【第十章 エルフの里】第十四話 長老
紅茶を飲み込んでから、ヤスは長老を睨みつける。
諦めたのか、ヤスの前まで歩いてくる。
ヤスは、また指を鳴らす。
今度は、ヤスの対面に椅子が出現する。
「座れよ」
ヤスが自分のカップに注いだポットから、長老の前に置いたカップに紅茶を注ぐ。
ハイエルフだけあって、魔法の素養は人族に劣らない自信があった。
しかし、ヤスが使っている技が見抜けない。他の長老との会話も不可能で、一人にされてしまった。
ヤスは、懐からボイスレコーダーを取り出す。
これも、長老には何をするものかわからない。
「警戒しなくていい。ここの会話を録音するだけだ」
「ろくおん?」
椅子に座りながら、長老はヤスに疑問を投げかける。
できるだけ情報を引き出そうと必死なのだ。負けが確定している状況から、どこまで譲歩を引き出せるのか、あとで、聞いていない。言っていないと、もう一度の交渉を設けるための方法を考えている。
しかし、ヤスの”録音”の説明で、長老が考えていた”もう一度の交渉”が無意味な物だと知らされた。
「試してみればわかる」
ヤスは、ボイスレコーダーを操作して、再生を行う。
”警戒しなくていい。ここの会話を録音するだけだ”
”ろくおん?”
”試してみればわかる”
二人の会話がしっかりと再生される。
ボイスレコーダーの機能を理解して、長老は顔色を更に悪くする。
「それで?」
「儂は、この辺りのエルフを治める長老衆の一人だ」
「それは聞いた。それで、どう処罰する?償いの方法を教えてくれ」
「それは・・・」
「俺は、十分譲歩した。お前の配下なのか、どういう関係なのか、知らないが”償わせる”のだろう?”知らなかった”と言えば許されると思うなよ。お前が、知らないことだから許して欲しいと言った瞬間に、俺は俺が定める理論で動くからな」
「それは?」
「何度も言わせるな。全員を、神殿まで連れ帰って、死罪にする。そうだな。見た目もいいやつが何人かは居たな。奴隷にして、魔物との混血が可能なのか実験してみてもいいな。あぁあと、同じ死ぬのなら、実験に使ってやるよ。エルフは長命なのだろう?遺伝子レベルで長命なのか、なにか人と違うのな、人体実験をしてもいいだろう。腹を裂いても生きていられるのか、魔法耐性があるのだろう?どの程度なら耐えられるか実験してみるのもいいな」
「そんなことが」
「出来る。俺は、神殿を掌握している。一国と同じ権限を持っている。それをわきまえて、発言しろ。何度も、同じ事を言わせるな。エルフは、考えることを拒否している愚か者が揃っているのか?」
「くっ。神殿の主殿。貴殿の考えでは、死罪以外に、償いが認められませぬ。譲歩していただけないのでしょうか?」
「間違っている。エルフという種族で括るのは失礼だが、お前たちは大きな間違いをしている」
「は?」
「それだ。自分たちは、優秀で、相手が譲歩するのが当たり前だと思っているのだろう?」
「・・・」
「違うのか?」
「違う」
「何が違う?なぜ、俺が譲歩をしなければならない。お前が、俺に譲歩してもよいと思わせる”償い”を言うのが先だろう?それが出来ないのは、優秀な自分たちが、人族である俺に謝罪するのが気に食わないからだろう?違うのか?違うのなら、さっさと”償い”を提案しろよ。それとも、土下座でもするか?それで、俺が許してくれるのを待つか?」
ヤスが言い放つ言葉は、正論だ。
長老にしてみたら、神殿を攻略して成り上がった人族程度だと思っていた。今までの手法が通用しない現状でも、まだ”たかが人族”という見下した感情で対峙している。
適当なことを言って、『言った』『言わない』の、議論に持ち込んで、あとは時間が解決してくれる方法も、ボイスレコーダーの存在で潰されてしまっている。
それだけではない。長老が得意とする魅了の魔法もヤスには効かない。弾かれている雰囲気がないのに、レジストされてしまっている。不気味さだけが際立ってしまっている。
「そうやって時間を稼ぐのが、エルフのやり方なのか?長命種らしいやり方だな。俺は別に、それに乗ってやってもいいぞ?」
「・・・」
「俺は、好きなだけ、食べ物も飲み物も出せる。この結界の中の気温の調整も可能だ。そうだな。その格好だと、寒いのは辛いだろう?」
「それは、貴殿も同じなのでは?」
「そうか、それならやってみるか?俺は、いくらでも魔法が使えるが、この中で魔法が使えるといいな」
長老は、結界を見上げる。
確かに、魔法の発動が出来ない結界だ。それだけではなく、外部からの魔力の供給まで絶たれている。それで、ヤスは魔法が使えると豪語している。ブラフかもしれないが、それを試して、ヤスが言っている事が真実だった時には、一枚の手札を失うだけではなく、自分の命さえも危険に晒すことになってしまう。そんな分の悪い賭けにはでられない。
「それに、時間をかければかけるほど、俺が確保している奴らが苦しむだけだ」
「拷問でも行っているのか?それは、即刻中止を求める。人道的に、話し合いに応じてほしい」
「はぁ?拷問?そんな面倒なことはしていない。そう考えるのなら、勝手にしろよ。俺が捕らえて、俺が定めた罰を受けてもらうのに、どこに問題がある。十分、人道的だぞ?部屋に、押し込んでいるだけだ。暗くて、音がしなくて、天地がわからない場所だけどな。手足は自由だし、動き回れるだろう。武器を持っている奴は、そのまま持たせている。音と光を吸収する場所だ。叫んでも喚いても火を使っても無駄だ。十分、人道的だろう?中で、殺し合いが発生しても、それはエルフたちが野蛮なだけだ」
「なっ」
長老は、ヤスの話を聞いて絶句してしまった。
音もなく、光もない場所で、自分は武器を持っている。狭い場所で、他人が居たらどうなるか、火を見るよりも明らかだ。殺し合いが発生しても不思議ではない。それを、”野蛮なだけ”と切り捨てられてしまうのだ。
確かに、拷問はしていない。
拷問よりも酷いことをしている。
「まずは、彼らの安否を確認したい」
「どうやって?あぁ貴殿が、光を持って、彼の地を訪れるのか?入られるのなら、勝手に入ればいい」
「それは、貴殿が手助けをしてくれるのでは?」
「はぁ?だから、なんで、俺が譲歩しなければならない。それに、俺が手助けして、貴様を奴らの所に移動させたら、俺が、貴様を救い出す保証はないぞ?それでもいいのか?」
「それは、貴殿にとってまずい結果になるのでは?」
「ならないな。勝手に死んだと言えばいい。なんなら、既に捕らえているエルフが殺したと言っても、誰もわからない」
「証拠は?」
「必要なのか?何度も、言わせるな。俺が決めたことが全てだ」
「それでは」
「本当に、何も考えていないのだな。これじゃ、人族の商人に今までもいいように喰われていたのだろうな。お前達は、時間を稼げば問題がないと思っているのだろうけど、商人はそんなことは、初めから織り込み済みで、十分な利益を得ているのだろう。今まで、何人に騙された。違うな。いいようにあしらっていると思っているのだろう。実際には、騙されているのは、お前たちだ」
「そんなことは・・・」
「そうだな。お前達には価値の無いものを、価値があるように言って、エルフから買い取る。お前たちは、人族は価値も知らない者たちだからといって、喜んで売るだろうな」
「・・・」
「そうだな。木の実でもいいし、森に生える草でもいい。それを、商人たちは高値で買い取る。お前たちは、商人なんて言っても、所詮は人族、”森の価値がわからない”とでも思ったのだろうな。実際に、商人が価値を求めたのが、どこにあったのか考えなかったのだろう」
「しかし、実際に・・・」
「そうだろう。売った物には価値はないだろうな。商人が求めたのは、エルフに金を持たせて、エルフが欲しがる物を調べることだ。そうして、情報を得た商人は、買った金を回収するために、エルフが欲しがりそうな物を売ったのだろう。それこそ、人族ならほぼ無価値な物を、安値で・・・な。そこで、また、お前たちは勘違いをする。森で、楽をして採取した物を高値で売って、商人が持ってくる価値の有るものを安く買う。無理に、森で狩りをしたり、危ない目にあったり、苦労して価値のある物を採取する必要がないと思い始める。そして、人族の商人に依存し始める。あとは簡単だ。商人が本当に欲しい物でしか取引しなくなれば、騙されたことに気が付かないエルフたちは、依存した商人が”いい人”に思えるのだろうな。騙されやすい種族だな。これで、今まで、何人が奴隷になった!守るべき者たちを、何人失った!長老衆などと偉そうにしているお前たちは、何人助けた!言ってみろ!」
テーブルを叩いて、持っていたカップを地面に叩きつけた。ヤスは、うなだれる長老を見下ろしている。
まだ、交渉すら始まっていない。ヤスが激高している理由さえも、長老はわからない。
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