、作ることが可能なのか確認して欲しいと言われたようです」
「その魔道具は、チェスのコマを作るためじゃないのか?」
「はい。まったく同じ大きさ。同じ重さで作られた信じられないくらい丸い鉄で作られた球。100枚のまったく同じ厚さで作られた鉄の板に、まったく同じ文様が書かれていたのを見せられた時には、笑うしかなかったですよ」
二人しか居ない部屋での会話だが、これ以上は会話を続けるのは危険だと判断した。
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