【第十章 エルフの里】第三十話 珍道中

 

エルフの里を出るときに、大樹に向かってリーゼと一緒に頭を下げる。
コアであるマリアにではない。大樹の側で眠るエルフたち・・・。リーゼの母親に向かってだ。

リーゼが、一筋の涙を初めて見せた。黙って、リーゼを抱き寄せる。それだけで、リーゼは身体を少しだけ強張らせたが、俺の背中に腕を回して、抱きついて、泣き出してしまった。

リーゼは、声を出さずに泣き続けた。溜まっていた物が流れ出たのだろう。

「ゴメン」

身体を離すと、リーゼは俺に謝ってきた。何に対して、謝っているのか・・・。聞かない。聞いてはダメなことくらい解る。リーゼの頭を軽くたたいてから、できるだけ軽く普段と同じ口調で・・・。

「いいさ。風もある。簡単に渇くだろう」

「もう・・・。でも・・・。ありがとう」

「いいよ。帰ろう」

「うん!」

リーゼが腕を絡めて来る。
いつもの人懐っこい笑顔は変わらないが、どこか少女から女性に変わった雰囲気がある。心にあった”何か”が昇華されたのだろう。

FITの運転は、俺が行っているが、人が居ない場所では、リーゼにハンドルを握らせた。多少のミスはあるが、安全に運転が出来ている。ただ、スピード狂の”気”があるのか、速度をキャリーした状態で曲がろうとして、クリッピングポイントがうまく取れない場合が多い。

「リーゼ!何度も言わせるな!曲がる時には、ギリギリまで粘って、速度をしっかりと落せ」

「解っているよ!でも」

「”でも”じゃない。今も、曲がれないと思って、曲がりながらブレーキを踏んだだろう」

「ううう。ヤスが優しくない」

「嫌なら変われ、FITが可哀そうだ」

「ヤダ!」

「頭を振るな。的確な速度なら、曲がれる。頭を振りたいのなら、進入角度を考えろ!ブレーキ中は、姿勢を保て!ブレーキ中に動くな!コース取りを考えろ。見えるコーナが全てじゃないぞ」

「ヤス!うるさい!それならやって見せてよ!」

「わかった。戻るぞ!」

リーゼが走らせた道を戻った。
大凡のタイムは、マルスが記憶していた。実際には、15分くらい走っていたから、数秒なら誤差だろう。それに、俺の感覚では1-2分は早く走らせることができるだろう。

運転を変わって、同じコースを走る。コーナを覚えているアドバンテージがあるが、文句を言わせないタイム差がある。
タイムは、暫定で記録していたリーゼのタイムを3分ほど縮めた。

「うぅぅぅ。そうだ!ヤスは、コースを覚えていた。僕は、初めてだから・・・」

「わかった。わかった。もう一度、リーゼが試してみるか?」

「うん!」

それから、5回ほど同じコースをリーゼがアタックした。往復を運転しているわけではない。帰りは、俺が運転してリーゼが助手席に座っている。
そして、諦めた。最初のタイムから、2分近く縮めたので運転は確実にうまくなっている。安全に配慮しているのか聞かれると微妙な感じではあるが、しっかりと考えて走らせているだけ、”良い”と思っておこう。

こんな感じで、何度かラリーを楽しむように、コースを設定した。俺が先に走って基準のタイムを作ってから、リーゼがアタックする。
エルフの里から急げば2-3日で王国に到達するが、結局2週間近くかかった。急ぐ用事はない。

王国に近づけば、道が整備され始める。
王国も神殿と取引を行うようになって、物流が大事だと思い知ったのか、街道を整備して、都市部だけではく村や町へ、人や物を流動的に動かしている。

「道が綺麗になったのは、嬉しいけど・・・」

リーゼがいいたいことは解る。
街道が整備されて、走りやすくなっている。王国に入ってからは、バウンシングが少なくなった。姿勢制御も必要な場面も少なくなった。リーゼが運転している時に、リアを滑らせることがあるが、道がよくなってからは、少なくなった。リーゼは、流れ始めると、自然とカウンターをあてているが、ドリフトは教えていない。絶対に教えたら、実践を行おうとする。FITでは無理だ。FFベースの4WDになっている。神殿にある車を思い浮かべると、FRは存在しない・・・。トラクターとかはあるけど、リーゼがハンドルを握ることはないだろう。

「そうだな。馬車だけならいいけど、徒歩で移動している者も多くなっている」

王国の辺境や領都や王都では、アーティファクトを見たことがある者が多いのだろう。FITを見ても、少しだけ驚いた表情をするが、何か納得している。その後に、道を譲ってくれる。
それでも、速度を徐行とは言わないけど、落した速度で走っている。

人を轢かないようにマルスに注意してもらっているが、それでも注意が必要で、体力以上に精神力が必要になってくる。
それに、整備されていると言ってもダートコースなのは変わりがない為に、運転にも神経を使う。道幅が狭い場所も多い。

「リーゼ。そろそろ、ライトが必要になる。近くの村で休むぞ」

「うん!」

都市や街や村に立ち寄って、買い物をしたり、屋台で買い食いしたり、観光を楽しむ。
宿で休むこともあるが、村にアーティファクトを安全に停める場所がない場合には、村から出て、近くの森でマルスに結界を発動させて、休むこともある。リーゼが言うには、豪華な野営だと言っているが、休める時に休んでおかないと、運転にミスが出ては困る。

結局、王国に入ってからも、あっちにふらふら。楽しそうな話を聞けば、見に行った。綺麗な場所があると聞けば、リーゼと見に行った。

いろいろな場所を見て回った。
リーゼの希望でもあったのだが、俺もこの世界に来てから観光を楽しむ時間も余裕が無かった。
どこか、心で異分子だと思っていたのだろう。リーゼと道中に話をして、楽しい気持ちになって、現地の物を買って、二人で食べる。簡単なことだけど、それだけで、世界に受け入れられたような感覚になってくる。

街や村で面白そうな話を聞いたら、向かってみる。
こんな珍道中とも言える移動を繰り返していた。

すでに、エルフの里を出てから、2ヶ月近い時間が経過している。
神殿の様子は、マルスから定時連絡が入ってくる。いくつかの問題は発生したが、セバスたちに指示を出して解決している。

無視できない問題も発生した。
帝国側の関所になって、トーアヴェルデが帝国兵と思われる者たちの襲撃をうけた。撃退には成功しているが、俺たちには帝国に苦情を伝えることができない。辺境伯に助言を求めたが、全面的な衝突ではなく、いつもの威力偵察だろうと言われた。以前は、辺境伯領まで攻め込んできた帝国は、トーアヴェルデの存在で、緩急地が出来てしまった為に、辺境伯としては帝国との折衝には積極的にはなれないようだ。

道中、遊んでいるわけではない。
王国内にある集積場は、基本的に神殿と地域の貴族が共同運営している。半分は、俺の持ち物となっている。増えていて、数の把握ができない。知らない場所も多い。マルスの案内で、集積場の視察を行うこともある。
不正を行っている・・・。者は、いなかった。正確には、居たが、マルスのチェックを潜り抜けるのは不可能だった。貴族側の人間は、共同運営している貴族に報告するのと同時に王国にも報告を行うプロトコルになっている。

「ヤス!」

「どうした?」

今は、リーゼがハンドルを握っている。
ゆっくり走らせることを覚えて、馬車とのすれ違いも安心していられるようになったので、順番でハンドルを握るようになっている。

少しだけウトウトしていて確認をしていなかった。
リーゼは、カーナビに表示されている”赤い点”を指さす。

「マルス!」

『前方900メートル。襲われています』

「馬車か?人か?」

『情報不足』

「わかった。魔物か?」

『ゴブリン種と推定。上位種の存在を確認』

「リーゼ!」

「うん」

リーゼは、アクセルを踏み込む。

「マルス!リーゼをサポート」

『了』

「眷属を先行できるか?」

『否』

「わかった。リーゼ!」

「うん」

900メートルなら、すぐに到着する。1分程度で到着する。
間に合えばいいが・・・。ゴブリンとゴブリンの上位種だけなら、FITで跳ね飛ばす方法が使える。戦闘中なら、魔法を使う方法もある。なんとかなる。

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