【第九章 神殿の価値】第二十一話 サンドラへの提案

 

 ヤスは、サンドラからの二つの報告を聞いて、少しの休憩を挟んだ。ヤスの問題ではなく、サンドラの体調を考えてのことだ。
 会議に参加はしていなかったが、マルスからの指示を受けて、ツバキがタイミングを見て飲み物の替えを用意した。一段落したタイミングで飲み物の交換なのだが、サンドラの分だけしか用意されていなかった。
 ツバキがお茶を替えている時に、セバスがヤスを探していると告げた。強制的に中断させる方法を取ったのだ。

 部屋から一時的に出ていくヤスを、サンドラは見送った。気を使われているのだと解ったが、確かに休憩が欲しいと思っていた。自分の考えが、まだまとまっていないのも影響しているのだが、ヤスにどう説明していいのかわからないのだ。ヤスの逆鱗に触れて、サンドラだけが出ていけと言われるのなら、甘んじて受けようと思っている。

 ゆっくりと出されたコーヒーを飲みながら、サンドラは問題になっている。王都から送られてきた書類を見る。
 アフネスは無視してしまえと言っていたが、無視できるような物ではない。他の”村”の長たちも、送り主にはあまりいい感情を持っていないので、ヤスに見せる必要はないと言っていたのだが、ドーリスとサンドラが、見せなかった時のデメリットが大きいと判断した。

 15分くらいの休憩を挟んで、セバスが戻ってきた。

「サンドラ様」

「あっ飲み物はもういいわ」

 これ以上、緊張を和らげるために、コーヒーを飲んだらヤスと話をしている時に、中座したくなってしまう。それだけは避けなければならないと思っていた。

「わかりました。旦那様が戻られます。座ってお待ち下さい」

「ありがとう」

 ヤスが、執務室に戻ってきた。サンドラの正面に座って、ツバキに飲み物を頼んだ。

「それで?」

「はい。残り二つの報告なのですが、一つ目は・・・」

 ヤスは、サンドラから渡された書簡の束をみながら、話を聞いていた。

 サンドラから見えるヤスは、書類に目を落としているが、サンドラの説明をしっかりと聞いてくれている。しかし、ヤスは書類を目で追っているし、話も聞いている・・・。ように見えているが、実際にはマルスに確認をしながら、どうしようか考えていた。

「会議では、結論が出ませんでした」

「意見も出なかったのか?」

「・・・」

「サンドラ。どうした?」

「ヤス様。意見は出ました。反対意見もありましたが、概ね受け入れてもいいのではという意見です」

「うーん。反対意見は?」

「財政面が主な理由です」

「他には?」

「技術の流出を懸念しています。あと、ヤス様や神殿の内部に関する情報の流出です」

「技術は、本当に秘匿しなければならない物以外は公開していい。情報は、積極的に開示しているよな?」

「はい。貴族たちは、ヤス様が開示されている情報を欺瞞情報だと思っています」

「うーん。欺瞞情報だと思われているのなら、何をしても無駄だ。無視する」

「はい」

「技術を習得して、自領の為に働きたいのなら、別に構わないぞ?基幹技術は、イワンが秘匿しているから、結局、神殿に頼らないと無理なのだろう?」

「そうなってきます」

「人数は?」

「え?」

「予想される、学校に通いたい人数が書かれていなかったからな」

「え?あっ。貴族家からは打診が有っただけで、無条件に受け入れてくれるとは思っていないようです」

「そうか・・・」『マルス。帝国は、まだ神殿への侵攻を諦めていないと思うか?』

『是』

『そうだよな。一回の失敗で懲りるような連中じゃないよな?』

『はい』

「なぁサンドラ。書類には、学校の場所が明記されていないけど、間違いはないよな?」

「え?神殿の都テンプルシュテットで受け入れるのでは?」

「それも考えたけど、神殿の領域にある学校は、俺たちが保護した孤児や孤児院出身の者たちの為で、貴族の子弟を預かるようにはなっていない。そうだよな?」

「・・・。あっ!そうですね。宿の問題もあります。孤児と同じ宿舎に泊めるわけには行かないと・・・」

「うん。でも、受け入れを行わないと、後がうるさそうだ。実際に、レッチュガウからの留学は認めているよな?」

「はい。もうしわけございません」

「サンドラを責めているわけではない。それに、レッチュガウから来ているのは、孤児やスラム街に居た子どもたちだよな?」

「はい。父には商人の子供や寄り子からの押し込みは拒否してもらっています」

「クラウス殿の寄り子や派閥の貴族なら、それで話が通るけど、書類を見るとそれだけではないよな?中立派閥の者も多いよな?」

「・・・。はい」

 今、ヤスがした指摘が、サンドラの頭を悩ませていることだ。父や王家の者たちの思惑としては、神殿を餌に中立という日和っている連中を派閥に組み込みたいと考えているのだろう。ヤスなら、貴族の思惑にも気がついていると思っていた。あえて説明しないで、指摘されてから、事情の説明をしようと考えていた。

「ふーん」

 サンドラは、冷や汗が止まらない。書類を見る。ヤスの表情が怖いのだ。

「サンドラ。”学校に通わせたい”がこの書類の趣旨だよな?」

「はい。そうなります」

「教師にも限界がある。クラウス殿や王家から人を出してもらうことは出来るか?」

「受け入れる条件に設定はできます」

「わかった。それなら受け入れよう。学費は、神殿で講座を受ける大人と同じでいいか?」

「え?」

 サンドラは、その10倍程度の要求を行うつもりだった。

『マルス。ウェッジヴァイクとトーアヴァルデの間にある使いみちが無かった土地に使いみちを与えるぞ』

『了。よいお考えだと思われます』

「サンドラ。提案がある。王家は無理だと思うが、学園の理事を派閥のトップから出してくれ、それから、学園に子供を送りたい貴族は、必ず子弟を送るように付け加える」

「よろしいのですか?」

「問題はない。学園の理事会を作る。理事会の役割は、後で説明するけど、学園の運営は理事会が全て決定する。議席数の2/3の賛成が必要で、神殿から厳選した理事の数は、2/3以上になるように調整してくれ」

「はい。問題はありません。理事会の全員が、神殿の関係者でも問題にはなりませんが?」

「駄目だ。必ず、貴族や豪商の関係者を潜り込ませろ、そうしないと、神殿側の人間を買収しようと動くはずだ、数名でも神殿側ではない人間が居れば、そいつらをマークすればいい。情報戦を制することができる」

「はぁ・・・。わかりました」

 サンドラは、ヤスの目論見が未だにわからない。
 神殿の物で、ヤスが運営すれば問題にはならないと思っているのに、”なぜ他人に任せる”のか、理解ができないのだ。ヤスが自分で得た権利を手放しているように思えてしまうのだ。

 ヤスに言われたことは、メモしているが、ヤスから渡された”録音機材”を使って録音もしているので、後で、アフネスたちと検証して、ヤスの真意を理解しようと思っている。自分一人で抱えるには案件が大きすぎる。最低でも、アデーを巻き込もうと考えていた。

 サンドラが、ヤスの真意が見抜けないまま、言われた内容をメモしている。
 ヤスは、セバスに指示をして、部屋にかけられているスクリーンに地図を表示する。サンドラは、更にヤスの真意がわからなくなっていた。サンドラたちの提案として、受け入れる場合には、別荘区を貴族に買い取らせて、そこに子どもたちの宿舎を自分たちで建てさせるつもりだったのだ。別荘区からなら歩いてでも学校に通えるし、無駄な警戒をする必要がない。

「サンドラ。神殿にある学校では、授業内容は別にして貴族の子弟が満足出来るような物ではない。そうだな?」

 サンドラは、違うと思っているが、くだらない部分で見栄を張る奴らはどこにでも居る。平民と貴族が同じ場所で勉強をするのがおかしいと文句を言い出す輩が絶対に存在する。

「・・・。はい」

「だから、この場所に、新たな学校を作る」

「え?」

 ヤスが示した場所は、サンドラたちの斜め上をいく場所だ。別荘区のフロアの一つに学校を作ってはという意見はたしかに存在していたし、一番いい解決策のように思えた。しかし、ヤスが示した場所は、誰も考えていなかった場所だ。

「しかし、その場所は・・・」

「法的な問題はないよな?帝国側が問題にしてくるだろうけど、実効支配しているのは神殿の勢力だ」

「そうですが・・・」

 サンドラは、メリットとデメリットを考える。

「あっ!それで、理事会なのですね」

 ヤスはニヤリを笑う。いたずら小僧の笑いだが、サンドラは別のことを考えていた。帝国だけではなく、王国内の貴族に対しての牽制にもなる。
 お父様たちも、こんな手を使われるとは思っていなかったでしょう。

「そう。それで、トーアヴァルデと同じように、城壁で囲った、学園村を作る」

「学園村?」

「そうだ、学校のベースは同じにして、寮を分ける。あとは、商人を誘致してもいい。神殿に商店を作られない者たちの不満が溜まっているのだろう。ガス抜きに使えばいい。運営は、理事会に一任。神殿は、技術提供と場所貸しだな」

「わかりました。検討します」

「うん。広さとか決まったら教えてくれ、セバスたちに城壁を作らせる。学校施設と寮は作るけど、商店や住民用の住居はまかせていいよな?」

「はい。お任せください」

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