【第二十章 攻撃】第二百十話
「マスター」
「どうした?」
「ルートガーが、相談したい事があると言ってきています」
「わかった」
隣を見ると、シロはまだ夢の中だ。
引っ越しをしながら、モンスターをハントするゲームを楽しむための機能作りを手伝ってもらっている。疲れて熟睡しているようだ。
布団をめくらないでもわかる。今日は、服を着ている。
「シャイベ。シロを頼む。ルートガーのところに話を聞きに行ってくる」
「わかった」
シロの事を、シャイベにまかせて、ブルーフォレストダンジョンに向かう事にする。
「ご主人様」
「どうした?」
「お一人では問題があります」
「迎賓館に向かうだけだし問題は無いだろ?」
「・・・」
「わかった。チアルかペネムとリーリアが付いてきてくれ」
「かしこまりました」
結局、俺の後ろにリーリアがついて、チアルが俺の肩に乗って、ペネムがリーリアの肩に乗っている。
迎賓館に向かうと、イェレラが待っていた。
「久しぶりだな」
「ツクモ様。ルートガー兄さんとクリス様がお待ちです」
「相変わらずだな」
愛想笑いの一つでもしてくれたら可愛いのにな。
迎賓館に作った、執務室に入らずに、元老院の方に向かっている。
ミュルダ老たちと一緒に話をするのだろうか?
元老院の部屋に通された。
リーリアは、イェレラについていってお茶の支度をしてくれるようだ。以前に、自分たちが出した物以外は絶対に口にしないでくれと言われて居る。気にしすぎだとは思うけど、オリヴィエやリーリアだけではなく、ステファナやレイニーも同じ様な事を言ってきたので、基本的には従うようにしている。
2-3分だろうか待っていると、ルートガーが深刻な表情で部屋に入ってきた。
座るとすこし待って欲しいとだけ伝えてきた。
さらに2-3分待つと、リーリアと一緒にクリスが部屋に入ってきた。
飲み物を持ってきてくれたようだ。
クリスもリーリアもお茶だけを出して座らないようだ。
「ツクモ様」
「なんだよ?」
「かなりまずい状況です」
「だから、どうした?新種か?」
ルートガーがうなずく。
まずい状況ということから、かなりの数が確認されたのか?
「どういうことだ?」
「はい。問題は、3つです。クリスにも元老院も同じ考えです」
「そうか、もう対処はしたのだろう?」
「いえ、対処が実行できた問題はありません」
「・・・。わかった、それで?」
「はい・・・」
ルートガーの説明を聞いて納得してしまった。
この星?には、チアル大陸と同程度の大陸が7つと中央に大きな大陸が一つある。
アトフィア教の大陸では、目立った被害は出ていないようだ。
ただ、中央大陸とエルフ大陸では甚大な被害が出ているようだ。他の大陸でも大なり小なり被害が出ている。
被害の程度で言えば、間違いなくチアル大陸が一番少ないのだ。
商隊が移動している先々でチアル大陸の事を話している。そして、被害がない事も宣伝している。それが悪い方に作用したようだ。チアル大陸に新種の魔物を操る者が居るのではないかという事だ。
街や集落の情報交換が頻繁でないために、それほど大きな声にはなっていないらしいが、そういう声が上がり始めているという事だ。
もう1点がより直接な行動に出ている場所が存在しているらしい。
エルフ大陸の者たちの中に、チアル街に移住を考え始めている者が出始めていて、エルフ族で意見が割れているという事だ。
”知るか”と切り捨てる事もできるが、話を聞くと、なかなか面白い。
メリエーラ老を頼って俺にお願いして保護を求める派閥
今の森に住み続けてチアル大陸に救援を頼んではどうかという派閥
エルフ族が下に付くわけには行かないチアル街は喜んで保護してくれるだろうという派閥
日々勢力は変わっているらしいが、最後のくだらない意見の者たちが一番多いということだ。
その派閥の中の強硬意見を出している連中は、チアル街に戦いを挑むつもりで準備をしているという事だ。今は、保護を求めるという意見の穏健派が抑えているが、いつ暴発するかわからない状況だという事だ。
もうひとつがもっと厄介な話で、アトフィア教の穏健派と教皇派閥から分離した者たちが、チアル街との会談を考えているという事だ。出せる情報が無いのに、会談をしても意味がないと思っているのだが、アトフィア教の連中は違う考えを持っているようだ。
アトフィア教は、ゼーウ街襲撃の失敗から強硬派は殆ど居なくなって、穏健派と教皇派が4:5になっていて、教皇派閥から分離した者たちが1で形成している。教皇派閥から分離した連中は、なにか宗教的な考えがあるわけではなく、日和見主義な者たちが原理原則を言い出しているだけのようだ。
チアル街に全員で移住する事を望んでいるようだ、アトフィア教を割ってでも行いたいというのが本音のようだ。面倒な宗教戦争に巻き込まれたくない。
「わかった。噂はなしに関しては、消すのは無理だろうから、”ロックハンドが襲われて壊滅的な被害を受けた”と噂を流してしまう。その後、”どうやら攻略したダンジョンに逃げ込めば大丈夫なようだ”と流せ」
「え?本当なのですか?」
「どっちが?」
「両方です」
「ロックハンドが襲われたのは本当だぞ。ガーラントの使っていた盾が壊滅的な被害を受けたぞ?」
「・・・。ツクモ様。それは、詐欺じゃないですか?」
「ルートガー。俺が嘘を言ったかのような発言は辞めて欲しい。言葉が足りないだけで、全部事実だろう?」
「・・・。はぁわかりました。もう1点は?」
「まだ検証が必要だけど、多分奴らは、どこかのダンジョンかダンジョンマスターの意思で動いている。他のダンジョンには入らないと思って間違いない。ただ、その条件が不明で、攻略が必要なのか?それとも、攻略していなくても大丈夫なのか?それがわからない」
「え?」
「それに、ダンジョンに入っても襲われたら、そのダンジョンが新種の基地であると宣伝できるだろう?」
「は?」
「ん?」
「あっいえ、ツクモ様は”新種はどこかのダンジョンから出ている”と考えているのですか?」
「違うという選択肢があるのか?急にあんな魔物が出てくるようになったのなら、誰かがダンジョンを攻略して、ダンジョンマスターの力を得て居ると考える方が自然だし筋が通ると思うけどな」
「・・・。そうですか・・・。俺には判断できませんが、噂話を流す事にします」
「そうだな。ルートガー。他の大陸の被害はどんな感じになっている」
「まとめた物があります」
ルートガーから1枚の紙が渡される。
「これは?」
「確定している被害です」
ひどいな。
解っているだけで、集落が17か・・・街も、半壊になった所が3箇所。
多分、しっかりと判明していない部分には、街が全滅した所があると考えるのが妥当だろう。被害はもっとあると思って良さそうだな。
「ルートガー。被害の場所は明確になっているか?」
「まだ全部ではありませんが作っています」
「途中でも構わない。見せてくれ」
「はい」
一旦、奥にルートガーが戻っていった。
「ご主人様。お取替えいたしましょうか?」
「いや、新しい物を持ってきてくれ、これはこれで飲む」
「はい。ありがとうございます」
すっかり冷めてしまったお茶を飲み干して、リーリアに渡す。
すぐに入れ直したであろう珈琲が運ばれてきた。
匂いを嗅いだ。
「リーリア。豆を変えたのか?」
「いえ、今日は蜂蜜に珈琲の豆を浸した物を作って使いました」
「そうか・・・」
「どうでしょうか?」
一口飲んで見て、だいぶ洗練されている。
「うまいな」
「ありがとうございます。お気になる部分はありませんか?」
「俺には少し甘いかな?」
「わかりました。次は、もう少し蜂蜜を抑えます」
「そうだな。蜂蜜じゃなくて、シロップを使ってもいいかもな」
「シロップですか?」
「・・・。そうだな。作り方は簡単だから、今度、時間ができた時に教えるよ」
「ありがとうございます」
珈琲を入れる機械も作れそうだな。
機能は難しくないけど、ドリップ部分がとびっきり難しそうだけどな。時間は沢山有るのだから、やってみるのもいいかも知れないな。
「ツクモ様」
少し大きめの書類を何枚か持ってきた。
テーブルの上を少し片付けてから、書類を広げた。
解っているのは、エルフ大陸とアトフィア大陸と中央大陸の一部のようだ。
中央大陸は、中央から近い集落や街が襲われている傾向が強い。
エルフ大陸とアトフィア大陸は、海から近い場所が襲われている。
ただ、エルフ大陸もアトフィア大陸も、チアル大陸と違って崖に覆われているわけではないので、いきなり中央が襲われているような印象を受ける場所も存在している。
時系列にまとめられている。
線で結んでいくと、ほぼ真っすぐに進んでいる事が判明する。
まずいな。
状況はやはり芳しくない。
「なぁルート」
「はい」
「どう思う?」
「わかりません」
「考えるのを放棄するなよ」
「そうですね。かなり状況はまずいでしょう」
「だよな」
間違いなく、中央大陸の中央部分にある森が発生源なのだろう。
円状に広がっている。
ただ、ロックハンドの例に有るように、中央大陸以外ではいろんな場所から攻められている状況がわかる。
「しまった・・・なぁシロを連れてくればよかったな」
「そうですね。でも、確実にアトフィア教は中央のダンジョンを攻略していますよね?」
「そうだな。支配しているかわからないけど、ダンジョンを攻略しているのは間違いないだろうな。コアを手中におさめているかはわからないけどな」
「そうですね。エルフ大陸はまだのようですね」
「あぁ」
アトフィア教は、沿岸部だけが襲われている印象がある。
エルフ大陸の方は、中央にある森の近くまで襲われている。
そして、問題なのが、新種の活動時間が伸びている印象がある事だ。
最初の頃は、一つの集落が襲われたら被害が終わっていたが、今は複数の集落が連続して襲われている。被害の連鎖が続くようになっている。
被害が出る間隔が伸びている印象があるのがせめてもの救いだが、今後はどうなるかわからない。
「問題は・・・」
「そうですね」
商隊が襲われ始めている事だ。
チアル大陸は問題ならない。現在の所は、新種が出ていない。もし出てきたとしても、最悪はワイバーンを使って輸送を行ってもいい。ワイバーンの数も揃ってきている。
「それで、アトフィア教は大丈夫だとしても、エルフ大陸は慌て始めているのだな」
「そうだと思います。元老院で調べた所では、数年は大丈夫だという事です」
「ん?それなら・・・。あぁそうか、長命種だと、数年では心配になってしまうのだな」
「どうでしょうか?大きな集落は大丈夫でしょうが、小さな集落はすぐにでも影響が出始める可能性があります」
「そうか・・・支援は・・・。無理だな」
「はい。一つに支援を行えば、侵略かと言われます」
「面倒だな」
「はい」
支援物資を送るのは問題ないのだが、エルフは一つにまとまっているわけではない。集落ごとに閥を作っている。そのために、意見の統一を行うために、集落の長が集まって会議を行って決定しているという事だ。
高いプライドも邪魔している。
勝手にしてくれと言いたい所だが、こちらを頼りにしている連中が居るのも間違いない。
それに、新種の魔物に関しては、対処を間違えば、自分の大陸だけの問題では終わりそうにない。
ルートガーと新種の出現場所は被害を見ていると、ドアがノックされた。
神殿区に居た子だろうか?
ルートガーの執事見習い様な状態になっている。ルートガーに耳打ちする。
リーリアが俺の所まで来て、新しい珈琲と交換していった。
「ツクモ様」
「どうした?」
「・・・」
「ルートガー?」
ルートガーが再確認を行っている。
表情には、鎮痛な感じは出ていない。
「すみません」
「いや、いい。それで?」
「はい。未確認なのですが、ドワーフが多く住む大陸が・・・」
ルートガーの言葉を待つ
「大陸にあった、中央街が無くなりました」
「は?」
「商隊がいつものように行動していたのですが、中央の一番大きな街が崩壊しました」
「住民は?」
「わかりません。報告は、街がなくなっていると有るだけです」
「そうか・・・?時間的には?」
「約1ヶ月前です」
ん?
「ルート。1ヶ月前だとおかしくないか?」
「・・・」
「街がなくなった事が問題だな」
「はい」
そういいながらも時間的な事が気になってしまう。
「1ヶ月前の情報が今届けられる事が問題だな」
「あっ・・・。もうしわけありません」
「悪い。ルートガーや元老院の事を言ったわけじゃない。なんで、1ヶ月前の情報が今届けられたのかが気にならないか?」
「え?」
「ルート。少し考えろよ」
「・・・」
「ルート。ドワーフの大陸からは、これが初めての報告か?」
「いえ・・・。そうですよね。二週間前の報告が有るのに、一番大きな街がなくなった報告が後から届くのはおかしいですよね」
「そういうことだ」
「どういうことでしょうか?」
「今回の報告は、どういう経路で情報が届けられた?」
「え?わかりました、調べます」
「あぁ・・・。でも、もう必要ないかも知れないけどな」
「え?」
「1ヶ月前だろう?」
「はい」
「俺たちの街と、ドワーフ大陸の交易はどのくらい行っている」
「もう半年くらいは行っていますね」
「到着までどのくらいかかる?」
「1ヶ月半くらいでしょうか?」
「だよな。そうなると、数週間もしたらドワーフ大陸に行っていた商隊も帰ってくるよな。大量のドワーフの難民を引き連れてくるかも知れない。船の手配ができないから、数は少ないかも知れないけど知れないけど、難民が出ているのは間違いないだろう?」
「えぇでも、チアル大陸までは距離がありますよ?」
「ルート。お前なら、逃げた先で安全な大陸があるかもしれないという噂を聞いたらどうする?それも、子供や嫁さんが居たら・・・な」
「そうですね。受け入れの準備と、パレスキャッスルとパレスケープに通達しておきます」
「そうだな。まずはそれだろうな」
ルートガーが指示を出すために部屋から出ていった。
「ふぅー忙しくなりそうだな」
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