【第十章 エルフの里】第三十五話 状況

 

私は、オリビア・ド・ラ・ミナルディ・ラインラント・アデヴィット。アデヴィット帝国の第三皇女です。いや、”だった”が正確です。

お兄様やお姉様が、玉座を争い始めた。
もともと、私は玉座には興味がない。

権力闘争が顕著になったのは、第二皇子のお兄様が王国に攻め込んで、大敗を喫したことが原因です。当初は、王国が守っていたと思われていたが、どうやら王国と帝国の間に存在した神殿が攻略されたことに起因しているようです。お兄様たちなら情報を掴んでいるでしょう。しかし、私には重要な情報は回ってきません。
お兄様は、愚かにも神殿の領域に攻め込んだのです。情報も何もない状況で、神殿の領域に攻め込めば、大敗は当然の結果です。

その結果、継承順位の変動があった。私は、変わらないが、私の周りも騒がしくなってしまった。何人か私を担ぎだしたい貴族が話を持ちかけてきましたが、全てを断った。そして、声をかけてきた貴族を、姉様に売った。

私は、まだ死にたくない。権力闘争は、勝てればいいけど、負けたら死ぬ。勝手も、恨まれる。一つもいいことがありません。

弟まで、争いに参戦して、混沌とした状況になってしまった。
帝国内の貴族も、派閥単位でまとまっては、内部分裂を起こしている。一つの国としてまとまるのも難しいのではないかと思える。

姉様に呼び出された。私は、姉様に”後継争いに参加しない”と伝えた。

姉様から返ってきた返事は、予想していなかった指示だった。
お兄様の後始末に王国に行けという命令だ。陛下からでなく、姉様から?不審に思ったが、逆らっても面倒な自体になるだけなので、唯々諾々と指示に従うことにした。

姉様が護衛を手配してくれる。移動に必要な馬車や資金も、姉様が用意してくれることになっている。どうせ、貴族から巻き上げた物だろう。別に、気にしないが、民がこれ以上は苦しまないようにして欲しい。資金はびっくりする位に多かった。
私は、継承権を持っていたが、領地は与えられていない。庶子ではないが、メイド見習いとして城で働いていた男爵家の娘が私の母親だ。母は、私を産んだ後で、”事故死”した。

出立の日。
見送りに来る者も居ない。私は、それでいいと思っていた。王国に辿り着いたら、亡命を考え始めていた。

しかし、護衛の顔ぶれを見て、姉様が私を簡単に亡命させるつもりがない事が解った。
護衛以外では、騎士が3名と従者兼護衛兼メイドが2名。私に付いてくると言ってくれた者たちだ。

馬車は、全部で3台だが、護衛が・・・。
今は、気にしてもしょうがない。姉様から、護身用だと渡された魔道具は、馬車に積んでいる。護衛が用意してくれている物は、騎士と従者が確認して積み込んでいる。問題になるような物はなかった。

護衛から、王国に至る経路が伝えられて、驚いた。
王国には、王国の辺境伯のレッチュ領から向かうほうが早い。お兄様が大敗した神殿がある場所も、レッチュ辺境伯領なので、レッチュ領経由で王都に向かうのだと思っていた。
護衛から告げられたのは、皇国経由で王国に向かうルートだ。皇国までなら、確かに整備された道で、野盗も魔物も出ない。しかし、皇国から王国に向かう経路は道の整備が十分ではない。それだけではなく、エルフ族を狙う盗賊団が確認されている。
抗議をしてみたが、姉様からの指示だと突っぱねられる。そのうえで、護衛の中に居る騎士が、自分たちが守るので大丈夫の一点張りだ。

確かに、王国に入るまでは大丈夫だった。

王国に入ってからが酷かった。
姉様からの指示を受けていた護衛たちが案内する貴族家が、悉く没落していた。最初は、偶然だろうと思っていた。

問題は、泊まる場所が無くなって、野営をしなければならない状況に陥ったことではない。
護衛が徐々に数を減らしていった。戦闘で死んだわけではない。

最終的には、私と騎士と従者の6人だけになってしまった。
残されていた馬車には、姉様から護衛に渡された指示書が残されていた。それを読んでみて納得した。姉様は、護衛たちが王国の国境を簡単に越えるために、私を利用したのだ。正確には、私の身分と王都に向かう理由だ。国境を越える時に、私の身分と王都に謝罪に行くという理由が有れば、護衛を連れていても疑われることがない。そのあとの移動がおかしかったのも理解ができた。

6人になった私たちは、王都に向かおうとした。
しかし、案内を買って出たヒルダがポンコツなのか・・・。何度も、間違えた都に到着した。なぜ、そこまで間違えられるのか不思議に思えるくらいだ。

ヒルダと違って、メルリダはできるメイドの代表で、間違えて立ち寄った街や都で、情報を収集している。ヒルダが間違えたおかげで、魔物の集団に襲われなかったことが判明した。
一回目は、偶然だと考えた。本来の方向に向かっていれば、私たちが襲われていたタイミングだ。二回目も、偶然で澄ませた。三回目になると、ヒルダの特殊な能力を疑ったが、ポンコツのヒルダに、魔物を避ける能力があるとは思えなかった。
メルリダが四回目に話を聞いてきた時には、おかしいと考えるようになった。

そして、五回目は噂話ではなく、自分たちが経験した。

「ヒルダ!」

「姫様。馬車で、結界を!魔物は、我らが!」

ゴブリンと呼ばれる魔物に襲われてしまいました。
大きい馬車が私たちを追い越していった後で、ゴブリンたちに襲われました。あの馬車が、魔物を・・・。考えても、無駄な状況です。覚悟を決めなければ、ゴブリンに犯される位なら・・・。皇女として・・・。

「メルリダ」

「はい」

メルリダも解っているのだろう。

「そんな表情をしないで・・・」

「姫様」

メルリダの顔を見ると、決心が鈍ってしまう。もう一人の従者が結界を作成してくれている。馬車全体を覆うようにしている
でも、時間はそれほど残されていない。護衛の騎士から渡された魔道具を発動する距離も時間も稼げそうにない。

護衛から渡された魔道具は、遮音の効果だけではなく、結界の効果もある。魔石が無くなっても、補充すれば使い続けられる。問題は、ゴブリンの接近に気が付かなくて、魔道具の有効範囲内にゴブリンが入ってしまうことだ。ヒルダたちには、有効範囲の外側にゴブリンを追い出したら合図を頼んでいる。でも、多分、無理。ゴブリンの数は、ヒルダからの報告では、騎士たちの3倍近い。上位種も確認されている。3人の騎士では、戦いにすらならない。

戦いが拮抗していたのは、ゴブリンたちの動きが単調で、馬車を狙ってきている。ヒルダが、外から状況を伝えてくれる。無理はしないで欲しい。騎士に、戦いで無理をするなとは言えない。だから、ヒルダたちが倒されたら、私も命を絶つ。

「メルリダ。騎士が倒れたら、私を・・・」

懐から、短剣を取り出して、メルリダに渡す。
メルリダは、しっかりと両手で短剣を受け取ってくれた。これで、毒物を飲んでも苦しまずに死ぬことができる。メルリダなら、私を綺麗な状態にしてくれる。結界を張り続けている従者も、頷いてくれている。
結界で力を使い切った後で申し訳ないけど、私の身体がゴブリンたちに嬲られる前に・・・。スキルで、燃やして貰う。

「解りました。その時には、私もすぐに参ります」

「巻き込んでごめんなさい」

「姫様。私は、姫様のメイドです。常に、姫様と共に・・・」

メルリダが跪いて、深々と頭を下げる。

私が狙われていた?偶然?

剣戟が激しくなる。
騎士が3名では、ヒルダが筆頭騎士で、本来なら近衛でも不思議ではない力を持っていたとしても、数の暴力には抗えない。

押し込まれている状況が解る。
相手がゴブリンだから、スキルを使ってこないのが救いだが、石を投げて馬車を攻撃している。ヒルダたちではなく、馬車を狙っているのには、何か理由があるの?

「姫様。結界が持ちません」

馬車に張っている結界が限界のようだ。
私の命もあとわずか・・・。

結婚したいとは思わなかったけど、”恋”はしてみたかった。叶わない夢。他にも、いろいろ・・・。あぁ死にたくないな。

「姫様!」

結界が破られた。
私も・・・。

毒物の瓶を持っていた手に力が入る。

「姫様!助っ人です。私たち!助かります!」

ヒルダが馬車に駆け込んできた。本当に、このポンコツ騎士は・・・。

でも・・・。助かったの?本当に?

拭った涙は、暖かった。

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