【第二章 王都脱出】第十八話 おっさん現状を把握する
おっさんと元・女子高校生が、ラインリッヒ辺境伯の従者からギルドカードを受け取る。
「イエーンは、カードの表に魔力を流せば表示されます。確認してください」
ラインリッヒ辺境伯の従者が、おっさんとカリンに説明をする。バステトのカードは、おっさんが受け取って、バステトに説明をしている。シュールな絵面だが、本人たちは”シュール”に見えるようにやっているので問題はない。笑い出した者の負けなのだ。
従者は、説明を終えて部屋から出る。
残されたのは、ラインリッヒ辺境伯と、おっさんとカリンだけになる。従者と入れ替わりに、メイドが新しい飲み物を持ってきたが、配膳を終わらせたら退出した。
「フォミル殿。このイエーンは、本気か?」
「まーさん。その言い方は酷いな。正当な報酬だ」
「フォミル様。私は、290万だとお聞きしましたが?なぜ、530万も入っているのですか?」
「内訳が必要か?」
「・・・。いえ・・・。でも・・・」
「そうですね。まーさんとカリン殿に渡したイエーンには、慰謝料が含まれています」
「慰謝料?」
「まーさん。そんな殺気を放たなくても説明しますよ」
にらみ始めていた視線を元に戻してまーさんがうなずく。
「慰謝料は、本来、まーさんとカリン殿に支払われるはずのイエーンです。目減りはしていますが、そのまま受け取ってください」
「フォミル殿。一つだけ聞きたい」
「なんでしょうか?」
「なぜ慰謝料という言葉を使った?」
「本来なら、支度費などが適切ですが、必要ないですよね?なので、何も出来なかった、私や殿下からの謝罪の気持ちを込めました」
「わかった。受け取ろう」
「ありがとう」
ラインリッヒ辺境伯は、カリンが頷いたので、安心した。
一番、難しいと思っていたミッションがクリアされたのだ。
「フォミル殿。それで、施策は大丈夫なのか?」
「大丈夫だ」
「釣れたようだな」
「あぁまだ大物が釣れていないから、泳がしている」
「そうか・・・。それで、本丸まで行けそうなのか?」
「半々だな」
「そうか、まぁ失敗しても、別にこちらが痛むわけじゃないから問題はないな」
「あぁまーさんが言っていた通りに進んでいて怖いくらいだ」
「人は、同じだということだ。状況を教えてくれ」
「わかった」
ラインリッヒ辺境伯が手を叩くと、控えの部屋から従者が書類を持って部屋に入ってきた。
まーさんとカリンの前に書類を置くと、ラインリッヒ辺境伯に頭を下げて部屋から出ていった。辺境伯は、とことんまーさんとカリンだけと話をすることに決めたようだ。辺境伯の手元には、もう少しだけ詳しい報告書が渡されている。
「まだ、法衣貴族や奴らに連なる商家だけなのか?」
「領地持ちは、少しだけ慎重になっています」
「そうか、それなら、勇者(笑)のお披露目が終わるまでは待っていたほうが良さそうだな」
「はい。当初の予定通りのスケジュールで考えています」
「フォミル殿に任せる。カリンは、なにか疑問な所とかは無いのか?」
まーさんのセリフを聞いて、カリンが資料から目を離す。ラインリッヒ辺境伯が、自分を見ていることに気がついて、慌てて資料をテーブルに置いた。
「カリン殿?」
慌てているカリンに心配そうに、ラインリッヒ辺境伯は声をかける。
「え・・・。あ!」
「どうした?」「なにかありますか?」
「勇者たちのお披露目を行うのですよね?」
まーさんは、カリンの説明を聞いて、背もたれに身体をあずけるように座った。ラインリッヒ辺境伯が答えるだろうと思ったからだ。
事実、勇者たちのお披露目に関してのスケジュールは、まーさんは市井の話としては聞いているが、正式な発表を知っているわけではない。
「えぇそうですね。勇者たちを抱え込んだ、貴族家が派手にお披露目するそうですよ」
「それは、領地持ちの貴族ですか?」
「そうです」
ラインリッヒ辺境伯は、カリンの質問の意図を測りかねている。
カリンとしては、それほど難しいことを考えているわけではない。読んだ資料にかかれていなかったので、質問をしているだけだ。
「フォミル様。その貴族家の特産や栽培されている野菜はありますか?」
「え?」
「その特産を使ったレシピであれば、貴族家が飛びつきませんか?」
「まだレシピが出せるのか?」
「出せますよ?」
ラインリッヒ辺境伯は、カリンの話を聞いて考え込んでから、まーさんを見る。
まーさんは、頷いて了承を伝える。実際に、まーさんは、すでにあるレシピで十分な効果があると考えていた。これ以上のレシピはそれほど必要としていない。レシピをカリンが提供したとしても、崩壊が多少早まるだけの効果しか望めないからだ。
しかし、カリンとしては”慰謝料”として渡されたイエーン分の仕事をしたいと考えていた。まーさんは、カリンの心情も解っていたので、カリンの気が済むのなら、おれもよいかと考えた。レシピを登録する、従者たちには手間だろうが、そのくらいは飲み込んでもらおうと考えた。
まーさんは、カリンとラインリッヒ辺境伯の話を聞きながら書類を読み込む。
問題はないだろうと思っていたが、しっかりと報告としてまとめられると、現状がしっかりと把握できる。
「まーさん。カリン殿の追加するレシピはどうしますか?」
「カリンの収入でよくないか?」
「えぇ・・・。私、十分に貰っているし、レシピも・・・」
まーさんは、カリンの気持ちがわかる。レシピは、日本に居た時ならありふれた物で、自分が考えた物ではない。それで特許料に似たお金を得るのに抵抗があるのだ。
「フォミル殿。カリンのレシピは、バステトさん名義にして、孤児やフォミル殿の派閥に協力的な貴族や商人に使ってください」
「あっ!そうですね。私も、子どもたちのために使ってもらえたほうが嬉しいです。フォミル様。お願いします」
「はぁ・・・。わかりました。貴方たちの方が、勇者であり、聖女のようですよ」
「違いますよ。フォミル殿。私は、遊び人だ」「私も、聖女なんてやりたくありません!錬成士で十分です」
「そうでしたね。わかりました。このレシピは預からせていただきます。カリン殿の提案通りに、子供たちに使うように手配します」
「ありがとうございます」
カリンが頭を下げると、ラインリッヒ辺境伯は、苦笑しながら、”礼”を言うのはこちらですと、改めて”礼”を口にした。お互いに、”礼”の言い合いになりそうだったので、まーさんが話を変えた。
「勇者(笑)たちへの罠は順調だな」
「え・・・。あっそうです。勇者たちも順調に、傲慢に、不遜に、そして横柄になっています」
「そうか、カリンから聞いていた性格の通りだったな」
「はい。王家からは、イーリス殿があてがわれる予定だったのですが」
「それは無理だな」
「はい。宰相が横槍を入れて、自分の派閥の娘を押し込みました」
「それは、それは、それで?」
「弓と槍と杖の勇者は、別々の騎士団が相手をしています」
まーさんの狙いは、勇者たちを、一箇所にまとめないことだ。情報を遮断して、お互いの情報さえも掴めないようにしてしまうことだ。これは、辺境伯も協力して、注ぎ込んだ毒を上手く使って分断している。スパイを上手く使って、情報を誘導するのは、ラインリッヒ辺境伯だけでは、手が足りなかったために、まーさんやロッセルが手伝っていた。
そのために、まーさんはある程度の状況は把握していた。貴族家の情報を含めて、全部が揃っているために改めて、状況が整理することが出来た。
「まーさん?」
「どうした?」
「結局、彼らは、どうなるの?」
「どうだろう?うまく、回避できれば、冒険者で生きて行く位はできると思うぞ?優秀なスキルを持っているし、俺たちよりも強くなれるだろう?」
「うーん。無理だと思う」
カリンは、少しだけ考えて、まーさんの答えを否定する。実際に、話を聞いているラインリッヒ辺境伯も、勇者たちが冒険者や傭兵のマネごとを自らするとは思えなかった。
「そうなると、最良だと思うのは、他国に逃げて、他国で心を入れ替えるくらいかな」
「それは、もっと無理。他国に逃げても、同じことの繰り返しだと思う」
「そうなると、デッド・オア・アライブだな」
「死ぬか生きるか?」
「正確に言うと、苦しい生か?楽な死か?に、なってくると思うぞ」
「・・・。そう、それが、彼らの未来なの」
「彼らが、自分たちで選ぶ未来だ」
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