【第二章 帰還勇者の事情】第十五話 拠点

 

 見世物は、休憩の後から加速していった。
 大手が居なくなってくだらない協定や序列や忖度がなくなった。外国人の記者だけではなく、ネット系の記者たちも、ユウキたちに疑問をぶつけた。

 スキルの質問は、ユウキが受けて実際に持っているスキルの中で、安全だと思えるスキルは、実演を行うことにした。
 外国人の記者からは、暗殺や毒物に関するスキルに質問が集中したが、”出来ない”と返答する場面が多かった。それを信じるかどうかは、記者や読者に任せるしか無い。しかし”公”には、”出来ない”ことにしておく必要がある。

 早く移動することはできるが、”転移”は出来ない。一度行った場所で、マーキングが設定できた場所には移動できるが、必ず移動できるわけではない。

 細々な質問を受け付けていると時間だけが過ぎていってしまうので、スキルの披露をしてお茶を濁すことになった。
 記者にもメリットがある。スキルの実演を動画で撮影できるのだ。

 しかし、記者たちが質問してユウキたちが実演して出た結論は、”ちょっとだけ進んだ家電”という印象になってしまった。スキルはたしかに、不思議な力ではあるが、なければ困るという物ではない。力が増す。足が早くなる。遠くが見える。よく聞こえる。身体的な強化はできるのは素晴らしいという意見ではあるが、早く走れても新幹線や飛行機ほどではない。力が強くなっても重機ほどではない。
 ”人間”という枠組みからはみ出す力を持っていても、恐怖を覚えるスキルは少なかった。特に、海外の記者の感想では、銃で攻撃した場合のほうが、殺傷能力が高いと感じている。

 ユウキたちが、調整してスキルを使った結果なのだが、記者たちは、ユウキたちが見せたスキルだけしか知らない状況なので、判断は難しい。

 唯一の例外が、サトシが最後に見せた、聖剣召喚だ。

 どこに居ても、攻防一体の聖剣を召喚できるのは、驚異に見えたのだろう。
 日本国内なので、”銃”は存在しなかったが、椅子を持って殴りかかる程度では、聖剣が作っている防御は破られなかった。そして、投げられた椅子を一刀両断したり、今川が用意した鉄のインゴットを切ったり、ジュラルミンの盾を貫いてみせたりした。”防”の実演は難しかったが、”攻”の実力は十分に示されてしまった。

 記者会見という名前の見世物は、無事”ユウキたち”の思惑通りに終わった。

 控室に戻った29名は、変装を解除した。

「ユウキ!」

「サトシ。助かったよ」

 二人は握手を交わす。

「どうする?母さんたちに会っていくか?」

 レナートに帰還する14人をユウキが見る。
 皆が頷いているので、14人は挨拶をしてから、レナートに帰ることに決めたようだ。今度は、今生の別れではない。笑顔で別れの言葉と、再会の約束ができる。

 扉がノックされる。
 ユウキとレイヤとヒナとサトシとマイの日本に残る者以外は、樹海に作った拠点に転移した。

「はい」

「ユウキくん。森下です。記者の森田さんと今川さんも一緒です」

「入ってください」

 3人が扉を開けて入ってくる。
 居るはずの、24人が居ない状況を見て、驚いたが、声にも、表情にも出さなかったのは流石だ。

 3人が居るはずだと考えたのは、扉の前で森下が入っていく者を監視していた。今川は、裏口を確認していた。自分から出ていった大手が、ユウキに接触を試みるのではないかと考えたのだ。同じ理由で、森田は表玄関を見張っていた。大手の出版社が、ビルから退去しているのは入退室記録でわかっているのだが、自分たちを特別だと考えている連中なので、”バカにされた”と考えていたら、ユウキに接触してきても不思議ではない。

 大手の記者たちは、会館を出て近くの公園でウロウロしているのが確認された。どうやら、ユウキたちの後をつけるつもりで居るようだ。

「あれ?」「ん?」「・・・?」

「森田さんも一緒だったのですか?丁度よかった、拠点ですが、お受けしようと思います」

「よかった!」

「それから、馬込先生に、”朝倉比奈が会いたい”と言っていたと伝えてください」

「え?先生の名前をなぜ?」

「頼みましたよ」

「あぁ」

 森田は、釈然としない気持ちのまま承諾した。
 話は終わったとばかりに、森下を見る。

「森下先生。法的な手続きをお願いしていいですか?佐川さんの研究施設から、まとまった金額を貰えそうなのですが、それらで足りますか?」

 森下は、佐川から大筋で聞いている金額を思い出す。”最低限”だと言われた金額でも多すぎる報酬だ。

「そうね。手続きは、私ではなく・・・。いえ、そうね。手配します。それから・・・」

「父さんたちだね。説得はしてみるけど、難しいかな・・・」

「・・・。ユウキくんの不思議な能力は別にして、引っ越しは難しいですよね」

「間違いなく、あの場所で眠っている子供も居るから余計に・・・」

「そうね。そっちも、なんとかします。最悪は、馬込先生に協力してもらえれば・・・」

 森下がブツブツと言い出したのを見て、ユウキは今川に話しかける。

「今川さん。続報もお願いします」

「でも、いいのか?」

「はい」

 今川の続報は、フィファーナに帰る14人が”消えた”という記事だ。サトシとマイには、今川のインタビューを受けている最中に消えたという設定にする予定だ。そのための動画はすでに撮影してある。『世間が、何を言おうと関係がないというスタンスを崩すつもりはない』と考えているユウキたちは、スキルを披露した中心の14人を早々にフィファーナに帰すことにしている。今川も佐川も森下も承知している。ユウキとの繋がりを切らなければ、会えるタイミングがあると言われている。
 馬込が提供する拠点を使うようになれば、帰還した14人も地球に戻ってくる頻度が上げられる。

「そうだ!ユウキくん!?」

「はい?」

 ブツブツ、言いながらなにかを考えていた森下がユウキに話しかける。

「合同会社を作らない?」

「会社ですか?」

「税金対策や、君たちを隠す意味でも、窓口は必要になる」

「森下さんや、今川さんや、佐川さんではダメなのですか?」

「窓口は大丈夫かもしれないけど、税金対策にはならない」

「そうですか・・・。正直に言えば、お金にはそれほど執着していないので・・・。会社を作るのは、大変じゃないのですか?」

「簡単とは言わないけど、決められた手順通りに進めれば難しくないわ」

「それなら、会社を作ります。俺の名前だけでいいですか?」

「そうね。佐川先生は参加すると言い出すでしょう。他にも・・・」

「おまかせします。さっきも言いましたが、俺には、俺たちには、お金はそれほど重要ではありません。必要の度合いは低くなっています。すでに必要な物は揃っています」

「でも、服や食事は?」

「服は、大量にではないのですが持っていますし、自分たちで作ることが出来ます。食事も、4-5年は食べられます。嗜好品を買うくらいですね。必要になるのは?それも、最悪はバイトすればいいだけです」

「バイトって言っても、ユウキくんたちでできるようなバイトは、日本では少ないわよ?」

「そうですね。日本では少ないかもしれませんね」

「・・・」

「睨まないでください」

「傭兵をやろうとは思っていないわよね?」

「思っていません。それよりも、鑑定を使った”セドリ”を考えています」

 ユウキは、皆と考えた”表向き”の金策を、森下に伝える。
 他にも、服や食事に関しても、問題はないと伝えた。否定する材料がないこともあり、森下も反論はしないで、事務的な手続きの説明を行った。

「会社名は、”レナート”でお願いします。あとは、おまかせします」

「なにかあれば連絡するけど、いいわよね?」

「はい。大丈夫です」

 会社と拠点に関しては、森下からの連絡を待つことになった。

「あっそうだ。ユウキ!」

 今川が、なにかを思い出したかのように、袋をユウキに渡した。

「これは?」

「スマホだ。お前と、マイとレイヤの分として3台持ってきた。SIMも入っている」

「ありがとうございます。でも、通話料とかは、どうしたら?」

「編集部で払う」

「いいのですか?」

「あぁ使っても、4-5千円程度だろうからな」

「わかりました。ありがたく使わせてもらいます」

「これで、怪しい道具じゃなくて連絡ができる。連絡先には、俺と森下先生と今川先生を入れてある」

 ユウキたちは、拠点と弱い繋がりながらも後ろ盾と、自由になるお金を得た。

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